「藍子の母です。娘がお世話になっております……なーんて、茜ちゃん久しぶりね」
「あ……藍子のお母さん……!? どうしてここに!?」
「小等部の夏祭りのチラシをもらったから何となく来てみたの。……虫の知らせってやつかしら。藍子と会うのも久しぶりだものね……」
チッと舌打ちするのが藍子の乗るベビーカーから聞こえてくる。
実の親やぞ、と声に出しそうになったがぐっとこらえる。
親子というのは難しいものなのだ、たぶん。
「藍子さんのお母さまですか!? 初めまして!! 私、小等部六年生の萌黄萌絵です!! よろしくお願いしますお義母さま!!」
「まあ!! 礼儀正しい子!! 藍子ったらいつの間にこんなステキな子と仲良くなったの!?」
萌黄さんが藍子の母親に朗らかに挨拶していた。
二回目の『おかあさま』にただならぬ含みを感じたのは気のせいだろうか?
得意のメスガキ口調はどうした? という指摘をぐっと飲み干す。
藍子のお母さんと会うのは久しぶりなのだ。
私も、藍子も。
だからここは、少しでも藍子が元気なところを見せて、周囲に何か楽し気な人たちがいて、藍子の生活には何の支障もない感じを出さねばならないのだ!!
「ふふ……何やら楽しくお話していたみたいだけど、何の話だったの? 」
きた。
あまりにもフラットで、だからこそ答えに
今の状況を大人に何て説明すればいいのか――。
「……。魔法少女の目的を探していたの。茜が」
「魔法少女の……もく……てき……????」「おいいいいぃぃぃぃ!!」
無言だった藍子の突然の一撃。
無造作に言い放たれたそれが、藍子のお母さんへの耳へと届き無数のクエスチョンマークを生む。(私はベビーカーをゆさゆさしていた)
心を閉ざしているはずなのに、どうしてこういう時だけしゃべるのかな!!
「茜ちゃん」
「ハイ」
「魔法少女の目的って……? 日本語として違和感があるし、少し意味がわからないのだけれど……」
「こう、魔法少女の向かうべき先というか何といいますか……」
「向かうべき先???」
「あうう……」
おばさんがまんまるな瞳なまま眉をピンと張る。
「えー、あー、実はこれは萌黄さんが言い出したことで……説明して、萌黄さん」
「ええー!? 私、小学六年生だから上手くお話できません~、えへ」
「えへ……じゃあないのよ!! さっきまで
「茜ちゃん」
「ハイ!!」
おばさんの視線が私に注ぐ。
孤立無援とはまさにこのこと、知らんけど。
「私はね、藍子がふさぎ込んでからどうしていいのかわからなくて、それでいつも一緒にいた茜ちゃんに藍子のことを託したの」
「は、はい……」
「それがこの状況はなに? 茜ちゃんは藍子のことを考えてくれてると思ったのに、小等部の子と遊んでいたなんて!! 藍子は相変わらず本ばっかり読んで、ふさぎ込んだままじゃないの!!」
「お、おばさん。話を聞いてください」
「もういい!! もういいわ!! 茜ちゃんに任せたのが間違いだった!! いいえ全部よ!! 藍子が戦わないといけなくなったあの日から、全てが壊れてしまったのよ!!」
童顔の40代が、吠える。
「藍子は……私が連れていく!!」
「お、おばさん!?」
勢いよく藍子を乗せたべビーカーが奪い取られる。
こっちを見てプンプンする藍子のお母さん。
どうやら精いっぱいの怒り顔のつもりらしい。
「今日一日、親子
「あ、藍子ーーーー!!」
当の藍子は舌打ち連発で自己主張をしていたが、空に虚しく響くだけだ。
藍子を乗せたベビーカーが夏祭りの会場へと消えていった。
「そんな……どうすれば……」
ほんのついさっきまでは、藍子と夏祭りを楽しむつもりだったのだ。
それで、自分なりに出した答えを萌黄さんに聞かせて、藍子にも納得してもらって、きっと私達の関係も何か良い感じになるはずだった。
何の確証もなくても、そう信じたかったのだ。
だが、その道を遮ったのは他ならぬ藍子のお母さんだ。
私に口を出す権利なんて本当に――。
「追いかけますよ、茜さん」
「萌黄……さん?」
叩かれたケツの感触で我に帰る。
振り返ってみれば、そこには悠然と立つ小学六年生の姿があった。
何の根拠もない自信満々の顔が、なぜだか懐かしかった。
「藍子さんと私達の物語がこれで終わりだなんて……それでいいわけがありません!! 藍子さんをお義母様から取り戻します!!」
「ええ!? でも藍子の母親を差し置いて私達が……!?」
「わかってませんね、茜さん」
チッチッチッと、指が振られる。
「昨今の創作物において……親は支配の
「ええええ……。さすがにそれは言いすぎでは……? もっとこう、育ててもらった感謝とか……」
「さあ、行きますよ!! 私のクラスの出し物は午前の部の最後ですが、打ち合わせもあるし早く見つけないと!!」
萌黄さんの小さな腕に引きづられるように、私は祭りの会場である校庭へと入っていくのだった。
●
並ぶ屋台、配られる屋内のイベントチラシ、手作りっぽいメイドや巫女の衣装に身を包むちびっ子たち……。
校庭の中央に設置されたイベントステージでは、次の出し物の準備なのか世話しなく子供たちが動いていた。
一般的に魔法少女は想像力に満ちており、その能力を何かに活かせないかということでこうした催しが行われている(と、聞いたことがある)
私と藍子が小学生の時は魔法少女専用の学校なんてなかったから、何だかうらやましく思ってしまう。
「やるなら劇とかが良かったかなあ~。藍子は面倒がって照明係とかやりそうだけど……」
「なに感慨にふけってるですか、茜さん!! 藍子さんはかっこいい王子様ですよ!!」
……などという強火オタクの意見はおいといて、その藍子を探さないといけない。
既に人混みにまぎれて、藍子とおばさんの姿は見えない。
手がかりらしきものもない以上、萌黄さんと協力して探すしかない。
私に宿題を課した、この少女と。
「ふふ、茜さん。藍子さんを巡って骨肉の争いをしていた私達が、こうして協力するなんて何だか燃える展開ですね!!」
「いや、ナチュラルに関係性を捏造しないで。……まあ協力するの自体は悪い気はしないけどね。出しちゃうか、年長者のお姉ちゃん感……!!」
チラシを配っていた小さなメイドさん達に私は声をかけた。
This is コミュ
「この辺りにベビーカーに乗った女と、それを押す童顔のお姉さんが来なかったかな?」
「ベビー……カー……? 赤ちゃんですか?」
「いや、私とタメの高校生なんだけど」
「ええ……?」
メイド服を着たロリっ子に本気で引かれてしまった。
まあ、ここら辺には来ていないということがわかったので良しとしよう。
「藍子の尊厳と引き換えに情報を得られたけど、この調子じゃあ日が暮れてしまいそう……一体どこに行ったのよ、藍子……」
「あれあれ~? お姉ちゃんもう根をあげちゃったの~? 根性よわよわお姉ちゃん~」
「唐突なメスガキ口調は止めてね!! 私以外にはマジで失礼だから!! あと正直に言って私は考えるの苦手だから、あなたもちょっと考えてくれると嬉しい!!」
「ふっふっふ……茜さん、何か大切なことを忘れていませんか?」
「何かって何? 私、説明してくれないと何もわからないわよ?」
「私達は魔法少女ってことです」
萌黄さんが腰をおとし、両手を握る。
「はああああ……!!」
黄色い光が、少女の体から溢れ出す。
周囲の空間を、まるで我が物とするかのような。
周囲の人たちの視線も徐々にこちらに集まってくる。
先生方も異常を察知して
「あなた……何をしようとしているの萌黄さん!? 説明して、お願いだから!!」
「イエロー・プラズマ・エクスプロージョン!!」
黄の魔法少女が光を放つ。
私は反射的に目を覆った。
こんなところで自己中心爆発技なんて、いったい何を考えて――。
「……ってあれ? 一瞬、ピカって光っただけ?」
あわや大爆発の大惨事かと思われたが、黄の光はすぐに止んだ。
周囲の人たちも何も起こらなかったとみるや、各自解散していく。
冷静に考えれば魔法少女の持つ魔法力は主にモンスターにしか影響はない。
だとすればそもそも何のために萌黄さんはこんなことを?
「萌黄さん、あなた本当に一体何を……? しつこいようだけど、私は説明してくれても自信がないくらいわからないから」
「ふっふっふ、気づきませんか茜さん。この学校一帯に……私の魔法力を拡散しました」
「魔法力を……拡散……? それってつまり……魔法力を拡散したってこと!?」
「情報量が全く増えてないですよ、茜さん」
視界に注意をする。
萌黄さんのパーソナルカラーである黄色が、うっすらと視界を満たしていることに気づいた。
つまりはこうだ。
萌黄さんは、自身の魔法力を拡散した――。
「魔法力は基本的にモンスターか、他の魔法力にしか干渉をしない……。ですが、光や
「なるほど?? 考えたわね??? 萌黄さん????」
何か授業とかでやった気もするが、忘れた。
年長者の威厳を出すためにとりあえず頷いておく。
「音を
「何ができるの?」
「ええ!? 『電話みたいに通信できる(キリッ)』って答えるとこですよ!! トスを出したらボールがそのまま地面に落ちたみたいな気分です!! しっかりしてください茜さん!! こんなところで『よわよわお姉ちゃん』なんて煽り使いたくありません!!」
なるほど????
萌黄さんの説明はとてもわかりやすい????
理解力のない私でも、どういうことなのか当然理解できた????
とにかく魔法力を拡散して、電話ができるということだ。
●
「藍子さんの魔法力をたどれば周囲のイメージも含めて私達の頭に流し込むことができるはず……さあ、やりましょう」
「そんなこともできるんだ。すご……」
流石は新世代の魔法少女ということか。
やることがハイカラだ。
頭の中に映像が流れ込んでくる。
高い建物の、すぐ側に二人の女性が
ここは……校舎の裏?
二人の会話が、聞こえてくる。
『ねえ、藍子……ううん、藍子ちゃん。どうしたの急に人気のないところに行きたいだなんて? お母さん、何でも言うことをきいてあげるんだから』
『……そう。じゃあ放っておいて』
『え!?』
『……人がいないところをお願いしたのは、未来ある魔法少女に世知辛い会話を聞かせたくなかったから。……私がどうなってもあなたには関係のないことでしょう?』
『そんな……!! 私、ずっと藍子ちゃんのことを考えてた!! 怪物と戦わされるようになってからも、こうやってあなたがふさぎ込んでからも、あなたが産まれてから、ずっと……!!』
『……本当に、そうなのかしら?』
『え? ええ? そうに決まってるでしょ? 私はあなたのお母さんなのよ……!?』
『……そんなことはもう関係ないの。あなたがどういう思いでいても、私という存在は変わらない……この世界がどういったもので、どこへ向かえばいいのか……』
『わからない!! 私、藍子ちゃんの言ってることがわからないわ!! いや、わかった!! 意味不明なことを言って、お母さんを困らせたいんでしょ!?』
『……あ』
『私はこんなに藍子ちゃんのことを思ってるのに、どうしてわかってくれないの!? こんなワケのわからない場所だって本当は来たくなかった!! みんなで引っ越してどこかで静かに暮らしたいのにそれは許されないし、お父さんはしょうがない、しょうがないって話を聞いてくれないし!! 何で私達家族がこんな目に合わなきゃいけないの!? モンスターなんて誰かが何とかしてくれるでしょ!?』
『……もう一度、言うわ』
藍色の瞳が、静かに揺れる。
『あなたがどんな人で何を考えていようが、私には関係ない』
『……!! この……!!』
バチィィィィーーーーーン!!
「藍子!!」「急ぎましょう、茜さん!!」
既に校舎の側面は回った!!
角を曲がれば、二人はいるはずだ!!
最後に聞こえた渇いた音。
あれはもしかしておばさんが藍子を……。
校舎の裏で、私達は二人を見つけた。
藍子は少し目を開いて、驚いた顔をしていた。
そして、藍子のお母さんは――。
壁に、思いっきり手を打ち付けていた。
「おばさん!! 大丈夫ですか!?」
「叩けるわけ……ないじゃないの」
藍子のお母さんは、涙をこぼしていた。
「どんなに憎まれ口を叩いたって、この子は私の子供なの……。たった一人の、子供なの……」
「……」
藍子は、何も答えない。
「藍子ちゃん、私にはあなたが何を考えているかわからないわ。でも、これだけは言わせて。子供の幸せを考えない親なんて、いないの」
「……じゃあ私も言わせてもらうわ」
空気が張り詰める。
横にいる萌黄さんが、息を呑む音が聞こえた。
「……私の人生にあなたは関係ない。だから、あなたにはあなたの幸せを考えてほしい」
「藍子ちゃんの幸せが、私の幸せなのよ……」
「……。だったら、そこの二人と、今日一日過ごさせてほしい」
急に話題が飛んできた。
二人とは当然、私と萌黄さんのことだ。
それが藍子にとっての幸せってことは……?
「……魔法少女の目的。……全ては茜にかかっているから」
「わ、私!?」
「そう、そうなのね」
おばさんは改めて私の前まで進み、一礼をした。
顔を上げれば、少ししんみりとした、けれど柔和な笑みを浮かべていた。
藍子が昔、よく見せていた表情だと思った。
「茜ちゃん、あなたにも酷いことを言ってごめんね。感情が抑えきれなくなって……」
「いいんですよ。おばさん。藍子のこと任せてください。……今日で何かが変わる、そんな気がしてるんです」
「ふふ、茜ちゃんが言うならそうなのかもね」
最後に改めておばさんは私に言うのだった。
「魔法少女の目的……良い答えが出せるといいわね!!」
「はい……!!」
●
おばさんは帰っていった。
「もっとゆっくりしても……」と提案したが首を振られてしまった。
「後は子供たちだけで、ね」と言い残して。
(途中、萌黄さんが藍原家に遊びに行きたいだの、小さなころの藍子の写真が見たいだの言い出したが、引き剥がした)
私達三人は、その後姿を静かに見届けるのだった。
萌黄さんが伸びをしてから言う。
「じゃ、私は自分のクラスに戻ります!! 藍子さん、ステージを楽しみにしててくださいね!!」
慌ただしく走る萌黄さんに、藍子が軽く手を振る。
……本当に、萌黄さんにだけは妙に愛想がいい。
だから、聞いてしまった。
「藍子、萌黄さんに妙に優しいよね」
「……」
「ごめん。今のは答えにくいよね。さ、魔法少女の目的を答えるイメージトレーニングでもしながら、お祭り楽しむかー!!」
「……本当に答えれるの?」
「え?」
ベビーカーに乗り込んでいる藍子の表情は見えない。
それっきり無言のままだ。
私はこの一週間で魔法少女の目的について考えた。
だから後はそれを答えるだけなのだ。
……そう、答えはもう出ている。
そのはずだった。