蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第4話

 ギンの言う昔馴染みが乱菊で、乱菊の探し人がギン。親しい二人の思わぬ関係性に、菊理はいつになく焦っていた。特に乱菊の方は、探し人に対し思いを寄せていたような節がある。つまりそれはギンに対する想いだった訳だが——

 

(待て待て。なんで私が、それで焦らなければならないんだ)

 

 首を振る。動揺しているのが自分でもハッキリ分かる。何がどうなっているのか、自分が何に戸惑っているのか、胸に刺さるこの感情はなんなのか。あらゆることが理解不能で、菊理は二人の前に姿を現すことも出来ず、ただ壁を背に凭れ掛かることしかできない。

 口論する二人は——正確には乱菊が一方的にだが、ヒートアップし続けている。手っ取り早くこの場を収めたかったようで、ギンはその一言を口にした。

 

「乱菊に、僕が死神になった理由を話す必要はない。菊理も、そう思うやろ?」

「何を——」

 

 気配を消した訳でもなし。動揺したため霊圧に乱れが生まれ、既に席官にすらなっている実力者には、彼女の存在を知ることなど容易いことだった。罰が悪そうに、菊理が黙したまま姿を現す。

 

「菊理、アンタ……!?」

「やあ、乱菊。まさかだったよ。二人が知り合いだったなんてさ」

 

 思ったままの事実だ。乱菊もまた、菊理とギンに繋がりがあることに驚いた様子だった。対しギンは、乱菊が霊術院の制服姿であるからある程度予想していたのか、さして驚いてはいなかった。

 沈黙が場を支配する。何を話せば良いのか分からないからだ。知人同士の関係性を問い質したい気持ちが、菊理と乱菊にはあった。が、それではまるで浮気相手に嫉妬するようではないかと内心で分かっていたから、二人共言い出せない。これを狙って菊理を呼んだのだとすれば、ギンは色々な意味で大した男である。

 

「そうか、二人共知り合いだったんやね」

 

 白々しい。ギンのあからさまな切り出し方に、二人は同じ思いを抱く。

 

「菊理とは、この間流魂街で会ってな。乱菊と同じように腹空かせて倒れとったんや。だから助けて、霊術院への入学も薦めた。ま、妹分みたいなものやね」

 

 妹分。その言葉と、誤解を解かんとばかりに話し掛けた順番で、乱菊が先だったこと。その二つは菊理の心に嫉妬の炎を燃え上がらせた。胸がムカムカするのを察し、彼女は嫉妬しているのを自覚する。

 馬鹿な、一体何に嫉妬することがあるというのか。

 とっくに気が付いている筈なのに、それでも菊理は認めようとしない。首を振って思いを振り払う。

 

「で、僕と乱菊は昔馴染みや」

 

 簡潔な説明。その中に様々な思いが渦巻いているのが見えたような気がして、菊理は尚更気分を害した。とはいえ、それを態度に出してもどうにもならない。関係性は悪化の一途を辿る。黒い感情を腹に仕舞って、菊理はさも何でもないかのように笑顔を作る。彼女自身、完璧な演技だと思った。

 

「ふーん、乱菊が探していたのはギンだった訳か。いやあ、偶然だね。運命的と言ってもいい。——ギン、駄目じゃないか。女性を放ってふらふらと居なくなるなんて、愛想を尽かされるよ?」

「耳が痛いなぁ。けど、僕がどうしようが僕の勝手や。誰にも邪魔はさせんよ」

「っ、だから、理由を説明しなさいって言ってるでしょう!?」

 

 乱菊が怒髪天を衝くような様子で、ギンに詰め寄る。しかし、覚えたての瞬歩で間に割って入った菊理が、それを阻止した。乱菊は目を見開く。菊理が自分を妨げるとは、欠片も思っていなかった。

 

「まあまあ、落ち着きなよ乱菊。人に話せない事情の一つや二つ、誰でも持っているものさ。何もギンは、意地悪で君に居なくなった理由を教えない訳じゃないだろう。時間が経てば教えてくれるかもしれないし、何より所在が分かっただけ良いじゃないか」

「それは、そうだけど。でも!」

「——あまりしつこく問い質すと、また何処かに行ってしまうかもしれないよ」

 

 ぼそ、とギンに聞こえないくらいの声量で囁く。乱菊の顔が引き攣るのが見えた。我ながら卑怯な言い方だと思いつつも、菊理は躊躇わずそれを口にした。こう言えば乱菊はどうにも出来ないと、半ば確信していたからだ。

 予想通りに効果は覿面で、悔しそうに顔を歪ませた乱菊はどうにもならない様子でいる。やがて、今日のところは諦めることに決めたらしく、次に会った時こそ教えてもらうから、と捨て台詞を残して、怒りながら去っていった。

 

「済まんなぁ、菊理。説得手伝わせて」

「構わないよ。乱菊は良い人だ、このくらいで嫌われたりはしないだろうし」

「乱菊とは仲ええの?」

「ああ、霊術院で一番の友達さ。彼女は優秀だ。斬術、鬼道に優れ、明るく皆の中心に居る。姉御肌で面倒見も良い。それに何より、顔が良くて胸が大きい。彼女以上に良い女は、中々いないだろうね」

 

 ベタ褒め、そんな言葉が脳裏を過る。だが全て事実だ。彼女は今期一回生の中でもトップの成績を誇る優等生。菊理も、鬼道だけなら底知れない才能を持っているものの、斬術が壊滅的なので、良くて上の下、中の上程度だろう。

 

「僕は菊理だって、ええ子やと思うけどね」

「お上手だね。言う通りだけどさ」

 

 想い人からの褒め言葉に、心臓が破裂しそうに早打ちする。それを悟られまいとポーカーフェイスを貫く菊理。全く、何故彼はこういうことを簡単に言うのか! と照れ隠しのように思う。

 顔が赤くなっていないだろうか。もう日も落ちているから、その心配はないだろう。しかし、どこか不審な挙動があるのでは——そんなことにばかり、意識が行ってしまう。だから、意図的に話題を逸らした。

 

「そう言えば、二番隊の隊長さんと会ったよ。四楓院夜一さん。凄く良い人で、私に鬼道を教えてくれる人を紹介してくれるらしいんだ」

「へえ、鬼道を。菊理、鬼道得意やもんなあ。霊術院の講義じゃ満足出来へんかったんやね」

「いや、教諭の教え方が悪かった訳ではないんだ。現に、知らなかった鬼道はお陰で順調に覚えられている……ただ、教本には八十番代以降の鬼道は載っていなかったし、教えられる人もいなかった。それだけのことさ」

「へえ、八十番代以降。ゆうことは、九十番代の鬼道も覚える気でいるゆうことやね?」

「ん、まあね」

(九十番代の鬼道なんて、隊長格にも扱えるんは少ないのに。こら、二番隊長さんが連れてくるんは……楽しみになってきたなぁ)

 

 心内で独りごちるギン。そんな彼の思惑も知らないまま、菊理は自らが行き詰まっていた(と感じていた)ことを語った。鬼道が好きな菊理はその道を伸ばしたかったが、教えられる者がないというジレンマを解決出来たのが嬉しかったのだ。

 ギンは、昼過ぎ頃に相談されたばかりの斬魄刀の件について聞いてみた。しかし、菊理の反応はあまり良くない。彼女は斬術が苦手であり、遠ざけている節がある。

 

「けど、斬魄刀は何も斬るだけのモノやない。有名どころやと、総隊長さんの斬魄刀『流刃若火』なんか、刀から炎が噴き出すんやで」

「鬼道系、ってヤツかい? けど、私の斬魄刀がどんなものか、分からないじゃないか」

「斬魄刀ゆうんは、大抵持ち主の気質が反映されたものになる。菊理の刀はきっと、菊理が斬り合いなんてしたくないこと、分かってくれる思うよ」

「そうかな」

 

 言葉では否定しながらも、菊理はどこか嬉しそうにはにかんだ。

 

「週末、また会えるかい。斬魄刀について、もっと教えて貰いたいんだ。今の今まで刀なんて持ちたくない、と思っていたけど、この子が私の気持ちを汲んでくれるというなら、やはり私からも歩み寄らなければならないだろうし」

「良い心掛けや。うん、僕も週末は休暇取れそうやし、瀞霊廷の外で会おか。……勿論、乱菊には内緒や」

「酷い男だね、君は。乱菊が君を心配しているってこと、分かってない訳じゃあないだろう?」

「そらそうやけど。僕、蛇やから」

「何ソレ」

「蛇みたいに悪いゆうこと」

 

 に、と口を歪めるギン。その表情は、仮面のように内側を覆い隠す。

 

「ふうん」

 

 彼の隠し事は、いつものことである。乱菊と違って、そこを追求するつもりは菊理には無かった。どうせはぐらかされてお終いだ。

 

「じゃあ、私はそろそろ寮に戻るとするよ。門限があるし、乱菊を慰めてあげなくちゃいけないからね。可哀想に、悪い男に虐められたそうだから」

 

 精々が皮肉を言ってやるくらいのことしか出来ない。ギンは困ったように頭を掻く。向こうとしても、可愛い抵抗くらいのものと捉えているようである。

 誠に遺憾ではあったものの、菊理としてもこうした戯れ合いは楽しかった。ギンに帰り道を送ってもらい、寮に戻るのだった。

 

 

 

 

 縛道には様々種類が有り、その用途は多種多様。敵の目を眩ませたり、敵を縛ったり、攻撃を防いだり。追跡用の物もあれば、意思疎通に使われることもある。その中で菊理が、特に気に入ったのは縛道の三十七『吊星』であった。女子寮の庭に立つ木に吊星を張り、昼寝をするのは心地が良いのである。

 今日も今日とて昼寝をしている菊理。彼女の安穏たる眠りは、突然終わりを告げた。刀で吊星の紐状の部分を断ち切られ、ドシンと地面に落ちてしまった。突然の痛みに慌てて目を覚ます。

 

「び、ビックリした! 誰だこんな悪戯をするのは!?」

「アタシよ、アタシ」

「乱菊……昨日の意趣返しかい? 心外だな、私は君の為を思って言ってあげたっていうのに。それにあの後、沢山慰めてあげたじゃないか」

「そんな動機じゃないっての。ちゃんと感謝してるわ。ほら、立ちなさい」

 

 乱菊に手を貸してもらい、菊理は立ち上がる。幸い、鬼道がクッションになったお陰でどこも怪我はしていないし、服に汚れもついていない。

 

「どうかしたのかい?」

「アンタにお客さんよ。センセーから呼び出し掛かってる。大至急、霊術院の教員棟に来いってさ。アンタ、何かやらかしたの?」

「はて、そんな覚えはないけど。まあ、行くだけ行ってみよう。お説教だったら嫌だけど、私に非があるなら甘んじて受けないとね」

「菊理って変なトコ真面目よね」

 

 お褒めにあずかり光栄です、とテキトーに返して、菊理は学舎に向かった。急ぎの用かは分からないが、人を待たせるのも何だから、菊理は覚えたばかりの瞬歩を試してみることにした。霊力を脚部に込める。地面を削らない程度に力を入れて蹴った。ビュッ、と風を斬る音を心地良く思いながら、体勢の制御に努める。

 成る程、使う霊力はさしたるものでもないが、幾分体力を使う作業だ。加えて神経を削る。慣れない内は多用できないだろう。現に菊理は、一度の瞬歩で汗を滲ませている。

 

 しかし瞬歩の威力は絶大で、歩いて数分は掛かるだろう距離を一息で移動出来た。本来技量の足りない者はこれ程までの距離を詰めることは出来ないが、菊理は足りない技量を圧倒的な霊力で埋めた。

 この調子なら、ものの数秒で院に辿り着くだろう。しかしそれでは息を切らした不様を先方に晒してしまいそうで、それを恐れた菊理は、結局残りの距離を歩いて進むのだった。

 

 やがて院に辿り着くと、異変に気付く。何やら、教員棟近辺が慌ただしい様子なのである。不思議そうにあたりを見回す菊理を見つけた鬼道学の教諭が、足早にやってくる。

 

「どうかなさったんですか?」

「白鷺、遅いぞ。早く来なさい、お客様がお見えだ」

 

 案内されるまま、棟内の一室に通される。扉を開けた。誂えられた調度品は豪華で、院内でも有数に特別な部屋だということが分かる。しかし、そんなことがどうでもよくなるくらいの存在感を見せるのが、椅子に座り腕を組む男だ。

 四角い眼鏡を掛けた、壮年の男性。傍らには錫杖のようなものが立てかけられている。また彼の羽織に染め抜かれた紋章は、鬼道衆のもの。

 

「……この方が、私を訪ねて来られたと?」

「握菱鉄裁です。よろしく、お嬢さん」

「白鷺菊理です。ええ、よろしくお願いします」

「この方は大鬼道長。つまり、鬼道衆に於いて最高の立場にある。努努粗相の無きよう」

「大鬼道長……⁉︎」

 

 教員の言葉に、何故そんな人が、という思いで目を見開く。そして、すぐに納得することとなった。

 

「先日、夜一殿から話がありました。霊術院に類い稀な鬼道の才を持つ少女が居る、と。聞けば、教員の方々も貴女の才を持て余しておいでのようだ」

 

 棘のある言葉に、教員が何か言いたそうに口を開くも、すぐに閉じられた。菊理の要求するレベルの授業が出来ていないのは、まぎれも無い事実である。

 

「そこで、我々が貴女に鬼道を教えて差し上げようかと思い立ち、こうして参上したのですが、如何でしょうか、菊理殿」

(成る程、この人が夜一さんの言っていた『適任』か。確かに、鬼道を学ぶ上で彼以上の適役は居ないだろうね)

 

 夜一のドヤ顔が脳裏を過る。悪戯好きな彼女らしいサプライズと言える。

 

「私としてはありがたいお話です。しかし、何故霊術院までお越しになられたのでしょう?」

「理由の一つが、夜一殿が貴女の名前を勿体振って教えてくださらなかったことです。教員の皆様に話を聞き、どうにか貴女のことだろうことは掴めましたが」

「……あの人らしいというか、なんというか。もう一つは?」

「カリキュラムの変更をお願いしに来たのです。貴女には、既に鬼道の授業が必要無いレベルにまで到達していると聞き及んでいました。ならば鬼道の授業を全て削り、その時間を我々鬼道衆の下での研鑽に努めた方が効率が良いでしょう」

「しかし、そんなこと可能なのでしょうか?」

「それをお願いしに参った訳ですから。院長殿からは、先程色良い返事が頂けました」

 

 もう話は済んでいるようだ。事後承諾のような形になったが、元はと言えば菊理から夜一に頼んだことであるので、彼女もさして気にもとめず了承する。すると、鬼道担当の教員がそっと耳打ちしてきた。

 

「お前の実力が認められれば、鬼道衆に青田買いも有り得るぞ」

 

 霊術院卒業者は大抵、卒業後は護廷十三隊に入隊する。瀞霊廷の花であるその部隊に入りたがるのは、死神を志す者であれば必然と言えるが、だからこそ鬼道衆や隠密機動には優秀な人材が回りにくい。欲しい人材は早め早めに手に入れておくのが吉。そうした事情から、二つの組織は護廷十三隊に比べ青田買いが多い。あくまで比較的、であるが。

 鬼道衆。そこでのし上がれば、また一歩ギンに近付けるかもしれない。属する組織は違うが、鬼道衆はその性質から、術式が必要な場面で駆り出されることも多々ある。三席クラスともなれば、鬼道による結界などが必要となる難度の高い仕事もこなすことになるだろう。早い内からギンと共に仕事が出来るかもしれない、と菊理には妙案に思えた。

 

 そうと決まれば、話は早い。早速明日から、握菱鉄裁の指導を受けることに決めたのだった。

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