7月に入ったとはいえ、夜の風には、寒さの名残があった。 科学の発展していない幻想郷では、外の世界のような廃棄ガスやエネルギーが存在しない。なので地球温暖化という言葉すらない。なので夏とはいえ、この時間帯の、しかも空の冷え込みは、私達が想像しているよりも、ずっと激しい。また夜は妖怪が狂暴化する時間帯でもある。その傾向は知性と戦闘力が低い妖怪により多く見られ、夜に外へ出ようものなら、人間など無差別に食い殺されてしまう。そうならないために博麗の巫女や、警備などがいるが、彼女たちとて万能ではない。妖怪の出歩く時間に出歩けば、襲われても文句は言えないのだ。
何が言いたいのか?
外の世界では、幻想郷は楽園と呼ばれ、可愛い少女達と仲良くなれる場所と思っている者が多い。確かに自然を体いっぱいで味わう事が出来るし、現代社会のように学業や仕事に追われると言った事は少ないだろう。しかし常に自然の厳しさと、妖怪に襲われるかもしれないという恐怖と隣り合わせで生活をしなければならない。これらの事に耐えられない者は病に倒れ、死が待っているだけなのだ。
文明に恵まれ、精神的には衰退の進む現代社会と、弱肉強食が主流の幻想郷。あなたはどちらで暮らしたいと願うだろうか?
射命丸文と犬走椛が取材へ向かっているのは、そんな夜遅くだ。時計がないので、時間はわからないが、そもそも彼女達に数字の時間は必要ない。夜に取材へ向かったのは、相手が吸血鬼で、昼はあまり活動出来ないからだと考えての事だ。日光の下に活動できる吸血鬼なら、そもそも紅い霧で、日光を遮断する必要はない。最も日光を浴びても平気な妖怪を、吸血鬼と呼べるかどうかはわからないが。
「さて、いよいよですよ椛。気合を入れますよ」
「私は戦いをしないなら、別に気合なんて入れなくても良いんですがね」
「何てことを!久しぶりのスクープだと言うのに」
「まあ吸血鬼に興味はありますけどね」
「・・・朝の勢いがないですね。どうしました」
椛の様子がいつもと違う事に文は気が付く。
「・・・念のために私の千里眼で、紅魔館を覗いてみたのです」
「確か椛の能力は千里先まで見通す能力でしたね。それで何かありましたか?」
「門番が、たぶん私達の接近に気が付いています。恐らくレミリア・スカーレットも」
「ふむ私達は、だいぶ前から妖力を消して飛んでる。なのに感づかれている。ということですね」
「そうなります」
「あはははは、それは取材がしやすいというものですよ」
「文さん、敵の中に飛び込むんですよ。それに私はなんだか嫌な予感がします」
「ふむ」
(椛は狼だ。千里眼を使った洞察力と、聴覚や嗅覚を使った感覚は、私以上。それに実力だってある。彼女がここまで不安になるという事は、何かよからぬ事の前触れかもしれませんね)
「椛、安心なさい。私は武力行使が出来ないわけではないのです。使わないだけなのです。取材をさせて貰う側の礼儀ですよ」
「どういう事ですか?」
「向こうが最低限の礼儀もわきまえないのならば、いつでも私は戦いますよ。だから安心なさい。あなたが恐れるような事は、何も起こりません。それともこの次期大天狗が信用できませんか?」
「は、はわわわわ!文さん、カッコイじゃなくて、ゆ、油断しないで下さいね。次期大天狗様に怪我でもされたら、その、妖怪の山の面子に関わるんですから」
「フフ椛はツンデレさんですね」
「どこから仕入れてくるんですかそういう言葉」
「企業秘密ですよん」
「同じ妖怪の山の者同士、企業秘密は共有して貰いたいものですね」
そんな事を話している間に、二人の前に大きな紅い洋館が見えて来た。四角くてゴツゴツとした、幻想郷に不似合いな建物だ。
「さて、これが紅魔館ですよ」
「間近で見ると本当に威圧感がすごい。吸血鬼は500歳って聞いてましたけれど、この建物からはその倍くらいの威圧感を感じます」
「椛、これは気合を入れて取材をなければならないようですね」
「取材はともかくとして、気合を入れないといけないのは事実ですね」
文と椛は互いに見合い、コクリとうなづいてから、更に屋敷へ近づいた。
「これはこれはお客様方、以前は大変失礼致しました。さぁ、我が主が待っております」
屋敷の前には異変時、文を追い払った門番がいた。緑を強調する中国の武道家風の服を着た女性だった。赤い長い髪と、軍隊を思わせる帽子がトレードマークだった。
「今度は追い返さないのですね。それにその様子だと、私達が今日来る事はわかっていたようですね」
「ええ、その通りです。だから勤務時間外ですが、こうやって私がお出迎えさせて頂きました。ああ失礼、私はこの館の門番・紅美鈴と申します」
「ご丁寧にどうも、私は射命丸文。妖怪の山の天狗です。こっちは部下の犬走椛です」
「どうぞよろしく」
3人があいさつを交わしたその時だった。何処からともなく羽音がしたかと思うと、大量のコウモリが現れた。
「これは・・・」
「戯れですよ。我が主はまだまだ子供でね。どうぞ寛大に受け止めてやって下さい」
大量のコウモリは文と椛を翻弄するように、彼女達の周りを回った。かと思うと、それらは夜空で一つになり、人の姿を形成していった。
「・・・なんて妖力」
椛は思わず身構えた。
コウモリの羽と羽がこすれあい、キーキーという耳障りな音が辺りに反響する。そこからは膨大な妖力があふれ出していた。そしてそれは星と月の明かりをスポットライトの代わりのようにして、やがて人間の子供の姿になった。最もその背中から生える背丈に似合わないコウモリの羽根と、辺りを浸食するほどの妖力とも邪気とも取れるその力が、彼女が人間ではない事を証明していた。
「初めましてお客様方、私がこの紅魔館の主・レミリア・スカーレットでございます。先日は私の戯れのために、どうもご迷惑をおかけしました。お詫びと言ってはなんですが、今日は誠意を込めておもてなしをさせて頂きますわ」
妖怪に外見は関係ない。しかし人間でも妖怪でも、まずはその外見から物事を判断してしまうのは筋である。レミリア・スカーレットの外見は10歳前後の少女のものだった。しかし彼女が放つ言葉の重さと、その気品に満ちた立ち振る舞いは、妖怪のそれとは、まるで別物だった。それこそ力だけならば文の方がはるかに上だろう。しかしそれ以上に、今まで感じた事のない威圧感が、この場を支配していた。
(ここは、負けませんよ!)
射命丸文はスウっと深呼吸をした。
「黒き翼に、思想を乗せて、灯せ取材の青信号! 風神少女射命丸文! 定刻前に、ただいま到着!」
「文さん!!本当にやったよそれ!?」
椛が思わず声をあげる。文はどうだといわんばかりにレミリアを見る。しかしレミリアは動じる事なく、クックックと微笑んだ。
「闇の翼に野望を乗せて、閉ざせ幻想郷の青き天(そら)、夜の帝王レミリア・スカーレット。紅霧と共に、ここに降り立つ」
レミリアはその大きな翼を広げたかと思うと、上品にスカートのすそをわずかにめくり、わずかに頭を下げる。その姿は気品と自身に満ち溢れていた。
「ぐほぁ!か、カッコイイ!!」
「文さん負けてる!完全に負けてます!」
椛は崩れ落ちる文を必死でサポートする。そんな様子をレミリアは面白そうに見る。
「戯れですわ天狗様。いえ射命丸様でしたわね。今宵は取材、でしたかしら。立ち話も疲れるでしょう。どうぞ中にお入り下さいませ」
「あ、はい。そのお言葉に甘えて、お邪魔させて頂きますです」
(ダメだ。文さんは完全に向こうのペースに呑まれてる。このままでは妖怪の山のイメージが・・・。私が頑張らないと!よし、ここはあの吸血鬼の威厳を壊す)
「レミリア・スカーレットさん、博麗の巫女とは、激戦だったと伺っております」
「ええ。霊夢は強かった。彼女との戦いは本当に楽しかった。私を心の底から、ワクワクさせてくれたのは、いつ以来かしら」
「その割には、力が戻っているようですね」
「何を仰りたいのかしら」
「巫女との戦いの傷を癒すのに、いったいどれほどの人間の血を吸ったのかなと、気になりましてね」
挑発的な笑みを浮かべる椛に対して、レミリアはおかしそうに、そして何処か残虐な笑みを浮かべる。
「あなたは、自分が今まで食べたパンの数を聞かれて、答える事が出来るのかしら?」
「ディオォオ!!(吸血鬼ネタで引っかかったな!さぁギャグに食らいついてこい!その威厳そのものを、部下の目の前で崩してやる)」
「ディオ?それは幻想郷でのパンのお名前かしら?ぜひお聞かせ下さい天狗様」
「へ?」
「お嬢様、申し訳ありませんが、パンは明日の朝しか焼き上がりません」
「それは残念。だがまあいい。パンがないのならば、ケーキを食べれば良いのだから。そうねお口に合うかどうかわかりませんが、天狗様たちには、とっておきのケーキを召し上がって頂きましょうか。それに身内自慢ではありませんが、我がメイドの十六夜咲夜が淹れた紅茶は、絶品ですわよ。お口に合えば、ですけれど」
「ぐ、ぐはぁ・・・・ま、負けた・・・」
「も、もみじぃい!!」
「あ、文さん、なんですかこの人、威厳あるしギャグに動じないし、声優さん使いこなしてるし!うちの大将みたいに、声優さんの無駄遣いしてないし!」
「お、お、おおお落ち着きなさい椛!飯綱丸様にまだ声優さんは着いてません」
「水樹〇々さんか平〇綾さんを希望されてます」
「自分の分際わきまえてるんですかあの人は1?日向ヒナタや涼宮ハルヒにでもなるつもりですか!」
「うぅ、なんかもうこの話の主旨がわからなくなってきました。この人こそ王ですよ!うぅ、うちの大天狗様と取り換えてほしいくらいです」
「お、落ち着きなさい椛。レミリア・スカーレットは夜の帝王ですが、飯綱丸様は言葉通りお山の大将です。もうこの差はアニメ回のジャイアンと、映画版のジャイアンほどの差があります!!」
「うぅ私は飯綱丸様の部下ですが、心の友にはなくたくありません」
「椛は私の心の友だから大丈夫ですよ」
「と、友達終わりですか。フン」
「あやややや?何怒ってるんですか」
「ホント、飯綱丸様がアニメ版ジャイアンなら、文さんはアニメ版のスネ夫だなって思いましてね!」
「酷!?」
「ハックシュン!風邪かな」
遠くでくしゃみを連発する飯綱丸様だった。
レミリア・スカーレットはあえて口を出さずに、何か面白いものを見るような目で、文と椛が慌てる様子を眺めていた。
「さて、天狗様の取材は、私自らがじっくりとお受けいたしましょう。しかしその前に。咲夜」
「はい」「「!!!!」」
いきなり背後に現れた気配に文と椛は思わず息を呑んだ。椛はその姿を眼で確認するより速く、反射的に背中の剣に手をかけようとするが、剣と手の間には、手があった。
「申し訳ありません天狗様。館内には好戦的な者もおりますので、武器はこちらで預からせて下さい。それが取材をお受けする条件でございます」
「な・・・」
(私達の背後に回っただけでなく、椛が剣を抜く前に止めた・・・。それにこの子は人間)
思わぬ事態が射命丸文を冷静にさせた。彼女は少女、十六夜咲夜の全体を見た。銀髪で身長の高いメイド服を着たその少女は主のレミリアと同じで、立ち振る舞いには品があり、柔らかい物腰にも関わらず、こちらを威圧するような不思議な力があった。
(無駄のない見事な動き。しかし熟練というわけではない。つまりどんな理論を当てはめても、椛以上の素早さを出すことも、私の背後に回る事も、物理的には不可能。ならばあり得ない話だけれど、この子の能力は、その『あり得ない』が当てはまる)
射命丸文は、人間からすると恐ろしい早さで考えを巡らせ、状況を分析した。そして十六夜咲夜の初手から10秒とかからず、その能力を見切った。
「時間を操る程度の能力、ですか。まさか人間にその能力を持つ者がいるとは。これはスクープなんてものじゃ、ありませんねェ」
「「!!!」」
今度はレミリアの顔色が変わった。
(たったあれだけで、咲夜の能力を見切った?霊夢や魔理沙ですら、見切るのに苦労したと言うのに)
「あ、文さん、いくらんでもそれは。時間を操るなんて。その能力は最早神の領域です。人間にそのような事が・・・」
「うろたえるな椛」
文の表情が変わり、目が鋭くなっている事に椛は驚く。そこに新聞記者の射命丸文はいなかった。
「この世のすべての現象は、言霊と力によって操る事が出来る。私が風を操るのも、このお嬢さんが時間を操るのも、大した差はありません。それに弱点も多いようですし、何よりもこのお嬢さんが力を扱う者としては、まだまだ未熟です」
「それは、どういう事かしら?ぜひご説明願いたいですわね」
「いいですとも」
「咲夜やめ・・・!!」
レミリア・スカーレットも、犬走椛からしても、瞬きをする間もなく勝負が着いた。
射命丸文は十六夜咲夜の手を押さえつけて、地面に組み伏しており、その背後に回ったレミリアの喉元には、咲夜から奪い取った銀のナイフが突きつけられていた。
「十六夜咲夜さん、でしたよね?あなたは戦いよりも手品師がお似合いですよ。人里でやれば、とてもうけるでしょうね。そうなれば私の新聞で宣伝してさしあげますよ」
「・・・・!!」
「それにレミリア・スカーレットさん。ようやく見れましたよ。貴女の恐怖に怯える顔をね。さて、動きたければ動いても宜しいですよ。紅美鈴さん」
「・・・・!!」
射命丸文の鋭い眼光を受けて、美鈴の身体は硬直したように動けなくなり、思わず尻もちをついた。自らの思考とは関係なく、冷たい汗があふれ出していた。
「参った。お遊びが過ぎたようだな。私の負けだ。どうか2人を解放してやってくれ。妖怪の山の天狗を侮った罪は、私一人で受けよう」
レミリア・スカーレットはゴクリと生唾を呑んだあとに、どうにか言葉を放った。
「それは結構。 次はないから、そう思っておいて下さいね♪」
「ああ、肝に銘じておくよ」
射命丸文の表情から殺気が消え、元の新聞記者の顔へ戻った。レミリア、咲夜、美鈴はホッとしたように胸を撫で下ろした。
「ところで取材は受けて下さるのですよね?もちろん、ケーキとやらも、ご馳走して下さるんでしたよね?」
「ああ勿論だ。咲夜、美鈴、お客様をお通ししなさい。私はドレスに着替えてくるから、それまで丁重におもてなしして差し上げるように」
「は、はい」
「畏まりましたお嬢様」
「ではお言葉に甘えて、失礼しまーす♪」
「お、お邪魔します」
美鈴と咲夜に迎えられ、文と椛は紅魔館に入った。
「椛、私はスネ夫君から、映画版ジャイアンに昇格できましたかね?」
「な、いきなりそんな・・・。でも、文さんはやっぱり、すごいです」
「ありがとうもみ太君、我が心の友よ」
「強引に名前を合わせないで下さい!」
照れたり怒ったりする椛を、文は面白おかしそうに眺めていた。
(私なんて、まだまだだな)
椛はわずかに唇を噛み締めた。自分一人だったら、レミリアはおろか、咲夜の能力を理解する前に負けていただろう。だが文は違う。誰も傷つけず、レミリアを屈服させてしまったのだ。新聞記者としても天狗としても、彼女は我を通したのだ。それが射命丸文の力なのだ。大天狗や天魔すら一目置く、幻想郷でも指折りの実力者。椛はそのような彼女の下で働けることを誇りに思うと同時に、自分ごときにそんな価値はないと劣等感にさいなまれる。
(強くなろう。もっともっと。文さんの隣にいるのに相応しくなるために。今度は私が文さんを守れるように・・・!)
この日から、犬走椛は新たな目的に向かって、大きな一歩を踏み出すのだった。 それを知ってかどうかは定かではないが、射命丸文が彼女を見る目はいつになく優しかったように見える。
文々。新聞
突撃取材! 紅魔館は幻想郷の新たな可能性!?
〇月〇日。幻想郷の空を紅い霧で染めた異変の主犯、レミリア・スカーレットは翌日に博麗の巫女の手によって退治された。2人の実力は均等しており、互いに一歩も譲らない激戦の結果、勝利の女神は博麗霊夢に微笑みを向けた。この戦いの中で、霊夢はレミリアを、レミリアは霊夢を好敵手と認め、今では先の争いが嘘のように仲良くなっている。
外の世界から訪れた妖怪が、異変をきっかけに人間と分かり合える。レミリア・スカーレットの起こした異変は迷惑極まりないものだったが、人間と妖怪の新たな可能性を見出してくれたのは事実である。
著者も紅魔館に取材を試みた。紅魔館は主のレミリア・スカーレットと、その妹君のフランドール・スカーレットの吸血鬼姉妹。2人の側近でありナイフ投げの得意なメイド長の十六夜咲夜。門番と庭師の両方を務める格闘家の紅美鈴。レミリア氏の親友であり、彼女から動く大図書館と評される魔法使いパチュリー・ノーレッジと、その召喚魔の小悪魔の6人が生活している。なんともバラエティに富んだ冒険者のような住民ではないか。一人一人癖はあるものの、話していて面白いし、何より皆が紅魔館の住人である事に誇りを持っている事が伺えた。レミリア氏いわく「これは、私のカリスマあっての事でしょうね」と微笑んでいたが、あながち間違いではないだろう。
彼女達が、この先どのようにして幻想郷へ馴染んでいくのか、正直なところはわからない。しかし彼女達を受け入れる事が、幻想郷の大きな発展の一歩につながると、著者は胸を張って言いたい。
射命丸 文
「私はレミリアァ、カリスマだぁ~♪ 天下無敵の吸血鬼ぃ」
文が送ってくれた新聞を、レミリアは咲夜の淹れてくれた紅茶を飲みながら、鼻歌をうたって面白そうに読んでいたという。
あとがき
ここまでのおつきあい、ありがとうございます。今回は射命丸文の二面性を出してみました。彼女は原作、二次制作ともに、天狗と新聞記者とで顔が違い、そこが魅力の一つでもあります。
さて今回で紅魔郷編はお終いです。一気に投稿しましたが、いかがでしたか? 気にって頂けたなら、お気に入り登録、評価など頂けると、励みになります。
それでは、次回も宜しくお願い致します。