魔法少女ナラティブ   作:MOPX

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夢の旅路へ

 

暗闇に意識が灯った。

 

泥に浮かぶ(はす)の花を思わせるそれが、淡い光を受けてにわかに色づいた。

 

幾度となく繰り返されたはずの一瞬。

誰にも説明することのできない、驚異のメカニズム。

 

この一事を取っても奇跡のような出来事だ。

神秘に溢れた出来事だ。

いくら既存の法則を以て説明をしたところで、原理の証明に立ち返るだけだ。

 

世界が産まれてから、脈々と繰り返されている、世界が産みだされる行為。

 

誰にも歩んだことのない未来を、自己という存在が歩んでいるのだ。

これを正しく説明することなど、無粋なことだ。

 

明日、また世界が続いているかなんて、全知全能であってもわからぬ。

その存在がいること自体に、何かしらの前提が生じるからだ。

 

改めて思考する。

この繰り返される日常こそが、天から与えられた大きな贈り物に思えてならないのだ、と。

 

……。

 

やはり奇跡か……。

 

淡い光は()を眠りへと誘う。

 

もう一度、この体験を繰り返すのも悪くない。

 

爽やかな薫りが、私の鼻孔をくすぐる。

耳に届くは、天使の声だ。

今日という一日を与えてくれる、天からの使い――。

 

「藍子ぉ? そろそろ起きてー」

 

……。

 

いやだ、まだ眠い。

 

睡眠は、大切なものだ。

起きてる時間と同じくらい、大切なものだ。

 

だから人間は、1日12時間は眠ることが許される。

 

私はそう信じている。

他の誰かが指をさして笑っても、この世界でそれを信じるものが私だけになったって――。

 

 

「……人間は、1日12時間眠ることが許される!!」ガバァ!!

 

「いきなり何を言ってるの!? ほら、朝ご飯の準備できてるから、早く着替えて」

 

「……朝、目を覚ます瞬間は毎日の恵みなのよ。あなたはそれに介入する覚悟を持つというの、茜谷茜?」

 

「いいから、着替えて!! 脱げ!! パジャマを脱げ!! 枕に抱き付くな!!」

 

「……ううううぅぅぅぅ!!」

 

私から発せられる苦悶の声を気にもせず、茜は居間へと戻ってしまった。

薄情な……などとは思わない。

 

私も自分の足で歩くと決めたから。

 

 

朝の日差しに包まれて、私の意識も完全に覚醒をする――。

 

要するに、起床した。

 

 

 

 

西暦2027年。

私、藍原藍子が茜谷茜と同じ部屋に住んで一年以上が経つ。

大学に通うにあたり、同じ部屋だと家賃が節約できるという極めて合理的な理由だ。

それだけである。

 

あと、あえて理由を付けたすなら。

 

「……茜は私がいないとしょうがないものね」

 

「ええ!? 藍子がそれを言う!? 逆だよね!? 私がいつもお世話してるよね!?」

 

「……多くの人はそうは思ってないわ。私がいつもサポートしてあげてるでしょう」

 

「えええ……。その自信はどこからくるの……」

 

目玉焼きを突っついて割りながら、他愛のないやり取り。

ここは魔法少女ご用達のマンション。

多少大きな声を出してもよい。

 

作業には打ってつけの場所。

そう思ってここを選んだ。

 

「……魔法少女がいなければ、こうした施設もできなかった。その意味でここも、本来は存在しなかったもの」

 

「また、話が飛んでる……。でも、よかったよね。藍子のお父さん、お母さんも許してくれたし」

 

「……またその話? 親のことは関係ないでしょう」

 

「関係なくなんてないよ。任されてるんだから、藍子のこと」

 

……。

 

この子はまた、素面(シラフ)でこういうことを言う。

私の沈黙を意味を理解していないのか、口が半開きになってる。

そんな親友を見て、微笑ましく思ってしまうのだ。

 

無論、意地でも顔には出さないが。

素知らぬ振りしてお茶を口にする。

 

「……ま、その節は礼になったと言っておくわ」

 

「いいって。私と藍子の仲じゃん。……藍子が夢を口にしてくれて、私も応援したかったし」

 

「……あなたが言ってくれたことよ」

 

「どういうことよ? わからん」

 

あまりにストレートな物言い。

ここまでくるといっそ清々しい。

 

「……言葉を紡ぐのが、魔法少女の目的なんでしょう?」

 

いつしか、見つけてくれた答え。

これだけ明確に伝えても、まだ理解が追いついてないのか。

当の本人は綺麗な赤い髪をポリポリとかいている。

 

「あー、4年前の。いやあ、我ながら良い感じの答えだったと思う。……でもそれが藍子の夢と何の関係が?」

 

「……あなた、本当に気づいてなかったの?」

 

「うん、藍子が前向きになって良かったな~っくらいの感じ。まあでも、今、答えがが聞けるならそれもいいかな!!」

 

溜息を吐いてやる。

さりとて、これもまた一興だ。

少し、しゃべってみる気分になった。

 

「……言葉を紡いでいけば、どうなると思う? 一言二言ではないわ。一文、二文、一ページ……さらにもっと」

 

「どうなるの?」

 

息を吸う。

私の答えを出す。

 

 

「言葉を紡いでいけば、それは物語になるのよ」

 

 

「物語……? あ~~~~!!」

 

ようやく理解した顔。

やれやれと言いたくなる。

 

答えを出してくれたのは、あなたなのに。

 

「じゃあ藍子、あなたが物語を書きたいって言い出したのは……」

 

「……そ。私なりにあなたの答えに影響を受けた、とでも言っておきましょうか」

 

「またそんな言い方をする~」とすねる茜を適当になだめる。

 

 

でもこれが真実だ。

 

果たして、この生に何の意味があるのか?

 

考えて、考えて、探して、けれど答えは出なくて。

 

でも、きっと答えはどこかに用意されているものじゃなかった。

 

向き合わないといけない。

 

自分自身に。

 

誰しもが同じ人生を歩むことはない。

 

生まれた時代も、場所も、どんなことを考えて、どう行動するのか。

 

一人一人が違う。

 

だから、きっと、私が今、ここにいる意味があるとすれば――。

 

私という存在を、何かしらの形で残すことだ。

 

藍原藍子を。

 

私の見たこと、感じたことを――。

 

 

台所で食器を片付けながら茜は笑顔を見せた。

 

「ふふ……いいなあ、なんか。萌黄さんもこの前にたまたま会ったけど充実してるってさ。あの子、やっぱりなんというか……キラキラしてるわね!!」

 

「……あなたは? どうするつもり」

 

「え?」

 

「……将来」

 

聞いてみる。

ほんの戯れに。

ほとんどは確認のようなものだが。

 

「うーん、私はまだまだ魔法少女って感じかな!! 職選びは……うん、まだちょっと考えさせて……」

 

「……それでいい」

 

「え? てっきり『……人生設計くらいちゃんとしなさい。……アホの茜ぇ』って言われるかと」

 

「……私はそんなねっとりしたしゃべり方をしない。何年いっしょにいるの? アホの茜」ゴッシャァ!!

 

「ツッコミでアゴに掌底かますの止めて!!」バッキーン!!

 

20歳でも茜はまだまだ魔法少女のつもり。

それでいい。

 

魔法少女は、本人がそう思うまでは魔法少女だ。

だから、いつまでも、できる限り長く、茜には魔法少女であってほしい。

 

暗がりに迷う少女に、その行先を示す灯りであってほしい。

 

……この言葉は直接は伝えない。

でも、いつか伝わればいい。

 

そのために私は物語を創るのだから。

 

「……いざとなったら養ってあげるわ。茜は私がいないと本当にダメなんだから」

 

「本当に? じゃあ家事とか担当するか~。……藍子のお世話、慣れてるし。赤ちゃんみたいだった。ベビーカー乗ってたし」

 

「……ベビーカー? あなたは何を言っているの? もしかして私の『魔法少女専用特殊車両オメガゼットゼロワン藍原藍子エディション』のことを……?」

 

「あれ、そんな名前だったんだ……」

 

言ってなかったかしら?

……。

言ってなかった気がする。

 

 

まあ、そんなことよりだ。

 

 

「……さてと」

 

朝ご飯の片付けも終わった。

今日は休日。

いつもなら、本を読む時間だ。

 

いつもなら、だ。

 

 

「……ま、安心しなさい。あなたにスネをかじらせるくらい、わけはない」

 

 

「ん?」と茜が赤い瞳をこちらに向ける。

また、口が半開きになってる。

 

「……さ、始めましょうか」

 

「始めるって何を……? あ!! ま、まさか藍子……!!」

 

そのまさかである。

 

「……机を開けなさい。居間で作業をさせてもらうわ」

 

「ついに……!! 藍子が……!!」

 

書く気になった。

そういうことだ。

 

「これまで机上論ばっかりだった藍子が……!! 『インプットは必要よ』って言いながらテコでも書かなかった藍子が……!! プロットとかいうのをずっと考えて、実際には書いていなかった藍子が……!!」

 

「……裏拳二発で足りてるかしら」バキッバキッ!!

 

「お釣りは取っといて」ゴシャッゴシャッ!!

 

……茜がこうした疑問を呈するのも無理はない。

私はまだ、物語を一文字たりとも書いていなかった。

 

……あれこれと理由を付けることは可能だろう。

でも、正直に話せばこうだ。

 

「……踏ん切りがついていなかったのね。言ってみれば勇気よ」

 

「それって自分の考えていることを人に伝える……ってこと?」

 

「……それだけじゃない。物語の登場人物の命運を、私の手先ひとつで握ってしまう。そのことよ」

 

そうだ。

それは、私が何よりも恐れていることのはずだった。

 

何か得体のしれない存在が、私達の行く末を全て決めている。

自分の意志など、最初から存在しないのではないかと。

 

だから、4年前の4年前、私は吐いた。

 

たとえ物語の登場人物にも、何かあるんじゃないかって、ずっと探し続けた。

そのために本を読み続けた。

 

「……きっと、それも自分で見つけ出すものなのね」

 

毎日を、ただひたむきに生きていって。

その中で何かが紡がれていけばいい。

 

20歳の私の心境としては、そんなところだ。

 

 

まずは、だ。

原稿用紙を持ってきて、机へと広げる。

茜が素っ頓狂な声を上げる。

 

「え? えええ? 手で書くの!? 普通パソコンかスマホじゃないの!?」

 

「……私は手を動かしながら考えるタイプなの。昔の文豪みたいで恰好いいでしょう?」

 

「いつの間にか、昭和ルックみたいなのを着てる!? こういう時は着替えるの早いね!!」

 

「……作務衣(さむえ)よ。形から入ることにしたわ」

 

真っ青なそれは私の決意表明のつもり。

かつての少女は、ドレスから作務衣へと姿を変え、演じる側から伝える側に。

 

自分のやっていることが無駄に終わるのかどうか。

わからないけど、とりあえずやってみることにした。

 

 

記念すべき一行目を、私は書いた。

 

 

「藍子……? それってタイトル?」

 

「……ええ、そうよ」

 

「いやいや、一瞬わかんなかったよ。私もちょっと調べたけどさ、もっと、こう、長いタイトルが良いんでしょ? 後半の単語、私には意味がわからないし」

 

「……タイトルは宿命であり主題よ。登場人物たちの行く末を決める大切なもの。……これで過不足がなくて完璧だと考えるわ」

 

「あー。誰かが言ってたね、それ」

 

「……あなたよ」

 

「知ってた」

 

 

笑い声が漏れる。

さあ、書き始めよう。

 

これまで私が歩んできた道のりを。

これから歩むことになる、未知の世界を。

 

果てしなく続く夢の旅路へと。

魔法少女たちが紡ぐ物語を。

 

私は自分を奮い立たせるように、原稿用紙に書き込んだ一行目をあらためて見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔法少女ナラティブ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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