『鬼』の系譜の男   作:チキンうまうま

9 / 15

お久しぶりです。




9話

 

「ねえ、すぐるん、聞いたあ?」

「何を?」

 

 月曜日、試合当日。アリーナ併設のロッカールームに優と、─何故かのほほんさんの姿があった。試合直前だと言うのに、2人の間には普段と何も変わらない、闘志の欠片も感じ取れない空気が流れている。

 

「おりむーのIS、まだ届いて無いんだってぇ。」

「ああ、それなら聞いてる。そいつのお陰で俺が織斑よりも先に()ることになった。」

「ふうん。それでいいの?」

「構わねえ。」

 

 話しながらものほほんさんはもぐもぐとドーナツを頬張った。優の視線を感じたからか食べる?と彼に差し出すも、あっさり断られた。代わりと言うべきか、優は持っていたペットボトルに口を付け、またのほほんさんも傷ついた様子もなくドーナツに齧り付いた。

 

「そっかあ。…すぐるんさあ。」

「今度はなんだ?」

「今更だけど、アップしないの?」

「しない。」

 

 すぐに飲み終えたコーラ─予め炭酸は抜いたもの─の残骸をゴミ箱に放り投げた。そのままベンチから立ち上がって軽く首を回す。

 

「しないの?なんで?」

「なんで…か。単なるリスペクト、真似ってやつだ。」

 

 そう語る彼の脳裏には、敬意を抱いてやまない(おとこ)たちの姿がある。彼らは皆格闘家(グラップラー)であり、そしてそれ以上に()()()であった。

 

「『武術家とはアップをしないもの』。」

「?」

「中国の…とんでもなく強え武術家に昔そう言われた。」

 

 そう語ったのは今は亡き漢。流派こそ違えど、高みを求める者として幾度も挑み、教えを乞うた相手。師である本部とはまた別の、それでいて絶対的な尊敬を抱いている傑物。

 

「似たようなことは師匠も言っててな。それ以来、アップはしてねえ。」

 

 それでも癖でこうやってコーラは飲んじまうんだけどな。苦笑いしてそういうと、優は出口へと歩き出した。試合はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ始まりました特例の1-Aクラス代表決定戦!この戦いではなんと世界初の男性IS乗りが戦うことになっています!実況は私、放送部の─』

「待て、なんだこの実況。」

 

 ぎゅうぎゅう詰めのアリーナに響き渡る実況を聞きながら、頭痛を堪えるかのように千冬はこめかみを揉んだ。

 

「…私にもわかりません。」

「…まあいい。どうせ放送部の悪ノリだろう。あとで罰としてグラウンドを走らせておこう。」

『おおっと!?なんかいやーな寒気がしますがそんなことは無問題(モウマンタイ)!何故って!?そんな寒気を吹き飛ばすような熱い闘いが今から行われるからです!』

 

 無駄にこなれてるな。実況を聞く2人の教師は素直にそう思った。

 

『それでは選手の入場です!まずは青のコーナー!』

 

 そんなものはない。

 

『その膨れ上がった筋肉は飾りか!?そんなわけねえだろ!』

 

 アナウンスに応じてノソリ、と1人の男が姿を現した。彼の身体を包むISスーツは、今にも吹き飛びそうなほどにパンパンにはち切れている。

 

『全中、そしてインターハイ柔道王者!金丸優!!果たしてISでもその強さを見せてくれるのか!?』

 

 アリーナに足を踏み入れると同時に沸き立つブーイングと囃し声。それを気にもせず、いまだに機体を纏わないままで彼は悠々とアリーナの中央へと歩を進めて行く。

 

『おいおい無反応かあ?まあいいでしょう!続きまして赤のコーナー!』

 

 その声が続くのを待たずして優の反対側から勢いよく『青』が空へと飛び出した。

 

『ちょっ、早…!えー、イギリスから最新装備を引っ提げて上陸だ!お前らその目でマジもんの英国貴族を見届けろ!』

 

 一度空へと飛び出した機体が、一切の音も、砂煙もなく優の前へと降り立った。その圧倒的技巧を見せつけられたにも関わらず、堂々と立つ優の態度は欠片も揺るがない。

 

『英国代表候補生!セシリア・オルコットの入場だあ!』

 

 優の時とは打って変わって、響き渡るアリーナ中からの大歓声。─尤もそれをセシリアは煩わしそうに一瞥しただけで、過剰なリアクションを取らなかった。

 

「─ISも起動せず、よく私の前に立てましたわね。」

 

 観衆から優へと移して、彼を見下ろしたセシリアは吐き捨てた。ああ、本当に気に食わない。

 

「立つくらいなら、誰にだってできる。」

「…ふざけてますの?」

「まさか。」

 

 彼女の怒気もなんのその。飄々とそう返した優がようやく待機形態のISに触れ、光の粒子と共に自身の紫色をした機体を身に纏う。

 

「本気に決まってんだろ。」

 

 巨大(おおき)い。それが優の機体を見たセシリアの最初の感想だった。先程まで見下ろしていた彼の顔は、今や自分が見上げなければならない位置にある。それはまるで、本人の体躯に合わせたかのような機体の大きさだった。

 

「…そうですか。」

 

 大きいのは全長だけではない。カウントダウンの流れているこの間にもセシリアは未知の機体を観察し続ける。その熱の入りようたるや、外野からは早く空に上がれ、なんて声が聞こえて始めてようやく空に上がったほどだ。

 

『─3』

 

 まず、目立った武装がない。自分のスターライトMk-Ⅲのような銃器も、近接兵装も装備していない。内蔵型?それとも手の内を晒したくないから?

 

『─2』

「なら─」

 

 それに機体が、いちいち()()。特にそれは上半身に顕著だ。もっとスマートな方が空気抵抗も減って動きやすいだろうに、何故こんな形をしているのか?

 わからないことは多いが、それでもやることは変わらない。

 

『─1』

「踊りなさい!私と、この『ブルー・ティアーズ』の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 現在の両者の距離は30メートル。直径200メートルのアリーナにおいて、遠いと思うか或いは近いと思うかは本人次第の距離。

 

 この時点でセシリアはすでにビットを展開している。そしてISの、彼女の武装のロックオン機能も既に優の機体を捉えていた。つまり、この時点ではセシリアは間合い以外完璧な体勢を整えていたと言っていい。そして彼女の目の前にいるのは男。だからこそ、彼女は侮っていた。

 

開始(はじめ)ぇ!!』

 

 その声と同時にセシリアはスターライトMk-Ⅲの引き金を引いた。それと同時にISのロックオン機能が人間の限界を超えた速度で即座に目標を捉えようとし─それが彼女の視界を覆い尽くす真っ赤な警告で塗り潰された。

 

「なー」

 

 なぜ、と続けようとした声は形にならなかった。そのまま彼女を襲う衝撃と、轟音。与えられた衝撃のまま、彼女とブルー・ティアーズは地面に叩きつけられ、クレーターを作り、砂埃をあげて地面に大きな痕を残していく。

 

「今、のは…!?」

 

 吹き飛ばされつつも、その衝撃を殺した彼女はすぐにISの本来の居場所─空中へと飛び上がった。眼下にもうもうと立ち込める砂煙を見ながら、努めて冷静に今の瞬間を反芻する。

 

(私が反応できない程のスピードに、あのパワー…!)

 

 身震いがする。何せシステムとか関係なしに、彼女は直接見てしまったのだ。

 

「あの距離から、ISで殴るなんて…!」

 

 優が動いたのは開戦と同時だった。

 彼は開戦と同時に既に優と、『雷電』を捉えていたはずのスターライトMk-Ⅲの射線から外れるべく、高度を僅かに上げながら自身の斜め前方へと移動。そのまま全身の加速装置(スラスター)を起動して瞬時加速を発動。一瞬で距離を詰め、その勢いと隆々たるパワー全てを利用して拳を振り下ろし、ISの中でも特に装甲の薄い腹部へと全力殴打。

 

 それは最新鋭近距離特化型機体の、パワーとスピード全てを全部載せした破格の一撃。

 

「そりゃあ、そうするだろ。」

 

 今自分を叩き落とした男の声がする。それも空中からではなく、先程自分が作り、そして今もなお立ち込める砂煙の中から。

 

「遠距離手がわざわざ近い位置にいてくれたんだ。そこで仕掛けない間抜けはいねえよ。」

「……っ!」

 

 自分と彼の間を埋め尽くす砂煙。だが、それがいかに人体に有効であろうとISの前では全くの無意味だ。何せISのレーダーは従来の兵器全てのそれを軽く上回る。視界が奪われようと、レーダーが起動している限りその視界から逃れることは不可能なのだ。

 

「そこ!」

 

 レーダーが捉えた位置に即座にビット兵器と、そして手に持った射撃銃で一斉掃射を叩き込む。一撃一撃の威力こそ控えめだが、手数を重ねればまた別。間違いなく優の機体に深刻なダメージを与えられるだろう。

 

「ばーか。」

 

 なのに、返答は後ろからだった。

 

「えっ…」

 

 自分に影がかかるのを感じると同時に、紫色の巨腕が自分の腕を掴んだ。そのまま握り潰さん限りに力が込められていき─

 

「らァッッッッ!!!!!」

 

 セシリアの視界が反転する。全身に莫大なGがかかり、救命システムが作動した。脳だけはクリアで、全ての情報が正確に入ってくるにも関わらず、身体がなんの反応もできない。

 

(投げられた…!?)

 

 それを悟ると同時に、セシリアは空中にヒビを生み出しながら叩きつけられた。その衝撃のせいでみるみるうちに減っていくシールドエネルギー。だが、彼女はそんなものもはや気にしてもいなかった。

 

「『環境利用闘法』。」

 

 余裕綽々。そう言わんばかりの様子で空中に立ち、こちらを見下ろした男は言った。

 

「俺の兄弟子の技でね。専門じゃねえんだが…今回はあんな大きな砂煙があったから利用(つか)わせてもらった。」

 

 そう語る彼の遥か下。先程セシリアが攻撃を叩き込んだ先には穴まみれになった金属の塊があった。─つまるところの、(ダミー)。『雷電』自身はレーダーを回避するなんらかの装備を使っておき、肉体の視界を奪ってレーダーに頼らざるを得ない状況を作った上でこの囮を起動する。シンプルながらも、初見では絶対に掛かる連携(コンボ)

 

 それに気づいたセシリアは黙り込んだまま、歯軋りをするばかりだった。手玉に取られている。代表候補生にまで上り詰めた自分が!

 

「…失礼しました。私はあなたを侮っていたようですわね。」

「へえ。それで?」

 

 表面だけは取り繕って。それでも闘志は全開にして目をぎらつかせながら、セシリアは軋みを上げる機体を動かした。

 

「─ここからが本気ですわ。」

 

 その言葉と同時に、追加のビット兵器が顕現する。四方八方、優を取り囲むかのように展開されたそれを見ながら─

 

「最初から出せよ。」

 

 優は犬歯を剥き出しにした。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。