リモート提督   作:bver

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2. 続く言葉は如何様にも

「随分と時間を置いたかと思えば、業務改善のための設備改修ですか。何の設備が必要だと言うのでしょう」

 

新品の木材の匂いがまだ残るような部屋で、一人の艦娘が大本営から届いた通知書を眺めている。

窓の外からは蝉の声に混ざって模擬弾が炸裂する演習の音がかすかに聞こえてくる。

最近にしては珍しくカラッと晴れた、涼しい風の吹く良い日であるが、執務室に籠りっきりのその顔は優れない。

 

「・・・」

 

拒絶と諦観に染まったため息が、静かに執務室に消えていった。

先の侵攻の際に破壊された設備はすでに自分達で直してしまった。

任務も演習計画も、今は艦娘同士相談の上で決めている。

日々の業務は滞りなく回っており、問題がないとは言わないが、しかしそれは物で解決するようなものでもない。

時間と仲間が解決するものであり、決して未だ姿を見せていない新提督が勝手に建てようとしている”設備”が影響するとは思えなかった。

 

ただ表題を見ただけでそう判断するほど、大淀は、そしてこの鎮守府は外からの干渉を歓迎していない。

ましてや現場の問題を直接確認もせず、自分達のための施設を優先するというのなら。

 

「また繰り返すことになるのでしょうか」

 

やりたくない。しかし、やるしかない。

そんな感情が透けて見えるような苦い呟きだった。

 

数か月前の事件から鎮守府全体の意識が切り替わってしまっているのは自覚している。

誰と話していても、ふとした時に気になってしまう。

艦娘として根底にあるものが変わってしまったのだと。

 

二度目の生を受けた当初持っていた護国の心は、この鎮守府で過ごすうちにより”仲間”を守ろうとする形に歪んでしまった。

無くなってしまったわけではないのは分かる。ただ、その手を伸ばす先を狭めてしまっただけで。

一番大切なものを守れなくなるのは、もう嫌だから。

 

―――。

 

思い悩む大淀は、再び聞こえた砲火の音で窓に目を向けた。

少し間を置いて歩み寄り、遠く演習場を見つめる。

昼下がりの暑い空のもと、出撃港から少々離れ広めに取られた海上では、中規模侵攻の想定で演習が行われている。

錬度の高い者が教導する形でそばに控え、ツーマンセルの体制で幾組かが相対しているようだ。

模擬弾ではあるが十分に威力のある砲撃が飛び、上がった飛沫を搔い潜るように返す砲撃が放たれる。

海上に軽く白線を描いて避けた先を追いかけるように赤い炎と煙が上がり、着弾の水飛沫が遠目にもはっきりと見える。

一瞬で棚引き、流れていくそれらを遠く高い位置から見下ろしていると、自然と次の展開が浮かび上がるようだった。

 

「半包囲。・・・着弾、間を置かずに追撃。まだ手はありますが、あちらの練度では間に合わないでしょう。速度の差からも・・・引き切れず」

 

自分の予測通りに一艦が中破判定を受けて下がっていく様を見ながら、大淀の顔には自嘲気味な笑いが起こる。

全艦の練度を知り、癖を知り、俯瞰で見ている状態でこんなことをしても何の意味もない。

戦場は海の上で、相手は未知が当然の深海棲艦なのだ。

知らない場所で、知らない相手と戦う術を磨かなければ。次があるとは限らないのだから。

 

ここの艦娘なら誰でもできることを、と。

そう自分を省みて、先延ばしにしてもしょうがないと渋々席に戻る。

仲間達の姿と演習風景を見て落ち着くのは艦娘としての性か、もうため息が出るほどの気落ちは見られない。

ただ憂鬱さは抑えられないのか、顔を歪めながら書類をめくり読み進める。

その顔は、しかし進むにつれて困惑の色が強くなっていった。

 

「通信設備に、最新鋭の機器の導入?他にも・・・これは」

 

設備改修の計画書には、鎮守府自体に関わる部分はそれほどでもないが、全体としては大規模となるだろう施工計画書も添付されていた。

鎮守府近郊の新基地も含めた改修内容は主に通信系統の設備強化に偏っていて、詳細に記載されているが、何の目的かは判然としない。

ただ、鎮守府に関わる内容とその他の内容を分類して、かつ一つにまとめられた丁寧な計画書だった。

 

いくらかの困惑を感じながら詳細を追っていると、大淀自身のことも書かれていた。

曰く、工事の完了後に鎮守府全体の連絡、通信をまとめている者へ指示があるという。

それは伸ばし伸ばしになっている新提督の着任と同時に行われ、講習のような形で半日ほどを費やすものだという。

元提督の失踪時から今まで大本営との連携をこなし、鎮守府を運営してきた実績を買われて、その役目には大淀の名が記されていた。

 

実績を買うと言いながら送った要望には中々応えないのだから、評価しているのではなく本当のところは面倒に思っているだけだろうに。

反射的に嫌な気分になったが、しかしその指示の方法を確認したとき、思わず大淀の口から驚きの声が漏れた。

 

「リモート?」

 

聞き馴染みはない。ただ、言葉の意味は分かる。

この鎮守府ではないが、大本営と連絡を取る際に映像を飛ばして遠隔で会議を行う方法があると聞いたこともある。

では提督はその仕組みを使って計画書にある講習を行うというのだろうか。

いや、大々的に設備の改修までしているのだ。一過性のものとは思えない。もしかしたらこれからの艦隊運営も―。

 

そこまで思考が及んだ時、大淀の脳裏にどんよりとした重い感情とともに疑問が浮かんだ。

 

(この鎮守府には現れず、安全な場所から遠隔で?)

 

書類を握りつぶすことはなかったが、いつの間にか固く絞られた拳は机の上で震えていた。

様々な感情であふれ震える体を抑えるように、両の掌を合わせて固め、しばらく俯いてしまう。

飲み込むように一際力を込めた後ゆっくりと強張りを解いて深く呼吸する様は、一人で居てよかったと思えるほどに感情が表れたものだった。

 

頭ではただの推測だと分かっているのだろう。

指示書に対する返答を記入し始めた手はよどみなく動いている。

しかしその顔には、色濃く残る諦めが深くこびりついていた。

 

無に近くなった表情で最後のサインを終え、考えるのはこの推測を鎮守府全体に周知するかどうか、ということ。

大淀自身は八割方諦めてしまっているが、まだ確実ではない。

それに周知したとして無駄に敵意を増やし、これ以上の断絶をしてしまっても困るのはこちらだろう。

今の状況は一応指示には従っているから許されているだけなのだ。

遠隔だからとどこまで好き勝手言ってくるかは分からないが、現場に来ないならやりようはある。

うまく調整して、今まで通りを続けていく。

それが最善か、次善なのかもしれない。

 

一区切りついたところで、妙に眩しい青空と雲を仰ぎ見た大淀は、その清々しい様を羨むように不安な枕詞だけを口に出していた。

 

「私達は――」

 

続く言葉は如何様にも考えられる。

ただ、あまりにも候補が多かったために、結局口には上らなかったのだろう。

窓から視線を戻した後、粛々と業務を再開する姿がそこにはあった。

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