白狼天狗
それは妖怪の山でも、下位に位置する天狗であると同時に、最も人数が多く、雑兵とされる天狗である。 しかし下位とはいえ、それは幻想郷最大Dりつおぅと呼ばれる『妖怪の山』の中での話である。彼女達が、最上級の妖怪、『天狗』である事は変わりなく、一人あたりの戦闘力は、並みの妖怪よりもはるかに高い。更に彼女たちは、常に3,4人の部隊で行動するため、チームとしての戦力は、彼女たちを支配下に置く鴉天狗よりも上である事も少なくはない。
そんな彼女たちの中でも、特に凄腕の部隊は、大天狗直属の部隊として、高い地位を与えられる。
その白狼天狗の中でも最強とされ、大天狗ならず、天魔や鬼にすら、その実力を評価されている者がいた。
彼女の名前は、 犬走 椛(いぬばしりもみじ)。
剣術、武術の才に優れ、その戦闘能力は上位の鴉天狗をもしのぐほどである。 加えて嗅覚を中心に、鋭敏な感覚を持っており、危険察知能力が高く、常に一歩先を読んで行動をとる冷静さも兼ね備えている。千里先を見通すという彼女の能力は、その感覚に更なる磨きをかけていた。 そんな彼女は次期大天狗であり、いづれは山の長、『天魔』になるであろうされる射命丸文直属の部下であると同時に、白狼天狗部隊の総隊長という地位を与えられている。しかし彼女は、その肩書に奢る事なく、日頃から鍛錬を惜しまず、プライベートでは優しく、任務では勇敢に最前線に立ち戦ってきた。椛はすべての白狼天狗の憧れであり、目指すべき目標として、その名声を響かせていた。
しかし、そんな彼女には一つ不服な事があった。
圧倒的に休暇が少ないのだ!!!!!!!!!
妖怪の山そのものが白狼天狗にとっては、激務な環境であった。それらをまとめ、指揮する立場の椛の休暇が少ないのは、必然と言えば、必然である。要するに彼女は社畜だ。いや山だから山畜か。
椛は今日も走り回る。山の警備に、後輩の指導に、駄目な上司(?)の新聞の手伝いに・・・。
このお話は、そんな山畜生活から。一時的に解放され、短い休日を満喫する犬走椛のお話である。
「それでは、明日私は休暇です。 楓に桜、あとを頼みましたよ」
「お任せ下さい隊長。しっかりと休日を堪能して下さい」
「ふふふ、ありがとうございます二人とも。何かお土産を買ってきますからね」
「いやいや気にせんでください。でもちょっと楽しみかな」
「楓さんったら・・・」
「良いのですよ桜。休日とはいえ、私の代わりを負担するのは、あなた達です。そのくらいは当然ですよ」
椛はニコリと笑ってみせる。
犬走椛は休日の前にこうやって部下に、見回りの任務を引き継ぎをする。楓と桜は椛と同じ犬走一族であり、椛の右腕と左腕的な存在だ。その実力は高く、上位鴉天狗に近い戦闘能力を持っている。が、この話はまた後日。
「では、私はこれで」
「はい! お疲れ様でした!」
午後20時に椛は自宅へ帰って来た。 大半の白狼天狗が、詰所で生活する中、椛は現場に近い場所に自宅を与えられている。これも彼女が優遇されているが故である。
「さて、明日は、やるぞぉお!!」
椛はとある決意を胸に、今日は速めに寝仕度をすませ、布団に入った。
そして翌日、椛は軽い朝食の後、剣術の鍛錬をしたのち、軽くシャワーを浴びた。 そしていつもよりも良い服を着て、髪と尻尾を整えた。鏡をチェックすると、そこにはいつも戦いの中に身を置く彼女とは少し違う優雅な雰囲気を持つ少女が映っていた。
「これでよし。お金も持った」
椛は空を飛ばす、ゆっくりと散歩しながら、人里へ向かった。
そして丁度昼時に、ミスティアの店に着いた。
「こんにちはミスティアさん」
「椛さんじゃないですか。お昼に来られるのは、随分お久しぶりですね」
「ええ、やっと休暇を頂いたので、今日はゆっくりと過ごそうと思っています」
「それはよかったですね。なら私も、腕によりをかけてお料理を作りますね。生憎席はあまり空いてませんが、ご注文が決まったら呼んで下さいね」
「はい。ありがとうございます」
椛はミスティアと軽く話してから、後ろにある少し広い席に座った。この席は夜はすぐに埋まるが昼は空いている事が多い。広くてゆったりと出来るが故、昼休みに食事をする者にとっては、のんびりしすぎてしまうのだ。
(故に今日は私の特等席。いよいよ実行しますよ。悪魔的な昼食タイムを!)
「ミスティアさん、注文を宜しいですか」
「はい。何になさいますか」
「この特性ハンバーグにコロッケ、ソーセージ。そして焼きそばを。あとは・・・」
椛はゴクンと息を呑んだ。 これから自分が口に出そうとしている言葉に、わずかに迷いがある。その迷いが容赦なく罪悪感に顔を出させる。それが犬走椛の口の動きを止めてしまう。
(いや、何やってるんだ私!いうんだ。そのために今日まで仕事を頑張ってきたんじゃないですか!これは労働者の権利だ!)
椛は人差し指をピンと立てた。
「生を・・・・・」
ザワ ザワ ザワ ザワ
「・・・・大ジョッキで!」
(言えたぁああ!!勝ったぁあぁあ!!)
だが今度は・・・。
ザワ ザワ ザワ ザワ 一瞬店内が凍り付いた。
「え、っと、椛さん。 生って、生ビールですよね?」
ザワ ザワ ザワ ザワ
「・・・ええ・・・。あの、お願い、いたします・・・」
ざわわ ざわわ 椛は自分の毛が逆立っているのを感じた。心臓の音がやたらとうるさい。広いサトウキビ畑をかけぬける風のようだ。←それは違う。
「畏まりました。少々お待ちください」
一瞬間があったが、どうにか頼めた。そしてなんだか別の客から視線を注がれているように思う。
(やっぱり恥ずかしいな・・・。やめておいた方がよかったかな・・・)
「ほい生と枝豆お待ち!」
ゴトンと威勢よくテーブルに生のジョッキと枝豆のたくさん入った皿を置いたのは店員の鬼人正邪だった。
「え、いえ、枝豆は頼んでませんが・・・」
「サービスだよ。堅物なのが無理して、はめ外して、休日を満喫しようとしてるんだ。ちゃんと悪い子になれる手伝いだよ。あとお宅の上司には新聞でよく取り上げて貰ってるから、その一杯も女将からのサービスだとさ」
「ミスティアさん、正邪さん・・・」
「そんじゃ、次のも持ってくるから、とりあえずそれで楽しんでな」
「あ、ありがとうございます!」
椛はグラスから立ち上る冷気に、手を吸い込まれるような感覚を味わった。泡のシュワシュワという音が妙に心地よく、香ばしい香りが鼻孔を優しく撫でる。
「キンキンに、冷えていやがります。び、ビールって、こんなに神々しい飲み物でしたっけ・・・?」
椛の独り言に応える者は誰もいない。ビールの泡の音と香ばしさが、沈黙と欲望を更に引立てる。椛はゴクリと唾を吞んだ。
「で、では、いただきます」
ズシリと、いつもよりも重いジョッキを持ち上げ、それを口元へもっていき、傾ける。
ゴクゴクゴク!!「ングングング」
自然と喉が鳴る。口内で冷たい炭酸が躍り、わずかな痺れが快感に変わる。苦味と香ばしさが、わずかな甘みへと変わっていく。喉と胃がだんだんと熱くなっていく。すべてが旨味へとなっていく!!
「・・・!! かぁああーーーーーーーー!!! しみるぅ!!!」
半分以下にまで減ったグラスをゴトンと置く。
「は、犯罪的だ!!お、美味しい!!あ、悪魔的に・・・!!と、とりあえず、興奮を沈めないと」
椛は枝豆をパクリと口へ運ぶ。
「ん!! 丁度良い塩味で、ビールにぴったり! これは最初からお酒が進みますねぇ」
椛は枝豆を食べたあと、残りのビールを口へ流し込んだ。
「はわわわぁ、なんで真昼間から飲むビールって、こんなに美味しいのでしょう。夜のものとは格別です、おかわりをお願いします!」
「流石は天狗。良い飲みっぷりだね。もうすぐハンバーグも出来るからな」
「はーーーいありがとうございます!!」
背徳感。 それは真面目な者ほど持ち合わせる感情であり、彼ら彼女らは、それを乗り越えた時、快楽の頂点に達するという。 犬走椛は、本来仕事熱心で真面目なエリート。不真面目な事が大嫌いであり、常に己の欲求を厳しく抑えつけている。
しかし、 しかしそんな彼女だからこそ、真昼間から、勤め人が集まる店で、酒を飲んでみたいという欲望は人一倍強かった。それは恥だと自分に言い聞かせれば、言い聞かせるほど、その欲は、もう一人の自分となり、いつも真面目な自分をあざ笑うかのようにささやくのだ。「やってしまえよ」 っと・・・!! そしてもう一人の椛は見事に勝利した!真面目な理性を制圧したのだ!欲望の塊の自分が放つボディブローからのガゼルパンチ、必殺のデンプシーロールは、真面目な自分を、気持ちよくマットに沈めてくれた。 帰れるんだこれで、ただの女に、戻れるんだ・・・!!おぉライラライラライラ・・・。
「へい、コロッケに特性ハンバーグ。ソーセージに焼きそば、お待ち同様!!」
「あ、ありがとうございます。そ、それ、と生を、つ、追加で・・・」
「へい!生追加ね!」
正邪の声で、また客たちがザワつき始める。
「こ、こんな昼間から、あんなに酒を・・・」
「いや、あの方は天狗様だぞ。 警備とかもして下さる白狼天狗様だ」
「あぁ、あの文屋のカラスの姉ちゃんといつもいる」
「確か椛さんとか言われたな。さぞかし偉い天狗様なんだな」
彼らは小声のつもりだったが、勿論耳の良い椛には筒抜けだった。
(わ、私は山では下っ端なのに、天狗『様』だなんて・・・!!ひょっとして、私、尊敬されていますか? だ、だけど確かに天狗は上位の妖怪・・・。私だって、並みの妖怪よりは、強いし、それなりに・・・)
椛の胸が騒ぐ。 ザワ ザワ・・・。
(たぶん、いや実際、私は文さんより働いてる。そうだ!!今の私は、昼から酒を飲んでも許される権力者・・・!!!)
観客たちの小声とほろ酔いが、椛の興奮を、一気に絶頂まで跳ね上げた。
「よーーーーしい!! 今日は飲みますよ!! ミスティアさん、ここにいるお客さんのお代は私が持ちます!!さぁみなさん、じゃんじゃん飲んでくらさい!!」
「へ?」「こりゃ、面白い」
こういう展開に慣れていないミスティアは、やや茫然とするが、正邪はいたずらっぽくニヤリと笑う。
「い、いや、ですが天狗様、我々はこれから仕事が・・・」
客の一人が申し訳なさそうに手をあげる。椛は腕組をして返す。
「私は次期大天狗になる者です、あなた方の職場の上司には、私があとで話をつけてあげましょう。さあ、今は何もかも忘れて、飲み明かして下さい!!」
「おお!! も・み・じ も・み・じ!!」
店内は一気に椛コールで地鳴りがしそうになった。 まさにララパルーザ!
それからは注文の嵐だった。
犬走椛は、皆が楽しそうに酒を飲み、食事をするのを見ながら、飲み物をビールから、レモンサワーに切り替えた。
「酸味が強いのに、後口はまろやか! これはいけますね。
「ご注文お待たせしました!ハンバーグに、コロッケ、ソーセージに焼きそばです!」
「ありがとうございます!いただきます!! むぅ!このハンバーグ、すごく濃厚で肉汁たっぷりで、ほっぺたが爆発して、とろけそう!中のチーズが力強くも、肉とはまた違うコクとまろやかさをかもしだして、あぁ・・・!」」
パク!モグモグ!グビグビ!
「このコロッケ、手間がかかってますね。コロモはサクサクで上品、中のおいもはホクホクでネットリと甘い!!ゲプ! それにこのソーセージはなんでしょう!パリっと弾力のある皮を噛みちぎれば、肉汁の洪水が口内をアチチチっ!でもそこにお酒を流しこめばングングング!!プハーーー!!」
椛は食べる事が大好きで、かなりの大食いだ。それに日頃から鍛錬や見回り、部下の稽古と多忙を極めている。おまけに真面目で堅物であるが故、ハメを外すという事に憧れを抱いていた。そんな彼女が背徳感を乗り越え、理性のかせを外したのだ。食欲がわき上がり、食べても食べても腹が減り、飲めば飲むほどテンションが上がっていく。口に入れるものがどんどん美味しくなる。それがまた彼女のテンションを更に上げる。 まさにテンションスーパーサイヤ人!頭空っぽのほうが、夢詰め込めるという歌詞があるが、腹にものを詰め込めるというものだ!
「アハハハハハ!!みなさん、のんれますかぁ~~www 今日はおごりますよぉおl!! なんらって、私は未来の大天狗、いえ、天魔!妖怪の山のナンバー1なんれす!!あやしゃんを嫁にして、めぐたんに肩揉ませて。ほたてしゃんには靴磨き!!博麗の巫女だって、下僕みたいにゃものれす!!!あ、このハンバーグ追加で3つお願いしましゅ!楓と桜とあやしゃんへのお土産れしゅ!!」
「あはははは!!椛って酔うと面白いなぁ!そういう下剋上発言は、私大好きだぜ!!ゴクゴクゴク!ぷはーー!!」
「めぐたんって、飯綱丸様ですよね。大天狗様になんて事を・・・!しかも霊夢さんを下僕って、殺されますよ・・・? っていうか正邪さんまでなに飲んでるんですか!!」
ミスティアは手も動かすし、ツッコミもやる。今一番大変なのは、間違えなく彼女だろう。
混 沌
もはやそれ以外の言葉は必要なかった。 故に余計な事を考えずにいられる。 とにかく楽しかった。後先考えず昼から大勢でどんちゃん騒ぎしながら飲む酒は、まさに至高にして至福! 贅にして沢! それ以外の説明が必要だろうか?
大宴会は店の材料切れと共に幕を下ろした。 気持ちよさげに、やや名残惜しそうに、客人たちは店を後にした。ほぼ全員が、しっかりと自分の飲み賃を支払って、気持ち良さそうに眠っている椛に小声で礼を言って帰って行った。
「あややや、本当に気持ちよさそうに眠っていますね」
人里の大宴会の噂を聞き付けた射命丸文だったが、椛の休日に水を刺したくはなかったため、外からずっと見守っていた。
「はい射命丸さん。椛さんからあなたへのお土産のハンバーグです。あとは楓さんと桜さんあてのも。温め直してから召し上がって下さいね」
ミスティアは丁寧に包んだハンバーグを差し出す。
「これはありがとうございます。えっとお代・・・」
「椛さんから頂いていますよ。椛さんったら、自分の支払いは忘れてるのに、お土産の分はしっかりと払って下さるんですよ」
「・・・そうでしたか」
「いい部下じゃないか。いつまでも下っ端扱いしてないで、もっと優遇していたわってやんなよ。こいつ、相当疲れてるぜ」
「そんなつもりは・・・、いえ、ありがとうございます正邪さん。肝に銘じます」
何か言おうとした文だが、言葉を止め、正邪に礼を言った。そして幸せそうに眠っている椛を優しく背負う。
「それでは、本当にお騒がせ致しました」
「いえいえ大天狗様にも宜しくお伝えください」
文はミスティアと正邪に頭を下げると、椛を背負ったまま軽々と飛び上がった。 風が吹いたかと思うと、その姿はもう見えなくなっていた。
「さーて女将さん、今日は店仕舞いだ。とっとと片付けて、明日の仕込みやっちまおうぜ」
「正邪さん、椛さんのお代、請求するの、忘れました・・・」
「・・・・。今度飯綱丸にでも請求してやろうぜ。あのおばさんは、無駄に金持ちだからな」
「・・・それもそうですね」
ミスティアは複雑そうに、正邪は愉快そうに笑うのだった。
「・・・ン、あや、しゃん」
「起きましたか椛。少しは羽を伸ばせましたか?」
「・・・あやしゃんの背中、柔らかくて暖かい。 お布団みたい」
「・・・そうですか。私が家まで送りますから、ゆっくりとおねむり・・・」
「あやしゃん、ぎもぢわるい・・・」「へ!?」
「う、うぷ・・・!!」
「だ、ダメです椛!ここでは絶対に!堪えて!でないと良い話で終わ・・・」
「もう、だ・・・め〇▽×」
「きゃああぁあああぁあああぁああああぁあああああ」
射命丸文は、これまでにない深手を負ったが、ハンバーグは死守したそうだ。
こうして犬走椛の、貴重で楽しい休日は幕を閉じたのだった。
あとがき
はじめまして?ですよね。
ナガレボシ改め、悟れなかった流星です。まずはここまでのおつきあい、ありがとうございました。
いつまで書けるのかわからないので、過去の『犬走椛の休日』をリメイクし、『椛ちゃんの休日グルメ』とし、メインとして投稿する事にしました。今日中にもう一話投稿する予定です。
それでは、次回も宜しくお願い致します。