誤字脱字のご指摘を有難うございます。
――竜王国東部の上空。
高位の魔法で姿を消したウルベルトは下に広がる光景を眺めていた。
「ふむ」
彼の眼下には無数の家屋や兵舎らしき建造群と石造りの砦。
そこでは忙しく動き回る竜王国の兵士達と、平民達が協力しつつ生活をしていた。馬車が行き交い、巡回が滞りなく行き届いている。――ただ、彼らの顔には疲れが見受けられた。
建物の作りといい、彼らの服装といい、中世のヨーロッパに近しいものを感じ取ったウルベルト。彼が身に纏う装備も、その時代の意匠を受け継いではいる。とはいえ、この背格好で砦に立ち寄るのは不味い。
眼下の彼らを悪く言うつもりは全くないのだが自分の装備と比較すると、彼らの身に着けている服装や装備は如何せん質が悪いように思える。
兎にも角にも、彼らを理解するにはまだまだ情報不足だ。地に足を付けてこの地を見て回ることにしよう。その結論に至ったウルベルトは〈
体勢を直したウルベルトは上空から再度、人々を見やり……見るからに旅人らしい者を発見する。コイツぐらいが丁度良い。彼はその者の服装を脳裏に思い浮かべ、とある位階魔法を唱えた。
「――
ウルベルトが詠唱を完了すると同時に、身に纏った装備の外観が、彼が想像した旅装束にへと切り替わる。……竜王国の空に旅装束を身に纏う、山羊頭の悪魔が現れた。
加えて彼は自身が持ち得る
ウルベルトは人気のない場所に降り立ち、〈
そのままお手製の革靴を履き直した彼は、仮にでも姿を晒す気でいるので、後に面倒事に巻き込まれぬよう、砦付近の検問所に顔を出すことにした。……そこで弾かれても勝手に侵入させて貰うつもりだが。
~~
例の検問所に辿り着いたウルベルト。
言語が通じることは確認済みであるので、彼は気さくな振る舞いを心掛け、その場に立っていた衛兵に話し掛ける。
「すまない、私は旅の者なのだが……」
「うん? ……ああ、おめぇさん外から来たのか。こんなご時世に珍しいな、何か身分を証明できるものはあるか? 冒険者プレートで構わないぞ」
さて、当然こうなるだろう。
勿論ウルベルトは身分を証明できるものは何も持っていない。冒険者プレートなんてのも当然だ。ただ、その『冒険者プレート』という単語は頭に入れておく。今後何かに役立つかもしれない。
「悪いとは思っていますが、生憎そういったものは無くて……」
「無い? てっきり女王様が各国の冒険者に出した依頼を受けに来たと思ったんだが……違うのか。――まぁ、入っていいぞ」
「ええ。ですが、少しばかり腕には自信があって――――?」
……いや待て、今何と言った?。
思わず固まってしまうウルベルト。
こうして話し掛ける前に彼は問題無く潜り抜けられるよう、策を練り上げたのだ。
ウルベルトは位階魔法を使い、相手のレベル――――即ち大まかな強さを推し量ることが出来る。実際に上空から確認をしてみたが、少なくとも近辺に敵になるような存在はいない。兵士も平民も一桁台が多い。
この辺りの人間よりは、初めて出会ったあの獣の亜人種達の方が強そうだ。だからこそ自分の腕っぷしの実力で売り込もうと考えていたのだが……要らぬ杞憂となってしまった。同時に、警備がザルなのではないかと心配になる。
ウルベルトは改めて本当に入っても良いのかと再度確かめるが、その返事はやはり肯定だった。
その衛兵の言い分では、ビーストマンという亜人族がこの国、竜王国に攻め込んで来ることが多々あるらしい。そして、ここ竜王国東部は戦線に近く、資金も無いそうだ。……なるほど、確かにこの地には
「そんなことも知らないでこの地に?」
「そうなりますね。いやはや、世間知らずでお恥ずかしい限り」
衛兵と話すにつれてどこか饒舌になってくるウルベルト。彼はかつてギルド内で数少ないガチ勢でありながらロールプレイをも楽しんだ。……その頃のアバターで生を得たが故だろうか。少なくとも衛兵からは胡散臭く見えていた。
「ま、まぁ何があったかはしらないが、ここは王都じゃないから通せる。だが、その王都は通れねぇだろうな。だから、冒険者として登録することを勧める」
~~
砦から離れて十分。
ウルベルトは衛兵から教えてもらった冒険者組合を目指しながら、町中を散策する。
上空から俯瞰していた時と比べて、手に入る情報はやはり多い。
使用されている文字や通貨、建物の作り等々と彼にとって目新しいものばかりだ。同時にこれから活動していく際には、色々と試行錯誤をしなくてはならないだろう。
「……あ?」
そのようなことを考えながら歩く中で、随分と
ウルベルトの視線の先は細い裏道。そこには薄くすり切れた服を身に纏う兄妹が座り込み、身を寄せ合っていた。
――――
彼らを表現するのに相応しい単語が思い浮かぶ。
実を言うと、ウルベルトは砦を離れる際にも彼らのような子供を見ていた。砦の壁に寄りかかるように一人で立っていた子である。衛兵と話をしている最中に気になったのでそれとなく尋ねてみた。
『この辺じゃ、ありがちでなぁ』
話によるとだ。どうやらこの地の
本来であればそういった子供達を孤児院なりで引き取られる予定だったのだが、想像以上に国が消耗していて救い上げられないことが多々あるとのこと。つまり、彼らは救いの手から溢れてしまった憐れな子供達であるという訳だ。
「時代も場所も大差無い……か」
一言、小さく呟いたウルベルト。彼の目はどこか懐かしいものを見るようだった。
そんな彼自身もビーストマンの侵攻が度々起こっているという話を聞いてから、薄々勘付いてはいた。流石にアーコロジーの外ぐらいではないが、この地にも似たような風が吹いているのだ。そんなことを考えながら彼はこの場所を去ろうとしたその時――――敵襲を知らせる鐘の音がこの町全体に鳴り響いた。
~~
ある村に二人の子供……兄妹がいた。
父は村では珍しい職業軍人であり、母はその父を支えつつ、家事や村の手伝いに奔走していた。兄弟は比較的に裕福な暮らしを送っていたのである。……そんなある日、二人に悲劇が襲い掛かった。
二人が村から離れた場所。小さな花畑で遊んでいると、何やら村の方角が騒がしいと唐突に感じる。不安に思った二人は急いで村にへと足を運んだ。
「……! 君たちは!」
その道中、兄妹は知り合いである壮年の男性に出くわす。彼は二人の姿を見るや否や、こう語った。――いっしょに逃げよう、と。
兄弟は訳も分からぬまま、村とは真逆の方角に向けて走ることになった。知り合いのその男が言うには、数キロ先に砦があるらしい。そこが辿り着くべき先であると。
二人は指示通り移動しながらもその男に自分達の母親の動向について聞いた。普段通りならば村に居る筈なのだ。故に、村からここまで来たと言うその男ならば知っている、そう考えた。だが、その男の反応は芳しくない。
「きっと、直ぐに会える」
どこか暗い、その一言だけだった。
~~
やたらと重く感じる足で走っている途中、三人は鎧やサーコートを身に着けた騎馬隊に遭遇する。どうやら巡回中だったらしい。兄妹はその集団の中に父親の姿を発見し、直ぐに駆け寄って泣きじゃくった。
二人の父親は大層驚いていたが、母親が一緒にいないことに直ぐに気が付き――嫌な予感を感じ取ったのだろう。本当に兄妹が知っている父親なのか、それぐらいに剣呑な顔つきに変わる。そして、これは一体どういうことなのかと知り合いの男に詰め寄った。男は怯えの色を顔に出しながらも、二人を遠ざけて彼と彼の上官に現状の話をした。
「そう、ですか……!」
その言葉を区切りに隊は出発の準備を始める。「……万が一の時には子供達をよろしく頼む」と、悲観溢れる言葉を兄妹の父親は残し、彼自身も準備を始めようとするのだがそこで――――兄妹が通って来た森が騒めいた。
~~
「……う、うぅ」
兄妹はこの後のことをよく覚えていない。
ただ、
兄妹は必死に走った。決して後ろを振り向いてはならなかった。振り向けばきっと、きっと動けなくなる。
そうして限界を超えに超えて走った先に彼ら
「……」
やがて、兄妹に手を差し伸べる者は居なくなった。それと同時期にこの砦に入る兵士の数が倍増している。彼らには何となく理解が出来た。……きっと良くないことが近づいているのだと。
かといって、彼らが何かするということはない。何をしても疎まれるのだ。……同じような境遇の子供達もいるにはいるが、仲を深めるのは不可能だろう。施しとして与えらえたパンと水の奪い合いをするぐらいなのだから。
渇いた風が吹く度に生傷が痛む、腹の虫が鳴る。いつものことだ。そうして何日も過ごしていると……ある日。
「……聞こえた?」
「うん……」
兄妹はゆっくりと顔を上げて周囲を見渡す。町の雰囲気が変わった。周囲の大人達がある方向に走ったり、鎧を纏った大人達がその逆方向に走っている。……きっと来たのだろう。あの日大切な両親を失う羽目になった元凶が。
二人は顔を見合わせて立ち上がる。あまり手足に力が入らない。それでも協力し、支え合いながら歩きだした。
「はっ、はぁっ……」
息を乱しながらも懸命に進む。
きっと、鎧を着ていない大人達の方向に進めば良いのだろう。そう信じる外ない。
「急げ! ビーストマン共が来るぞ!」
「大丈夫……大丈夫だから……」
兄妹の後ろから次々に大人達が走り去っていく。中には子供を抱いて走る者の姿もあった。その後ろ姿に二人は追い付くことが出来ない。気が付けば妹がそちらに手を伸ばしていた。
「あッ!!」
そんな妹に突如、大柄な男の体がぶつかってくる。
彼と彼女の体格差は大きい。軽く吹き飛ばされながら転んでしまう。続けて彼女に引き込まれた兄も転倒してしまった。
「いだ、ッ……!!」
……非常に不味い事態だ。周囲の大人たちは半分パニック状態。走る大人達の足元に倒れ込む、やせ細った子供。
「うっ!」
妹の頭の近くで、踏み鳴る大人の足音。もう数センチのずれがあった場合、危うく踏まれるところだっただろう。しかしながら、これで終わる筈もなくまだまだ大人達はやって来る。……直ぐに立ち上がらなければ。さもなければ、二次災害に巻き込まれるのも時間の問題だ。
「……連れてくぞ」
こうして倒れ込んだ兄妹の近くで、明確に彼らに向けての声が響いた。その直後、兄妹は二人纏めて抱え上げられる。
「わっ!?」
驚き、声を上げる兄妹。彼らは恐る恐るその者の姿を見る――旅装束を身に纏った一人の男だった。
そして彼の顔を確認した瞬間、二人は驚いた。
その理由は、自分達を救ってくれたから。などの理由ではない。
「パパ……?」
「……」
妹が兄より先に思ったことを口にする。……そう、非常に顔が似ていたのだ。あの日以来、姿を見せてくれなくなった自分達の父親の顔と。
だがよくよく見ると、所々顔のパーツが違っている。
そうして兄妹から吟味されるかのように、じっくりと顔を見られていた男は苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「……次『パパ』なんて言ってみろ」
――――誰の手にも負えない大悪魔になって、お前らを闇の底に叩き落してやる。
男がそう言い切った。一瞬、唖然としてしまった兄妹。口を噤んで無言になる。そんな二人に対して、男は小さく独り言を呟いていた。新しい顔がどうのこうの、
話の構成を見直す度にウルベルトさんのカルマ値が上昇していく……