基本はほのぼの、最後に少し不穏です。
緑豊かな森に囲まれたテラン王国のテラン城。その一室で、国王フォルケンは寝室のベッドから窓の外を眺めながら、傍らに控える兵士カナルに話しかけた。
「…ゴホ、ゴホッ…レグルス様とラーハルトは、今頃どこで戦っているのだろうか…」
「噂によれば、勇者御一行様がロモスで敵を倒した後、パプニカでも倒したとか。レグルス様も同行しておりましたら、今はパプニカに滞在している可能性が高いかと」
「そうか…勇者様と共にいてくれるとよいが…ゴホッ…ゴホッ…」
咳き込むフォルケンはやがて呼吸を整え、再び静かに窓の外を眺めていた。すると突然、何かが視界を横切り、城に隣接する訓練場に落下する音が響いた。
「うわあああっ!!!」
「…!!」
「な、なんだ!?」
フォルケン王とカナルは、静寂を破る突然の出来事に目を見開いた。訓練場からは、複数人の話し声が聞こえてきた。
「っつ〜!!!」
「いった〜い!!!」
「ポップ!もう少し丁寧に!!」
「しょうがねぇだろっ!!こんな大人数、運ぶだけで精一杯だ!!!」
普段は静かなテラン城に響き渡る喧騒に、フォルケンとカナルは驚きを隠せなかった。やがてフォルケンはカナルに視線を向け、小さく頷いた。
「カナルよ…」
「はっ!様子を見て参ります!!」
カナルはすぐさま寝室を飛び出し、訓練場へと向かった。訓練場に到着した彼の目に飛び込んできたのは、王子レグルス、同僚のラーハルト、占い師のメルルとナバラ、そして一年前に修行を積んだポップ、さらに、見覚えのない少年ダイと少女レオナを含め、彼らは地面に折り重なるように倒れていた。
「レ、レグルス様!?それに、ラーハルトたちまで!一体どうやってここへ!?」
あまりの光景に、カナルは目を白黒させて立ち尽くした。レグルスは服についた土を払いつつ立ち上がり、カナルの前へと歩み出た。
「カナルよ…詳しいことは後で話す。まずは父上に報告を。そして、湯浴みと食事の準備を頼む」
「は…はっ!」
ダイたちの服は土や汚れにまみれ、とりわけレグルスとポップの服は、ドラゴンの血でひどく汚れていた。カナルは困惑しながらも頷き、その場を足早に立ち去った。
「レグルス様、俺は湯浴みの準備をして参ります!」
兵士であるラーハルトも軽く会釈し、カナルの後を追って城内へと消えていった。
「父上に謁見する前に、まずは身支度を整えるぞ。今日はもう遅い。湖に潜るのは明日にしよう」
レグルスは地平線に沈みかける太陽を見上げながら、ダイたちに提案した。
「うん…俺は明日でいいよ。今日は色々ありすぎて疲れた…休みたい…」
「大賛成だぜ…うえっ、さっさと汚れを落としてぇ…」
「私も汗かいたから、湯浴みしたい!」
「なら、こちらだ。案内しよう」
レグルスはダイたちを浴場に案内し、皆は汚れを落として湯浴みで疲れた体を癒した。湯上がり後、清潔な服に着替え終えると、レグルスは真剣な面持ちで告げた。
「これから父上に謁見する。父上は体調が悪い…寝室での対応になるが、理解してほしい」
「ええ!構わないわ!」
ダイたちは、レグルスとラーハルトの先導で、フォルケン王が待つ寝室へと向かう廊下を静かに歩いていった。
「レグのお父さんか…王様だからちょっと緊張するね」
「緊張しなくても大丈夫だ。父上は常識ある行動をしていれば優しいからな。いざとなれば私が対応する」
「俺も初めて会うな…前回は先生だけ呼ばれたし」
フォルケン王がいる寝室に到着したレグルスたちは、許可を得てから部屋の中に入った。フォルケン王はベッドの上で上体を起こし、穏やかな笑みを浮かべながらダイたちを見渡した後、レグルスに声をかけた。
「レグルス、よくぞ無事に戻られた」
「父上、ただいま戻りました」
「今、食事の準備をしておる。後でゆっくり旅の疲れを癒すとよいだろう…して、この者らが?」
フォルケン王は優しい視線をレオナとダイに向けた。
「はい!紹介いたします。共に旅をする私の仲間です。レオナ」
「ええ!フォルケン王、お初にお目にかかります。私はパプニカの女王レオナと申します!」
レオナは笑顔を浮かべ、堂々とした態度で挨拶した。フォルケン王、侍女、兵士カナル、メルル、ナバラは、彼女がパプニカの女王だと知り、驚いて目を見開いた。
「…そうでしたか。レオナ姫の噂は聞いております。テラン王国へようこそお越しくださいました。では…その者が」
フォルケン王はレオナからダイへ視線を移した。ダイは少し緊張した様子で王を見返し、ゴメちゃんはニコニコしながらダイのそばを浮かんでいた。
「はい!俺は魔王軍と戦うダイです!よろしく!こっちは俺の友達のゴメちゃん!」
「ピピィッ!!!」
レグルスはダイの肩に手を置き、嬉しそうな表情で父であるフォルケン王に向き直った。
「父上!我々は勇者ダイと共に戦い、敵の六軍団長のうち三つの軍団長を倒しました!そして…もう一つ、父上に報告したいことがあります!」
ダイは少し緊張しながらレグルスの言葉を待った。レグルスはダイに視線を向けて小さく笑いかけると、再び誇らしげにフォルケン王へ顔を向けた。
「ここにいるダイこそが…テランの伝承に語られる、伝説の竜の騎士だったのです!」
レグルスの発言の後、その場は静まり返った。テランの民にとって竜の騎士は信仰の対象であり、神にも等しい存在である。レグルスは、父やテランの民がきっと喜んでくれると思ってダイを紹介し、ダイ自身も「テランの民なら歓迎してくれる」と聞かされていたため、恥ずかしさを感じつつも、少し期待しながらレグルスの言葉を聞いていた。
だが、王に仕える侍女は驚愕の表情を浮かべた後、ダイを疑うような目で見つめ、兵士カナルも何かに気づいたようにハッとした顔を見せ、ダイとレグルスを見比べた。
「…?」
竜の騎士だと紹介されたのに、想像と異なり疑いの目を向けられ、ダイは動揺した。レグルスもまた、予想外の反応に困惑していた。
「…勇者ダイ様が竜の騎士様であること…間違いないのだな?」
フォルケン王は探るような視線でダイを見つめた。レグルスはその眼差しに一瞬たじろぎながらも、王をまっすぐ見返し、はっきりと頷いた。
「はい!戦いの最中、ダイの額に竜の紋章が浮かび上がるのをこの目で確認しております!その後、信じられないほどの力を発揮し、敵を撃破しました。間違いなく、あれは伝承に語られる竜の騎士かと!」
ダイの額に竜の紋章が現れたという報告に、フォルケン王は目を見開いた。そして数秒の沈黙の後、頷いてから、ポップ、レオナ、メルル、ナバラ、ラーハルトに視線を向けた。
「他の者にも確認したい。その者らは、竜の紋章を見ておるかの?」
「はい!俺はロモスでダイが紋章を出すのを見ました!」
「私は2回見ているわ。バルジ島とベンガーナで!」
「私も…先ほど、この目で確認しました…」
「あたしゃ、この目で確かに見ました!…あれは間違いなく竜の紋章かと!」
(もしかして…紋章を見ていないのは俺だけ…?)
ラーハルト以外の全員が竜の紋章を目撃していると答えた。フォルケン王はしばし黙考し、やがて柔らかな笑みを浮かべてダイを見つめた。
「…そうであったか。ダイ様が竜の騎士様であること、間違いないようじゃのう。ダイ様、ようこそテランへ。我らは貴方様を心より歓迎いたします!」
王の歓迎の言葉に、ダイとレグルスは安堵の息を吐いた。特にダイは、侍女の反応から歓迎されていないのではないかと気落ちしていたため、王の笑顔に救われた思いだった。
「父上、明日ですが、湖に潜るための許可をいただきたいのです」
レグルスは、湖の底にあると伝えられる、竜の騎士だけが訪れることを許された神殿へ行くための許可を求めた。
「ゴホ…ゴホ…竜の神殿に行くのじゃな。良かろう。ただし、湖に潜る前に、もう一度ここへ来てほしい。よいな?」
「分かりました!」
フォルケン王は寝室にいる一行を見渡し、優しげな笑みを浮かべた。
「今日は疲れたであろう。食事ができるまで、ゆっくり休んでなさい。レグルス、彼らを客間に案内してあげなさい」
「はい!」
フォルケン王は頷いた後、ラーハルト、ナバラ、メルルに視線を向けた。
「ラーハルト、ナバラ、メルルはここに残りなさい。今回の旅について詳しく聞きたい」
「かしこまりました!」
三人は姿勢を正し、王の言葉に頷いた。
「では、父上、失礼いたします。ダイ、ポップ、レオナ、こちらだ!」
「では、失礼いたします!」
レグルス、ダイ、ポップ、レオナが部屋を後にすると、フォルケン王は真剣な表情でラーハルトたちを見据えた。
「…ゴホッ…ラーハルト、今回の旅について詳しく聞かせてもらいたい」
「はっ!」
ラーハルトはロモス、パプニカ、ベンガーナでの出来事を報告し、ベンガーナでの詳細についてはメルルとナバラも加わりながら語った。
「…そうか…アバン様が…」
フォルケン王はアバンが亡くなったことを知ると、悲しげに目を閉じた。しばらくして目を開けた王は、ラーハルトに優しげな笑みを浮かべた。
「…ラーハルト、よくぞレグルスを守ってくれた。そなたがいてくれるからこそ、安心して任せられる。いつも感謝しておる」
「!!いえ!俺などまだまだです!むしろ…恥ずかしながら、俺の方が守られることが多く…」
「フォフォフォ…互いに守り、守られるのなら良いではないか。ラーハルト、これからもよろしく頼む」
「はい!!!」
ベンガーナで誹謗中傷を受けて落ち込んでいたラーハルトだったが、フォルケン王の言葉に心があたたかくなり、自然と笑みを浮かべた。
(ラーハルトさん…良かったですね)
ベンガーナにいた時とは打って変わって元気を取り戻したラーハルトを見て、メルルは安心し、ホッと息を吐いた。
「ゴホ…ゴホ…では明日のことじゃが…」
王の言葉に、ラーハルトとメルルは身を引き締めた。
「明日、竜の騎士様だけが訪れることを許された湖の神殿には、ダイ様…そして、レグルス様の二人で向かってもらう」
「!!!…では、レグルス様に伝えるのですね?…レグルス様が竜の騎士であることを…」
メルルの問いに、フォルケン王は頷き、ラーハルトに視線を向けた。
「うむ…ラーハルト、今まで黙っていたことを申し訳なく思う。実は、レグルス様は竜の騎士なのだ…」
「…はい、本日メルルから聞きました。俺に伝えなかったのは…レグルス様を守るためですね?」
「そうじゃ。魔の者から竜の騎士様を守るため、そして、レグルス様とお主の関係を壊さぬため…レグルス様は、お主を大層気に入っていたからのう」
「!!!」
ラーハルトはレグルスが自分を気に入っていたという言葉を嬉しく感じ、口元に小さな笑みを浮かべた。
「だが…状況は変わった。ダイ様が竜の騎士であると判明し、魔の者もその存在を認識している今、真実を隠し続ける方が危険だ。だからこそ、レグルス様には明日、真実を知ってもらう。恐らく、レグルス様は混乱するだろうが…その時は、皆で騎士様を支えるのだ」
「はい!」
ラーハルト、メルル、ナバラの力強い返事に、フォルケン王は穏やかに微笑んだ。
「皆、疲れておろう。食事は三人の分も用意してある。今夜はゆっくりと英気を養うとよい」
「ありがとうございます!」
フォルケン王との会話が終わり、ラーハルトたちは王の寝室を退室した。
「ラーハルトさん、私たちは一度、部屋に戻りますね」
「ああ、夕食で会おう」
「ではのう」
メルルとナバラにも客間が与えられていた。ラーハルトは二人と別れた後、レグルスたちのいる客間に向かった。ドアをノックし、扉を開けた。
「いえ〜い!俺の勝ち!!!」
部屋では机を囲んでレグルス、ダイ、ポップ、レオナがトランプゲームをしており、ポップが勝利したようで、笑顔を浮かべ腕を突き上げて喜んでいた。
「うそ〜!」
レオナは悔しさのあまり、トランプが乱雑に置かれた机に突っ伏した。
「また負けた〜!ポップ強いね!これで10連勝だよ!」
ダイは感心した様子で、勝ち続けるポップをキラキラした目で見つめた。机に突っ伏していたレオナは、机に手をついて勢いよく立ち上がると、怒った表情でポップを指差した。
「あああっ!もう!!!絶対に変!あまりにも強いカードが揃いすぎよ!!!…まさか!……ポップ君!君、イカサマしてないわよね!?」
「へへーんだ!イカサマなんかしてませんよーだ!運も実力のうちってな!!!はっはっはっ!!!」
ポップはレオナに怒られてもまったく気にせず、高らかに笑った。
「…だから言ったはずだ。どうせポップが勝つとな…」
レグルスはため息をつきながら、手に持っていたトランプを机の上に放り出した。
「どういう訳か、ポップは運が良いのだ。カードゲームや運が絡む遊びでは敵なしだ…私も勝ったことないしな…」
「…うっそお…そんなのアリ?」
その様子にラーハルトは小さく笑うと、楽しげに騒ぐ机へと近づいた。
「ポップの運の良さは異常なぐらい高いですからね」
「戻ったか、ラーハルト」
「はい!ただいま戻りました!ポップの運の良さについてですが…以前、旅の途中でスゴロク場がありましたよね。ポップ、お前覚えているだろ?」
「ああ!出禁になったやつか!」
「スゴロクってなに?」
ダイは聞き慣れない単語に首を傾げ、ポップに尋ねた。
「サイコロを振って駒を進めてゴールを目指す、ボードゲームのことだ!俺たちが遊んだスゴロクは、人間が駒の役をやったんだけどな」
「へえ〜、面白そう!」
「面白えぞ!今夜、一緒にやるか!」
「うん!やる!」
「出禁になるって…何したのよ?」
呆れた様子でレオナが問いかけると、レグルスが肩をすくめながら説明した。
「スゴロク場にあったゴールドやアイテムを全部手に入れたのだ。しかも、マイナスになるマスには一度も止まらずにな。それで追い出された」
「…それは追い出されるわね」
「いやあ…最初はニコニコしてたバニーガールの姉ちゃんがよお、最後は鬼の形相で追いかけてきたからな…あれにはビビったぜ」
ポップはボンキュボンのバニーガールが鬼の形相で追いかけてきたのを思い出し、鼻の下を伸ばしながらブルリと体を震わせた。
「さて…私は抜ける。ナバラ殿に用があるからな」
レグルスは席を立つと扉へ向かい、取っ手を掴みながら部屋の皆に声をかけた。
「分かった!」
「ようし!次はラーハルトも一緒にやるぞ!」
「…どうせ、ポップが勝つのだろうな」
「へへっ!まあな!次も俺が勝つのは間違いねえな!」
「ふふん!そうはいかないわよ!ダイ君、ラーハルト!…協力してポップ君を倒すわよ!」
「おい!姫さん!三対一とか、そりゃねえだろ!」
ラーハルトはレグルスが座っていた椅子に腰を下ろし、ダイたちとトランプを始めた。レグルスは楽しげな部屋の様子に小さく笑みを浮かべると、扉を開けて部屋を後にした。
レグルスは気配を頼りにナバラとメルルがいる客間に着くと、入室許可を得てから中へ入った。
「ナバラ殿、人を探したい。日中の続きだ」
「分かりました。日中は途中で止めてしまいましたからのぅ」
レグルスの突然の頼みにもかかわらず、ナバラは予想していた様子で水晶を取り出し、机の上に置いて椅子に座った。レグルスもその向かいに腰を下ろした。
(そういえばレグルス様、誰を探しているのかしら?)
メルルは2人の邪魔をしない位置で静かに立ち、レグルスが探す相手に興味を抱いた。
「では、レグルス様。探したい人物だけを思い浮かべるのじゃ!」
「ああ」
レグルスは、毎晩夢に出てくる女性に抱かれた赤子の姿を思い浮かべた。
「むむむ〜!出ました!…おや?」
水晶が輝き出し、やがて光が収まると、映し出されたのは客間でトランプをしているダイの姿だった。ナバラはまたもダイが現れたことに不思議そうな表情を浮かべ、レグルスは赤子しか思い浮かべていなかったはずなのにダイが映ったことに目を見開いた。
(私は…赤子だけを思い浮かべたはずだ…)
「レグルス様…もしやまたこの子を思い浮かべましたかのう?」
「…いや…ナバラ殿、もう一度、頼みたい」
「分かりました」
水晶からダイの姿が消え、レグルスは再度、赤子の姿だけを脳裏に浮かべた。
「出ました!おや?またこの子が現れましたのう」
水晶には先ほどと同じく、再びダイの姿が映し出された。レグルスは動揺しつつも、なおもナバラに依頼した。
「……ナバラ殿…もう一度…」
「分かりました」
水晶からダイの姿が消え、再度占いを行ったところ、またもや映ったのはダイだった。
「………もう、一度…」
「…分かりました」
レグルスの声は次第に小さく震え、ナバラはその様子に気づきながらも、黙って水晶に手を添えた。そして再度占いを行った結果、映し出されたのは、やはりダイの姿だった。
「レグルス様、何度やっても同じ結果になるかと思いますが…続けられますか?」
「…………」
ナバラは水晶に映るダイを見ながらレグルスに尋ねたが、彼は一言も返さなかった。訝しんだナバラが顔を上げると、その様子に目を見開いた。
「レグルス様?」
レグルスは唖然としたまま水晶の中のダイを見つめていた。目は泳ぎ、額からは冷や汗が流れ、動揺しているのがナバラにもはっきりと分かった。
「レグルス様、大丈夫ですか…?」
メルルも心配そうに声をかけたが、レグルスは2人の言葉が聞こえていないかのように無反応だった。
「……そんな…馬鹿な…」
レグルスは水晶に映るダイを見つめたまま、唖然としながら小さく呟いた。
客間では、レオナがポップにトランプで負けたことで、またもや机に突っ伏していた。
「いやあああ!!!また負けた〜!!!」
「いえ〜い!20連勝!!!」
「ポップ!もうちょっと手加減してよ!」
「はあ…くそっ、また負けた…」
ダイも負け続けていることに悔しさをにじませてポップに文句を言い、ラーハルトは諦めたように椅子の背もたれに体を預けた。その時、扉が開き、ナバラのもとへ行っていたレグルスが紙とペンを持って部屋に戻ってきた。
「レグ!おかえり!」
「……ああ」
ポップは機嫌良くレグルスに声をかけたが、レグルスは表情に影を落とし、元気がなかった。彼は机に近づくと紙を置き、ペンをダイに差し出した。
「ダイ…以前、名前の由来は揺籠にあったネームプレートからつけたと言っていたな」
「うん、じいちゃんが本当の親がつけた名前と頭文字だけでも一緒にって…ネームプレートの名前、文字が削れていたから」
「その…ネームプレートに残っていた文字をここに書いてくれるか?」
「?いいよ、はい!」
ダイはペンを受け取ると、紙に『DI』と書いた。
「………」
「これがどうしたの?」
「ダイ、ペンを…」
レグルスはペンを受け取ると、『DI』の後ろに文字を付け足し、『DINO』と記した。
「レグ、これは?」
「………食事の準備が出来た。全員、食堂に集まるように」
「?…うん」
レグルスは紙に書いたことについては何も語らず、部屋を退室した。ダイとポップはレグルスの意図がわからず首を傾げ、ラーハルトはその様子に異変を感じ取って心配した。
「レグルス様?…なんだか、いつもと様子が…」
レオナは机の上に置かれた文字を見て、読み上げた。
「ディノ…いえ、ディーノかしら?」
「あいつ何したかったんだ?…まあいっか!飯食いに行こうぜ!腹減っちまった!」
「…そうだな、まずは食事としよう…ダイ様、食堂へご案内します。行きましょう!」
「うん!」
食堂に着くと、長机には料理が所狭しと並べられており、レグルス、ラーハルト、メルル、ナバラ、ダイ、ポップ、レオナは席について食事を始めた。
「わあっ!スラマンがある!俺、これ好きなんだ!」
「これもうめぇな!」
「海の幸もいいけど、森の幸もなかなか美味しいじゃない!」
ダイはスライムの形をした肉まんを嬉しそうに口に含み、ポップとレオナも森の幸、山の幸に舌鼓を打った。
「たくさんあるので、好きなだけ食べてください!メニューのいくつかはレグルス様が指示して用意したものになります!ですよね!レグルス様!!」
「………」
ラーハルトが同意を求めて視線を向けたが、レグルスはラーハルトを見ず、じっとダイの食べる姿を観察していた。
「レグルス様?」
「!…ああ、そうだな…皆の好物を多めに用意した…ダイ、美味しいか?」
「うん!」
「そうか…急いで食べると喉を詰まらせる。ゆっくり食べなさい」
「はーい!」
料理はどれも美味しく、会話も弾んでいたが、レグルスはどこか上の空で、視線はダイに向けたまま何か考え込んでいる様子だった。食後、レグルスは席を立つと、すぐに食堂を後にした。
(…レグルス様)
ラーハルトはレグルスを心配し、後を追うべきか迷っていると、ダイが彼に話しかけてきた。
「ラーハルト、少し話したいことがあるんだ!…いいかな?」
「!!…ええ、構いませんよ」
ダイたちは食堂を出ると、ラーハルトに与えられた客間へと移動した。ダイは日中のベンガーナでの出来事を思い出しながら、言いづらそうにラーハルトに口を開いた。
「ラーハルトはさ…辛くないの?」
「ダイ様?」
ラーハルトはダイの話の主旨が掴めず、さらに彼の顔が少し曇っていることに気づくと、心配そうに問い返した。
「ベンガーナで…ラーハルトはみんなを助けたのに、頑張って戦ったのに…それなのに…人間は酷いことを言った……ラーハルトは…辛くない?苦しくない?」
「!!!」
ラーハルトは落ち込んだ様子のダイに目を見張ったが、すぐに膝を折って目線を合わせると、自身を心配してくれる少年に優しく笑いかけた。
「…そうですね。やはり、辛いとは思います。『なんで助けたのに、俺がこんな目に遭わないといけないんだ!』と、内心では思いました…」
「そう…だよね……辛くないはず、ないよね…」
ダイは表情を陰らせたが、ラーハルトは差別されたことを気にしていないように振る舞い、そっと彼の肩に手を置いた。
「…ですが!俺には家族や友人、帰る場所があります。だから、辛くても悲しくても、立ち直ることができます!」
「家族や友達…?」
「はい。ダイ様は…魔族のこと、好きですか?」
「えっ?…えっと、ラーハルトは好きだよ!…でも…アバン先生を殺したハドラーと、じいちゃんを誘拐したザボエラは嫌い!」
「ええ。俺も母を死に追いやったハドラーは大嫌いです。そして、多くの人々も、人間を襲う魔族を嫌っているでしょう」
「でも!ラーハルトは、いい魔族だよ!」
「ありがとうございます…そうですね、魔族にも良いやつがいれば、悪いやつもいる。そして、それは人間にも言えることです」
ダイは目を大きく開いた。
「人間にも?」
「ええ…人間にもいいやつがいて、悪いやつがいる。ダイ様も、心当たりがあるのでは?」
「…うん」
ダイは、ゴメちゃんを誘拐した偽勇者一行や、レオナを殺そうとしたデムジンとバロンの姿を思い浮かべた。そして、レオナ、アバン、ポップ、マァム、レグルスなど、旅で出会った優しい人々の顔も思い出した。
「人間にも悪い奴はいた…でも、良い人もいた!」
「その通りです!だから俺は、人を見るときは“人間”という種族でなく、“個人”として見るようにしています」
「種族でなく…個人を見る…」
「ダイ様は、ポップやレオナのことは好きですか?」
「…うん!好きだよ!…だから…怖いんだ…2人に嫌われるのが……俺は人間じゃないから…」
「嫌われるなんて、そんなことはありません!ポップたちも、ダイ様のことが大好きですよ!!」
ダイは照れくさそうに頬をかきながら、少し笑った。
「そう…かな?」
「ええ!だから信じてあげてください。人間という種族ではなく、“仲間”であり“友人”であるポップやレオナたちを。皆、貴方様を守りたい、助けたいと思っています。もちろん、俺もです!」
「信じる、か……」
「ダイ様、これだけは覚えていてください。貴方様は、1人ではありません!貴方様には、多くの仲間がついています!」
「うん…そうだね!ラーハルト、話を聞いてくれてありがとう!あと、ラーハルトに何かあった時、俺も助けるからね!」
ラーハルトは目を見開いたが、すぐに嬉しそうに目を細めた。
「はい!ありがとうございます!」
そして、ダイとラーハルトは客間を出ると、ポップたちがいる部屋へと向かって歩き出した。ダイはふと先ほどの会話で生まれた疑問を、隣を歩くラーハルトに尋ねた。
「そういえば、ラーハルトって家族いたの?」
家族の話を聞いたことがなかったダイは、素直に疑問を口にした。ラーハルトは目を輝かせながら、嬉しそうに答えた。
「実は…今朝、レグルス様と家族になりました!」
「えっ!そうなの!?レグと家族か…ラーハルト、よかったね!」
「はい!俺にとって…ここ最近で一番嬉しい出来事です!」
ラーハルトは、レグルスと家族になれたことを本当に嬉しそうに話した。ダイも、ラーハルトがレグルスのことを大切に思っていることを感じ取っていたため、疑うこともなく喜んだ。
──もし、この場にポップかレオナがいたら「本当に家族になったのか?」と確認したかもしれない。だが、この時いたのはラーハルトとダイだけだったため、誰もツッコミを入れることはなかった。
2人は嬉しそうに笑いながら、ポップたちが待つ部屋へ入った。
「ポップ!レオナ!」
ダイは部屋にいたポップとレオナのもとへ駆け寄ると、腕に触れながらニコニコと笑って2人を見上げた。
「おう!どうした?ダイ」
「ダイ君嬉しそうね!なんかいい事、あった?」
「へへっ!内緒!」
ダイの嬉しそうな様子に、ポップとレオナは不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべ、ポップはダイの頭をくしゃくしゃと撫でた。
薄暗い廊下を、蝋燭の明かりを頼りに兵士カナルが進み、その後ろをレグルスが考え事をしながらついて行っていた。
(…毎晩見ていた夢。あれは、よく出来た私の妄想だと…ただの夢だと、そう考えていた。だが――)
レグルスは、毎晩夢に現れる女性と赤子を思い浮かべた。その直後、今日行った占いで映し出された2人の姿――アルキードの女性、そして仲間であるダイの姿を重ねて思い出した。
(夢に出てきた二人は、実在した。しかも、赤子は…ダイの可能性がある……もし…私が見た夢はただの夢ではなかったら?…もし…あれが過去の出来事――)
「レグルス様、こちらになります」
「!!…案内、ご苦労」
カナルの案内で、普段は使われていない物置部屋に到着したレグルスは中に入り、室内に置かれた大きな宝箱に近づいた。
「この宝箱に、ラーハルトの家の…以前の住民が使用していた衣服や道具類が入っております」
「…処分せずに、残してあったのか。関わりのない一般市民が使っていた物であろうに…」
「王が、いつか必要になる日が来るだろうと仰っておりました。そして、それが“今日”であると、私は確信しております」
レグルスは驚いて振り返り、カナルを見た。カナルは何かを悟ったような笑みを浮かべていた。
「……分かった。ここからは私ひとりにしてもらいたい」
「承知しました。私は王のもとへ戻ります」
カナルが部屋を出ると、レグルスは蝋燭の火を頼りに宝箱を開けた。中には様々な衣服が丁寧にしまわれており、レグルスはそのうちの一着を取り出して広げた。それは、女性用のワンピースだった。その服が夢に出てきた女性の着ていた物だと気づいた瞬間、レグルスは目を見開いた。
「…夢の中で女性が着ていた服……こちらは赤子の衣服…」
宝箱の中には、成人男性、成人女性、そして赤子の衣服が数多く入っていた。衣服を一通り並べ終えたレグルスは、頭の中で考えを巡らせながら状況を整理しようとした。
(…夢に現れた二人は実在し、夢で見た服も実際に存在する。ということは、夢は実際に起きた出来事――過去の出来事なのではないか?…あの夢は、男性目線の夢だ…つまり、赤子の父、ダイの父親が見た記憶…ということに…)
レグルスは、ダイの額に浮かび上がる竜の紋章を思い出した。
(だが待て!…ダイは竜の騎士!マザードラゴンから産まれるため、父親はいないはず……そうか!あの夢はダイの名付け親の記憶…ということか!それなら筋が通る。……そして――)
レグルスの脳裏に、夢で見た揺籠のネームプレートが蘇った。
(ダイの本当の名前は……ディーノ)
考えを巡らせながら、レグルスは広げていた衣服を一枚ずつ丁寧に畳み、宝箱へ戻していった。
(…このような夢を、毎晩繰り返し見る理由は何だ?もしや私は、名付け親の“生まれ変わり”なのではないか?……だが、生まれ変わりなど……そんなこと、あり得るのか?)
疑念と確信が入り混じる中、宝箱の蓋を閉じたレグルスは、火の灯った蝋燭を手に取り、日中に目にしたアルキードの女性の姿を思い浮かべた。
(…アルキードにいた女性――名前も分からず、情報も乏しいが、とにかく明日にでも会いに行くべきだろう。まずは竜の神殿へ向かい、その後、ポップに頼んでアルキードまで送ってもらう。それに、あの女性がダイの名付け親である可能性が高い以上、ダイにも事情を説明しないとな…)
明日の段取りを思い描きながら、レグルスは物置部屋を出て、蝋燭の明かりを頼りに再び暗い廊下を歩き始めた。
「あっ!レグも一緒にやる? スゴロク!」
レグルスが部屋に入ると、机の上ではダイ、ポップ、レオナ、ラーハルトが手作りのスゴロクを囲んで遊んでいた。
「いや…」
レグルスは小さく首を振り、ダイを見ながら、明日湖に潜ることを考え、就寝を促した。
「明日も早い。全員、そろそろ寝る準備をしなさい」
「ええ〜!」
ダイはスゴロクで駒がなかなか進まず、悔しさから寝るのを渋っていた。
「もう終わり!?まだ遊びたい!」
「明日は湖に潜る。寝不足のままでは危険だ。大人しく布団に入りなさい」
「ちぇ〜っ」
「まあまあ、明日もやろうぜ!」
「はあ〜、結局ポップ君の一人勝ちじゃない…」
ダイたちは簡単に机を片付けると、ダイとポップは部屋のベッドに腰を下ろした。レオナ、ラーハルト、レグルスは扉の前で2人に声をかけた。
「ダイ君!ポップ君!また明日ね!」
「お先に失礼します!」
「おう!おやすみ〜!」
「お休み、ダイ、ポップ」
「うん!お休み!」
レグルスはダイの姿を見つめながら、心の中でダイの本当の名前をつぶやいた。
(…お休み…ディーノ……!!?)
だが、その声は自分自身のものではなかった。聴き覚えのない、落ち着いた成人男性の声――それに気づいた瞬間、レグルスは動揺し、肩を強張らせた。
「?…レグルス様、どうなさいましたか?」
「いや!…なんでもない」
ラーハルトの心配に、レグルスは動揺を隠しながら平静を装った。
(今の声は、なんだ?私が出したのか?……大人の声……まさか、夢に現れるあの男性の声――?)
レグルスは、心の中でつぶやいた声が自分のものではないことに驚いた。しかしその声は、毎晩夢に現れるあの男性のものだと、なぜか確信していた。
その後、3人は挨拶を済ませるとそれぞれの部屋に戻り、その夜は疲れもあって早めに就寝したのだった。
テランから南へ、ベンガーナを越え、さらに南の半島に位置する場所に、アルキード王国は存在する。
深夜のアルキード王国――
人々はすでに就寝の時刻を迎え、街は静まり返り、通りを行き交う者の姿もほとんどなかった。暗闇と静寂が、王国全体を覆っていた。
そんなアルキードの遥か上空では、魔王軍軍団長ガルダンディーと、スカイドラゴンのルードが宙に浮かび、見下ろす街並みに不敵な笑みを浮かべていた。そこへルーラで現れたザボエラが、ガルダンディーの隣に並び、声をかけた。
「ガルダンディー、こちらの準備は終わったわい」
「クククッ!なら早速始めるか…ルード!!!」
「グルゥ!」
ガルダンディーの号令に、ルードは大きく息を吸い込むと、咽喉を震わせて咆哮を上げた。
「グォオオオォッ!!!!!」
その恐ろしく大きな唸り声はアルキード国中に響き渡り、夜の静寂を引き裂いた。そして、それを合図に、海岸以外の街を囲んでいたドラゴンたちが一斉に動き出した。
街の外周に待機していた無数のドラゴンが、ゆっくりと街の中心へと進軍し、次々に火を放ちながら建物を破壊し始めた。
「クククッ……人間どもが目を覚ましたぞ!」
ルードの咆哮で目を覚ましたアルキードの人々は、街を蹂躙するドラゴンの姿に気づくと、叫び声を上げて家を飛び出し、逃げ出した。街の外れ、森の近くにいた人々は突然の襲撃に逃げ切れず、崩れた建物の下敷きになる者、炎に焼かれる者、ドラゴンに切り裂かれる者など、多くの死傷者が出ていた。
「クハハハッ!!!やっぱな!人間を狩るならこうでなくちゃな!!!」
ガルダンディーは、街が破壊され、人間たちが蹂躙されていく様を心底楽しそうに高笑いした。その様子をザボエラは横目で眺めながら、薄気味悪くニヤリと笑った。
(キヒヒヒッ!一時は使い物にならないと思ったが…この様子では問題なさそうじゃな)
ガルダンディーは宙から街を見下ろしながら、さらに声を張り上げた。
「ドラゴン共!街に火を放て!建物を破壊しろ!人間を追い立て、恐怖させろ!そして……」
ガルダンディーは叫びながら、ニタァと残忍な笑みを浮かべた。
「アルキード王国を――地獄に変えろ!!!!!」
アルキードの人々にとって、醒めることのない悪夢が幕を開けたのだった。
今回はレグルスが見た夢の内容と占い結果をきっかけに、バランたち家族のことを調べる話になります。
ダイにとってラーハルトはよき相談相手であり、お兄ちゃん的な存在として描いています。原作ではダイとラーハルトはあまり兄弟のような関係にはなれず、どちらかというと主従関係に近かったですからね。この小説ではダイとラーハルトは仲の良い兄弟のようになっています!
次の話には残酷な描写があります。なるべくグロは少なめにしましたが、苦手な方はご注意ください。