TS転生者は「自分だけが良さを知ってる」系冒険者になりたい   作:ソナラ

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十三 推しと好意の感情は乗算される

 何か気がついたら、コノハのパーティ云々から、ロロのオタク問題に話が移ってしまった。

 当たり前といえば当たり前なんだけどね、今話をしてるのはロロなんだから。

 

 それはそれとして、これは由々しき事態だ。

 ロロは私をお姉様と慕ってくれている。

 それは多分、彼女のオタク心が変な形で発露してしまったからだと私は考えている。

 眼の前に推しがいて、推しが自分と仲良くしてくれて。

 それだけではなく、なんとなく彼女が私に“推し”という感情以外でも好ましいと感じてくれているからだろう。

 

 ただ、推しという感情と、好きという感情は相性が悪い。

 個人的な考えとして、両者はまったく別の感情だ。

 遠くから眺めていたい。

 相手をめでたい。

 同じようで、二つはまったく異なるというのが私の考え。

 

 厄介なのは、これらが合わさると別種のものだから足し算ではなく乗算が始まるということだ。

 クソデカ感情とクソデカ感情をかけあわせたら暴走が始まるのは当然なんだよね。

 

 私もそれは覚えがある。

 別に前世の話ではなく、今の私にとっての話だ。

 

 ある意味、暴走のようなものじゃない?

 鬱屈とした人生と、一つの大きな成功体験。

 その二つに伴う感情は別種のもので、これが乗算されたのが今の私だ。

 

 その結果がこの間のコノハのドン引きやロロにお姉様と呼ばれている原因なのだとしたら。

 真っ当な人生を送るロロを、冥府魔道に導きたくないと思うのは自然な考えではないだろうか――

 

 

 **

 

 

「あら! これはかの有名な“手のひらから滑り落ちる者(ファンブルグリップ)”様の新しいグッズではございませんの!?」

 

 ロロは、何やら推しているらしい冒険者の新しいグッズを手にとって目を輝かせている。

 ロロが別の推しに夢中になっている間に、はやくこのブロマイドを回収しないと!

 今すぐ全部確保して買い占めてしまえば、ロロがこれに気がつくことはないはず!

 ちょっと在庫になってるので、手持ちが足りるかわからないのが不安だけど。

 新発売というポップを見るに、発売されたばかりなのだろう。

 きっとロロも、このブロマイドの存在は把握していないはずだ。

 だって把握してたら、もっと態度に出てると思うんだよね!

 

 とにかく!

 すぐに移動するんだ、ロロに気が付かれる前に――――

 

「お姉様! お姉様は“手のひらから滑り落ちる者”様をご存知ですか!?」

 

 しまった遅かった!

 

「名前は聞いたことあるよ、Aランクの女性冒険者だったよね」

「はい! アタクシ、有名な女性冒険者に目がありませんの。彼女たちのようになりたいな、と努力の日々ですわ!」

「素晴らしい! “手のひらから滑り落ちる者”さんも、そういう目指したくなるような逸話を持ってるんだろうね」

「はい! 彼女が今の二つ名で呼ばれるようになったのは、たまたま宝箱でアイテムを手に入れたタイミングでダンジョンの下の階層に凶悪な吸血鬼モンスターの“ノクターナルハート”が出現し、上の階層を破壊したことで下の階層に落下、その時手に入れたアイテムが“ノクターナルハート”に特効の聖水だったことでノクターナルハートを討伐したことが要因で……」

「何か思ったより変な逸話が飛び出してきたね!?」

 

 ロロは早口でいい切った。

 解るよ、オタクは早口になるものだからね……

 

 心のなかで理解を示しつつ、ジリジリと私は距離を取る。

 このままロロの話を聞きつつ、隙を見て会計に飛び込む!

 

「あら、お姉様が手に持っているのは――」

 

 しまったバレた!

 

「あ、ああちょっとこれを買おうかと思って……」

「お、お姉様の推し!? ぜひ教えて下さいまし! アタクシも推したいですわ!」

「あ、あーいや、えっと」

 

 推し、自分を推しというのは少し憚られる。

 いやでも、ロロは胸を張って大成した自分を“推し”だと言いそうだな、とふと思う。

 自分が“推せる”自分になりたい。

 ロロの上昇志向はそういうところにもあるのではないだろうか。

 

 いやいや、そういう話ではなく。

 

「アタクシ、あまり言うのは憚れますが、推しは多ければ多い方がいいという宗派の人間ですの」

「宗派!?」

 

 いや、言いたいことは解るけどね?

 人によっては推し変は罪という人もいるだろうけど、推し活は究極的に突き詰めれば趣味。

 そのあり方は人次第だ。

 私も、割とロロの考えには同意である。

 

「推しを推すことは魂の救済、故に己の救済のために、多くの推しに身を捧げることこそが人生の意義ですわ!」

「随分と大きい一石を投じてきたなぁ」

 

 私の魔術で作る石片なみにでかい一石である。

 言い過ぎ……とはいわないけど、これはこれで過激派の発言だ。

 

「もちろん、そのためには自分を磨くことだって欠かしませんのよ? 推しを前にして、不甲斐ない自分ではいられませんわ!」

「すごい」

 

 思った通りだった。

 口に出されると圧が強い。

 いや、ロロのすべてが推しへの奉仕ではないんだろうけど。

 印象が上書きされそうなくらい圧が強い。

 思わず本音が口から漏れちゃったよ。

 

「ですから、どうか! どうかお姉様の推しを教えてくださいまし!」

 

 推しだけに……

 

「い、いやぁこれはえっと、そういうのじゃないっていうか……推しとはまた別の問題というか……!」

「お姉様!? お姉様に何か問題が!? アタクシに力になれることでしたら、是非お力にならせてくださいまし!」

 

 しまった、普通にいい子だった……!

 具体的にはここまでめちゃくちゃ騒がしいように見えるけど、あくまで小声で周りの迷惑にならないように騒いでいるくらいいい子だ。

 ロロの容姿も相まって周囲から視線は集まるけれど、どれも生暖かい目で見てくれている。

 くう……優しい世界!

 だからこそ、ここでロロを騙したりとかはできない……!

 

「あ、でも私はほら、あれだよ。ロロの話をもっと聞きたいっていうか……あ、ほら、ししょ……アスノさんのグッズ!」

「アスノ様のグッズですの!? こ、こ、これは……! アスノ様冒険譚の新作!?」

「え、新作!? マジで!?」

 

 師匠の冒険譚の新作!?

 気になる!!

 

「聞いた話ですと、アスノ様はここ最近、グラールの街を訪れたそうなのですわ。ですから、その時に冒険譚を纏めて、いち早くこの冒険者ショップで販売したのですわね」

「おお……こりゃあ買うしかないね」

「そうですわね、確か前回は自分の卵を温めるために、温泉街の温泉を乗っ取ったドラゴンと死闘の末仲良くなって、最終的に和解したお話でしたわね」

「なんでそんなことになったんだろうね……?」

 

 卵を温泉で温めるドラゴンってなんだよ……? と当時は思ったものである。

 

「師匠の新作、ちょっとテンション上がってきたよ……!」

 

 

「――――――――師匠?」

 

 

 あっ。

 

 ロロが不思議そうに首をかしげて、こちらを見る。

 純粋に疑問に思っているという表情だ。

 推しが多いだけあって、嫉妬とかは感じないみたい。

 いやそれはそれとして、今の一言を聞き逃さないロロは、ある意味流石だ――!

 

 ……まてよ、これは好機じゃないか?

 私と師匠の関係を、これまでロロに話したことはない。

 なんとなくロロが師匠のオタクであるっぽいことを察していたために、刺激が強すぎると判断したからだ。

 多分、話しても酷いことにはならないだろうけど、それでもどんな化学反応が起こるか読めなかった。

 

 でも、この状況ならむしろ話すにはちょうどいいんじゃないか?

 私のブロマイドと、師匠との関係。

 どちらがより刺激が強いかと考えれば、おそらく前者だ。

 何より、師匠との関係はロロと交流を続けていけばいずれ解ること。

 

 なら、早いか遅いかだ。

 ……私のブロマイドも同じじゃないかって?

 目の前に私がいるかどうかで、ロロの反応も変わってくるとおもうから……

 

「あーえっと、実はね」

「はい」

「……アスノさんは私の師匠なの。師匠に褒められたことがキッカケで私は冒険者を目指したんだ」

「――――はい?」

「ほら、師匠の話にあったでしょ、影響を受けた弟子の話……あれ、私」

「――――――――はい」

 

 ロロの優秀な思考回路が停止するのを、初めて見た。

 あれほど頭の回転が早いロロが思考停止するって、よっぽどのことだ。

 ……ロロには悪いけど、今のうちにこのブロマイドを購入して隠蔽する!

 

 と、思ったのだが。

 

 

「素晴らしいですわ、お姉様!」

 

 

 ロロの復帰は思った以上に早かった!

 あ、手を掴まれると抱えてたブロマイドが――!

 

「お姉様、お姉様とアスノ様は、アスノ様がお姉様にきっかけを齎し、そのきっかけに奮起したお姉様がアスノ様のきっかけになったと聞いておりますわ。アタクシその関係をとても素晴らしいものだと思っておりますの。そんなお姉様がこうしてアタクシに言葉をかけてくれる事自体がそれだけでもう人生の頂にたどり着いたかのような!」

 

 いや、復帰してなかった!

 これはいわゆるヘブン状態だ。

 まっていつの言葉だっけヘブン状態って。

 

「ロロ、ロロ! 落ち着いてロロ!」

「これが落ち着いていられませんわー!」

「ああああ手をブンブン振らないでーーーーっ!」

 

 ブロマイドが、ブロマイドがーーーー!

 

 はらり。

 

「あっ」

「あら?」

 

 結果として、ブロマイドの一枚が地面へと落ちる。

 手の空いていたロロが、さっとそれを拾い上げる。

 ――終わりだ。

 

 

 そのブロマイドを見たロロは、今度こそ完全に停止した。

 

 

 しばらく、こちらに注目を集めていた周囲も含めて店内はしんと静まり返る。

 なんというか、興奮する顔のいいオタクいいよねみたいな視線でこちらを見ていたために、こうして停止したことを何事かと思ったんだろう。

 

 いやまぁ、ロロは本当に顔がいいから、今の興奮するロロはなかなかどうして可愛らしかったのだけど。

 それはそれとして、ロロは停止した。

 ブロマイドを眺めて、完全に。

 

 あ、ギギギって機械みたいな音を出してこっちを見た。

 それから、視線を下に落とす。

 もう一度、こちらを見る。

 

 ブロマイドと私を見比べているんだろう。

 

 ちらりと視線を落とすと、ブロマイドの中の私は笑顔でピースサインなんてしている。

 ちょっと似合わない気もするけど、こういう地味なポーズが私のイメージする私に似合っているかなと思ってやってみた。

 ……改めて、こうして凝視されると恥ずかしいな。

 

 そんなふうに沈黙が続き、一部のオタクがじれったくなってくる頃。

 それは、起きた。

 

 

 ロロが鼻血を出して倒れたのである。

 

 

「ろ、ロロ――――!?」

 

 現実で鼻血を出して倒れるオタク初めてみた……じゃない!

 事件現場を作り出そうとしている瀕死のロロを救うため、慌てて私はロロに駆け寄るのだった。

 

 

 **

 

 

 これは余談だが、この世界に“推し”という概念を齎したのはかの勇者“シロナ”である。

 この世界に多くの恩恵を齎した勇者シロナは、そのあまりの功績から勇者であるということが霞んでしまうくらいに様々な爪痕を残した。

 その一つである“推し”という概念。

 これは勇者シロナに対する信仰と相まって、クロナの考えるような“オタク用語”としての意味以上の意味を持つようになっていた。

 

 すなわち、この世界における“推し”とは“神格化”と同義である。

 ロロの数々の奇行は推しに対する信仰の表れであり、その感情の大きさはクロナが思う以上のものだ。

 結果、ロロは鼻血を噴き出し倒れてしまった。

 これもまた、クロナと周囲の認識の違いが起こした悲劇であると言えよう……




勇者シロナは概ねお察しの通りです
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