ヒュンケルは武器を構えるとダイへの攻撃を妨害したレグルスをイラつきながら睨みつけた。
「…いつも、いつも邪魔しおって…!…奴らを始末するには貴様を先に倒す必要があるようだな…!!!」
「…」
レグルスは殺気立つヒュンケルを静かに見返すと武器を持った右手を持ち上げた。ヒュンケルはレグルスの攻撃を警戒して身構えたが、レグルスは剣を構えることなくそのまま背中に持っていくと、剣を鞘にしまった。
「なっ…!何故、武器を収める!?」
武器をしまい、戦闘態勢を解いたレグルスをヒュンケルは警戒をしながらも問いかけた。
「…貴様なら武器を収め、対話を要求する相手に対していきなり斬りかからないと判断した…でなければ、父バルトスの騎士道精神に傷がつくからな」
レグルスの口から父親の名前が出たことでヒュンケルは顔をしかめると構えを解き、対話を聞く姿勢となった。
「…あの女から話を聞いたのか」
「ああ…マァムから話は聞いた…ヒュンケル、貴様がアバン先生を恨むのは父バルトスのかたきであり、人間を、正義を恨むのは父の死が正義によるものであるから…そうだな?」
「そうだ!アバンは俺の父のかたきだ!そして…その弟子である貴様らも俺の敵だ!!!」
「……ヒュンケル、アバン先生が父親のかたきである…その大前提が違うとしたら?」
ヒュンケルはレグルスの言葉に眉をひそめた。
「何…?どういうことだ!」
「貴様の父バルトスを殺したのは…アバン先生ではない!…バルトスを殺した人物は…別にいる…!」
「!?…な…にを…言って…」
想定外の言葉にヒュンケルは唖然と目を見開き動揺したが、すぐに歯を食いしばるとレグルスを睨みつけた。
「嘘をつくな!!!」
「嘘ではない…出会って数日の、敵の言葉を信用しないのは当然か…だが、私の言葉を信じられずとも…これから聞く、貴様の父バルトスの言葉は信じろ」
「っ…!!?」
ヒュンケルの父親であるバルトスは15年前に亡くなっており、その間、バルトスの声をヒュンケルは聞いていない。その父親の言葉というフレーズにヒュンケルは驚き、短く息を吸うと、混乱しながらレグルスに聞き返した。
「待て!…父の言葉とは…どういう事だ!?」
混乱した様子のヒュンケルを冷静に見ていたレグルスは先程聞いた、バルトスの息子に対する愛情深い言葉を思い出しながら、落ち着いた声で語りかけた。
「貴様の父バルトスは死してもなお…息子である貴様の身を案じていた…ヒュンケル、貴様にとっては辛い真実が待ち受けているだろうが…その者の言葉は素直に受け止めてやれ…詳しくは彼女から聞くといい…マァム」
レグルスが視線を横に向けたため、ヒュンケルもその視線を追い横に動かすと、そこには胸に箱のようなものを抱いたマァムが悲しげな表情でヒュンケルのことを見つめていた。
「…ヒュンケル」
「女…お前もどうやって牢屋から抜け出した…」
「マァム、後は頼む」
「ええ」
レグルスはマァムに声をかけるとその場を離れ、ラーハルトの元に向かって駆け出した。ラーハルトを回復しようとしていることに気付いたヒュンケルだが、顔をしかめるだけに留まり、目線を移すとマァムを見つめた。
「女…どういうことだ!?」
「ヒュンケルこれを…地底魔城の隠し部屋で見つけたの…」
マァムは手にしていた箱の蓋を開けると中身が見える状態でヒュンケルに差し出した。箱の中には大きな貝殻が綺麗な状態で入っており、その貝殻を見たヒュンケルは目を見開いた。
「これは…!!魂の貝殻…!死にゆく者の魂の声を封じ込めるという…まさか!!!」
「ええ、そうよ…あなたのお父さん…地獄の騎士バルトスの遺言状よ…!」
「父さんの…!」
ヒュンケルは兜を脱ぎ、魂の貝殻を手に取り耳に当てると、貝殻からヒュンケルにとって懐かしい声が聞こえた。
「…ヒュンケル…我が子よ…」
「!!…父さん!!?」
ヒュンケルは貝殻を耳から離すと唖然と手の中の貝殻を見つめた。
「聞いて…!ヒュンケル!あなたのお父さんの残した真実を…!地底魔城が滅びた日、何が起こったのかを…!」
ヒュンケルは震える手で貝殻を再び耳に当てると、父の、バルトスの言葉を聞いた。
ポップはヒュンケルの攻撃で気を失ったダイの容態を確認していた。
「血は出てねぇ…ヒュンケルの攻撃は直撃を免れたんだ…ダイ!しっかりしろ…!」
「ポップ!」
自身を呼ぶ声にポップは顔を上げるとラーハルトの元に移動していたレグルスが小さな布袋を投げて寄越してきたため、ポップは手を伸ばすと袋を空中でキャッチした。
「薬草だ…使え!」
「おう!…ダイ、薬草だ!食えるか…?」
ポップはダイの上半身を背中に腕を入れて少し起こすと袋から取り出した薬草を小さくちぎり、口に含ませようとした。
「う…ううっ…か…勝てない…」
ダイから小さな呻き声を聞いたポップは意識が戻り始めている事に気づくと喜び、笑顔を浮かべた。
「ダイ!良かった、気が付いたか!薬草だ!食え!体力を回復させて―」
「…勝てない…アイツには…勝てない…」
ポップは意識が完全に戻っておらず、ダイの様子が可笑しい事に気づくと訝しんで声をかけた。
「…ダイ?おい、大丈夫か…?」
「剣でも勝てない…魔法でも勝てない…剣でも…魔法でも…剣…と…魔法………剣と魔法…!」
ダイは目を開き、ゆっくり起き上がると離れた場所にいるヒュンケルを睨みつけた。その目は何処か虚ろで意識が完全に戻っているようには見えなかった。
「ダイ?」
ポップは戸惑いながら立ち上がったダイを見つめた。
「ラーハルト!今、治療をする…ホイミ!」
レグルスはラーハルトの元に辿り着くとその場にしゃがみ回復魔法をかけた。ラーハルトは治療を行っているレグルスの胸部を確認し、ヒュンケルに斬られた傷がないことを確認すると安心したのか顔を歪めた。
「レグルス様…!よくぞご無事で…!」
少し涙声になっているラーハルトの言葉に気付くと、レグルスは魔法を使っていない方の手をラーハルトの頭に優しく置いた。
「ラーハルト…心配をかけたな…今は治療に専念せよ」
「…はい!」
癒しの光はラーハルトの傷を少しずつ回復させていった。
ヒュンケルは魂の貝殻を耳に当てて、父の声を懐かしく、そして、嫌な予感を感じながらも静かに聞いていた。
「…我が最愛の息子ヒュンケルよ…お前に真実を伝えたいがゆえに…ここにワシの魂の声を残す………あの日…勇者たちが地底魔城に攻めてきた日…地獄門を守るワシは…勇者アバンと戦った…!だが…アバンは強かった!…ワシはアバンに負けた……死を覚悟した…その時だ…アバンは敵であるワシにとどめを刺さず…剣を鞘に納めた…ワシはアバンに問いかけた…情けをかけるつもりかと…アバンはワシが首に下げていた首飾りを…ヒュンケルがくれた首飾りを見て…『あなたにも家族がいると考えたら斬れなくなりました』と…そう言って矛を収めた…ワシはアバンに負けた…力においても…心においても…ワシはハドラーの元へ向かうアバンに恥をしのんでお願いをした…ワシは語った…人間の子供を拾い育ててきたことを…今斬らずともハドラーが死ねばワシは消えてしまう…何とかその子の面倒を見、強く正しい戦士に育て上げてほしい…本当の人間のぬくもりを与えてほしいと…!!…そう…願った……アバン殿はワシの願いを快く承知してくださった…!!」
「っ…!!!」
ヒュンケルは父バルトスがアバンにヒュンケルの面倒を見てほしいとお願いしたことに、頭を鈍器で殴られたような大きな衝撃を受けた。
「…ややあって…ハドラーの断末魔の叫び声が響き渡った…!だが…ワシは生きていた…!なぜ生きているのか…疑問に思っていた…その時…ワシの前に満身創痍のハドラーが現れた…ワシは驚いてハドラーに尋ねた…生きていたのですか、と…ハドラーは死の瞬間…魔界の神バーンの大魔力によって救われていた…ハドラーは語った…眠りにつき力を蓄えたのち新たな魔王軍を再建すると…。そして失態を犯したワシを…ハドラーは許さなかった…ワシの正義感や騎士道精神…人間のような情愛をくだらないと…敵に地獄門を通らせたワシを…失敗作だと…そう言った…そして…ハドラーはワシを…処刑した」
父であるバルトスを殺したのが自身の上司である魔軍司令ハドラーと知ったヒュンケルは脳裏にヒュンケルを笑い見下すハドラーの姿を思い出すと、歯を食いしばり、手にしている魂の貝殻を怒りで強く握った。
「ヒュンケル…お前がワシの元に来た時…もはやワシにはすべてを語る力が無かった…だからこの魂の声を…ひそかに隠していた魂の貝殻へと込めたのだ…いつかこうしてお前が聞いてくれることを願いつつ…ヒュンケルよ…どうか人間らしく生きてくれ…そしてアバン殿を決して恨んではならぬ…恨むなら魔物の分際で人間の子を育ててしまったこのワシを恨め…だがワシは幸福だった…短い間ではあったが…冷たい骸の身体にぬくもりが戻ったかのようだった…最後にもう一度だけ言わせてくれ…ヒュンケル…思い出を…ありがとう…!」
魂の貝殻からバルトスの声が途切れたことで、ヒュンケルは身体を震わせながら耳から貝殻を離した。近くにいたマァムは真実を知ったヒュンケルを気遣うように悲しげに見つめた。
「……それでは…父の命を奪ったのはハドラーだったというのか…!?そして…アバンは俺が父の敵と恨んでいることを知りつつ…俺を見守ってくれていたというのか…!!?」
ヒュンケルは長年自分が信じてきた真実が間違っていたこと、そして、そのために取り返しのつかないことをしてしまったことに頭がぐちゃぐちゃになっていた。
回復魔法によりラーハルトの傷がある程度癒え、体力が少し回復した頃、嘆く声が聞こえたことでレグルスとラーハルトの2人は視線をヒュンケルに向けた。
「う…うそだっ…そんなの嘘だっ!!!」
ヒュンケルは混乱した様子で大声を上げると手にしていた魂の貝殻を地面に叩きつけた。ヒュンケルの取り乱し様にラーハルトは眉をひそめると上半身を起こし、回復魔法をかけているレグルスに原因をたずねた。
「レグルス様…ヒュンケルは一体…」
「…ヒュンケルの父バルトスは旧魔王軍時代、魔王ハドラーの部下だった…ヒュンケルは父を殺したのがアバン先生だと考えていたが…」
「実際は違った…と…レグルス様、ヒュンケルから父親を奪ったのは誰なのです?」
「ハドラーだ」
ラーハルトは驚きに目を見開いた。
「なっ…!では、ヒュンケルは自分のかたきとは知らずにハドラーの部下になっていたという事ですか!?」
「ああ…それもアバン先生はバルトスにヒュンケルを託されて、育てていた…」
「!…ヒュンケルは自分の恩人と知らずにアバン殿を恨み続けていた…そして…」
「…パプニカを滅ぼした…知らなかったとはいえ、ヒュンケルは勘違いで国を滅ぼした事になる…」
「…なんということだ」
動揺した様子のヒュンケルをラーハルトは眉をひそめて悲しげに見ていたところ、離れた場所で倒れていたダイが起き上がりヒュンケルに向かって歩く姿に気付いた。
「ダイ様…!気が付かれたようですね…!」
ラーハルトはダイの意識が戻ったことに喜びの声を上げたが、レグルスはダイの異変に気づくと表情を硬くした。
「…まて…ダイの様子がおかしい」
ダイは剣を持ちながらヒュンケルに向かって歩いていたが少しふらついており、足元がおぼつかない様子であった。
「ダイ〜〜!!やめろっ!おめぇ怪我治ってないんだぞ!殺されちまう!!!」
そんなダイをポップが背後から押し留めるかのように肩を進行方向とは逆に引っ張りながら呼びかけていた。
「(ダイの様子が変だ!まるで俺が分からねぇみてぇだ…!まさか…ダイのやつ意識がねぇんじゃ…?そういえば以前先生が…戦いの最中にKOされちまっても無意識の状態で戦い続けることがあるって…!闘争本能だけで相手に向かっていく…!今のダイはまさにそうなんじゃねぇか!?)ダイ!!ダイっ!!!頼む、止まれっ!目ぇ…覚ませ〜〜!!!」
ポップは暫く奮闘したが、どんなに力を込めても、何度声をかけてもダイの足が止まることはなかった。
「〜っ、くそ…!俺じゃあダイを止められねぇ…!」
ポップは自身の力ではダイの歩みを止められないと悟り、悔しげに顔をゆがめると肩から手を離した。ダイは変わらず進み続け、ポップは心配しながらダイの背中を見続けた。
「ダイ…」
ヒュンケルはポップの声により、剣を持ったダイが自身に近づいてくるのを確認すると魔剣を構えた。
「おのれっ…!今度こそ倒してくれるっ…!」
「やめてぇ!!!」
ヒュンケルが剣を構えたところ、マァムがヒュンケルに飛び付き、必死で剣を持つ利き腕を抑えた。
「聞いたはずでしょ!!!お父さんの言葉を…!私たちは敵じゃない!あなたからお父さんを奪ったのは魔王軍よ!もう…闇の剣を振るうのは止めて!!!」
「う…うるさいっ!!!」
ヒュンケルが強く地面に向かって腕を振りほどくと、地面に背中から叩きつけられたマァムは痛みに顔を顰めると仰向けに倒れた。
「あ…うっ…!!」
「今更…今更そんな事が信じられるかっ!!!俺は…俺はもう…魔王軍の魔剣戦士ヒュンケルなのだぁっ!!!」
「…ヒュンケル…」
マァムは悲しげな表情でヒュンケルを見上げ、ヒュンケルは動揺を隠しきれない様子でマァムを見下ろしていたところ、近づいてきたダイが技を仕掛けるわけでもなく普通に剣でヒュンケルの胸辺りを切りつけた。
本来、ヒュンケルの鎧はラーハルトの攻撃力でも破壊することが出来ない程の防御力があり、ダイがただ切り付けただけでは傷一つ付かないはずだった。
「な…なにぃっ!…ま…まさか…最強の鎧に傷をつけた…だと!?」
だが、魔剣の鎧に剣で切りつけられた大きな溝ができたことでヒュンケルは驚愕しながら鎧を見たあと、ダイの剣が変化していることに気づき、目を見開いた。
「ば…馬鹿な…!」
「ああっ…!ダイの剣が…!剣が燃えている!」
ダイの持つ剣は刀身が炎により燃えていた。
ポップはダイの剣が燃えていることに驚愕の声を上げ、レグルスも驚きながら剣に纏っている炎が何か気付いた。
「あの炎は…メラか!」
「魔法が…剣に宿る…そんな事が出来るのか…!それが出来るのも…ダイ様が竜の騎士であるからか…!?」
回復魔法を受けているラーハルトは、ダイの炎の剣を驚きながら見つめた。
炎を纏った剣を構えながら、ダイがヒュンケルを睨みつけた。
バルトスの話ではお父さんポジションにいる主人公にも説得してもらいたかったので牢屋に入れました!
原作でバランを説得したヒュンケル…この小説では、ヒュンケルを主人公が説得するという立ち位置が逆になっています!