注意!残酷な描写あり。なるべく減らしましたが、完全にゼロではありません。
注意!多くの人が死にます。
注意!作者はアルキード王国、アルキードの民に対して容赦しません。
人々が寝静まる深夜のアルキード王国。
街中からは明かりが消え、日中は多くの人々が行き交う大通りも、まばらにしか人はおらず、街は静まり返っていた。
グォオオオォッ!!!
だが突如、王国中に動物の唸り声のような音が響き渡り、眠っていた人々は飛び起きた。何が起きたのか分からず、慌てて窓を開け、外の様子を確認した。
「な、なんだ!?今の音は!!?」
多くの人々が窓を開けて外を見ていると、街と森の境界辺りの空が徐々に赤く染まり、遠くから複数の悲鳴が上がった。
「きゃあああ!!!」
「うわあああ!!!」
悲鳴と共に赤く染まる空を見て、それが火災によるものであると気づいた人々は、驚愕して目を見開いた。
「火事だ!!!街の外から火の手が上がっているぞ!!!」
「おい!あれを見ろ!!!ドラゴンがいるぞ!!!」
叫びながら指差した先には、燃え上がる建物の隙間から現れたドラゴンの姿があった。ドラゴンは建物に火を放ちながら、ゆっくりと街の中心へと進んでいた。人々は、炎を背に迫るその姿が自分たちに向かっていることに気づき、次々に顔色を失った。
「に、逃げろっ!!!」
「ドラゴンだ…!魔王軍が襲って来たぞ!!!」
人々は恐怖に満ちた叫び声を上げると、暮らしていた家を飛び出し、ドラゴンと炎から逃れるために街の中心へと走り出した。
多くの人々は深夜に叩き起こされ、街が魔王軍に襲撃されていることに気付くとパニックに陥り、炎とドラゴンから逃れるため、ドラゴンのいない街の中心や城の方角、海岸を目指して走っていった。
港にはすでに多くのアルキード国民が集まり、海へ逃げようと、停泊していた大小さまざまな船に次々と乗り込んでいた。
「もっと奥へ詰めろ!!!」
「早く船を出して!!!」
港でも混乱は生じていたが、ドラゴンの到着までには距離があったため、人々は比較的落ち着いて大型船に乗り込んだ。座る場所が埋まるほど人が乗ると、船はすぐに出港した。
「ふう…危なかった…」
「海に出ればドラゴンはいないわ…私たち、助かったのよね…?」
船に乗った人々は、魔王軍の脅威から解放されたことで安堵し、ホッと息をついた。人々が甲板からアルキード王国を見渡すと、空は炎に照らされ赤く染まり、黒く焦げた煤が空中を舞っていた。港ではなおも多くの人々が大型船に乗り込んでおり、すでに出港して港を離れた船もいくつかあった。また、数十隻の小舟も港から離れ、海上を必死で漕ぐ姿も見られた。
「グォオオオ!!!」
「!!?」
だがそのとき、不気味な咆哮が近くから響き渡った。人々は凍りついたように振り向き、港とは反対側の海上を見やった。そして目にしたのは、海面から這い出るように現れた、五つの首を持つ巨大なドラゴン――ヒドラの姿だった。眼光を光らせながら海を滑るように進み、巨大船へと迫ってくるその姿に、人々の顔から血の気が引いていった。船上には絶望と恐怖が渦巻き、悲鳴が響き渡った。
「ヒ、ヒドラだっ!!!海の中から現れたぞ!!!」
「いやあああ!!!早く!早く逃げて!!!」
船長は慌てて舵を切り逃げようとしたが、ヒドラの動きは想像を超えて速く、船が向きを変える間もなく一瞬で追いつかれてしまった。
「うわあああ!!!」
ヒドラは首の一つを伸ばし、マストに噛みつくと根元からへし折った。崩れたマストは船上に落下し、数人が下敷きになって絶叫を上げた。風を受けて進むためのマストを失った船は漂うばかりとなり、人々は逃げ場のない甲板上でパニックに陥り、互いにぶつかり合いながら右往左往した。混乱の中で海に転落する者もいた。
そしてヒドラは大きく息を吸い込み、その口内に炎を溜めはじめた。それに気づいた一人が、恐怖に駆られて叫んだ。
「海に飛び込め!!!」
数人は我先にと海へ飛び込んだが、甲板にいた多くの人々は逃げきれなかった。次の瞬間、ヒドラは大きく口を開き、業火を船上へと吐き出した。
「グォオオオ!!!」
「ぎゃああぁああ!!!」
炎は甲板を焼き尽くし、人々を容赦なく襲った。悲鳴を上げる間もなく焼かれて命を落とす者、火だるまとなって海に飛び込む者もいたが、火傷の激痛で泳ぐこともできず、苦しみながら海の底へと沈んでいった。
「グォオオ…」
やがてヒドラは燃え上がる船を見下ろし、興味を失ったかのようにその場を離れ、次の獲物を求めてゆっくりと海上を移動した。
「はぁ…はぁ…」
炎に焼かれる前に海へ飛び込んでいた人々は、海面から顔を出し、恐怖に震えながらヒドラが向かった別の大型船を見つめた。やがて、そこからも悲鳴と絶叫が上がり、ヒドラは再び火炎を吐き出すと、船は瞬く間に炎に包まれた。そしてヒドラはまた悠々と海上を滑り、次の船へと獲物を求めて移動していった。
「…っ…なんで…こんな…」
海に浮かんでいた人々は、燃え盛る船や遠くに見える故郷の街を見上げ、恐怖と悔しさに打ち震え、涙を流した。だがその瞬間、突然足を何かに掴まれ、強い力で海中に引きずり込まれた。
「がっ!…ぐぼっ…!!!」
足を掴まれた人々は苦しみながら抵抗し、引き剥がそうと必死にもがいたが、相手の力は強く、やがて酸素を失い、そのまま海へと沈んでいった。
(…マー…マン……)
意識が遠のく中、最後に見えたのは、自分の足を掴んでいた海の魔物――マーマンの姿だった。
港から海へと逃げた多くの人々は、結局アルキード王国を脱出することは叶わなかった。大型船で脱出を試みた者たちはヒドラによって船を破壊され、炎の業火に飲まれて命を落とした。海へ飛び込んだ者は、マーマンやだいおうイカといった海の魔物に襲われ、もがきながら海の底へと沈んでいった。小舟で必死に逃げた者も同じく魔物に襲われ、船を転覆させられて命を失った。
「…う…あ…」
「そんな…船が…」
港に残っていた人々は、海に潜む四体のヒドラと、暗い海から響く悲鳴や燃え上がる船を見て顔色を失い、海からの脱出を諦めた。
「…海は駄目だ…引き返して、別の道を探すぞ!!」
人々は船での逃亡を断念し、わずかな望みをかけて街の中心へ向かおうとした。しかし、その頃にはすでに退路は断たれていた。
「グオオオ!!!」
「ひっ!!!ドラゴンだっ!!!」
港を囲むように街は炎に包まれ、通りには巨大なドラゴンが立ちはだかっていた。もはや、どこにも逃げ道は残されていなかった。
「もう…逃げ場が…ない…」
「グオオオ!!!」
「きゃああぁあ!!!」
「く、来るなー!!!」
恐怖に駆られた人々は必死に逃げ惑ったが、迫り来る炎に行動を阻まれ、次第に隠れる場所も失っていった。海へ飛び込んで逃れようとした者もいたが、そこにはすでに海の魔物たちが待ち構えており、あっという間に海底へと引きずり込まれていった。
やがて港は完全に炎に包まれ、人々の声は一つ残らず消え去った。そして最後にそこに残ったのは、うごめくモンスターたちの影だけだった。
街の中心には広い大通りがあり、その先には前哨基地として使用されている大きな広場、さらにその奥には、この国の象徴であるアルキード城が遠くに見えていた。
「グオオオ!!!」
大通りで待機していた兵士たちの視線の先には、複数のドラゴンが大通りを駆け抜け、広場へと向かっている姿が確認できた。兵士たちはその巨大なモンスターの迫力に、顔を険しくした。
「来たぞ!!!」
「大砲を構えろ!!!」
通りには兵士たちが用意した大砲が横一列に並べられており、火種を手にした兵士たちは、いつでも発射できるよう身構えていた。
ドラゴンとの距離は刻一刻と縮まり、兵士たちは冷や汗を流しながら、上官の合図を待っていた。やがて敵が大砲の射程距離に入ると、上官が腕を勢いよく振り下ろした。
「撃てーーーっ!!!」
通りに並べられた大砲が、爆音と共に一斉に砲弾を放った。砲弾はドラゴンに命中し、地響きと轟音が鳴り響いた。土煙が巻き上がり、ドラゴンの姿は見えなくなった。
「やったか!?」
砲撃を終えた兵士たちは、大通りを睨みつけながら、ドラゴンがいた場所を見つめた。やがて土煙が晴れると、地面に倒れたドラゴンの姿が見えた。白目を剥いて絶命しているのを確認すると、兵士たちは安堵の息を吐き、歓声を上げた。
「よっしゃあ!!!ドラゴンを倒したぞ!!!」
「すぐに弾の装填にかかれ!次のドラゴンが来るぞ!!!」
「はっ!!!」
兵士たちは素早く砲弾を装填し終えた。ちょうどその頃、また別のドラゴンたちが通りから現れた。
「ドラゴンが来たぞ!」
「構えろ!………撃てーーーっ!!!」
再び通りには砲弾の雨と轟音が鳴り響いた。
城に続く大通りの途中にある大広場は、アルキード建国以来初めて前哨基地として使用され、多くの兵士が敵襲に備え、武器や大砲、バリスタといった兵器の準備を急ピッチで進めていた。
「大砲はそちらに並べろ!バリスタは向こうだ!ここを突破されれば城への道は一直線だ…何としてでもここで敵を食い止めるぞ!!!」
「はっ!!!」
兵士たちは、遠くから鳴り響く大砲の音やドラゴンの唸り声を聞きながら作業を続け、遠くで燃え上がる街の炎を見ては険しい表情を浮かべ、いつでも出撃できるよう準備を整えていた。
「ここなら、兵隊さんに助けてもらえる…」
「なんで…俺がこんな目に…俺が何したって言うんだよ…」
アルキード国民たちも兵士に守ってもらうため、広場に避難していた。通路脇に身を寄せ、不安な面持ちで兵士たちと前哨基地の様子を見つめていた。
広場の一角にある酒場では、深夜であるにもかかわらず、民間人や兵士たちで席が埋まり、普段よりも活気があった。
だが、その活気も無理に作られたもので、人々は不安に押し潰されそうになりながらも、酔って辛い現実を忘れようと必死に酒をあおっていた。
「死にたくない…死にたくない…死にたくない…」
「…」
カウンターに座る一人の兵士も、他の者たちと同様に恐怖を紛らわせるために酒を飲みに来ていた。冷や汗をかき、体を震わせながら、注文した酒が提供されるのをじっと待っていた。
カウンターの奥に立つ店主もその様子に気づきながら、黙って酒を準備し、出来上がるとグラスを兵士の前に置いた。
「できたぜ」
「あ、あ、ありがとう…」
兵士は震える手でグラスを掴もうとしたが、指先が当たって倒してしまい、中身の酒がカウンターに広がった。
「あ…」
「新しいのを用意するから待ってな」
主人は黙々とカウンターの上を拭き、新しい酒を用意して再び兵士の前に置いた。
「ほらよ!」
「ありがとう…」
兵士は震えながらもゆっくりとグラスを持ち、少しずつ酒を飲み始めた。そして、グラスを置くと、ぽつりと呟いた。
「俺…この後、攻撃を命じられてるんだ…」
「…」
「ドラゴン相手に、だぞ!?…あんなデカいの相手に剣を振り上げて攻撃しろって言うんだ!……相手がスライムだったら…どれだけ良かったか………死にたくない…」
「…」
兵士はしばらく酒を睨みつけていたが、覚悟を決めて酒を飲み干し、席を立った。
「…酒、美味かった…ご馳走さま…」
「お客さん、俺がこの店を開けられるのは、あんたたち兵士がこの国を守ってくれるからだ」
兵士は立ち止まり、振り返って店主を見つめた。
「酒場は開けておく!!!勝利したら、またここへ来い!好きな酒、一杯奢ってやるよ!!!」
「!!!」
兵士はその言葉に目を見開き、泣きそうな表情で笑顔を浮かべた。
「…はは!そうだな!なら、俺たちが勝ったら、高い酒奢ってもらおうかな!」
「おう!てめぇらなら勝てる!戦って、勝利してこい!」
「ああ!」
兵士はもう震えておらず、力強く頷いて酒場を飛び出した。
店主がその背中を見送る中、兵士は仲間と合流するため、広場の中央へと駆け出した――その時。
「デルパァ!!!」
突然の掛け声と共に、上空から複数のドラゴンが落下し、地面を揺らしながら広場中央に着地した。
酒場の主人の頬に何かが飛び散り、指で拭って確認すると、思わず目を見開いた。
「……血…」
指先には赤い血が付いていた。
ハッとして顔を上げた店主は、先ほどまで酒を飲んでいた兵士の姿を探したが、広場のどこにもいなかった。兵士がいた場所には、巨大なドラゴンがいた。
「やれ!ドラゴン共!辺り一帯を灼熱地獄に変えろ!!!」
広場の上空では、ガルダンディーが魔法の筒からドラゴンを五体出現させ、ニヤリと笑いながら命令を下していた。
「グオオ…」
命令を受けたドラゴンたちは、口元に火を溜め始めた。
「て、敵襲!!!空からドラゴンだ!!!」
「大砲の向きを変えろ!!!」
兵士たちは慌てて砲の向きを変えようとしたが、突然の襲撃に対応しきれず、砲撃すらままならなかった。
「きゃあああ!!!」
「逃げろーーっ!!!」
民間人は悲鳴を上げながら、酒場や広場から逃れようと通りを駆け出した。
「……でっけえな…おい…」
酒場の主人は逃げる時間がないことを悟ると、目前のドラゴンを見つめながら、かつてこの広場で処刑された魔族疑いの男の遺体を連れ去った、あの白いドラゴンの姿を思い浮かべた。
(…俺が見たドラゴンは白く輝いて…神秘的ですらあったな…)
「グオオオッ!!!」
酒場の主人が最期に見た光景は、視界いっぱいに広がる真紅の炎だった。
広場にはかつて多くの建物が立ち並び、日中は店が開き、人々が行き交い、活気に満ちていた。だが今は、ドラゴンの襲撃によって建物は焼き払われ、兵器は破壊され、美しかった街並みは見る影もなく、無惨な姿へと変貌していた。
「ひ、広場でドラゴンが暴れているぞ!!……!!!こっちに来た!!!」
「向こうの通りからもドラゴンだっ!!!」
「き、挟撃…!!!」
「う、撃て!!!撃て!!!撃ちまくれーーー!!!」
大通りで侵入を防いでいた兵士たちは、広場と通りの両側から迫るドラゴンに挟まれ、必死の抵抗を試みたが、程なくして広場周辺のアルキード軍は全滅した。
アルキード城の玉座の間では、夜明け前の深夜にもかかわらず、国王、王の弟、多くの家臣、そして高位の兵士たちが集まり、緊急会議が開かれていた。
しかし、そこに集まったのは本来の半数ほどに過ぎず、多くの者は城まで辿り着けなかったことがうかがえた。城内には重苦しく張り詰めた空気が漂い、突然始まった敵襲に誰もが顔を青ざめさせていた。震える声で報告を行う兵士の言葉に、場の全員が息を呑んだ。
「て、敵の戦力は……ドラゴンがおよそ100!ヒドラが4!他にも多数のモンスターを確認……魔王軍の総数は不明であります!!!」
「……おい、何かの間違いではないのか?ドラゴンが…最強のモンスターが100匹だと!?」
「ヒ、ヒドラだと!?そんな御伽話にしか出てこない怪物が……4匹も!?」
ドラゴンは一匹現れるだけでも国を揺るがす脅威とされる、最強の存在。そのドラゴンが百も姿を現したという現実は、理性で理解するにはあまりにも酷だった。さらに、実在を疑われていたヒドラまで現れたとなれば、それはもはや悪夢などという生易しいものではなく、絶望そのものだった。
「また、敵のドラゴンは森との境界から街に火を放ち、火災によって陸路での脱出は不可能に。さらに海ではヒドラが船を破壊しており、海上からの脱出も不可能となっております…」
「な、なんだとお!?」
逃げ場を失ったことを知った者たちは、椅子から立ち上がり叫んだ。怒りに拳を震わせる者、目を伏せる者、涙を浮かべる者。希望は一気に消し飛び、ただ不安だけが広がっていく。そこへ、ある家臣が思いついたように声を上げた。
「魔法なら脱出できるのではないか!?あったはずだ、この場から移動する魔法が…!そうだ、ルーラだ!ルーラを使える者をすぐ連れてくるんだ!」
「…残念ながら、この国にルーラを使える者はおりません…」
「なぜ、この時のためにルーラを使える者を用意しなかった!!?」
「何かないのか!アイテムでも、魔法でも…なんでもいい!!ドラゴンが近くまで来ているんだぞ!!!ここにいては死んでしまう…!何か、脱出手段はないのか!!?」
「…」
叫ぶ家臣に対して、周囲の者たちは冷や汗を流しながら考えを巡らせたが、具体的な手段を口にする者はいなかった。玉座に座る王は、軍のトップへ視線を向けた。
「ベンガーナへの援軍要請はどうなった?」
アルキードとベンガーナは軍事同盟を結んでおり、いずれかが襲撃された際には援軍を送ることになっていた。軍のトップはすぐに応じた。
「はっ!襲撃直後、すぐに兵の一団をベンガーナへ向かわせました!ここからベンガーナまでは3日かかります!無事に国を出ていれば、最短で6日後には戻るかと…!」
だが、その言葉に、室内にいた者たちは戦慄した。
「6日!?そんなにかかるのか!?外を見ろ…国の半分はもう燃えている!!援軍が来る前に…アルキードが滅んでしまう!!」
「…国境沿いの砦には伝書鳩を飛ばしております!異変に気づいていれば…少しは早まるかと!」
不安と焦燥に押し潰されそうになる中、王は立ち上がり、声を張った。
「皆!ベンガーナを信じようではないか!我らは長年の同盟国、必ずや援軍が駆けつけてくれよう!!!」
王の隣にいた弟も、次期国王候補として力強い声を響かせた。
「生きていれば、反撃の機会は必ず来る!協力し、皆でこの危機を乗り越えるのだ!…まずは全員を安全な地下へ避難させよ!」
「はっ!準備はすでに整っております!皆様をご案内いたします!!」
地下への避難が決まり、ひとまず命の危機から逃れられると知った面々は、わずかながら安堵の表情を見せた。だがその時、場にそぐわない不気味な笑い声が玉座の間に響いた。
「キャハッ!キャハッ!キャハッ!城の外では国民たちがいっぱい死んでるよ?自分たちだけ助かろうとするんだ?人間って薄情だねぇ〜キャハハッ!」
「フフッ…そうでもないさ。アルキードの戦力では、助けに行っても共倒れになるだけだ。援軍が来るまで隠れるのも手…もっとも、僕たちに見つかっちゃったから意味ないけどねぇ…ウフフッ!」
「キヒヒヒッ!多少小細工をしたところで、このワシの目は誤魔化せんわい〜」
高らかな嘲笑が玉座の間に響き渡り、その場にいた者たちは驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に天井付近の壁に取り付けられたステンドグラスを見上げた。
朝日が差し込む中、ステンドグラスの手前には、宙に浮かぶ3つの影がはっきりと姿を現していた。
「ひっ!ま…魔王軍!!!」
「ウフフッ!」
鎌を構えた死神キルバーン、笑う一つ目ピエロのピロロ、不敵に笑う魔族ザボエラの姿に、人々は恐怖の叫びを上げ、兵士たちは険しい顔で武器を構えた。
「よくも…我が国を襲ったな!魔王軍!!!」
国王は憎しみの目で敵を睨みつけたが、ザボエラは意に介さず、懐から魔法の筒を取り出した。
「キヒヒヒッ!ソアラ姫の居場所を聞き出すのに、これほどの人数は要らんわい…デルパァ!」
「グオオオッ!!!」
魔法の筒から現れた2匹のドラゴンが玉座の間に降り立ち、数名の家臣を押し潰した。巨体のドラゴンは舌舐めずりしながら、人間たちを見回した。
「ヒィッ!!!」
人々は恐怖で叫び、後ずさりした。
「ドラゴンども、人間を殺すのじゃ!…ただし、王の近くにいる者は殺すでない!奴らには聞きたいことがあるからのぅ!」
「グオオオッ!!」
命令を受けたドラゴンは鋭い爪を振り下ろし、近くにいた人間を一瞬で切り裂いた。飛び散る血飛沫が玉座の間の床を赤く染め、空間は恐怖と絶望の悲鳴に満ちた。
「うわあああ!!!」
「た、助けてくれー!!!」
ドラゴンは巨大な爪と重々しい尻尾を振るい、逃げ惑う人々を次々となぎ倒した。ほとんどが非戦闘員であったため、逃げる間もなく襲われ、絶叫とともに倒れた者たちは、やがて動かなくなった。
出入り口へと殺到した者もいたが――
「くそっ!扉が重い…!!!」
背後に迫るドラゴンの気配に怯えながらも、必死の力で大広間の扉を押し開けた。
「よし!開い――」
「ベギラマ!!!」
しかし、その扉の先にはあくま神官が待ち構えており、開いた瞬間、灼熱呪文が容赦なく放たれた。
「ぎゃああぁあ!!!」
扉付近にいた人々は灼熱の炎に包まれ、凄まじい悲鳴を上げながら次々と命を落としていった。
必死に応戦しようとした兵士たちも、ドラゴンの鋼鉄のような鱗を前に剣も槍もまったく通じず、絶望的な戦いの中で次々と血に染まり、崩れ倒れていった。
「ひっ!ひいぃいいっ!!!」
「う…ぁ…」
「何と、いうことを…!」
王とその弟、そして玉座近くに残されたわずかな家臣たちは、目の前に広がる凄惨な光景に顔を青ざめさせた。その時、不意に王の背後にキルバーンが音もなく現れ、鎌を構えてその刃を王の喉元に突きつけた。冷たい刃先が肌をかすめ、王の背筋を氷のような恐怖が貫いた。
「くっ…!!!」
王は体を小刻みに震わせながら、冷や汗を流し、ゆっくりと振り返って死神を見上げた。
「ウフフッ!…君たちにはソアラ姫の居場所を教えてもらうよ」
娘の名を聞いた瞬間、王の瞳は恐怖と驚愕に大きく見開かれた。それでも必死に気丈さを保ち、震える声を押し殺して死神を睨みつけた。
「だ、誰が娘の居場所を教えるものか!」
「ボクも君たちが素直に話すとは思ってないさ…でも、早く言わないと――楽には死ねないかもしれないねぇ?…ウフフッ!」
朝日が差し込む中、玉座の間は惨劇の光景に変わっていた。かつて威厳を誇った空間は血飛沫で赤黒く汚れ、美しい装飾は無惨に壊され、空気は死臭で満ちていた。王は玉座から引きずり下ろされ、生き残った者たちは敵に囲まれ、地に膝をつき、恐怖に打ち震えながら床を見つめるしかなかった。
人々が多く集まる避難場所や兵士が集まる基地では、魔王軍の襲撃を受け、多くの者が命を落とした。一方で、一部の人々は建物の影に身を潜め、運よくドラゴンに見つからずに済んだ者もいた。
「くそっ!何処に逃げればいい!?何処か、安全な場所はあるのか!?…火はどんどん広がっている…はやく、移動しなくては…!」
ある一家は、偶然にもドラゴンが家の近くを通らなかったうえ、避難所にも向かわなかったため、敵の目に留まることなく、建物の影に隠れて災厄が過ぎ去るのをやり過ごしていた。だが、炎は建物から建物へと徐々に燃え広がり、自分たちのいる場所にも迫っていた。この場に留まり続けるのは明らかに危険だった。
「…あなた」
「パパ…」
「お父さん…」
一家の父親は家族の声に顔を上げ、妻と息子、娘の不安げな表情を見つめた。そして彼らを安心させようと、無理に笑みを浮かべた。
「大丈夫だ!お父さんが必ず助けるからな…!ここは危ないから、違う場所へ行こうか!」
「…うん」
「あなた…どこへ行くの?」
「風上だ!風が吹いている方角なら火の回りも遅い!その方向には兵士の養成所があったはずだ…もしかしたら、助けてもらえるかもしれない!」
「…分かったわ!」
「ようし!みんな、出発するぞ!お父さんの後を着いてくるんだ!……行くぞ!」
父親は幼い娘を抱きかかえ、建物を出ると周囲を警戒しながら歩き出した。その後を、母親が息子の手を引きながらついていった。一家は慎重に進み、アルキード中央を流れる川に辿り着いた。
「ねえ!あそこにドラゴンが…!ほら、川の下流…河口付近よ!」
「本当だ…!だが、あそこなら距離がある。気づかれることはない…大丈夫だ!にしても…ドラゴンは何をしているんだ?」
川が海へと注ぐ河口付近では、数匹のドラゴンが石や木材を運び、川に投げ入れていた。その奇妙な行動に夫婦は首を傾げたが、敵に見つかるわけにはいかず、その場をすぐに離れ、川沿いに進んだ。
「兵士の養成所は川の向こうだ!あの橋を渡るぞ!」
一家は川を渡るために橋へと向かった。だが、橋を渡っている最中、背後から不意に物音が聞こえ、一家は慌てて振り返った。
「グルルルッ!」
背後の通りからドラゴンが2匹現れ、一家を見つけると鋭い視線で睨みつけ、舌舐めずりをした。一家はその姿に顔色を失い、恐怖で体を震わせた。
「ひっ!ド、ドラゴン!」
「見つかった!走れ!!!」
一家は慌ててその場を駆け出した。橋を渡り、通りを走るが、ドラゴンの脚は速く、橋を渡りきったところで追いつかれてしまった。ドラゴンは最後尾にいた母親と息子の背中めがけて、鋭い爪を振り下ろした。
「グオオオ!!!」
「きゃあああ!!!」
「お母さん!」
「ママーーー!!!」
母親はとっさに息子を突き飛ばしたため、息子は無事だったが、自身は爪によって背中を大きく切り裂かれ、血を流しながら地面に倒れた。
「グオオオ!!!」
倒れた母親に追撃を加えようと、もう1匹のドラゴンが腕を振り上げた。
「ああっ!やめろーーー!!!」
父親は叫び、悲痛な表情で妻と、その妻を襲おうとするドラゴンを見つめた。すると、どこからか小さな布袋が飛来し、母親に襲いかかろうとしていたドラゴンの鼻先に命中した。袋の中身だった粉状の物質が宙に舞い、広がった。
「グッ…ギャッ!?…グッ、グオオオッ!!!」
粉を浴びたドラゴンは突然混乱し、振り上げていた腕を隣にいたもう1匹のドラゴンに振り下ろした。
「グオッ!!?」
思わぬ攻撃を受けたドラゴンは地面を転がり、怒りのまなざしで相手を睨むと、反撃に出た。
「グルルルッ…!グオオオッ!!!」
2匹のドラゴンは激しい同士討ちを始め、その咆哮と衝突音が辺りに響き渡った。父親は混乱するドラゴンたちの様子に困惑し、言葉を失った。
「な、何が…」
「こっちだ!こっちに来い!」
背後からの叫びに振り向くと、通りの先に兵士たちが数人現れ、手招きしながらこちらに来るよう合図を送っていた。さらに2人の兵士が父親の横を駆け抜け、母親のもとへ急行した。兵士たちは急いで母親を支え、その場から離脱させた。妻が保護されたのを確認すると、父親は息子の手を引き、兵士の元へ駆け寄った。
「た、助かった…!」
「ドラゴンは毒蛾の粉で一時的に混乱しているだけだ!来い!安全な場所へ移動する!!!」
「わ、分かった!」
兵士と一家は街の中を移動し、やがて地下へと続く階段の入り口に辿り着いた。
「地下水路の入り口だ!水路には多くの民間人が避難している!」
「!!!」
「中に入れ!入ったら止まるな!奥に進め!」
一家は階段を降りて地下水路に入り、通路の奥へと急いで進んだ。兵士もすぐに続こうとしたが、その時、背後から大きな物音が響いた。振り返ると、先ほどのドラゴン2匹が通りの奥から現れていた。混乱が解けたドラゴンたちは複数の傷を負い、怒りに満ちた唸り声を上げながら、地下への入り口に向かって突進してきた。
「グォオオオ!!!」
「気づかれた…!」
「中に入れ!行け!」
兵士たちが階段を駆け降り、水路に辿り着くと、ドラゴンも入り口に到着した。しかし入り口は狭く、ドラゴンの巨体では通り抜けることができなかった。それでもドラゴンは無理やり首だけを入り口に突っ込み、兵士たちを睨みつけながら口に火を溜め始めた。
「まずい!火を噴くぞ!!!」
「走れ!!!奥に進むんだ!!!」
「グオオオ!!!」
ドラゴンが口を開くと、狭い水路は瞬く間に炎で満たされた。だがその時には、兵士も一家もすでに奥へと進んでいたため、炎の被害を免れた。
「グォオオオ!!!」
人間を取り逃がした悔しさに満ちたドラゴンの咆哮が、水路の奥にまで響き渡った。兵士たちは水路をさらに進み、先に進んでいた一家と合流すると、一家を案内して複雑な水路の奥へと進み、やがて広い空間に出た。
「ここは…」
その広間には、多くの人々が不安な面持ちで身を寄せ合い、休んでいた。避難してきた民間人と兵士の姿が入り混じり、辺りには緊迫した空気が漂っていた。一家が周囲を見渡していると、身なりの整った人物が彼らに気づき、歩み寄ってきた。先ほど一家を救出した兵士はその人物に敬礼しており、指揮官クラスの高位にあることが窺えた。
「ここは地上の入り口から離れている。ドラゴンに襲われる心配はない。安心して過ごすといい」
「妻を、妻の怪我を見てください!ドラゴンにやられて大怪我をしている…!」
「勿論だ、治療を」
「はっ!」
指揮官の指示に兵士が即座に従い、母親を部屋の隅へと運ぶと、そこに待機していた僧侶が回復魔法を施した。母親が治療を受けている様子を見て、男性は安堵のため息を漏らし、子どもたちは不安そうに治療を見守っていた。
「治療班の腕は確かだ。じきに目が覚めるだろう」
妻の容態にひとまず安心した父親は、ようやく落ち着いた様子で指揮官の姿をじっと見つめた。その姿にどこか見覚えがあり、記憶を手繰るように問いかけた。
「あの…貴方は…?何処かで見た気がします…」
「…私はここで兵士の指揮をしている…だが…国を蹂躙されても、何も出来ない…無力な人間だ…とりあえず、好きな場所で休むといい」
そう言い残すと、指揮官はその場を後にし、兵士たちが集まっている場所へと向かった。やがて、その中の1人が険しい顔で近づき、上司である指揮官に報告を行った。
「報告します!地上の兵士からの報告によりますと…城は魔王軍の襲撃を受けた模様です」
「!!!…生存者は…?王や父上は…?」
「……国王陛下、ならびに王弟殿下、貴族方の安否は…現在、不明となっております」
「…そうか…何か進展があれば報告するように」
「はっ!」
報告を終えた兵士が立ち去るのを見届けながら、指揮官は心中で国王と、その弟である自身の父親の姿を思い浮かべた。不安が胸を締めつけたが、今は祈ることしかできなかった。
(王…父上…ご無事でいて下さい…)
そして、昔から姉のように慕っていた従姉妹、優しく美しかったソアラの面影も浮かび上がった。
(……ソアラ姉さん)
アルキード王国は蹂躙され、多くの民が命を落とし、王城さえ敵に襲われた。国家滅亡の瀬戸際にある現状で、自分には何もできないという無力さが彼を襲った。指揮官は悔しさに歯を食いしばり、ただ神に祈るしかなかった。
(神よ!…どうか…この国をお救いください…!)
アルキード上空を飛んでいたガルダンディーは、地上でドラゴンたちがひっきりなしに地面を掘っているのに気づくと、降下して声をかけた。
「てめぇら!何してやがる!」
ドラゴンたちは穴掘りの作業を止め、上司であるガルダンディーを見上げながら、穴を掘っていた理由を説明した。
「グル!グルッ!」
「何?人間が穴に入った?見せてみろ!……本当だ、道みたいなのがある。これがザボエラが言っていた地下水路か…!クハハハッ!地下水路に入るとか、ますますドブネズミみてぇだな!」
ガルダンディーはニヤニヤと笑いながら顔を上げ、ドラゴンに指示を出した。
「ここは後回しだ!まずは地上を焼き払え!地下水路はその後だ!」
「グルルルッ!!!」
ドラゴンたちは穴を掘るのをやめ、その場を離れると、近くの建物に火をつけ始めた。ガルダンディーは翼をはためかせて再び上空へ飛び上がると、遠くに見える河口に視線を向けた。
河口では数匹のドラゴンが石や瓦礫を川に投げ入れており、川の流れは堰き止められつつあり、海へと流れ出る水の量が目に見えて減っていた。
「クククッ!ザボエラの言っていた通りになってきやがった!楽しみだぜぇ…地下に入ったドブネズミ共が逃げ惑う姿を見るのをよお…!人間は皆殺しだっ!クククッ!クハハハハハッ!!!」
高らかに笑いながら、ガルダンディーは飛行を続け、別の場所へと移動していった。
その頃、アルキード王国の中央を流れる大河――その上流の山間部では、不自然なほど激しい土砂降りの雨が降り続いていた。
アルキードから離れた隣国ベンガーナでは、早朝から多くの人々が南の空を不安そうに見上げていた。ベンガーナは高い建物こそあるが視界を遮るものが少なく、海岸もあったため、南に位置するアルキードの方角をよく見渡すことができた。
南の空は赤く染まり、真っ黒な煙が雲のように空を覆っていた。その光景は、まるでこの世の終わりのようだった。
「なあ…何があったんだ?…あんな、空が赤くなるなんて…煙も…凄い量だ……」
「決まっているだろ!こんな時に何かあるとしたら魔王軍しかいねぇ!…アルキードは、魔王軍に襲われたんだ!!!」
前日、魔王軍に襲撃されたばかりの人々は、その恐怖を再び思い出しながら、アルキードがある南の空をじっと見つめていた。次に魔王軍がベンガーナを襲ってくるのではないか――そんな不安が人々の心を締めつけていた。
その時、森の中から兵士の格好をした人物が、息を切らしながら街中へと駆け込んできた。
「はぁ…!はぁ…!た、助けてくれ!!!アルキードが、魔王軍に襲われている!!!」
南の森――すなわちアルキード側から現れたその男は、アルキード王国の兵士だった。彼は必死の形相で大声を上げながら街中を走り回り、やがてベンガーナの兵士を見つけて駆け寄ると、荒い息のまま叫んだ。
「アルキードが魔王軍に襲撃された!!!ドラゴンの群れが、国を襲っている!!!援軍を要請する!!!」
「!!!分かった、上司に伝えよう!其方は何処から来た?」
「俺は国境の砦に勤務している!国から伝書鳩が届いたんだっ!ヒドラとドラゴンの群れが国を襲っていると!!!頼むから急いでくれ!故郷には家族がいるんだ!このままだと…アルキードが滅んでしまう!!!」
アルキード兵士の報告はすぐに取り次がれ、ベンガーナ兵士を通じて、ベンガーナ城にいる国王――クルテマッカⅦ世の元へと届けられた。
「アルキードが魔王軍の襲撃を受けたようだ!」
城の会議室では国王をはじめ、側近や戦車隊隊長アキーム、複数の兵士たちが集まり、国王からの報告に耳を傾けていた。
「援軍の要請が来ておる。本来ならば応じるべきだが…」
救援を渋る国王に対し、アキームが一歩前に出て、落ち着いた様子で国王を見つめた。
「戦車隊の準備は整っております。我らは、すぐにでもアルキード王国へ救援に向かえます!」
「王よ!アルキードは我が国の同盟国!長年にわたり友誼を結んでおります!一刻も早く救援を!」
「…」
家臣の一人も進言するが、国王は窓の外に目を向けた。そこには遠く離れたアルキードの空に立ち上る黒煙と、昨日襲撃された自国の傷跡が広がっていた。しばし考えたのち、王は口を開いた。
「…戦車隊を出動させる。数は隊の半分。残りは国内に残し、防衛にまわす!」
その指示に、家臣たちは救援が決まったものと安堵し、ほっと息を吐いた。だが、続く王の言葉に会議室は静まり返った。
「ただし、出動する戦車隊はアルキードの国境沿いで待機とする。役目は、敵の侵入を防ぐことだ!!!アルキードへは偵察部隊を少数送り、魔王軍の動向を探れ!」
家臣たちは目を見開き、戸惑いの表情を浮かべた。
「なっ…!王よ、本当に救援には向かわれないのですか!?」
「アルキードを…見捨てるおつもりですか!?」
事実上の不干渉という判断に、家臣たちは動揺し、非難の色をにじませた。だが国王は眉をひそめ、家臣たちを睨みつけた。
「敵はアルキードを数十匹のドラゴンで襲っている。不思議とは思わぬか?やつらは一体どこから湧いてきたのだ!?……アキーム、近隣でドラゴンの群れを見たという報告はあったか!?」
「!……いえ、目撃報告は一切ございません!」
王の真意に気づいたアキームは、驚き目を見開いた。
「ふん、だろうな!よいか、アルキードは東西南を海に囲まれておる。あんな馬鹿でかいトカゲどもが大量に移動するなら、陸路――すなわち北からしかない。しかし…誰もドラゴンを見た者はおらん!それが意味するのは、魔王軍がドラゴンを大量運搬できる手段を持っているということだ!それも、誰にも気づかれずにな!!!」
国王は苛立ちを露わにしながら、机に両手を叩きつけた。怒気を含んだ視線が室内を走った。
「アルキードに戦車隊を送るわけにはいかん!奴らの狙いがここだった場合、我が国の防備は手薄となり、容易に攻め落とされるからな!」
「なっ…!!」
家臣は顔色を変え、アキームは王の考えを理解して頷いた。
「……救援に向かえば、国内の防衛力は落ち、敵の思う壺…ということですな。国境沿いに配置するのは、万一の際すぐ対応できる距離といったところでしょうか、王よ」
「そうだ!それに…今から救援に向かったところで間に合わん。あの火災の規模を見れば、もはや国全体が燃えていると見て間違いない。アルキードは、まもなく滅ぶ!…そして、次に狙われるのは、このベンガーナ!!そして…北のテランだ!」
「そ、そんな…!」
家臣たちはアルキードを救えない現実、そして自国が次に襲われるという事実に動揺し、口々にささやき合い始めた。会議室は不穏な空気に包まれた。
「アキーム!すぐに軍の指揮を取り、防衛を強化せよ!軍艦と避難船の準備も並行して行え!急げ、時間がないぞ!!」
「はっ!!」
国王の怒号が会議室に響き渡り、兵士や家臣たちは急ぎ退室した。魔王軍の襲撃に備え、準備が始まった。だがその会議の一部始終を、窓の外から魔王軍の偵察役である悪魔の目玉がじっと見つめていた。
(ザボエラ様にお伝えしなければ)
悪魔の目玉は静かに壁を伝って移動し、安全な場所まで離れるとザボエラに報告を送った。
ベンガーナに迫る脅威の知らせは、すぐに国民の耳にも届いた。人々は魔王軍への恐怖に駆られ、国から脱出を考える者、戦いに備える者などで、国内は急速に混乱へと包まれていった。
アルキード王国の城の中庭にて、ザボエラは悪魔の目玉を通じ、ベンガーナで行われた軍議の報告を受けていた。
「どうやらベンガーナは動かんようじゃのう…ベンガーナがこの国に援軍に来た途端、襲う予定じゃったが…まあいい!どのみち、滅びることには変わりないのじゃからな!奴らが何かしら対策を立てようが無駄なんじゃよ!キ〜ヒヒヒッ!!!」
「ザボエラよ!ダイの母、ソアラの居場所は分かったのか?」
ザボエラが高笑いしていたそのとき、背後から、ここにはいないはずの上司の声が響いた。ザボエラは驚いて慌てて振り向いた。
「!!!ハ、ハドラー様!!!」
ザボエラの背後から声をかけてきたのは、魔軍司令ハドラーであった。ハドラーはゆっくりとザボエラに近づきながら、勇者ダイの母ソアラについて問いただし、ザボエラは慌てて深々と頭を下げた。
「ははーっ!!!城にいた人間を尋問したところ、この国から離れた森の建物にいることが分かりました!これからガルダンディーと共に向かうところです!!!」
「ならば俺も行こう!!!」
ハドラーが不敵に笑みを浮かべて同行を申し出たことに、ザボエラはギョッと目を見開いた。
「ハ、ハドラー様もですか!?」
「フン!大した理由ではない…勇者ダイの生みの親がどんな人間か、この目で見てやろうと思ってな」
「かしこまりました!居場所は把握しているため、準備が出来次第、すぐにでも向かいます!!!」
ザボエラはガルダンディーを呼びに駆け出していった。その様子を、アルキード城の屋根の上からキルバーンとピロロが眺めていた。
「ソアラ姫のところにはハドラー君も行くようだねぇ…」
「キャハハッ!ねぇ!ねぇ!どうする?面白そうだから着いてい行っちゃう?」
「ウフフッ!それは面白そう、と言いたいところだけど、やめておこう…向こうはハドラー君たちに任せるとしようじゃないか…それにしても…」
キルバーンとピロロは、数日前のバーンとの会話と、十一年前にこの国で処刑された竜の騎士バランの姿を思い浮かべていた。大魔王バーンは、バランが生きている可能性を考慮し、キルバーンに偵察も兼ねて王国襲撃への参加を命じた。しかし、国が滅びようとしている今になっても、バランが姿を現すことはなかった。
「…結局、竜の騎士バランは現れなかったねぇ」
「やっぱりバランは死んだんだよ!処刑された後、マザードラゴンが連れて行ったんだ!…死んだやつのことを気にするなんてバーン様も心配性だなあ!」
「バーン様が警戒するのも仕方ないさピロロ…バランの息子、ダイが生きていた…なら、バランも生きている可能性があると考えたんだろう…僕もバランは十一年前に死んだと考えているけどね…」
キルバーンとピロロは、燃え上がるアルキードの街に視線を向けた。国全体が業火に包まれ、建物からは炎が激しく噴き出し、空には真っ黒な黒煙が立ちのぼっていた。
「もっとも…バランが生きていたとしても、この国を助けなかったかもしれないね」
「キャハハッ!アルキードはバランにとって処刑した国だから、むしろ見捨てるかもね!…ねえ!ねえ!じゃあさ!奥さんであるソアラを使えば、バランは現れるかな?」
「ウフフッ!そうだねピロロ!ソアラを使えば…妻の危機にバランは必ず現れるだろう!…もっとも、生きていたらの話だけどね」
キルバーンとピロロは、楽しげに笑い声を上げた。
アルキード王国の王都から離れた深い森の中に、レンガで造られた立派な離宮が聳え立っている。離宮の入口では、警備の兵士が二人、王都のある方角を見つめていた。空は赤く染まり、真っ黒な煙が空高くまで立ち昇っているのを、不安そうな表情で見上げていた。
「王都では何があったんだ!?」
「交代の兵士も来ない…まさか…国は魔王軍に襲われたんじゃ…!?」
警備を担当していた二人の兵士は、時間になっても現れない交代要員と、街の上空を覆う黒煙を前に、何が起きたのかも分からず、不安に駆られていた。
離宮の最上階にある一室。朝日が差し込むその部屋で、アルキード国王の一人娘ソアラは椅子に腰かけ、赤子の人形を優しく抱きながら、背中をポンポンと叩いていた。
「おはようディーノ、昨日はよく眠れたかしら?」
ソアラは人形を愛おしそうに見つめていたが、ふと何かに気づいたように顔をこわばらせると、人形の頭にそっと手を当て、顔を覗き込んだ。その姿は、泣き出した赤子をあやしている母親そのものだった。
「どうしたのディーノ?突然泣き出して…何か怖い夢でも見たのかしら?」
ソアラは優しく語りかけたが、人形から返事はなかった。彼女はそれでも微笑みを浮かべ、人形の顔を覗き込みながら、頭をやさしく撫で続けた。
「ディーノ、大丈夫よ…私たちにはお父さんがついているから…何かあれば、きっと駆けつけてくれるわ!だから…大丈夫…怖くない…怖くない」
そう囁くと、ソアラはそっと顔を寄せ、人形の額にキスを落とした。
「お父さんが来てくれるまで、お母さんがあなたを守るわ…ずっと側にいる…ディーノ、愛してる」
ソアラは慈しむように人形を見つめた。そして、そっと優しく抱きしめ、自分の頬を人形の頬に当てると、安心させるように静かに目を閉じた。
超竜軍団長をガルダンディーにしたのは、この回でアルキードを襲撃してもらうためです。バランの仇を討つなら竜騎衆の誰かにしてほしく、その中で最適任がガルダンディーだと考えました。
ソアラさんを離宮に移した本当の理由もこの回のためで、アルキード襲撃時に安全な場所にいてもらうためです。
ソアラさんのためにアルキード王国自体は残しましたが、だからといってバランを傷つけた国を無傷で残す理由はありません。
この襲撃で、11年前にバランの処刑を目撃したアルキードの民は全員亡くなっています。(ソアラさんを除く)