キヴォトスにこちらの世界の音楽を流す妄想   作:マカロニサラ・ブリッグス

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夏だ!水着だ!エビだあぁぁぁぁぉぁ!??


サオリの場合

 

 コツリ、コツリと冷たいコンクリートの廊下に乾いた足音が響く。その薄暗く無機質な一本道を辿った先には、重苦しい金属製のドアが鎮座している。

 

 固いドアノブを躊躇無く捻る。ぐぐぐと擦れて軋み、低い唸り声を挙げながら扉は開いた。

 

「……錠前サオリだ。今日の仕事は無事完了した」

 

「ああ……ご苦労だったな。ほらよ、約束通りの報酬だ」

 

 仕事の報告を聞いたモニター頭の男は面倒くさげにしながら、テーブルの上へと一枚の封筒を投げた。

 それを受け取って、封を開けてその中を除く。そして同時に感じた明らかな違和感に私は首を傾げる。

 

「……少ないのだが、これは一体どういうことだ」

 

 中に入っていたクレジットはたった数枚のみ。書類ではこの数倍ほど多く記載されていた筈なのだが……何かのミスでは無いかと疑問に思った私は、支配人に疑問を呈した。

 

「少なくなんかないさ。……見ての通り、書類の内容に不備は一切無いぞ」

 

「いや、だが受け取った金額が書類と明らかに違うぞ。その理由が一体、何なのか詳しく教えて貰おうか」

 

「理由も何も、紙にちゃんと書いてあるだろう?」

 

 書類を何度も見返すが、やはりその書面の金額はそのまま。読み手が認識しにくいように、端に小さく注釈がある訳でも無かった。

 

 いよいよ分からない。一体どこに表記されているというのだろう。

 

「はぁ……一行ごとの最初をよく見てみろ、縦に書かれているだろう?『金額は担当の判断で決定される』……とな。何も間違いは無いだろう」

 

 ……どうやら私はまた、相手にしてやられたらしい。少しは自分も成長していると思っていたのだが……この体たらくでは、目標とするレベルにはまだまだ程遠いようだ。

 

「ふう……そうか、わかった。では失礼したな」

 

 封筒を懐へしまい込んでから帽子を深く被り直し、支配人に背を向けてそのままオフィスを後にした。

 まだ私の視野は狭いという学びを新しく得ることができた。今回の報酬はこれでいい。

 

 外へと出て、街灯が届くことの無いブラックマーケットの汚れた路地を進んでいく。足早にして捨てられたゴミ袋を横切れば、慌てて逃げ出すネズミの群れが目に入る。

 

 裏世界での仕事を受けて回ることには大分慣れてきた。

 

 それに少しずつではあるが、犯罪スレスレの裏社会の闇という暗い感情がない、表社会の真っ白な仕事も回ってくるようになっている。そのおかげか、生活に困ることもあまり感じなくなった。

 

 なにより、社会に出てから本当の人の心というものを知ることが出来た。悪い人達も確かにいるが、それ以上に親切心や優しさを向けてくれる温かい人が多い。

 

 それは、アリウスでの苦痛と絶望の生活では考えられない発見だった。そんなことを考えながらしばらく歩き続けてようやく、自分が現在暮らしている家へと到着した。

 

 扉を開けるとそこは5畳ほどの部屋。トイレとシャワーはあるがキッチンは無く、窓はあるが路地裏という立地であるために、絶対に日差しが入ってくることは無い。

 

 家賃も安く、最低限の生活ができるレベルの家だが、寝床さえあれば私には十分すぎる条件だ。この物件を探すのを手伝ってくれた元バイト先の人には感謝しかない。

 

 シャワーで軽く汗を流して、このまま一眠りしてしまおう。そう思った時に、スマホの通知音がなった。

 通知欄を確認すると、見慣れた名前が表示されている。

 

「……アツコ?どうして急に……?」

 

 手に取って見てみればアツコがモモトークでメッセージを送ってきていた。

 

『さっちゃん、元気だった?』

 

『問題ない、それより一体どうしたんだ?』

 

 虚妄のサンクトゥムが生み出した色彩の怪物の討伐を終えてからそれ以降、しばらくは会っていなかったから少しだけ、心配に思っていたのだが……この様子ならミサキたちも平気なのだろうと少し安心した。

 

『さっちゃん、夢とか趣味とかって、もう見つかった?』

『いや……まだ、無いな』

『そっか』

 

 色々と仕事をしてきたが、まだ夢といえるものには巡り会えていない。それに仕事続きで趣味を探す余裕も無かった

 

『それならさ、これとかどう?』

 

「……?」

 

 メッセージの後に送られてきたのはURLだった。

 

『これは?』

『モモチューブのチャンネルだよ。音楽のやつ』

『そうか……でも、どうしてこれを?』

 

『些細なことでも、楽しみを見つける手伝いができたらなって、思って』

 

 ……なるほど、アツコらしい理由だ。本当に。

 

『そうか。ありがとう、アツコ』

『どういたしまして、さっちゃん』

 

『これからも頑張ってね』

 

 しかし、趣味、か……。

 

 受け取ったURLを開いてみる。するとWORLD Soundsというチャンネル名が表示され、その下にはずらりと動画が並んでいた。

 

 音楽なんてよく分からない、どう楽しめばいいのか少し不安だ。けれど……

 

「……せっかく教えてくれたんだ、試しに聴いてみるか」

 

 画面の1番上にある動画をタップする。Official髭男dism、いつかどこかで見た浮浪者の宗教男を思い出してしまう名前だ。

 

 その曲名は「パラボラ」、パラボラアンテナなどの名前でよく使われている言葉だ。放物線という意味があったが、あまりこちらの意味は浸透していない。

 

「……さて、どんな曲なのか……」

 

これが今の私を変えてくれるのなら、という淡い期待を込めて、再生した。

 

 

────♪

 

 ダンボールだらけから

 幕開けた日々は

 

 想像よりも少しだけ

 忙しく過ぎていってる

 

 片付くことを知らない 

 この部屋はなんだか

 

 他の誰かの暮らしから 

 借りてきたみたいだ

 ♪

 

 緩やかに始まった音楽は、懐かしさを感じさせるスタートだった。

 映像には数人の男達の様々な生活のワンシーンが流れていて、どうやら思い出を表した曲なのだろう。

 

 唄われている歌詞には、新しい環境に四苦八苦しながら生きていることを表現していることがわかる。その感情はまるで今の私のようだ。

 

 

 ♪

 まっさらなノートの上 

 ひと文字目を 書き出すようにして

 

 期待感と不安感が 

 混ざったインクに浸した心で

 ♪

 

 

 柔らかな歌声には不思議と確かな芯があり、面白い曲だと思い、それと同時に世界にはこのような人もいるのだなという衝撃が私の体を駆け抜けた。

 

 今の私には、互いに努力を続けて、成功へと手を伸ばそうとする彼等の姿がとても眩しく映っている。

 

 音楽は段々と演奏の盛り上がりを見せ、ついに新たなステージへの幕が上げられていった。

 

 

 ♪

 たがいちがいに歩き出した 僕の両足は

 

 どんな未来のアスファルト 

 踏み締めていくんだろう?

 ♪

 

 圧倒された。

 その圧巻と言える歌声と、心地の良いメロディー。そしてなによりも、7色に光輝くステージの上での心底幸福そうな彼等の表情に。

 

 私にもあんな表情を浮かべる瞬間が、来ることがあるのだろうか?それが許されるのだろうか?

 

 アツコとミサキ、ヒヨリの3人と光の下で自信を持って歩くことが、果たして叶うというのだろうか……

 先生は無限の可能性が広がっていると言っていた。なら、いつかはそんな日が来る可能性もあるのだろうか?

 

 その答えは、どう知ればいいのだろうか。まだ、外へと出てきたばかりの私には分からないことだらけだ。

 

 それなら、それが全て分かるようになってから……そうしたら答えが出るのかも知れない。

 

 

 ♪

 靴底を擦り減らして 

 ドアの向こう側

 

 まだ遠くて 

 不確かで 

 ぼやけてる理想像も

 

 追い越すような軌跡を描いてみせるよ 

 いつかきっと 

 いつかきっと

 ♪

 

 恐らくまだ、私は歩き足りないのだろう。この靴が擦り切れるほどの努力を続けなきゃいけない。

 きっとそうすれば、幸せも夢も願った未来も、見えてくるのだろう。それが今の私が出せる精一杯の、仮の答え。

 

 明日の仕事は、今日よりもさらに大変な内容だ。

 

「vanitas vanitatum, et omnia vanitas……けれど、私達は先に進むしかない」

 

私たちにはまだ、明日があることを心から信じている人がいてくれるのだから、絶対に止まることはできない。

 

 

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