アルキード王国から帰還したダイたちは、テラン王国の城に到着した。湯浴みで汚れを洗い落とし身なりを整えた一行は、大広間に集まっていた。そこにはアルキードでの魔王軍との戦いや、その後の生存者捜索に関わった者たちが大勢集まり、複数の机には料理や飲み物が所狭しと並べられ、香ばしい肉料理とワインの香りが漂っていた。そんな中、ダイ、ポップ、レオナ、メルル、ヒュンケル、クロコダインは一箇所に集まり、楽しげに語り合っていた。
「いやぁ〜今回も大変だったな…もう、クタクタだぜ…最後にまともに休んだのはいつだ?」
「えっと、スゴロクした日じゃないかな?」
「…そんな前になるのか」
「ずっと戦ったり、生存者を探したりで時間がかかったものね…ほんと、疲れた〜」
「皆さんのお部屋を用意しておりますので、食事の後はゆっくり休んでください!」
メルルはヒュンケルとクロコダインにも視線を向け、笑顔で休むよう伝えると、獣人族のクロコダインは目を見張った。
「それは、俺たちの分もか?」
「ええ!レグルス様のご指示で、クロコダインさんのお部屋もご用意しております!」
「それは感謝する。ところで…ラーハルトはどこだ?」
「えっと、多分ですが…レグルス様の側に――」
「皆、待たせたな」
声のした方へ人々の視線が集まり、大きな扉からレグルス、ソアラ、ラーハルトが大広間に現れ、部屋の奥の中央に立つと周囲を見渡した。大広間にいた者たちはその姿に話をやめ、静かに視線を向けた。
「此度のアルキードでの働き、皆に感謝する。我らが魔王軍との戦いに勝利できたのは、ここにいる皆の力があってこそだ」
レグルスは力強い声で勝利を称えた。その隣に佇んでいたソアラが一歩前に出て、柔らかな微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「アルキードでの戦い、そしてその後の救助活動で多くの命が救われたのは、皆さん一人ひとりの力があったからです!アルキードを代表して、心から感謝申し上げます。本当に…ありがとうございます!」
ソアラは深々と頭を下げ、大広間には温かな拍手が広がった。やがて拍手が静まり、再び場に静けさが戻ると、レグルスは横に立つソアラを見やり、それから周囲に視線を巡らせた。
「皆、今から私は魔法で姿を変える。驚かぬように…モシャス!」
レグルスが自身に呪文を唱えると、全身煙に包まれた。煙が晴れ、レグルスがいた場所に大人のバランが現れると、事情を知らなかったヒュンケル、クロコダイン、パプニカの人々は目を見張った。
「この姿は成長した自身を想像し、変身したものだ。戦いの中では、今後この姿になることもあるだろう。覚えておくように」
バランは部屋の隅に座る父――先代テラン国王フォルケンに視線を送り、次いで隣に立つソアラを見やった。
「アルキードで事情は知っているだろうが、私は父から王位を継ぎ、テラン国王となった。そしてアルキード王国の姫ソアラを妻に迎え、この国をより良いものへと導いていくつもりだ。そして…もう一つ、皆に伝えておくべきことがある」
そう言って、バランはダイに視線を向け、柔らかく目を細めた。
「そこにいるダイを――私とソアラの養子、息子として迎え入れる!そのように先ほど決定した!」
「えっ!!?」
事前に聞かされていなかったダイは驚きの声を上げ、バランとソアラを交互に見つめた。その視線に気づいたソアラは、ダイに優しく微笑み返した。事情を知らなかったバダックや三賢者をはじめ、パプニカの人々は一斉にダイへと視線を注いだ。
「驚く者もいるだろう。しかし、ダイの父親は私の遠縁にあたることが判明し、テラン王家の血筋として迎え入れることに決めた。今後、皆には我ら家族を支えてもらいたい!…では、杯を掲げるとしよう」
皆が飲み物を手に取り、バランに倣って杯を掲げた。
「我々の勝利を祝して!」
一斉に杯が持ち上げられ、大広間は再び活気を取り戻した。あちらこちらで人々は食事を摂りながらも話題はテラン国王、ソアラ、ダイの話が中心となっていた。驚きを隠せないポップは、同じく口を開けて唖然としているダイに問いかけた。
「お、おいダイ…聞いてねぇぞ!?なんだよ、おめぇ“王子様”になっちまったのかよ!!?」
「お、俺だって聞いてない!いつの間にか決まっててビックリだよ!」
ダイも突然の決定に眉を寄せ困った顔をしていたが、レオナはニコニコ笑みを浮かべウィンクした。
「まあ、でも、良いんじゃない?これでダイ君は晴れてソアラさんの息子になったんだから、人前でも“母さん”って呼べるようになったわよ!」
「あ、そっか!じゃあいい…のか…?」
「それに今日からはテランの王子様!すごいじゃない!」
「ええ~、俺、本当に王子様になっちゃうの?」
ダイは突然の肩書きに目を白黒させたが、レオナはニコニコと嬉しそうに頬を緩めており、その笑顔を訝しんだポップはジト目でレオナを見つめた。
「…なぁ、姫さん。もしかしてダイが王族に、テランの王子になるよう一枚噛んでいたんじゃ…」
「ええ〜?ポップ君、なんのことかしら?」
レオナは意味ありげにニッコリ笑みを深めた。
(ふふん!ダイ君が王子になれば、私とダイ君の恋の障害はかなり減るわ!女王と王子の恋愛なら反対する人もいないでしょうし!レグ君とソアラさんの協力も得た以上、ダイ君との恋を絶対に成功させるんだから!!!)
レオナは内心大喜びし、ダイが王族になったことを心から歓迎していた。
(ん〜…やっぱ、黙って決めてほしくなかったな…)
一方、ダイはどこか納得いかない気持ちで、一言文句を言うためバランとソアラに向かって歩き出し、ポップとレオナも慌てて後をついていった。バランとソアラに近づくと、ラーハルトがバランと何やら嬉しそうに会話していた。
「レグルス様、此度はご就任おめでとうございます!このラーハルト、これからもより一層、レグルス様、ソアラ様、そしてダイ様のため、務めを全うさせていただきます!」
「うむ。お前は頼りになるからな。ラーハルト、これからもよろしく頼む!」
「はい!!!」
ラーハルトは笑顔で元気よく返事をすると、バランは優しく目を細めて手を伸ばし、ラーハルトの頭をわしわしと撫でた。
「っつ…!!?」
ラーハルトは敬愛する主人に突然頭を撫でられ、喜びと驚きで目を白黒させた。
(あ、あ、頭にバラン様の手が…!!!…バラン様、手が大きいな…レグルス様の時はあんなに小さいお手であったのに…!)
「子供の時は手が届かなかったが…この姿なら問題なく届くな」
「バ、バ、バラン様…!(そ、それはつまり、普段から俺の頭を撫でたかったということですか!!?)」
「今日は酒をそれなりに用意している。中にはお前の好きな物もある。皆と、ヒュンケルと飲んでくるがいい」
「は、はい!心遣い、ありがとうございます!ヒュンケルと飲んできます!では、バラ…コホン!レグルス様、ソアラ様、失礼します!!!」
「ええ!楽しんできてね」
ラーハルトは高揚した面持ちで勢いよく頭を下げ、少しふらつきながらヒュンケルの元へと向かった。その後ろ姿を見送りながら、ソアラは柔らかな笑みを浮かべて夫へと視線を向けた。
「ふふっ、あなたはとても部下に慕われているのね」
「ああ、有難いことにな…ラーハルトは忠誠心が高く、腕も申し分ない。とても頼りになる。だが…それだけではなく…」
バランは離れて行くラーハルトの背中を見つめ、穏やかに目を細めた。
「ずっと苦楽を元にしてきたためか、私にとってラーハルトは…もう一人の、家族のようなものだ」
以前のバランは誰にも頼らず、ソアラ以外を信じず孤立していた。だが今は、信じ合える部下や友がそばにいる。そんな夫の姿にソアラは安心し、優しい笑みを浮かべた。レオナ、ポップはラーハルトとすれ違い、振り向くと後ろ姿を眺めた。
「ラーハルトってレグ君が絡むと本当に人が変わるわよね!ちょっと面白いわ!」
「あー…あいつ、レグに褒められた日は大体あんな感じだぞ。機嫌よすぎて、こっちにもしつこく絡んでくんだよ」
「ふふっ、なにそれ!見たいわね!」
そんな雑談の中、両親の近くまで来たダイは眉を寄せ、困った表情でバランを見上げると、不貞腐れながら文句を言った。
「むー、レグ!勝手に決めないでよ!!!」
ダイはムスッと頬をふくらませて両親を見上げた。バランとソアラは互いに視線を交わすと、同時に膝をつき、ダイと目線を合わせた。ソアラはそっと頬に手を添え、困ったように、少し悲しそうに俯いた。
「黙っていてごめんなさい…私たち、あなたがきっと喜んでくれると思っていたの…ダイは、私たちと親子になるのは嫌だったかしら?」
ソアラの悲しげな様子に、ダイはギョッと目を見開き、慌てて首を横に振った。
「えっ!?違う!嫌じゃないよ!!!ただ…俺の知らないところで勝手に決められたのが嫌だっただけで…あと…」
言い淀んだ後、ダイはバランを見上げた。
「…俺、弟が欲しかったのに…レグは父さんになっちゃうし…」
(っ…!ディーノが…私を、父さんと…!!!)
バランは内心、ダイに父さんと呼ばれたことでとても心が躍ったが、顔に出せば怒られると分かっていたため、表情には出さず、難しい顔を作った。
「…事前に言わなかったのは悪かったな。それにしても…むう、弟か…」
バランはソアラに一度視線を送り、再びダイを見た。
「ダイよ。弟ではなく…妹でも、よいか?」
「ぶっ!」
「えっ!」
「あなた…?」
聞き耳を立てていたポップは思わず吹き出し、レオナは口元を押さえて目を丸くし、ソアラは顔を真っ赤に染めて夫を見つめた。
「妹?うん!いいよ!…って、え?本当に俺に妹とか弟ができるの!?いつ?いつできるの!?」
「……いつかは分からん」
「ええ〜?そうなの?」
「子は神からの授かりものだ。必ず生まれるとは限らんし、数年はかかるかもしれん。ソアラへの負担も大きいからな」
「そっか…」
「ダイよ、時間がかかるかもしれん…それでも待てるか?」
「うん!待つよ!やったー!俺に兄弟ができるんだ!」
ダイはパッと笑顔になり、飛び跳ねるように喜んだ。そんな様子を横目に、ポップはバランの二の腕を掴み、その場から引っ張り出した。
「レグ!ちょーっと来い、話あんだ!」
バランは大人しくついて行き、皆から離れると、ポップは困惑した顔を向けた。
「レグ!おめぇ、何考えてるんだよ!記憶を取り戻したとしても、体は子供のままなんだぞ!大人じゃねえんだ、分かっているのか!?」
「落ち着け、ポップ。子供を作る話は数年後、私が大人になってからだ。今の肉体は幼すぎるからな」
「えっ…なんだ、びっくりしたぜ。ちゃんと分かってんならいいけどよ」
「今は無理だが…ソアラとの子供を望む気持ちは本物だ」
ポップは安堵してホッと息を吐き、バランは穏やかな表情でダイとソアラに視線を向けた。
「たとえ、数年かかっても構わん。無理に出来ずとも良い…それでも、家族が増えてくれれば、きっと今以上に賑やかとなろうな」
「…そっか!」
その表情にポップは目を見張ったが、穏やかな竜の家族、ダイの嬉しそうな笑顔を見て、思わず自分も楽しげに笑みを浮かべ、小声でバランに耳打ちした。
「いや〜、にしても焦ったぜ!子供の話が出た時は、おめぇのポークビッツでどうやってやるのかと――あだだだっ!」
「一言余計だ!!!」
バランは目を吊り上げ、笑っているポップの頬をぐいっとつねった。バランとポップのやり取りを聞いていたレオナとソアラは、理解するとホッと息をついた。
「良かった、今すぐの話じゃないのね!ホント、驚かさないでほしいわ!」
「そうね。私もいつかは2人目が欲しいとは思っていたけど、今は無理だと思っていたから…せめて、夫が成長し、成人してからでないとね」
(へぇー!レグ君、ソアラさんに相談せず決めたのはどうかと思ったけど…この様子だと、ソアラさんも満更でもないみたいね!)
ソアラは嬉しそうに笑顔を浮かべ、その幸せそうな様子にレオナはバランとソアラの馴れ初めが気になり、ニッコリ笑みを深めると小声で話しかけた。
「ソアラさん、今度一緒に恋バナしましょ!バランさんをどう落としたか教えて欲しいの!」
「あら…!ええ、いいわよ。私もレオナさんとダイがどう出会ったか、聞かせてもらいたいわ!」
「もちろん!構わないわ!」
「ふふっ、楽しみね!」
ソアラは穏やかに笑い、レオナはニコニコしながら後日のお茶会を楽しみにした。ポップは頬をさすりつつバランから離れ、ダイの肩に手を回してニッと笑った。
「ダイ!姫さん!そろそろメシ取りに行こうぜ!」
「そうね!お腹すいたわ!」
「うん!父さん!母さん!またあとでね!」
「ええ!」
「食べ過ぎには気をつけるのだぞ」
「はーい!」
ダイ、ポップ、レオナはバランとソアラから離れると、片っ端から料理と飲み物を取っていった。
飲み食いしてある程度満足すると、部屋の隅の椅子に座っている先代テラン国王フォルケンに気づいたポップが、ダイに声をかけた。
「ダイ、あそこにいるの、レグの親父さんじゃねえか?」
「あ!本当だ!」
「ベッドで休んでないで大丈夫なのかしら?」
ダイ、ポップ、レオナは食事を中断し、フォルケンのもとへ向かった。
「ダイ様、食事は済まされましたかな?」
フォルケンは近づくダイに優しく笑顔を向け、その側には兵士カナルと占い師ナバラが立っていた。
「うん!美味しかったよ!」
「ここにいて大丈夫なの?体調、悪いんじゃなかったかしら?」
「無理せず、ベッドで休んだ方がいいんじゃねえかと、俺も思うぜ」
フォルケンは体調を崩し、これまでベッドで療養していたため、ダイたちは椅子に座っている姿を見て、体調の悪化を心配した。しかし、心配する三人をよそに、フォルケンの顔色は良く、朗らかな笑みを浮かべていた。
「ホッホッ、心配してくれてありがとう。だが大丈夫じゃよ。今は幾分か調子が良いのでな…きっとこれのおかげじゃな、レグルスが体に良いと、この飲み物をくれたのじゃ」
フォルケンは手に持ったワイングラスを掲げた。中のワインの色に、レオナは違和感から眉をひそめた。
「このワイン…色が少し変じゃないかしら?」
「そうかぁ?」
「気づかれましたか…パプニカはワインの名産、流石の目利きですな」
「ふふん!まあね!」
「このワインにはレグルスが元気になると、あるものを入れており、飲んでからは体調がかなり良くなったのです」
「へぇ〜、何を入れたんだろ?」
「聞きましたが、詳しくは…ところで、ダイ様」
フォルケンは穏やかにダイを見つめた。
「なに?」
「ダイ様はレグルスの息子となられた…なれば、私にとってダイ様は孫になります。今後は、好きな時に、好きなように我々を頼って下さい」
「うん!ありがとう!…あっ!そっか!父さんの父さんだから…俺にとってはおじいちゃんになるんだね!今度からおじいちゃんって呼んでもいいかな?」
「!!!そう、呼んでくださって結構です!…おじいちゃん!…まさか、この歳で孫ができ、おじいちゃんと呼ばれる日が来るとは…長生きするもんじゃのう…」
フォルケンは感動に打ち震え、目元には涙が浮かんでいた。
「あと、俺のこと様付けしないでほしい。せっかくの家族なのに他人行儀は嫌だからさ…」
「ふふっ…レグルスと同じことを言うのですな…分かりました、ダイ」
ダイはフォルケンの返答に満足し笑顔を浮かべた。
「じゃあ、俺たち他のところ行くね!あまり無理はしないでね!」
「失礼します!」
ダイたちは挨拶をして他の場所へ移動し、フォルケンたちはその背中を見送った。カナルは、就任式も終わり、ベッドを出てから時間が経っていることもあり、先王の体調を心配してフォルケンに声をかけた。
「フォルケン様、就任式も終わりました。そろそろ部屋に戻られたほうが…」
カナルの心配にナバラも同意した。
「私もそう思うさね…昨日までベッドから起き上がるのも辛そうだったじゃないか。大人しく休んだほうがいい」
「フォッフォッフォッ…皆も心配性じゃな。だが、大丈夫じゃ。むしろ…今はとても気分がいい。これほど体調が良いのはいつぶりじゃろうな…もう少しここにいようと思う」
「…それでも、私は戻った方がいいと思うがね」
フォルケンはナバラに笑いかけながらグラスを軽く回し、ワインをじっと見つめた後、香りを嗅いだ。ワインの香りに一瞬、別の匂いを感じ、内心首を傾げた。
(…今、血の匂いがした気が…いや、そんなはずなかろう…気のせいか…)
フォルケンはワインを飲み干した。
ポップたちは大広間を歩き、先ほどまで見かけなかった人物の姿を見つけると驚きながら近づいた。
「師匠!マトリフ師匠!?なんでこんな所いるんだ?」
ポップが声をかけると、弟子の声に反応してマトリフが酒を片手に振り返った。
「おお!ポップじゃねぇ〜か!アルキードでは大変だったみてぇだな!ヒック!」
「なんで師匠がここに?にしても…どんだけ酒飲んだんだ?もう、出来上がってやがる…」
周囲には空になったボトルが何本も転がり、マトリフは顔を赤くして上機嫌で笑っていた。ポップは酒に酔った師匠の姿に呆れ、苦笑いを浮かべた。
「俺はよぉ!オメェらの役に立つと思って、カール王国からある本を持ってきたんだがよ…」
「!…おう」
ポップは役立つものを期待し、マトリフをじっと見つめた。
「タハハハッ!!!それは後でいいか!今はそんなことより飲むぞ〜!」
「ええっ!?なんだよ!今言ってくれよ!師匠!」
「グビグビッ!プハァ〜!ヒヒーン!!!」
「…ダメだ、話が通じねぇ!」
ポップは項垂れ、ダイとレオナはマトリフの姿に呆れつつも、小さく笑った。
「まあ、明日でもいいんじゃないかしら?」
「マトリフさんのことだから、酔い潰れて明日までここにいそうだし!」
「はぁ〜、そうすっか…」
マトリフから役立つアイテムをもらうのは明日に回そうと考えていたところ、パプニカ三賢者の美人姉妹、マリンとエイミがレオナに近づいて話しかけてきた。
「姫様、アポロですが、先に国に戻ります。流石にパプニカが心配ですので…」
「分かったわ」
「姫様は明日、我々と国に戻りましょう!」
「ええ〜!明日帰るの?もうちょっとダイ君と一緒にいたいのに〜」
「国を離れてから日が経っております。姫様、戻りましょう!」
レオナは明日ダイと別れることになり、頬を膨らませて不貞腐れていた。その時、マリンとエイミに気づいたマトリフが目の色を変えて近づいてきた。
「おお〜!あの時のいいケツした姉ちゃんじゃねえか!」
「ひっ!!!」
「マ、マトリフ様…!!?いらっしゃったのですね…」
エイミはマトリフの登場に顔を青くし、またセクハラされるのではないかと頬を引き攣らせながら後ずさりした。しかしマトリフはそれに気づかず、鼻の下を伸ばしてだらしない笑顔を浮かべ、指をくねらせながら近づいた。
「姉ちゃん!一緒に酒飲まねぇか?」
「マトリフ様!あ、あの、近づかないでいただきたいのですが…」
「ここには美味い酒があるしよぉ、楽しもうぜぇ!ヒック!」
「いえ!!!結構です!!!お願いですから近づかないで下さい!これ以上近づくなら…容赦はしません!!!」
エイミの忠告も無視してマトリフは近づき、エイミはキッと顔を険しくして手をかざし、呪文を唱えようとした。
「ヒャダ―」
「ラリホー!」
「ふがっ!…すぅ…」
エイミがヒャダルコを唱える前に、マトリフに魔法がかかり、ワインボトルを抱えたままその場で眠りについた。エイミは魔法をかけた人物に視線を向けた。
「レグルス国王!」
「無事か」
マトリフにラリホーをかけたのはバランだった。エイミはセクハラされずに済んだことに安堵し、バランにお礼を伝えた。
「あの、助けていただきありがとうございます!」
「テランで何かあれば、こちらの信用にも関わる。気にするな」
バランはエイミに背を向け、ソアラの方へ歩きながら別のことを考えた。
(危なかった…城の中を氷づけにされてはたまらんからな…)
以前、エイミはマトリフを氷づけにしたことがあり、レグルスもその様子を目撃していた。城が凍らされそうな事態を察したバランは慌てて駆けつけ、エイミが魔法を唱える前にマトリフを眠らせたのだった。
「ったく…師匠も懲りねえな…まあ、今回は凍らされなかっただけましか」
ポップは眠るマトリフを見て苦笑し、頭をかいた。バランはソアラのもとへ辿り着き、短く会話を交わした後、大広間に併設されたバルコニーへ共に出て、部屋を後にした。それを見ていたダイは駆け出し、ポップとレオナに手を振った。
「ポップ!レオナ!俺、父さんと母さんのところに行くね!」
「分かったわ!」
「おお、行ってら〜」
ダイはバランとソアラの後を追い、バルコニーへ続く扉を開けた。
ラーハルトとヒュンケルは部屋の隅にある丸い机に並んで座り、酒を飲んでいた。机の上にはすでに空になったボトルがいくつも転がり、2人がかなりの量を飲んでいることがうかがえた。
「ヒュンケル!今日はレグルス様の就任式、大変めでたい日だ!!!ちまちま飲まず豪快に飲め!!!」
「グホッ!!!」
ラーハルトはテンション高くヒュンケルに絡み、少しずつ飲んでいたヒュンケルのグラスを勢いよく持ち上げた。突然多くの酒を飲まされたヒュンケルはむせて咳き込み、ラーハルトを睨むと、ラーハルトは口の端からこぼれるワインを指差して大笑いした。
「ははははっ!!!」
「ラーハルトッ…お前いい加減にしろ!さっきから何なんだ!酒くらいゆっくり飲ませろ!!!」
ラーハルトは酒を口にする前から上機嫌で、ことあるごとにヒュンケルの邪魔をしていた。最初のうちは黙って受け流していたヒュンケルも、繰り返されるたびに怒りが募り、ついに堪忍袋の尾が切れた。椅子を勢いよく押しのけて立ち上がり、ラーハルトを鋭く睨みつけて怒鳴った。
「なんだ?ヒュンケル、やるのか?」
ラーハルトも椅子から立ち、ニヤリと笑って売られたケンカは買うとばかりにファイティングポーズを取った。だが、騒ぎを聞きつけたメルルが近づき、ラーハルトに聞こえるよう小声で呟いた。
「城の中で殴り合いの喧嘩をしたら…レグルス様、とても怒りそうですね…」
「…!!!」
メルルの呟きは効果覿面だった。レグルスに怒られることを想像したラーハルトは真顔になり、構えを解いて机に肘をつき、ヒュンケルを見上げた。
「…おい、ヒュンケル!腕相撲で勝負だ!!!力自慢の貴様が、この勝負、逃げないよな?」
ニヤリと笑い挑発するラーハルトに、ヒュンケルは鼻で笑い、同じく机に肘をついた。
「ふん!良いだろう!その余裕の表情、すぐに崩してくれる!!!」
騒ぎを聞きつけ、ラーハルトとヒュンケルの周りには人々が集まった。暇をもてあましていたポップとレオナも、後ろから興味深そうに覗き込んだ。
「おお!腕相撲か!若いのぅ!このワシも昔はパプニカ一の腕自慢と言われておったんじゃ!!!」
「ガハハハッ!凄いじゃないか!じいさん!」
クロコダインと酒を飲んでいたバダックは顔を赤くしながら昔話を披露し、クロコダインは笑って頷いた。そして、勝負の審判をしようとラーハルトとヒュンケルに近づいた。
「俺が試合の合図をする!2人とも手を握れ!」
ラーハルトとヒュンケルは手を差し出して力強く握手し、クロコダインは両手の上からさらに手を重ねて合図を待った。
「行くぞ!用意――始めッ!!!」
((勝負!!!))
クロコダインの掛け声と同時に、ラーハルトとヒュンケルは力を込めた。腕に血管が浮き、木製の机がギシリと鳴った。周囲の仲間たちは拮抗する勝負に目を輝かせ、声を張り上げて応援した。
「行け!ラーハルト!」
「ヒュンケル、負けるな!」
「2人とも頑張るんじゃ〜」
ラーハルトは歯を食いしばり、額から汗を滴らせるが、押し返すことができず、腕はじりじりと下がっていった。
「ぐ…ぐぐっ…!おの…れぇ!!!」
「フッ…やはり力では俺が上のようだ――なッ!!!」
「ぐあっ!!!」
ヒュンケルが一気に力を込めると、ラーハルトの腕がテーブルに叩きつけられた。
「ラーハルト、俺の勝ちだ!!!」
「くそっ!」
ヒュンケルの勝利宣言に、ラーハルトは悔しさを噛みしめながら再戦を申し込んだ。
「ヒュンケル!もう一度勝負だ!!!」
「何度やっても同じだろうがな…フン、いいだろう!暇つぶしにはちょうどいい。相手をしてやる!」
「次も勝てると思うな!挑戦を受けたこと、後悔させてやる!!!」
ラーハルトは強気に挑発しつつも、純粋な力比べで勝てないことは理解しており、次こそ勝つために、彼の頭の中には明確な作戦が浮かんでいた。
(力では敵わん…だが、スピードなら俺が上だ!試合開始と同時に、一瞬で決めてくれる!!!)
再び向かい合った2人は力強く手を握り合い、クロコダインはその上から大きな手を重ね、再戦の合図を取った。
「行くぞ!用意…始め!!!」
「はあああっ!!!」
「っ…!!?」
クロコダインの掛け声と同時に、ラーハルトは目にも止まらぬ速さで力を込め、ヒュンケルの腕は勢いよくテーブルに叩きつけられた。だがその衝撃は強烈だった。机はバランスを崩して傾き、跳ね上がると――皆の頭上を飛び越えて宙を舞った。
「あ…」
「机が…」
その場にいた人々は口を開け、唖然としながら頭上を舞う机をただ見つめ続けた。ラーハルトは腕相撲で勝利したことでニヤッと笑い、ヒュンケルに対し勝ち誇った。
「ふはははっ!ヒュンケル!残念だったな!この勝負、俺のか――」
ガッシャーーーーン!!!
「ちっ……えっ!?」
飛んでいった机は大広間の別のテーブルに直撃し、食べ物や飲み物、皿やグラスが派手に弾け飛んだ。赤ワインは床一面に広がり、甘い匂いとともに惨状を広げていった。ラーハルトとヒュンケルは轟音に振り向くと、目を見開き、口をぽかんと開けて言葉を失った。倒れた蝋燭がテーブルクロスに燃え移り、瞬く間に火の手が上がった。
「きゃあああっ!!!」
「か、火事だ!!!」
「俺に任せろ!ヒャダルコ!!!」
ポップが咄嗟に呪文を放つと炎は一瞬で鎮火したが、その代償として大広間全体が氷漬けとなった。吐く息は白く、冷気があたりに立ち込めた。
「お、大広間がっ…!」
大広間の惨状にメルルは青ざめて叫び声を上げた。
「あっ、やっべぇ…」
ポップは戦いの中で成長し、ヒャダルコの威力も以前より格段に増していた。やり過ぎたと気づいたポップは顔を青ざめ、肩を震わせた。
部屋の隅で惨状を見守っていた先王フォルケンは、口元に穏やかな笑みを浮かべながらも、目尻には光る涙が滲んでいた。
「フォッフォッフォッ…皆の言う通り、早くベッドへ戻るべきじゃったな…テラン自慢の…大広間が……ガクッ…」
フォルケンはそう呟くと、心労で気絶した。側にいたカナルが慌てて駆け寄り、絶叫した。
「フォ、フォルケン様ああぁあっ!!?お気を確かに!!!」
「だから早くベッドに戻るよう言ったのじゃ…嫌な予感がしていたんじゃよ…」
ナバラはため息をつきつつ、カナルと協力して気絶したフォルケンを大広間から運び出した。
ラリホーで眠らされていたマトリフが寒さで震え、目を覚ました。
「ぶえっくしゅ!!!…うう〜、寒ぃ…なんでこんなに冷えてんだ?…ふわぁ…ベッドで寝るか…」
マトリフは眠そうにフラフラ歩き、大広間を退出していった。レオナは惨状を一瞥すると、にっこり笑い、あっさり言った。
「ポップ君!私たちは先に寝るわ!おやすみ!」
「はあっ!!?ま、待て!待て!姫さん!!!この状態で逃げる気か!!?」
慌てて止めるポップをよそに、レオナはツンと顔をそむけた。
「知らないわよ!私たちのせいじゃないし!関係ないもの!じゃあね!ポップ君!皆さん!ご機嫌よう!」
そう言ってひらひら手を振り、パプニカの面々は戸惑いながらも主君であるレオナの後を追った。
「ひ、姫様!えっと…その…では、皆さん。失礼します!」
エイミも慌てて一礼し、退場した。バダックは名残惜しそうにクロコダインへ声をかけた。
「クロコダイン!ワシも姫様と共に部屋に戻るわい!ちとばかし、心苦しいがのぅ…」
「いや、ここは俺たちに任せてくれ!じいさんはゆっくり休むといい!」
「そうかのぅ?では、失礼して…クロコダイン!まだ明日のぅ!」
こうしてパプニカの人々は部屋から退出した。大広間にはポップ、メルル、ヒュンケル、クロコダインが残り、視線は自然とラーハルトに集まった。当のラーハルトはというと、俯いたまま目は見開き、視線は泳ぎっぱなし。全身から冷や汗を流し、ぶるぶる震える姿は、まるで大雨に打たれた哀れな子犬のようだった。
「バラン様に怒られる…レグルス様に怒られる…」
ぶつぶつ呟くラーハルトを横目に、ポップは頭をかきながら氷漬けになった室内を見渡し、ヒュンケルも腕を組んで目を瞑った。
「お、俺は…火事になりそうだったから、火を消しただけだ!」
「腕相撲はしたが、机が飛んだのは俺のせいではない」
「…ああ…そうだ。悪いのは誰でもない……全部、俺のせいだっ!!!」
ラーハルトは突然叫ぶと、懐から小刀を取り出し振り上げ、ヒュンケルたちはギョッと目を見開いた。
「大広間をこのようにメチャクチャにしたのだ!バラン様は俺をお叱りになる!絶対に怒られるっ!!!嫌われるかもしれん!!!……それなら、いっそ…俺の命で償ってくれるっ!!!」
「ま、待ってください!ラーハルトさん!!!」
「おいバカ!何考えてやがる!!?やめろっ!!!」
振り下ろそうとした瞬間、メルルとポップは悲鳴を上げ、ヒュンケルが慌てて背後から羽交い締めにし、動きを封じた。
「馬鹿野郎!こんなことで死のうとする奴があるか!!!」
「放せっ!ヒュンケル!!!」
「クロコダイン!こいつから武器を取り上げろっ!!!」
「おうっ!」
クロコダインが小刀を奪い取り、ポップは頭を抱えて叫んだ。
「分かった!大広間を凍らしたのは俺のせいでもある!一緒にレグに謝るぞ!!!」
メルルもオドオドしながらラーハルトに話しかけた。
「わ、私も止めなかったですし…一緒に謝罪しましょ?きっとレグルス様なら分かってくださいます!」
ヒュンケルは羽交い締めしながらため息をつき、クロコダインは豪快に笑った。
「腕相撲は俺もしたからな。責任は俺にもある」
「合図を出したのも俺だからな!最後まで付き合うぞ!大丈夫だ!レグならちゃんと謝れば許してくれる!」
「ううっ…頼む…」
項垂れたラーハルトが解放された、そのとき。外へと繋がる扉が――ギィィ、と音を立てて開いた。
バランとソアラは大広間からバルコニーに出ると、並んで立ち、夜の少し肌寒い風を受けながら夜空と欠けた月を見上げた。
「こんな日が来るなんて思ってもみなかったわ…アルキードの民に祝福されて、あなたとの関係を認めてもらえる日が来るなんて…まるで、夢のようだわ…」
かつては許されなかった日々、そして民に迎え入れられた時のことを思い出し、ソアラは胸の奥が温かくなるような穏やかな気持ちでバランを見つめた。
「以前は共にいることを許されなかった…だが、今は違う」
バランは愛する妻の背中にそっと手を回し、自身の胸元へ引き寄せると、穏やかな笑みを浮かべて見つめた。
「ソアラ、これからはずっと一緒だ」
「ええ!」
二人の距離は自然と縮まり、唇が触れるだけの優しいキスをした。ソアラは笑顔で夫を見つめていたが、その時、大広間の扉が開き、息子のダイが駆け寄ってきた。
「父さん!母さん!」
「あら、ディーノ。ご飯は食べたのかしら?」
「うん!ポップとレオナと一緒にね!すっごく美味しかった!」
にこにこと両親に報告する息子に、ソアラは柔らかな笑みを浮かべ、頬を撫でた。
「せっかくだ、少し散歩でもするか」
「ええ!いいわね!」
「ディーノ、湖に行くぞ。私の後をついてくるように」
「分かった!」
バランはソアラをお姫様抱っこのまま抱き上げ、トベルーラで宙に舞い上がると、そのまま湖へ向かって飛び立った。後を追うように、ダイも竜の紋章を輝かせてトベルーラを発動し、両親の背中を追いかけた。
「ここも懐かしいわね…11年ぶりかしら…」
竜の親子は湖のほとりに降り立ち、横並びになって湖面に映る月を見つめた。ソアラは月明かりに仄かに照らされた水面を眺めながらしみじみと昔を思い返し、ダイが首をかしげて尋ねた。
「母さん、ここに来たことあるの?」
「ええ、よく夫と散歩に来ていたの。人目を避けてね…ディーノも赤ちゃんの頃、よく連れてきていたのよ?覚えてる?」
「ううん、全然」
「そうよね。小さかったもの」
ソアラは笑顔を浮かべ、懐かしむように目を細め、バランはダイに手を伸ばし、両脇に手を差し入れると持ち上げた。突然体が浮き、ダイは目を見開いた。
「わわっ!」
「ディーノは大きくなったな。あれほど小さかったのに…子供の成長とは早いものだ」
「…レグだって、突然大人になったじゃん!俺よりちっちゃな子供だったのに!」
「フッ、そうだな。だが、この姿は変身した姿。小さな子供であることに変わりはない。…あと5年もすれば、この姿に追いつけるだろうがな」
そう言うとバランはダイを肩に乗せ、肩車をした。ダイは視界が一気に高くなったことに驚きつつも、父の頭にしがみつき、嬉しそうに笑った。
「へへっ!」
(ディーノ…ずいぶん重くなったな)
両肩に伝わる成長の重みを噛み締めながら、バランは感慨深く目を細め、ソアラは二人の仲睦まじい様子を見て、やわらかな笑みを浮かべた。
家族三人は並んで、湖に映る月を心穏やかに眺めた。
(ここまで長かった…本来なら、私が成人する十五歳までは記憶が戻らぬはずだったが、想定よりも早く思い出せたのは幸運だった。何より…二人が生きていてくれて、本当に良かった…)
十一年という長い時を経て、家族が再び揃ったことにバランは深い安堵を覚えた。肩にのしかかる息子の重みを感じながら目を閉じると、脳裏に聖なる竜、マザードラゴンの姿を思い描く。
(私は地上で生きていく…ソアラ、ディーノ…そして、仲間と共に。それが出来たのも、あなたのおかげだ…マザーよ、感謝する)
月の光がやわらかく湖面を照らし、湖畔に寄り添う竜の親子を包み込んでいた。ソアラは穏やかに微笑み、ダイは照れくさそうに笑いながら父にしがみつく。バランは静かに口角を上げ、この愛しいひとときを心に刻んでいた。
「…ん?」
その瞬間、バランの体が突如として煙に包まれた。続けざまに、ダイたちの悲鳴が湖畔に響き渡った。
「うわああっ!!!」
「ぐあああっ!!!」
「あ、あなた!?ディーノ!」
モシャスの効果が切れ、大人の姿は霧散した。子供の姿に戻ったレグルスは、小さな体では息子の重みを支えきれず、そのまま押し倒され、うつ伏せに地面へ倒れ込んだ。
「と、父さんが下敷きになっちゃった!」
「ディ…ディーノ、降りろ…」
「わわっ!ごめん!」
慌ててダイが飛び退き、レグルスは恥ずかしさに顔を赤らめつつ、体を起こして立ち上がろうとした。その時、そっと手が伸び、ソアラがレグルスの両脇を抱えて、ひょいと持ち上げた。
「ソアラ?」
目線の高さが揃い、レグルスは思わず妻を見つめた。
「フフッ!こうしてみると、小さくて可愛いわね!」
ソアラがニコニコ笑顔を浮かべて楽しげに腕を動かすと、脱力したレグルスの足はぶらぶらと揺れた。妻に子供扱いされたことでレグルスはムッと不服そうな表情を浮かべた。
「…ソアラ、私は記憶を取り戻している。中身は成人した男だ。可愛いと言われても…それに目つきも悪い。可愛い見た目とは程遠いと思うがな」
「あら?そんなことないわ。愛する人の子供の姿なら、愛しくて、可愛くて仕方ないわよ」
優しい笑みを向ける妻に、レグルスは照れくさそうに視線を逸らし、肩をすくめた。
「ムウ……まあ、ソアラなら良いか…」
「レグ、こうして見ると子供だよね…やっぱり、俺の弟に―」
「断る!!!私がお前の父親だ!!!」
レグルスがムキになって叫んだその時、城の方角から甲高い破砕音が轟いた。
ガッシャーーーーン
レグルス、ダイ、ソアラは城の方角に視線を向けた。
「今の音…何かしら?」
「城の方から聞こえたよね?」
「城からここまでは距離があるはずだ…ソアラ、ディーノ、戻るぞ。嫌な予感がする」
「はーい!」
「ええ!」
レグルスは地面に降ろされると、モシャスで再びバランに変身。ソアラを抱き上げ、宙へ舞い上がり、ダイも竜の紋章を輝かせ、後を追った。
やがて大広間に併設されたバルコニーに降り立つと、二人は周囲の気配を探り、大広間に先程までいたレオナたちや父親の気配がないことに疑問を抱いた。
「父上はお休みになられたのか?」
「レオナも部屋に戻っちゃったのかな?」
バランはソアラをそっと降ろすと、扉に手をかけ、ゆっくりと大広間へ踏み入った。
「申し訳ございませんッ!!バラン様ッ――!!!」
開いた扉の先から、ラーハルトが大声を上げながら土下座の姿勢で滑り込み、バランとダイ、ソアラは肩を跳ねさせて目を見開いた。
「全て!私の責任ですっ!!!」
「ラーハルトよ、一体どうし――…っ…!?」
部下の奇行に戸惑いながらも視線を大広間に向けたバランは、言葉を失った。食べ物や飲み物は散乱し、皿は粉々に割れ、机は転がり、室内全体が氷漬けになっていた。バランはあまりの惨状に頬をひくつかせた。
「な…なんだ、これは…!短時間で大広間が何故こうなる!!?」
「っつ…!申し訳…ございません…」
怒気を感じ取ったラーハルトの声はどんどん小さくなり、ダイとソアラは揃って驚きの声を上げた。
「うわぁ…大広間が氷漬けだ…」
「これは…掃除が大変ね…」
メルル、ヒュンケル、クロコダイン、そしてポップがラーハルトの近くに並び、必死に説明を試みた。
「レグルス様…ここで何があったのか、説明させていただきます」
「俺とラーハルトは腕相撲して勝負していたのだが…」
「途中で机が飛んじまってな!食べ物や飲み物に当たり、ひっくり返してしまったんだ!」
「そん時に蝋燭が倒れて、火事になりそうだったから…火を消そうと思って俺がヒャダルコを唱えたんだ…」
「……それで、この惨状になったと?」
「…はい。すみません」
「……はぁ」
バランは疲れ切ったようにため息を吐き、顔を手で覆った。ラーハルトは嫌われるかもしれないという恐怖に震えながら、そっと顔を上げた。
「バラン様、申し訳―」
「怪我は、していないか?」
「!!!は、はい!俺も含め、怪我人はいません!!!」
「ならば、ひとまず良しとしよう…」
バランは顔を上げると、ラーハルトを真っ直ぐに見据えた。
「酒席の失敗に関する諺を知っているか?」
「はい!確か…酒は飲んでも飲まれるな、ですね?」
「そうだ。酒の席での失敗は誰にでもある。だから今回は許そう」
「バラン様ッ!!!」
「ただし!次は同じ失敗を繰り返すな。次に同じことを起こした時は、注意だけでは済まさんぞ。…よいな?」
「はっ!!!このラーハルト、二度と同じ過ちは致しません!次やらかした際は腹を切って詫びます!!!」
「……腹は切らんでいい!」
バランの言葉に、ラーハルトは一気に元気を取り戻した。その様子を廊下から見守っていたレオナは、事態が収まったのを確認すると、こっそりメルルとポップに近づき、小声で囁いた。
「レグ君って、ラーハルトに甘かったりする?」
「えっ?は、はい!レグルス様はラーハルトさんをいつも気にかけておりますし…」
「めっちゃ甘いぞ!レグの奴、ラーハルトに対して怒ったことってほとんどないんじゃねえか?まぁ、ラーハルトは謝罪する時、いっつも全力だから怒る気が失せるのかもしれねぇ…って!姫さん!先に戻ったんじゃなかったのかよ!?」
「気になったから戻ってきたのよ!ダイ君に就寝の挨拶したかったし」
「目的はダイか…」
ダイ目当てに舞い戻ったレオナに、ポップは呆れ顔を見せた。
「明日、全員でここを大掃除するぞ!」
「はっ!かしこまりました!ヒュンケル、やるぞ!」
「…はぁ、分かった」
バランの通達にラーハルトは元気いっぱいに了承し、ヒュンケルは渋々頷いた。ポップは広すぎる大広間を見渡してげっそりした。
「げえっ!無駄にデケぇじゃねぇか!掃除とかめんどくせ〜」
「みんなでやれば、きっとすぐ終わりますよ!」
「う、う〜…分かったよ。ここを凍らせたのは俺だしな…」
渋々了承するポップに対し、レオナは掃除なんかしたくないと口を尖らせた。
「え〜?掃除とかいや…」
「レオナー!!!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、手を振りながら笑顔のダイが駆け寄ってきた。ダイはレオナの手を取って、にこにこと見上げた。
「ダイ君!」
「良かった!部屋に戻ったと思ったから、会えて嬉しいよ!明日、一緒に掃除頑張ろうね!!!」
笑顔でそう言われ、胸を射抜かれたレオナは頬を赤らめて破顔した。
「きゃあ〜!ダイ君、いい子!ほんと天使!もう、大好き!!!」
「て、天使?…えっと、俺も…好きだよ」
大好きと告げられ、ダイは顔を真っ赤にしておずおずと返した。その反応にさらにテンションが上がったレオナは胸を張った。
「ふふん!しょうがないわね!私たちパプニカも協力するわ!私が協力するからには掃除なんてさっさと終わらせるわよ!!!」
「姫さんもダイに弱いよな…」
「フフッ、これなら案外すぐ終わるのではないか?」
ワイワイと賑やかになる大広間。ソアラは夫の腕にそっと触れ、微笑んだ。
「賑やかで楽しいわね!」
「そうだな…少し騒がしいが、こういう日々も悪くない」
バランはソアラの肩を抱き寄せ、部屋の惨状には目を逸らしながらも、家族や仲間の楽しげな姿を見つめて小さく笑った。
これにて竜の騎士編の本編は完了です!最後にifルートも書きました。本編とは違って明るい話なので、安心して読んでいただけると思います。
この小説で一番都合がいいのはダイ君です。最終決戦でバーンに言った
「お前を倒して…この地上を去る!」
を見たとき、正直ショックでした…。命懸けで守ったのに、何も報われないの?大好きなレオナやポップとも離れ離れになるの?って。
だから書き始めた目標は、「竜の親子が幸せになる世界を書きたい」「ソアラさんに生きていてほしい」「バランの登場回数を増やしたい!」でした。誰かが書いてくれるのを期待してたけど、待っても誰も書いてくれないので、自分で書くしかなかったんです。
バランとダイ君が平和に暮らすにはどうするか…考えた結果、「竜の騎士による竜の騎士のための国家」を作ることに。バランを生まれ変わらせテラン王族にし、最終的に国王にすることで、竜の騎士が統治する国家が完成。これならラーハルトも守れるし、テランも滅びないし、ソアラさんも迎えられる!ダイ君も両親が健在で帰る国があるので、地上を去る必要がなくなるというわけです。