白い光と共に、意識は光の中に。
否、自分自身が光になるような感覚。
体が砕け、あるゆる外界とのインターフェースがなくなる。
存在としての純度だけが、その場に残る。
残ったのはちっぽけな赤い光だ。
かつて『情熱』とか『熱意』だとかを表した『炎』が肩身せまくひっそりとしているだけだ。
しがらみとか、外見とか、人間に関するあらゆるものを一枚ずつ剥いでいくと、
最後に残るのは抽象的な何かなのかもしれない。
たとえば『色』とか。
……。
それだけ、なんだろうか?
まだ、『私』は伝えれていない。
藍子に、萌黄さんに、自分の想いを伝えていない。
魔法少女の目的を。
私の答えを伝えていない。
だったら――。
もう一度、魔法少女を始めよう。
●
「ここは……?」
目を覚ませば見知らぬ建物(床があるから多分そう)の中にいた。
辺りは暗くてよく見えない。
自分のいる場所が一段高くて、見渡せる。
誰もいない真っ暗なその空間は、体育館より一回り広そうといった塩梅だ。
当然、何がどうなったのかわからない。
わからないなりに状況を整理しよう。
私、藍子、萌黄さんの三人はめちゃくちゃデカいモンスターと戦い、踏み潰されそうになった。
そこで萌黄さんが突然発光して、パワーアップかと思いきや暴走。
私達全員、白い光に包まれて、それでこうしてよくわからない場所にいる。
そうだ、まずやらないといけないのは――。
「藍子!! 萌黄さん!! どこかにいるの!? いたら返事をして!!」
『……愚かなものね』
「この声は……!!」
わけのわからない空間に、良く知っている声が鳴り響く。
『……こうなったのもあなたのせいよ。あの時、あなたは何を考えていたの?』
「何をって……とにかくあのデカいモンスターを倒さなくちゃって……」
『……それより前』
「え? 萌黄さんを助けなくちゃ~って」
『……もっと前!!』
「ええ? 覚えてないよ……」
『……考えたでしょ。あなたは』
――藍子といっしょに、ステージで劇をやってみたかった。
『……って』
天空から、私のいた場所が照らされる。
ここは舞台だ。
一段低かった場所は、観客席だ。
舞台の端が藍色のスポットライトで照らされる。
悠然と歩いてくるのは、良く見知った顔。
さっきの声の、主だ。
藍原藍子。
中世の貴族が身に付けてそうな軍服は、藍色に染まっていた。
片手で相変わらず本を抱えていたが、問題はもう片方の手。
なぜか、細長いヒョロ剣を持っている。
「藍子……?」
ぶんっ!!(剣がぶん投げられる音)
「ひえ!?」
滑らかな軌道を描いた刃物が私めがけて飛んできた。
あわや、体を貫く勢いだったそれが、目の前に突き刺さっている。
「いきなり何をするの!? 殺す気!?」
「……死んだりはしないわ、私もあなたも。最初から存在してないようなものだもの。……知ってるでしょ、あなたも」
「何を言ってるの!? さすがに怒るよ!!」
藍子は意に介さず観客席に目をやった。
割と本気で怒ってるんだけど、無視。
いくら私達の仲でも、やっていいことと悪いことがあると思うんだけどな。
そう、
「……ここはさっきまでの世界から一段階、高い階層よ。劇。世界を作っているのか、あるいは世界が作られているのか……」
「ああ~~~~。藍子さーん。自分の世界に入らないでくださーい。あとさすがに謝って。死にかけたんだぞ☆」
「……自分の世界? ここはあなたの世界よ。アホの茜」
は? と露骨に悪態をついてしまった。
ノリノリで軍服コスプレをして、何を言ってるんだこの子は?
「……だから言ったでしょう。4年前のあの戦いで、この世界は滅びるはずだった。その運命をあなたが歪めてしまった。これはあなたが創った世界……未練がましく、この世界に何かがあると、無責任に、何の保証もなく、グッダグダの、何もない、本当に何もない毎日に世界を付き合わせてるのよ」
「え、ええええ? ちょっと待ってよ? 私? 私が悪いの?」
「……問答無用」
藍子は手にしていた本を放り投げた。
代わりに、鞘におさまっていた細長い剣(2本目)を取り出した。
「……この世界にはやっぱり意味なんてなかったの。剣を取りなさい、茜谷茜」
捨てられた本のタイトルは、『魔法少女』だった。
●
キンッ!! キンッ!!
金属と金属の触れ合う音が静寂の中で鳴り響く。
藍子の鋭い突きを、私は何とか横にさばく。
それでもなお、畳みかける攻撃に私は押されていった。
……普段は全く自分から動かないくせに、何でこんな時だけ元気なのよ!!
「わかんない!! なんで私と藍子がステージの上でチャンバラやってるの!? 何もわかんないよ!!」
「……魔法少女が想いを力にするものなら、その表現方法などささいなこと。あなただって本当はわかっているんでしょう?」
「わかんないよおおおおぉぉぉぉ!!」
魔法少女が何で剣を持って戦わないといけないのか。
それは誰にもわからない。
確かなのは、藍子が私を本気で倒そうとしていること。
つまりこのまま抵抗しなければ、やばいことになるということだ。
ならば、抵抗する。
「てぇぇい!!」
すっ、と藍子の体が後ろに下がる。
清流を思わせる淀みない動きだ。
「避けられた!! うおー!!」ぶんぶんぶん!!
「……無様ね。その闇雲な攻撃は今のあなた自身よ」
「知ったようなこと言うなああああ!! さっきまでベビーカーに乗ってたくせにぃぃぃぃ!!」
なおも続く
何で私は藍子と戦っているんだ?
私は藍子を助けたいんじゃなかったのか?
心を閉ざしていた友人を、何とかして救いたいんじゃなかったのか?
ずっとそれが、
本当にそうだったのか?
もしかして、もしかすると――。
心を閉ざしていたのは、私もだった。
「……隙あり」
「あ!!」
藍子の一撃で弾かれた剣は真上に縦回転。
刃がこちらに向けられる。
「……この世界にはやっぱり何もなかったのよ。萌黄さんには悪いことをしたわ。私達がずっと何も見つけてあげれなくて、あの子は一人で悩み続けてしまった。……これ以上、付き合わせるのはよくないわ。あなただってわかっていたでしょう、あの時から……」
「あの時って……? ちゃんと説明してよ……お願いだから……」
「……とぼけるつもりなら、もういい。何も知らないフリをしたまま、消えなさい」
頭に浮かんだ一言。
その一言が言えなかった。
あの時と同じだ。
私が魔法少女の目的を、言えなかった時と。
私はずっと逃げていたのかもしれなかった。
答えを出すことから。
それを人に伝えることから。
だから、ずっと『茜谷茜』を演じていた。
赤色の魔法少女を。
だったらどうすればいい?
ひとつずつ、私を形作るものを剥いでいって、何が残るのか?
いや、違う。
本当に、何かが残るのか?
突剣が、奔る。
「……終わりよ!!」
「!!」
ガシッ!!
……。
……。
「……何、この音は?」
「受け止めた」
「……は?」
「私が……藍子の剣を受け止めた音!!」
その通りだった。
真剣白刃取り。
我が国に伝わる、伝説の技。
当然、私にだってできる。
だって――。
「私は魔法少女だから!! ふん!!」
両手に赤い光を込める。
そのまま藍子の刀……じゃなくて突剣をへし折ってやった。
誇りを重んじ、刀を振るった侍。
かけがえのない想いを以て日常を守る魔法少女。
それらに、一体どんな違いがあるだろうか?
驚いている藍子に鼻を鳴らしてみせる。
種明かしはこうだ。
さっきのモンスターとの戦いで、
だからこそ、できた。
この世界に意味のないことなんて、ひとつもない――。
「藍子、忘れてたね、私の機転の良さを」
「……そう、あなたの存在の純度が増した……そう言いたいわけね」
「違う。というか何を言ってるのかわからないよ、藍子」
「……何ですって? この期におよんであなたは――」
「これは……私達が紡いできたものだよ。意味のあるものなんだよ!!」
「……何を言っているの? ……全然わからないわ」
「じゃあ、わかってもらう!! わかってもらうまで、藍子にそれを伝える!! 私達に必要なのは戦いじゃない!! 何かこう……おしゃべりする感じだよ!!」
「……話し合うこと、とかって言いたいのね」
「あー、うん!! そういう感じ!!」
そうだ、逃げていたのはきっと私もだった。
このままの関係でいいって、心のどこかで思っていたのかもしれない。
4年前に、自分が原因で藍子が心を閉ざして怖かったんだ。
何かを人に伝えることが。
自分が人に影響を与えることが。
だから、あの時も、魔法少女の目的が急に言えなくなった。
でも、それじゃあダメなんだ、やっぱり。
「まあやっぱり魔法少女同士が戦うなんておかしいしね。ほら、藍子。あなたに武器はない。素の運動神経は私の方がいいからね。忘れたとは言わせないよ」
「……いいえ、忘れているのはあなたよ」
「へ?」
「……剣はもう一本ある!!」
その通りだった。
縦回転しながら剣が、藍子のもとへと落ちていく。
目の前の少女は、小ジャンプしてその武器をキャッチ。
(着地がヘタでよろめいていたが、心配の声を藍子は意にも介さない)
私がもともと持っていて、藍子に吹っ飛ばされていた剣。
それが今、藍子のもとに渡った。
「ず、ずるい!!」
「……ずるいのはあなたよ。全てに気づいていながら、全てに気づいていないフリをしている」
「だから何のこと!? ちゃんと説明して話し合おうよ!! でも刃物は危ないから体当たりで剣を吹っ飛ばす!! うおおおー!!」
「……だから言っている、この世界には何もないって」
武器を持たれた以上、長期戦は不利。
だからこその奇襲。
私と藍子の運動神経を考慮すれば、必中だったはずの一撃。
だが、私の体は空を切った。
瞬時に藍子は、滑るように、移動したのだ。
藍子はベビーカーに乗っていた。
「え? ええええ?」
「……もうあなたに押してもらう必要はない」
藍色の翼が生えると、そのまま藍子はステージから観客席へと飛び立つ。
そのままゆっくりと旋回。
藍色の光を撒き散らし、剣をこちらへ構えながら――。
まっすぐに突っ込んできた。
――世界を滅ぼす、無理心中。
「……さようなら、アホの茜」
遥か遠くでつぶやかれたはずのその一言は、私の耳になぜか届いた。
どうする?
どうする????
この速さじゃ、真剣白刃取りは無理だ。
たぶん、反応した時には私の頭蓋骨に剣が刺さってる。
手の平から光を出して応戦?
……ダメだ、光を引き裂いて藍子が突っ込んでくるイメージしか湧かない!!
これじゃあ、もうどうしようも……。
結局、私には何もできなかった。
ふさぎ込んでしまった藍子を助けることも、萌黄さんに魔法少女が何なのか伝えることも――。
……。
ここで終わり?
結局、私には何もできなくて、何の目的も持ってなくて、だから人に何も伝えるべきじゃないし、何も伝えれない。
ただの空っぽな存在。
きっと、それが藍子がずっと言いたかったこと。
藍色の羽根が、暗い空間を瞬く。
弧を描くように、緩やかに旋回して、そして――。
こちらにまっすぐと突っ込んできた。
――さようなら、あか「うおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!」
衝撃。
そして、手応え。
驚いた藍子の表情がすぐ目の前。
私はと言えば。
「……何をやっているの!? アホの茜!!」
「うおおおおおりゃあああああ!!」
最近ハマった蹴り返し。
今こそ、それをぶっ放す。
ここ一週間で身に付けた技。
日常の他愛のないやり取りでやったこと。
そうだ。
本当に無駄かどうかなんて誰にもわからない。
だったら、意味を見出せばいいんだ。
ひとつのひとつのことに。
私達がやってきたことには意味があったんだって。
「……いいえ、無駄よ。ずっと言ってるじゃない」
藍子の唇が、わずかに震えていた。
「……この世界には何にも……何にもない。いいえ、最初から何もなかったのよ。いくら探しても何も見つけられなかった……!!」
「ある!! この世界には……私達の知らないことがいろいろある。そして何より……」
力の限り、声を張り上げる。
目の前のわからず屋に、その想いを伝えるように。
そうだ、私達のやってきたことに意味があるかなんてわからない。
物語とは違うんだ。
どこが始まりで、どこが終わりかなんてわからない。
だったら今からだ。
いまここからだ。
止まらない想いが、体を溢れ出してきたのなら――。
もう一度、
「この世界には、私がいる!! そして……あなたもだよ、藍子!! だから、何もなくなんか、ない!!」
「……!!」
そうだ。
私達にはここがどんな空間なのかわからない。
でも、きっと、例えば上から見下ろせば。
私達は、夜空に輝く二つ星。
「うおおおおりゃああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
私の渾身の蹴りが藍子のベビーカーに炸裂する。
木っ端みじんに車は大破。
ついでに手にしていた剣も衝撃で破壊する。
中空に、驚いた顔の藍子が投げ出される。
私はジャンプして一回転。
そのままの勢いで藍子をキャッチし、ステージの上で着地を決める。
俗に言うお姫様抱っこ――。
「……何をするの」ゴッ!!
「ノータイムで顔面パンチ、やめてもらえる?」ブシャァ!!
変な音がしたが、まあ命に別状はないだろう。
……ここがどこなのか、やっとわかった。
さながら夢のようなもの。
少女達が、演舞し、きらびやかに舞うステージだったのだ。
幕を下ろす前に、言っておくことがある。
「私の勝ちだよ。藍子」
「……ええ、そういうことにしてあげる」
「あ、あと。これだけは言いたかったことなんだけど」
言えなかった一言。
きっと、今この時に限らず、4年間ずっと。
「ごめんね。私、ずっと藍子に向き合えてなかった。たぶん……怖かったんだと思う」
行動ではなく、心の問題だ。
私自身が本気で向き合えたかの話だ。
「……向き合うべきは私じゃないと思うのだけれど、まあいいわ」
腕の中で不貞腐れる藍子を見て、思わず笑みがこぼれてしまった。
お姫様はどうやら、これ以上暴れることはないらしい。
悪夢は終わった。
そして、夢は叶った。
私と藍子の、二人だけの劇。
私達だけが知ってる、秘密のショー。
魔法少女の目的とは関係ないが、私がやりたかったこと。
4年間、向き合っているようで向き合えなかった友人に想いを伝えること。
「ところで藍子、ひとつだけ聞きたいことがあるんだけど……」
「……なに? 機嫌が悪いの、さっさとして」
本当はひとつだけではないが、厳選して聞くならこれだ。
「私達……どうして戦ってたの?」
「……さあね、自分の胸に聞いてみなさい」
スポットライトの消えた舞台で、藍子の声だけが響いた。