蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第9話

 喉が掴まれている。呼吸もままならない中では、詠唱をすることが出来ない。鬼道を拠り所とする菊理にとって、それは致命的な状況にである筈だった。しかし、それが逆に彼女の命を救うことになるとは、菊理も予想だにしないことだった。

 

「……あぁッ!」

 

 菊理は腰の斬魄刀を逆手で抜き、力任せに斬りつける。無様な攻撃。しかし、効果は絶大だった。通常なら、確りとした太刀筋がなければ、刀では切れないのが虚の鋼皮(イエロ)だが、菊理の刀は豆腐を切るような滑らかさで、虚の皮膚を裂いた。

 絶叫。虚は痛みに耐えかね、菊理を放した。咳き込みながら、どうにか菊理は転がって距離を取る。

 

「な、何なんだアイツ。今更あんな攻撃が効くのか?」

 

 九十番台の鬼道ですらビクともしなかったのに、斬魄刀の適当な一振りで大きなダメージを負っている。菊理の星見華の能力ではない。単に、あの虚が斬術に極端に弱いようだった。

 対鬼道に特化したような防御力。これではまるで、菊理を狙い澄ましたかのようではないか——

 

(どうする。密着していたから斬ることが出来たけど、あの速度相手に私の斬術では、太刀打ち出来ないぞ)

 

 適当に振って当たれば良いが、リスクが高すぎる。ならば、応援を呼ぶのはどうか。六車九番隊の面々は、斬術に堪能だ。彼らに頼れば、どうにかしてくれるかも知れない。菊理は伝令神機に手を掛け、仲間に連絡を試みる。しかし、衛島たちは誰も通話に出ようとしない。

 

(くそ……彼らもやられたのか? 無事だといいが、今は確認する術がない)

 

 一応、東仙にも掛けてみるが、こちらも応答無し。孤立無援。どうやら自力で、奴を倒さねばならないらしい。

 

「……良いさ、やってやろうじゃないか」

 

 菊理は敵を分析する。どうやら奴の鋼皮は特殊なようで、斬術に対して非常に弱い代わりに、鬼道による攻撃に対して高い耐性を持っているようだ。ならば、破道ではなく縛道で戦うまでだ。『百歩欄干』のように対象に打ち込む鬼道は、あの謎の鋼皮に弾かれてしまうだろう。ならば、その上から抑えつける。

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

 鬼道の鎖が、虚の身体をぐるぐると巻きつく。虚は呻き声をあげるが、その動きは止まったままだ。

 

(やった!)

 

 読み通り。奴の皮膚を貫こうとしなければ、鬼道とて効き目はある!

 希望が見えた。今の内に接近し、仮面を斬魄刀で叩き斬れば——

 

 菊理が腰の刀に手を掛けたその瞬間、虚の背の皮がべろりと剥がれ、闇のように深い暗黒が覗く穴が現れる。虚が持つ、心を欠いたことによって出来た穴とは別物のそれは、凄まじい勢いで周囲の霊子を吸い込み始めた。そして、その影響は菊理の鬼道にまで及ぶ。

 鎖条鎖縛の鎖が、虚の背に出現した穴に吸い込まれていく。

 

「な——」

 

 拘束から解き放たれた虚は、天地を割るような雄叫びをあげたかと思えば、先程とは比べ物にならない速度で菊理に突進してくる。躱せない。

 手を前に交差し、ガードを固めた直後、衝撃が菊理を襲った。彼女は軽く吹っ飛ばされ、後方の岩壁に激突する。

 咳き込みながら、どうにか意識を保った彼女は、たまらず岩陰に隠れる。瞬間的に霊圧を高めたお陰で、どうにか致命傷は避けることが出来た。

 

(くそっ、油断した。そうだよ、破道の対策があって、縛道の対策をしていない筈がないじゃないか。オマケに私の鬼道を吸収し、自らの霊圧を高めるなんて)

 

 膂力が劇的に向上した。ますます、菊理が接近戦に持ち込むのが更に難しくなったと言えるだろう。

 

(まずいな……このまま無闇に鬼道を打ち続けたら、こっちが先に潰れてしまう)

 

 敵はまだダメージを負っている様子もない、ピンピンの状態である。小技なら幾らでも使えそうではあるが、大技となると後何発撃てるか、自分でも分かっていない。どうにかして、あの硬い鋼皮を突破しないことには——

 

(……そうか!)

 

 逆転の手は、ある。それにはもう一度、奴の身体を押さえつけなければならない。であれば、より強い縛道を使わなければ。強化された膂力を封じるためには、先の鎖条鎖縛でも、九曜縛でもまだ足りない。縛道の九十九『禁』。これしかない。

 しかし、虚の速度を前にしては、攻撃を避けるのが精一杯で、とても鬼道の詠唱など行えない。そして最大の問題が、菊理はまだ九十番台の詠唱破棄を会得していない、ということだった。

 

「……やるしかない、か」

 

 菊理は斬魄刀を抜いた。無論、そのまま斬りかかる、ということはしない。狙うのは、斬魄刀の解放。上手く虚の隙を突き、解号を叫ぼうと虚を見ると、その動きは止まっている。

 

(やはり、誰かに仕込まれているようだね。手の内を晒すのは避けたかったけど……命には代えられない)

 

 菊理が一人になったタイミングで、ここまで菊理に相性の悪い虚が出てきたことから、何とは無しに予想していたことだが……今の挙動で確信に変わる。どうやら、こちらを見ている者がいるらしい。欲しいのは、今から見せる情報だろう。

 お望みなら見せてやる。

 

「結べ『星見華』!」

 

 輝き。霊子の奔流による光が一帯を照らす。菊理の斬魄刀はその形を崩し、青い霊子に分解され、一瞬で新たな形に再構成される。

 長いバレル、既に弾の込められているシリンダー。グリップは当然、菊理の握りやすい大きさとなっている。当然だ、これは彼女の魂の形なのだから。引き金に指を掛け、それを標的に向ける。

 それは、黒い銃だった。最早刀の形をとってはいない。長い銃身を持った、回転式の拳銃そのものだ。

 

「二発だ」

 

 久々の解放で気分の乗った菊理は、ギャラリーの存在を意識しながら独りでに呟く。

 

「この二発で君を倒してみせよう」

 

 菊理は早速、星見華の引き金を引いた。銃口から放たれた銃弾は即座に弾け、その中から黒い帯のような鬼道が現れる。縛道の九十九『禁』。最強の縛道は虚に絡み付き、その動きを封じ切る。

 しかし、虚には切り札がある。背中の皮がベロリと剥がれ、その中から黒い穴が覗く。霊子を吸収する穴——それを見た菊理は、瞬歩で即座に虚の背を取る。

 

「君の防御は二種類。鬼道に対して絶対の硬度を持つ鋼皮、そして霊力を奪い自分の力とするその穴。だが弱点もある。吸収するためには、鬼道を弾く訳にはいかない——つまり、穴を使う時、そこを鋼皮で覆うことができない」

 

 そこなら、鬼道が通る。問題は、霊力を吸収されてしまうことだが、菊理には自信があった。己の最大火力の一撃なら、この虚でも吸収し切れないという自信が。

 

「消し飛べ」

 

 二度目の引き金を引く。今回放たれたのは、破道の九十一『千手皎天汰炮』。先程は鋼皮に阻まれたそれは、虚の穴と衝突。その一端を吸収されるも、星見華によって増幅された、菊理の規格外の霊圧は、容易く虚の吸収限界を飛び越え、破裂。虚を粉々に吹き飛ばした。

 

 

 

 

「ほう……」

 

 藍染が、感嘆の声を漏らす。

 この虚は、対鬼道用に特殊な改造を施された中級大虚(アジューカス)だった。言語能力、記憶、経験、その他諸々を全て削り取り霊圧に回し、その全てを鋼皮に注ぎ込む。そしてその鋼皮でさえ、斬撃への耐性を全て棄て去り、鬼道に対する防御にだけ霊圧を集中させた。結果、()()()()()()()()傷を負わない、鬼道封殺型の虚が生まれたのだが。

 

「凄まじいな。あの斬魄刀は、白鷺君の霊圧を増幅・強化し、鬼道の威力を爆発的に上昇させるようだ。更に、彼女は詠唱を行っていない。どころか、放つ鬼道の名すら詠んでいないとは……」

 

 これまた、何かカラクリがありそうだ、と藍染は愉しそうに笑う。一方でギンは、気が気では無かった。目の前の脅威を退けたことは、喜ぶべきことだろう。しかし、お陰で藍染がますます彼女に注目することになってしまった。

 このままでは菊理も、藍染の実験台にされかねない。彼は平気でそれを出来る男だと、ギンは知っている。だからこそ、ギンはここにいるのだ。

 

「星見華……確かに威力は高いけど、それを握る菊理の技術はお粗末そのものや。藍染さんが気にかける程のもんではないのと違います?」

「確かに、白鷺君も銃の扱いには困っているようだね。……しかしそれは、訓練次第でどうにでもなることだよ、ギン」

 

 藍染の視線が、モニターからギンの方へと移る。その、背筋を凍らすような視線を受けて、ギンは自らの失態を悟った。

 

「だから、()()()()()()、技術の未熟な今の内に排除しておくべきだと思わないか?」

 

 息を呑む。

 菊理が脅威でないと言ったのは、彼女から藍染の目を逸らすための方便だった。実際には、あの凄まじい攻撃力の鬼道を放つ銃型斬魄刀は、まさに脅威的と言えるのだが、実際に藍染と今の菊理を戦わせれば、二秒と持たず菊理は死ぬだろう。だからこその言葉だった。

 それを、こんな風に返されるとは微塵も思っていなかったのだ。

 黙り込んでしまった彼の様子をつぶさに観察しながら、藍染は通信用のボタンを押した。

 

「要。悪いがもう一仕事、頼めるかな」

『勿論です』

 

 現場にいる東仙に通話は繋がり、その遣り取りを聞いただけで、藍染が何をしようとしているのかは理解出来た。

 

「白鷺菊理を消してくれるかい」

『はっ、すぐにでも』

 

 冷や汗が流れたような気がした。東仙は現在、九番隊第六席だが、その実力は隊長格にも劣りはしない。なにせ、藍染の指導により、既に卍解を会得しているのだ。『鈴虫終式・閻魔蟋蟀』——何より脅威なのが、この卍解だ。彼の閻魔蟋蟀は、霊圧によりドームを作り、範囲内にいる者の視覚・聴覚・嗅覚・霊圧知覚を奪うという恐ろしい代物である。

 不意打ちでこれを喰らえば、殆どの死神は太刀打ちすることができないだろう。卍解の能力を知っていたとしても、難しいかもしれない。まして、接近戦が大の苦手な菊理が、しかも虚との戦いで疲労している状態で敵う筈がない。

 

「……ちょっと待ってください、藍染隊長」

「何かな」

「ボクにやらせて貰えません?」

 

 キィ、とイスを回して、藍染はギンの表情を見る。ギンの表情は変わらず。寧ろ、薄ら笑いまで見せている。とても友人を殺しに行く表情には見えない。

 

「いや、必要ない。君に任せずとも、要がすぐに済ませてくれるよ」

「なら、ボクにも行かせてもらえませんか?」

「…………良いだろう。君がそこまで言うのは珍しいからね」

「ほな、行ってきます」

 

 藍染が許可を出すと、ギンは瞬歩で早速現場へ向かう。アジトに一人残された藍染は、東仙、菊理を映すのとは別に、ギンを追うようモニターを設定。それを眺めながら、紅茶で一服した。

 

「……ふむ、中々甘い」

 

 

 

 

 菊理は、既に身を隠していた。

 何者かに補足されているのは自明。ならば、虚を倒したままいつまでも姿を晒しておく間抜けをする訳にはいかない。近くの森に入り監視の目を妨げると、霊圧を遮断する結界を張り、曲光で姿を見えなくする。後は回道の応用で傷を癒すのみ。

 敵に見つかる前に回復し切れると良いのだが。

 既に敵は、菊理の霊圧知覚に引っかかる程近くまで来ている。恐らく、虚を倒した場所にいるのだろう。見つからないことを祈りながら、菊理は身体の回復を急ぐ。

 

(思ったより霊力の消耗が激しい……九十番台を三度も使ったんだから、仕方ないけど。星見華の弾丸も二発使ってしまった。このまま敵に遭遇したら、少しまずいかな)

 

 目を閉じ、耳を済ませて周囲の音を拾う。ガサガサと、何箇所か茂みを動く音が聞こえる。野生動物か何かだろうか。まさか、この全てが敵という訳ではあるまい。一つは、すぐ傍の茂みからの音だ。息を潜めて、茂みを確認してみる。

 出てきたのは、小さなリス。

 ヒョコヒョコと可愛らしい動きで、結界の目の前を通り過ぎていく。

 緊張感が解れ、菊理は小さく息を吐いた。リスにも見つかっていないようだし、即興で張った結界はキチンと機能している。

 

(くそ、早く回復して脱出しないと)

 

 人目のつく場所……衛島たちの下へ逃げ帰れば、あるいは逃げ切れるかもしれない。

 

(そもそも、私を狙う奴らは一体何者なんだ? 私如き木っ端死神の情報を欲しがるなんて……)

 

 菊理は鬼道衆の三番手だ。そう聞くと対策すべき相手のように見えるが、実際に尸魂界で何かを企てるなら、必要なのは寧ろ護廷十三隊の面々、その情報だろう。それを集めないのは、単に無知なだけか、それとも既に集める必要が無いのか。

 

(どちらにしても、キナ臭いな)

 

 菊理が、襲撃者たちの正体に考えを巡らせている中——目の前に現れたのは、東仙要だった。

 

(東仙さん、生きていたのか!)

 

 一瞬、歓喜の声をあげそうになって、しかし冷静さを取り戻す。よく考えてみれば、おかしい。不自然だ。

 もし、予想が当たっているなら……先手を打たないと、まずい。

 菊理は大きく深呼吸。意を決して、結界を解いた。

 

「東仙さん」

「菊理殿、無事でしたか。申し訳ありません、逸れてしまいましたね。もう戻りましょう、笠木たちも待っています」

「その前に東仙さん、その後ろの方は誰ですか?」

「後ろ?」

 

 東仙が後ろを振り返った瞬間、菊理は素早く星見華を東仙の背中に押し付ける。東仙に、動じた様子は見られない。

 

「動くな」

「菊理殿、一体何の真似ですか?」

「演技がお上手だね。なら、とぼけられないように私からも幾つか質問をさせて貰う。問一、何故貴方がここにいる?」

「逸れた貴女を心配しただけのこと」

「ああ、すまないね。理由を聞いたわけじゃあないんだ。私は、どうやって私の居場所を知り、ここまで来たのか。そう聞いている」

 

 菊理の殺気が増していく。灰色だった疑いが、どんどん黒に近付いていく。

 

「……私の斬魄刀『鈴虫』の力だ。音の反射によって位置を掴んだ」

「そうか。問二、私の連絡を無視したのは何故だ?」

「済まない、上司と通話中だったようだ」

「ああ、それは悪かった。気にしないでくれ。問三、何故伝令神機で私を探さなかった?」

「————————」

 

 答えに窮する東仙。

 わざわざ斬魄刀を解放し、霊力を消費して探すよりも、伝令神機で通話した方が遥かに簡単で確実だろう。それをしなかった理由は、最早明確。

 決まりだ、と菊理は思った。

 

「問四。通話中だったという上司とは、一体誰だ?」

 

 瞬間、菊理は引き金を引いた。縛道の六十一『六杖光牢』が発動し、菊理を斬ろうとした東仙の動きを止める。

 

「……何故、私を狙った?」

「さあな」

 

 圧倒的不利な状況に関わらず、東仙の態度は揺るがない。それだけの覚悟を持っているのか、あるいは、この状況を覆すだけの切り札を手にしているのか。何れにせよ、このままでは危険だ。

 

(一度、東仙に『白伏』を——)

 

 鬼道を発動しようとした、その瞬間、星見華を握る左手に激痛が走り、思わず取り落とす。

 左手の腱を切られた。手に力が入らない。

 

「誰だ!」

 

 この距離で、斬撃。風系統の鬼道か、あるいは遠距離攻撃型の斬魄刀か。藪の奥を睨み付ける菊理だったが、直後、下手人が姿を現すと、その顔は絶望に歪んだ。

 

「…………ギン?」

 

 か細い声で、菊理は鳴く。

 血に濡れた『神鎗』を携えたギンが、そこには立っていた。

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