勇次郎が負ける様子が思い浮かばない。マジで。果たしてどうしたらいいのか。
3月下旬。IS学園の校門前に、一台の黒塗りの高級車が停まった。
「…来たか。」
その場に居合わせた千冬が呟くのと全く同じタイミングで、周囲がにわかに動き出す。警備員たちは有事に備えて得物の確認を行い、教師陣たちは険しい顔立ちで、一時的に貸与された待機形態のISを握りしめていた。
─つまり、それが示唆する事実とは一つ。今から来るのはそれ程までに危険と思われる人物であるということ。…無理もない。何せ今から来るのは素手で近代兵器に匹敵すると目される男なのだから。ISがあれば確実に問題無いとはいえ、いざという時に『何もできませんでした』では通らない。その為に彼女らは神経を必死に張り詰めさせ、その
そして停車してからその車の扉が開くまで、何秒経ったか。10秒?20秒?あるいはもっと長かったのかもしれない。周囲の沈黙と、緊張のせいでそれは誰にもわからないなか、その異様な空気を切り裂くかのように─否、まるで
((((
そしてその姿を見た全員に、共通して浮かんだ感想がこれ。
(…資料を見るに、この男の体格は180センチ少々、つまり『日本人にしては優秀』の域を出ない。)
それでも織斑千冬に汗はない。これは一度世界の頂に立った彼女の異常なまでの胆力の為せる
(であるにも関わらず、ここまでの存在感を放つか…!)
呑まれるな。後ろ手で周囲に
「…こりゃあ壮観だ。」
その上での男の第一声が、これ。それも、僅かに口角を釣り上げての発言。
「世界に名を轟かせた
この状況を嬉しがっている…?喜んでいる…?ありえない。世界各国から選りすぐられた精鋭である教師陣は困惑した。何故か?簡単だ。要はこの扱い、この男をただの『危険物』としか扱っていないからだ。だと言うのに、その男はそれを意にも介さず、寧ろ喜んだ様子で後部座席に座っていた老爺と2、3言話すと千冬の方へと歩み寄ってきた。
「初めまして。金丸優です…。」
教師陣の最前列に立つ千冬の手前、おおよそ2メートル。そこで立ち止まった彼は丁寧に挨拶をした。ある意味、意外。単身で一施設を制圧した暴力装置とは思えない社会性であった。
「…ああ、初めましてだが…お前のことは聞いている。愚弟に巻き込まれた
「ほう、
そこに食いついた!?その場にいた全員に、再び走る緊張。今の何が地雷だったのかと、背中に脂汗を垂らしながら震えを必死に堪えて武装へと手を伸ばす。
「…事実、お前が発見されたのは2番目だろう。何か文句でもあるか?」
その中で、千冬だけは毅然とした態度を崩さない。冷静に、優の目を見て厳格に言葉を紡ぐ。
「ん〜…文句っていうか…」
そんな彼女に、困惑したかのように優は片手を顎につけて唸った。
「…恐縮?」
「なんだと?」
「そうだ、それが近い。なにせ…『ミスター
「どう言う、意味だ?」
「知らないならそれはそれで良いでしょう。
「…なら、そうさせてもらおうか。」
考えてもキリがないか。そう判断した千冬は優へと背を向け、歩き出した。それの意味することとはつまり、“ついてこい”。それに従って優もまた歩みを進めた。
「これからお前には学園内での寮生活、並びにISの訓練に励んでもらう。それと、お前には悪いがもう一度1年生からやってもらうことになるが…異論はあるか?」
「…特には。寧ろ最初からやらせてくれるだけマシでしょうよ。」
「そう言ってくれると助かるな。」
周囲を置き去りにして、2人は学園内へと歩き出す。不可思議なことに、見た目にそぐわない重量をしているはずの優の足音は、周りの者には誰も聞こえなかった。
(いやはや、流石は
パンツスーツにヒール。一般的なOLと遜色ないであろう格好でこれからの説明をしながら彼女は歩く。そしてハイヒールなどと言う不安定極まりない靴を履きながらも、一切体幹がブレる様子がない。そんな千冬に、優は口には出さないながらも心からの賞賛を贈った。
(背中に一本、筋が通ってやがる。)
彼女の背中にあるそれは、確かに強者の証だった。
「……ぶはあ!?」
それからどれくらい経った?2人の姿が見えなくなってなお、いまだに続いていた緊張から最初に1人の教師が解き放たれた。彼女は勢いよく、そして大きく息を吐き出し、脳に新鮮な酸素を補給する。
「…やっば…。」
「何よ、あれ‥。」
それを皮切りに、続々とあちこちで声が漏れ始める。そんな声から感じ取れるのは、安堵の感情。
「あれ、本当に生身な訳…?」
「報告見た時は絶対嘘だって思ったけど、ありゃやれるわ…。」
「絶対人じゃないわよあれ。ゴリラじゃないの?」
一先ずは無事に済んだ。そのことを喜び、安心する中で、誰かが言った。
「と言うかですけど」
言ってしまった。
「あれ、ISあっても勝てますか?」
俄かにざわめきが静まり、沈黙が訪れた。しばらくしてポツポツと小さな反論が巻き起こる。
「…いや、勝てるでしょ。」
「流石に、ねえ。」
「絶対防御あるし、ほら。」
そう言う彼女らにも分かっている。それは
「そうじゃなくて、です。」
最初に尋ねた緑の髪に豊かな双丘を持つ女性、山田真耶は声を震わせながら続けた。
「…もし、もしですよ?彼が本気だった場合に、私たちはIS展開する暇とか、あるんでしょうか?」
「「「「……………。」」」」
どうだ?どうなんだ!?もしそうなった場合に、互いの距離はどれほどある?相手は本当に素手か?ISの展開までにかかる時間は!?その間にあいつはどうしてくる!?
「…そうならないことを、祈るしかないのかしらね。」
『男と女が戦争をしたら3時間で女が勝つ』。そんな俗説はISの無敵性の証明として現代においてよく知られているし、教師陣の中にも信じている者は多くいた。
そう、
だが、この日をもって彼女たちのその考えは容易く打ち砕かれることとなる。武装に頼り切った強さなど、『ただの肉体の強さ』の前ではあまりにも頼りないものだと言うことに、気がついてしまったのだ。
これから始まる激動と波乱に巻き込まれる3年間。その場にいる全員が、それをひしひしと感じ取っていた。
金丸 優
前の高校を中退してちょっと早めに入校、訓練に励むことに。
IS学園なりの『お出迎え』は割と気に入った模様。やっぱ遺伝か。
ついでに言うとこいつは兄達と違って生身よりも武器を使った方が圧倒的に強いので、IS委員会急襲の際ですら本気を出せていない。
織斑 千冬
IS世界における『最強』の象徴。この人なら刃牙世界でも生きていけるのではないかと作者は密かに思っている。ほらあの世界クローンとかあるしね。