序章 いかれる初心者
Utopia Word on-line
ローンチから半年のVRMMORPG。
全十二章からなるグランドクエストは四章まで解禁済でスタートとなる。
水で構成された球の上を巨大な大陸が浮遊し、回っている仮想惑星『パンドラ』を舞台にしている。
迷ったらとりあえずUWOといわれるだけあって、初心者の受け入れを積極的に行っている。
自由度の高い行動が可能なこと、完全スキル制+ステータス制の古参と新規の溝がそこそこ薄いことなどが人気を博し、長く続いている。
とか。そういうことはどうでもよくて。
黒髪に青メッシュを右耳側にひと房だけ垂らし、全身をいかにも初心者ですと言いたげな皮鎧に身を包んでUWOに降り立ったボクは激怒した。たぶんメッシュと同じ色の瞳も激情に燃えているだろう!
まず、魔法使いが不遇……どころか地雷と呼ばれている点だ。理由は力の入れすぎで呪文を覚え、自分で構築して諳じないとならないという条件のため。また呪文自体も基礎から下級までは店売りで構築できるが、中級からはフィールドボスやダンジョンアタック報酬からしか出ないゴミ仕様。
現状では錬金との組み合わせで呪文を使い捨てることで武器に刻み込むことで属性や効果の付与が可能なので、こちらが主に使われている。
いや。魔法使えよ。
武器に刻み込んだ呪文は盗むによって超低確率ながらも奪取可能。この場合、刻まれた呪文はその効果を失うらしい。
ボクは決意したのだ。
魔法使える! 楽しそう! と夢膨らませ胸ときめかせ、この世界に降り立って絶望してほ魔法使いの地位を向上させるしかないのだ、と。
決意勢いをそのままに、ボクはまず店売りの呪文を全て暗記した。
学校でも諳じるなどしていたため、UWOを知る友人の間でのボクのあだ名はマホキチだったがそこは必要経費と割りきることにする。一時期だったし。
そして次に改変に手をつけることにしたが、ここでも開発の異様な拘りが火を……いや、牙を剥く。
なんとこの呪文群、一定の制約内であれば呪文そのものからエフェクトまで変えられるのだ。
改変可能な部分が多すぎてここでリタイアした人も多いらしい。わからなくもない。だってあたま捻って考えても所詮は初期呪文。威力は高が知れてるし、改変考える時間と暗記をする時間を考えたら棒持ってぶん殴った方が早い。
改変した呪文は本人以外一度きりの使い捨てだし、売買された第三者が使うにしてはあまりにもコストがかかる。こういうものってそこそこ高価でやり取りされてるしね。
しかも厄介なことに改変がお互いに干渉し合うこともあり、その効果は基本的にプレイヤーに不利益になるものばかりだ。
地雷と呼ばれるにもなるほどとなんだか納得してしまった。
だが諦めない。
ボクは魔法が使いたくてこのゲームを始めたんだ。
幼馴染みの女の子に呆れた眼で見られようが、学校の友人から驚異的なものを見る眼差しを受けようが、ボクはやるったらやるんだ!
#
強く決意してから二日後。
ボクの姿はUWOのカフェテリアにあった。
机には幾つかの表示枠を置いて、いつもの呪文改竄検討会をしている。
いわゆる始まりの町の中にあるこのカフェテリアは意外と閑散としており、集中するにはもってこいなのだ。
毎日何時間でも働くNPCの店員からの視線がちょっと冷たい気もするけど、ボクは負けない。
このコーヒー一杯でまずはひとつの呪文を完成させるんだ……!
そう決意を新たにしていると、ぽよん、と視界の隅でなにかが跳ねた。
それは四角く、左と右の上角から直線が下の直線へとVの字を描くように伸びている──
「……メール……? ……あっ」
「──思い出したかマホキチ」
底冷えするような女性の、聞き覚えのありすぎるハスキーボイスが閑散としたカフェテリアに響いた。
とんでもない圧だ。ほぼ毎日聞いている明るく快活、いつも笑顔を絶やさない同級生と同じ声とはとても思えない。
きっと視線を上げれば長髪を後ろでまとめたかわいらしい少女がいるのだろう。
自分で髪色と目の色以外はリアルと同じにしたととんでもないことを言い出したのだから間違いない。
「今日はわたしと初めてのダンジョンアタックをするのではなかったのかな? ん?」
腰に差した刀の鯉口を苛立ったように何度か鳴らす音が聞こえる。
やばい、女性の方を見れない。もう今からどんな顔してるかわかるもんだって……!
「ココハPvPキンシケンナイデスゥ……」
「知ってる」
背後から切りつけられてはたまらない。
あわててパーティー申請を送る。
殺気が緩んだのを感じ取り、ゆっくりその顔を覗けば端正な、しかしイケメンと称されるよりもアイドル風の可愛らしさを呆れた表情へと歪め、何度か頷いて虚空を何度か叩く。金と緑のオッドアイが口ほどにものを言っていた。魔法好きすぎない? と。
送られた申請を許可したのだろう。
視界UIに【ナナ】と表示されたのを確認し、ホッと一息をついた。このゲームではパーティー内でのフレンドリーファイヤはない。
つまり少なくとも背後から切りつけて亡きものにはされないということだ。
「で、だ。シエン。今回挑むダンジョンは初心者が潜るにはそこそこ大変とされている」
「うん、学校で聞いたよ。ボクの魔法とナナの物理攻撃。片方しか効かないフェイズがあるんだっけ」
なので魔法使いがいない初心者レベルダンジョンでは一番最後に攻略されたとかいう話があるが、それはさておき。
「あぁ。かつて有志によってその仕様が公開された際、彼らは魔法を使うのではなく付与して攻撃を通した。三時間の激闘だったらしいな」
「意地でも魔法使いたくないんだね……」
悲しくなってくるなぁ……。
でももう少しの我慢だ。
「あぁ。それが意地かどうかはまぁさておきだ。このゲームでは使われないのは事実ではある」
「ま、それで? 覚悟ある? って話?」
「いや、マホキチの覚悟はどうでもいいが、その仕様のせいでほとんど情報がない」
「なんでそこ選んだの!? というかさっきからナナめちゃベテランみたいな顔してるけどボクと同じ初心者だよね!?」
「ふふ、そうほめるな、照れる」
荒ぶるように指摘をすれば、この初心者用の皮鎧に身を包んだ天使の侍は後頭部をかきながら、へへ、と笑った。
「褒めてないけど!?」
ボクはキレた。
「と、いうか! いつまでその女軍人調なの!? 違和感すごすぎるんだけど!」
ボクはここでさらに畳み掛けることにした。
これには有翼侍ナナも狼狽える。
「ぐ、変かな……?」
「変。ロールプレイにしてもキャラのレベル低すぎて分からせ待ちの女軍人みたいになってる」
「分からせ待ち!?」
がーん! とショックを受けたように項垂れる金髪の頭頂部を眺め、すこし言いすぎたかと反省。ロールプレイに口出すことはなかった。
それを口にしようと口を開こうとするが、その寸前に勢いよく金髪が持ち上がった。
その勢いでポニーテールが下から上に斬撃のように縦の軌道を描いて後頭部へ戻っていく。
「でも確かにレベル相応ではないね……なら、いまはこの、新人冒険者ロールプレイを楽しむことにするよ!」
「ポジティブかよ。ボクも言い過ぎた。ごめん。さて、ダンジョンいこっか」
幼馴染みのこういうところによく助けられてる。
ボクたちはカフェを出てダンジョンへ向かうことにした。