バルジ島での戦いは終結し、パプニカに帰還したダイ達一行。神殿の跡地ではパプニカ王家によるささやかな勝利の宴が開かれようとしていた。月明かりの下、野外に設けられたテーブルには、神殿に備蓄されていた食べ物や飲み物、そしてお酒が並べられていた。だが、誰もそれらに手を伸ばすことはなく、皆、レオナ姫の登場を待ちわびていた。
「レオナまだかなぁ〜」
「俺、腹減っちまったよ…なあ、ちょこっとだけ食べても―」
「ダメに決まっているだろ!もう少し我慢しろ!」
「ちょっとだけ!なっ!いいだろ!」
「ダメだ!レオナ姫が来るまで待て!」
「ちぇ〜…」
「…こういった場での礼儀作法が我らには必要だ。完璧でなくても構わないが、最低限の作法は身につけねばならん。でなければ、せっかく築いた名声も傷つくことになるぞ」
「うえっ!礼儀作法とか、俺苦手だ〜!」
「きっと、もうすぐ来るわよ!!」
ダイ、ポップ、マァム、レグルス、そしてラーハルトが一つの場所に集まり、雑談を楽しんでいた。一方、ヒュンケルは少し離れた場所で壁に寄りかかり、雑談には加わらず、目を閉じていた。
「おお!姫様!」
パプニカの人々のざわめきに、ダイたちがその方向に目を向けると、ドレスを身にまとったレオナ姫が三賢者とともに姿を現した。
「レオナ!!!」
月明かりの下、ダイが頬を赤らめながらレオナの姿を見つめていると、レオナは宴の中央に立ち止まり、手に飲み物を取った。周囲の者たちやダイたちも、近くの席や給仕の者から飲み物を受け取り、全員が飲み物を手にし、それを確認したレオナは飲み物を掲げた。
「お待たせ皆!飲み物は持ったわね!まずは乾杯しましょう!我々の勝利に、乾杯!!!」
「「「乾杯!!!」」」
乾杯の合図とともに、皆が飲み物を手に掲げ、レグルスが仲間のグラスに軽く当てると、ダイもそれをまねて、他の者のグラスに軽く当てた。各々食べ物を取り始め、お腹を空かせたダイやポップも笑顔を浮かべながら食べ物を口にした。レオナは周囲の人々を見渡すと、彼らに向けて激励の言葉を述べた。
「みんな…本当によく戦ってくれました!特にダイ君達、アバンの使徒の皆さんにはお礼の言葉もありません」
レオナはダイたちを見て微笑みを浮かべ、褒められたダイは照れた様子で少し恥ずかしそうに頭をかき、ポップとマァムもまんざらでもない表情を浮かべた。
「アバン先生に勇者の家庭教師をお願いした亡き父の目に狂いはなかった…」
近くにいたバダックはダイの側に寄り、小声で王様についての説明をした。
「パプニカの王様は亡くなられたのじゃ…魔王軍の襲撃でな…それ以来、姫様は1人で国民を統率し、戦い続けてこられたのじゃ…」
「………」
バダックの話を聞いていたヒュンケルは物思いに耽り、そんなヒュンケルをラーハルトとマァムは気にした様子で見ていた。
「ところでダイ君…あそこにいる剣士もあなたの仲間の、アバンの使徒なの?」
レオナはダイに近づき、ヒュンケルを見ながら小声で話しかけた。
「えっ!!?」
(や…やべぇ!!!)
ポップは顔色を悪くし、ダイは食べ物を落としそうになりながらも、しどろもどろにレオナに説明した。
「…い…いやあ…も…もちろん!そうさっ!」
「だったらお礼を言わなくちゃ!あなた、お名前は?」
「い…いや…その…」
レオナはヒュンケルに近寄ると笑顔で接し、ダイは焦りながらレオナの後ろで狼狽えていた。
「おれは…」
レオナやパプニカの者たちは笑顔で、ヒュンケルが挨拶するのを待っていた。
「…俺の名は…魔王軍、不死騎団長ヒュンケル!!!」
賑やかで楽しげな宴は、ヒュンケルの自己紹介で静まり返り、そして、一気に殺伐とした殺気立つ場へと変容した。
「魔王軍…!!!」
「不死騎団長!!!」
周囲のパプニカの者たちは、殺気立ちながらヒュンケルを睨みつける者、ショックを受ける者、唖然とする者など、様々な反応を示し、そこにはヒュンケルに対する好意的な感情は見受けられなかった。食事をしていたマトリフも手を止め、ヒュンケルを睨みつけた。
「あのバカッ…!!!」
「ヒュンケル!自分が一体何を言っているか分かっているのか!?」
ポップは動揺しながらヒュンケルを睨み、ラーハルトは怒りながらヒュンケルの肩を掴んだ。
「…俺は罪を犯した。取り返しのつかない罪を…そのけじめはつけなければならない」
「だが…!」
「俺は自分の罪を隠すつもりも、罪から逃げるつもりもない…!僅かだったが…お前達と過ごした日々は楽しかったぞ」
「……共に多くの人を助けると…約束しただろ…」
眉を八の字にして悲しそうな顔をしたラーハルトが体の力を抜くと、ヒュンケルの肩から手が滑り落ちた。一方、レオナは険しい表情を浮かべ、ヒュンケルに問いただした。
「…あなたが不死騎団長というのは…本当なの?」
ダイとマァムが慌ててヒュンケルを庇うようにレオナの前に出ると、必死の表情で説得を試みた。
「ま…待ってよ!い…今はもう悪者じゃないんだ!!!」
「そうよ!アバンの使徒としての使命に目覚め、私たちを助けてくれたのっ!!」
ヒュンケルはレオナを見つめながら、庇うダイの肩に手を置き、そっと横に移動させると、前に進み出た。
「…たとえどんな償いをしようとも…この俺が不死騎団によってこの国を滅ぼしたという事実はぬぐいようがない…その罰だけは受けなければならん。幸いにもダイ達の力になることが出来た…心残りがないと言えば嘘になるが…」
ヒュンケルはチラッと後ろを向き、ラーハルトとマァムを見た。ラーハルトは唇を強く噛み締め、俯いており、マァムは泣きそうな顔でヒュンケルを見つめていた。
(…すまない)
腰に下げた魔剣を外し、地面に放り投げたヒュンケルは覚悟を決め、レオナと対峙した。
「レオナ姫…あなたの手で俺を裁いてくれ!この場で切り捨てられても…俺は構わん!」
「ヒュンケル!!!」
ダイはレオナとヒュンケルの説得が難しいと考えると、レグルスに駆け寄り、肩を掴んで揺さぶった。
「ねえ!レグ!2人を止めて!このままじゃ、ヒュンケルが…!」
「…止める事は、出来ない」
「どうして!だって、レグはレオナと同じ…!」
「ダイ…ヒュンケルは多くの罪を犯した。パプニカを蹂躙し、多くの命を奪った…その怒りや憎しみをパプニカの者達は心に抱いている…ヒュンケルを許すかどうかは、被害者であるパプニカの者達で決めねばならん。そして、その決定権は、法を司るその国の王族にある」
「何を言っているか…分からないよ…」
「…私にできる事はない…我らはレオナの決定を見守ろう」
「…そんな…」
「…すまない」
肩から手を離し、落ち込んだダイの背中をレグルスは申し訳なく思いながら優しくさすった。レオナは真剣な表情でヒュンケルを見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「…ヒュンケル。望み通りこのパプニカの王女レオナが判決を下します」
ヒュンケルは静かに判決が下されるのを待った。そのわずかな時間はヒュンケルにとって、長く感じられた。そして、ついにレオナから判決が下された。
「あなたには残された人生の全てをアバンの使徒として生きることを命じます…!」
「!!!」
ヒュンケルは目を見開き、顔を上げると、信じられないような気持ちでレオナの真剣な表情を見返した。
「友情と正義と愛のために、己の命をかけて戦いなさい!そして、むやみに自分を卑下したり、過去に囚われ歩みを止めたりすることを禁じます…!」
「レオナ…!」
「以上!いかがかしら?」
レオナは笑みを浮かべてヒュンケルを見つめた。
「………承知しました…!」
俯いたヒュンケルの目尻からキラリと涙が溢れた。ラーハルト、ポップ、マァムは安心感からホッと息を吐き、ダイは笑顔を浮かべてレオナとヒュンケルを見た。周囲にいるパプニカの者たちは、ヒュンケルの態度や涙を見て、1人、また1人拍手をしていくと、少しずつ拍手を送る者が増えていった。
(あの姫さん…なかなかの大物だぜ…こりゃパプニカも結構持ち直すかもな…)
レオナの堂々とした振る舞いと決断を見届けたマトリフはパンを咥えながらニヤッと笑った。レグルスはレオナの決定に喜びつつも、少し複雑な思いを抱きながら、一連の流れを見ていた。
(もし…私がレオナの立場にあったならば、今のような決定を下せるだろうか…?)
レグルスは脳裏に故郷のテランを、民を、そして父親の姿を思い浮かべ、最後に周囲に視線をやり、破壊されたパプニカの神殿を見渡した。
(…下せないだろうな…父上を殺され、多くの民を失い、国を蹂躙されたとしたら…私はどんな状況下でも侵略者を許す事はしないだろう………だが、一方で…)
レグルスはヒュンケルを見つめた。ヒュンケルはラーハルトに背中を何度も強く叩かれ、少し痛そうにしており、そんなヒュンケルの周りには笑顔を浮かべる仲間の姿があった。
(ヒュンケルが生きることを許された…それが、こんなにも嬉しいとはな…)
レグルスは小さく笑いながら、ヒュンケルを囲んでいるダイ達の元へ歩み寄った。
宴は活気を取り戻し、各々がお酒や食べ物を手にして食事を楽しんでいた。マァムはレオナに絡まれていたが、ダイとポップ、そしてレグルスは皿を持ちながら食べ物を物色していた。
「レグ!これ、前食べた時、すっごく美味しかったんだよ!はいどうぞ!」
「むぐっ!?」
机に並べられた食べ物から、スライムがデザインされた肉まん、スラマンを手に取ったダイはニコニコ笑いながらレグルスの口に突っ込み、レグルスは目を白黒させながら口の中のスラマンを咀嚼した。
「…美味いな」
「でしょ!!」
「おめー、これ好きだよな」
「うん!島にはこういった食べ物がないから…いつかじいちゃんにも島の外の物、食べてほしいな!」
「ふむ、これも持っていくか…」
レグルスは2枚の皿にスラマンをそれぞれ載せた。手に持つ皿の上には食べ物が多く載っており、それを見たダイは疑問を持った。
「レグ、載せすぎじゃない?食べ切れる?」
「これは私の分ではない…ラーハルトとヒュンケルの分だ」
「?…どうしてレグが用意するの?」
「…あー、あいつらだとパプニカの人達の前では、取りずらいもんな」
「そういうことだ」
レグルスは、皿に食べ物を載せ終わると、近くにある開封済みのワインボトルに手を伸ばした。
「あとはお酒だが…」
ワインボトルに触ろうとしたが、その前に第三者の手によってボトルは取り上げられた。
「それはお酒よ!子供には早いわ!」
「むっ…」
「あっ、エイミさん!それにマリンさんも!」
ワインボトルを取り上げたのはエイミであった。ボトルを取り上げたエイミは代わりに持っていた未開封のワインボトルをレグルスに手渡した。
「はい!こっちをどうぞ!これはジュースだから問題なく飲めるわよ!」
「……ああ」
内心、ありがた迷惑だと思いながら、受け取ったワインボトルのラベルを見たレグルスはそれがジュースではなくお酒だと気付き、驚いてエイミを見上げた。
「!!…エイミ殿、これは…」
「しーっ!」
エイミは周囲の者に聞かれないよう、膝を曲げてから小声で話しかけた。
「…あの2人の所にいくのでしょ?私と姉さんは助けられた恩があるから、これぐらいはさせて頂戴」
「感謝する!」
「ふふっ!あの2人によろしくね!」
「じゃあエイミ、周りの人の気を引きましょうか!」
「ええ、姉さん!」
笑みを浮かべて立ち上がったエイミはマリンと共にその場を離れ、周囲の人々に聞こえるように声を上げた。
「誰か、私と踊ってくださる殿方はいるかしら?」
「私もお願いするわ!」
「な、なんと!」
「まさか…エイミ様、マリン様と踊れるのか!?」
周囲のパプニカ兵士や魔法使いは顔を赤らめさせ、色めき立った。
「おお!あのべっぴんさんと踊れるのか!!!」
お酒を飲み、酔っ払ったマトリフは大喜びし、ルンルン気分でエイミに近づいた。
「ダイ、ボトルと…あとグラス2つ取ってくれ」
「分かった!」
ボトルをレグルスから受け取ったダイは、机の上のワイングラスを2つ取った。
「俺はここに残るぜ!…あのじいさんに頼みたい事もあるしよ」
ポップは、エイミに近づいていくマトリフに視線を向けつつ、答えた。
「私も渡したらすぐに戻る…ダイ、行くぞ!」
「うん!」
料理が載った皿をレグルスが持ち、ダイはワインボトルとグラスを持ってレグルスの後を追いかけた。
宴が行われている神殿から少し離れた場所では、ヒュンケルが瓦礫に腰掛け、星を眺めていた。
「…」
「こんな場所で1人か?寂しいやつだな…ヒュンケル」
「!…ラーハルト」
声をかけられたヒュンケルが振り返ると、ラーハルトが不敵に笑いながら後ろに立っていた。ラーハルトはヒュンケルの隣に移動し、同じ瓦礫に腰掛けると空を仰いだ。
「なぜ、こんな場所に1人でいる?」
「…いくら和解したとはいえ、俺が居ては気にする者もいる…そういうお前こそどうなのだ?いつもレグと一緒にいるだろ。側に居なくて良いのか?」
「…本当はあの方と一緒に居たいのだが、俺はこの通り、魔族の見た目だ。奇異の目に晒されるぐらいなら、こっちに居たほうがましだ…それにお前と酒を飲んでみたかったしな」
「…酒だと?何処にもないようだが?」
ヒュンケルは、ラーハルトが酒どころか、何も持っていないのを見て、疑問に思った。
「今―」
「ラーハルト」
「!はっ!」
背後から声が聞こえると、ラーハルトはその場から姿を消し、声の主である料理の乗った皿を持ったレグルスと、ワインボトルとグラスを持ったダイの側に移動した。
「ラーハルト、食べ物を持ってきた」
「はい、お酒!お酒はエイミさんが用意してくれたんだよ!助けてくれたお礼だって!」
「レグルス様、ダイ様!ありがとうございます!エイミ殿には後ほど感謝の意を伝えさせていただきます!」
「足りなければまた持ってくる。その時は合図をするように…では、我らは戻る」
「じゃね!」
「はい!」
食べ物とお酒を受け取ったラーハルトは笑顔で離れていくレグルスとダイを見送り、姿が見えなくなると座っていた瓦礫に戻った。皿を瓦礫に置くと、ヒュンケルにグラスを渡し、ワインを注いた。ヒュンケルはグラスにワインが注がれるのを見ながら今後のことを考え、酒を飲むのを断ろうとした。
「ラーハルト…俺はこの後、行く場所がある。酒は…」
「なら、今日は1杯だけ付き合え!そして、別の日に改めて飲むぞ!…それなら問題ないだろ?」
「ああ…分かった」
ラーハルトは自身のグラスにワインを注ぐと、ヒュンケルのグラスに軽く当てた。月明かりの下、ラーハルトとヒュンケルは雑談をしながら酒と食事を楽しんだ。
ラーハルト達に食べ物や酒を届けた帰り道、ダイとレグルスは宴会場に戻るため歩いていた。
「ねぇ、レグ」
「なんだ?」
「大人ってお酒飲むけど…あれって美味しいのかな?」
「…以前、少しだけ口に含んだ事があったが…苦くて、変な味がして、美味しいとは思わなかったがな…」
「そうなの?…なんで大人はそれを美味しそうに飲むのかな…?」
「ラーハルトは大人になれば分かると言っていたが…」
「ふーん…大人になれば分かる、か……じゃあさ!俺たちが大人になったら一緒に飲もうよ!」
「お酒を、一緒にか?」
「そう!って言っても…、俺の方が先に大人になるけどね!」
「ダイと共にか…良いかもしれんな」
レグルスは脳裏に大人になったダイと自身が酒を酌み交わす姿を思い浮かべると、悪くないと考え、小さく笑みを浮かべた。
宴会場に戻ったダイとレグルスは、会場の惨状に目を見開いた。
「いやああっ!やめて!離して!!!」
「ヒック…いやあ〜良いケツしてるな、嬢ちゃん!…ウェップ…嬢ちゃんと踊れるってえなら、パプニカの連中助けてよかったぜぇ!タハハハッ!ヒヒ〜ン!!」
「マ…マトリフ様…!手を離してください!」
マトリフは鼻の下を伸ばしながらエイミに抱き付き、セクハラをしていた。マリンが2人を引き離そうと試みたが、うまくいかなかった。
「触らないで!離して!!!ヒャダルコ!!!」
「ヒヒーン!ヒック…この大魔道士マトリフ様に〜…当たるわけ……」
エイミの魔法でマトリフは氷漬けとなった。
「マ…マトリフ様!!?」
「…このじいさんに魔法教わろうと思ってたけどよぉ…ただのすけべジジイじゃねえか…」
マリンは氷漬けとなったマトリフに慌て、ポップは鼻の下を伸ばした状態で氷漬けとなったマトリフを呆れながら見つめた。
一方、雰囲気に酔ったレオナはジュース片手にマァムに絡みついていた。
「ひ…姫…大丈夫ですか?えっ…これお酒じゃないわよね?…ジュースよね?」
「んふふ!だいじょーぶ!心配しなくてもこれはジュースよ!お酒じゃないわ!…あとね!私のこと、姫じゃなくてレオナって呼んでよね!さもないと、あなたのことマァムさんって呼ぶわよ!キャハハハハハッ!」
レオナは大笑いしてマァムに抱きついた。マァムはレオナが酔っているように見えることから、彼女がジュースではなくお酒を飲んでいるのではないかと心配し、ワインボトルの匂いを嗅いで確認したが、アルコールの匂いは感じられず、首を傾げた。
宴の会場では、酔っぱらったパプニカの者が壁に向かって笑顔で話しかけている姿や、ワインボトルを抱きかかえて寝ている者など、惨状が広がっていた。
「…お酒飲むと、人って変わるんだね…」
「…あれは飲み過ぎだ…我らが飲む際はあそこまでならないよう気をつけるぞ…」
「…うん」
ダイは戸惑いながらも、レグルスは呆れながら会場を見渡し、楽しそうにしている人々を見ていた。その様子に影響され、だんだんと自身も楽しく感じてくると、互いに顔を見合わせた瞬間、笑みが交わされた。
「だが…今日ぐらいは、羽目を外しても良いかもしれんな」
「そうだね!皆、頑張ったんだから今日は楽しく過ごそう!」
ダイとレグルスは笑い合った後、氷の芸術を見ているポップの元へ駆け出した。
宴会場から離れた場所では、ラーハルトとヒュンケルがワイン片手に食事をとりながら会話をしていた。彼らは今後の予定について互いに確認しあいながら、静かながらも楽しいひとときを過ごしていた。
「俺たちはこの後、パプニカに滞在するが、ひと段落したらテラン王国に行くつもりだ…ヒュンケルお前はどうする?一緒に来るか?」
「…いや…俺はこの後、クロコダインと共に魔王軍の本拠地…鬼岩城へ向かう」
驚いたラーハルトは目を見開いた。
「!!!……本拠地の場所は?」
「このパプニカを北上したところ…ギルドメイン山脈の奥深くにある。俺たちはやつらの動向を探ってくるつもりだ」
「敵の本拠地…なら俺とレグルス様も共に行くか?レグルス様がいれば敵に見つからずに動向を探れるうえ、索敵も可能だ」
「レグルス?…レグのことか…いや、俺たちだけのほうが身軽でいい…ここは任せてもらいたい」
「そうか…」
会話が途切れ、ラーハルトは手元のグラスを回しながらワインを見つめると、テラン王国の現状を思い浮かべた。少し迷った後、ラーハルトは話を切り出した。
「…ヒュンケル」
「なんだ?」
「全てが終わった後…魔王軍を倒した後…お前は、どうするつもりだ?」
「…さあな、特に考えていない」
「そうか…なら…全てが終わった後…」
ワインから視線を上げたラーハルトは真剣な表情でヒュンケルを見た。
「俺の国に来ないか?」
ヒュンケルはラーハルトが国に属していたことを意外だと感じ、驚きながら視線をラーハルトに向けた。
「国だと?…ラーハルト、お前はどこかの国家に属していたのか?」
「ああ、俺はテラン王国の兵士だ」
「テラン王国…確かにあそこは軍事力が低く、魔王軍内でも調査は後回しにされていた。なるほど、だからお前の調査結果がなかったのか…魔族がいると分かればさすがに話題になっただろうからな…」
テラン王国は国力が低いため、魔王軍に相手にされていないだろうとラーハルトは考えていたが、ヒュンケルに改めて下に見られていたと聞かされ、自称気味に笑った。
「…軍事力が低い、か…やはり下に見られていたか…それはともかく、そのテランで俺と同じ兵士にならないか?」
「兵士か…お前となら、悪くないかもな…だが、俺は元魔王軍の軍団長…お前は良いかもしれんが、その国は俺を認めんかもしれんぞ?」
「それなら問題ない!お前が兵士になることについては、テラン王家のご許可を得ている!」
テラン王家からの反対にあうだろうと考えていたヒュンケルは、すでに許可を得ていると聞くと驚いて目を見開いた。
「王家の許可を得ている…だと?…いつの間に?…!!まて!もしやレグ…いいや、レグルスは…王家の人間か!?」
「ああ、そうだ」
ヒュンケルはラーハルトのレグルスに対する態度や言葉遣いから当たりをつけて確認すると、ラーハルトは真剣な表情で頷いた。
「レグルス様は我が国の…テラン王国の王子であらせられる…テランは人口が少なく、常に人手不足でな…兵士も俺を含めて2人しかいない…お前がテランに来てくれれば心強いのだがな」
「…いくら人手不足とはいえ、国を守る兵士が2人では少なすぎるだろ…それで国を…王族を守れるのか?」
「その王族の1人はレグルス様だ!…レグルス様がその辺の人間や魔物ごときにやられるはずないだろ!」
ラーハルトは胸を張りながら誇らしげに答えた。
「…確かにな…もし、魔王軍がテラン王国を襲撃していたら、かなり苦戦していただろう…どうやらテラン王国は軍事力が低いという認識は、間違いだったみたいだな…」
「フン!当然だ!…だが、魔王軍が後回しにしてくれたおかげで、こちらは自由に動けた」
「…それはそれで問題だと思うが…普通、一国の王族が勇者一行と共にいるとは考えないだろ」
「くくっ…確かに」
ヒュンケルは空になったグラスを瓦礫に置き、魔剣を持つと立ち上がった。
「テラン兵士になることについてだが、考えさせてもらおう」
「…もう、行くのか?」
「ああ」
ヒュンケルはクロコダインがいる場所へ向かって歩き出した。
「ヒュンケル!クロコダインと合流した後、すぐに出発するなよ!」
「…分かった」
ヒュンケルが勝手に出発しないように、くぎを刺したラーハルトは立ち上がり、マァムの元へ駆け出した。
「マァム!」
「!ラーハルト、どうしたの?」
マァムは雰囲気に酔いつぶれて眠ってしまったレオナを横に寝かせながら、突如現れたラーハルトに聞き返した。
「ヒュンケルとクロコダインが出発する!一緒に見送らないか?」
「!!分かったわ!行きましょう!」
ラーハルトとマァムが移動すると、宴会場から離れた場所でヒュンケルとクロコダインが2人の到着を待っていた。
「マァム」
「ヒュンケル!クロコダイン!…どこへ行くの?」
「俺たちは鬼岩城に行く」
「鬼岩城!?」
「魔王軍の本拠地だ」
ヒュンケルは鬼岩城についてマァムに説明をした。
「…そう」
「今日もだが、ここ数日お前さん達と過ごせて楽しかったぞ!ダイやパプニカのみんなによろしく伝えてくれ!」
「…ええ!私も楽しかったわ!」
「…また会おう…マァム、ラーハルト」
「気をつけて!」
「俺たちはテランに居る!…死ぬなよ、ヒュンケル!クロコダイン!」
「おう!」
「…ああ!」
ヒュンケルとクロコダインは宴会場を後にし、魔王軍の本拠地である鬼岩城に向かって出発した。旅立つ仲間の後ろ姿をマァムとラーハルトは見えなくなるまでずっと見送っていた。
宴会場から離れた別の場所では、レグルスがダイとポップと共に星を見ながら星空観賞会を行っていた。
「星は占いなどに使われていてだな…我が国の占い師も星からメッセージを読み取ることがあるそうだ」
「ふぁ~…占い師?あれ、確か以前会ったよな?名前は…何だっけ?」
「ポップは1年前に会っているな…名前はメルルとナバラ殿だ」
「ああ!その2人だ!懐かしいな~、あれから1年も経つのか…」
まだ平和だった頃、師であるアバンと共に修行の旅に出ていた時を思い出したポップは、懐かしさと、あの時は側にいたアバンがもうどこにもいない寂しさで少し悲しくなった。
「また、星にはそれぞれ名前や意味を持っている…例えば、あの星、明るい白色の星だが…」
「あの星?」
ダイはレグルスが指さした方角の白色の明るい星を指さした。
「そうだ、あの星の名前は『レグルス』。私が生まれた日、あの星が光輝いていたため星の名前を授けられた」
「へぇー!レグって星の名前から付けられたんだ!」
「ああ!…ちなみに古の言葉で『小さな王』という意味があるそうだ」
「へぇ~、名前に意味があるんだ…!」
「王族らしいおめぇにはピッタリな名前じゃねぇか!まあ、『王』じゃなくて『王子』だけどよ」
「そうだな、今は王子だが…いずれ王位に就いた際には、その名に恥じない働きをしたいものだ!……他には…あの星の名は―」
レグルスの星空観賞会はその後、しばらく行われた。
「あの星の名は『アルデバラン』。意味は……ん?」
周囲が静かになったため、レグルスが星空を見上げるのをやめ、視線を下ろすと、ダイとポップが隣り合って岩に寄りかかった状態で寝息を立てていた。
(…眠ってしまったか…今日は色々あったからな、疲れたのだろう。ふむ…ベッドに連れていきたいが…ダイはともかく、ポップを抱えるのは厳しいな…ラーハルトを連れてくるか…)
「あら?…レグ、どうしたの?」
「!…マァム」
ラーハルトを連れてこようと考えていたところ、離れた場所からマァムが近づき、寝ているダイとポップを横目で見ながらレグルスに話しかけた。
「ダイとポップが寝てしまった…ここでは疲れが取れないから、2人をベッドに運ぼうと思ってだな」
「運ぶの?…2人を起こせばいいじゃない」
「そうなのだが、2人とも今日はよく戦った…せっかく寝ているのに起こすのは申し訳なくてな…」
「…そうね、今日は厳しい戦いだったわ…私もポップに何度も助けられたし…」
ポップの寝顔をじっと見つめたマァムは握りこぶしを作り、レグルスを見ながら明るく言った。
「なら、ポップは私が運ぶわ!」
マァムは寝ているポップの背中と足の下に腕を通し、余裕の表情で抱え上げた。
「レグはダイをお願いね!寝室はどこかしら?」
「あ、ああ…確か、あちらに寝床があると言っていた…」
「あっちね!先に行くわ!」
「…分かった」
マァムはポップを抱えたまま、レグルスが指さした先、寝室に向かって歩き出した。その抱え方を見たレグルスは少し戸惑いながら、ポップとマァムを見つめた。
(あの抱え方は、いわゆるお…いや!ポップの名誉のためにも見なかったことにしよう…立場が逆なら様になっていたのだが…)
マァム達から視線を逸らしたレグルスは、岩に寄りかかって寝ているダイを背中に背負い、寝室に向かって歩き出した。
「レグルス様!」
歩き出してすぐ、ラーハルトが駆け寄り、レグルスの隣に並んで歩き出した。
「ラーハルト…我らも寝るか」
「はい!…レグルス様、よろしければダイ様は俺が抱えましょうか?」
「いや、大丈夫だ。ポップならともかく、ダイの重さなら問題ない」
「ポップですか?」
「さっき程までポップも寝ていたのだが…マァムに頼み連れて行ってもらった。2人は寝室に居るはずだ」
寝室があるという部屋の廊下にたどり着いたレグルスは、複数ある扉を見ながら部屋がどれか分からなかったため、近くに居たパプニカの者に声をかけた。
「寝室はどこの部屋になる?」
「寝室ならあそこの部屋だよ!」
「感謝する」
教えてもらった部屋に入ると中は複数のベッドが置かれていたが、その部屋にはポップとマァムの姿はなく、ラーハルトは先に着いていると思われた2人の姿がないことに疑問を感じた。
「ポップとマァムは居ないようですね…」
レグルスはダイをベッドに寝かせ、周囲の気配を探った。すると、近くの部屋から2人の気配を感じ取った。
「…ポップとマァムは近くの部屋にいる…気配からすでに寝ているようだ。2人を探すのは明日で良いだろう」
「かしこまりました!でしたら我々も就寝いたしましょう」
「ああ」
鎧などの装備品を寝ているダイ含めて外し、軽装になるとレグルスとラーハルトはベッドに入り横になった。
「お休みなさい、レグルス様!」
「お休み、ラーハルト」
横になりしばらくすると、ラーハルトの寝息が聞こえ、そして、自身も眠気が来たためレグルスは眠りについた。
レグルスは夢を見た。
木々が生い茂る森の中、レグルスは大きな陶器のツボを抱え、綺麗な水が流れる水場にたどり着くと水をくむため膝を地面について、水面に顔を覗き込んだ。水面には自身の顔が映し出され、成人男性の姿をしていたが、それに違和感を覚えることなく水場にツボを入れて水を汲み、ツボを抱え上げると森の中を歩き出した。
しばらく歩くと、森の中に太陽によって照らされた一軒の木造の小さな家が姿を現した。その扉を男性はノックすることなく開けると、家の中に入った。
家の中では、椅子に座っていた女性が帰宅してきた男性に顔を向け、優しく美しい笑みを浮かべた。女性は長い黒髪で、優しく穏やかな表情をしており、男性に対して何か話しかけたが、残念ながら音は聞こえず、代わりに口元の動きから「おかえりなさい、あなた」と言っていることは分かった。
男性は水が入ったツボを家の中に置くと、女性に視線を向けた。女性の腕の中には赤子が抱かれており、その赤子は黒髪で目を閉じ、穏やかな表情で気持ちよさそうに眠っていた。男性はその赤子にゆっくりと大きな手を伸ばし、赤子の柔らかい頬に触れると起こさないように、指先で優しく撫でた。
赤子から手を離した男性は顔を上げ、女性と視線を合わせると、女性は男性が赤子を撫でているのを微笑ましく見ていたのか、優しげな笑みを浮かべていた。男性は笑みを浮かべる女性を愛おしく思いながら、ゆっくりと手を伸ばし、女性の頬を掌で包み込むように触れた。そして、親指で柔らかい頬を何度か優しく撫でると、顔を近づけた。
顔を近づけると女性は目をつぶり、男性は女性の口元を見ながら、赤子を起こさないように静かに顔を近づけると・・・
その女性に優しくキスをした。
「~~~~っ!!!」
レグルスは目を覚ますと、ベッド上で上半身を勢いよく起こした。夜明け前の暗い部屋の中、レグルスは早鐘を打つ心臓の音を聞きながら唖然とシーツを見つめ、夢の内容を思い出していた。
(…な…なんだ!…あの夢は!!?…いつもの夢と違っていた…毎晩見ていた夢は霧でよく見えなかったが……今日見た夢は相手の顔を見ることが出来た…あんなにハッキリと見えたのは初めてだ…!それに…私は…あの女性と…ゆ、夢の中で…キ…キ、…キスを……っ~!!!)
混乱したレグルスは恥ずかしさから顔を両手で覆った。
「…すぅ……」
「!!!」
横から物音が聞こえ、ギクリと身を固くしたレグルスは静かに視線を横に向けた。隣のベッドでは、ラーハルトが小さな音を立てながら寝返りを打っていたが、起きる様子がなかったため、レグルスは力を抜き、ホッと息を吐いた。しばらくの間、じっとその場にとどまっていたが、静かにベッドから降りると、部屋の外につながる扉を開けた。
(……少し、頭を冷やすか…)
部屋から出たレグルスは、扉を閉める際に穏やかな表情で寝ているダイをドアの隙間から見ながら、静かに扉を閉めた。階段を上り、半壊した建物の屋上に出たレグルスは壁に背中を預け、あぐらをかくと、先ほど見た夢について思い出していた。
(…夢に出てきた水場と森、そして家…あれらに見覚えがある…あれはテランの…ラーハルトが住んでいる家だ…………あの家を気に入っているとはいえ…私は、部下の家で何をしているのだ!!?なぜ、ラーハルトの家…!?城でよいではないか!!!赤子を育てるならなおさらだ!)
レグルスは夢に登場した家がラーハルトの家だと気づくと、夢の中とはいえ、勝手に使用したことに罪悪感から頭を抱えた。少し落ち着くと、夢に出てきた女性の姿をレグルスは少しドキドキしながら脳裏に思い描いた。
(…夢に出てきた女性……美しく…そして、優しそうな女性だったな…私はあのような女性が好きなのだろうか…?あの、優しい女性と家庭を築き、子をもうける…それが、私が望む理想なのか…)
キス以外の夢を思い出しながら、レグルスは将来について考えていた。しかし、いつの間にか夜が明け、周囲が朝日で明るくなったことで、レグルスは考えるのを中断し、太陽をじっと見つめた。
(もう朝か………あの女性も…まるで太陽のように明るい人だったな…)
朝日に照らされ、優しく微笑みを浮かべる女性を思い出しながら、レグルスはゆっくり手を伸ばすと、手のひらを太陽にかざした。
屋上から寝室に戻るために階段を下りている途中、下のほうから騒ぎ声が聞こえてきた。
「…誰だ…朝から騒いでいるのは…」
日が昇り間もないにもかかわらず、上まで届くほどの声と、複数の人々の気配を感じ取りながら、レグルスは下へ降りて、騒ぎの中心を確認した。寝室がある廊下では、ポップとラーハルトが大声で言い争っており、ポップはなぜか肌着で、靴も履いておらず、裸足であった。
「ポップ!お前は服も着ず、何をしている!?ここには女性もいる!風紀を乱すようなことをするな!!!」
「ち…違うって言っているだろ!!?こ…これには深い訳が…!」
ポップとラーハルトの騒ぎを聞きつけたかのように、複数の寝室からはパプニカの者たちが騒動の様子をうかがっていた。その中には、ダイが扉から顔を出し、首をかしげながらポップたちを見ていた。
「…ポップ、ラーハルト…何を騒いでいるのだ…?」
レグルスは状況を確認するため、ポップとラーハルトの様子を伺っているダイに近づいた。
レグルスの記憶はだいぶ戻りつつあり、人間の心もほとんど修復されました。ちなみに、愛するダイ君相手だと、人間の心が全開になります。