その声を聞く この手を伸ばす 兎の章   作:古今いずこ

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死ネタ、グロテスクな光景への言及、重度の負傷への言及、軽度の暴力描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。



第14回 兵士を騙す 太守を脅す

 里からは連れ出されなければいけない。〈高奇と高義と高臥の里〉が逆らった、と言わせてはいけない。

 トシュの呪文をいつ唱えよう、と気を()らすように考えながら、セディカは膝を抱え、輿(こし)の中で身を縮めていた。特に拘束はされなかったが、逃げ出せるはずもなかった。

 丸ごと食べられると思うのだって怖いが、心臓だけと言われると恐怖の種類がまた変わるようだった。しかも相手は人間なのだ、と思えばますますぞっとした——(もっと)も、太守の正体もまた、〈通天霊王〉がそうであったように妖怪なのかもしれない。だが、それならそれで、本物の太守はどうなったのだろうと考えると恐ろしくなってくる。

 結局、セディカが呪文を口にしたのは、もうよかろうと時機を見計らったときではなくて、単純に耐えられなくなったときだった。

 トシュを呼び寄せる呪文。忘れてしまわないようにと、教わった日から、即ち別れた日から、何度も練習した。最初の一語を抜かせば呪文として機能しないから、口に出しても大丈夫だと言われたので。

 マオのときには、ちゃんと、効いた。来てくれた。今度も、きっと——。

「これは見ただけじゃ状況が呑み込めねえな」

 不意に声がして、肩が跳ねる。

「トシュ?」

 セディカはきょろきょろと輿の中を見回した。

「手を出してみろ」

 両手を揃えて胸の前に差し出せば、その掌に乗る大きさのトシュがぴょんとどこからか飛び移った。

「さて、何があった」

 青年が尋ね、少女は経緯を説明した。少女自身もそう思ったように、青年は眉を上げ、またか、と呟いた。

 それからじっと、少女を見上げる。

「おまえは何者なんだよ。お(ひい)さん」

 ……そんなことを、訊かれても。

「帝国にいた頃は、こうひっきりなしに妖怪が絡んでくることはなかったんだよな?」

 こくりと頷く。前にも訊かれて、否定した通りだ。隠すような相手でもない、そんな事実があるなら素直に相談している。

 しばし、トシュは口を(つぐ)んだ。

「おまえは故郷にいるべきだったのかもしれねえな」

 投げやりということもなく、(さじ)を投げたという風でもなく、真面目な調子だった。

「貴族だろ。〈武神〉の子孫っつう触れ込みの」

「……分家よ」

 セディカは呟くようにした。その通り、テュール家は〈武神〉の子孫を自認している家柄だけれど、セディカの実家はかなり昔に本家から分かれている。本家を基準に考えればかなりの遠縁なのだ。

「〈武神〉の子孫だっつう自負があるなら、〈武神〉を(まつ)(びょう)だかが家にあったり、〈武神〉に加護を祈るような家独自の習慣があったりしたんじゃねえか? それがおまえを、妖怪に目をつけられるようなことから守ってたのかもしれん」

「そんなこと……言われたって」

 トシュを乗せている手を握り締めるわけにもいかなくて、セディカはただ、途方に暮れた声をこぼした。父がセディカを捨てたのだ——死んでしまえとばかりに、山に置き去りにしたのだ。

「いや、まあ、わからん。マオがおまえをみつける直前に、きっかけになるようなことが何かあったのかもしれねえしな」

 そう、この里に来てから三ヶ月は、特に物騒なことなどなかったのである。

 今言って悪かったとばかり、トシュは手を振った。

「根本的な解決は後だ。とりあえず、一度ジョイドと話してくるわ。それから——また入れ替わるかね。隙を見て」

 ぎくりとする。

「行っちゃうの?」

「すぐ戻るさ」

 早く行くほど早く戻れるわけだ、と冗談めかした言い方をして、トシュの姿は消えてしまった。

 セディカは空になった手を膝に置いた。

 マオ。偽の〈通天霊王〉。偽物かもしれない太守。

 何だというのだ。健康によい? 帝国の血? ……心臓? 何故、そんな視点で——引く手数多(あまた)にならなければならない?

 ……もし、本当に。そういう、妖怪を——それも人食い妖怪を、引き寄せるような性質が、自分に具わっているのだったら。トシュの仮説のように、これまでは自覚のないところで打ち消されていたのだったら。

 ——父は、知っていたのだろうか? 知っていて……その性質ゆえに、セディカを嫌っていたのだろうか? セディカを産んだ母を嫌ったのだろうか? 妖怪を寄せつけないための何らかの対処をしなければならない、続けていかなければならないことに、うんざりしたから——元凶のセディカを、捨てたのだろうか……?

 ぱらりと涙が落ちて、(まぶた)を下ろす。ゆっくりと深呼吸をした。トシュが一度、去ってくれて——よかった。

 

「セダ」

 ——と、耳元で再び声がしたときには、輿は止まって地面に下ろされていた。

「すぐ外に出ろ。別件で騒ぎがあって、やつらはそっちに気を取られてる。ジョイドも来てるからそっちに任せろ」

 何か騒いでいることはセディカにもわかっていたから、驚いたり質問したりする手間はかけなかった。

「髪の毛いる?」

「お、サンキュ」

 髪の毛を一本抜いて落とし、音を立てぬよう注意して輿から下りる。周りを見回すまでもなく、すっとジョイドが寄ってきた。

「走るよ」

 (ささや)いて、ジョイドはセディカを抱き上げた。何だか慣れてきたセディカは自分からもしがみつき、ジョイドは地面を蹴って、人間には敵わない速さでその場から離れた。恐らくは輿を人目から隠すような術をかけてあるのだろうけれども、無論、急いで離れた方がよいだろう。

「一旦ここにしようか」

 ジョイドが言ったのは立ち止まってからだった。セディカは地面に下りた。人目を避けて道を外れたのだろう、何だか何もない野っ原だった。

「騒ぎって?」

「化け物だって言ってたねえ」

「……また」

 思わず、呟く。

「妖怪とか化け物とか、そんなのばっかり」

「ちらっと見た感じだと妖怪だね。別に悪さをしようとしたんじゃないと思うよ、見た目でびっくりさせただけで」

 ジョイドはそう言った。

「怪我はしてない?」

 首を振れば、よかった、と返ってくる。

「このまま〈高奇〉に戻るんでいいかな?」

「……戻って、どうすればいい?」

「トシュが状況つかんでくるまで待機かなあ。それとも、状況がわかってから戻る?」

「ううん。従伯母(おば)様が心配してるもの」

 そこの迷いようはなかった。一刻も早く、無事な姿を見せなくては。

 じゃあすぐ戻ろう、とジョイドは頷いたが、それですぐまたセディカを抱えて走り出しはしなかった。何か言おうとして言い出しかねているらしい、と察して見上げれば、それに(うなが)されたように口を開く。

「謝らないと。……甘く見てた。そう何度も起こることじゃないと思って」

 何とも応じられなかった。セディカだって、そう思っていた。

「俺の知り合いに——何て言ったらいいのかな、占術——易——宿曜——つまりね、君を直接知らなくても君の運勢を読めるような技術を持ってる人がいるんだ。その人に、訊いてみるよ。君がこんな目に遭う理由が何なのか」

 そのような知り合いの話は初めて聞いたと思ったが、それにしては自分が驚かなかった気がして、セディカはしばし、考えた。

「あ、〈錦鶏〉のときに話を聞きに行った……?」

「ああ、うん、同じ人ではないけど、同じところに所属してる人だね」

 天の神は鷹の姿になって地上を視察することがあるという。そうした神が地上に残した子孫である、とされている鷹の血筋があって、天にお伺いを立てて託宣を得るような技術を有しているらしいのだ。ジョイドも父は鷹であるから、その鷹一族と付き合いがある、といったところがセディカの理解であった。

 それが()()()しであると感づく日は、いつか来るかもしれないが。実はそんな風に託宣を乞わずとも、神を直接訪問して対面で問答ができるという真相の方は、〈武神〉を遠い先祖に持っていようとも、この少女には思いも寄らないことであった。

 

 セディカの輿に追いついて、少し話してまた離れた後。キイの頼みごとは一旦置いておいても差し支えなかったので、トシュは〈高奇と高義と高臥の里〉に飛んで戻り、薬屋の者たちとジョイドに会った。セディカをすぐに連れて帰ると店主夫妻に約束した後で、里の外れに行って土地神を呼び出し、土地神の領分ではなかろうがしばらくこの家を守っていてくれと頼み込んでおく。それから二人で少女の元へ急げば、一行は輿を地面に下ろして休憩しているところだった。

 トシュは羽虫になって近づいた。兵士の一人が隊長に話しかけているようだったので、双方が見える位置に陣取る。

「では、我々も辛いんだとあの娘に泣きつくか?」

 その前に兵士が何を言ったかは聞き取れなかったが、何にせよ、隊長は鼻で笑った。

「太守様の命に(だく)(だく)と従いながら、本意ではないのだと主張して責任と恨みからは逃れようと? 虫のよい話だな。我らに気骨があれば、あの娘は死なん」

 輿へと目をやったのに、相手の兵士も、他の二、三人もつられた。

「若い娘に(うつつ)を抜かすことは、男には珍しくもないが。隊長の(かん)言に腹を立てて処刑を言い出すようじゃあ、太守様はもう駄目だ。命だけは許してやれなどと恩を着せる岳父どのも、面の皮の厚いことだが」

 隊長は一度言葉を切り、言葉を探すか、もしくは口にするかどうか自体を迷うような間を置いてから、首を振った。

「人望のある人間をわかっていなかったにせよ、わかっていて切ったにせよ——駄目だ」

 最初の兵士が(うつむ)く。

「前隊長でさえ、その場で処刑を言い渡された。我らに何ができましょう」

「被害者の顔をせぬことさ。悪人は悪人らしく振る舞うのが筋だろうよ」

 聞いていればもっといろいろ喋ってくれそうな気がしたが、そのとき他の兵士が何かをみつけて声を上げた。トシュはすばやくジョイドの元へ戻って耳打ちをすると、(どん)()の中に飛び込んで速やかにセディカを追い出した。後に残された髪の毛を拾って、セディカに化ける——。

 いや、どうせなら見ておこう。髪の毛の方をセディカに変えて、再び外へ出る。ジョイドはセディカを連れて速やかに去っていた。

 化け物だ、と叫ぶ声を聞きつつ兵士たちの視線を追えば、なるほど奇妙な人影が逃げていくところだった。人間のようでもあるが、その背中はびっしりと(うろこ)に覆われていて、水()きらしい(まく)も指の間に見えた。

 川に飛び込んで一気に泳ぎ去るのを、トシュは姿を隠して追いかけ、やがて岸に上がるまでついていった。

「……おう、偽〈霊王〉の妹じゃねえか」

「うわあ!」

 魚の娘は地面に尻持ちをついた。

「何をしてんだ、ここで」

「何でもないよ! (さい)投げ占いで出たように来ただけだっ」

 食ってかかるように返ってくる。

「あんな河でぐずぐずしてたって何にもなりゃしない、あたしは新天地を探すんだ。昨日まではちゃんと、こっちに行けば安全だとか何とかそれらしい目が出てたのに、こっちに行けば罪滅ぼしになる、なんて目が今日に限って出やがった。なんであたしが罪滅ぼしなぞしなくちゃいけないんだ」

 不満を訴えたいせいか、()(たら)と詳しく(まく)し立てるものだから、トシュはつい、笑ってしまった。

「罪ってほどの罪じゃなかったわな。十分滅んだと思うぜ」

 兵士たちにみつかってくれたおかげで、セディカを逃がす隙ができたのだから。

「おまえが俺と縁のあるやつに手を出してこなけりゃ、俺はわざわざおまえを追いかけ回していじめやしねえよ。いい引っ越し先がみつかるといいな」

「何を一人でわかったような顔をしてんだ」

 毒づいたものの、別に答えを求めてもいないのだろう。魚の娘は再び川に飛び込んで見えなくなった。トシュは引き返して輿に(もぐ)り込み、セディカの偽物を髪に戻すと、その髪の毛を使って自分がセディカに化けた。

 後は到着してからだ。いや、着いてから慌てなくて済むように事前に仕込んでおくか。静かに座したまま、トシュは心臓の辺りに手を置いた。

 

 降りよ、と命ぜられたのは、太守の館の庭と思しかった。

 太守はなるほど顔色が悪く、明日をも知れぬとは誇張にせよ、重病であることは事実のようだった。二十歳になるならずと見える、派手に飾り立てた美姫が太守に寄り添い、どこか淡々としたまなざしをこちらへ向けていた。二人の(かたわ)らには老人がいて、龍が巻きついているような彫刻のある杖を()いている。庭へ出るための階段の上からこの三人が見下ろしていて、こちらはその階段の下に突き出されたわけだった。その他には、ここまでトシュを、もとい、セディカを護送してきた一隊がいるきりだ。

 娘と老人が妖怪であることは疑いようもなかった。

 自分の方も見抜かれているかどうか、一応隠してはいるつもりだが。太守は人間に見えるけれども、自分がそうしているように正体を隠していればわからない、とはいえそれなら他の二人が見え見えなのは変か、などと考えながらトシュは太守をみつめた。

「わたくしをご所望とか」

()(よう)。わしはもう二年以上も重い(やまい)に侵されておる。そこで、ここにおいでの我が岳父どのが、治療法を教えてくださったのだ。この〈金烏が羽を休める国〉の血と帝国の血とを共に引く、嫁入り前の女の心臓のみが、この病を癒やせると」

 わざとらしい条件だなと思う。偽の〈通天霊王〉も似たような表現で生け(にえ)を指定したわけだが、いかにもセディカから逆算しているではないか。

 太守の目は食い入るように、自身の命を救うはずの少女を見ていた。特効薬を前にした重病人、と思えばわからないでもないが、人間が人間に向けるまなざしとしては異様だ。同情はできない。

「そなたの心臓、献上せよ」

「承知致しました。心臓なら幾つか持ち合わせておりますから、太守様に最も適したものを選り抜いて差し上げます」

 トシュは何と言うこともないように答えた。

「……幾つか、だと?」

 そこをちゃんと聞き咎めるぐらいには、太守は冷静だったらしい。隊長を振り返ればこちらも()(げん)な顔をしていたが、無視してトシュは刃物を求めた。太守の許可を得て小刀を差し出した隊長は、少女がこれを武器に囲みを破って逃走する可能性を考えたかもしれないが、思い直してその小刀を引っ込めるようなことはなかった。

 小刀の(さや)を払ってくるりと回すと、トシュはそれを自らの胸に突き立てた。

 

 そう長くも経たないうちに、二つの光が館から飛び出し、先を争って南方へと逃げた。一拍置いて、トシュの雲も後を追って飛び出した。追いかけて追いかけて、やがてもう一方より遅れ始めた方に狙いを定め、鉄棒を高々と振り上げて振り下ろす。小さな竜巻が起こってそれに突進し、それが蹴(つまず)いたように地面に転がり落ちた、その後を追ってトシュはすばやく舞い降りた。

 再び飛ぶどころか立つ余裕もないようで、()って逃げようとする娘のすぐ横に、鉄棒の先端がドカッとめり込む。

「ひいい!」

「死にたくねえか?」

 棒をそこから動かさずにトシュは言った。

「太守はおまえのせいで死にかけてんじゃねえのか、え?」

 立てないまま、女は地面に手をついてどうにかこちらに体を向けると、少々意外なことに、きっと睨み返した。

「正室も側室もいるくせに、十六の小娘に入れ上げるあいつが悪い!」

 女は怒鳴った。(おび)えている風だったが、自棄(やけ)と言おうか、破れかぶれになっているようでもあった。

「あたしは十六なんかじゃないが、あいつはそんなこと知りやしない」

「十六に見せかけたのはおまえだろうが」

 十六歳の設定なのか、と本筋から外れたことを青年は思ったが、太守に近づいた時点での話だろう。

「ああ、ああ、あいつなんかさっさと死んじまえばいい。そうすればあたしはあの人のそばに戻れる。あの人のためなら別のやつに添うことだって構わないが、さっさと終わってほしい」

「嫌で添ってんのかよ。太守だっておまえがすり寄ってこなきゃ、おまえを侍らせようとはしなかったろうが」

 決めつけたのは要するにはったりだが、実際、そんなところだろう。人間に化けていた妖怪をたまたま権力者が見()め、(そば)()になれと強引に命じたところで、妖怪が無力に従うことしかできない、ということもあまりないからだ。

 ——さて、とトシュは棒を握り直した。

 

 館に戻ってくると、太守は物陰に(うずくま)って、頭を抱えてがたがた震えていた。兵士たちは他の者を庭に入れないようにして、太守を落ち着かせようとしたり、トシュの立っていたところを調べたり、外を警戒したり、していた。

 トシュが仙術を振るって幻覚を見せたので、太守の目にはセディカが胸を切り裂いて、心臓を次から次へと際限なく引きずり出しては投げつけてきたように見えていたはずなのだ。太守だけを標的にするのはトシュには難しかったので、兵士たちも巻き添えを食ってそのグロテスクな光景を見せられたことになる。トシュが変身を解くと同時にその幻影も消えたはずだが、幻の心臓が山を築いていた辺りは、兵士たちも気味悪がってできるだけ避けているようだった。

 庭の真ん中に降り立ってから、トシュは階段の下につかつかと歩み寄り、白狐の死骸を投げ出した。

「あんたの可愛子ちゃんだが、どうする?」

「これは」

 こちらを見もしない太守に代わって、隊長が驚く。

「三年前にあの爺さんがこの女を連れてきたそうだな、後妻が産んだ娘でまだ十六だとか何とか言って。それ以来あんたは妻妾も子供らも忘れてこの女に夢中、あの爺さんを岳父と呼んで(あが)め、政治も人事も賞罰も何もかも言いなりだとか。それを(いさ)めた前の隊長は死一等を減じて追放だって?」

 盛大に溜め息を()いてみせる。

「で、爺さんに言われるままに、自分が保護すべきこの郡の住人の心臓を(えぐ)り出そうとしたと。そこで気づけよ。爺さんもそいつも妖怪だ」

 若い娘を権力者に差し出して、富や権力を得ようとする人間は珍しくもないだろうが、人間の心臓を得ようとするのは妖怪だろう。

 そう、無論、その心臓は自分たちで食べるつもりだったのだ。太守の病気はそもそも、妖怪を愛妾としていたことで、妖怪に、妖力に、妖気に、(むしば)まれたせいだと見るのが妥当である。人間の血が四分の一を占めるトシュだって、人里にいるときや人間と接するときは、妖気や妖力や何やかやを抑制して害を与えないよう気をつけている。そうした配慮を(おこた)れば、もしくは意図的に省けば、人間などたちまちに体を壊して駄目になってしまう。

「現隊長。謀殺だが未遂、首謀者は裁判権を持つ太守、だが別に裏で糸を引いたやつがいる。〈金烏が羽を休める国〉じゃあ、これは誰がどう裁く?」

「は——」

「お、お赦しを」

 戦慄(わなな)きながら太守が裏返った声を立てた。

「俺に願ってどうする。権力尽くで人一人(さら)って、殺して食おうとしたんだぜ。法がおまえを捨て置かんだろうよ」

 その次を口にするかどうかは躊躇(ためら)う。が、ここは仕方ない、方便というものだ。

「それに、人と獣の交わりは人倫に(もと)ると言われてんじゃなかったかね、あんたみたいなお貴族様らの間では」

 狼と猿と人間の混血としては、勿論(もちろん)、方便にしたって気に食わない言い草だ。が、そこまで強い言い方で禁忌扱いされているには理由があった。つまり、人間と結ばれうるような獣は、ただの獣でなく妖怪と変じているに決まっているし、ということは人間よりも(はる)かに長命で、うっかり結婚などすれば容易に家を乗っ取られるのである。庶民はまだしも貴族の家では、その被害はその家だけに(とど)まらず、領地に、領民にも及ぶ。その警戒が形を変えて、今では真意も忘れられて、禁忌として残っているというわけだ。

 セディカのチオハ家やキイのノヴァ家のような、庶民であっても大きな家でも話は同じだろうけれど、庶民の間にその禁忌は浸透しなかった。それで貴族の中には、下賤の者は元々獣と同格なので、交わったとて何ほどのこともないのだ、と考える者さえいる。それを逆手に取る機会が来るとは思わなかった。

「……狐と通じたとて、処罰はされませぬが。そうと知れ渡れば、太守は()免されましょうな」

 法的なことよりも推測しやすかったのか、隊長が援護射撃をしてくる。

「獣と通じた罰は、そのぼろぼろの体で十分じゃないかとは思うがね。こいつと離れて精進潔斎して過ごせば、そこそこ回復するだろう。俺としちゃ、うちの可愛子ちゃんを食おうとしたやつに、人間であれ妖怪であれ、長生きしてほしいとは思わねえが」

 言ってからマオのことが脳裏をよぎって、そうでもねえなと口の中だけで呟く。つまるところ、マオはセディカより大切だったが、セディカは太守より大切だというだけだ。

 とはいえ、要するにマオやセディカを贔屓(ひいき)しているわけであって、太守の方を差別したいというのではない。いや、セディカに手を出したからといって不当に厳罰を与えてやりたいのは山々なのだが、本当に問答無用で首を()ねてやれるトシュではないのである。

「現隊長、相談に乗ってくれ。太守の処遇、どうするべきか」

「……その前に、一つ」

 隊長は態度を決めかねているような風で、階段の下を見やった。

「この……狐がそうだというなら、岳父どのは?」

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