TS転生者は「自分だけが良さを知ってる」系冒険者になりたい 作:ソナラ
私の師匠、ドワーフのアスノ師匠は今年で四十歳になるベテラン冒険者だ。
といっても、ドワーフの中での師匠は若輩者で、そこら辺は種族による意識の違いというモノがある。
ただ、少なくとも村で守護を担当していた時の師匠の立場は、老練で頼れる冒険者という扱いだった。
そういう師匠の姿は、私の憧れる「玄人好み」の冒険者そのもので。
私はそんな師匠の背中を追いかけて、冒険者の道を志したものだ。
ただ、当時の師匠はCランクの冒険者。
本人にしてみれば、純粋な憧れで自分を追い抜こうとしてくる私の存在は、結構プレッシャーだったらしい。
まぁ、私も同じ立場であればそう思うことだろう。
これは多くの冒険者に言える話なのだけど。
BランクとCランクの間には大きな壁がある。
魔力操作という壁だ。
だから、Cランクの冒険者は一人前と認められこそするものの、一流には届かないそんな中途半端な立ち位置だった。
しかしこれは個人的な話なのだけど。
だって、社会人というのは、大抵の場合Cランクで終わることがほとんどだ。
成功体験という極大のモチベーションでBランクに昇格した私だからこそ解る。
その壁を超えるには、何かしらの要因は絶対に必要で。
そしてその要因は、決して人生で必ず見つけなくてはいけないものではない。
その上で、結果的に今の師匠はBランク冒険者。
壁を超えた、一流のすごい冒険者である。
やはり、私の師匠は師匠だったんだ。
なんてことを思いつつ、かれこれ一年ぶりくらいになる師匠との再会を私は楽しみにしていた。
**
前回師匠と出会ったのは、私がグラールの街を離れていた時のこと。
なので、グラールの街で顔を合わせるのはこれが初めてのことになる。
ミアさんの情報をもとに、ギルドの酒場で夕食を食べていた師匠を見つけたのは、ミアさんから別れて少ししてからのことだ。
「師匠!」
思わず嬉しくなって、声をかける。
びっくりした様子で師匠がこちらを見て、まずいと思ったが後の祭り。
これは私にも言えることなのだが、基本的にソロで活動していることもあり他人から声をかけられることがなかなかないので、私も師匠も人見知りなところがある。
悪いことをしてしまったと思うものの、師匠に出会えた興奮は抑えきれない。
「うわぁ! く、クロナくん!? ああ、そういえば君はこの街を拠点にしていたんだったね」
「はい、師匠! お久しぶりです!」
もう何ていうか、普段の私からは考えられないくらい興奮した様子で、私は師匠の元へと向かう。
遠くから、ミアさんが信じられないものを見る目でこちらを見ているのが感じられた。
違うんですよ、これはちょっと舞い上がっているだけで。
終わったら反省会が始まるムーブなんですよ、解ってください。
ともかく。
今日も相変わらず、師匠は小柄で愛くるしい顔で、こちらを見ていた。
アスノ師匠の顔立ちは、ドワーフとしては童顔気味で、身長相応という印象を受ける。
ドワーフの平均身長は百十前後、師匠は百二十くらいと結構高身長で、しかしそれでも小柄な印象を拭えない。
ドワーフと言えば、オタクが思い浮かべるのは豊かなヒゲだろう。
この世界において、男のドワーフは基本的に皆イメージ通りのヒゲを生やしている事が多い。
しかし、女性のドワーフがヒゲを生やしているかは、結構その人の趣味によって違う。
師匠の場合、村にいた頃は子供と思われないためかヒゲを生やしていて、今はそうではない。
こうなると子供と舐められそうなものだが、当時と違って師匠の装備は結構高価な物が多い。
そしてそれらの装備に着られている感じがない、見る人が見なくとも、今の師匠が熟練の冒険者であるというのは雰囲気だけで察することができるのだ。
黒の差し色が強いブロンドの髪。
軍服を思わせるカチっとした衣服。
一目見るだけで有能なロリだなと解る、それが今の師匠の出で立ちだった。
「師匠はどうしてグラールの街に?」
「ん、ああ、ここのダンジョンで見つかる素材に、どうしても欲しい物があってね。とりあえず店売りで見つかればそれでいいんだが……」
「見つからなければ、ダンジョンアタックって感じですか」
「そうだね、そこそこ貴重なものだから、ダンジョンに潜ることになるだろうね」
なんて話をしながら、師匠に断って同じテーブルの席につく。
そういえば、前に再会した時もこうやってギルドの併設酒場で食事をしている私に、師匠が声をかけてきたんだったなということを思い出した。
「そういうクロナくんは、相変わらず“玄人好み”を目指してるのかな」
「はい。一応これでも、ギルドや一部の冒険者には評価されてると思いますよ」
「Bランク冒険者なんだし、もっと多くの人に評価されてもいいと思うけどなぁ」
今日はこのまま、酒場で夕食にしよう。
一年ぶりの再会ということもあって、積もる話はいくらでもある。
特に師匠はここ最近、あちこちのダンジョンを回って冒険者として勇名を轟かせているそうだ。
私みたいに、一部の人にだけ評価されればいいという志と違って、師匠は精力的に冒険者として活動している。
聞ける話は、きっと山程あるはずだった。
**
私、ドワーフ冒険者のアスノにとって、クロナという少女は最初、どこにでもいる地味な村娘の一人だった。
というか、自分が守護している村の住人に、クロナという少女がいるということを私はきちんと認識していなかった。
相手は子供で、普段の私の仕事相手はもっぱら村の大人だったものだから。
これが、子供の相手が得意な冒険者なら、交流する機会もあったのだろうけれど。
当時の私は、冒険者としては行き詰まっていた。
燻っていた、といってもいいだろう。
長期的に一つの集落に滞在し、その集落で起きる事件を解決する冒険者の仕事というのは、比較的メジャーだがあまり冒険者の中で好まれている仕事ではない。
なにせ、冒険者の本分は冒険。
挑戦なくして冒険はなし、だというのに一つの集落に引きこもってしまっては、冒険者失格であるなんて言うものもいる。
ただ、それでもこういう村を守護する仕事というのを引き受ける冒険者は多かった。
人はいつまでも、冒険に夢を見ていられるわけではない。
どこかのタイミングで地に足を付けて、一つの拠点に腰を据える必要がある。
私の場合は、それがクロナの村だったという話。
正直、ドワーフとしてはそういう受け身の仕事を引き受けるには、当時の私は若輩だった。
というか、今でもドワーフとしては今のクロナとそう変わらない年頃という扱いをうけるのだから、いくら何でも諦めが早すぎるといっても過言ではない。
しかし、それでも私は冒険者としての出世を諦めていた。
才能がなかったのだ。
普通、冒険者というのは何年も活動していれば自分の限界というのが自ずと見えてくる。
一般的に、冒険者が冒険に夢を見られる期間は平均十年。
私の場合、それがドワーフ基準で更に早かっただけのこと。
冒険者が夢を諦める理由は、才能の欠如と、パーティ結成の失敗だ。
今の私やクロナのように、ソロでBランクの冒険者になっているモノの言うことではないが、冒険者とは基本パーティを組むものである。
パーティを組むことで、それぞれの欠点を補い合う。
そうすることで初めて、危険な冒険に挑戦するだけのマージンが得られる。
ソロでダンジョンの深層を目指すような行動は、冒険ではなく無謀と呼ばれるものだった。
私はあまり人付き合いが得意ではない。
決して冒険者としての仕事をこなせないほどではないが、パーティを組んで不和なくその中に混じることができるかといえば、否である。
かといって、一人でやっていけるだけの才能――というか気力が私にはなかったものだから、当時の私は燃え尽きてしまっていたのだ。
――転機は、言うまでもなくクロナとの出会いだった。
最初、クロナはとても地味な村娘でしかなかった。
今でこそクロナは、決して絶世とは言えないものの、それなりの人の目を引く美少女なのだが。
当時は本当に、どこにでもいる普通の村娘という印象を拭えないくらい、クロナは自分の容姿に頓着していなかった。
まぁ、それを言うとヒゲを生やして容姿を磨くことから逃げていた私にも刺さるのだけど。
ドワーフの女性がヒゲを生やすということは、女性として見られることを拒絶しているというのはドワーフ女性にとっては常識である。
そんなクロナが、ランペイジボアを発見し、あまつさえ罠を仕掛けて弱体化させたことを知った時。
私は衝撃を覚えた。
こんなどこにでもいるような――といえば失礼だけど、そうとしか言いようのない――少女が、「行けるとおもったから」なんて理由で、そんな行動を起こすなんて。
考えてもみなかったのだ。
しかし、その後のクロナの変化を見ていれば、彼女がそういう行動を起こすのは“必然”だったのだろうと今は思う。
私はクロナの罠を、素直に褒める選択をした。
それは、場合によっては「なんて危険なことをしたんだ」と大人たちから叱られてしまうかもしれない行動をとった彼女に、「自分は誇れることをしたんだ」と思ってもらうためだったのだが。
その一言は、クロナの運命を変える一言になった。
あの日、私が声をかけた時。
クロナのどこか、生きることに諦めを混じらせたような瞳には輝きが宿った。
否応なしに、私は人の人生を変える言葉を投げてしまったのだと、自覚させられた。
たとえそれがプラスの方向であったとしても。
――当時の私には、あまりにも無責任で、無遠慮な発言だった。
それからのクロナは、冒険者になるという夢を持った。
私にまるで親鳥を追いかける雛のようについてまわり、子供らしい吸収力でみるみるうちにその才能を開花させたのである。
一年で魔力操作を身につける。
そんな異常とも言える天才性が、果たして住人が百人程度の田舎の村で発露するなんて、果たして誰が思うだろうか。
クロナはそれを「モチベーションという才能に恵まれた」なんて言うけれど。
だからといってこれほどの天才性は、間違いなく規格外だと私は断言する。
そんなクロナの夢は、かなり……というか、とてつもなく変わっていた。
なにせ、クロナは「玄人好みのいぶし銀」な冒険者になりたいのだという。
多くの人から尊敬を集める必要はない。
解ってくれる人だけに評価されたいのだ、と。
そして、その理想こそが私なのだ、とも言っていた。
またもやらかした――と、それを聞いた私は更に思った。
はっきりいうが、私は天才であるクロナが目指すような理想はどこにもない。
ただの成長を諦めた冒険者である。
そもそも、クロナが瞳を輝かせる前から、私のような凡人とクロナという天才の間には壁があった。
できるからと言って罠でランペイジボアを弱らせるというのは、
クロナには、最初から行動を起こす才能があった。
結果としてそれを目覚めさせたのは私だとしても、その根底にあったのはクロナの行動力である。
そしてクロナは、それにたいして多少は自覚があるようだった。
ただ、あまりにもその自覚は“足りて”いなかった。
クロナは決して自己評価が他人と大きくズレているわけではない。
ただ、認識に差がある。
彼女には、本人ができると思っている数倍の才能が、その奥底に眠っているのだ。
結果、追い立てられたのは私の方である。
彼女の理想として、Cランクのまま燻っているわけには行かなくなった。
彼女は私を師匠と呼ぶけれど、私にしてみればむしろ師事しているのは私の方だ。
目の前で、理想的とも言えるスピードで成長していく“実例”があるのだから、私はそれを追いかけて、可能な限り同じように成長していけばいい。
気がつけば、私は魔力操作の技術を身に着けていた。
それまで三十年以上の人生で、これっぽっちも身につく気配のなかった秘技を、まるで最初から身体に染み付いていたかのように会得したのである。
そうして、クロナが冒険者となるのとほぼ同時期に、私はBランク冒険者になった。
Bランクの冒険者を一つの村に閉じ込めていくわけにはいかないというギルドの事情と、改めて世界を旅して見聞を広めたいという私の願いが一致し、私はクロナの村を後にすることとなる。
今にして思うと、クロナにはパワーがあった。
彼女の行動力とモチベーションは、私のように周囲の人間を変える力がある。
それは、彼女が多くの人間と関わるのではなく、「玄人好み」を目指すために、少数の人間と深く関わろうとしたからこそだ。
だからこそ、言いたい。
クロナ、君は私に、「師匠には私の良さを知っていてほしい」と時折言うけれど――
私という人間の人生は、君のその「良さ」によって大きく変えられたのだ。
だから、忘れられるはずがないんだよ――と。
こうして時折彼女と再会し、卓を囲んで話をするたびに私はそう思うのだった。
クロナと師匠の過去話はこんな感じです。
本人が意識していないところに高い行動力が存在し、それが周囲の人間にプラスの変化を与える。
これを一般的に主人公力といいます。