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「
その地で、1人の金髪の女性が驚愕に目を丸くした。ISスーツに身を包み、その上から軍用のジャケットを着た彼女は目の前で起こったことが信じられずに歯をカチカチと震わせる。
そんな彼女の目の前にいるのは、1人の黒人だった。身の丈ほどは180と少し。そこまで
すべて、その男の筋肉によって。
思わず息が詰まりそうなほどの圧迫感を感じるほどの筋肉。だが、いくら女性とはいえ軍人である彼女がその程度で圧倒されるはずはない。では何故歯を震わせるほどに
「………うおおおおおお!!」
それはその大男─ビスケット・オリバの行動にあった。彼は今、腰に鎖を巻きつけて地面に固定し、手に持った鋼線をもって
全身の筋肉という筋肉は膨張し、瞳孔は見開き、身体中を震わせ、滝のような汗をながしながら彼は今、あり得ざる難行を行なっていた。
無論、引きずり下ろされているISは全力ではない。その気になれば
何故か?それはこの難行がオリバにとってのトレーニングだからだ。
世界最高の兵器であるIS。世界にわずか500たらずしか存在しないそれをただのトレーニングに使うという贅沢。だか、オリバはそれを確かに己の血肉へと変えている。
そして今。
「…んぅぅぅっっ……!」
オリバが持っていた鋼線からパッと手を離した。その瞬間莫大な力から解放されたISは一瞬だけ宙をふらふらと舞うも、すぐに体勢を立て直して降りてきた。
「これが…これが
それは畏怖か、それとも恐怖か。女性は身体を震わせながらそう呟いた。その呟きが聞こえたのだろうか。肩で息をしていたオリバがゆっくりと息を整えながらこちらへと歩いてくる。
「ん〜、お待たせしてしまったようだね、Miss.ナターシャ?」
「い、いえ…その、Mr.アンチェインはいつもこんなことを?」
「いつもじゃあない。」
女性─ナターシャ・ファイルスを見下ろしながらオリバは悠然と答えた。
「なにせこいつはアメリカにもほんのちょっっとしかない極上の
「そ、そうですか…」
「ま、俺の本音としちゃあいつも使いたいんだけどネ。」
そう言ってビスケット・オリバは、
「ということは…ミスターの頼み事、というのはISの貸し出しを多くして欲しい、ということですか?」
「ん〜?いや、それはNOだ。私の頼み事は別にある。少し会いたい奴がいてね。そいつを引っ張ってきて欲しいんだ。」
「会いたい人、ですか?恋人とかですか?」
「おいおいバカ言っちゃあいけない。俺にはマリアがいるからね。」
誰だよ。ナターシャはそう思ったが顔に出さないくらいには大人だった。
「会いたい奴ってのは
「…ミスターが行けば良いのでは?」
「そうもいかない。俺だって女性の花園を踏み荒らすのは遠慮しておきたいのさ。」
「女性の花園に、
ナターシャは首を傾げた。首を傾げて、一つの心当たりに思い至った彼女はハッと目を見開いた。
「それって、まさか…!」
「その通りだ、Miss.ナターシャ。」
お付きの部下から受け取った葉巻を加えながらオリバはなんでもないことのように言った。
「
「…ふむ。」
IS学園の寮の屋上。人気のないその場所で、夜風に吹かれながら千冬は手元のタブレットをいじっていた。その中には今日の模擬戦で採取されたデータが無数に並んでいる。
「一夏はそもそもの稼働時間の少なさから来る練度の低さが課題か。オルコットは射撃を躱されたときの冷静さと近接の弱さ…金丸も引き出しの少なさをどうにかせねばな。」
ぶつぶつと呟きながら千冬はタブレットを忙しなく叩く。屋上へと続く扉が開いたのはその時だった。
「…誰だ?」
即座にタブレットの電源を落とし、扉の方へと向き直る。そしてすぐに一つの巨躯が姿を現した。
「…どうも。」
「金丸か。」
姿を現したのはおそらくはサイズの限界を迎えて悲鳴をあげているTシャツに身を包んだ優。何かが入っているのか、ポケットが膨らんでいる。
「何をしにきた。消灯時間は過ぎているぞ。」
「んー、夜風に吹かれに…?」
そう言って優は千冬から離れた場所に座ると、ポケットに入れていたものを取り出した。それを見て千冬が思いっきり眉を顰める。
「お前、それは…」
「どうです?一本。」
ニヤリと笑いながら優は取り出したもの─缶ピースの蓋を開けて口に咥えた。あまりにも堂々としたその態度に千冬はため息しか出なかった。
「本当に今年は問題児揃いだ。」
「いまに始まったことじゃあないでしょう。…悩み事ですか?」
「ああ。たった今一つ増えたな。」
「それはお気の毒だ。」
笑ってそう言った優は取り出した100円ライターで火をつけ、静かに煙を味わった。それからしばらく、2人の間に沈黙が広がった。
「…やはり」
「なんだ?」
その沈黙を破ったのは優だった。
「やはり、オルコットには負けた方がよかったでしょうか。」
その発言に千冬は目を丸くした。どうもその、負けを肯定する発言が目の前の
「どうしてそう思った?」
「…オルコットは代表候補生です。その分、しがらみも多い。俺がある程度善戦したフリをして負けた方が何分都合も良かったかと思いまして。」
なるほど、と合点がいった。確かにセシリアはイギリスの代表候補生、つまり国家の威信をかけた立場でありそう簡単に負けが許されない立場だ。
だが、それがこの男の口から出ようとは。
「…お前はそれでいいのか?」
「良いわけない。良いわけはないですが…」
大きく煙を吐き出して優は言葉を搾り出した。
「それが互いに利があることならば、やるべきだったかもしれないと。その思いが離れません。」
「…八百長か。」
「悪い言い方をするのなら、そうですね。」
ふん、とつまらなさそうに千冬は鼻を鳴らした。ついでに『そういえばこいつの祖父にも八百長で負けた試合あったな』、と思った。
「お前がそう思うのは勝手だがな、金丸。」
「はい。」
「国家の強かさを侮るなよ、金丸。今頃イギリスはお前と一夏のデータが取れてウハウハだぞ。」
「ウハウハって…」
割と死語では?優はそう思ったが口には出さなかった。
「新型の第3世代ISの、しかも男性IS乗りのデータなんてのは各国が欲しくてやまないものだからな。それを各国に先んじて取れただけでもイギリスは喜ぶさ。」
「…だといいんですが。」
「それにイギリスへのフォローにはすでに教員の方で入っている。オルコットにも…まあ、多少のペナルティはあるかもしれんが大きな罰は下らんはずだ。」
だから安心しろ。そう言った千冬に優は薄く笑った。
「…ならこれからも安心して勝たせてもらいましょうか。」
「勝てるのか?」
「勝ちますよ。」
吸い終わったタバコを携帯灰皿に落として、新しいのを取り出した優が堂々と言った。
「俺が、俺の技が今でも通用すると証明します。」
「そうか。…それは楽しみだ。」
その言葉に千冬は薄く笑って、スッと手のひらを差し出した。それに優は首を傾げた。
「やっぱ1本いります?」
「いらん。そしてそれは没収だ。」
「ま…マジでぇ…?」
優の野太い、それでいて悲痛な声が夜空に吸い込まれていった。
ビスケット・オリバ
筋肉のみでアメリカ最強に立ったかとかいう浪漫溢れる男。元ネタもかなりヤバいので調べて欲しい。
優とは仲良し。というか優の周りは年上ばっかりなので基本末っ子扱いされることが多い。
ナターシャ・ファイルス
金髪美人パツキンねーちゃん。
缶ピース
本部が愛飲していたのを貰った(奪った)もの。その際には本部から『貧乏な師匠から数少ない楽しみを持っていくとは人の心がないんじゃないか』となじられた。
優が千冬の姿を見ても吸っていたのは缶越しでも千冬にはどうせ臭いでバレると踏んだため。