From the withered world   作:鳥菊

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第三話です。


第三話

 

 

 兄妹が旅装束を身に纏った謎の男に抱えられてから数分後、三人は町の西部に辿り着く。柵で囲まれた場所だ。そこには相当な数の馬車が止まっていた。

 

「貴方は奥の馬車に、それで――――」

 

 馬車の付近には数名の役人らしき人物が立っていた。彼らは人々を馬車にへと誘導をしていた。慣れているようで実に手際が良い。それを見た男は走ることを止め、長蛇の列の最後尾に並んだ。そして抱えていた兄妹をゆっくりと地に降ろして立たせる。……大丈夫そうだ。

 

「後は何とかしろ、俺は忙しいから帰る」

 

 そんな彼らの様子を見た男は長蛇の列に対して背中を向け、歩き去って行った。

 

「……ぱ――むぅ」

 

 男の背を見た妹が男に禁句を言いかける。それを察した兄がその口を塞いだ。

 

「……チッ」

 

 男は一瞬だけ足を止めたが、軽い舌打ちをし、再び歩み始めた。どうやら聞こえていたらしい。

 

~~

 

 ウルベルトは見知らぬ兄妹を置いて後にした矢先、彼は家屋の陰にへと入った。そこで確認事項を済ませると両肩から力を抜き、こう口走る。

 

「無駄に疲れた」

 

 彼は左手の人差し指を眉間にグリグリと当て、大きなため息をついた。

 ……こんなのは柄じゃない。こちら(見知らぬ世界)に来る前にも、あんなガキ何て山ほど見て来た筈だ。人と化す特殊技能(スキル)が原因だろうか。確かに使用後から、幾分か余計な考えが浮かんでいるようだが。

 

 ウルベルトは暫くの間そうして家屋の壁にもたれ掛かった後、なんとか気を取り直す。思えば、気疲れしている場合ではなかった。どうやらビッグイベントが発生しているらしいのだ。

 

「――そっちはどうだ?」

 

 彼が誰も居ない筈の影に問いかける。すると、その影が蠢き始めて……痩せこけた人形を成した。

 

 背には蝙蝠の羽、加えて鋭利な爪と黄色の目を持つ漆黒の悪魔、影の悪魔(シャドウ・デーモン)である。その悪魔はウルベルトに対し、臣下としての礼節を取る。

 

「ご報告がございます」

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)は語った。既に戦線には三百程度の集団が接触。また、一集団当たり二十程度ある集団が無数存在。それらは当地域を取り囲むような動きを見せている。そして最後に、戦線から更に東部には多数待機しており、その数凡そ七万五千であると。

 

「加えまして――――集団の中に突出した個体は確認できませんでした。取るに足らぬ烏合の衆かと」

 

「……そうかい。報告に感謝しよう」

 

「御身が望むままに」

 

 主からの言葉に感極まる影の悪魔(シャドウ・デーモン)。この悪魔はウルベルトが同種を六体纏めて召喚した内の一体である。四体は戦線付近へ、残り二体は王都へと向かわせていた。この個体は彼の居場所に近かったが故、こうして対面で主とやり取りが出来たのだ。

 

 さて、ウルベルトが彼らを召喚した目的は二つ。

 

 一つ目は近場に居る隠れた強者の炙り出し。

 二つ目はこの竜王国という名の国に迫るビーストマンを含めた情報収集だ。

 

 この場合における情報は正確さに加え、速さも重要となるのだが……ウルベルトにとって脅威になり得る強者の情報以外は、このように纏めて後で報告を受けることにした。

 

 また、この目的を達する為に、幾つかのマジックアイテムを消費することになった。ウルベルトは特化した火力枠であるので、そういった探知系や情報系の魔法をあまり習得していないが為だ。こういった際にモモンガのような、多種多様な魔法を行使できる者が羨ましくなる。

 

「見破った者は無し……か」

 

 ウルベルトは腕を組みながら呟く。 影の悪魔(シャドウ・デーモン)のレベルは三十程度。報告を聞く限りでも、探知魔法でも、敵らしい敵は居なさそうだ。……だが、少し影の悪魔(シャドウ・デーモン)の様子が妙だ。

 

「……? 何だ」

 

「いえ、御身はお忙しい様子でしたので……左程重要でないと考え、報告していない情報が一つあります」

 

「構わない、述べてみたまえ」

 

 従順な姿勢を崩さない悪魔は、些事ではあるかもしれませんが……。と話を切り出した。

 その話を聞いたウルベルトは他者からは心情を窺い知れない、得も言われぬ表情になる。それを見て、主の機嫌を損ねてしまったのではないかと恐れる悪魔。

 

「それは、それは……」

 

「ウルベルト様……?」

 

「――ああ、気にするな。それよりも王都に関する報告を」

 

「……御意」

 

 こうして、人に化けた大悪魔とその従者たる悪魔、二人の悪魔による密談が日の差し込まぬ暗き場で繰り広げられていた。

 

~~

 

 

 一方、旅装束の男――――ウルベルト・アレイン・オードルが去り、再び二人になった兄妹。

 足の痛みこそあるが立つ分に全く支障は無い。二人は時々、旅装束の彼が向かった町中を見やりながら、長蛇の列に並んでいた。

 

 ――後が詰まっている。

 ――早く馬車を出してくれ。

 

 並んでいると、あちらこちらより上がる声。それらは当然、静かに並ぶ兄妹の耳に入る。この辺りの空気は焦燥感などで満ち満ちていた。この砦付近の町には、ビーストマンに村が襲われるなどして、逃げて来た者が多い。だからこそ彼らは日頃から覚悟はしていた。いずれこの町も()()()()のではないかと。

 

 とはいえ、実際に脅威が迫って来るとなると不安や不満の声を上げずには居られない。砦に数百体のビーストマンが突如として現れたのだ。そうして考え抜いた先に自力で移動する者もいる。自身の命運を決めた者達だ。咎める者は居ない。選択は自由なのだから。

 

 兄妹はそんな息の詰まりそうな雰囲気の中で足の痛みに耐えていると……やがて二人の順番が来た。後ろに並ぶ人の列は極短い。

 

「子供二人、か」

 

 小さく呟いた後、役人らしき人物は兄妹に目線を合わせて疑問を投げかける。

 

「念の為聞いておきたいんだが、君たち……お父さんやお母さんは?」

 

「……」

 

「――そうか、ごめんよ。でも、もう大丈夫」

 

 その者は二人に詫びを入れて、言葉を続けた。

 馬車は全て王都にまで向かうものであり、そこでは君たちのような子供でも安心出来る場所が用意されているのだと。

 

「さぁ乗って」

 

 少々急かされながら、案内される兄妹。

 搭乗する彼ら二人は思い出す。父親似の顔をした男のことだ。

 

 彼は別れた後、自分達とは真逆の方向に進んで行ってしまった。一見、そうは見えなかったが実は町を守る兵士だったのだろうか。もしそうならば――――それは嘗て兵士であった父親と尚の事似ている。

 

 小さな二つの体が粗末な座席に腰掛ける。勿論この馬車にサスペンションなどは無い。揺れや反動は直に伝わって来る。多少の時間とはいえども、子供の身でここに座り続けるのは少し厳しい。しかしそうも言っていられない実情だ。二人は我慢する外無いのだろう……今まで通りに。

 

 こうして最後の乗員が搭乗を終えた。

 馬車の行き先は王都の王城付近。何人かは王城内に匿ってもらえるとの噂もある。ビーストマンの侵攻に晒され続けた竜王国では、最も安全な場所になるだろう。

 

 ……一応、他に挙げられる安全な場所として、他に西に存在するスレイン法国や北のバハルス帝国がある。両国は共に、竜王国からの亡命した者達を受け入れているとのことだ。辿り着けば恐らく安全を確保してもらえる筈だ。ただ、辿り着く前にカッツェ平野――――例の呪われた地を通る必要がある。現状、とてもでは無いが護衛など雇えない。そちらを目指すのは自殺行為だ。

 

 確認を済ませた御者は直ぐに馬を走らせた。ガタガタと揺れる音を立てて、目的地にへと進んで行く。……やがて、茂みの多い場を通ることになった。

 

「――シッ、シッ!」

 

 飛んでくる小さな羽虫を手で払う御者。特に目には入らないでほしい。

 この御者は普段から、こういった国からの依頼を受ける為知っていた。

 

 砦のビーストマン達は急にこそ現れはしたが、戦線が食い止められる数の範囲であると。知り合った兵士達もそう言っていた。だから、大丈夫。そう信じていた――――。

 

 

 

 先に出発した馬車から悲鳴と怒号が上がるまでは。

 

「何が起こった……!?」

 

 こちらの乗客達も異常に気が付き、音のする方向にへと目を凝らす。兄妹も同様にそちらへと顔を向けた。彼らの視界の中には遠方の馬車が映る。……ただ、映ったのは馬車だけではない。

 

「いや……まさか、そんな」

 

 二足歩行をする獣、人を喰らう亜人族、そして……竜王国に甚大な被害を及ぼした元凶、ビーストマン。その姿が映った。奴らは馬車を取り囲むように陣形を組み、あちらの乗客に襲い掛かっているように見える。

 

「――――」

 

 それに気が付いたこちら側は僅かな時間だけ静まり返り……パニックを起こした。堰が切れたように騒々しくなる。

 

 奴らが来る。

 方向を変えてくれ。

 死にたくない。

 

 各々の恐怖が、意見が、願望が生まれては交差し共鳴する。

 

「……っ!!」

 

 兄妹は握り合っていた手の力を無意識に強め、身を寄せる。特に不安な時によく行う癖だった。

 まだ、年端もいかない二人にはどうすれば良いのか分らなかった。いや、ここにいる全員がそうなのだろう。――こんな時、自分の両親ならどうするのか。

 

 そうして、二人が両親に思いを馳せていると……突如、言葉が掛けられる。

 

「なぁに、そう心配するなよ……」

 

「え……?」

 

 一瞬、親が子供を安心させるような言葉、口調に思える。だが違う。そんなものではない。これは、明確な異常だった。兄妹は静かになった車内で声の主へと視線を向ける。

 

「あ、あ……っ」

 

 そうだ、おかしい。声の主の位置は上、馬車の天幕から声が聞こえた。座席などある筈がない。

 そして何より――――獣臭い。

 

「グォォォオオオッ!!」

 

 周囲から無数に上がる、肉食獣の唸り声。それは被捕食者達の動きを止めるには十分だった。

 爪で抉り、剛腕で骨を砕き、喉笛を食い千切る。無造作に、残虐に()()の命を奪い去った。

 

 僅か数秒の間に車内は地獄と化した。

 また、この短時間の殺戮で大きく揺れた馬車は横倒しになり、車内の全てが放りだされる。

 

「う、あ……!」

 

 放り出された者達の中には、言うまでもなく兄妹もいた。

 幸い車体の下敷きにはならなかったものの、強く体を打ってしまう。

 

 ただ、これで狩りは終わりでは無かった。

 倒れて直ぐには動けない生存者達を見やるビーストマン達。口元や手は赤で染まっていた。また、その眼は生き残った七人を品定めをするかのようである。

 

「やっぱあれか、女子供か」

 

 すると、一体のビーストマンが言葉を発する。……女子供、それが何だというのか。

 

「おい、やっぱり食っとかねぇか?」

 

「馬鹿言うな。テメェ、何の為にここまで来たと思ってんだ」

 

「知ってるわボケが! そこの男がいらねぇって話だ」

 

 怯える者達を余所に勝手に繰り広げられる舌戦。

 話の最後に目を付けられたのは御者を除いた九人の内、唯一の男性だった。彼は目を付けられたことに心底恐怖する。

 

「ひ、い。待て、待ってくれ! 助け――!!」

 

 彼の腹の底から出て来るは懇願、若しくは遺言。ただしそれを最後まで語ることすら叶わなかった。確かにと、どこか納得したビーストマン達は後退る獲物に食らいつく。

 

 ぐじゃり、と人間が出せる筈のない音。滴る血と、その香り。

 最初に喉を潰された男性は断末魔を叫ぶことも出来ない。

 

 目の前で催される恐ろしい饗宴……だが、これは間違いなく隙である。それも大きな。

 

「う、ひ――」

 

 立ち上がる一人の獲物。

 彼女は半狂乱になりながらもその隙をついて走り出した。動けない子供達を置いて一足先にだ。危機的状況ではある、だからこそ彼女が悪いと声高らかに宣言など誰も出来なかった。

 

 しかし、それが良い手であるという保証もない。

 

「あ――――?」

 

 振り向く捕食者。その血走った眼は彼女をしっかりと捉えている。

 

 気づかれた。

 その事実を知った直後、気が付けば彼女は地に伏していた。

 

「おい、コラ」

 

 背後より獣の匂い。

 ビーストマンが凄まじい力で押さえつけた訳だ。痛みが、苦しみが彼女の頭を支配する。だが、これで終わってくれる相手では無かった。

 

「あ、あ?……あぁぁああああああ!!」

 

 ビーストマンの手で、あらぬ方向に曲がる彼女の両足。もうこれで彼女は動けない。彼女は奴らの罪に科せられたのだ。後悔の絶叫が周囲に響き渡る。

 

「――――次は殺す」

 

 残された一言。一方的な殺戮と支配。

 これが竜王国を襲う悲劇の元凶であり、法国が危惧する他種族による人類への暴虐である。

 

~~

 

 東部戦線。

 そこでは未だビーストマンの本隊は到着せず、竜王国の兵士達とアダマンタイト級冒険者チーム、クリスタル・ティアが率いる冒険者の集団が疎らに襲い来るビーストマン達との戦闘を繰り広げていた。

 

「――――総員、傾聴せよ」

 

 そんな東部戦線の付近に集まるのは、統一された衣服鎧を身に纏う魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団。彼らは規律正しく整列し、彼らの前面に立つ二人の人物に覚悟の眼差しを向けていた。

 

「これより、ビーストマン共の侵攻を出来る限り食い止める。我々の目的は奴らの()()()を行い、出来る限り多く、竜王国の民を王城にへと逃がすこと」

 

 集団に対して前面に立ち、雄弁に語る男。名はニグン・グリッド・ルーイン。人類の守護者たる陽光聖典の隊長である。彼は語った。今回は普段通りの殲滅作戦では無く、足止めを目的とした特殊任務であるのだと。

 

「敵の数は八万。如何に我らが一騎当千の(つわもの)揃いとはいえ、奴らが集う本隊との決戦は不可能と判断した。故に、本隊との直接対決の前に……離脱する。」

 

「――――」

 

 ニグンの言葉を聞いた誰もがやり切れぬ反応を見せる。……彼らだけではない、語るニグン自身もそうだ。確かに、命を軽々しく捨てる心算は無い。しかし、それでも彼らは陽光聖典。こうした人類に仇を成す亜人種共を多く殲滅してきた。その自負はある。けれども、これ程までの数のビーストマンを相手取ることが出来ると考える程、自惚れてはいなかった。

 

「無論、本隊に何もせず祖国へと帰還する訳では無い。外周のビーストマンを削り、女王の魔法の発動を援護する。苛烈な戦いとなるだろうが、我々ならば可能だ。万が一の際には本国よりマジックアイテムの使用を許可されている」

 

 神官長達により下賜された魔封じの水晶。

 ニグンは懐にしまったそれを取り出した。日の光で乱反射し、煌めいた。

 

「離脱後は火滅聖典と合流し、法国に帰還する。……では、これより二部隊に分かれて行動を開始。一つは私が受け持つ、もう一部隊は――――」

 

 ニグンは同じく集団の前面に立つ、もう一人の……逆立った銀髪を持つ屈強な男に視線を向けた。

 

「私、イアン・アルス・ハイムがお引き受け致します」

 

 隊長の右腕。

 信仰系の第三位階魔法を行使する集団の中でも一つ上の位階、第四位階を行使する者。

 

 彼が一歩前に踏み出し、名乗りを上げた。

 

 

 

~~

 

 ――ニグンらが去り、約一時間半。陽光聖典が本格的に戦線に加わってから三十分が経過していた頃。 

 

「……ままならぬものよな」

 

 足を全てさらけ出した、そんな服を着た幼子――ドラウディロン・オーリウクルスが一人、王城内部にある、他に誰も居ない自室の中で両手を擦り合わせ、窓の外を眺めていた。その姿はどこか祈るようにも映る。

 

 彼女の目線の先には広場と思われる空間。そこには死地から逃れて来た国民が、時間と共に集まって来ていた。

 

「私が……皆を」

 

 窓を開き、一人一人と国民の顔を覚えるように確認していくドラウディロン。

 事態は単なる危険を既に通り越していた。国家存亡の危機である。だからこそ、切り札である始原の魔法(ワイルド・マジック)を行使する必要に迫られていた。

 

 広場に集まった国民は、覚悟を決めた者達だ。あるいは全てに疲れた者達と言っても良いのかもしれない。広場には他の場所よりも多くの物資が供給されていた。竜王国に残る唯一の楽園とも呼べることだろう。

 

 そんな広場だが、ここに立ち入るにはある条件がある――――それは始原の魔法(ワイルド・マジック)の糧となること。今まで辛酸を舐めさせられ続けたビーストマンに対する最後の抵抗。国民の魂と引き換えに、原初の奇跡を行使する。

 

 ……重い。

 到底この両手で支え切れそうには思えない。それでも、それでも理由は星の数程あれ、彼らは決断したのだ。これで終わりにするのだと。

 

「陛下、入室の御許可を」

 

 ドラウディロンが()()()()()()()()への決心を固めている最中、軽快なノックと共に宰相の声が聞こえて来る。彼女はその音を随分と久しぶりに感じた。近年では何の合図もせずに入って来るが為だ。

 

「入れ。……何か吉報でも持って来てくれたか?」

 

「そうですな。吉報となりますと、後退しつつも未だに戦線が維持出来ている、これぐらいでしょうか」

 

「相手は八万だぞ! やり合える筈が――」

 

 ドラウディロンはそう声を荒立てて……理解した。

 

「……そうか、我が国は遊ばれておるのか」

 

「恐らくはそうでしょう。その気になれば数で押し、戦線を突き抜け、王都まで直進することが出来る筈ですから」

 

 ドラウディロンは小さな手を震わせる。

 

 (すこぶ)る腹立たしい気持ちだ。連中は我々を侮辱している。取って食う、そんな自然の摂理に沿った枠組みで収まる手合いでは無かった。連中が好むのは饗宴だ。年中飢えていて、渇いていて、刺激が欲しくて仕方が無い。それが八万も集い、襲い来る。

 

「……広場には何人が集まった」

 

「好ましい表現ではありませんが、目標の百万人。それ以上が集まっております」

 

「――――」

 

 静かに目を瞑るドラウディロン。

 大規模な始原の魔法(ワイルド・マジック)を発動する為の条件は既に整っている。後退し続ける戦線はこの王都に近い。突破されれば直ぐに連中は到達する。

 

「心苦しいですが、時間がありません。どうか、御準備を」

 

「そう、だな」

 

 彼女は宰相の言葉に肯定した。

 祖竜の血を引く、竜王国の女王として出来ることをする。それがこの国に生きて、死ぬ全ての者達への鎮魂歌となるのだ。――例え、最後に一人自分だけが残る結果になろうとも。

 

「私はな、宰相。この身一つを代償に目的の始原の魔法(ワイルド・マジック)を放てるのならば、進んでこの身を捧げる心算だ」

 

「……陛下」

 

「百万の彼らがいなければ、国は体裁を保てん。だが、私だけならば立て直せる筈だ。……そうとも! 彼らを救えるならば、()()()()()()私の魂を――――」

 

「……」

 

「――済まぬ。余計な話だったな」

 

「いえ、私は何も聞かなかったことにします」

 

 陰鬱とした表情のドラウディロンに対し、宰相は明朗な振る舞いをする。陛下は普段からその身を捧げているではありませんか――、などと軽口を叩く。そんな普段通りの彼の様子に、彼女は幾分から和らいだ表情を見せた。

 

 こうして彼らは、女王の自室を後にしようとする。

 国民に向け、女王の言葉を宣わねばならないのだ。

 

「行きましょう」

 

 最後の務め。その会場にへと竜王国の女王を通すべく、宰相が竜のレリーフが彫られたドアに手を掛けようとしたその時――――空間が凍てついた。

 

 

 

「悪魔に捧げる……それは殊勝な心掛けです、陛下」

 

 

 

「……!?」

 

 宰相に従い、窓辺から移動したドラウディロン。その彼女が数分前まで居た場所に一つの影が立っていた。

 

(何……だ、この気配)

 

 ドラウディロンに流れる竜の血が騒めく。全身の震えが止まらない。

 

 自室の気温が下がった気がしたのだが……それは違った。気配だ。逆光で姿こそ見えずらいものの、目の前に立つその者が恐ろしい重圧を放っている。

 

 敵対してはならない。

 即座に殺される。

 

「――お行きください、陛下!」

 

 怯える少女の前に進み出る宰相。

 決死の様相でドラウディロンを逃がそうとする。

 

 その意を汲み取った彼女は彼に一言謝り、駆け出したのだが……。

 

「お待ちを」

 

「うっ……」

 

 二つの影、影の悪魔(シャドウ・デーモン)達が行く手を阻む。

 完全に出入口を塞がれた。

 

 それを確認した窓辺の影は指を鳴らす。すると、外の喧噪などの外界の音が全て遮断された。そうして、この空間は完全に孤立したことになる。

 

 逃げ場は無い。

 そう悟ったドラウディロンは侵入者……恐らく目の前の二体の悪魔より上位の存在であろう、窓辺の存在に目を向ける。

 

「……何者だ。ビーストマン共の差し金か?」

 

 自身は竜王国の女王。そして竜の血を引く者だ。

 恐れを心の底に沈め、桁外れの力を感じさせる存在に対峙し、対応を取る。

 

 それを受けた影は、頭部あたりにある二つの金色の光を煌めかせた。直後に一歩、二歩と二人の前にへと進み出る。

 

 彼らは後退りながらも、逆行から出て来たその姿を確認する。

 

(どこぞの貴族――いや、それ以上だ)

 

 ドラウディロンはそのような感想を抱く。宰相も彼女と同様だ。

 身に纏っている服装の一つ一つは凄まじいものだった。懐中時計が付いたシルクハットにスーツ、それを覆い隠すマント。魔法詠唱者(マジックキャスター)でない彼女にも、その服装から比類無き魔力が訴えてくる。

 

 ……けれども、肝心の顔と手元が見えない。

 間違いなく人型ではあるのだが、これでは種族を窺い知ることが出来ない。

 

 心中穏やかではない二人。

 彼らとは対照的にその者は、臣下の様にドラウディロンへと恭しく頭を下げる。

 

「まずは数々の非礼をお詫び致します、女王陛下。そして私はビーストマンの手勢では御座いません」

 

「……」

 

 まさか下手に出てくるとは思わず、面食らうドラウディロンと宰相。

 彼らの様子を見て、思わず笑いそうになるその者。

 

「私もまた、この国を憂える者――――即ち、良き友人としてこの場に参りました」

 

 

 




一体何ベルトさんなんだ……。



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