リモート提督   作:bver

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4. 私がしても意味がない

「ありがとうございました。それと、大変申し訳ありませんでした」

「なんのなんの、こちらこそ。海に関しては情けなくもお任せしたきりですからな。戦果報告を見るたびに申し訳なさばかりでしたが、ようやくあなた方に感謝を伝える機会を得られました」

 

もう日が落ちようかという宵の口、鎮守府本棟の玄関口でしばらく感謝と謝罪が繰り返される。

「重ねて、感謝いたします」と深く頭を下げた親方に負けじと、謙遜の礼を返す大淀の影もすらりと長く伸びる。

やがてその影も夜に紛れていき、輪郭が分からなくなった辺りで工員を乗せた車列は鎮守府を離れていった。

最後尾のライトが見えなくなるまで見送った後、憲兵隊長と軽く確認を済ませてから、大淀は踵を返す。

 

今日は夜間演習も無く、遠征組もすでに帰還している。

静かに夜が深まる鎮守府に軽い靴音を響かせながら、もう肌寒くなってきた夜風を切るように歩みを進めていく。

秋風に当たっても冷えること無く、焦燥が見える歩調でコツコツと本棟の廊下を突っ切り、明かりをつけたままにしていた執務室に戻った大淀は、PCの前に座った。

 

深呼吸を一つ。

 

事前連絡でリモート会議の導入を示唆された時から大淀は懸念していた。

そしてその懸念への回答は、先ほどの通話での様子からも察せられた。

 

提督に鎮守府へ訪れる意思はない。

 

その事実に対して、当初は無責任、無関心の姿勢を感じていた大淀だったが、着任までのやり取りを経て、さらに先ほど鎮守府の事情の説明を先延ばしにされた事実をもってしても違和感を感じていた。

先ほど教えられたとおりにメールで連絡を取り、時間を指定して会議を開く。

ほどなくして会議画面に入室した提督は、相変わらずの無表情で書類を手元に置き、画面越しに大淀に向き直った。

 

「お疲れ様です。提督」

「ああ。報告を」

「報告。月並重工の職員様方のお見送り、ならびに憲兵隊長からの伝達を完了いたしました。詳細は先ほどのメールに添付した報告書でご確認ください」

「ご苦労。本日の業務は以上だが、話があるなら聞こう」

 

そう言って指を組み少しリラックスした様子の提督を見る。

手早く終わらせよう、という意思は感じる。

ただ、先ほどは渋られたが、話を聞こうという姿勢は見える。

着任以前の連絡からも今日のやり取りからも、計画的で無駄を嫌う人だと判断した大淀は、自身の心の焦りに従うように単刀直入に問いかけることにした。

 

「提督は当鎮守府に直接着任される予定はありますか」

「今のところ無い」

 

あらかじめ予想していたのか。

即答だった。

 

「鎮守府の皆にはどう紹介すればよいでしょうか」

「着任したことだけ伝えれば十分だ」

「・・・この会議ツール越しでも、会われるつもりは無いということですか」

「ああ」

「緊急時にも来訪されることはないと」

「先ほど説明したように専用の回線で繋ぐだけだ。基本は変わりない」

 

そのまま軽くやり取りを続けて、何か決定的な問題が起こらない限りは鎮守府に訪れるつもりが無いことを大淀は理解した。

本当に、ただの一度も顔を合わせるつもりは無いらしい。

 

「以前着任していた提督の瑕疵が残っております。設備にも、艦娘にも。提督はどう対応されますか」

「設備の損傷の一部は先に伝えたようにすでに対応を始めている。艦娘の負傷も迅速に対応しよう。治せるものはすべて治すつもりだ」

「ありがとうございます。入渠施設から着手いただいたことからも提督のお気持ちは伝わっております」

「前提督の物で今必要のないものは手が空き次第処分する。近いうちにまた指示を出す」

 

相槌とともに改めて大淀は提督を見つめる。

画面越しにまっすぐこちらを見る提督。

明確な受け答えと、鎮守府の改善を目標としていることが分かる言動。

直接的、間接的に連絡を取り合ったのはここ一か月程だが、その間に見聞きした厳然とした姿は、無責任や無関心とは違って見える。

しかし、これだけ鎮守府の状況を把握している提督が知らないはずがない問題が残っている。

大淀にとって一番大切で、無謀だと分かっていても期待していたことを問う。

 

「ただ、心に傷を負っている艦娘も多くおります。戦闘に依存するもの。戦闘を忌避するもの。提督を拒絶するもの。様々ですが、前提督の所業もあって人間自体に不信感を持つものが多いのが現状です。少なくとも、提督には信頼をおける何かを求めている艦娘が多いかと思います。鎮守府を運営する上では避けられないことですが、それも画面越しに対応されますか」

 

質問の体を取っているが、はっきりと非難していると言っても過言ではない。

あの子達を傷つけたのはあなた達だ。

謝罪を求めているとまでは言わないが、会って話すのが誠実さではないか。

そうして可能な限り心を癒すことも提督の責任ではないか。

そう言っているに等しい。

指示を出されて従うことや、答えの予想できるものとは違った質問に少し緊張して答えを待つ大淀だったが、それを聞いた提督はひとつ頷いた後、これも予想していたかのように整然と答えた。

 

「それは私がしても意味がない」

 

大淀は一瞬、拒絶の返事かとカッとなりかけた。

ただ言い回しがおかしい。

対応しないなら「対応しない」と言うのがこの提督だと、短い間にも理解できる。

なのに”意味がない”とは、どういうことなのか。

いつもは答えがはっきりと伝わる提督らしくない答えと、少し考えるような仕草をした提督に、困惑気味に大淀は「どういうことでしょうか?」と問いを重ねる。

ふっと顔を上げて大淀の様子を見た提督は、しばらく沈黙した後、静かにこう告げた。

 

「私の後任の提督はすでに決まっている」

 

夜に鳴く虫の声が聞こえる。

それほどに静まり返った執務室に、淡々と提督が続ける説明の声と、大淀の絶句した音が消えていった。

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