夏の昼空に、花火が撃ち上がる。
七色に空を彩るそれらは、ご存じ花火師によるもの……ではない。
ステージの上にいる魔法少女達がステッキを振り上げ、発射したのだ。
一発ごとに観客の歓声が大きくなり、やがて七色の大輪の花が咲く。
七人のちびっこ魔法少女が一礼をするとともに、歓声が拍手へと変わっていく。
「そう、これはまさにひと夏の……ひと夏の……すごいことだった」
「……。付けない方がマシよ、その感想」
こうして、『特区』の小等部主催による夏祭りは始まったのだった。
●
私達がいるのは校庭の中央。
ステージの前。
萌黄さんと別れた後、藍子のものすごい思わせぶりな一言があったものの、私は気にせずお祭りを楽しむことにした。
パンフレットを見やれば「開幕のセレモニーに間に合うじゃん!!」となり、藍子の専用車を引きながらやってきたというわけだ。
お祭りに浮かれているかと思った藍子は、本を読んだままでセレモニーにそれほどは反応していなかった。
……思うだけにとどめとくけど、まるで赤ちゃんみたいな心変わりの早さ。
気を取り直してパンフレットを確認すれば萌黄さん達のクラスの出し物であるダンスは午前のラスト。
そこで私達もゲストとして呼ばれて、何か、挨拶をすることになっている。
萌黄さんはもちろん、自分のクラスの一団といっしょに最後の練習なりをしてるんだろう。
私の目に浮かぶのは、公園で練習をしていたその姿。
萌黄さん、生意気なところもあるけどクラスの人からは信頼されてるみたいだし、上手くいくといいな。
素直にそう思えた。
「いやあ、それにしてもダンスとはまた、こう、王道で攻めてくるね。やっぱりこう、魔法少女と言えば最後に踊らないとね!!」
「……。インド映画」
「え?」
「……何でもない」
「なに、なになに? 何か面白いことを言おうとしたの? インド映画がどうしたの!? ほら、聞かせてよ藍子~」
「……うるさい」ボカァ!!
「ひぃん」ゴギャ!!
専用車からの右アッパーが私のアゴに炸裂する。
……一時期のことを考えれば、こうしたじゃれ合いができるだけでも嬉しい。
でも、本当にしたいことは、もっとある。
「ねえ藍子、ステージ、何と言うか、こう……楽しみだよね!!」
「……」
藍子は本に目を落として、何も答えない。
それでも私は続ける。
「こういうお祭り、私達の時代はなかったからさ。きっとこう、モンスターがいなくなった後も、魔法少女の力がこうして使われるんだろうなあ~って」
私の頭に残っているのは、さっきのカラフルな七色の花火。
魔法少女の力は戦うために使われているけど、きっとそれだけじゃない。
そう思えたんだ。
ところが、藍子はそうではないらしかった。
「……。デモンストレーションよ」
「え? 私、カタカナ苦手なんだけど?」
「……意図があるということよ。ここに、これだけの魔法少女がいて、これだけの力がありますって。いえ、そもそもこの『特区』自体がそうした思惑による産物」
「うーん、そういう難しい話、私には……」
「……本当はわかっているんでしょう? この場所は『あなた』が『モンスター』を倒して、作られたものよ」
「この『特区』が……ってこと? 確かに私達があいつを倒してからそういう話が出たらしいけど」
この町が『特区』として魔改造されたのは4年前からだ。
何でも、ものすごく人やおカネがつぎこまれてこういう状態になった。
だからこのお祭りも、ものすごく歴史が浅い、ということになる。
「……とぼけるなら、いい」
藍子はそれっきり、黙ってしまった。
……もっと話したいことがあったのに、上手くいかないものだ。
例えば、だ。
もしも平和な世界で。
何もする必要がなくて。
それでいて、何をしてもいいって言われたら。
何かワクワクするようなことがやりたい。
みんなから見られて、普段言わないことを言って、普段はやらないことをやる。
……世の中とんでもないことばかりが起きて、現実が物語を上回ったなんて言うけど、私はそうは思わない。
きっと、現実も物語も、等しく価値のあるものだ。
物語が映しているものは現実で、現実の中に物語は存在している。
(自分でも何を言ってるかわからないけど、とにかくそういうことだ)
彩られた世界で、踊り、唄い人の心に何かを与えれたら。
それはきっと素晴らしいことだろう。
まあ、つまりは――。
こういうステージで藍子と劇がやりたかった。
「ん、あれは……」
ステージ横を見やれば、数人のグループ。
その中には黄色いツインテールが印象的な少女もいた。
ベビーカーを押す。
ステージを回り込んで、こっそりと裏側から。
「……悪趣味よ、茜」
「いやあ、敵情視察というか、純粋に今の子はどんな話してるのかな~って」
魔法少女の目的。
私は萌黄さんだけを納得させることだけを考えていた。
でも、そうじゃない。
萌黄さんの周りには、たくさんの人がいた。
「さあて、
「萌絵ちゃん!! 藍原さんも出てくれるなんてよかったね!! や~い、この幸せ者~」
「あれれ~、モエモエ~もしかして嬉しくて泣きそうなの~? 涙腺よわよわお姉ちゃ~ん」
「ざ~こざこざこ☆ ちりめんじゃこ☆ この努力家、根は真面目、空気の読める女、いつも困った時助けてくれる。ねえねえ、影の努力が報われて今どんな気持ち~?」
「ギモエーおめでとう!! キャハハハ!!」
「みんな……」じ~ん
「本当に、メスガキ言葉が流行してる……!!」
●
それからの時間は緩やかに流れた。
私は藍子を連れて学校を一通り回った。
その間も、私は見たもの、感じたことを藍子に話し続けた。
ずっと本を読んでいる藍子の代わりに、この世界のことを伝えたかったのかもしれない。
時間は矢で射抜かれるよりも早く過ぎ去った。
私達はステージに戻ると、その時を待った。
裏では、出番を待っている子たちがいると知っている。
司会の子(それもまた、魔法少女)からの紹介とともに、音楽がかかった。
知っているアニメの曲だな、と思った。
魔法少女達が、ステージの横から出てくる。
センターは、私の良く知る黄色の少女だ。
一瞬、目が合う。
何となくいつもと違う感じがした。
少女の瞳は、澄んだこの世界を映していた。
そこには飾り気も、感情もなかった。
次の瞬間には、萌黄さんは不敵な笑みを見せていたので、私も笑顔で返してやった。
何かものすごい意味あり気だったけど――
まあ、たぶん気のせいでしょ。
●
ダンスは……キレッキレだった。
知識がないからそうとしか表現しようがない。
キレッキレだったのだ。
萌黄さんのダンスは。
まるでアニメのEDダンス。
観客達が手を叩いて、即興の音楽隊へと早変わり。
歓声とともに、黄の少女がバトンを振り上げる。
さあ、みなさんご一緒に。
「変身!!」
ステージが光に包まれる。
次の瞬間には、それぞれ光のドレスを身に纏った少女が姿を現す。
会場のボルテージは最高潮。
思わず拳を振り上げていた。
最後には魔法少女達が並んで……決めっ!!
「みなさんありがとうございましたーーーー!!」
大歓声の拍手喝采。
声をかける観客に手を振って応える少女達。
そう、これが……魔法少女の新しい在り方!!
「いえーーーー!! 魔法少女、サイコーーーー!!」
「……。うるさ」
「なに斜めに構えてんのよ藍子ーーーー!! テンアゲしていきましょ、テンアゲ!! いやあ、ただのメスガキじゃないとは思ったけど良いもの見せてもらったわ!! あー、やっぱ音楽とかダンスとか、いいわよねえ!! ライブとかも行ってみたいなーーーー!!」
「……あなたわかってるの?」
「え? 何を?」
「……この後、何をするのか」
「あ」
わかっていなかった。
そもそもここに来た理由が何か。
ちびっ子たちのダンスを楽しんで、寮の部屋に戻って「ライブ行きて~」ってつぶやきながらスマホをいじる……。
そんな夢想はステージからの声が一蹴される。
「さあ、今日は特別ゲストを呼んでいます!! ……実は私は、小さなころモンスターに襲われたことがあります。私は、ある人に助けられました。その時に思ったんです……」
黄の少女がはにかんだ笑顔を見せる。
「魔法少女ってかっこいいな……って。自分もこういう風にステキな人になりたいな……って」
ひゅ~、と周囲の子たちが茶化して萌黄さんは手をぶんぶん振る。
「ほら、藍子のこと言われてるよ。クッソ褒められてる」
「……」
「藍子?」
「……あの子の思うようなものじゃないわ」
「……魔法少女も、私も」
「今日はそんな、私の憧れの人が来てくれています!! では……藍原藍子さん!! どうぞ!!」
そう、楽しいダンスの後は特別ゲストの登場だ。
世界を救った魔法少女、藍原藍子の――。
「あれ……? 私は……?」
「あ、あと茜谷茜さんもいます。はよきて」
「扱いの差!!」
●
スポットライトが当たるみたいに、客席にいる私達に視線が集まる。
相変わらず、どこ吹く風で本を読む藍子に代わって手を振る。
専用車を押して、なだらかなスロープから壇上へ。
客席から、少しのどよめきと温かい拍手。
それが何に対してかは、わからなかったけど。
紹介を終えて挨拶を。
しゃべらない藍子の代わりに、私が。
萌黄さんが言葉を続ける。
私達が出会ったこと。
喫茶店で、インタビューをしたことを。
その中で、一つの質問が出たことを。
今、その質問の答えを聞きたい、と。
「魔法少女の目的って、何ですか?」
ゆっくりと息を吸う。
頭にはすっきりと、ひとつのフレーズが浮かんでいる。
言うべきことは、わかっている。
魔法少女の目的とは――。
――。
あれ?
――。
おかしいな、声が出ない。
会場が少しどよめきだす。
萌黄さんが不安な顔をのぞかせた。
藍子は、こんな状況で、本を読んでいた。
私はこの一週間、考えに考えたのだ。
それで魔法少女の目的は何か、答えを出した。
それが事実。
後は口にするだけ。
何でできない?
おかしい。
ステージ下の人々の視線が痛い。
いったいどうしたんだ?
みんな目でそう言っている。
私は、口を開けたまま、そこに突っ立っていた。
「……そう、やはりまだ
「藍子……?」
どうやら声を失ったわけではないらしい。
そんなことお構いなしにすっと藍子が立ち上がる。
渇いた音、痛み。
藍子が私のほっぺたを叩いていたとわかった。
空気が、やばい。
まるでこの世のものではない。
痛みだけが私に現実感を与えてくれる。
どうして?
どうしてこんなことになった?
私は魔法少女の目的について一週間考えて、答えを出して、ここで発表して、萌黄さんを納得させて、藍子も前を向いて、それで全てが良い感じになるはずだった。
わからない。
何もわからない。
静かになった世界で、萌黄さんのつぶやいた一言がやけに大きく聞こえた。
やっぱり、魔法少女に目的なんて――。
「うわああああぁぁぁぁ!! モンスターが出たぞぉぉぉぉ!!」
「え?」
ざわつく客席。
誰かが叫んだ「逃げろ!!」の声を号砲に人が動き出す。
私は校舎の方を見ていた。
正確には、校舎の後ろから伸びていた影だ。
顔のない、漆黒の、巨人。
超巨大なモンスターが、今、この場に
「あれって……!!」
頬の痛みが残っているのが、夢ではない証拠だ。
姿かたちは違えど、4年前に戦ったやつといっしょだ。
何となくわかった。
世界は二度目の危機を迎えているのだと。