漆黒のピチピチスーツはドクドクと脈打っていた。
そのうち縮尺率2倍で一段階ずつ雑に大きくなっていく。
瞬く間に人を越え、ビルを越え、山を越えた大きさに。
(異空間はこんなに広かったのか? と思ったが、とにかく体感としてはそんな感じということだ)
怪獣みたいなサイズになったピチピチスーツから、手足だけが生える。
顔のない、漆黒の巨人。
その姿はこの星のどんなものより異様に見える。
気付けば周りは『特区』――いや、私達の町だった。
けれど、外に出れたわけじゃないだろう。
建物も、地面も、空も、全てがセピア色の世界。
それでいて、私達三人以外は誰もいない世界。
わかる。
ここは私達の町を模した世界。
「どうやらここが最後の舞台ってわけね……
二人がそんな反応をするのも止む無しだろう。
こんな何もない世界を洒落てるだなんて、私は少しおかしい。
「そんな顔しないでよ二人とも、四年前といっしょの場所よ。ここは、私と藍子が、萌黄さんに初めて会った場所」
そして、超巨大なモンスターを、私が必殺技で吹っ飛ばしたところ。
「同じよ、あの時と。シンプルでいいじゃない。あいつを倒せば全部終わり。あーんな顔がない化け物は私がめちゃめちゃに倒してやるから見ててよ!!」
「……茜、あなた」
「なに?」
「……笑っているわ。ものすごく」
そうなの?
自分じゃあわからなかった。
笑うのは良いことだ。
だから、問題ない。
魔法少女は、どんな時でも、笑顔で敵をやっつけるのだ。
「見ててよ二人とも。あんなやつ、私ひとりで……」
「……上!!」「上です!!」
「え?」
視界が暗くなる。
超巨大ピチピチスーツは――跳躍していた。
当然、私達を踏み潰すために。
ものすごい重そうな敵が、ものすごい勢いで落下してくる。
つまり――ものすごくやばい。
萌黄さんの悲鳴が聞こえた。
まったく、さっきまで調子に乗って大暴れしてたのに。
これじゃあ先が思いやられる。
私は手を掲げた。
次に起こったのは衝撃と轟音だ。
で、次の瞬間には――。
「え……?」
素っ頓狂な声を出す萌黄さん。
その黄色い瞳には勇ましい赤の魔法少女の姿(私のこと)が映っていただろう。
巨大な敵を、片手一本で止めている私を。
驚きの表情の萌黄さん。
何やら諦めた表情の藍子。
そして私は――。
たぶん笑っていた。
「魔法少女にサイズ差が通用するわけないでしょおおおおぉぉぉぉ!!」
巨大な敵をぶん投げる。
どうやったかは、わからない。
私がぶん投げたと言ったら、ぶん投げたのである。
「おっといけない!!」
全速力で前方で加速。
向かうは敵の着地点。
造り物の『町』とはいえ、壊れてしまうと後味が悪い。
「とうっ!!」
前方へ飛び込むように大ジャンプ。
そのまま両手で地面を突く。
反動で斜め後ろに両足蹴り。
モンスターの巨体が反対方向へ吹っ飛ぶ。
住宅街は守られ、巨大な黒いピチスーは公園みたいな場所へとその身を沈めた。
「どうよこの機転!! これが魔法少女、茜谷茜の実力よ!!」
「……何を調子に乗っているの、あなたは」
後ろで藍子の声が聞こえた。
その横では萌黄さんが心配そうに私の
わかる。
私にはわかる。
この空間で起こっていることが。
みんながどんな意図で、何をしているのか。
萌黄さんが、藍子に聞く。
「藍子さん、茜さんはどうしちゃったんですか……?」
「……これが茜の本性よ。私はここに来た直後、この腑抜けに喝を入れる気持ちで戦った。それでダメならどちらにしろこの世界は
「調子に……!? いくら調子に乗ったからってこんなになりますか……!?」
「……なるのよ。今の茜、悪いところが全部出てるわ」
「悪いところって、そんな~」
私が振り向く。
萌黄さんがぎょっとする。
優しく声をかけちゃうか、先輩として。
「酷いな~藍子も萌黄さんも。私、魔法少女だよ? 何だってできちゃうし、自分の思い通りにできる……つまり」
つまりだ。
「気にいらないものは消せちゃうってこと」
あれ?
これ私が言ってるのか。
やばくないか、今の発言は。
ラスボスめいている。
「茜さん……どうしちゃったんですか!? あなたが言ってくれたんですよ!! 魔法少女の目的は言葉を紡ぐことだって!!」
そうそう、言ってやって萌黄さん。
「何を言ってるの? 魔法少女の目的は戦うことだよ。モンスターと戦って、戦って、戦って戦って戦って!! 最後に相手を消しちゃうってこと!!」
いや、何を言ってるんだ?
戦うのが目的だなんて。
それじゃあ――。
「それじゃあ……モンスターが消えたら、私達がいる意味はないってことですよ……?」
「そうだよ」
そうなの!?
とても残念そうな顔をする萌黄さんに代わって、藍子がしゃべる。
心底、不服そうに。
「……茜、あなた今、自分がどんな姿をしているかわかってる?」
わかんないです。
自分で自分は見れないので……。
「……赤白く燃えてるわ、髪と瞳が。あと体中から変なオーラも出してる」
「変!? 変って……酷いよ藍子~~~~!! 私だって怒っちゃうんだからね!! プンプン!!」
いや、いやいや。
何だこの言い方。
一応高校生だぞ。
これじゃあまるで小さな子供――。
クソガキじゃあないか。
「よおおおし!! 悪いモンスターをやっつけちゃうぞおおおお!!」
私は藍子も萌黄さんも無視して、モンスターの方へと向き直っていた。
漆黒の巨大ピチピチスーツは、立ち上がり両腕を前に出していた。
その腕がぐるぐるとねじれ、大砲に変わる。
経験上、やばい攻撃が飛んでくると思う。
私はといえば――。
「撃ち返せるか、返せないか……やってみなくちゃわかんないよ!!」
いや、絶対撃ち返せると思って言ってるでしょこれ。
大丈夫か?
黒いビーム的なアレが、私達に向かって放たれる。
この辺り一帯を飲み込み、世界を黒へと包んでいく。
「クリムゾン・ファイアァァァァー!!」
私の手から赤白い――というよりほぼ白いビームが放たれる。
放射状に広がるそれは、私とモンスターの中間位置で、黒ビームと衝突する。
黒と白の鍔迫り合い。
間でエネルギーがバチバチと弾けて虚空へと消えていく。
いくらなんでも、このまま押し返すのは――。
「普通の火力でダメなら……10倍だアアアアぁぁぁぁ!!」
いや、待って。
その流れは――。
「10倍でダメなら100倍!! 100倍でダメなら1000倍!!」
ダメだって。
それは。
「1億倍!! 100億!! 1000億!!」
それだけは本当に。
だって――。
「1兆!! 10兆!! 100兆!! せ」そのせいで藍子は――。
「せ」心を閉ざしたんじゃなかったのか?
「……」何一つ進歩してないじゃないか、小学生の時から。
「私は……バカだ」
白い光がしおれていく。
黒ビームはこちらへとグングン近づいてきた。
それでいいかもしれない。
これが藍子に対する私の贖罪だ。
「うわあああぁぁぁぁ!!」
調子に乗っていたバカ女の目の前まで、黒ビームが迫る。
無様。
ざまあみろとしか言いようがない。
風圧だか何だかで、私の変身コスチュームがベリベリに破れていく。
このまま、消えてしまえ。
そう思った。
私なんか、こんなバカな私なんか――。
「ディープブルー・ウォーター」
「きゃん!!」
背後から青い光線。
出力の絞られたそれで、私の体はビクンと跳ねた。
「いや!! 何するの!? マジで今大事な場面だよ藍子!! ビームが!! ビームが迫ってきている!! 私がギリギリ抑えてるんだけど!?」
「……何をしているのか、聞きたいのはこっちよ。あの時のことを思い出していたんでしょ?」
そうだよ。
それはいいから、ビーム押し合い合戦を手伝ってほしい。
けれど藍子は溜息を吐いてつぶやくのだ。
こんな状況で。
「……あの時のことから抜け出せないのは、あなたもよ。私のこと、ずっと負い目に思っていたんでしょう」
「そうだよ!! 私のせいで藍子がって、ずっとそう思っていた!! あと手伝ってってば!!」
「……それがしょうもないって言ってるの。あなたはどういう形であれ、答えを見つけてくれた。……これからは私が見つけなくてはいけないの。自分自身に向き合って……だから」
「思いっきりぶちかましなさい、アホの茜」
藍子がそんな風に思ってくれていたなんて。
これも、藍子がやっと言葉にしてくれたからだ。
でも、もう少し早く言ってほしかった。
黒いビームを抑えるの、そろそろ限界。
腕がつりそう。
「うおわああああぁぁぁぁ!!」「……ちょっと、逆転する流れでしょこれは!?」
藍子もオタオタしている。
でもごめんて。
感情の変化が……急すぎて飲み込めない!!
この最終決戦が始まってからの流れはこうだ。
私が高揚する、私が暴走する、私が反省する、藍子の気持ちに気づく。
テンポがちょっと速い。
もうちょっと……咀嚼する時間がほしい!!
私の出してた赤白い光が途切れる。
黒いビームが一直線に飛んでくる。
「うわああああぁぁぁぁ!!」
さっきから叫んでばっかだな私。
でも状況が状況だ。
実際、これで負けたら全ては終わり。
この世界は消えてなくなってしまう。
「イエロー・プラズマボンバァァァァ!!」
私の視界を包んだのは黄色い光。
目の前に飛び込んだ少女が放ったそれは、バリアーのようにモンスターの攻撃をせき止めていた。
「萌黄さん!!」
「魔法少女の目的は言葉を紡ぐことだって……それって相手に思いを伝えるってことでしょう!?」
そうだ。
私はそういう風に言った。
「だったら!! 私達のことだって頼ってください!! この世界にいるのは……茜さんだけじゃないんです!!」
「……!!」
そうか。
言葉を伝えるってことは相手がいるってことだ。
それは自分以外の人がいるって、認めるってことなんだ。
「こんな簡単なことを……わからせられるなんてね……!!」
クソガキがメスガキにわからせられた。
そんなお話だ。
私がいて、
藍子がいて、
萌黄さんがいて、
友達や家族がいて、
きっとこれから、その繋がりは広がっていく。
だから、それを認めなくちゃいけないんだ。
独り善がりに世界の命運を決めるんじゃなくて、
多くの人が、多くの意志がひしめく、この世界を守るために――。
「私は……正しく調子に乗る!!」
手に力を込めた。
萌黄さんの名前を力の限り叫ぶ。
それだけで伝わったのだろう。
弾かれるように、萌黄さんの体が横にそれる。
黒い大口径のビームが目の前に迫った。
「クリムゾン・ファイアァァァァ!!」
私にはこれしか技がない。
だから最後の最後まで、これでいく!!
代わりに出力を上げる。
「10倍!! 100倍!! 1000倍!! 1万倍!! 飛ばして1000万倍!!」
赤い光が、黒い闇と干渉する。
「1億倍!! 1000億倍!! 1兆倍!! 1000兆倍!!」
ここがどこだって関係ない。
私達がいるこの場所を守るために。
「1000兆倍の1000兆倍!! そして……」
この世界で生きていくために。
「1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の!!」
赤い光が黒い闇を押し返す。
周囲に赤く色づいた熱気をまき散らしながら。
「1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の1000兆倍の!!!!」
私がここにいるんだって叫び。
そして、みんながここにいるんだっていう気づき。
「1000兆倍のーーーーーーーー!!」
この町を抜け出して、星を包んで、宇宙すら飛び越える。
「1000兆倍の!! 1000兆倍の!! 1000兆倍の1000兆倍の!! そして……!!」
ここは私達の世界なんだって、宣言。
「1000兆倍の1000兆倍だああああぁぁぁぁ!!」
赤いゲロビは黒い闇をとっくに飲み込んで直進中。
そのまま巨大な黒いピチピチスーツへと衝突……というかジュッって音とともにかき消した。
世界を滅ぼす敵は、こうして割とあっさりと倒せたのだった。
問題はここからだ。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
荒ぶる手の平を何とかコントロールする。
このまま、暴れ回るだけじゃダメなんだ。
それじゃあ4年前と何ら変わらない。
私自身が何とかしないと――。
私の右手に、誰かの手が添えられた。
「……アホの茜。何度同じことを言わせるの?」
左手もだ。
「茜さん、正直なめた態度とっててごめんなさい。……ちょっと見直しました」
新しい力が湧いてくるのを感じる。
無節操に広がっていく力を一点に集めていく。
異空間に穴が開く。
宇宙船に穴が開いたみたいに、そこから全てが流れ出ていく。
「二人とも!!」
声をかけた時には、もう私達の体は浮いていた。
造り物の町といっしょに、私達三人は外へと飛ばされていった。
●
……。
…………。
……………………。
外は真っ白だった。
きっとここは、全ての源泉。
いつか見た記憶の日々。
何も考えず身をゆだねれば、どこにも行けずに消えてしまうのだろう。
でも大丈夫だ。
もう、目的地は決まっているから。
私達のいる町へ――。
そして、気づく。
ここに私しかいないことを。
「萌黄さん!!」
遥か下方に黄色の光が見えた。
あれはたぶん萌黄さんだ。
気を失っているのか、自由落下していっている。
あのままじゃ――。
「萌黄さん!! 起きて!! 魔法少女は日常に帰るまでが魔法少女なのよ!! あなただけどこかへ行っちゃうなんて……そんな……!!」
目に見えない白い濁流が、黄の光を飲み込もうとしていた。
その時だった。
藍子だ。
遥か下、視界の隅に青の少女。
藍子が必死に、手をばたばたと動かして黄の光に近付いていた。
「頑張れ……!! 頑張れ藍子……!!」
藍子がどんな顔をしているか、見えなくてもわかる。
今までで、一番、必死な顔だ。
運動音痴で、不健康で、出不精な藍子が、それでも必死に体を動かしている。
そして、私にできることと言えば――。
「頑張れーーーー!! 藍子ーーーー!! 萌黄さーーーーん!!」
ただ言葉をかけた。
信じて、言葉をかけた。
私を信じてくれた二人のために、ただ声を張り上げた。
黄の光が人の形をしていく。
当然、手だってある。
藍子が、手をのばす。
手は、届いた。
遠くにいるはずの二人の声が聞こえる。
「……。大丈夫? 萌黄さん?」
「藍子……さん? 藍子さん!! 私、また藍子さんに助けられて……!!」
「……いいのよ。おかげで私も前を向くことができたから。それに……」
「それに?」
「悪くないわ。誰かに言葉をかけるのも」
心に吹いた一陣の風。
藍子に前を向いてほしいと思っていた。
萌黄さんには独りで抱え込まないでほしいと思っていた。
そして、今、この瞬間。
藍子は人と関わる勇気を持った。
萌黄さんは、自分を助けてくれる人がいると知った。
藍子は再び萌黄さんを、一人の少女の世界を救ったのだ。
4年前と同じように。
そう、私の親友、藍原藍子は――。
世界を二回、救ってくれたんだ。
きっとこれで全部が解決した。
そう思えた。
二人が浮上していく。
いつの間にか私の前へときた。
なぜだか私の方を見て驚いた顔をしている。
ようわからんので、しゃべりたいことをしゃべることにした。
「いや~二人とも無事でよかったよ」
「私のせいです……。私……思ったんです。『モンスターは私を狙って動いている。じゃあ私がいなくなれば全部うまくいくんじゃないか』って……。それできっと……」
萌黄さんは思ったより思いつめていたみたいだった。
こういう時に魔法少女として……いや、先輩として言うべきことは決まっている。
でも、藍子に先を越されてしまった。
「……あなたがそんなことを考える必要はない。一人で全部背負う必要なんて、きっとない」
「藍子さん……!!」
「……
よくわからないが、そういうことらしい。
「そうそう!! モンスターが宇宙だとかよくわからない話もあったけど……私達は人間なんだから人間のスケールってやつで考えればいいのよ!!」
「……人間の姿じゃない人が言っても説得力がないのだけれど」
「え?」
気付く。
本当だ。
今の私はただの赤い光だった。
「あはは……これは失敬」
指パッチンとともに私は人の形となる。
「……アホの茜」
「あはは!!」
三人で手を繋ぐ。
言わなくても
さあ、帰ろう。
今日も、明日も、そのまた明日も。
言葉を紡ぐために。
私達の