4月上旬某日のIS学園午前5時。学園内にあるトレーニングジムで、ドンッッ!と早朝にはそぐわない音が起こった。
「………。」
その地にいるのは1人の
そんな彼が取るのは、脚を大きく広げた、中腰の体勢。そこから片脚を目一杯にあげ─
「ふんッ!!!!」
─
それを何度繰り返したのだろうか。満足したからか、あるいはこれ以上は続ける必要がないと判断したのか、優はトレーニングをやめた。隣に置いてあったタオルとスポーツドリンクを手に取り、一服をつけようとしたところで、
「精が出るな。」
「…織斑先生。おはようございます。」
IS学園教師、織斑千冬。動きやすい服装に身を包んだ彼女もまたトレーニングのためにか早朝であるこの時間にジムへとやってきていた。彼女はランニングマシンの横に持ってきた荷物を置くと、簡単なストレッチを始める。
「ああ、おはよう。…今やっていたのは
「ええ。」
答える優の息はまだ荒い。が、それは当然のことだ。何せそれほどまでに四股はとてつもなくハードな運動であるのだから。それも、ただでさえ人よりも
「古くて泥臭い、昔ながらのトレーニングですが、その負荷は最新のトレーニングにも劣りません。何せ─あの力士たちが今なお行うものなのですから。」
東京ドームの遥か地下深く。血と汗と涙と─
「人の身でありながら、ぶちかましの衝撃が1トンを超えるあの力士たちの足腰。その強靭な足腰を支えるトレーニングがこれならば、真似をしない理由がない。」
「なるほど。ふむ…四股か。」
「とまあ強くなるにはお勧めではありますが…この学校の生徒には受けが悪いでしょう。」
「なぜだ?」
千冬は首を傾げる。そんな彼女に、優は地面に落ちた汗を拭いながら答えた。
「脚が太くなります。とても。」
「…納得した。」
華の女子高生に、それは確かに受けが悪い。納得すると同時に、目の前の筋肉達磨にそんな考えができるのはちょっと面白いな、とも思った。
「と言うか、お前今日入学式だろう。朝からトレーニングしていていいのか?」
「…だからこそ、緊張を紛らわすためにトレーニングをですね。しているわけなんですよ。」
「…するのか?緊張!?」
「しますよ、そりゃあ。」
心外である。そう言わんばかりに優は眉を顰めた。
「前の学校は共学でしたが…自分には女友達などいなかったので。」
「いなかったのか?」
「寧ろいるように見えますか?」
見えるから見えないかで言うと、見えない。流石に正直にそう言うわけにもいかず、千冬はそっと目を逸らした。
「…まあ、頑張れとしか言えんな。」
「そうですね。まあそれなりにやりますよ、それなりに。」
何と言うか、本当に普通だな。ストレッチを終え、マシンの上に上がりながら千冬はそんなことを思った。最初は1人でIS委員会に殴り込んだ
「そうか。そうだ、金丸。」
「何でしょう。」
帰ろうとする優に、走り始めながら千冬が声をかけた。
「お前の担任は私だ。これから1年、よろしく頼む。」
「そうでしたか。こちらこそ、よろしくお願いします。」
(き…きつい!想像以上にきつい!)
その日、織斑一夏はまだ朝であるにもかかわらず心から疲弊していた。と言うのもこの男、クラス中から好奇の目で見られているのである。
(ただでさえ周りほぼ女子なのに真ん中の最前列って…もう1人の方は後ろの端っこなのに…。)
目の前で話す先生の声が頭に入ってこない。それほどに彼は居心地の悪さを感じていた。その原因は女子からの好奇の視線だけではなく。
(てかもう1人の男子、ガラ悪すぎだろ!?)
一夏は唯一の男子同級生、と言うこともあってもう1人の男子─優に話しかけようとしたのだが。いかんせん彼は見た目だけなら疵まみれの筋肉達磨である。流石の一夏といえど、尻込みをしてしまっていた。
「…くん!織斑一夏君くんっ!」
「は、はい!?」
そんな感じで聞き流していると、突然に先生から話しかけられた。当然のことに慌てていると、どうやら自己紹介、それも自分の番らしい。クラスメイトと、幼馴染と、あとはまあ一応もう1人の男子の視線が突き刺さるのを感じながら、彼は口火を切った。
「えっと…織斑一夏です。よろしくお願いします。」
え?終わり?みたいな空気を感じる。あ、もう1人の男子が欠伸した。でもこれ以上は無理です。混乱の中、どうにか幼馴染─箒にアイコンタクトを送るも、無視されて終わった。薄情者め。
「…………えーと。以上です!」
そう切り上げると、教室で何人かがずっこけた。と、同時に頭に走る衝撃。それを見てほう、と野太い声が聞こえたが気のせいだろうか。とはいえ今の衝撃を無視するわけにもいかない。恐る恐る振り向くと、そこには黒のスーツとタイトスカートに長身を包んだ、吊り目がちな美女が、と言うか姉がいた。
「げえっ関羽!?」
また叩かれた。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者。」
俺にそう言い捨てると、教室中が騒ぎ出す中、先生─山田先生と話し始めた。そうか、このクラスは千冬姉が担任なのか。…え、マジで?
「織斑先生と呼べ。」
また叩かれた。正面の真ん前とか言うこの席だからこそ余計に叩かれるんじゃないだろうか。それなら初日だけど早急な席替えを希望する、本当に。
「はあ…挨拶も満足に出来んのか、お前は。まあいい、金丸。」
「はい。」
溜め息をつきながら千冬ね…織斑先生が誰かの名前を呼ぶと、明らかに男性の、低い声が返ってきた。それと同時に、俺に突き刺さっていた好奇の目がいきなり逸れるのを感じる。一時的とはいえ急に楽になった。
「SHR終了までもうあまり時間もない。まだ終わってないならお前も自己紹介しておけ。」
「っす。」
応えるやいなや、ガタリ、と音を立ててその男は立ち上がった。
(((((デッッッッッカ………!!!!!)))))
多分この時が、クラスが団結した最初の時だっただろう。それほど、その男の印象は強烈だった。いや、身長とかじゃない。身長はデカいけど、そこまででもない。ならなにだ?筋肉?気迫?そう言うのがすごい。逆三角形ってやつなんだろうか。でも全身が、とにかくぶっといんだ。たまにいるナイフとか持ってイキってるヤンキーとかとは全く違う、何と言うか、“凄み”のある
「金丸優、16歳。諸事情あって君たちよりは一つ上ですが…同級生ということでどうぞよろしく。趣味は…と言うわけではないですが、柔術してました。」
柔術。昔剣道をしてた時にチラッと聞いたことがある。柔道とはまた違う、実践的な武術だとか何とか。道場にもその方面の関係者が来てた気がする。
「あとは…好きな食べ物はパスタ。」
何でだよ。そんな顔じゃないだろ、あんた。『焼肉大好き!』な顔じゃないか。
「他に、質問があればどうぞ。」
あ、そう言うの聞くんだ。クラスにそんな雰囲気が充満したあと、おずおずといくつか手が上がった。
「あ、じゃあそっちの人から。」
「は〜い。」
まず1人─金丸さんに指名されたなんかのほほんとした女子が立ち上がった。
「お菓子、すき〜?」
「あまり食べはしませんが、割と。…で、次はそっちの人どうぞ。」
「はい!」
のほほんとした人が座って、今度指名された女子が立ち上がった。彼女は2、3息を吸って、覚悟を決めたかのように口を開いた。
「あの!」
「はい。」
「胸筋触っていいですか!?」
…沈黙がクラスに広がった。
と言うか、金丸さんとやらもびっくりしてる。想像もしてなかった、って感じだ。
「………な、」
10秒ほど目を見開いていた金丸さんだったが、ようやく口を開いた。
「………なんでェ?」
いや本当だよ。
本当に困っている金丸さんと、頭を抱える千冬姉と、やらかした感に溢れる女子と、いまだに黙りこくったままの俺含めたクラスメイト。そんな俺たちに、無情にもSHR終了のチャイムが鳴り響いた。
大丈夫なんだろうか、このクラス。
金丸優
こし餡派。
千冬先生
割と出番が多いのはなぜなのか。わからないがこの人のスポーツウェア姿は見てみたい。本当に。
一夏
本当にこいつの内心がわからない。
のほほんとした人
読んで字の如し。
胸筋を触りたい人
筋肉フェチなんでしょうね。多分。いったい誰なのか。