原作開始1年前。ダイ(11)、主人公レグルス(9)。
ベンガーナ王国に向けて南下していった一行はテランを出発してから数時間は歩き続けていた。森の中、ベンガーナへ続くあまり利用されていない通り道を歩いていたところ、道から離れた場所に少し開けた芝生が広がる平地があることに気づいたアバンは一行を先導しながら平地へ移動した。芝生にたどり着き、立ち止まったアバンは周囲を見渡し、モンスターが周りにおらず、危険がないことを確認すると後ろを振り向き、後をついてきた一行にニッコリ笑いかけた。
「皆さん、ここで休憩取りますよ!」
疲れた表情をしながら歩いていたポップは休憩が出来ると知ると脱力してその場に腰を下ろした。
「はぁ、やっと休憩できる、腹も減った~」
「今、食事を用意しますので待っててくださいね」
「おう!頼むわぁ」
「メルル殿、私も手伝おう」
「ありがとうございます、レグルス様」
休憩のため一行は立ち止まるとそれぞれ芝生の上に荷物を置き、メルルとレグルスは食事の準備を始めた。アバンは地図を見ながら現在地がテランとベンガーナの国境線あたりだと確認すると、地図をしまい、ラーハルトに声をかけた。
「そろそろベンガーナ領に入るのでラーハルトは魔族に見えないよう変装しましょうか!」
「分かりました」
アバンはラーハルトの側によると笑顔を浮かべながら、手に持っていたリュックから装備品を出すためゴソゴソと荷物をあさりだした。
「そういや、ラーハルトは変装しなきゃなんねーんだよな」
「どのように変装するのじゃ?」
「今、装備を出しますね~」
ポップはアバンの様子に気付くと興味を持ちながら側により、ナバラも気になったのかリュックをあさるアバンの手元を覗き込んでいた。
「ありました!まずは頭装備です!」
アバンはリュックから目当ての物を見つけると笑顔を浮かべて取り出し、ラーハルトとポップ、ナバラに見えるように広げた。3人はアバンが持つ装備品を見ると驚きの表情を浮かべた。
「これならば首元も隠せて絶対に魔族と分かりませんよ!名付けて、カンダタマスク!」
「ぶふぉっ!」
「こ、これは!」
「……これを頭につけろと?」
アバンからカンダタマスクを受け取ったラーハルトは唖然と手の中のマスクを広げた。茶色の大きな布袋のようなマスクで頭から肩まですっぽり覆うことができ、目元だけ穴が開いている。つけたら魔族とは気づかれないだろうが、逆に変質者か犯罪者と間違えられそうなマスクだとポップとラーハルト、ナバラは考えていた。
ポップはラーハルトが身につけたときの姿を想像、さらに唖然と立ち尽くすラーハルトを見て腹を抱えて大笑いし、笑いすぎて目元には涙が浮かんでいた。
笑い声に気づいたメルルとレグルスもラーハルトが手に持つマスクを見ると、レグルスは納得した表情で、メルルは困惑の表情を浮かべた。
「なるほど、これほど大きなマスクなら激しい動きでも肌が露出せず、魔族特有のとがった耳も外からでは分からないだろう。変装もだが戦闘でも問題がなさそうだ」
「代わりにビジュアルがやばいけどな!ひー腹いてぇ!ラーハルト大丈夫か?さっきから固まってるぞ!あたっ!」
「笑いすぎだ、馬鹿者!アバン殿!このマスクは却下だ!」
ニヤニヤしながら見てきたポップを怒りの表情で軽く小突いたラーハルトはカンダタマスクをアバンにつき返した。カンダタマスクを受け取ったアバンは困った表情を浮かべながら、目をつぶりあごの下に指先を当てた。
「うーん、困りましたねぇ。腕は長そでの服を着て手袋をつければ問題ないのですが、顔や首元を隠せる装備品がこれしかないのですよねぇ」
「な、なんだと!?」
驚愕の表情を浮かべるラーハルトの横からそーっと顔をのぞかせたポップはニヤニヤしながらラーハルトの表情を再度覗きこんだ。
「ないんじゃしょーがねぇよなぁ!ラーハルト、さっきのマスクをつけるしかー」
「断る!」
怒りの表情を浮かべたラーハルトがポップを睨みつけながら怒鳴る様子を見ていたレグルスは大きな布があることを思い出しながら打開策を提示した。
「ふむ、ならば大きめの布で帽子付きのマントを作れば首元と耳…顔以外の頭は隠せるのではないか?顔は仮面をつければ魔族とは分からないだろう。ただ、マントの帽子が風などでとれる可能性があるから先ほどのマスクよりリスクは上がるだろうな」
レグルスの案を聞いたラーハルトは食い気味に、嬉しそうな表情をしながら採用した。
「レグルス様の案を採用させていただきます!人間の国にいる間はあまり表に出ないようにし、正体がばれないように気を付けます!」
「分かりました。では、仮面つくりとしましょうか!」
「仮面は自分で作る!」
アバンが仮面づくりを名乗り出たが、アバンに任せたらとんでもない仮面が出来上がるのでないかと危機感を抱いたラーハルトは自分で作るために槍を持つと、近くの木を目にも止まらぬ速さで輪切りにし、小刀を使って木を削りだし仮面を作り出した。完成した荒い出来の仮面を顔に着け、帽子付きのマント、長袖長ズボンに手袋をつけたラーハルトは魔族特有の肌色ととがった耳が見えなくなり、はたからは魔族と分からないようになった。
「どうですか?レグルス様」
「ああ、問題ない」
「これならベンガーナでも大丈夫でしょう!いざとなれば大道芸人で魔族の姿をしていると言ってごまかしましょうか」
「ラーハルトが、大道芸人!ぜってぇそのシーン面白れぇな!」
「…そんな場面が訪れないよう対策するだけだ」
ラーハルトの変装問題を解決した一行は食後、ベンガーナに向けて出発した。仮面づくりで時間がかかってしまったため一行はペースを上げて進んだが、ベンガーナの都市に到着したときには夜遅い時間となってしまい、開いている宿屋を見つけるのに一苦労した。ちなみに、宿屋では男性部屋、女性部屋と2部屋借りることとなったが、部屋を取った際の値段があまりに高かったためアバン以外の者がぼったくりではないかと驚くこととなった。
宿屋に一泊した一行は、朝からベンガーナを観光して回った。アバンは先々でいろんな人に話しかけては国内情勢や周辺地域で観光名所などの雑談という名の情報収集を行い、ベンガーナの船乗り場付近に移動した際には、海を初めてみるレグルス、ポップ、メルルが地平線まで広がる美しい風景に見とれたり、海に浮かぶ大型船に驚きをもって見上げたりした。街中では活気のあるお店や着飾った人々が楽しそうに買い物をする姿を物珍しく眺めたり、故郷にはない商品がたくさんあるため買い物しようと商品の値札をみて驚愕し、買う意欲がなくなり泣く泣く商品を棚に戻すといったこともあったが、総じて見るものすべてが目新しく映り、歩くだけでも楽しく過ごすことが出来ていた。
メルルとナバラの目的地であるデパートに向かった一行の視界に巨大なレンガで出来た目立つ建物が見えてきたため、ポップが指をさしながら一行に話しかけた。
「おっ、あれ城じゃねぇか?」
「あれがベンガーナの城か…箱のような建物、変わった形だな」
「いえいえ、勘違いするのも無理ないですね。あれがデパートですよ」
「先生、あれが?どう見てもお城でしょう!」
「無理もないことじゃ。あたしも初めて見たときは驚いたからね」
デパートの大きさに驚きの表情で見上げるレグルスたちにアバンとナバラはかつての自分たちを思い出して懐かしい気持ちがわき、笑みを浮かべた。
デパートではお金がないため何も買わなかったが、地下1階から5階までを順に見て回り、仲間たちと商品について話しながら楽しく過ごした。一通り見て回った一行は人の多さに少し酔ってしまったためデパートの外に出ると人の往来が少ない壁際で雑談しながら一息ついていた。
しばらく外で話をしていたが、会話が途切れたタイミングでナバラが孫娘であるメルルに声をかけた。
「メルル、そろそろ」
「ええ」
声を掛けられたメルルは少し寂しそうに笑顔を浮かべながらナバラに頷くと、2人はレグルス達一行に身体を向け挨拶をした。
「あたしたちはここでお暇させてもらうよ」
「一緒に見て回って楽しかったです。また、皆さんにお会いできる日を楽しみにしています」
レグルスとラーハルトは、この2年ずっと一緒にテランで過ごしてきた2人と別れることに寂しさを感じながらも笑みを浮かべて別れの挨拶をした。
「こちらもだ。もし旅の途中、近くに来た際は、2人に挨拶によるとしよう」
「知らない土地では何があるか分からないからな、2人とも危機意識を持つように。特にメルルは気をつけろよ、不埒な輩が見ているかもしれないからな…」
ラーハルトはメルルを心配そうに見た後、不埒な輩と言ったあたりで隣にいるポップを仮面越しにジト目で見たため、仮面越しではあるが視線に気づいたポップが怒りながらラーハルトに言い返した。
「おい、そこで俺を見るなよ!まったく。短かったけど楽しかったぜ、また会おうな!」
「お2人とも気を付けてくださいね。また、お会いしましょう!」
メルルとナバラは最後にお辞儀をするとデパートの入り口に向かって歩き出し、一行は2人の姿が曲がり角で見えなくなるまで見送った。
メルルとナバラと別れた一行はベンガーナの街の外に広がる森を目指し、街道を歩いていた。
「今日は野宿にしましょう!ベンガーナの宿代は高いですからね。何日も泊まったらすぐに破産してしまいます」
「私は野宿で問題ない。お金に余裕もないしな…」
「俺も正体がばれることを考えれば、人のいない外の方が安心します」
「ベンガーナの宿屋、ぼったくりじゃねぇか?ランカークスの10倍はしたぞ!」
「ベンガーナは商業が発展している分、土地代が高くなり値段に反映してしまうのです。あの辺ではあれぐらいが普通なのですよ」
「あんなバカ高い値段が普通、マジかよ…」
「ここから南に行ったところに泉があるみたいですのでそこに行きましょう!なんでも水には怪我や病気を治す効果があるとかで有名みたいですよ」
日中、泉に向けて出発した一行はベンガーナの城下町の外に出ると森の中を泉を探して歩き回り、夕方ごろ森の木々に隠れた泉を発見した。泉の周囲には色とりどりの美しい花が咲き、澄んだ泉は水底がはっきりと見え、泉自体もどこか神聖な雰囲気がするのを一行は感じていた。怪我や病気に効果があるとの話を聞いていたため、一行は試しに水をすくい飲んでみると歩き疲れた体に力が戻る感覚がした。特にレグルスは普段から疲れなど感じない体質のため自分には効果がないと気にしていなかったが、飲んでみると体に神聖な力がわきあがる感じがしたため驚きをもって泉を眺めることとなった。
「この水すっげぇ!さっきまでの疲れがなくなってらぁ!」
「ああ…この泉からは神聖な力を感じる。神、もしくは精霊の加護があるかもしれんな」
「世界には神によって作られた洞窟や道具があると言われています。この泉もその一つなのかもしれないですねぇ」
「アバン殿、野宿するなら少し離れた森の中がよいだろう。これだけ効能があると人の往来もそれなりにありそうだ」
「ですね、水を汲んで場所を移動しましょう」
革袋に水を汲んだ後、一行は泉から離れ、森の奥にて野宿が出来そうな場所を探したところ、芝生が広がる平地があったため、荷物を下ろし野宿するためテント張りや食事の準備を行った。アバンが作った食事をとった後、焚火を囲みながらアバンはここにしばらく滞在することを皆に伝えた。
「ここは訓練にもってこいですねぇ!疲れたとしても水を飲めば次の日に疲れが残りませんし、しばらくここにいるとしましょう!」
「さんせーです!水飲めば疲れが取れるってここ最高ですね!」
「私も問題ない」
「人里離れていれば俺としても問題ありません」
翌日以降、一行は訓練をしながら定期的に泉の水を飲むことで常に万全の状態で訓練に臨むことが出来たため、上達のスピードがかなり上がった。特にポップは疲れるとすぐさぼろうとするため、水で疲れが取れるようになってからはさぼる回数が減ったことは良い傾向であった。もともと、ポップがさぼるために訓練を逃げようとするとラーハルトが逃げるポップを全速力で追いかけ、息をひそめて隠れてもレグルスがポップの闘気を察知してすぐに見つけてしまうため、ポップのさぼりが成功することはほとんどなかったが。
夜明け前、周囲がまだ暗い時間、レグルスは皆を起こさないように気配を消してテントから抜け出し、足音を立てないように暗い森を抜けて泉にやってくると、いつもの定位置で芝生に寝転がり、太陽が昇るのをじっと眺めていた。この1か月、泉を見つけた次の日からレグルスは毎日朝食前にここにやってきては芝生に寝転がり太陽を見るということを日課として行っていた。レグルスは睡眠時間がとても短く、皆が起きるまで暇を持て余していたことと、この場所で寝転がるととても落ち着いたため好んでこの場所に来ていた。日中は他の人間の気配がするため、自然と朝方に来ることが多くなったのも理由の一つであった。
レグルスが見続けてしばらくすると、地平線の空が徐々に明るくなり、日が昇り始めると差し込む朝日で周囲は明るく照らされた。レグルスは太陽を心穏やかに見続けながら、太陽に向かってゆっくりと手を伸ばすと、手のひらを太陽にかざした。
太陽が昇りきってしばらくはその場にいたが、テントがある森の方角から見知った気配がこちらに近づくのを感じたレグルスは、起き上がると服に着いた汚れを軽く落とし、テントの方向へ歩き出した。
「レグルス様、食事の準備が出来ました」
「ああ」
茂みから現れたラーハルトはレグルスがいることに特に驚く様子もなく声をかけると、2人並んでテントの方へ歩き出した。
「レグルス様はあの場所でいつも何をしているのですか?」
「…太陽を見ていたのだ」
「太陽ですか?」
「ああ、あの場所で太陽を見ていると、とても、心が安らぐのだ」
「そうでしたか」
レグルスの穏やかな声色にラーハルトはちらりと自分より小さな主人の横顔を気づかれないように盗み見た。普段、無表情でいることが多いレグルスが見たことない穏やかな表情をしており、ラーハルトは少し驚きつつも主人があの場所を大切にしていることは薄々感じていたため、これ以上話題には触れず、無言のままテントまで並んで歩き続けた。
「来ましたね、ささっ、席についてください。食事にしますよ」
エプロンを付けたアバンが木で作った簡単な机に料理を置きながら戻ってきた2人に笑顔で声をかけた。料理は得意だというアバンはいつも持ち歩いているというエプロンと三角巾を身につけ、料理場もない野外にもかかわらず栄養価が高く、おいしい料理を毎日作っていた。全員が席に着き食事を食べ始めるとポップは「うめえ!」言いながら料理を食べ、アバンはそんなポップをニコニコしながら見ていた。自分が作った料理をほかの人が喜んでくれるのがうれしいと以前言っていたため、ポップがお世辞抜きに喜んで食べてくれるのがうれしいのだろうとレグルスは考えた。あっという間に料理の半分を食べたポップがレグルスを見て話しかけた。
「そういえばよぉ、おめぇ朝になるといつもいないよな、何してるんだよ?」
「そうだな…散歩をしている」
「うへぇ、訓練する前ぐらいゆっくりしてればいいのによ」
「貴様はギリギリまで寝すぎだ。寝すぎて逆に疲れないのが不思議なぐらいだ」
「俺は魔法使いだからいいんだよ、瞑想も寝るのも似たようなもんだろ!」
「寝ることと瞑想は全く違いますよ。寝ている間に魔法力は高まりません」
「うっ、まあ特訓まで寝ててもいいだろ!俺、特訓頑張っているからよ、自由時間は何しようが本人の自由ってことで」
「ふん、すぐさぼるやつが頑張っているなど滑稽だな」
ラーハルトがポップを馬鹿にするような発言をしたことで、楽し気な会話は止まり空気が凍った。ラーハルトの発言をすぐさま理解したポップは怒りの表情を浮かべながら席を立つとラーハルトを指さしながら怒鳴り始めた。
「はぁ!ラーハルト!お前言い方ってもんがあるだろ!なんだよ滑稽って、馬鹿にしやがって!これでも俺なりに頑張ってるんだよ!」
「まあまあ、皆さんまだ食事中ですよ?」
「落ち着け、2人とも」
「…失礼しました」
「けっ!」
穏やかに始まった食事の雰囲気はラーハルトとポップの喧嘩からギスギスしたものに変わり、会話も少なくなってしまった。アバンは硬い表情のラーハルトと怒った顔のポップを困った表情で見ていた。ポップは自分に甘く、疲れたり気分に乗らなければたびたび訓練を抜け出しており、逆にラーハルトは自分に厳しく真面目に取り組むため、さぼり癖のあるポップに対して常にイラついている様子であった。そうして今回のように主にラーハルトがポップに突っかかって衝突することがたびたび発生し、その度にパーティ内の雰囲気は悪くなっていた。
アバンも仲間内の関係改善をしようと努力はしたが、ポップにはなるべく訓練に参加するように言ってもいつの間にか居なくなっており、ラーハルトには優しく言葉を選んで発言してくださいと言っても「間違ったことは言っていない」と改善の兆しなし、レグルスはあまり気にしていないのか改善に乗り気ではなく「しばらく様子を見たらどうだ」と静観の構え、アバンは内心困っていた。
食事が終わり、訓練をするため食べ終わった皿を重ねながらアバンはレグルスに声をかけた。
「レグ君、食器を洗いに行きませんか。ポップとラーハルトはこの辺片付けといてくださいね」
「わかった。アバン先生、行こう」
「片づけておきます」
「おーいってらぁ」
アバンが重ねた皿を持ち、レグルスがコップやスプーンなどの食器類を持ち近くの小川に到着すると、小川の水をすくい食器の汚れを粗めの布でこすり落とし食べ物で汚れた水は近くの草木の根元に捨てる作業をした。食器を洗いながらアバンは先ほどの2人の様子を思い出し、何とか仲良くしてもらえないかといろいろ考えていたため、食器を洗う手がゆっくりになり、上の空になっていた。レグルスがアバンの様子に気づき食器を洗いながらもちらりと横目で見上げ、アバンもレグルスの目線に気づくと「うーん」とうなりながら少し困った表情で話し始めた。
「このままでは旅に支障が出るでしょうし、あの2人を仲良くする方法を考えたほうが良いと思いましてね」
「…ポップが訓練から逃げるのも問題だが、ラーハルトはポップの良いところも忘れている」
「ほうほう、良いところですね。例えばどんなところですか?」
「あの2人が初めて顔を合わせた際、ポップはラーハルトを半魔族と知っても嫌悪感を抱かずに接した。ポップは種族ではなく個人で相手を見ている。性格の好き嫌いはっきりしてはいるが」
「仲間のことをよく見ていてグッドですよレグ君!そうなんです!ポップとラーハルトはきっかけがあれば仲良くなれそうなんですよねぇ。喧嘩は絶えなさそうですが。いっそのこと訓練の後に遊びも取り入れてみましょうか!どうですレグ君、トランプゲームしてみますか?」
「遊びならポップも逃げずにいるだろうがー」
言葉を不自然に止めたレグルスとあることに気づいたアバンが2人そろって勢いよく同じ方向、普段寝泊まりしているテントの方角に身体を向けた。現在テントにはポップとラーハルトが残っているが、その場所に向かって身に覚えのない第三者の気配が近づいていくのをレグルスとアバンは感じ取っていた。ポップとラーハルトは気配を感じ取ることができず、テント周辺ではラーハルトは変装を解いているためこのままではラーハルトが魔族であることがばれる恐れがあり、最悪戦闘になる可能性もあった。
「レグ君、戻りますよ。それも駆け足で!」
「ああ!」
アバンとレグルスは洗い物最中の食器をその場に置くと、テントの方角に向かって走り出した。
一方その頃、テント周辺では机などを片づけた後、食器を洗いに行った2人が戻るまでラーハルトは地面に座りながら訓練前に武器の手入れをし、ポップは魔法力を高めるため瞑想をしばらくしていたが、途中で飽きるとそーっと立ち上がり、無言で森に向かって歩き出した。
「まて、貴様どこへ行く」
森に向かって歩いていたポップはラーハルトの厳しい声にぎくりと身を固くすると内心汗をかきながらゆっくりラーハルトに顔だけ振り向いた。
「ちょっとトイレに」
「嘘つけ!貴様昨日はそう言って1時間は帰らなかっただろ!」
ラーハルトは手入れしていた槍を持って立ち上がり、ポップに厳しい目線を向けた。
「う、嘘じゃねえよ!」
「貴様の言うことは信用ならん!」
「信用ねえだぁ!?ラーハルト!お前いつも俺に対しては厳しくねぇか!」
「日頃の行いの結果だ!少しは反省したらどうだ?」
「な、なんだとー」
静かに過ごしていればもっと早くに第三者に気づけただろうが、ポップとラーハルトは頭に血が上り、大声で言い合いをしていたため、テントに近づく他者の足音といった気配に気付くのが遅れてしまった。結果、すぐ近くの茂みから草木をかき分ける音と枯葉を踏む音が聞こえたポップとラーハルトは驚いて喧嘩を中断すると音がした方向を同時に振り向いた。そこには白髪交じりの黒い髪に顔にしわが少し刻まれた40代ぐらいと思われる人間の男性が武器を手に茂みから出てくるところであった。男性はラーハルトを見ると驚きの表情を浮かべて固まっていたが、その表情もすぐに怒りに変わり、ラーハルトを睨みつけた。
「見つけたぞ魔族め!ここにいるという噂は本当だったようだな!」
ラーハルトに向けて武器を構えた男性から発せられる殺気にポップは小さな悲鳴を上げるとラーハルトの背に隠れ、ラーハルトはそんなポップを呆れた表情で見た後、武器を構えた男性を無表情で睨みつけた。
「ここまで接近を許してしまうとは、俺もまだまだだな」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
「死ねぇ!」
男性が武器を振り上げてラーハルトに向かって走りだしたためポップが男性を指さしたまま大声で叫ぶが、ラーハルトからすれば男性の動きは隙だらけであり、素人の剣だとすぐに分かったため余裕をもって対峙することができていた。普段から剣の達人であるレグルス、アバンと打ち合いをしているラーハルトにとってみれば殺気がこもっていようが男性の剣は脅威ではなかった。
「ぎゃー!!」
「…静かにしていろ」
男性が力いっぱい振り下ろした剣をラーハルトは背後にいたポップを後ろ手で押しながら余裕でかわすと剣を持つ男性の手首を槍の柄の部分で叩いた。剣が男性の手から離れると、芝生の上へと転がっていった。剣を落とした男性は慌てて剣を拾おうとするが、その前にラーハルトが隙だらけの男性の腹に力を込めた拳をめり込ませた。
「がはっ!」
「お、おお!やっぱおめぇ、強ぇーなぁ」
おなかを抑えながらその場にうずくまり、呻き声を上げる男性を見ながらポップは庇ってもらったこともあり、嬉しそうにラーハルトを見た。うずくまる男性に対して槍の刃先を向けながらラーハルトは落ち着いた声で話しかけた。
「なぜ襲った?俺が魔族だからか?」
男は腹の痛みをこらえながらも苦悶の表情で顔を上げると、目の前に槍の刃先があろうが気にせずラーハルトを睨みつけた。
「そうだ!貴様ら魔族のせいで俺の妻は殺されたんだ!魔王ハドラーの時代、俺の村はモンスターの軍団に襲われて…!お前らが!お前ら魔族さえいなければ!妻は死なずに済んだ!魔族などすべて滅ぶべきだ!」
「…」
その時、別の方角から走ってくる2つの足音がラーハルトたちがいる場所に近づき、ポップは足音が聞こえた方角を見るとそこには食器を洗いに行っていたアバンとレグルスが木々の間から出てくるところであった。
「アバン先生!レグ!」
現れたアバンとレグルスにポップは嬉しそうに笑顔を浮かべると走って2人の元へ駆け寄った。
「ポップは私たちの後ろにいてくださいね。あの男性の言葉は聞こえましたから事情は何となく分かります」
小川から戻ったアバンとレグルスはうずくまる男と槍を向けるラーハルトを見て、間に合わなかったかと内心思いつつ、ラーハルトがこれ以上矢面に立たないようにと考え側に行くと、殺気のこもった男性の視線からラーハルトを守るために間に入った。
「この者は人間を襲ったことはない。ましてやお前から妻を奪った魔族とは無関係だ」
「人間にも良い人、悪い人がいるように魔族にも良い人はいます。種族でなく個人として相手を見るべきだと私は思いますよ」
男性は新たに表れたアバンとレグルスを見て驚きの表情を浮かべていたが、話の内容を聞くうちにみるみる怒りの表情を浮かべ、アバンとレグルスに対しても睨みつけた。
「なんなんだお前たちは!なぜこの魔族に味方する!この裏切り者が!魔族をかばうならお前たちも俺の敵だ!」
アバンとレグルスは男性の言葉を聞きながら説得するのは難しいと判断し、これ以上ラーハルトを傷つけさせないためレグルスは男性を黙らせるためラリホーを唱えようとしたところ、自身の両肩に手を置かれたため呪文を唱えるのを止め手を置いている人物を見上げた。そこには先ほどまでアバンの後ろに隠れていた、震えながらも男性を睨みつける少し情けない表情のポップがいた。
「う、うるせぇ!確かにあんたの奥さんはかわいそうだ!けどなぁ、あんたの奥さんを奪ったのはここにいるこいつじゃねぇ!」
ポップはラーハルトを指さしながらも声が少し震えおり、男に対して恐怖を感じていることがはた目からも分かったが、それでもはっきりと男に向かって言い返しており、そこには力とは違った強さを感じた。指さされたラーハルトは普段の情けない姿とは違い自分をかばって啖呵を切るポップを驚きの表情で見ていた。
「あんたから奥さんを奪ったのはハドラーという魔族だ!同じ種族だからって何もしていないこいつに恨みを晴らすのは、間違ってるぜ!」
男性はポップの言葉に対して表情を曇らせ唇を噛みしめると顔を地面に向けた。しばらく静かにしていたが、少しすると怒りの表情でポップたちのことを睨みつけたため、説得は無理かとレグルスが再度男が口を開く前に黙らせようとラリホーを唱えようとしたところ、遠くから聞き覚えのない女性の声が森に響き渡った。
「お父さーん」
女性の声を聴いた男は驚きの表情で顔を上げたため、この男の娘かとあたりを付けたところ、茂みから20代ぐらいの女性が飛び出してきてうずくまる男の側に駆け寄った。
「来るな!」
男は女性に対して怒鳴るが、女性は男の言葉を無視すると、男をレグルスたちから隠すように両手を広げて前に出た。
「ご、ごめんなさい、許してください!お父さん普段は優しいけど、魔族となると人の話聞かないの」
「なんで来た!来るなと言ったはずだ」
「そんなのできるはずないじゃない!お母さん死んじゃって、これでお父さん死んじゃったら私一人になるのよ!絶対に嫌よ!お父さんが帰るまで絶対に離れないんだから!」
女性は泣きながら男性にしがみつくと力いっぱい抱きしめ、離さないという強い意志が感じられ、男性は戸惑いの表情で自らの娘を見つめていた。アバンは親子の側に刺激を与えないようゆっくり歩み寄ると膝を地面につけ、穏やかな声で男に話しかけた。
「お父さん思いの良い娘さんではありませんか。奥さんを失ったお気持ちは察します。ですが、奥さんの忘れ形見を悲しませてはなりません。復讐ではなく、娘さんのために生きてください。奥さんも娘さんもそれをきっと望んでいますよ」
「……」
「お父さんが、すみませんでした…。私たちを、許してくれますか?」
「そうですね、許すかどうかは―」
アバンは背後にいるラーハルトに目線を向けた。ラーハルトは娘の言葉とアバンの目線に一度目を閉じた後、槍を下ろして落ち着いた態度で親子を見下ろした。
「…さっさとこの場から失せろ」
「ありがとうございます。お父さん、ねっ、もういいでしょ。この魔族はいい人みたいよ、お父さんが復讐するような人じゃないわ!帰ろう?」
「…分かった」
娘は父親の背中に手を添えながら立ち上がると父親とともにベンガーナに向かって歩き出したが、数歩歩いたところで男は立ち止まると、ゆっくりと振り向き、ラーハルトを見つめた。その表情は先ほどの怒りの感情ではなく、少しの戸惑いがあったが落ち着いた表情でラーハルトを見つめていた。
「…一つ聞きたい。あんたは人間を憎いと考えたことはあるか?」
「ふん、貴様のような奴が過去に何度も俺の前に現れては俺を殺そうとしてきた。そのたびに人間を憎いと何度も考えた。だが…人間にも良い奴はいる。…だから俺は、俺を助けてくれた者のために闘う。…貴様にこれ以上教えてやる気はない」
「…あんたは少なくとも悪い魔族ではなさそうだな…。一つ忠告しておく。魔族がここにいるという噂は数日前からベンガーナで話題になっていた。争いを好まないならここを離れたほうがいい」
「!…忠告感謝する」
男性はラーハルトたちに背を向けるとベンガーナへ向かって歩き出し、女性もお辞儀をした後、男性と並んで森の中へ入っていった。
「つ、疲れたぁ」
親子が草木に隠れて見えなくなったころポップがため息をつき、緊張から解放されたことで疲れがどっと出たため、その場に腰を下ろして目を閉じた。目を閉じてボーとしていると影がかかったのに気付いたポップは目を開けると、そこにはラーハルトが側に立っており、どこか戸惑いの表情でポップを見ていた。
「ポップ」
「ラーハルト、お前!俺の名前」
「…ありがとう」
「うおぉ、おう」
ポップの名前を初めて呼び、普段はきつい態度をとっていたラーハルトが感謝を述べたことにポップは驚いて顔を上げ、ラーハルトの顔を見ようとしたが、ラーハルトはそっぽを向いてしまったためポップからは表情をみることはできなかった。先ほどまでの険悪な雰囲気は2人にはすでになく、ラーハルトがポップに対して歩み寄る姿をアバンはニコニコしながら眺めていた。
「いやー、2人が仲良くなれそうでほんとよかったです。これぞ、雨降って地固まる!ってやつですね」
「アバン先生、あの男が言っていたようにここにいるのは危険だ。すぐにここを離れるべきだろう」
「ですね、もうすでに噂はかなり広がっていると考えたほうがよいでしょう。片付けしたらすぐ出発します!ここから南下してアルキードから船に乗りましょう」
アバンの号令に一同はテントや武器、小川に残した洗い物途中の食器を取りに行き、素早く荷物をまとめ始めた。ポップは片付けをしながら先ほどの男とラーハルトのやり取りを思い出しており、ふと疑問に思ったことを離れた場所で料理道具をまとめていたアバンに質問した。
「先生、なんであの人はラーハルトを恨んだんだ?同じ種族かもしれねーけど、ラーハルトは何もしてねーってのによ」
「ポップ、先ほどの男の話を聞いていただろ…。魔王ハドラーのせいで奥さんが死んだ。その魔王は魔族だから同じ種族である俺を恨んだ」
「いや、聞いてたけどよ、考えが極端すぎるだろ!」
話を聞いていたアバンは少し考えた後、ポップの質問に答えた。
「そうですね、魔族という種族全体を恨むというのは極端ではあります。ですが、多くの人々は魔王によって故郷を失い、家族を失い、友人を恋人を失っています。人々にとって魔王と同じ種族である魔族は恐怖の象徴です。奥さんは魔王によって亡くなりましたが、その魔王は…勇者によって倒されました。あの男性は復讐対象がいなくなった後、奥さんを失った怒りや悲しみを同じ種族であるラーハルトにぶつけたのでしょう。
…そうしないと喪失感から、心が…壊れてしまうからです」
ラーハルトはアバンの言葉を聞きながら子供のころの自分を思い出し、怒りで顔をしかめた。
「勝手な話だ…魔王によって人生が変わったのは何も人間だけではない!俺も人間の迫害で母を失い、人間に追われて生まれ故郷を失った…」
「ラーハルト、おめぇ…」
ポップが目をウルウルさせながらラーハルトを見てきたため、内心甘い奴だなとは思いつつも自分のことを案じてくれるポップに安心させるように小さな笑みを浮かべた。
「心配するな、故郷を追われた先で俺は新たな居場所と友人、そして命を懸けて尽くしたいと思える主と出会ったのだ。それに人間にも良い奴はいる。魔族である俺のために怒ってくれる優しいやつがな」
「お、おめぇ、そんな風に俺を思って!」
「頼りないし、弱いし、すぐさぼる困ったやつだがな」
「…最後の一言は余計だぁ!俺の感動を返せ!」
ポップとラーハルトが仲良く言い合いながら器用に道具を片づけるのを眺めながらレグルスは先ほどの男性を思い出していた。実力差はあまりに大きいにもかかわらずラーハルトを睨みつけた復讐に燃える男の目を。男性はラーハルトに対して復讐はもうしないだろうが、魔族に対しての恨みは残っているように感じ、男性が奥さんを失った悲しみをずっと抱えて続けていくのではないかと思われ、それがとても悲しく感じた。
「アバン先生」
「どうしました?レグ君」
「先ほどの男、あの者の心は晴れることはあるのだろうか」
「残念ながら魔族に奥さんを奪われた事実は変わりありません。おそらく簡単に恨みは晴れないでしょう」
「そうか…」
「ですが!彼には娘さんがいます。娘さんのために生きることが彼にとっての救いだと思いますよ。きっと亡くなった奥さんもそれを望んでいるでしょう」
「子供のために、生きるか…」
レグルスは先ほどの男性がラーハルトを襲ったことについて許すつもりはないが、一方で奥さんを失った悲しみを娘さんとともに乗り越えて欲しいとも思っていた。
もともと荷物が少ないため、会話をしながらも荷物をまとめ終わると、ラーハルトはこの1か月で新しく作り直した仮面をかぶり魔族とばれないよう変装をし、いざアルキードに向けて出発しようとしたところレグルスがアバンに声をかけた。
「アバン先生、途中泉に寄っていただきたい」
「ええいいですよ。ついでに水を汲みましょう」
泉についた一行はここにしばらく来ないだろうと思うと水の効能に惜しむ気持ちを持ちながら水を飲んだり、革袋に水を汲んだりした。レグルスも水を汲み終わるといつも朝日を眺めている定位置に移動し、木々の隙間から差し込む太陽を忘れないように、目に焼き付けるようにしばらく眺めた。アバンが出発の声をかけたことでレグルスは太陽から目をそらすとアバンたちの元へ行き、最後に後ろを振り向き泉を眺めた後、一行はアルキード王国に向けてその場を後にしたのだった。
ラーハルトとポップの友好度は上がった!
ベンガーナに行ったら奇跡の泉は登場させたかったんですよね!
なんせバランとソアラが出会った思い出の場所ですからね!
ちなみに主人公が寝転がった芝生の場所はバランが大怪我した際にソアラが水を飲ませて助けた場所になります。
※誤字の報告ありがとうございます。内容を一部修正いたしました。