『鬼』の系譜の男   作:チキンうまうま

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『ここのステーキ美味いな。前に来たことあるのか?』
『アア、ココハ俺ノオ気ニ入リの店ダ。ダガ、スグル』
『なんだ、ジャック兄。』
『骨ヲ残スナ。ゴ馳走ダゾ。』
『…食えるわけねえだろっっ!』

 ─ある日ステーキ屋に訪れた兄弟の会話より


15話

 

 IS学園の食堂の朝は早い。それは早朝からのトレーニングに勤しむ学生達のニーズに合わせたからである。いくら花も恥じらう女子高生達といえど、動けば腹は空く。そのためには食事を取らなければならない。これは正常な自然の摂理であるのだから。

 

 とはいえそんな食堂も開いてすぐは基本的に混雑とは無縁の場所である。現に今そこにいるのは食堂の混雑を避けたい生徒であったり、徹夜をしてしまってもう寝るのを諦めた生徒であったり、或いは自分の頼んだ食事で机がまるまる一つ埋まるのが申し訳ない、と思っている男子生徒である。

 

 そして優はその最後の理由に当てはまる唯一の生徒であった。

 

「あいおはよう!今日は何にするんだい?」

「…こいつを頼む。」

 

 朝から元気な食堂のおばちゃんに優がいくらかの食券を渡す。渡した食券は定食の、そして大盛りのメニューであった。ただの大盛りの定食では足りないとでもいうのだろうか。それを受け取った食堂のおばちゃんは、優のその巨躯(ガタイ)を見て大きく笑った。

 

「あいよ!まったくあんたは良く食べるから作り甲斐があるってもんだね!」

「ここはメシが美味いもんで。気を抜いたら食いすぎちまう。」

 

 このままじゃ太っちまうぜ。なんて恥ずかしそうに言って腹を叩くが、優の腹には無駄な贅肉は見受けられない。彼のそのガタイに見合った食欲も、何を食べても美味しそうに食べるのも、食べたものの全てを血肉に変える努力も、食堂のスタッフたちは地味に気に入っていた。

 

「若いのはそんくらいでいいんだよ!ほら、持ってきな!」

「ありがてえ…」

 

 トレイに所狭しと並べられた超大盛りの料理を抱えて優が歩く。そして空いていたテーブルに腰かけると、一度料理に手を合わせてから食事に箸を伸ばした。

 

 まずは丼かと思ってしまうほどに大きなサラダボウルに山盛りに盛られたサラダに手を伸ばす。口に含むと千切りにされたキャベツと薄切りにされたキュウリがまるで先ほど畑からもぎ取られてきたのだといわんばかりに口の中でシャキシャキと音を立てる。かけられたドレッシングの量も野菜に対して黄金比と呼べる量であり、野菜の味と混ざってその味を引き立てる。

 

「うん…」

 

 満足、と言わんばかりに優は小さくうなずいた。やはり食事の最初の一口は生野菜に限る。そんな感想を抱いた優が次に手を出したのは豆腐にわかめ、ネギといった普通の具材の浮かぶ味噌汁であった。湯気ののぼる椀を手に取ると、ずずっと音を立てて一口すする。

 

 

「ほう…」

 

 学食のものとは思えない風味に思わずうなってしまう。出汁が、出汁がよいのだ。食べるのはジャンクフードと甘味(スイーツ)に夢中な二十歳にも満たない小童たちだというのに、ここの食堂は味噌汁の出汁にまでこだわっている。最初の昆布と鰹の出汁取りから始まり、具材である

わかめやネギから出るであろうエキスまで計算された極上の味噌汁を朝から食せる。─まったく、なんという贅沢か。

 

 そして主食である米が山盛りに盛りに盛られた丼を持ち上げた。朝一で食堂を訪れたこともあって、湯気を立てる米には炊き立てと呼ぶにふさわしい艶がきらめいている。

 

(業務用の炊飯器でここまでの艶をだすか…!)

 

 相当な人数が利用するIS学園の食堂。それを支えるのは大人数の食事を同時に調理できる一般家庭用のものとはけた違いに大きな調理器具である。だが、概して効率を追い求めた結果というのは質が落ちるもの。実際、同等の手順を踏むのならば業務用の炊飯器で炊かれた米よりも家庭用の炊飯器で炊いた米のほうが美味いのは自明の理である。

 

 優は口の中に味噌汁の風味が残っているうちに米を一口放りこんだ。それだけで、先の言説が覆されていく。

 

 効率を追い求めた業務用調理器具ではどうしても味が劣るという常識。だが、その常識を覆すこの旨味よ。丼に盛られた米は一粒一粒が立っており、光沢を放っている。そして一度口の中に入れば、米の旨味と風味が爆発的に口から鼻へと抜けていく。

 

(美味いっっ…!!)

 

 噛めば噛むほどに米の甘みと旨味が口の中で広がっていく。それと同時に優の中で食堂で働く方々への畏敬と感謝の念もまた、広がっていく。。─いったいどれほどの工夫と研鑽を経てこの味を出すに至ったのか。破壊(こわ)す者である自身とは対極に位置する【創造(つく)る者】の意地と執念。そしてそれを享受できる己の立場。まったくもって、幸福としか言いようのない。

 

 すでに大分ご機嫌な優が次に卵焼きにしようと箸を伸ばした時だった。

 

「こちら、よろしくて?」

 

 凛とした声であった。そして恥ずかしながら食事に夢中になっていたとはいえ、優は声をかけられるまでその人物が自分のすぐ向かいにまで接近(ちか)よっていたことにすら気がついていなかった。それはきっと、その人物に一切の敵意がなかったからだろう。

 

「構わねえ。」

「では、失礼しますわ。」

 

 フワリと丁寧にセットされた金髪を揺らして彼女は─セシリア・オルコットはトレイを置いて着席した。その所作は、その辺りに精通していない優にすら優雅だと思えるほどに洗練されていた。

 

「朝から随分と食べますのね。」

「…食わねえと身がもたねえからな。そういうオルコットもそれなりに食うようだが。」

「それに関してはあなたと同じ、と返させていただきますわ。ですが…」

 

 オルコットはガバッと頭を下げた。予想だにしないその様子に周りがざわつき、優もまた驚愕に目を見開いた。

 

「ちょ、ちょっと待て。なんだ急に。」

「先日の一連の件、申し訳ありませんでした。」

「先日…?」

「ええ。」

 

 ふむ、と思案する。思い返せばそもそもあの試合の発端はオルコットと織斑弟の言い争いからスタートしたのだったか。それに他薦された俺が巻き込まれた、と。確かにそんな流れではあったが。

 

「…そんな謝られるようなことか?」

 

 不可解に思った優は首を傾げた。そんな優に、頭を上げたセシリアが彼の目を見据えながら口を開いた。

 

「代表候補生である私が私情に駆られ他国を侮辱し、さらに闘い(しあい)まで挑んだ。この全ての一連の責任のある私は貴方に、そして織斑さんに謝らなくてはならないのです。」

「そうかい…」

 

 その様子に気圧されながらも優はとりあえず水を飲んだ。一息ついてから口を開いた。

 

祖国(くに)からなにか言われたか?」

「…ええ。ですが、」

 

 セシリアは真っ直ぐな()をしていた。おそらく─おそらくでしかないが。きっとこの女性は元来こう言った性格なのだろうと。優は勝手にそう思った。

 

「それ以上に私が謝罪しないわけにはいかないと。私の行動を省みてそう思ったのです。」

「…そうかい。」

 

 それを聞いて優は卵焼きに箸を伸ばした。ほんの少し大根おろしを載せて、口に含む。─美味い。シンプルであるが故に素材の味が活きている。

 それを咀嚼し、音を立てて飲み込んでから優は箸を置いた。

 

「…面倒だな、代表候補生とやらは。」

「は、はい?」

 

 きっと思ってもない返答だったのだろう。セシリアはパチクリと目を瞬かせた。それに構わず優が続けた。

 

「そもそもがこいつが気に食わねえ、あいつが気に食わねえの子供(ガキ)の喧嘩。周りもあいつらなんかやってるぜ、で済む話をそこにお上が口挟んじまった…。」

「は、はあ…。」

「そんな喧嘩なんて好きにすりゃあいいのによ。」

 

 面倒だ。と優は繰り返した。

 

「喧嘩、ですか。」

「喧嘩だろ、あんなの。気にするまでもない。」

 

 優は再び米の入った丼を持ち上げた。そしてそれに応じるようにセシリアは紅茶の入ったカップをそっと口につけた。

 

「…ありがとうございます。」

「だから気にするなと。俺も気にしてねえ。」

 

 そこからは互いに無言の時間だった。優もセシリアも、互いに黙々と自分の食事に舌鼓を打つ。その食事を自分の血肉へと変えるために。

 

 それからしばらくが経って、2人が料理を食べ終えたのはほぼ同時だった。徐々に食堂が混み始めたころ、2人は揃って食べ終えた皿に一礼して立ち上がった。

 

「…そうだ、オルコット。一つ聞きたいことがあった。」

「なんですの?」

 

 食器を返却口に返しながら優が突然尋ねた。

 

「イギリスで、とんでもなく強い(ヤツ)を知らねえか。知ってたら紹介して欲しいんだが…。」

「強い方、ですか。」

 

 セシリアは指を頬に当て、ちょっと考えた。考えて、強い男性の知り合いなんて祖国(イギリス)には1人もいなかったことを思い出してため息をついた。

 

「残念ながら私の知り合いには居ませんわね。」

「…残念だ。」

「ちなみに私が知ってたらどうするおつもりで?」

「どうって…決まってるだろ。」

 

 セシリアと連れ立って歩く優の片頬が悪鬼の如く吊り上がった。─思わずセシリアの背中に冷や汗が流れてしまうほどに。

 

闘い(たおし)に行く。」

 

「………っっ」

 

 セシリアは息を呑んだ。そしてこの時、はっきりと理解できた。

 

「世界のどこにいようと関係ねえ。そいつがヨボヨボのジジイだろうが、俺より年下のガキだろうと。巨漢だろうがチビだろうが─俺は俺より強いやつを、倒しに行く。」

 

 ─これが、格闘士(グラップラー)なのだと。

 

「…ってわけだ。アメリカならともかくイギリスにはツテがなくてな。できれば紹介して欲しかったんだが…。」

「…生憎知りませんわね。」

 

 これほど自分が男性に見切りをつけていたことを後悔したことはない。後にセシリアはそう語る。

 

「ですが、本国に聞いてみますわ。必ず金丸さんのお眼鏡にかかる存在はいるはずですから。」

「助かる。」

「構いませんわ。ただ、その際には私を観客(ギャラリー)にしてくださると嬉しいですわ。」

「…特等席を用意しておく。」

 

 人の流れに逆らって寮の廊下を2人が歩く。階段で2人の別れ際になって、あることを思い出したセシリアがあ、と声を上げた。

 

「…我が国の恥部にはなりますが1人いますわ。おそらく金丸さんと闘える人物が。」

 

 その男は軍部に関わる上では避けて通れない人物。現代イギリス軍史上最悪の大犯罪者。

 

「…ドイルのことか?」

「ええ。ご存知でしたのね。」

 

 ─ヘクター・ドイル。その男こそ英国を震撼させた最強の犯罪者。数年前に一度脱獄し、そして大怪我を負って再び収監された、ということだけはセシリアの耳にも入ってきていた。

 

「そいつなら前に倒した。」

「…えっっ?」

「なかなか強かったぞ。」

 

 セシリアにしては間の抜けた声を上げた後、寮中に彼女の声が響き渡った。

 

 





VS.ヘクター・ドイル
 本部が柳と、ガイアがシコルスキーと戦ったように優もドイルに喧嘩を売りに行った。体術に発破、手裏剣、鎖、刀、手槍などを使用して勝利。
 多分年齢的には中学生。恐れ知らずにもほどがある。
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