From the withered world   作:鳥菊

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今後の精進の為、感想や誤字脱字等々の御指摘を下さいますと幸甚です。



プロローグ
第零話


 

 遠くのビル街の光に照らされた暗い鉛色の空――――餓鬼の頃から変わらない夜空。最後に月を見上げたのは何時だっただろうか。

 

 

「……ハッ……ハアッ……!! クソッ……!!」

 

 

 まるで世界に、未来に蓋をしてしまった空の下。

 雨が降り注ぐ中、一人の男が荒れたコンクリートの大地を駆ける。……赤い左腹部を押さえながら。

 

 その男の容貌を端的に言えば闇に溶け込むような色合い。肌を一切晒さぬよう、雨を通さぬフード付きのコートと、素顔を覆うガスマスクを身に着けていた。

 

 見るからに不審な人物。時代によっては即座に通報モノだろう。

 だが、この()()()()()()世界におけるコロニー外では、眉を顰められることはあれど、通報されることなど殆ど無い。

 

 ――――22世紀初頭。殆どの地球環境が破壊しつくされた。原因は巨大複合企業である。他を省みずに利を追求するあまり、竹箆返しを受けたのだ。……受けたのは貧民層だったが。

 

 当社の悪行による災禍が現在にまで残っている。

 汚染された水、大気、それらから降り注がれる雨が如何に有害か――想像することは容易い。

 

「グッ……!!」

 

 彼が有害な死の雨の中を一歩、一歩と足を進める度に傷口から全身にへと激痛が伝播する。ガスマスクの裏側には痛みに抗う反逆者としての表情(かお)が。または、社会や世界そのものを恨んだような復讐者としての表情(かお)が浮かびあがる。

 

 けれども彼はその痛みに屈する訳にはいかなかった。それは己の為でも抵抗組織(レジスタンス)の為でもある。そして、今は亡き情報提供者(ベルリバー)や生きた骸骨のギルド長(モモンガ)の為にも。

 

 

 

~~

 

 

「こうして再び、直に会えたことは幸運でした。実は――――さんに込み入ったお話がしたくて」

 

 ――ベルリバー。

 彼にとってその人との出会いは、単なるMMORPG――ユグドラシルの世界。

 ゲームを始めたきっかけは気休めだか、気分転換だったか。今ではもう、彼自身でも思い出せない。

 

「……ええ、先ほどの情報はこちらのUSBに。()()は済ませてあります。それと、連絡手段ですがこちらを用いてください。正規品では直ぐに捜査の足が付いてしまうので」

 

 そこで出会った曲者達と作り上げたクラン、そしてギルド――アインズ・ウール・ゴウン。ユグドラシルの悪の華。彼は友人達と紆余曲折はあったが、思いの外楽しく過ごせたと言えよう。

 

 ある日は災厄の名を冠する魔法で暴れ回った。

 ある日は仲間達に『悪の美学』について仰々しく語った。

 ある日は下の者から智を奪う者達への反骨精神か、叡智溢れる大悪魔を作り上げた。

 ある日は『ユグドラシルの世界の一つくらいは征服してやろう』などと、そんな冗談を語り合った。

 

「……無理です、断言します。私はそちらにはいけません。既に疑いは掛かっています。まだ、口頭ではあるのですが出頭するように、御達しも出ているんです」

 

 男は夢に浸っていた。大悪魔として悪の限りを尽くす夢だ。

 とても甘美だった。たとえ贋作の世界であったとしても友人達との記憶は今も尚、輝いていた。

 

 ――ただ、それでも現実は押し寄せる。

 如何に甘美であろうと、如何に輝こうとも逃れることは出来ない。

 

 それは理解していた。分かっていたのだ。

 けれども……こんな最悪な形で思い知らされるとは予想だにしなかった。

 

「……ハ、ハ……すみません。こんな情けない姿を見せてしまって……ただ、どうしても、どうしても最後にお伝えしたいことがあるんです……危険が……」

 

 友人の一人が死んだ。事故死として処理をされたようだが違う。間違いなく何者かの手引きで殺されている。

 

 殺される理由など明確だ。生前の彼は偶然を装った形で握った情報を渡すべく接触を図ってきた。――――彼の手には自他諸々を滅ぼしかねない、そんな爆弾が握られていた。

 

 

~~

 

 

 ベルリバーから渡されたのは巨大複合企業への有効打となり得る武器。

 

 それを受け取った俺は。――――は。

 ウルベルト・アレイン・オードルは。

 

 今のこのクソッタレな世界を是とする者達に一泡吹かせなければ気が済まなかった。俺達の存在を奴らに知らしめてやりたかった。

 

 だからこそ、この情報を即座に抵抗組織にへと流した。足が付かないよう、慎重に。

 

 そうした結果――事は上々に運ぶこととなった。メディアを含めて世界を牛耳る相手なので決して表沙汰にはされないが、所属する抵抗組織と水面下で交渉を行っているらしい。……今後の進展次第では更に相手の譲歩を引き出せるかもしれない。

 

 そんな吉報を聞いて……幾ばかりか俺は胸がすいた。

 なんたって、今まで手も足も出なかった堅牢な牙城に亀裂が入った訳だ。

 

 今、流れが来ている。抵抗組織の誰しもが確信している。

 そう考えて、早く組織に合流して次の行動を取ろうとしたのだが……どうやら俺は浮足立ってしまっていたらしい。

 

 

 

~~

 

 

 

「……ッ、この先……だったか」

 

 ウルベルトは形容出来ない程に渦を巻いて爆発しそうな感情を糧に地を駆ける。

 

 後悔してもしきれない。何処かで奴らの手先に引っ掛かったことになる。

 左腹部の出血は無人機の掃射によって出来たものだ。……ただ、彼にとってこっちの問題はまだ良いのだ、情報は既に渡った。自分が死ぬのだとしても後を継いでくれる者がいる。ロクな死に方が出来ないことだって覚悟していた。

 

『……まさか、ウルベルトさんの装備や持ち物を売れる筈ないじゃないですか!』

 

 ……だがそれでも、あのお人好しのギルド長が死ぬ必要は無い筈だ。

 彼は自分とは違って手を汚したことなど無い。性格的に有り得ない。そう確信している。

 

 ――例の情報を受け取る2週間前、ウルベルトは大墳墓をモチーフとしたギルド、アインズ・ウール・ゴウンに顔を出していた。理由は特に無い。モモンガからのメールが届いていたので、何気なく様子を見にきただけだった。

 

『あれ? ウルベルトさん?』

 

 ウルベルトは一人で感傷に浸るつもりだったのだが……そこにはギルド長――――モモンガが当然のようにいた。彼は何やらマスターソースをいじっていたらしいが、久しぶりにログインしたウルベルトに気が付くと喜色のある声で驚く。

 

 久しい友人との会話。

 そうする中で、モモンガがたった一人でこのギルドの維持をしていたことなどと、アインズ・ウール・ゴウンの現状が分かってくる。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの最盛期はユグドラシルでも上位に名を連ねた程だ。そんなギルドのコストを彼は何度も何度もログインし、一人で稼いでいたらしい。

 

 ウルベルトは複雑な感情を抱いた。少しばかり異常とも思えるくらいの執着に。

 そんな彼の様子にモモンガが慌てて、こんな話を切り出す。

 

 ――――もうすぐやって来るゲーム、ユグドラシルの最終日。アインズ・ウール・ゴウンの命日。その日にもう一度、ギルドメンバー全員で集まりたいのだと。

 

(今思えばこの時点で気が付くべきだった……!!)

 

 走りながら自分自身に毒づくウルベルト。

 

 モモンガはその旨を伝えるべく、かつてのギルドメンバーにメールを送っていた。特に仲の良かったものには二回程度。……その中にベルリバーが含まれていた。

 

 ベルリバーはモモンガがメールを送っていた頃から、既にマークされていた可能性がある。モモンガが送ったメールも目を通されていただろう。『また集まりたい』という内容だ。捉え方によっては疑われる余地がある。何せ情報の重さが桁違いだ。

 

 この辺りはウルベルトの予想ではあるのだが、現にモモンガは狙われる立場にあった。――故に降りかかる身の危険を知らせなければならない。所有していたメールアドレス等々は無効化された。彼に残された方法はただ一つ、仮想専用ネットワークを用いていた自身のデバイスで、ユグドラシルにログインし、直接伝える方法だけだ。

 

「……こっちか」

 

 今日はユグドラシルの最終日、そして残り数十分で明日になる。幸い追手が来る気配は無かった。目的地である自身の家までももう少しである。

 突き当たりを左折し、その先の目立たない裏路地に入る。

 

 その路地は雨の入りにくい場所だった。

 違法増築された無数のボロ家。それらが重なり合い、多少は死の雨を防いでいた。

 そんな意図せぬ優しさの下。申し訳程度に敷かれた段ボールの上で人が転がっていた。

 

「……」

 

 走る彼は一瞬、そちらに視線を向ける――――転がっていたのは女だった。幸い息はあるようだが、彼女は防毒マスクも無い状態で体が動かせないらしい。痙攣もしている。また、彼女の手元には錠剤が散乱していた。

 

薬物過剰摂取(オーバードーズ)か。それとも――――。……俺には関係ないか)

 

 薬物に溺れて破滅する。

 アーコロジーの外、特に地下下水道ではよく見る光景だった。だからもう、彼は慣れてしまっている。憐みという感情を母親の腹の中に置いてきた訳では無いが、彼女に気をかけてやる余裕も無い。

 

 第一ウルベルトはタチの悪い社会に牙を剥く存在ではあるが、決して正義の味方では無い。勝ち組の警察官(たっち・みー)が関わるべき事案なのだ。ウルベルトは視線を元に戻すと彼女の側を駆け抜けていく。

 

「…………ぁ」

 

 闇の中に消えて行く人影。

 その方向に手を伸ばすように女が僅かに動いた。同時に小さな掠れた声が出て……彼女の遺言となった。

 

 

~~

 

 

 息を荒立てながら自室に入り込むウルベルト。

 何かに躓いたが為か、ドアを開けた際に大きく倒れ込んでしまう。

 

「……チクショウ……が」

 

 眩暈がする。

 応急処置を済ませた筈の傷口が大きく開き、血が染み出る。

 

 体は限界だ。

 血を流し過ぎた。死の足音が聞こえてくる。

 手当も間に合わない。仲間も来ることは無い――――1時間も持たずに死ぬだろう。けれども最後の仕事をしなくては。

 

 ウルベルトは死力を以て立ち上がる。同時に血反吐を吐いた。

 彼は覚束ない足取りで負傷箇所を押さえることもせず、目的のデバイスを探して見つけ出す。

 

 そうしてデバイスを頭部に装着した。

 ナノマシンの稼働する音が血に濡れた一室に鳴り響く。

 

 彼は粗末な椅子に力なく座り込む。

 足の感覚が無くなってきた。最早立つ事すらままならないだろう。……だが、仮想世界では無問題。意識さえあれば活動できる。

 

 

~~

 

 

 

「……!!」

 

 ユグドラシルを起動した後、気が付けばウルベルトはギルド、アインズ・ウール・ゴウンに設けられた十階層の自室にいた。最後に自身がログアウトした場所である。

 

 現実の部屋とは打って変わり、高級感のある洒落た一室に大悪魔が立っていた。

 彼は神器級(ゴッズ)アイテムで身を固め、全盛期に近い状態でマジックアイテムを所持していた。これは以前、モモンガと一緒にギルドの維持費を稼いだ名残だ。

 

 何がともあれ、無事にユグドラシルにログインできたウルベルト。彼が時間を確認するとユグドラシル終了の刻限まで残り数十秒だった。

 

「やべぇ……!!」

 

 思いの外に時間が無いことを知った彼は、疲労しきった頭をフル回転させて最善手を導き出す。

 

 ――〈伝言(メッセージ)〉!!

 

「どこだモモンガさん!?」

 

「ウルベルトさん!? 良かった!! 王座の間にいますのでウルベルトさんもこっちに――」

 

「他に誰かいるか!?」

 

「――!? いいえ、一人だけです!!」

 

 これならば問題は無い。他にギルドメンバーが居た場合、巻き込みを防ぐためにモモンガを違う場所に移す必要があったが、これならば問題無い筈だ。

 

「時間が無い、よく聞いてくれ!!」

 

 ウルベルトはまず最初にモモンガの身に命の危険が迫っていることを伝えた。

 続けて、重要な情報を握っていたベルリバーが消されたこと。そのベルリバーにメールを送っていたモモンガが怪しまれ、その手の者がやって来る恐れがあるのだと。

 

 彼には直ぐに現実世界に戻り、身を守る行動を取ってもらうしかない。それが唯一、残された時間で自分が出来ることだ。

 

「――ベルリバーさんが、私が殺される? ……すみません。そんなことを言われましても、何が何だか……」

 

 あからさまに狼狽えるモモンガ。

 彼からしてみればあまりにも唐突な話であり、情報量の多さからも理解をすることが大変難しい。

 

 ウルベルトもそのことは理解している。

 だが、それでも今は自分を信じて行動してもらう必要がある。

 

 ウルベルトは指に嵌められていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い、王座の間の直前にへと移動する。転移した彼の正面には品格を持ち、重厚な巨大扉が鎮座する。一歩進むと、その扉が鈍い音をたてて開き、目的地である玉座の間にへと彼を誘った。

 

 贅を尽くす限り尽くした。それ程に絢爛華麗な空間。

 その奥にある諸王の玉座の前にはモモンガの姿がある。また、玉座の階段下には真なる無(ギンヌンガガプ)が転がっており、付近にはアルベドやセバス、プレアデスが従者としての役割を全うしていた。

 

「……!」

 

 モモンガは玉座の間に現れた大悪魔を見つける。

 ゲーム。もとい仮想世界の仕様上、骸骨のまま表情は変わらない筈だが、ウルベルトからはモモンガが困惑した表情を浮かべているように見えた。

 

「すまない、モモンガさん。細かくどうすれば良いか指示することは出来ない。この会話が後に奴らの手元に届くことを想定する必要がある筈だ」

 

「待ってください。それだと……この会話を持ちかけたウルベルトさんも危ないんじゃないんですか!?」

 

 モモンガの疑問に歩きながら小さく笑うウルベルト。

 やがて玉座の間付近に辿り着いた彼は転がっていた真なる無(ギンヌンガガプ)を拾い、そのまま階段に足を乗せる。――――残り時間は後30秒を切っていた。

 

「いや、これはモモンガさんの問題なんだ。俺については心配しないでくれ。……俺は必ず逃げ切ります」

 

「逃げ切るって……どうやって――ああ、もう時間が無い!!」

 

「……」

 

 ウルベルトの意識は既に朦朧としていた。気を抜けばアバターとはいえども倒れそうになる。

 ユグドラシルの終了と共に、自身の命の灯も消えかかっている。これが最後の言葉になる。彼はそう確信した。

 

「……最後に、モモンガさん」

 

 23時59分57秒。

 消えかかる意識の中、世界を憎んだ大悪魔ウルベルト・アレイン・オードルは友に向けて言葉を残す。

 

 

「――――アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

「……ウルベルトさん!!」

 

 ウルベルトは前方に倒れ込む。

 驚いたモモンガが支えようと手を伸ばし――――『ユグドラシル』は終わりを告げた。

 

 

 

 





独自解釈がマシマシです。
ベルリバーさんが手に入れた情報はウルベルトさんに渡ったものとしております。

……次回から異世界です。


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