「いやはや、存外に早い再会でしたな」
画面越しの親方の大笑に迎えられて、提督は少し気分が楽になった。
やはりどこか緊張していたのだろうか、肩の凝りがほぐれたような安堵感とともに、確認を兼ねた世間話は回っていく。
もう秋も見えようかという夕暮れ。
蝉の声も落ち着いてきた赴任先の鎮守府近辺。
基地局の一室に訪れた提督は、工程を終えて会議ツールを繋いだ親方と画面越しに会話していた。
交渉と説得から始まる上層部とのやり取りに加えて、申請、手続きに自分の準備と、ここ二か月は目まぐるしく働いていた。
引継ぎが終わっていたから良かったものの、それでも太陽が黄色く見えるほどの疲労が長く長く続いていた。
発注してから会えていなかった親方との画面越しの対面は、その忙しさが終わりを迎えたことの証明のようで。
ここまで来る車中でも休めていなかった心身に少し元気が戻ったのかもしれない。
「概ね問題なさそうですな。試みとしては初と聞きましたが、さすがと言うべきですか。段取りまでこちらに合わせていただいたようで、楽をさせていただきました」
「あれらも慣れていますから。うまく運べたのは親方の腕ですよ」
「いやありがたい。どうです、この腕。よく見えますかな?」
「おかげさまで。培った技まで見えてくるようですよ」
そのまま三十分ほど雑談を続け、映像周り音周りと今後の予定確認を終えた後は、同行している憲兵隊長に代わる。
親方にいったん部屋を出てもらい、慣れた相手と手際よく秘匿回線の確認をし諸々の報告を終えた。
一息ついたところで、さほどもせずにノックの音で憲兵隊長が席を外す。
どうやら提督にとっての憂鬱な時間が始まるらしい。
「さて・・・」
親方と話して持ち直し、隊長との会話で落ち着いた気持ちを締めなおす。
マニュアルを手に持ったところで、画面越しに一人の艦娘と親方を連れた隊長の姿が映った。
「大淀が到着しました」
「ご苦労」
短く声をかけた後、隊長が避けて大淀が画面の前に座る。
固く体を強張らせて敬礼した姿はいやでも緊張が見て取れるようだ。
「大淀型一番艦大淀です。連絡艦として当鎮守府内および大本営との通信制御を担当しています」
「些事乃だ。本日より着任する。前提督失踪後に大本営との連絡を行っていたのは君だと聞いているが間違いないか」
「はい。直近六か月の報告は私が担当しておりました」
「では鎮守府内の連絡は引き続き大淀に任せる。大本営との連絡は、今後は私を通すことになるだろう」
「承知しました」
受け答えに問題はない、と提督の目には映った。
これまでの提出書類からも見て取れる通り、生真面目な性格のようだ。
そこまで話すと、提督は手にしたマニュアルを示すように持ち上げた。
「では早速で悪いが、君には今使っている会議ツールの使い方を覚えてもらう」
「・・・会議ツール、ですか」
オウム返しだが、質問ではない。
確認の意味に取れる大淀の言葉を聞いて、提督はうなずく。
「事前に存在は知っていると聞いたが、遠隔で映像と音声を伝え合う技術だ。PCの操作方法とともに、まずはそれを使えるようになってもらう。簡単なものだからそう時間はかからないだろう」
「はい」
「詳しい操作方法は横にいる憲兵隊長と、月並重工の親方がサポートしてくださる。失礼の無いように」
提督の言葉に返事をし、二人に向き直って軽い挨拶を済ませる大淀を眺める。
丁寧な礼に返される返答と大きな笑顔が、漏れ聞こえる音声から察せられる。
少々親方に面食らっているようだが、問題ないだろう。
そのままPCの操作方法からツールの再起動までを行い、再度画面に映った大淀を確認した提督は、大淀が手を止めたのを見計らって声をかける。
「今後体制が整うまでは、こちらからの連絡および鎮守府への報告はこの形式で行う。基本的に専用回線を使用するが、機密を扱う場合の操作は書面で送るので後で確認しておくように」
「承知しました。・・・提督、いくつか質問してもよろしいでしょうか」
最後まで事務的なやり取りに終始したことから、未だ提督の人となりに詳しくないまでも問答無用で切られようとする気配を感じたのか。
大淀が少し慌てて声をかける。
それに「あぁ」と自然な相槌を返した提督は、手元の書類から目を上げて言葉を続ける。
「それはこのツールに関することか」
「いいえ」
「緊急性を伴うものか」
「・・・いいえ」
「ではそこにいるお二方に関係することか」
「いいえ。違います」
「では後で時間を取る。今は私の着任に必要な業務を完遂することを優先しろ。いったん通話を終わらせて、憲兵隊長からの報告を受け、月並重工の皆さんのお見送りを終えてから話は聞こう」
整然と伝えられる先送りの言葉に、大淀の顔がわずかにゆがむ。
私たちにとっては大事なことなのだと伝えるように、焦りをあえて見せるように言い募る。
「憲兵隊長からの報告はすでに頂いています。お見送りは手が空いている者にお任せします。一刻も早くとは申しませんが、今、お話し、できないでしょうか」
歯切れが悪くなったのは、提督の感情が伝わったからなのか。
無表情に抑えられてはいても不機嫌が伝わる提督の深呼吸が、話初めにはあった大淀の勢いを止めていた。
ため息と言えるほどしっかり聞こえる音では無かったが、今まで無感情に資料を見て会話していた提督が初めて見せた苛立ちに、一瞬の沈黙が生まれる。
改めて画面越しにでも目を合わせるように、正面を向いた提督が話す。
「重要であることは理解した。理由も含めて改めて聞こう。ただ、そちらで今一番お世話になっているのは大淀、君だ。これからも何かとやり取りすることだろう。大本営でも長らくお世話になっている方々であり、今回わざわざ遠征する形で来ていただいているのだ。重ねて言おう」
失礼の無いように
「・・・はい」
俯き気味で大淀の返事が返る。
最後に「後の報告の際に時間を取る」と伝えたところで、大淀の隣から憲兵隊長が通話を切った。
画面が消える直前に提督が見たのは、少し離れた場所に立つ親方の、こちらに向けた苦笑いだった。
「申し訳ありません」
きっと今頃大淀に笑顔を向けているだろう親方に、伝わらないことが分かっていても謝罪をこぼす。
明日こちらに来たときに気を使わせてしまったことをお詫びしなければと、記憶するように手の甲を指で叩く。
気持ちを切り替えた提督は、静かな部屋で予想される質問への回答を考えながら、着任のための事務作業に戻るのだった。