ダイの大冒険 ―次世代の竜の騎士ー   作:キャットテールの鈴

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レグルスの脳裏に、突如として膨大な記憶が流れ込んだ――それは、先代の竜の騎士バランの記憶だった。


55_竜の騎士編_バランの願い

バランは夢を見た。

 

テラン王国の森深く、人知れず佇む小さな小屋で、バランは愛する妻ソアラと共に暮らしていた。ソアラはかつてアルキードの姫だったが、バランと駆け落ちし、王家は姫を連れ戻そうとバランを指名手配していたため、二人は人目を避け、ひっそりと隠れて暮らしていた。小屋は質素で、街からも離れていたため不自由な生活ではあったが、それでもバランは最愛の妻がそばにいることで、何よりの幸せを感じていた。

 

ソアラはアルキードを出た時にはすでに妊娠しており、テランに来てからも日ごとにお腹は大きくなっていった。二人は、産まれてくる我が子に会える日を心待ちにしていた。

 

「うえええぇえ〜ん!」

 

そしてこの日、小屋に──そして森に──産声が響き渡った。

 

「ソアラ!よく頑張った!男の子だ!!」

「はぁ…はぁ…ええ…!」

 

ソアラは出産の疲労でベッドにぐったりと横たわり、バランは慣れない手つきで赤子を抱えながら、本の手順に従って出産後の処置に取りかかった。臍の緒を切り、用意していたお湯で血を丁寧に拭い、きれいな布で優しく赤子を包んだ。

赤子を傷つけぬよう細心の注意を払ったせいか、戦ってもいないのにバランは気疲れでぐったりとしてしまった。それでも赤子をしっかりと抱きかかえたままソアラのもとへ歩み寄り、泣き声を上げる赤子をそっと彼女の顔の横に寝かせた。

 

「うえええぇえん!」

「元気な赤子だ」

「あなた…ありがとう…」

 

バランはソアラに回復魔法をかけ、ソアラは夫の対応に微笑を返しながら、産まれたばかりの赤子を優しく抱きしめた。心がじんわりと温かくなり、ソアラはそっと頬を赤子の頬に寄せた。

 

「産まれてきてくれて、ありがとう…私の、赤ちゃん」

 

赤子はさきほどまでの大きな泣き声をやめ、穏やかな表情で眠りに落ちていた。バランは魔法を続けながらソアラの頭を優しく撫で、次に赤子の頭にも手を添えた。

 

「我らのもとに生まれてきてくれて、ありがとう…竜の神よ、この奇跡に、この出会いに感謝します」

 

本来、子を持つことができないはずの竜の騎士。そのバランのもとに授かった命──この日は、彼にとってかけがえのない宝がひとつ増えた記念すべき日だった。

 

 

 

「あなた。この子の名前、考えてくれた?」

 

ソアラが赤子を抱きながらバランに尋ねると、バランは嬉しそうに目を輝かせた。

 

「もちろんだ!いくつか候補があるが、一番に思いついたのはこれだ!ゴンザレス!ゴンザレスはどうだ!」

「…えっ?…えっと…強そうな名前ね…?」

 

ソアラは困ったように眉をひそめ、なんとも言えない表情を浮かべた。

 

「…変か?他にもあるぞ!」

「あら?聞かせてほしいわ!」

「ゴンザレス、エッジ、アレン、ジャック、カルロス、チャッピー、ヘロロン…どうだ!?」

 

名前の候補を並べ立てるバランはどこか得意げで、ソアラはその様子に思わず笑みをこぼした。

 

「フフッ!素敵な名前ね!そうね…この中ではアレンがいいかしら?」

「よし!それを候補にしよう!次はソアラの案を聞かせてくれ!」

「私はね、あなたの種族にちなんだ名前を考えたの」

「私の種族…竜の騎士か?」

「ええ!」

 

ソアラは赤子を抱え直すと、やさしく語りかけた。

 

「ディーノ」

「ディーノ?」

「そう。“ディーノ”。アルキードの言葉で“強き竜”という意味なの。この子があなたのように強く育ってくれるようにって…そんな願いを込めた名前よ。どうかしら?」

「ディーノ…“強き竜”!良い名だ!!!」

 

バランは赤子の頭を撫で、キラキラと目を輝かせながら顔をのぞき込んだ。

 

「この子の名前はディーノにしよう!」

「あなた、いいの?」

「ああ!ソアラが私にちなんで名づけてくれたのだろう?…ディーノ…気に入った!!」

 

バランはソアラから赤子を受け取り、そっと持ち上げると笑顔で見上げた。

 

「今日からお前の名はディーノだ!ディーノ!強い子に育つのだぞ!!!」

「…うう〜っ…うえええぇえん!!!」

 

持ち上げられていたディーノは突然大泣きし、バランは目を見開いて慌てながら赤子を揺すってあやし始めた。

 

「ディ、ディ、ディーノ!どうした?ほら!お父さんだぞ!」

「うえええぇえん!!!」

「…ディーノ!何も怖くないぞ〜!ほら!泣くな!………ソアラ…」

 

泣き止まない我が子に困り果て、バランはソアラに助けを求めた。

 

「ふふっ!あなた、ディーノを貸して。ほら、ディーノ、よしよし」

 

ソアラはディーノを横抱きにすると、背中を軽くポンポンと叩きながら優しく声をかけた。すると、ディーノはたちまち泣き止み、笑い声を上げた。

 

「きゃっ!きゃっ!きゃっ!」

「おお!ソアラが抱っこしたら泣き止んだぞ!」

「あなた、もう一度抱っこしてみる?」

「ああ!次は大丈夫だ!ディーノ、おいで!」

「ううっ…!うえええぇえん!!!」

 

だが、再びバランがディーノを抱くと、またしても泣き出してしまった。バランは赤子を抱いたまま、ガックリと肩を落とした。

 

「…ディーノ!なぜだ!!!お父さんよりお母さんの方がいいのか!!?」

「あらあら」

「うええーん!」

 

これから始まる子育ては、バランにとって初めて尽くしの連続だった。大変なことばかりだったが、それ以上に──家族と過ごす時間は、何よりも大切な宝物だった。

 

 

 

雨が降っていた。

屋根や地面を打ちつける雨音を聞きながら、バランは壁際に立ち、木でできた小窓を少しだけ開けて外の森を睨むように見つめていた。

 

「…」

 

バランが見つめる先の森には、人影こそ見えなかったが、人間の気配が二つあった。どちらもテランの人間ではなく、動きからして兵士と思われた。しばらくすると、その二人は家から離れていき、バランは気配が遠ざかっていくのを感じながら小窓を閉じ、壁際から離れた。

 

「あなた、雨は止みそうにないかしら?」

 

ソアラはバランが窓から離れたのを見て声をかけ、バランは妻を安心させるように言葉を返した。

 

「ああ、この様子では今日一日中、雨だろう」

「そうなのね。明日は晴れるといいけど…ね、ディーノ」

「あう〜?」

 

ソアラは腕の中のディーノに穏やかな笑顔で話しかけ、ディーノは声を発しながら母を見つめ返した。

 

「…ソアラ」

「何かしら?あなた」

 

バランが呼びかけると、ソアラはバランに顔を向けて優しく笑いかけた。ディーノも、声をかけられたことで母に似た瞳でバランを見返していた。妻と息子の姿に愛しさが込み上げ、バランは手を伸ばしてソアラの頬に優しく触れた。

 

「ソアラは…後悔していないか?」

「え?」

 

不意の問いかけに、ソアラは不思議そうにバランを見返した。バランは何度もソアラの頬を撫でながら、心に抱える不安を吐き出すように語った。妻と息子と過ごす日々は幸せだったが、バランの心の奥には、自分のせいで不自由な生活をさせているという後ろめたさがあった。

 

「私についてきたことを…もし、私と行動を共にせず、アルキードに残っていたら、今のような生活を送ることもなかった…後悔していなければよいのだが…」

 

バランは眉をひそめ、これまで言えずにいた心の内を打ち明けた。ソアラはその思いに気づくと小さく目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて、そっとバランの胸にもたれかかった。

 

「確かに、王都にいた頃と違って、ここは不便なこともたくさんあるわ。誰にも会えないし、父上に見つからないよう隠れていなきゃいけないし…」

「…」

「それでも、あなたがいて、ディーノがいる!もし私があなたの手を取らなかったら、愛する人と一緒にいられず、ディーノにも会えなかった…それこそ、きっと後悔していたわ」

「…ソアラ」

 

ソアラは顔を上げると、真剣な眼差しで微笑みながらバランを見つめた。

 

「後悔なんてしていない。私はあなたとディーノに出会えて、とても幸せよ!」

「!」

 

その言葉に、バランの心は強く揺さぶられた。胸にあった不安が、少しだけ軽くなるのを感じた。バランは二人をいとおしげに見つめながら、ソアラの背にそっと手を回し、ソアラと彼女の腕に抱かれたディーノをやさしく抱きしめた。

 

「私も…お前たち二人に出会えたことが、何よりも幸せだ」

 

幸せな日々の中で、バランにはもう一つ懸念があった。

竜の騎士は世界の平和を維持するのが使命。かつて冥府で対峙した冥竜王ヴェルザーのような強敵が現れたとき、バランは戦いに赴かなければならない。その間、愛する家族を守る者は誰もいなかった。

彼が不在の時、ソアラとディーノを守る術がなかった。

 

「大切にする」

「ええ!」

「あう!あ〜!」

 

ソアラは嬉しそうに微笑み、ディーノは笑顔を浮かべながらバランの指に手を伸ばし、小さな掌で人差し指をぎゅっと握りしめた。

 

「お前たち二人を…私は命に代えても必ず守る…」

 

そう願い、そう誓った。愛する家族を、絶対に失いたくなかった。

だが、その強い思いとは裏腹に、バランの不安が完全に消えることはなかった。

 

バランは理解していた。この幸せな生活が、そう長くは続かないということを。

外は雨雲に覆われて薄暗く、冷たい雨はまるで、これから訪れる運命を暗示しているかのようだった。

 

 

 

「父上!お願いやめて!これ以上ひどいことはしないで!あなた!ここから逃げ出して!ディーノを探して!お願いよぉ…!」

 

アルキード王国にてバランの処刑を妨害したソアラは衛兵たちに引きずられるように連れ出された。バランは妻の背中を申し訳なく思いながらも、最後の瞬間までその姿を目に焼きつけていた。

 

(すまない…ソアラ…だが、これでソアラとディーノの安全は保証される…何不自由ない生活を送ることができる…私1人の命でお前たちを守れるなら…)

 

バランの処刑が実行された。

 

バランの身体は激しい炎に包まれ、全身を焼かれる激痛に耐えながら、脳裏にはソアラとディーノと過ごした穏やかで幸せな日々が浮かんでいた。

 

(二人に出会えて、私は幸せだった…もし…叶うなら……)

 

バランは、愛する家族の姿を思い描いた。

 

(…もう一度…家族に………)

 

意識が消えゆく最期の時、バランは悲痛な女性の泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 

 

 

(…)

 

(…もし、私がソアラと同じ立場だったならば…人々は私たち家族を祝福しただろうか…)

 

(…もし、私に頼れる国…友人…部下がいたならば…ソアラとディーノを守れただろうか…)

 

(…二人と、ずっと一緒にいたかった…)

 

(…どちらにせよ…今さら叶わぬことか…)

 

 

 

バランが意識を取り戻し、周囲に視線を向けると、そこにはまるで空の上のような神秘的な世界が広がっていた。現世ではあり得ない不思議な光景だったが、バランは動じることなくゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。

 

「ここは…」

「気が付きましたか」

 

背後から聞こえた女性の声に、バランは静かに振り向いた。そこには、光り輝く白いドラゴン──竜の騎士の生みの親である聖母竜マザードラゴンが佇み、優しい眼差しでバランをじっと見つめていた。

 

「…母なる竜…聖母竜マザードラゴン…死んだ私を迎えに来たのか…」

「ええ。あなたは死にました。今は精神体となり、私と融合しています。もうじき、その魂は神の世界へと導かれるでしょう」

「…そして、私の代わりに…新たな竜の騎士が生まれる、か…」

 

竜の騎士が命を終えると聖母竜が現れ、その肉体は回収される。そして彼女の身に宿された新たな命へ竜の紋章が引き継がれ、次代の騎士が誕生する。バランは、当然のように自分の死によって新たな竜の騎士が生まれると思っていた。

 

「…いいえ」

 

しかし、その予想に反して、マザードラゴンは静かに目を閉じ、首を横に振った。彼女は新たな竜の騎士が生まれることを否定した。

 

「…新たな騎士は生まれません。あなたが最後の騎士です」

「…なに?」

 

最後の竜の騎士だと言われ、バランは眉をひそめて険しい表情になり、マザードラゴンを見つめた。

 

「どういうことだ…何故、新たな竜の騎士は生まれない!?」

「…竜の騎士は世界のバランスを崩す者を倒すため、争いをなくすために生み出された種族です。ですが、長い長い歴史の間に悪き者の力は強大になっていきました…もはや、竜の騎士の力を持ってしても悪を制御できないほどに…あなたも身に覚えがあるのではないですか?」

「…冥竜王ヴェルザー」

 

バランは、かつて冥府の地で対峙した冥竜王ヴェルザーとの戦いを思い出した。激闘の末、辛くも勝利を収めたものの、不死の魂を持つヴェルザーを完全に倒すことは叶わず、精霊の力を借りて封印するのが精一杯だった。竜の騎士といえど、自分一人では勝てなかった相手だった。

 

「…むしろ、竜の騎士という存在がいたからこそ、それに対抗して悪の力がここまで高まったのかもしれない…だから私は竜の騎士の歴史を閉じる事にしたのです」

「…」

「…何より…私の命は、ある邪悪な力によって徐々に弱まりつつある…以前のように竜の騎士を生む力はあまり残されていないのです」

「なんだと…!?その邪悪な力はどこから!?」

「残念ながら、場所の特定はできませんでした。ただ、魔界からの力であることは確かです…」

「魔界…ヴェルザーの残党か…それとも、別の勢力…」

 

バランは魔界に存在するいくつかの巨大勢力を思い浮かべた。しかしそれ以上に、ある重大な可能性を思いついた瞬間、驚愕とともに冷や汗が背筋を流れた。

 

「!!!…竜の騎士が生まれないと魔の者たちが知れば…この機に乗じて地上を侵略しようとするのではないか!」

「…恐らく、その可能性は高いかと」

(ソアラ…ディーノ…!)

 

竜の騎士が不在となる地上で、もし魔の者が侵攻してきたら、人間たちはひとたまりもなかった。バランは、地上に残したソアラとディーノの無事を案じ、激しく動揺した。

 

「このままでは地上が…!マザーよ!私を生き返らせることはできないのか!?」

「できません。あなたの肉体はすでに滅びました。生き返ることは不可能です」

「くっ…何か手立てはないのか!?このままでは…!」

「…もう、よいではありませんか」

「なに…?」

「あなたは十分に戦いました。もう、辛い戦いは忘れて、私と共に天へ帰り…そこで最期の時を過ごしましょう」

「…」

「あなたの役目は、もう終わったのです」

 

バランは脳裏にソアラと、これから成長していくであろう赤子のディーノを思い浮かべた。そして、マザードラゴンを真剣な眼差しで見つめた。

 

「私の役目は、まだ終わっていない」

「…なぜ、そこまで地上にこだわるのです?」

「…私は人間の女性と関係を持ち、子供を授かった。竜の騎士と人間の混血児だ。地上には妻子が残されている。私は彼らを守らなければならない」

「!!?まさか…そんな…竜の騎士に、子供が…」

 

マザードラゴンは衝撃に目を見開いた。

 

「本来、一代限りの竜の騎士である私が、なぜ子を成せたのか…長らく疑問だったが…今、確信した!子供は竜の騎士の力の限界を感じた神が与えてくれた“希望”なのではないか?だがその希望は、まだ小さな子供。私は…二人を、なんとしても守らなければならない!母なる竜よ…どうか、私に再び生きる機会を!」

「…」

「…頼む…マザー…!」

 

マザードラゴンはバランの必死な訴えに心を動かされた。だが、彼の願いに対して、彼女は静かに首を振った。

 

「あなたの気持ちはよく分かりました…ですが、肉体が滅びているという事実は変わりません。生き返ることはできないでしょう」

「…どうにも…ならないのか…?」

 

再び家族に会うことも、守ることもできない現実に、バランは肩を落とし、深い絶望に沈んだ。その様子を見たマザードラゴンはしばし思案した後、これまで実施されたことはなかったが、ひとつの可能性を静かに口にした。

 

「生き返ることはできませんが…“生まれ変わる”ことなら、可能かもしれません」

「だが…生まれる騎士は別の個体となるのでは…」

「本来はそうです。新たに生まれる騎士は、あなたとは異なる存在となり、記憶も戦いに関わるもの以外は引き継ぐことができません…」

 

マザードラゴンは静かに言葉を続けた。

 

「…ですが、あなたの肉体を素体とし、新たな騎士を創り出すことは可能です」

 

マザードラゴンの想定外の言葉に、バランは目を見開いた。

 

「!!!私の肉体から新しい騎士を創る…だと!?…そのようなことが…」

「生まれる騎士は貴方と同じ肉体を有することになり、その肉体に魂を入れることで、貴方は同じ肉体、同じ魂で生まれ変わることが出来ます…ただし、この方法には一つ問題があります」

「…問題…?」

「肉体は同じですが…記憶を引き継ぐことは出来ません。新たに創られた小さな命に記憶を入れれば、膨大な記憶に肉体が耐えきれず…恐らく、無理に記憶を入れれば死産となるでしょう」

「記憶を引き継げない…だと!?」

 

生まれ変われば再び愛する家族に会えると、内心喜んだのも束の間、記憶を失うという現実にその喜びは霧散し、バランは俯いた。

 

「それでは、生まれ変わり、ソアラとディーノを見つけても…私は気づくことも、愛することも出来ない…」

「これにも、解決策があります」

「!」

 

マザードラゴンの言葉に、バランは顔を上げた。

 

「肉体に記憶を引き継ぐことは出来ません…そのため、貴方の記憶を肉体ではなく、紋章に封印するのです」

「紋章に記憶を…では、記憶を取り戻すのは…」

「そうです。紋章の発現…つまり、竜の騎士に覚醒する…その時こそ貴方は記憶を取り戻すことが出来ます」

「…竜の騎士の覚醒は成人するころ…生まれてから十五年は記憶がないということか…ソアラとディーノを探すのがかなり遅くなる…」

「他に方法はありません。今の方法で生まれ変わるか…あとは諦めるか…」

「……諦めるものか!…何年かかろうとも、私は必ず家族の元へ行く!…マザー、頼む!私に生まれ変わる機会を…!」

 

バランは、生まれ変わってでもソアラとディーノを必ず見つけるという強い意志を抱き、聖母竜マザードラゴンを真っすぐに見つめた。マザードラゴンも、彼の決意に静かに頷いた。

 

「分かりました。では、貴方の記憶を紋章に封印し―」

「…マザー。もう一つ、頼んでも良いか」

「なんでしょう」

「生まれ変わった私を…テラン王国のフォルケン王という人間に託してもらいたい」

 

バランはテラン王国に隠れ住んでいた際、ソアラからフォルケン王の話を聞いたことを思い出していた。王は高齢ながらも世界中の伝説に通じ、並外れた知識を持っているという。彼に託せば、生まれ変わった自分がソアラやディーノと再び関わるための力となってくれるかもしれないと思った。

 

(ソアラはアルキード王国の姫…フォルケン王の力を借りられれば、あるいは…)

「テラン王国のフォルケンという人間ですね。分かりました。その者に託すとしましょう…では、記憶を封印します」

「…頼む」

 

マザードラゴンの身体が光り輝くと、周囲は眩い光に包まれた。バランはその光を浴びながら、ゆっくりと目を閉じた。そのとき、脳裏に優しい母の声が響いた。

 

「新たな竜の騎士を生んだ後…私の生命力はすぐに尽きるでしょう。次に貴方が命を落としても、もう迎えには行けません…これが…最期の会話となります……本来……貴方が最後の騎士となるはずでした。今でも、その考えは変わりません」

「…」

「…ですから…貴方は竜の騎士としてではなく、一人の人間として自由に生きなさい…それが…母の最期の願いになります」

「…マザー…感謝する」

「今まで、よく頑張りました…あなたに神の祝福が在らんことを―」

 

母なる竜の最後の言葉を聞きながら、バランの意識は静かに落ちていった。

 

 

 

(…ソアラ…ディーノ…)

 

(…私はお前たちを探し続ける…)

 

(何年かかろうと…何十年かかろうとも…世界中の何処にいようとも…必ず、お前たちを見つけ出してみせる…)

 

(例え…記憶を失い…名前が変わろうとも…お前たちの元へ…私は帰ってみせる…)

 

(そして…皆が揃った暁には…)

 

(…もう一度…家族に……)

 

(…)

 

(……)

 

(………)

 

(…ああ……、すべて…思い出した)

 

バランは目を覚ました。

 

 

 

膨大な記憶を一気に思い出したレグルスは、長い時間が経過したように感じたが、現実世界ではほんの一瞬の出来事だった。彼は変わらずアルキード城の玉座の間の壁際にいた。

 

(全て、思い出した…マザー…感謝する…)

 

すでにこの世にいないであろうマザードラゴンの姿を脳裏に浮かべながら、レグルスは心の中で母に感謝した。玉座の間を見渡すと、ダイは気絶して超魔生物の手に囚われ、ポップも苦痛に顔を歪めながら別の超魔生物に捕らえられていた。ラーハルトは床に倒れ、三体目の超魔生物に踏みつけられていた。壁際ではレオナが気絶し、ソアラはキルバーンの足元で倒れ、その首元には死神の鎌が当てられていた。

 

(ソアラ…今、助ける)

 

レグルスはソアラの首元の鎌を睨みつけ、手の中に抱いていた気絶したゴメちゃんをそっと床に置くと、剣を手に取り、中腰で立ち上がった。そして敵に気づかれないよう、自身に魔法をかけた。

 

「バイキルト」

 

レグルスの攻撃力は二倍に高まった。ザボエラは勇者一行が全員動けなくなったことで勝利を確信し、得意げに超魔生物を自慢した。

 

「ギョへへへッ!!!どうじゃワシの最高傑作、超魔生物は!勇者なんぞ敵ではないわい!!!さあ、超魔生物よ!勇者にとどめを―」

 

レグルスは剣を下に向けて構えを取り、人質となっているソアラに意識を集中した。そして額に竜の紋章を発現させると、剣を振り上げながら魔法を唱えた。

 

「リリルーラ!」

「!!?」

 

リリルーラでソアラの近く、キルバーンの懐に現れたレグルスは、出現と同時に死神の鎌を持つキルバーンの手首を剣で切り落とした。キルバーンは突然の一撃に驚き、切り落とされた手首と、その切り口、そして突如現れたレグルスを凝視した。

 

(一体、何が起きた?…!!!)

 

キルバーンはレグルスの額に青く輝く竜の紋章が浮かぶのを見て、目を見開いた。

 

(まさか!…あれは、竜の紋章!!!)

 

レグルスはすぐさま足に闘気を集中し、キルバーンの胸部を力強く蹴り飛ばした。キルバーンは吹き飛ばされ、一番奥の壁に激突した。

 

「ぎょえええぇぇえ!!?」

 

ザボエラはキルバーンが吹き飛ばされたことに驚き、両手を上げてレグルスとソアラから距離を取った。ハドラーとザボエラは、ソアラの側に突然現れたレグルスの額に竜の紋章が輝いているのを見て驚愕した。

 

「もう1人の…竜の騎士!!!」

「ば…馬鹿な!?あれは…竜の紋章!!!何故じゃ!竜の騎士は死んだのではなかったのか!?まさか…勇者の他に子供がおったのか!!?」

 

ポップとラーハルトも苦痛に顔を歪めながらもレグルスの紋章を見て笑みを浮かべた。

 

「や…やったぞ…レグの奴、紋章を出しやがった…ったく、紋章を出せるなら、もっと早く出せよな!」

「ク、ククッ…レグルス様が…竜の騎士に覚醒したとなれば…やつらに勝ち目はない!」

 

ハドラーは動揺したが、すぐに気を取り直し、呆けているザボエラに視線を向けた。

 

「ぐっ…おのれ!ザボエラ!!!」

 

ハドラーの叫びにザボエラが反応すると、ハドラーは両手に炎を灯し、それを大きなアーチ状に形作った。

 

「貴様も攻撃しろっ!!!ベギラゴン!!!」

「はっ!ベギラマ!!!」

 

二人が魔法を唱えると、巨大な炎がレグルスとソアラに迫った。レグルスはその炎の壁を横目にソアラに指先を向けて魔法を唱えた。

 

「アストロン!!!」

 

二つの魔法が直撃し、巨大な炎の柱が立ち上った。ハドラーとザボエラが目を凝らす中、炎が収まると、竜闘気で無傷のレグルスと、アストロンによって鋼鉄の体となったソアラの姿が現れた。

 

「お…俺様のベギラゴンが…!!!」

「馬鹿な!あれほどの魔法を受けて無傷じゃとおっ!!?」

 

二人は強力な魔法を防がれ、目を見開き冷や汗をかいた。レグルスはソアラの鋼鉄の体に触れると魔法を唱えた。

 

「ルーラ!」

 

レグルスはソアラを抱え飛び立ち、入り口近くの壁際に移動するとソアラを床に下ろした。飛び立つ際にソアラの周囲に仕掛けられていたファントムレイザーの刃に触れたが、レグルスは竜闘気に守られ、ソアラは鋼鉄の体のおかげで無傷だった。レグルスは眠るソアラの表情を見つめ、鋼鉄の頬にそっと手を当てた。

 

「ソアラ…ディーノを、友を救ってくる」

 

レグルスはソアラから離れ、部屋の中央へと敵に向かって歩き出した。

 

「…!」

 

手元から煙が上がっているのに気づき、視線を向けると、装備していた剣の刃先が煙を上げながらボロボロに朽ち果て、使えない状態になっていた。

 

(剣が朽ちている…?)

 

驚きながらもレグルスは使えなくなった剣を床に捨てた。丸腰となったレグルスを見て、ザボエラは勝利を確信し、気を大きくした。

 

「ヒ、ヒヒッ!…いくら竜の騎士とはいえ、所詮は子供じゃ!丸腰のお主なんぞ…ワシの超魔生物の敵ではないわい!」

 

レグルスは立ち止まり、ザボエラと超魔生物を鋭く睨みつけ、長年の相棒に心の中で強く呼びかけた。

 

(来い!真魔剛竜剣!!!)

 

 

 

テラン城の王の寝室では、ナバラ、メルル、カナル、フォルケン王が水晶に映る竜の紋章を額に浮かべたレグルスを驚きの表情で見ていた。

 

「レ、レグルス様が竜の騎士様に覚醒いたしました!!!」

「竜の騎士様は成人しなければ神の力は使えない…これは…奇跡か…!」

 

メルルとナバラは緊張した面持ちで水晶を見つめていたが、その時、部屋の中から何か気配のような声のようなものを感じ取り、驚いて窓際に立て掛けられた真魔剛竜剣に目を向けた。

 

「なんじゃ!頭に何かが…!」

「剣です!剣から何か気配が…えっ?…窓を開けろ?」

 

剣からの指示を感じ取ったメルルは戸惑いながらも窓を開けた。

 

「これでいいかしら…きゃあ!!!」

 

窓を開けた瞬間、真魔剛竜剣は高速で飛び立ち、どこかへと消えた。

 

「…うそ…」

「け、剣が…飛んだ!!?」

「…あれは竜の騎士様だけが扱うことの出来る神が作りたもうた剣…主人の元へ…レグルス様の元へ向かったのだろう…」

 

剣が飛び去った窓の外をメルルたちは唖然と見つめ、フォルケン王だけが静かにレグルスに思いを馳せていた。

 

(レグルス様…そして、バラン様…あなた様に神のご加護が在らんことを…)

 

 

 

ザボエラは超魔生物にレグルス抹殺の指示を出そうとした。

 

「超魔生物よ!あの竜の騎士を倒―ぎょえええっ!?」

 

突如、魔王軍側の天井付近にあったステンドグラスが大きな音を立てて割れ、無数のガラス片が降り注いだ。想定外の方向から響いた轟音に、ザボエラは悲鳴を上げた。

割れたステンドグラスを突き破って飛来した何かは、そのまま部屋の中央、レグルスの目の前の床に突き刺さった。キルバーンはその物体、竜を模った剣の正体に気づき、驚愕した。

 

「あの剣は…まさか…真魔剛竜剣!!!」

 

レグルスは突き刺さった剣に手を伸ばしながら、かつての自分の姿を思い浮かべた。冥竜王ヴェルザーを倒した、全盛期の頃の姿を。そして魔法を唱えた。

 

「モシャス!」

 

呪文を唱えた瞬間、レグルスの体は煙に包まれた。煙の中から伸びた手は、大人の男性の力強い手であり、その手が真魔剛竜剣の柄をしっかりと握り、そして、剣を床から引き抜いた。

やがて煙が晴れると、その全身が現れた。

 

「げえっ!!!」

「あ…あれは…!」

「まさか…あの姿は…!」

 

ピロロは岩陰から顔を出し、レグルスが先程まで立っていた場所に現れた人物を見て目を丸くした。ハドラーとザボエラもまた、その変わった姿を見て目を見開いた。

レグルスが変身したのは、大人の姿――先代の竜の騎士の姿だった。ピロロは驚きの目を徐々に細め、憎々しげに睨みつけた。

 

「…バランッ!!!」

 

レグルスが変身したその姿――竜の騎士バランは、真魔剛竜剣を高く掲げ、ハドラーたちに剣先を向けた。

 

「私の家族を…友人を傷つけて…生きて帰れると思うな!!!覚悟しろ、魔王軍!!!」

 

額に竜の紋章を輝かせ、怒りに燃える表情を浮かべたバランが、真魔剛竜剣を構え、魔王軍を鋭く睨みつけた。




バラン復活!!!
いや〜長かった!バラン大好きなのに、登場がこんな後半になるとは思わなかったよ!

今後、レグルスがモシャスで変身した姿は「バラン」と表記します。姿はソアラさんと出会ったころの口ひげがない、若い頃になります。

以下、補足。
レグルスの正体はバランのクローンです。
レグルスの人間の心が欠けていた理由は複数あり、どれも大体バランが原因です。
・バランが処刑された際、人間からの誹謗中傷で心が傷ついた
・本来の生まれ方ではなく、クローンとして作られた
・バランの記憶を紋章に封印する際、一緒に人間の心の一部も封印された
原作では紋章の共鳴は記憶を消すために使われていましたが、この小説では記憶を取り戻すために使われています。

バランの記憶は紋章に封印されており、ダイ君が竜の紋章を出すたびに共鳴でレグルスに記憶が定着し、それが夢として現れていました。そのため、最初にバランの記憶が戻り始めたのはロモスでダイ君が竜の紋章を出した時です。ロモス編以前はレグルスのみの人格で、ロモス編の終わり、船に乗った頃からレグルス+バランの人格になっています。そのため、初期と後半でレグルスの性格が少し違うのです。

おまけ

ポップ、ラーハルト、ダイは前話から引き続き敵に捕まっていた。
「…痛たた、俺たちいつまで捕まってなきゃいけねぇの?…おーい!レグ!早く助けてくれー!」
「バラン様…お手数おかけしますが、俺もお願いいたします…」
「父さーん…」
バランは焦って3人を見て言った。
「今、助ける!」
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