リモート提督   作:bver

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5. 当たり前のこと

「はい。お会いしたことはありません」

 

着任した当初のごたごたも収まり、春の大規模侵攻を乗り越えたことで、この変わった鎮守府の皆からもある程度の信頼を感じられるようになってきた初夏の頃。

前任が残したという鎮守府内軍学設備の廊下を歩きながら、提督は首を傾げた。

 

日々行われている講義は正しく軍事を学ぶもので、実際に戦った者が所感を伝えれば、作戦室で詰めていたものから指摘が飛ぶ。

遠征の様子から違和感が伝われば、過去の資源情報を知る者から懸念が飛ぶ。

昨日の戦いや小さな遠征すら無駄にせず成長を求める姿勢は素晴らしいものだった。

 

故に、この制度を作り上げた前任の提督がどういう人物だったかを尋ねたのだが、隣の秘書官から返ってきた言葉は予想外のものだった。

曰く、前任の提督は着任前から一度も鎮守府に姿を見せること無く、リモート会議のツール越しに日々の業務の指示を出していたという。

連絡は基本的に連絡艦を通して行われており、直接声を聴くことも無い。

そして壊れた施設の修復や既存の設備の拡充を終えた後、艦娘達の知識を培う場所としてこの軍学設備を設置したと。

 

「ですから、当時の連絡艦を担当していた大淀さん以外の娘に印象を聞いても、前提督の人となりを知ることはできないと思います。そもそも関わってすらいないのですから」

 

そう答える艦娘自身も、大規模侵攻前に建造された比較的新しい艦娘だ。

当然、建造される前にすでに交代していた前提督の知識は薄い。

 

「大淀さんからも真面目な方でしたとだけしか聞いていません。それ以上は、当時所属していた方も分からないそうです。ただ、思想だけはこの学校に残っています」

 

艦娘が艦娘として強くなることを望む

 

その言葉を聞きながら振り返って見た建物は、木製の古い学校のような在り方に似合わず、熱を感じられるような不思議な気迫が見えた気がした。

 

―――

 

「そうですね。今のように生き生きとした活動こそ無かったですが、あの当時の周りを気にしなくてもよい静けさは、確かに私達に必要なものでした」

 

当時の所属艦の一人から昼飯時に聞いたのは、大きな変革にも関わらずいつも通りが続いたような、穏やかな日常の思い出だった。

まだ十分な戦力が回復しておらず、自分達のことを一番に考えて自分達で立てていた作戦計画だったが、それがそのまま続けられたのだという。

出撃が増えたわけでもなく、休んでいたものを復帰させることもなく。

外部からの干渉は微塵も感じず、ただ今まで通りを継続しながら、施設や設備が次々と改善されていった。

 

「ただ、あまりにも事務的に改善されて、それが当たり前のことだと終始丁寧に説明されてしまったものですから。その時感じた安堵も、感謝も、困惑も。向き先をどうすればいいのか未だに困っています」

「素直に前提督殿に感謝をするのが良いんじゃないか?」

「そうですね。そう、・・・そうなんです」

 

流れるように減っていた山盛りの白米が止まった。

一杯のお茶を手に、止まって悩む姿は真剣そのものだが、ことこの食堂という空間では珍しい光景だったのだろう。

周りの者も驚いたようにその横顔を眺めている。

かすかに聞こえる料理の音以外止まってしまったかのような食堂で、一頻り悩んだ大食艦は、ちらりと隣の提督の顔を見てから話し始める。

 

「ある日、あの方は軍紀を持ってきたそうです」

 

大本営で使用されている実物を、そこに書かれている艦娘に関する規律や法令まで丁寧に解説された。

ここまでは備わっていて、ここは整えられていない。

お前たちの現状と照らし合わせれば、ここに足りないものは無いか、と。

 

「ある日、あの方は民間の新聞を持ってきたそうです」

 

自分達が行った作戦の戦果を過剰に称える戦果発表の記事。

民間の被害を大雑把に責める作戦失敗と被害報告の記事。

民衆の声という形で掲載された悲喜交々な投稿記事。

お前たちは自分がどう伝えられているのか分かっているか、と。

 

「ある日、あの方は他の鎮守府の映像を持ってきたそうです」

 

厳しくも熱い提督の元で精力的に海域攻略に臨む鎮守府。

優しく穏やかな提督の元で幸せに過ごす鎮守府。

どこか緊張感がありつつも意欲的に地域に尽くす鎮守府。

そして、過去の私達のような鎮守府。

お前たちが望む形は何だ、と。

 

「正しい形に直しただけだから感謝はいらないと、そう言われたわけではないと思います。むしろこんな現状で何が正しい形だと、いっそ馬鹿にされているようにも感じました。私達が見て見ぬふりをしていた物まで集めてきて、何をしているのだと、どうしてまだそこにいるのだと、叱られているかのように。いえ、もしかしたら呆れられていたのかもしれません」

 

寂しそうに笑う顔を見た提督は、何も言えなくなってしまった。

そうして箸を取り直した艦娘は、茶碗をすくいながら、見えないところを見るように目を細めて続ける。

 

「感謝してしまうと満足という形で止まってしまいます。まだこんなに出来ることがあると、示されたにも関わらず。それは、もしかしたらとても失礼なことなのではないかと、そう思うのです」

 

だからまだ、困っています。

どこか誇らしげにそう告げると、また食堂に静かな食事の音が流れ始めた。

 

―――

 

「独立か」

「はい」

 

目の前に立つ戦艦と駆逐艦の二人組からは並々ならぬ気迫が感じられる。

仲が良いとともに、二人とも優秀な戦果を残す現代の武勲艦同士である。

現場での即対応を得意とし、戦場の目となることも多い。

艦隊を組んだものと二人合わせて激論を交わしている姿を見ることも、珍しいものではなかった。

 

「概念自体は分かるし、まごうこと無き実績もある。こことの共闘を見据えた計画も申し分ない。ただ、前例が無い」

「はい」

 

確認するように繰り返す。

今はまだ鎮守府に所属しているが、すでに半ば独立艦隊として運用されている。

艦娘自身で戦う姿に思うところがないでもないが、長期にわたる十分過ぎる実績と綿密な計画書は、現実的な案として考えられるほどに完成したものだ。

そう認めるような溜め息と苦笑をもって、提督は二人を見る。

 

「分かった、掛け合ってみよう。もし実現できなかったとしても、今まで通り鎮守府内の部隊としての立ち位置は変わらない。また別の機会に提案することにして、経験を積んでいこう」

「ありがとうございます」

 

艦娘だけの鎮守府。

そんな自分達から離れるという思想を持った二人を見ながら、しかし提督は納得しているように当たり前に会話を進めている。

それは例え離れたとしても共に戦うものとして信じることができるという、強固な信頼関係が構築されていることを意味していた。

 

仲間を預けることに何の心配もいらない、だからこそ私達は独立したい。

 

そう告げられた時には、提督自身もその熱に焼かれていたのかもしれない。

応援する形と検証の意味も込めて、独立部隊を想定した出撃は何度も行われている。

時に失敗はありながらも、その都度改善し前へ前へと進んでいる姿は、見ている方も熱くなるほどの熱がこもっていた。

 

艦娘による、艦娘自身のための艦隊。

これも前提督の残した理念の、一つの形か。

 

そう誰に聞かせるともなく呟いて、退室した二人を思う。

楽しみな未来を見るように笑みを浮かべながら、やるべきことを探す提督は一本の電話を掛けた。

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