アルキード王国の王都から遠く離れた深い森の中に、レンガ造りの立派な離宮が聳え立っている。入口を警備していた二人の兵士は、交代の兵士が時間になっても現れず、遠くに立ち上る大量の黒煙を見て不安を募らせていた。
「アルキードで何かあったんだ…!ここに居ても危険だ!今すぐ避難しないと!」
「だが、二人だけでソアラ様を守りながら移動するのは自殺行為だ!!!せめて…交代の兵士が来てくれれば…」
二人はここから安全なベンガーナへ避難したいと思っていたが、魔物が跋扈する森を、非戦闘員であるソアラ姫を守りながら進むのはあまりに危険なため、動くに動けず、交代の兵士の到着を不安の中で待ち続けていた。
「うわああぁあっ!!!」
そのとき、ポップのルーラでダイたち一行が地面に激突するように現れた。
「っ〜たい!」
「い…いっつ!」
ダイたちは地面に折り重なるように倒れ、顔をしかめながらゆっくりと体を起こした。
「な、なんだぁ!?」
「どこから現れた!?」
突然現れた見知らぬ一行に、兵士たちは目を見開き、警戒を強めた。
「うまくいったわね!」
「ここに…母さんが!」
ダイたちはレンガ造りの離宮を見上げながら中へ入ろうとし、兵士たちに近づいた。兵士たちは突如の来訪者に警戒を強め、すぐに武器を突きつけた。
「と、止まれ!ここに入ることは禁じられている!即刻立ち去れ!」
武器を突きつけられたことで、ダイたちは足を止めた。ポップはムッとしながら声を荒げた。
「おい!そんなこと言ってる場合か!?アルキードが魔王軍に襲撃されたんだぞ!!!ここに居ても危険だ!」
ポップの言葉に、兵士たちは武器を下ろし、動揺した様子でアルキードの安否を尋ねた。
「なあ…アルキードがどうなったか分かるか?交代の兵士が時間になっても来ないんだ…」
兵士の必死な様子に、レオナは一瞬悲しそうに眉をひそめたが、すぐに真剣な声でアルキードの現状を伝えた。
「…アルキードは魔王軍の襲撃を受け、王都は陥落したわ」
「!!!」
兵士たちは唖然と口を開けた。続いてレグルスが水晶で見た城の状況を伝えた。
「城も敵の手に落ちた…王族、貴族も、無事ではないだろう」
「そんな…嘘だ…」
兵士たちはショックに打ちのめされ、体を震わせた。するとそのうちの一人が突然、駆け出し、もう1人の兵士が慌てて止めようとした。
「おい!待て!どこへ行く!?」
「丘だ!そこからなら王都が見える!王都が陥落したなんて…嘘だ!!!」
駆け出した兵士は森の奥へと消え、残された兵士は同僚の後ろ姿を見つめながら、なお警戒の色を浮かべてダイたちを見据えた。
「お前たちは何者だ?…なぜここが分かった?この場所は一部の関係者しか知らないはずだ!」
「俺たちは魔王軍と戦う―」
ダイが勇者一行であることを名乗ろうとしたが、レグルスが肩に手を置き、言葉を止めた。
「ダイ、ここは私に任せてもらえるか?…アルキードの兵士よ、我らはテラン王家の命を受け、ソアラ姫救出任務を請け負ったテラン兵士である」
「なに?…テラン?テランがなぜ?」
「以前から、アルキード王家はテラン王家と連携し、王国が襲撃された際にはソアラ姫を安全な場所へ避難させる計画があった。この場所を知っていたのもそのためだ。王家から我らに依頼があったのは、お前も見たとおり、この者がルーラを使えるからだ」
レグルスがポップを横目で示すと、兵士もポップをじっと見つめ、ルーラでの出現にある程度納得したように頷いた。
「だが…我々にはその情報は来ていない」
「当然だ。この取り決めは正式には決定されていない。まだ提案の段階だったからな」
「…そうか」
「この場所にも魔王軍の手が迫っている!急いで避難準備を行え!ソアラ姫はこちらで対応しよう!」
「!!!分かった!よろしく頼む!!」
兵士は避難準備のためその場を駆け出し、入口には誰もいなくなった。レオナは兵士の姿が見えなくなると、ジト目でレグルスを見下ろした。
「…嘘が上手なこと」
「…正直に話しても信用は得られなかっただろう。夢でソアラ姫のことを知った、占いで場所を知った、などと言っても警戒されるだけだ…時間もないしな」
レグルスは肩をすくめた。それを聞いたダイは驚いたように目を丸くした。
「えっ!?嘘だったの?レグ、嘘は良くないよ!」
「…最優先すべきはソアラ姫の保護だ。それに…」
レグルスはダイをじっと見つめた。
「私は家族や仲間を救うためなら、必要に応じて嘘もつく。誠実に生きたいとは思うが、それだけでは大切な者は守れないからな」
「…レグの言ってること、少しは分かるけど…う〜ん…ちゃんと事情を言えばさっきの人も分かってくれたと、俺は思うよ!」
ダイの嘘偽りのない真剣な表情に、レグルスは眩しいものを見るかのように目を細め、ダイの頭に手を置いた。
「…お前はそのままでいい」
レグルスはそっとダイの頭を撫で、手を離すと、離宮の扉に手をかけ、後ろを振り返った。
「中に入るぞ。ラーハルトはこの場で待機、誰も中に入れさせるな」
「はっ!」
ラーハルトが入口に残り、レグルス、ダイ、ポップ、レオナは建物の中へと足を踏み入れた。
「やっと、母さんに会えるんだ…!」
最上階へ向かう階段を登りながら、ダイは嬉しそうな表情で、はやる気持ちのまま一番前を足早に進んでいた。
「ダイ、嬉しそうだな!」
「うん!俺ね、母親に憧れてたんだ!母さんは俺と会ったら喜んでくれるかな?」
「…喜んでくれると、いいな…」
ダイの背を追いながら、ポップは以前アルキードに立ち寄った際、アバンと共に酒場で耳にした話を思い出し、難しい顔をしていた。
(前に、酒場のおっさんが言ってたよな…ダイのお袋、ソアラさんは『精神が壊れた』って…どんな様子かは分からねぇけど…ダイをこのまま会わせて大丈夫なのか?…でもなぁ、ダイのやつ、母親に会えるってすげぇ嬉しそうだしなぁ…まぁ、いざとなったらレグがなんとかするだろ!)
レオナもダイの後ろを歩きながら、王族として各国の噂を耳にしてきた経験から、ソアラに関する話を思い出し、不安を抱いていた。
(ソアラさんは療養のために離宮に移されたはず…ここにいるってことは、まだ病が完治してないんだわ…ダイ君、大丈夫かしら…でも、心が壊れたのは、息子と夫がいなくなってから…今はダイ君もレグ君もいる。もしかしたら、病も良くなって、上手くいくかもしれないわ!)
ポップとレオナは、ダイとレグルスがいることで事態がいい方向に向かうのではないかと希望を抱いていたが、心のどこかで嫌な予感がしていた。
嫌な、予感がしていた。
最上階にある唯一の扉の前に一行は到着した。ダイは立ち止まり、内側から感じる優しい気配に手を伸ばし、そっと取っ手を握った。
「すぅ…」
「この先に、ダイのお袋がいるのか?」
「うん!小さくて優しい気配を感じる!…ふぅ、開けるよ!」
ダイは緊張しながら深呼吸し、扉をゆっくりと開けた。
そこには少し広い部屋が広がっていて、窓から差し込む陽の光で、室内は明るく、穏やかな空気に包まれていた。隅にはベビーベッドが置かれ、周囲には子供向けのおもちゃや人形がたくさん並べられていた。
部屋の中央には、白いワンピースを着た美しい女性が椅子に座り、小さな子供ほどの大きさの、ボロボロの人形を腕に横抱きしていた。
女性――ソアラは入口に視線を向けず、ただその人形に優しく微笑みかけていた。
(あの人が…俺の母さん)
ダイはドキドキしながら部屋の中央へと進み、ソアラにゆっくりと近づいた。ソアラもダイに気づくと、顔を上げ、優しく微笑みかけながら不思議そうに首を傾げた。レグルスたちもダイの後に続いて部屋へ入り、扉は静かに閉じられた。
ダイはソアラの正面で立ち止まり、緊張で頭が真っ白になりながら話しかけた。
「えっ…えっと…あの!…その……」
「あなたは…どちら様かしら?」
「は、は、初めまして!俺、ダイって言います!」
ダイは緊張からどもりながら挨拶したが、ソアラは気にせず柔らかい笑顔を浮かべた。
「初めまして、ダイさん!私はソアラと申します。ここへは、どのようなご用件でしょうか?」
ソアラの笑顔に、ダイは安心してホッと息を吐いた。レグルスは少し離れた場所から、ダイとソアラのやり取りを静かに見守りながら、夢で見たソアラと赤子の姿を脳裏に思い浮かべた。
(…ソアラ姫とダイ、二人が共にいる…これが、私が望んだ景色…いや、バランの望みか…これほど心が満たされるとはな…)
ソアラがダイに微笑み、ダイも嬉しそうにしている様子を見て、レグルスは胸の奥が温かくなるのを感じ、小さく笑みを浮かべた。
ポップとレオナも、ソアラの優しく友好的な態度を見て、心配は杞憂だったと安堵した。二人はダイに近づき、レオナはにっこりと微笑み、ポップはダイの肩に手を置いて小声で励ました。
「優しそうなお母さんね!」
「ダイ!良かったじゃねぇか!緊張しすぎて、せっかくの再会を台無しにするなよ〜!頑張れ!」
「うん!」
ダイは2人に笑顔を返すと、期待に満ちた目でソアラを見つめた。
「お、俺、貴女に会いに来たんだ!」
「あら、私に?」
ソアラは不思議そうに首を傾げ、ダイは一度深く息を吸い込むと、思い切って言葉を紡いだ。
「はい!……俺…俺!貴女の息子なんです!!!」
ダイは緊張のあまり手を強く握りしめながら、自分が息子だと伝えた。ソアラはその言葉に目を見開いた。
「?…息子…?もしかして、ディーノ?」
「!!!」
ダイは「ディーノ」と呼ばれたことで、はっと目を見開いた。
「い、今、俺のこと、ディーノって…!はい!そうです!!!」
「やっぱりそうなのね!嬉しいわ!ディーノに…会いに来てくれたのね!」
ソアラのとても嬉しそうな笑顔に、ダイは母親に受け入れられたと感じ、嬉しさから目尻に涙が浮かんだ。小さい頃から親に会いたいという望みを胸に秘めていたダイは、憧れの母親との再会を心から喜んだ。
「っ!…俺も…俺も…!会いたかった!…かあ―」
「ふふっ、ディーノも喜んでいるわ!ほら、ディーノ!ダイお兄ちゃんが遊びに来てくれたわよ!」
ソアラはダイから目を逸らし、腕に抱えた人形に視線を向けると、愛おしそうにその頭を優しく撫でた。
「…………えっ?」
ダイは想定外の出来事に状況を理解できず、笑顔のまま固まった。ポップ、レオナ、レグルスも突然の事態に、笑顔から驚愕の表情へと変わった。
「ここには遊びに来てくれるお友達がいないから嬉しいわ!…あっ!ほら!ディーノも笑っているわ!」
「な……んで……?」
ソアラが赤子の人形に優しい笑顔を向けているのを見て、ダイは混乱しながらソアラに近づいた。
「…違う…それは、俺じゃない…」
「ダイさん、良かったらディーノのお友達になってくださる?そうしてくれると、この子も私も嬉しいわ!」
ソアラは、自分が抱える人形を息子ディーノだと信じて疑っていなかった。ダイはその理解し難い状況に、悲痛な表情で首を振った。
「……ちが…う…」
「ダイさん?」
「…違う!違う違う違う!!!俺が貴女の息子だ!俺が!俺が…ディーノなんだよ!?それは人形だ!俺じゃない!!!」
「ダイさん、急にどうなさったの?あまり大声を出されると…ディーノが驚いてしまうわ…」
ソアラは戸惑いながら顔を上げ、警戒するようにダイを見つめた。ダイは体を震わせ、泣きそうに顔を歪めた。
「っ…うっ…!…なんで…」
「…ダイさん?」
体を震わせ、辛そうに目をギュッと瞑ったダイを見て、ソアラの胸にズキリと痛みが走った。ソアラは戸惑いながらも恐る恐る手を伸ばし、ダイの頬にそっと触れた。
「っ…!」
頬に触れた優しい手の温もりに、ダイは目を開けて顔を上げ、覗き込むソアラと視線が合った。
「ダイさん、どうしたの?…どこか、痛いのかしら?」
ソアラは悲しそうに眉を寄せ、辛そうな表情を見せるダイの頬を何度も優しく撫でて慰めた。ダイは心配そうに覗き込む母親を見つめ返しながら、震える手を胸に当て、服を握りしめた。
「…うん…痛いよ…ここが、痛むんだ…」
ダイの辛そうな様子を見かねたポップとレオナは、2人に近づくと、心配そうにダイを見た後、ソアラに向き直り、必死の表情で訴えた。
「ソアラさん!こいつは間違いなくあんたの息子だ!…11年前、あんたの息子のディーノが乗った船は難破したけど…そいつは生きてデルムリン島までたどり着いたんだ!そこでダイって名前を付けられて、今まで生きてきた!それが、こいつだ!頼むからこいつを見てくれ!!!」
「ソアラさん…辛いのは分かるわ…夫と息子を亡くした貴女には、心を守るためにそうするしかなかったのよね…でもね、聞いて!息子さんは生きていたの!それがこのダイ君よ!それに…旦那さんもここにいるわ!!!」
ポップとレオナは勢いよく振り返ってレグルスに視線を向けた。レグルスは戸惑いながらも2人に頷き、夢で見たバランの言動や行動を思い返しつつ、自身に暗示をかけるように心の中で言い聞かせた。
(恐らく、レグルスとして接しても、私がバランの生まれ変わりだとは認識しないだろう…バランとして接すれば、あるいは…ダイのためにも、成功させる!…大丈夫だ、私ならできる!……私はバラン…私はバラン…)
レグルスは大きく息を吸い、少し緊張しながらダイの隣へ移動し、ソアラと向き合った。
「ソアラひ…ソアラよ…私が分かるか?私だ、バランだ」
「…あなた?」
ソアラはバランと名乗った小さな子供をじっと見つめ、不思議そうに首を傾げた。レグルスは顔をこわばらせたままソアラを見返した。
「そうだ。私は…11年前に亡くなったが…その後、生まれ変わったのだ!ソアラ!私は今、こうして生きている!子供の姿をしているのはそのためだ!…そして…」
レグルスはダイの肩に手を置いた。
「ディーノは生きていた!ソアラ!この子…ダイが私たちの息子、ディーノだ!!!」
ソアラはバランと名乗るレグルスをしばらく探るように見つめた後、小さく首を横に振った。
「…いいえ、違うわ」
「?何がだ?」
「あなたは…私の夫ではないわ」
「っ…!?」
「あの人は、そんな目で私を見ない…今のあなたは、どこか迷子の子供のような顔をしているわ…あなたは私の夫ではない」
「……そなたまで…私が、バランではないと言うのか…」
ソアラに否定されたことで、レグルスは混乱し、ダイの肩に置いていた手も滑り落ちた。レグルスは戸惑いながら隣にいる仲間へ視線を向けると、ダイがソアラを見つめ、辛そうに、今にも泣きそうな顔をしているのが目に入った。レグルスはその姿を見て、ズキリと胸を痛めた。
(ダイ、お前は悪くない…お前が悲しむ必要もない…だから、そんな顔をするな…)
レグルスはダイのために気持ちを切り替えると、キッと真剣な表情を浮かべ、再びソアラと向き合った。
「ソアラ姫、バランの名を騙ったことは謝ろう…済まない。だが、ディーノは…ダイだけはちゃんと見てやってくれ!この子は本当にあなたの息子だ!ダイはあなたにずっと会いたがっていた!この子は小さい頃、両親が迎えに来るのをずっと待っていたのだぞ!!!」
レグルスの脳裏に、ダイと出会って間もない頃、船の中で聞いた話が蘇っていた。
『俺、小さい時は毎日海を見て過ごしていたんだ…父さんと母さんが俺を迎えに来るんじゃないかって…船に乗って迎えに来るのをずっと待ってたんだ…でも父さんと母さんは現れなかった…』
『俺、島の外に出たら父さんと母さんに会えるかもってちょっと楽しみにしてたのに…父さんはいないし、母さんも生きている内に会えないなんて…』
『レグ、俺に最初の名前を付けた名付け親、捜すの手伝ってくれる?』
「ソアラ姫、頼む!息子を愛しいと思うなら…ディーノを大切だと思うなら!ディーノを、ダイを抱きしめて、一言『会いたかった』と言ってやってくれ!!!」
レグルスの剣幕に、ソアラは驚き戸惑ったが、少しして落ち着くと胸に抱えていた赤子の人形を抱え直し、ギュッと優しく抱きしめ、囁くように呟いた。
「ディーノ、会いたかった。愛してる…これでいいかしら?」
ソアラは人形に囁いた後、顔を上げて笑顔を浮かべ、ダイとレグルスに報告するように言った。その一連の流れを見ていたダイの表情からは、感情がすっと消え落ち、レグルスは歯を食いしばり、やり場のない怒りを押し殺した。
しばらく沈黙が流れる中、ポップが気遣うようにダイとレグルスの肩に手を置いた。
「レグ、ソアラさんをここから避難させようぜ。敵もいつ来るか分からねぇからよ…ダイもいいな?」
「…うん」
「……ああ、そうだな」
ダイはポップの言葉に頷き、レグルスは深く息を吸って気持ちを立て直すと、再びソアラに向き直った。
「ソアラ…ここへは敵が迫っており危険だ!私たちと共にここから避難するぞ!」
ダイも躊躇いながらソアラの手に触れ、必死に避難を促した。
「俺たちが守るから、一緒に行こう!」
敵が王族であるソアラを狙う可能性は高く、レグルスとダイは説得を試みたが、ソアラは少し考えた後、静かに首を横に振った。
「…いいえ、私はここにいるわ」
「!?なんで!ここは危険だよ!俺たちと一緒に行こうよ!」
「私は…ここで夫の帰りを待つわ…」
ソアラは目を閉じると、人形の頬に自分の頬を優しく当て、愛おしそうに微笑んだ。
「私の愛する息子ディーノと一緒に…」
「…違う…それは俺じゃない…」
ダイは表情を曇らせ、ソアラが人形しか見ていないことに深く悲しんだ。
「夫は必ず私たちを迎えに来てくれる…だから私はここを動くわけにはいかないの…私たちはここにいるわ…」
「っ……いい加減にしろ…!」
レグルスは、ソアラが命を蔑ろにするような言動を取り、ダイが息子だと認めず、自分がバランの生まれ変わりだと気づかないことに怒りを抑えきれなかった。頭に血が上るまま、小さな手でソアラの肩を掴み、鋭い眼差しをぶつけた。
「ソアラ!現実を見ろ!バランは死んだ!11年前に!!!ここで待ち続けても、迎えなど来はしない!!!ここに残れば、死ぬだけだっ!!!お前が嫌がろうとも…無理矢理にでも連れて行くぞ!!!その人形は私が預かる!!!」
「あっ!!!」
レグルスは怒りに任せて、ソアラの腕から赤子の人形を取り上げた。
「いやああああああぁあ!!!」
その瞬間、ソアラは頭を振り乱し、取り乱して絶叫した。レグルスは人形を抱えたまま、あまりの変貌ぶりに目を見開き、唖然とした。
「いやあああっ!!!やめてえっ!!!ディーノを返して!!!夫に酷いことしないで!!!私から…もう、何も奪わないで!!!」
「…ソ…アラ…」
ソアラは立ち尽くすレグルスから人形を奪い返すと、それを胸に抱きしめ、まるで守るかのように体を丸めながら、怯えて涙を流し、レグルスを見つめた。
「なんで…なんで、こんな酷いことをするの!?」
「ソアラ…すまない…そんなつもりは……私はただ…」
レグルスは動揺しながらもソアラに触れようと手を伸ばした。しかし、その手が届くより早く、ソアラが叫び声を上げた。
「いやああぁあっ!!!触らないで!!!」
「っ…!!!」
「近づかないで!!!触らないで!!!ここから…出て行って!!!」
ソアラは泣き叫びながらレグルスを拒絶した。レグルスは呆然としながら目を見開いていたが、次第に眉をひそめ、悲痛な面持ちで顔を歪ませた。
「………すまない…」
「…かあ、さん…」
否定されたレグルスは愕然とし、深く落ち込んだ。ダイもまたショックを受け、今にも泣き出しそうな顔でソアラを見つめていた。動けない2人に代わって、レオナとポップが目を合わせて頷き合い、ソアラに歩み寄った。
「ポップ君!ソアラさんを連れ出すわよ!ソアラさん、一緒に行きましょ!」
「お、おう!…ソアラさん…!俺たちは敵じゃ…」
「やめて!!!お願いだから、出ていって!!!」
ソアラは錯乱し、泣き叫んだ。ポップとレオナはなんとか彼女を外に連れ出そうとしたが、触れようとすると暴れてしまい、どうしても外へ連れ出すことはできなかった。
「…なあ、どうすればいい?」
「…少し時間を置きましょ」
ソアラに拒絶され、疲れた様子のポップがレオナに問いかけると、レオナも錯乱状態のソアラを無理に連れ出すのは困難だと判断し、気落ちしながらも、彼女が落ち着くのを待つことを提案した。ポップもその判断に頷いた。
レオナは、うつむいて表情に影を落としているレグルスに近づくと、そっと背中を押し、部屋の外に出るよう促した。
「一旦、部屋を出ましょう…少ししたらソアラさんもきっと落ち着くわ」
「……」
レグルスは無言のまま頷き、レオナに促されて扉へと歩き出した。ポップもダイの背中にそっと手を添え、部屋の外へ向かうよう優しく押した。
「ダイ、一旦仕切り直しだ。ソアラさんには少し時間が必要だ」
「…うん」
ダイは扉へ向かって歩きながら、ふと振り返ってソアラを見つめた。ソアラは泣きながら、人形を大切に、愛おしそうに胸に抱きしめていた。その姿を見て、ダイの胸には言いようのない悲しみが広がり、心はズキズキと痛んだ。
「ディーノ、ごめんね!…ごめんね!…怖かったね…辛かったね…苦しかったね…寂しかったね…大丈夫、何があっても、お母さんがあなたを守るから…!」
(…母さん…)
ソアラは涙で濡れた頬のまま人形を抱きしめ、その小さな頭に優しくキスをした。
「ディーノ、愛してる」
(俺を見て)
ダイの頬を、静かに涙が伝った。
とうとう竜の親子が揃いましたが…残念ながらソアラさんの心は壊れているため、感動の再会にはなりませんでした。
ソアラさんが認識できるのはバランと赤子のディーノだけ。そのため、ソアラさんから見るとダイ君とレグルスは、突然訪ねてきた他人の子供にしか見えないのです。レグルスがもう少し大きければ、バランと認識できたかもしれません。