運動神経バグ天使が駆け出したと同時、シエンも駆け出していた。
一刻も早く立ち位置に立つためだ。
現状、中級魔法を持っていない自分はとにかく迅速に固定砲台としての立ち位置に移動し、一発でも多く水魔の手銃を浴びせる必要がある。
回復なしで撃てるのはあと二発。水魔の手銃片割れで一割ならどうしても足りない。
ナナがどれだけダメージを与えられるかはわからないが、自分が全て削りきるくらいの気概は必要だろう。
打ち出されたピンボールのような動きでしなやかに、しかしかなりの速度を伴って先導する幼馴染みの背中は頼もしいが、それに頼りきってもいけないとも思う。
「──撃鉄を起こせ」
再度唱える。唱え、余計なスタミナ消費判定と見なされて息が切れるが、しかしスライディングするように事前に決めた立ち位置に真っ直ぐ滑る。
「右に恵みと慈愛、左に破滅と災害」
前方、ついに射程に入ったのか、居合の姿勢のまま背の翼をV字にして突っ込んでいく天使が見える。
直後に嫌な大音量。金属と金属が喧嘩する音とはどうにも不快な音だと思う。
しかしヘイトを取るのには成功している。
背後に素早く回ったナナを追いかけるように腰から上がぐるりと回り、こちらに背を向ける。
突如として丸まる姿勢から、背中の装甲がずれるようにして広がり、ズレ、そして大きく隙間が出来る。
「──穿て! 【水魔の手銃】!」
眼前、広がった魔法陣から腕が生えるや否や、ゴーレム兵のズレた装甲から白い煙が勢いよく噴出する。
ゴーレム兵を巻き込み、見えなくなった。
しかし起動済みの魔法は止まらず、水弾は放たれた。
それは真っ直ぐに煙の中に吸い込まれていき、その勢いの良さで煙を少しだけだが吹き飛ばす。
その向こうに見えたのは、
「直撃!」
大きく体制を崩すゴーレム兵の姿だ。
「シエンくんそのまま叩き込んで!」
前のめりになったゴーレム兵にムーンサルトで蹴りと斬撃を見舞うナナも見えた。相変わらずの運動性能だ。とんでもない。
打ち上げられるように悲鳴のような軋みをあげて大きくのけ反るゴーレム兵に若干の同情すら感じる。
HPゲージは残り六割から五割少しといったところだろうか。
ナナも一割ほどのダメージを入れてくれているようだ。
「これなら……!」
いける、と続けようとした前方、つまりゴーレム兵の動きに異変があった。
首だけを大きく回し、その赤いモノアイがこちらを見た。
瞬間。
「緊急起動、魔法プロトコル【
言葉と共にモノアイの中心、微かに魔法陣の瞬きが見え、そしてはっきりと視界を焼く白の閃光が視界を覆い、強い衝撃が全身を打ち据える。
声も出せず、まるで後ろに落ちるように飛ばされる感覚とともに音が戻ってくる。
直撃をもらった、と自分の失態に歯噛みした。
こんな状態でもUIはきちんと機能すると、やはりゲームの世界なのだな、と少し残念さと複雑さ、そして自身が本当に雷に打たれたわけではないのだと理解して白熱しパニックを起こしかけていた脳が冷えていく。
──なんて凶悪な魔法だろう。
直撃を食らった者として素直にそう思う。
エネミーの詠唱詞省略時のペナルティがどれほどなのか、そもそもあるかないかすらわからないが、出の速さ、着弾速度、そして初心者装備とはいえHPの残りが一気に二割になるほどの火力。
対人戦も視野に入れるなら視界と聴覚にデバフ、UIの端っこに雷のようなマークがあるあたり何か痺れる系のデバフもあるのだろうか。
「──【水魔の手銃】」
再び攻撃が来る前にわずかに戻った視界に見えたゴーレム兵の顔面に照準して起動詞のみの魔法を放つ。
同時、金属が金属を打ち据える連撃の音が聞こえ、ゴーレム兵のHPがわずかながらにも減っていくのを確認する。
着弾。
足を重点的に攻撃したのか、大きく揺らいだその巨体が静かに傾いだ頭と胴に直撃。
残り三割。
「周囲の敵性反応、危険域に突入。排除を行います」
傾いだままゴーレム兵は壁や天井を抉るように胴から上を高速で回転した。
「ナナッ!」
「見てから回避余裕っと!」
思わず叫ぶが、ナナの驚異的な運動性は健在だ。大きく後ろに跳んでなんなく回避すると、さらに刀を、刺突の構えに。
「【剣技:ストライクピアス】!」
言葉とともに刀が青白く発光。瞬間移動したかと思うほどの速度で接近し、自身の身長の倍はある位置の首を刀が貫いていく。
強引に首を回そうとするゴーレム兵の首からは軋みと金属特有の不協和音が響き、首からはスパークが散る。
そしてそこで終わりではない。
「うああああああああああ──ッ!」
刃をひねり、首を断ち切るように全力を込めて振りぬいた。
「シエン君!」
残り二割。
体勢を大きく崩した今がチャンスだ。
MP回復のアイテムを使用し、回復をしたことを確認する。
「──
これは消費が激しく、MPのほかにアイテムを消費することで起動する初級魔法の一つ。名を、テンペスト。本当に初級魔法なのか、と目を疑ったが、店売りはすべてその区分けになるらしい。
しかし残念ながらスキル熟練度が足りないため、本来の威力にはならないし、アイテムの消費もMPの消費も五倍*1となるペナルティがあって限界までMPを吸い取られることになるがそれでこのゴーレム兵を倒せるなら安いものだ。
大きく展開された一つの魔法陣を中心に渦を成した魔力は、周囲を風で吹き曝しながら一つの形を作り上げる。
それは水で出来た巨大な尖塔だ。尖塔内部は透き通ってこそいるが、その内部は強烈な力で渦巻いており、そこには暴力が封じ込められている。
「ナナ! 後ろに跳んで!」
「跳んでる!」
話が速い。
ならば、
「──
起動と同時、眼前で渦巻いていた自然の暴力が射出された。
それは嵐のような音を轟かせて速やかにゴーレム兵に着弾。
その胴体を大きくえぐり、貫き、その奥にいたナナを透過してずぶ濡れにしたうえでさらに奥まで飛んで行った。
「……」
ゴーレム兵のHPはない。火花を散らしながらその猛威は沈黙している。
近寄り、そのモノアイをのぞき込んでみる。
つややかな表面はすでに光を放つことなく、そこには稲妻の魔法陣が焼き付いている。思わずスクショ。
そうしてしばらくのあと、ゴーレム兵はポリゴン片となって分解されていき、画面の中心に”FoEの初討伐!”という何かの実績を解除したらしい表示が現れた。
終わったんだ、そう、終わった。
「──ねえ、シエン君」
MP枯渇のデバフの脱力感とはいえ、疲れから座り込んでしまったのは間違いだった。速やかに回復すべきだった。
三秒未来の自分が言っているのが聞こえるような、底冷えする女の声がする。
「なんだっけ。”倫理観化け物かよこの天使”……だっけ」
それはフレンドリーファイヤをやらかそうとした瞬間の自分のセリフである。よーく覚えがある。
目の前に立ったずぶ濡れの天使の表情は見えない。
「ええっと、その、ボクとしましても不可抗力と言いますか!」
「言い訳無用。めっちゃ怖かったんだからねアレ」
足を広げて座り込んでしまった股の間に刀が突き刺さる。目にも留まらぬ速さだった。
「うん、お説教。いいよね」
「はい」
その有無はあるようでなかった。
のろのろ展開ですけれど、すいません、がんばります。