西暦2019年、某日。
場所は我が国の一般的な町。
特筆すべきところはないその場所で、世界の命運を揺るがす出来事が起きた。
黒い巨大な怪獣が、何かに導かれるようにその『町』に訪れたのだ。
モンスターの存在が世間的に浸透した後であってもその衝撃は大きく、住人たちは混乱に包まれた。
しかし忘れてはいけない。
脅威が現れれば、自ずとそれに対抗する力が産まれる。
我らが魔法少女が、今、最終決戦に臨もうとしていた!!
●
それは高層ビルくらいの大きさの黒い塊だった。
四足歩行の動物に似た形状は、しかし顔に当たる部分がなく、この星のどの生物にも似つかない。
モンスター。
全ての光を飲み込むような漆黒の表面が共通の特徴だ。
約20年前に出現し、便宜上の名前がそのまま正式名称になったその存在が、名前の持つイメージの通り道路を無節操に練り歩く。
通り道にあった民家が、モンスターの足に触れてぺしゃんこに潰れた。
まるで、ミニチュアセットを踏んづけて壊すみたいだ。
既に人の避難は済んでいる。
それでも、そこにあったはずの生活を一瞬で破壊するのは恐怖の一言だろう。
そして、その様子をこの小さな町では比較的高い建物であるデパートの屋上から眺めている少女が二人いた。
歳は小学校の上学年だろうか。
方や、赤くで長い髪を持ち自信満々に腕組み。
方や、青い髪を結んでいて、少し緊張している素振りだった。
髪の赤い少女が、壊れていく町を眺めていた。
いや、正確には暴れていた黒いケモノを、しっかりとその瞳で捉えていた。
髪に負けないくらい、赤いその瞳で。
「あいつだね、藍子!!」
「……」
「藍子? ははーん、さては怖くなって腰が抜けちゃったかな~。安心してよ、この最強無敵の魔法少女、
赤の少女が冗談交じりに言った一言に、青の少女は反応しない。
代わりに体をぶるっと震わす。
「うん、怖い……私、怖い……!!」
「……あれ、藍子? いつもみたいにこの『アホの茜~』ってツッコまないの……あれ、あれ?」
「だって茜だって知ってるでしょ!! あんなに大きなモンスター、今までこの世界に現れたことない!! 大人だってあいつを倒す手段がないかもって話してた!! もしも私達が倒せなかったら、あいつはどんどん大きくなってきっとこの世界は――」
藍子の口が小さな手で塞がれる。
茜と名乗った少女は優しく微笑むと、今度は青の少女の手を取った。
「大丈夫!! 私、何にもわからないけど、わかってることだってあるんだ!! それは……」
握る手が、一際強くなる。
まるで、「自分がついているよ」と言いたげに。
「藍子と一緒なら……どんなやつにも負けないってこと!!」
「もう……こんな時に気休め言わなくてもいいのに、アホの茜……」
「でも、ありがとう」
「どういたしまして!!」
にっこりと微笑み合う二人。
しかし、時間は決して彼女達に猶予を与えてくれない。
悲鳴が聞こえた。
怪物の進路の先には、逃げ遅れたであろう小さな女の子がいた。
「藍子……!!」「うん……!!」
少女が二人、ステッキを取り出す。
白銀に光るそれは少女達にとってのたいまつだ。
だって未来を明るく照らしてくれる。
初めてこれを手にした時のことを茜は思い出す。
妖精もいないのにこんなことができるなんて、すごいねって藍子と話したのだ。
そう、これを手にすれば――。
『変身!!』
少女の体が光に包まれる。
赤い火炎が。
青い水流が。
体を包み込んで新しい自分へと変えてくれる。
戦うための
光が収まった時には、少女は少女とは違う存在になっていた。
だって、彼女たちは――。
「赤は無敵!! 赤は最強!! 魔法少女、茜谷茜!!」
「深淵なる知性を覗く深き青……魔法少女、藍原藍子!!」
魔法少女なのだから。
「とう!!」
屋上から飛び降りた魔法少女達は、風を受けながらスカートの膨らみを利用したホバリングで軟着陸。
小さき少女への救出へと向かったのだ!!
当の少女の周囲は陰に覆われている。
それは怪物が振り上げた前足によってできたものだ。
もし、そのまま振り下ろされれば――。
「てえい!!」
無造作に振り下ろされた黒い塊は、地面から大人一人分程度の高さを
赤の少女が振り上げたステッキが、つっかえ棒のようにぴたりとその動作を防いでいたのだ。
ステッキと黒い足の境界でばちばちと赤い光が弾ける。
「藍子!! 今のうちに!!」
「うん!! わかってる!!」
青の少女が、うずくまっていた少女を抱え込む。
震える少女に「大丈夫だよ、魔法少女が助けに来たから」と声をかける。
顔をあげた少女に、果たして青の魔法少女はどう映っただろうか。
そのままバックアップに入っていた『組織』の大人達に少女を引き渡して、すっと振り返る。
赤の少女は、いまだステッキを振り上げ、何とか持ちこたえていた。
「……茜!!」
「うおおお!! クリムゾン・ファイアァァァァー―――!!」
ステッキの先から赤い閃光が吹き上がる。
一瞬、モンスターの足がその勢いに押されて浮き上がるも、すぐに押し返し――。
「10倍出力だああああぁぁぁぁ!!」
赤い光が、炎のようにその勢いを増す。
モンスターの体が浮き上がり、大きな音とともに後ろへと転覆する。
「茜……!! 逃げればよかったのになんて無茶なことを……!!」
「へへ~。素の火力でダメなら10倍火力!! もうアホの茜とは言わせないよ!!」
「その発想がアホだって言ってるのよ!! あなたがケガでもしたら……私……」
赤の少女は、青の少女を優しく抱きしめた。
ついでに涙をぬぐってあげる。
「……ごめんね。私、何にもわからないけど……それでもやらなくちゃいけないことはわかってるんだ。それは……」
改めて、巨大な怪物を見据える。
進行してきた方向へと倒したから、被害は最小限に抑えたと言っていい。
でも、それは倒れた地点が既に瓦礫の山と化していたからだ。
「この町を守るってこと!! それができるのは私達だけだから!!」
「……。アホの茜のくせに本当に、こういう時だけは頼りになるわよね……」
「あ、アホって……。一応、自分でも気にしてるんだけどな、あはは……」
「でも、あなたはそれでいい。……私はそんなあなたが好きだから」
「藍子……」
黒い怪物が四本足をばたばたと動かす。
態勢を立て直しつつあるのは明らかだ。
高層ビルの高さがある怪物と、一般的な小学生程度の背丈の少女。
まともにぶつかれば、どうなるかは明らかだ。
だから、一撃で仕留める。
二人の力を合わせた一撃で――。
「藍子……!!」「茜……!!」
赤と青の魔法少女が片手を繋ぐ。
残った手にある白銀のロッドを、それぞれ前方へと向けて。
「クリムゾン・ファイアー!!」「ディープブルー・ウォーター!!」
赤と青の光が黒い獣へと突き進む。
「大きさでは全然敵わなくても……」「『想い』では負けたりしない!!」
「それが……」「私達……」
「「魔法少女だああああぁぁぁぁ!!」」
黒い怪物が胴体で攻撃を受ける。
表面が削れていっているものの、それはまだ十分とは言えず――。
「10倍でダメなら……100倍だああああぁぁぁぁ!!」
「あ、茜!?」
2つの光のうち、赤いものだけがその勢いを増す。
光が巻き散らされて、辺りが赤く染まっていく。
「まだまだーーーー!! 100倍でダメなら……1000倍だああああぁぁぁぁ!!」
「茜!! ちょっと待って!! いったん攻撃を止めましょう!!」
「何を言ってるの藍子!! こいつは悪いモンスターなんだよ!! 跡形もなく吹っ飛ばさなくちゃ!! 私にだってそれくらい、わかる!!」
赤い光が町を覆う。
視覚で認知するもの全てを、真っ赤に染め上げていく。
怪物の様子は、もはや見えない。
「1万倍!! 1000万倍!! 1億倍!! 1000億倍!! 1兆倍!! 1000兆倍!! ……そして!!」
赤い光が、世界に瞬いた。
「1000兆倍の1000兆倍だああああぁぁぁぁ!!」
白い光が生まれた。
それは最初は一点だった。
まるで門が開くみたいに、少女達を包んでいく。
どこまでも広がって、守るはずだった町を飲み込んで視界を
そこで、見た。
それは、巨大だった。
それは、人の姿をしているようだった。
それは、大量にいた。
「え……?」
この世界のものではない何かが、目の前を闊歩している。
真っ白な世界で、こちらなど全く気にせず。
妖精。
なぜだか頭によぎった。
こいつらはどう見ても巨人だ。
それでもこの言葉が頭によぎったのは、ここが私達の住んでいる世界とは別のものだと感じたから。
ここはきっと、妖精の国だ。
茜が気づいた時には視界は元の、壊れた町並みに戻っていた。
黒くて巨大なモンスターは、もういない。
けど、そんなことはもうどうでもよかった。
「う……ああ……あ……」
「藍子!? しっかりして藍子!!」
青の少女は、うずくまりただ震えていた。
上手く発話できないのか、うめき声のような音をあげるだけだ。
赤の少女が手を握るも、氷みたいにその手は冷たかった。
「おええええぇぇぇぇ!!」
ビチャビチャビチャビチャ……。
青の少女の口から出た嘔吐物が、青いドレスへと降りかかっていた。
さっきまで勇猛果敢に声を上げていた赤の少女も、もはや見る影もなくうろたえるばかりだ。
「藍子、藍子ってば!! ……私、どうしたら……!! わかんない……わかんないよーーーー!!」
何の皮肉か、少女を物語へと導く妖精は最後にその姿を見せた。
戦いは終わったが、この少女達の物語はここから始まることになったのだ。
魔法少女が、その目的を探す