11年前。
アルキード王国の広場で、国王の一人娘、ソアラ姫を攫った魔物であるバランの公開処刑が行われようとしていた。しかし、処刑が始まろうとした瞬間、ソアラは愛する夫であるバランを庇い、処刑を妨害したとして処刑執行人の命令により兵士に無理やり広場から連れ出されることとなった。両腕を兵士に捕まれたソアラは、必死に後ろを振り向きながら、広場にいる父王と愛する夫に向かって叫んだ。
「父上!やめて!これ以上酷いことはしないで!あなた!お願い、ここから逃げて!!!」
ソアラの悲痛な叫びは、処刑に集まった群衆の騒音にかき消され、処刑場まで届かなかった。周囲の人々は、興味津々といった表情や怪訝な視線でソアラを見つめていたが、ソアラはその視線に気づく余裕もなかった。
「お願いっ!!!やめて!!!」
「撃てーーー!!!」
ソアラが必死の思いで叫んだその瞬間、処刑場から火柱が上がった。群衆の間からどよめきと喝采が起こり、ソアラは何が起きたかを理解し、悲痛に顔を歪めると、絶望のあまり泣き叫んだ。
「いやあああああっ!!!」
ソアラの足から力が抜け、膝から崩れ落ちそうになったが、左右の兵士が彼女を支えたため、地面に膝をつくことはなかった。
「…嘘…こんなの…嘘よ…」
ソアラは悲しみに沈み、俯きながら涙を流した。その涙は地面に静かに落ちていった。
「おい!なんだあれ!」
群衆の中から一人の男が空を指さして叫んだ。その声につられた人々も次々に空を見上げ、辺りには叫び声や怒声が響き渡った。
「ド…ドラゴンだ!ドラゴンが現れたぞ!!!」
「に…逃げろおっ!」
ソアラは『ドラゴン』という言葉に目を見開き、涙で頬を濡らしながら空を見上げた。そこには光り輝く白い鱗を持ち、巨大な翼を広げて飛ぶ美しいドラゴンの姿があった。
「…マザー…ドラゴン…」
ソアラは、以前夫から聞いた竜の騎士の伝説を思い出し、竜の騎士が寿命を終える時に現れるその神秘的なドラゴンを唖然と見つめた。周囲の人々は、突如現れたドラゴンから逃げようと悲鳴を上げながら走り出し、広場は混乱に陥った。
ドラゴンは周囲の騒音に全く動じることなく広場に着地すると、処刑されたバランの遺体を抱え、その場から飛び立った。
「い…いやっ!待って!お願い!夫を連れて行かないで!」
ソアラは慌ててマザードラゴンに向かって大声で懇願し、連れて行かれるバランに向かって必死に手を伸ばした。
「お願いよ!その人を返して!あなた!あなたっ!……ああ…神様!!!」
泣き叫ぶソアラの視線の先で、マザードラゴンは振り返ることもなく、空高くへと飛んでいった。そして、やがて小さな点となり、愛する夫と共にその姿を消した。
公開処刑から数ヶ月が経過した。
ソアラはアルキード城の玉座の間へ向かい、1ヶ月後に迫った息子ディーノの誕生日を祝うために息子に会わせてもらえるよう、父親である国王に懇願しに訪れていた。
「父上、お願いがあるの……来月、ディーノが2歳の誕生日を迎えるわ。あの子の誕生日を祝いたいの。お願い、ディーノに会わせて…!」
息子ディーノに会いたいと悲しそうに懇願するソアラに対し、国王は眉を寄せ、厳しい表情を浮かべた。
「…駄目だ、ソアラ。お前はこの城から出てはならん!子供に会うことも禁止する!」
「お願いよ…!少し離れた場所からでもいいから、あの子の誕生日に、あの子の側にいたいの!…お願い、父上…」
「黙れ!何度も言わせるな!お前はこの城から出てはならん!」
「………」
父親に怒鳴られ、愛する息子ディーノに会うことができないことでソアラは俯き、悲痛な表情を浮かべたが、すぐに顔を上げ、別のお願いを申し出た。
「なら…せめてディーノに誕生日プレゼントと手紙を渡してほしいの。それぐらいならいいでしょ?お願い、父上…」
「……分かった、それぐらいならよかろう」
「!!!父上、ありがとう!」
愛する息子ディーノに会う許可はもらえなかったが、誕生日プレゼントと手紙を渡す許可はもらえたことで、ソアラは笑顔を浮かべた。
ソアラが玉座の間から退出した後、国王の側に控えていた家臣の一人が王に確認をとった。
「王よ、確かディーノ様は船が難破して……」
「……ソアラにはこのことを伝えるな」
「……はっ」
アルキード国王は静かに、淡々と家臣に返事を返した。
ソアラは息子ディーノの誕生日プレゼントを用意するため、途中まで作成していた人形の制作に取り掛かった。
「父上にご許可をいただいたから、急いで仕上げましょ!」
ソアラの言葉に近くに控えていた侍女は笑顔を浮かべた。
「ソアラ様!陛下のご許可を頂けたのですね!」
「ええ!ディーノの側にいる許可は貰えなかったけど…誕生日プレゼントは渡しても良いですって!あまり日数もないから急がないと!」
「私もお手伝いさせていただきます!」
ソアラは微笑み、手に持った人形に優しい笑顔を向けた。侍女もソアラに笑顔を返していたが、人形の製作が始まると、ソアラの目に触れない位置で悲しそうに眉を寄せた。
数日かけてディーノの誕生日プレゼントを製作したソアラは、手作り人形を持ち上げ、微笑んだ。
「出来たわ!」
手の中にある人形は小さな男の子の姿をしており、ディーノの2歳の誕生日に合わせ、寂しくないようにと作ったものだった。
(ディーノ、喜んでくれるかしら?この人形が私と夫がいない寂しさを和らげてくれますように…後は、手紙も用意しないと)
ソアラは人形をプレゼント用の大きな箱に優しく入れると、机に向かい、立派な紙を用意して手紙を書き始めた。
(ディーノ…お誕生日おめでとう……)
ソアラは手紙に自身の近況や、側にいられないことへの謝罪などを記していった。
(お母さんはどんなに離れていてもあなたのことを思っているわ……)
ソアラは愛するディーノを思いながら、過去の幸せな日々を思い返していた。夫バランと息子ディーノと共に過ごした暖かな日々を。思い出に浸るうちに、手紙を書いている手が震え、頬には涙が流れた。
(……ディーノに会いたい…あなたに…会いたい…)
涙は次々と溢れ、頬を伝い、机に落ちた。そのうちのいくつかは手紙に落ち、ソアラは慌てて涙を拭ったが、手紙にはシワが出来てしまった。
(……手紙を書き直さないと)
涙を拭ったソアラは新しい紙を用意し、もう一度初めから手紙を書き始めた。そして、最後の文を付け足した。
(ディーノ、愛してる…あなたの母、ソアラより)
書き上げたソアラは内容を読み返し、問題がないことを確認すると手紙を封筒に入れた。そして、先ほど人形を入れた大きめの箱に移動し、人形の上に手紙を優しく置いた。
(プレゼント用意できたわ…後は父上にお願いしてディーノに届けてもらわないと)
ソアラはプレゼントの箱に入っている子供の人形と手紙を愛おしく見つめた後、父親に会うために部屋を出た。玉座の間へ向かう途中、侍女が待機する部屋の前を通りかかったところ、中から話し声が聞こえてきた。
「…ソアラ様が気の毒だわ」
(?…この声…)
ソアラは部屋の中から聞こえた声が、普段から世話をしてくれる侍女のものだと気付くと、立ち止まり、気付かれないように部屋の中を確認した。部屋の中には侍女が3人ほどおり、暗い表情を浮かべて雑談していた。
「ディーノ様の誕生日プレゼントだからって…毎日、人形作り……作っても意味ないのに…」
(作っても意味ない…?どういうこと?)
「…この件について、陛下はなんて?」
「…ソアラ様には伝えるな、ですって…いつかはバレると思うけど…」
ソアラは侍女たちの会話を聞き、父親が何かを隠していることを知ると疑問を抱いた。
(……何の話?父上は私に何を隠しているの?)
「捜索はどうなったの…?他の人は見つかったって報告あったけど…」
「…ダメだったみたい…ここ数ヶ月、海岸線や町で探したけど、見つけられなかったそうよ。捜索も先日打ち切られたし…今後も見つからないでしょうね…」
「遺体も見つからないなんて…ソアラ様可哀想に…」
ソアラは侍女たちの会話を聞きながら全体像を掴めなかったが、嫌な予感が胸を締め付け始めた。
(捜索…?遺体…?)
頭の中でつながらない情報が錯綜して、ソアラは言われた意味を理解しようとしたが、混乱で思考が停止してしまった。
「ソアラ様…ディーノ様が既に亡くなっていると知ったら…さぞ、悲しむでしょうね」
「………えっ?」
ソアラはその言葉が意味することを理解できず、頭が真っ白になり、足元が揺れ始めた。そして、ふらついたことで、入り口付近の掃除道具を倒し、大きな音を立ててしまった。
「!!!ソ…ソアラ様!」
物音に気付いた侍女たちは慌てて入り口に視線を向け、扉付近に立つソアラの姿に気づき顔色を変えた。
「……どういうこと?…ディーノは…ロモスに居るのでしょ?…だって父上は…誕生日プレゼントをディーノに渡してくれるって……」
「………」
「ねえ…どういうことなの!!?お願い!!!本当のことを教えて!!!ディーノは…生きているのでしょ!?」
ソアラは必死になって侍女の一人に縋りついた。侍女たちは悲しそうな表情を浮かべながら互いに見つめ合い、ソアラにこれ以上嘘を突き通すのは無理だと考え、話をすることを決心した。
「………今まで、黙っていたこと…申し訳ございません…」
侍女たちは言葉を選びながら、静かに語り始めた。
「…数ヶ月前、ディーノ様が乗っていたロモス行きの船ですが…ロモスから船が到着していないとの連絡を受け、軍が捜索を行い…そして…海上で難破している船が発見されました…」
ソアラは頭を鈍器で殴られたような大きな衝撃を受け、その場に立ち尽くしてしまった。
「…うそ」
「…調べたところ、海上での嵐が原因とのことです…軍は行方不明者の捜索を行いましたが…船に乗っていた者は誰1人として…生還しませんでした…」
ソアラは言葉にならない悲しみを感じながらも、侍女の話を否定したくて震える手で頭を押さえた。
「…そんな…嘘よ…」
「乗っていた多くの人は、海岸で発見されましたが…唯一、ディーノ様だけは見つからず…ここ数ヶ月、捜索は続けられましたが……先日、捜査の打ち切りが発表されました…」
「いや……嘘よ…ディーノが……居ない…なんて…」
ソアラは、脳裏にテランで幸せだった日々を思い浮かべた。愛する夫バランと息子ディーノがいる暖かくて優しい幸せな日々を。
「いや…いや…」
しかし、幸せな日々はもう二度と戻らないと、愛する家族には二度と会えないという事実がソアラの心を打ち砕いた。思い描いていた夫と息子の姿は、ソアラの心の中で音を立てて砕け散った。
「…あなた…ディー…ノ……」
ソアラの視界は歪み、体の力が抜け落ちると、その場に崩れ落ちた。
「きゃああああ!ソアラ様!!!」
侍女たちは目の前で倒れたソアラに目を丸くすると慌てて駆け寄り、容態を確認した。
「ソアラ様!しっかりして下さい!!!」
「誰か!!!ここに来て!ソアラ様が…!!!」
侍女たちの叫び声に城を守る騎士たちが駆けつけた。騎士たちは気を失ったソアラに驚愕したが、すぐに行動に移し、彼女を自室のベッドに運び込んだ。
気を失っていたソアラは目を覚ますとベッドの上でゆっくり上半身を起こした。それに気付いた侍女がすぐにソアラの側に近づき、心配そうに話しかけた。
「ソアラ様…体調はいかがでしょうか?」
「…」
ソアラは侍女の言葉に返事をせず、ボーッとした様子で周囲を見渡した後、ベッドから降り、靴を履かず、素足で部屋を歩き始めた。
「ソアラ様!お医者様をお呼びいたします!まずはベッドでお休みになって―」
「ああ…ディーノ、ここにいたのね…」
ソアラは箱が置かれた机の前で立ち止まり、置かれたプレゼントの箱の中を覗き込むと笑顔を浮かべた。ソアラは箱の中に手を伸ばし、人形を持ち上げ、胸に抱き寄せると、ぎゅっと優しく抱きしめた。人形を持ち上げた際、ディーノに宛てた手紙が箱から出ると、部屋の床に落ちたが、ソアラは手紙には目もくれず人形に対して、優しく微笑みを浮かべた。
「ディーノ…お腹空いてない?…それともまだ眠いかしら?…お母さんと一緒に寝る?」
「ソアラ様…?」
ソアラは人形を抱えてベッドに戻ると、横抱きに抱え、背中を優しくポンポンと叩き始めた。侍女はソアラの異常な行動を目の当たりにし、動揺しながらも声をかけた。
「ソアラ様…それはディーノ様ではありません…それは人形―」
「ディーノ…お母さんはあなたの側にいるわ…ずっと一緒よ…」
「…」
侍女は不気味に感じつつ、ソアラからゆっくり離れると部屋の外に飛び出し、大声を上げた。
「誰か!!!お医者様を呼んで!!!」
侍女の呼びかけでソアラの自室には多くの人々が集まったが、ソアラは集まった人には興味を示さず、笑みを浮かべ、ただ、人形を見つめ続けていた。
「お医者様の話ではソアラ様の病気は一生治らないかもしれないみたいよ…なんでも、心の病とか…」
「まったく!!!倅と結婚させ、次の王位につける計画が全てパアだ!!!くそっ!あのバランとかいう男を始末し、邪魔なガキも都合良く死んだと思ったら…次はあの女か!!!おのれぇ!何度も!何度も!計画を邪魔しおって!!!」
「ソアラ様があの様子では…次の王位はどうなるのかしら?」
「陛下には弟君がいらっしゃるわ…その方が次の王様になるか…もしくは弟君の息子が王位を継ぐかも…」
「ソアラ!この父のことも分からないと言うのか!!!……お前は王族の義務を投げ出し、このわしに恥をかかせおった!!!民も厳しい目を向けておるぞ!!!……………はぁ……ソアラよ…離宮を用意した。そこでならお前を悪く言うやつは誰もおらん…そこで、休んでなさい。その子供と共にな…………衛兵!ソアラを離宮に連れて行け!!!この娘が城にいては国政の邪魔だ!!!」
暖かな午後の日差しが差し込む部屋の中、ソアラは眠るディーノを胸に抱え、背中を優しく叩きながら穏やかに目を瞑っていた。
「ソアラ」
優しく呼びかけられたソアラが目をゆっくり開けると、そこには夫であるバランが膝を折り、目を合わせながら穏やかな表情でソアラを見つめていた。
「あなた…」
「ソアラよ…私は行かなくてはならない」
「行くって…どこへ?」
「巨悪を倒しに…世界の秩序が乱れし時、理を正すのが私の役目だ」
ソアラは自分達の元を去ろうとしているバランに動揺し、不安になると悲しげな表情を浮かべ、愛する夫に手を伸ばした。
「あなた、行かないで…!お願い、私たちを置いていかないで!」
バランは手を伸ばしてくるソアラの手を左手で優しく握ると、右手でソアラの頬に触れた。
「ソアラ…私は何処にも行かない…私が帰る場所はソアラとディーノがいるここだけだ…」
「…必ず、ここに帰ってくる?」
「ああ…敵を倒したら、2人を迎えに行く」
「本当に?…私たちを迎えに来てくれる?」
「ああ、必ず迎えに行く!…それまで、ディーノのことを頼む」
「…分かったわ…ディーノは私が守ってみせる!…だから、あなたも生きて帰ってきてね…」
「必ず生きて帰ってくると誓おう…では、行ってくる」
「行ってらっしゃい、あなた」
バランはソアラに触れるだけのキスをし、ディーノの頭を優しく撫でると、その場を離れ、光の中へと消えていった。
「あなた…私たちはここで待っているわ…」
「ディーノと一緒に、迎えに来てくれるのを待っている…」
「ずっと…ずっと…待っているから……」
アルキード王国の王都から離れた深い森の中、そこにはレンガで造られた立派な離宮が聳え立っている。そこで普段は入口で警備している兵士の2人が昼食後の食器を片付けるためソアラの部屋を訪ねていた。
「ソアラ様…こちらの食器は片付けますね…」
「……あなた…私たちは、待ってる…ここで…ずっと…ずっと…待っているから…」
「…行くぞ」
兵士は食器を片手に持つとソアラの部屋を退室した。人がいない静かな廊下を歩いていた兵士は暗い表情を浮かべると、隣を歩く兵士に話しかけた。
「…なあ、ソアラ様は誰を待っているか、知っているか?」
「…噂では死んだ旦那を待っているらしい…」
「死んだ旦那か…なら、誰かに話しかけている時があるけど…それも、その旦那か?」
「多分な…」
「…ソアラ様は…死んだ旦那と子供の夢を見ているのか…」
「夢…もしくは…幻を見ているのかもな……二度と会うことのない家族の幻を…」
「夢…幻か……なんか、虚しいな…」
ソアラが心を病んでからすでに数年が経過していた。その間、医者が色んな治療を行ったが、病が改善されることはなかった。最初の頃は年に数回、国王や城の関係者が見舞いに来ることがあったが、それもここ数年、訪れる者はほとんどおらず、会話する相手は警備を行う兵士だけとなった。
兵士2人は、暗く涼しい離宮の廊下を歩きながら、ソアラが立ち直ることはないだろうと理解し、表情を暗くした。
とうとう竜の騎士編が始まりました!
竜の騎士編は、この小説のメインとなる、一番長い話になります。いや〜書くのは本当に大変でした!この回ではソアラさんに何があったのかに焦点を当てており、バランも久々の登場となります。
ソアラさんの心が壊れるシーンは、原作でダイ君がバランに記憶を消された場面を思い浮かべてもらえればと。