『特区』に設置されているスピーカーはけたたましい警報音と、脅威の出現場所を知らせていた。
まあ、今回は場所については聞く必要がない。
私の目の前。
道路を遮るように、漆黒の塊。
真っ黒な、牛か羊かあの辺りを模したフォルム。
けれど首にあたる部分から前が存在しないのだ。
意味もなく生物を真似た模造品。
どうしてこんな姿をしているかは、わからない。
ただ、この星の全ての生き物と相容れないのだけが事実だ。
そんな自分と同じくらいの背丈のモンスターと対峙しながら、私はバックから携行用の武器を取り出すのだった。
「今の私は虫の居所が悪くってさ。消えてもらうよ、モンスター」
『特区』は魔法少女にあふれている……といってもみんなが戦い慣れてるわけじゃない。
最近はめっきりモンスターも減ったわけだし、ここはベテラン魔法少女である自分が、魔法少女の意地とか、何かそういうものを見せる場面だろう。
などと考えていたら、藍子のさっきの一言がふいに頭によぎった。
(モンスターには目的がうんぬんかんぬん……)
「魔法少女がそれを言っちゃ、おしまいでしょ……!!」
そうだ、深く考えることはない。
目の前の黒い塊は身構えて突進の予備動作をしている。
町を破壊する悪いやつ。
だから止める。
小学六年生から貫く、私のちっぽけだけど誇らしい信念だ。
(クスクス……じゃあ魔法少女の目的って何ですか~? お姉ちゃんもしかしてわからないの~? フレッフレ、がんばれ、お姉ちゃん!! キャハハ!!)
「あ~!! 頭の中の萌黄さん、過度にメスガキ化されてるーーーー!!」
さすがにここまでじゃなかっただろ、と一人でツッコむ。
漆黒の顔なし牛は既にこちらに突っ込んできていた。
さすがにおふざけがすぎたか。
「ま、年長者の貫禄ってやつ、見せちゃおっかな」
白銀の棒を構える。
スイッチひとつでそれは長杖に。
脇を締めて、杖を両手でしっかり握り、狙う一点(今回は迫りくるモンスターのど真ん中)をしっかりと見定める。
後は「消えなさい」って集中するだけだ。
「クリムゾン・ファイアー!!」
杖の先端から赤い光が発射される。
さながら火炎放射器ごとし。
正確には炎をイメージしているから魔法力が炎の形として出力されるだとかなんとか。
でもまあ、原理はどうでもいい。
こうして黒い怪物の勢いを削いで、その場に押しとどめているのだから。
久々だけど、別段衰えは感じない。
16歳、魔法少女。
まだまだ現役だぞ。
とはいえ、敵もやられてばかりではない。
半ば強引に、一歩ずつこちらに近付いてくる。
背後に喫茶店があるこの方向に向かって。
「……思ったより粘るなあ。よし、じゃあ出力上げちゃおっかな……!!」
手にした白銀の棒をより強く握る。
後は「めっちゃ消えなさい!!」って心の中で念じるだけだ。
「クリムゾン・ファイアー、10倍火力で――」
頭に痛みが走った。
稲妻みたいに一瞬で、しかし確かな痺れをもたらしていた。
広がる白い世界。
ゲロを吐く親友。
あの時の鼻孔をつく酸っぱな匂いは、確かに記憶に残っている。
「……っ!!」
出せない。
10倍火力が。
顔なし牛の進行速度が速まってくる。
距離を詰められて数メートルのところまできた。
そして、赤い光は途絶えた。
顔のない黒い怪物が自己の存在をアピールするように足を踏みならす。
舗装された道路に小さなクレームができて破片が飛び散った。
「あ、あれ……? このモンスター、結構強い……?」
などと言った時にはもう遅い。
これは、ちょっとまずい。
『イキった高校生魔法少女敗北!! 良い子のみんなは真似しないでください!!』
そんなフレーズが『特区』に触れ回るのだろうか……?
打開策を――。
何て考えていたら怪物はこちらへ突進。
あわや大惨事かと思われたが、私の後方から飛んできた青い光が怪物へと直撃し、その態勢を崩す。
「……何をやってるのよ、あなたは」
「藍子……!! あ~~~~!! 藍子~~~~!! やっぱり頼りになる~~~~!!」
ボサボサの青髪をたなびかせ、我が親友、藍原藍子が必殺のディープブルー・ウォーターを放っていたのだった!!
「普段はツンツンしてるけどやっぱり藍子と私の友情は変わらないひとつの絆!! これこそが魔法少女だウェーイ!!」
「……何をやってるのかと聞いたのよ、私は」
「え……? 見ての通りいち早くモンスターの駆除を……」
「……その結果がこの
「……っ!! でも、でもでも!! これくらいのピンチ、小学生の時とかよくあったじゃん!!」
そうだ。
私と藍子が初めて会って、コンビを組んだその日から。
私達の戦いは決して順風満帆とは言えなかった。
……正直、かなり危なっかしい戦いも多かった。
でも、その度に藍子との友情パワーやその場での機転で乗り越えて――。
「……私達はもう高校生。だからこうして
「さっきの話!? 今まさにモンスターが態勢を立て直してこっちに突っ込んでくるタイミングでする話じゃないと思うけど!?」
「……さっきだって、あなたが10倍でも、100倍でも好きなだけ火力を上げればそれで終わってた。それができなかったのは……私達が大きくなったから」
「……!! 違う!! そうじゃない!! というか牛を今、頑張って押さえつけてるから手伝ってくれると助かる!!」
「……私の魔法力も落ちてしばらく待たなきゃ次の攻撃はできない。……大方、あの時のことが頭によぎったのであって、大きくなったのとは関係ないと言いたいのでしょう」
そう、その通り。
さすが藍子は理解が早い(牛の突進を受けて後ずさる私を手伝ってくれると嬉しいんだけど)
「……でも、そういうことよ。魔法少女の主人公は小さな女の子で
「もうちょっとわかるように言ってもらえると嬉しいんだけど!!」
衝撃が走る。
半ば反射で受け身を取りつつ後方に回転。
弾かれて、真上に吹っ飛ぶ白銀の棒。
前方にいるモンスター。
魔法少女にとって唯一の武器の落下点予測は、私のモンスターとの間、やや私寄り。
シミュレートする。
落ちた棒を急いで手で拾い上げて構える。
そうしている間に敵は既に突進の動作に入る。
応戦が間に合わず、突進をモロに食らう私。
いよいよ現実味を帯びるイキった高校生魔法少女敗北のクダリ。
でもそこまでわかっているのなら、その道をたどらなきゃいい。
これは本当に、自慢ではないのだが――。
その場での機転には自信がある。
白銀の棒が、地面へと降り立たんとする。
私は助走をつけるべく軽くステップ。
そこを狙ってモンスターは既に突進を開始していた。
「おりゃあ!!」
手で拾うのが遅いのなら、足だ。
地面すれすれの位置に来た白銀の棒を思いっきり蹴り上げる。
使い慣れた相棒ともいうべき武器が、赤い光を帯びて高速回転しながらモンスターへと突っ込む(長い付き合いだし許してくれるでしょう)
そのままクリーンヒットして牛型顔なしモンスターを後退させることに成功したのだ!!
「この勝負勘……どうよ藍子!! 私もまだまだ捨てたもんじゃないでしょ!!」
「……。この後はどうするのよ」
「どうって、こう……良い感じに跳ね返ってきた白銀の棒を手に取り、必殺技を放って終わり~的な」
すっと藍子が指をさす。
目をやれば怪物に衝突した白銀の棒が「こんな使い方考慮してねーよ」と言わんばかりに真っ二つに割れていた。
乾いた音とともに地面に落ちた我が相棒は無残な姿に。
どうしてこんなことに……。
「あ、ああああ……」
「……アホの茜」
今度こそと突っ込んでくるモンスター。
武器を持ってない私。
先ほど必殺技をもう連発できないと宣言した藍子。
もしかして:詰んでる
「そこまでです!!」
背後から影が飛び上がる。
私と藍子の正面に悠然と降り立ったかと思えば、黄色いツインテールがふわりと揺れた。
今日の一連の出来事の発端とも言える存在、萌黄萌絵。
「危ないわ!! モンスターが……!!」
「たあああ!!」
黄の少女が淀みない動きでポケットから何かを取り出す。
後ろからだから、見えない。
モンスターと黄の少女が衝突するその瞬間――。
少女の前で黄色の光がバチバチと弾けた。
まっすぐ伸ばした腕。
その先に持っている何かで、少女はモンスターを弾いていた。
「魔法の棒はちょっともう古いですね。今、支給されているのは『化粧ポーチ型魔法具』です」
なおもモンスターを押さえつける少女。
その表情は見えないはずなのに――。
にやっと笑った気がした。
「変身!!」
伸ばした腕の先から、体全体へ。
少女の体が黄の光に包まれる。
ラッパ鳴らしたり太鼓を叩いたりしながら行進する人らが着てそうな服装。
現代的でオシャレなそれが、一瞬で形を成す。
言うまでもなく、カラーは髪や瞳と同じ緑がかった黄――。
萌黄色、というやつだ。
「ツインテールは想いの重さ……魔法少女、萌黄萌絵!!」
その様子を我らは、一般市民がごとく驚きをもって見つめるのだった。
「……!! そういえば萌黄さんも魔法少女だった!!」
「……。黙ってみてなさい」
「さて……藍子さんにオイタをしようとしたモンスターには罰が必要ですね……」
なおもバチバチと黄色の光が魔法少女とモンスターの境界で弾ける。
顔なし牛が無理やり体をねじ込もうとする。
黄の魔法少女のブーツが、踏ん張りが効かず後ずさる。
「ああああ!! 押し負けてるーーーー!! あんな無茶な戦い方をするから!!」
「……。絶対にあなたにだけは言われたくないと思うわ」
黄の光がバチバチと弾け続ける。
そのバチバチはなおも大きくなり、少女の体を包むように――。
……。
これ、萌黄さんの能力か!!
「私の魔法力伝搬式は電気のイメージ。そこら中に放電するがごとく魔法力をまき散らす……」
モンスターの表面で黄色い線が弾けている。
真横に小さな落雷が幾つも落ちているよう。
それでいて、本体である萌黄さんは、なおもバチバチとエネルギーをため込んでいた。
あ、やばいやつだ、これ。
「感電注意ですよ、先輩方!!」
私と藍子が身を屈めたその瞬間。
黄の光が、瞬いた。
「イエロー・プラズマボンバァァァァ!!」
自己中心爆破技。
四方八方に、黄色の雷が乱れ飛ぶ。
魔法少女の正面――怪物がいた方向も例外ではない。
黄色の稲妻に貫かれたそれは、胴体にぽっかりと穴が開き、そのまま崩れ落ち消えていく。
瞬殺。
当の魔法少女が振り向けば、してやったりの顔でこちらにピースするのだった。
「これが新世代の魔法少女の力です!! 藍子さん、見ててくれましたか!! 私はあなたのおかげでこんなにも強く……」
その後の話はよく聞いてなかった。
周囲には既に、警報を聞きつけた魔法少女が数十人。
なぜだか、私の胸にもぽっかりと穴が開いた気分だった。
●
事後処理は何やかんや終わった。(折れた棒もしっかりと労ってあげた。金属ごみらしい)
周辺にいた魔法少女も解散し、後に残ったのは私と藍子と……今日の主役の魔法少女。
「はあ~今日はこれで解散ですね。モンスターについての報告を『組織』にしないといけないですし。もっと藍子さんとお話ししたかったなあ~」
既に変身を解いたセーラー服の少女が伸びをしながら言う。
これくらいのことは彼女にとっては日常と言わんばかり。
「あ、今日のお礼です!! はい!!」
萌黄さんが藍子にチケットを二枚ほど渡す。
何かと思えば小等部で行われる夏祭りのチケット……らしい。
(要は文化祭のようなもので、魔法少女は創意工夫に富み、エネルギーが有り余っているからこうした催し物が頻繁に開かれる)
「1週間後、友達とステージでダンスをするんですよ、ダンス!! 是非、見に来てください!! そして終わった後には藍子さんから労いの声が……キャー!! あ、あと茜さん……」
既に夢見る乙女モードに入ったかに見えたが、私のことも一応視界に入っていたらしい。
チケットも2枚渡されたのは、さすがに私も誘われているということだろう。
黄の少女は不敵な笑みを浮かべるのだった。
「宿題、考えてきてくださいね!!」
「しゅく……だい……?」
宿題。
宿命の宿に、主題の題。
何かこう書くとめちゃくちゃかっこよく思えてくる。
少女が何を言わんとしているのかわかった。
今日のインタビューの最後の質問だ。
『魔法少女の目的って何ですか?』
答えられなかった問い。
きっと私は、これに答えを出さなくちゃいけない。
そんな気がした。
「あれあれ~? 茜さんもしかして宿題って言葉の意味が……!!」
「……萌黄さん、茜はいろいろとアレだけどそこまで重症ではないわ」
和やかに会話する二人はおいといて、私の胸にはくすぶるものがあった。
魔法少女の目的を考える。
それが『宿題』。
●
帰り道。
萌黄さんとお別れして、藍子を専用台車に乗せて寮まで進む。
今日一日、珍しくよくしゃべっていた藍子だったがいつものようにだんまりになり、相変わらず本を読みだした。
今日はいろいろなことがあった。
何となくしっくりこないところ、自分でも違和感があるところ、たくさんあった。
私にはわからない、わからないけど――。
「私……萌黄さんの言った宿題について、真面目に考えてみるわ」
独り言でもいい。
そう思って私は想いを声にする。
これまでの4年間、私は逃げていたのかもしれない。
わからないってことを言い訳に。
心のどこかでしょうがないことなんだって、この世界に対して。
でも本当にそうなのかは、それこそわからないはずなのだ。
だから一度、真面目に考えてみたいと思った。
後輩の出した宿題を。
そしてその答えを、藍子にも聞いてほしい。
自分で考えて、納得できるような答えを出せれば、藍子も前を向いてくれる。
何の根拠もないけど、直感だけには自信がある。
「まずは、今日起こったことについて、日記にまとめてひとつずつ考える!! 何かこう、見えてくるものがあると思うから!!」
藍子は何もしゃべらない。
手にしたページをめくる音だけが聞こえてきた。
「そしたら藍子、あなたにも答えをきかせてあげたい。……たぶん良い感じの結論出すからさ、私」
本を閉じる音が聞こえた。
「……てっきり私のことなんて忘れてると思った」
「え? 何で!? いや~~~~普段私がどれだけ藍子のことを考えて行動しているか」
「……ばか」
会話はそれっきりだった。
『特区』の暑い夏がいよいよ始まった。
そんな気がした。