From the withered world   作:鳥菊

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第四話

 

 

 

「一対一でやり合おうとするな! 必ず複数人で当たれ!」

 

 竜王国東部。血と汗が滴る戦線の一角で、兵士長の怒号が響く。

 だが、それも直ぐに、場を支配する狂騒で掻き消されてしまった。

 

 陣形を組み敵を迎え撃つ、竜王国の兵士達。対するは、散発的、かつ場当たり的な突撃を繰り返す、ビーストマン達だ。しかしながら、竜王国側は確かに押されていた。

 

「グォォッツ!!」

 

「おおぉぉッツ!!」

 

 また一体、猛り狂う獣が兵士達に襲い掛かった。それを二人の兵士がが盾で受け、残り三人が槍で仕留めに掛かる。二本の穂先は鋭利で頑強な爪で弾かれてしまったが、一本が獣の皮膚を貫く。

 

「チィッ……! 狩り損ねたか!」

 

 赤を流すビーストマン。

 顔を歪めながら、バックステップで引き下がる。

 

 奴は苦々しい思いをしたようだが、舌打ちをしたいのは人間側の方だ。彼らは傷を与え、怯ませることが出来たとしても追撃が出来ない。この陣形を崩してはならないからだ。その理屈を裏付けるかのように、次々とビーストマン達が陣形に襲い来る。とても、反転攻勢には出られない。

 

 苛烈を極める戦線。

 ここで力の限り戦う竜王国の兵士達は、元々平民だった者も少なくはない。だが、彼らは短い訓練期間を得て、実戦を重ねて来た(つわもの)だ。身体能力の差は対応する数と、精神でカバーする剛の者達だった。

 

 また、この地で戦うのは彼ら竜王国の兵士達だけではない。

 

「ズォオオアア!!」

 

 剣に盾。

 常に仲間達より前に立ち、至宝(ドラウディロン)を苦しめる逆賊共を征伐し続けた聖騎士。

 その者が盾で三体のビーストマンを突き飛ばし、卓越した剣技でそれらを纏めて切り裂く。

 

「俺は感じるぞ……!! あの子は今、涙している。この国に迫る脅威に!! 俺が早く抱きしめてやらないと……!!」

 

「オイ! 次が来てるぞセラブレイト!!」

 

「――無論だ! 分かっている!!」

 

 そう述べた彼――――セラブレイトは次々と飛び掛かるビーストマン達を迎え撃つ。彼を弓や魔法で支援する仲間達。名はクリスタル・ティア。竜王国が誇るアダマンタイト級冒険者チームだ。

 

 また、周囲には彼らに加えて統一感のない装備をした者達。この場にいるのは全て冒険者達だ。紛れもない女王、ドラウディロン・オーリウクルスの名で依頼されたビーストマンの討伐依頼。それを受け、この地で血を流し戦っているのだ。

 

 兵士達もそうなのだが、ここの冒険者達は士気が恐ろしく高い。戦わない者は既にこの国を出て行った。即ち、残った彼らは生まれ故郷を守る為、親族の敵討ち、等々と覚悟を決めた上で戦いに挑んでいるのだ。……たとえこの身を裂かれ、喰らわれようとも。

 

――そして、()()()()()()()人々の為にも。

 

「行くぞ、お前らァァアア!! 女王陛下の涙に報いろォォオオ!!」

 

「ウォォォオオオ!!」

 

 セラブレイトの掛け声に沸き立つ、人類側の戦線。

 そんな熱気高まる戦場を同じく人類側で遠目に見る集団がいた。

 

「がははは! まったく、大した気概の者達だ!」

 

 統一された神官服を身に纏う集団。陽光聖典、即席の第二部隊。それを率いるイアン・アルス・ハイムが豪快に笑う。ニグンらが率いる第一部隊から分かれた彼らもまた、ビーストマン達を相手に苛烈な戦いを挑んでいたのだった。

 

「〈第3位階天使召喚(サモン・エンジェル・3th)〉」

 

「〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉」

 

「〈正義の鉄槌(アイアンハンマー・オブ・ライチャスネス)〉」

 

 召喚された天使に前衛を担わせ、後衛として魔法を放つ。陽光聖典の十八番だ。こうして相手取ったビーストマンの数は彼らが多いのだが、消耗は人類側の戦線で最も少ない。

 

 ……ただし、彼らは戦いに明け暮れ、消耗し過ぎる訳には行かなかった。

 陽光聖典を失いたくないというスレイン法国の意向に沿い、状況次第で離脱をしなくてはならないのだ。その離脱後の補助の為に、別任務に当たっていた火滅聖典が竜王国付近に潜伏しているらしい。

 

(だが、奴らに人類の地を踏み鳴らされるのは辛抱堪らん……!)

 

 自分達は人類の守護者として、今後も活動しなくてはならない。その義務を理解し、そうであるべきだと考えている。但し、それは現在進行形で侵略を行うビーストマン達を許す道理にはならない。

 

 先程までの様子とは一変し、険しい目つきでビーストマンを見やるイアン。中でも、腰に()()()()()()を付けている者らを特に。

 

「……これ以上、人類への冒涜は見逃せん。――〈第4位階天使召喚(サモン・エンジェル・4th)〉」

 

 他の隊員と同様に、彼もまた天使を召喚して前線にへと張り付ける。心の隅で()()の安寧を祈りながら。

 

 

 

 ――――熱を帯び始めた人類の戦線。

 後退こそすれど、その熱こそが多種多様な背景を持つ者共の戦意の巡りを、確かに加速させる。

 

 ……だが、足りない。

 人の営みを蹂躙せし、獣共は未だに遊んでいる。ここで戦う者達には見えていた。

 

「――――」

 

 規律無き足音、巻き上がる砂埃。

 総勢七万五千のビーストマン達が戦線に向けて行脚する様が。加えて、その内の一万。唸る無数の猛獣たちが戦線への突撃を開始した。

 

 

~~

 

 

(来たか……!)

 

 竜王国最後の砦、その正門。

 攻城を仕掛けるビーストマン達を殲滅するは、ニグン率いる陽光聖典。

 

 まるで、群体生物の一部が意思を持って、乖離するかのように動き始めた一万の獣共。それらを確認したニグンは魔法を行使し、狼煙を上げた。

 

『――――!』

 

 暖色を帯びた魔力の弾が空中で爆散する。その様は奮闘する戦士たちの目と耳に焼き付いた。彼らは戦線を大きく下げるべく、行動を開始した。

 

「ウロォォォオン!!」

 

 だが、それを易々と見逃すビーストマン達では無い。種族由来の圧倒的なフィジカルを生かして、その後を追撃する。――勿論、人類側も想定済みだ。

 

「総員、友軍の後退を支援せよ!」

 

 ニグンの号令が砦中を駆け巡る。

 陽光聖典は後退中の味方に迫るビーストマンに向け、召喚した天使隊を差し向ける。加えて、砦より、()()()()()()()()()弓兵達が一斉放射の構えを取り、遠方へ向けて解き放つ。

 

「〈炎球(ファイヤーボール)〉!」

 

「〈電撃球(エレクトロ・スフィア)〉!」

 

 更にダメ押しと言わんばかりに、後衛の冒険者たちが魔法を敵軍に押し込む。……天使に、弓に、魔法。流石のビーストマン達もたたらを踏む。こうして、全ての手段を以って、味方を下げることに成功する人類側。

 

 しかし、それでも瞬く間に勢いを取り戻すビーストマン達。数に任せて雪崩れ込んで来る。その様に眉を顰めるニグンの元にイアン率いる陽光聖典、第二部隊が到着した。

 

「ニグン隊長! 兵や冒険者達は全て後退したことを確認しました!」

 

「……よろしい。では第二班は再び、私の指揮下に入れ。――総員、空中隊列を整えよ!」

 

「は――!」

 

 第二部隊の合流。本来の形に戻った陽光聖典。

 ニグンの指揮の元、各々が〈飛行(フライ)〉を唱えて宙に移動し、隊列を整える。そのまま上空で少しずつ後退しつつ、天使や魔法を使い、迫りくるビーストマン達の足止めを行った。

 

~~

 

 宙を舞う、人類の守護者たる部隊。

 そんな彼らの姿を町から見ている者達の中に、旅装束を身に纏うウルベルトがいた。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団か……」

 

 言葉にすると、パーティのバランスが悪い気がする。ただ、それでも統率は恐ろしく取れているようである。指揮官が優秀なのだろうか。……そういえば、ユグドラシル時代にも、自分と同じワールドディザスターを修めた魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団がいた記憶がある。

 

 悪魔から人間に戻ったウルベルト。彼は先程まで王城にいた。そこで、ドラウディロンと宰相に対し、幾つかの提案……本人曰く断じて脅迫ではない。を行って、とある承諾をもらっていた。

 

 ――許可は得た。

 後は如何にして、それを実行に移すかである。

 

「しかし、色々と準備しているみたいだしな……」

 

 ウルベルトが目線の先を変えると、忙しなく動く兵士達の姿が見えた。恐らくはあの空中部隊は足止めだ。この町に逃げ込んだ戦線の者達を追って来たビーストマン達に対し何か策があるのだろう。

 

 そう考えると、念の為この町からは離れた方が良いかもしれない。先程から、早く町の外へ移動しろと兵士に声を掛けられている。……きっと、この戦線で戦う冒険者だと勘違いされているのだ。

 

 西の方角へと、小走りで移動し始めたウルベルト。

 彼はふと、影の悪魔(シャドウ・デーモン)の報告を受けた際の会話を思い出す。

 

『死体の頭部が残っていない? それは何だ、食ってるって話か?』

 

『いいえ、違います。どうやら、ビーストマン達は狩った人間の頭部の数を競っているようでありまして』

 

『ほう? それはそれは……』

 

 ――変わらない。

 

 それがウルベルトの感想だ。

 仕留めた獲物の頭部を()()()、飾り、比較し、自慢する。

 

 人間の営みの中でも生まれた概念だった。同じ人間でも、変わった社会性の中で生まれた者か、イカれた精神異常者(サイコパス)ならビーストマン達と同様な真似をするかもしれない。

 

 ただ、この地に生きる人々等にとっては、少なくとも内心穏やかではいられない事実だろう。……人間となった今ならそう思える。

 

(ああそうだ。俺は……人間、だったか)

 

 どことなく理解はしていた。

 人と悪魔、二つの姿を取る事の出来る自分。人に染まる際には、人間らしい――俗に言う善性が。悪魔に染まる際には、内側に眠る残虐性や愉悦が。それぞれ表に出て来る。

 

 ただし、片面に染まったからと言って、もう片方の性質が全くない訳では無い。寧ろ、次第に混ざり合うような――――。

 

「ケッ――」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 ウルベルトは鼻で笑った。自分は自分だ。何者になろうがウルベルトである。ただ、それだけだ。

 そして今回、結果的に人類に肩入れする理由はそんな哲学的な理由ではない。竜王国に恩を売って得られる実利。そして何よりも、持ち前の感性が獣共を否定しているのだ。

 

 

 ウルベルトは走り出して数分後。彼は街の西部に到達する。

 そこには数十人の工作兵たちがおり、深く掘られた溝と無数の管が延びていた。

 

「あんたが一番最初か。ほら、早くこっちに来い!」

 

 その内の一人がウルベルトを呼び掛ける。

 成程。と彼は理解した。目的が分かれば先の準備にも納得が出来る。

 

 

~~

 

 

 逃げ出した兵士、冒険者。

 そしてそれらを守るように上空から降り注ぐ魔法の嵐。

 

「グルォォォオ!!」

 

 ……だが、これしきで我らを止められるものか。

 

 竜王国最後の砦。その間近にビーストマン達は到達した。

 途中、例の嵐でたたらを踏み、その数を幾分か減らしたが問題は無い。数など余りに余っているのだ。死んだビーストマンから()()を取り上げるのも悪くない。

 

 彼らはビーストマン。竜王国の地を踏み荒らし、略奪する無法者達である。そして今回、彼らは遊んでいた。如何にして誰よりも人間を狩るべきかと、競い合っていたのだ。

 

 比較対象は人間の頭部の数。

 その数に応じて点数が付与される――――なんて言う道楽だ。

 

 そう、道楽である。

 餌が群がり、集まるこの国に攻めては喰らい。攻めては喰らう。多少、損害が出れば撤退する。そんな只の狩り。飽き飽きだった。

 

 だからこうして、ゲーム要素をぶち込んだ訳だ。

 考案当初は懐疑的である者が多かったが、実際に始まると存外楽しんでいる。ルールとして、一定の時間が過ぎると後ろの大集団の誰かと交代だ。

 

 点数を稼ぐ為、効率を求めて徒党を組む。

 一匹逃がして、避難先まで誘導させる。

 拷問して仲間の居場所を吐かせる。

 

 ああ、何と愉しいことか!

 

 ――――だが、小賢しく逃げ、嫌らしく降り注ぐ魔法の雨。それを行う人間達。

 ああ、憎たらしいことか! 愉しくないことか!

 

「殺せェ!!」

 

 ビーストマン達は憤怒の咆哮を上げて殺到し、砦に到達した。

 気が付けば何時の間にか弓兵達は退避しており、上空の魔法詠唱者(マジックキャスター)部隊は西にへと遠ざかっている。歯痒い。奴らは狙えない。

 

 その不満をぶつけるように、亜人種の彼らは天性の身体能力を生かした。

 

 砦の壁を越え、扉を突き破る。

 突撃した総勢一万体。それらが町中に侵入した。

 

「テメェ! 邪魔するんじゃねぇ!!」

 

 進行を邪魔する同胞達。

 それらと押し押されながら、獲物の残り香を辿り西部へと直進する。()()()()()鼻が曲がりそうだが、問題は無い。……そして、その判断が命取りとなった。

 

「――しろ!!」

 

 ビーストマン達の遥か上空から突如響く声。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団の長らしき者が、上に光の玉を放ち――爆散する。

 

 それはさっきも見た。

 あの光が消えた時、人間たちが一斉に逃げ始めた様を。

 

 逃がすものか。

 後方の大群が導入されるのはこの国の城を攻め落とす時だ。それまでは我々が好きにしていいお楽しみの時間なのだ。

 

 だから、その身を喰わせろ。そして愉しませてくれ。

 

「見えたぞォオオ!!」

 

 荒れ狂う呼吸。鮮明な視界。

 彼らの目に移るその遠く先には一人の人間の姿がいた。

 

 餌である。獲物である。だが、何もしないことに疑問を覚える。逃げるなり、剣を構えるなりする筈だ。

 

 そうして、僅かな時間だけ考え――どうでもいいと結論付けた。

 

「――点火!」

 

 ……ビーストマン達の視線の先、その男が動く。

 その直後に――――連続した爆発。

 

「ギャォオオッ――!?」

 

 焼ける皮膚。白に染まる視界。

 爆発したのは建造物群。砦も家屋も兵舎もである。幾束もの雷が地に落ちたような轟音と共に町は爆破されて、瓦礫の山と化した。

 

 

~~

 

 町ごと巻き込んだ大規模な爆破。

 残存する竜王国の全ての火薬等々をつぎ込んだ一撃。一部、法国の物資も含まれていたが、予定通りの成果を上げる。これを以って、王都に向かう気概のある全ての国民が、王城に達するまでの時間を稼げた筈だ。

 

 作戦の成功を見届けていた陽光聖典。

 彼らは、焼けた瓦礫の山の様子を窺っていた兵士と冒険者達の元へと降りる。状況の報告をしなくてはならない。

 

「――ニグン殿」

 

「兵士長殿、追撃してきた者共は殆ど全て巻き込みました。ですが、後続の大隊より偵察部隊が動いております。後退しつつ、陣形の準備を」

 

「了解しました。……それで、御帰還なされますか?」

 

「――――申し訳ない」

 

 頭を下げるニグン。

 彼らは魔力とマジックアイテムの大半を使い果たしていた。これ以上の消耗は赤信号だ。

 

 対して兵士長は『いえ構わないのです』と言葉を返し、片手を差し出した。ニグンもまた対になる手を差し出して握手をする。そして兵士長は悲痛な声で、陽光聖典への感謝と共にこう語った。

 

「どうか、どうか各国にお伝え下さい。竜王国が在り、我々は戦い抜いたことを……!」

 

 語り手は兵士長一人である。しかし、その言葉はこの戦場にいる竜王国の者達、全てに通じるものだ。

 

「勿論ですとも、法国の民として……人類の一人として皆様方を語り継ぎましょう」

 

 ニグンは兵士長の手の力が強まることを感じながらも、彼らの願いを確約した。

 そして両者共に率いている者達にへと指示を飛ばす。一方は竜王国から離脱しつつ、外周を削る。もう一方は可能なら竜王国を目指しつつ後退、のように。

 

 そうして各員が行動を起こそうとする最中。未だ火が燃え盛る瓦礫の中から咆哮が上がった。どうやら、事は簡単には運ばなかったらしい。

 

「ルォァァアアアアア!!」

 

 一つ、また一つと幽鬼の如く影が叫ぶ。炎に焼かれながらも人類に確かな敵意を迸らせる。

 加えて、先の爆発に巻き込まれていない個体達が無数。人類の前に現れた。

 

「獣共め――!!」

 

至宝(ドラウディロン)には近づけさせん……!!」

 

 されど、敵意を迸らせるのはこちらも同じだ。

 兵士長、セラブレイトを筆頭に陣形を組みなおし、各々が得物を構えた。ニグンら陽光聖典は顔を歪めながらも、予定通りに離脱を開始しようとし――――後方から迫る三台の馬車を目にする事になる。

 

 

~~

 

 

「お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい……」

 

 三台の内の先頭の馬車。

 その御者である男が、慈悲を求めんばかりに言葉を繰り返す。彼は馬車を走らせて戦線に到達し、停止させた。後方の二台も同様に。

 

「何をしている! ここが何処だか分かっているのか!?」

 

 立ち位置的に最も近かった陽光聖典。彼らの内の一人が叱責を飛ばすのだが、御者の反応がおかしい。よくよく彼を見てみると、身に纏う服も所々裂けており、負傷している箇所も見受けられる。

 

「お許し下さい……お許し下さいィイイッツ!!」

 

 何かに許しを求めていた御者。彼は縋り、恐れていた。

 哀れな彼の言葉が断末魔にへと変貌し、血飛沫が舞う。……貫いたのは爪だ。

 

「ビーストマン!!」

 

 彼だけでなく、全ての御者が鋭利な爪で、その命を刈り取られる。

 また、彼らの背後――車内から、ぞろぞろと現れる獣共。者共の腰には竜王国の国民と思われる頭部が括り付けられていた。……否、出て来たのは彼らだけではない。

 

「……貴様らァア!!」

 

 その光景を見て、僅かに沈黙し……激昂する陽光聖典の隊員達。中には詠唱に入った者もいるのだが、ニグンが隊長としてそれを制止する。しかしながら、彼も内心では冷静でいられない。彼のこめかみには血管が浮き出ていた。

 

 ――ビーストマン達と共に馬車から降りたのは人間。女子供の人質達。

 その中には、ウルベルトが手を貸した兄妹の姿がある。二人はビーストマンの腕に囚われていた。

 

 

~~

 

  

「動くんじゃぁねぇ!!」

 

 人質を得たビーストマン達。獣共は人類達に向けて宣言をする。抵抗すれば彼らの命は無いのだと。

 

 その言葉によって否応なく動きを止める人類。その様を見た周囲のビーストマン達は憎々しい笑みを湛える。しかし、人類側の策により大やけどを負わされたビーストマン達は違う。恨み晴らすべく、人類に襲い掛かろうとするのだが、それを他の者達に止められた。……今からが面白いのだと。

 

「幼子にまで手を出すか! 下種共め……!!」

 

 ドラウディロンと年はそう離れていない兄妹の妹。彼女が瞼を腫らしながら泣いている様を見て、耐え切れなかったのだろう。セラブレイトが殺気を放ち、睨みつける。

 

「……ハハハ!! 手を出すだけじゃねぇ……!! 後で足からいただくさ!!」

 

 彼女を捕えていたビーストマンが嘲笑う。そして、手ぶらのビーストマン達に目線で合図した。その者達は目線に悪意のある顔で答える。

 

 そして、持ち前の筋力で飛び掛かる二体の猛獣。一体はセラブレイトの腹部に蹴りを入れ、もう一体が

彼の頭を掴み、地面に叩きつける。

 

 無論、それを黙って見る薄情な仲間達ではない。透かさずクリスタル・ティアのメンバーが彼の救援に入ろうとするのだが、それを人質を捕えているビーストマン達が止めた。拘束する手を強めて、人質から苦悶の声を上げさせたのだ。

 

「大人しくしてるんだなァ……」

 

「……ッ!」

 

 怒りの衝動を噛み殺し、動きを止めるメンバー達。彼らがそうしたのは何もビーストマン達が理由だけではない。人質で動きを縛られたセラブレイト自身が膝を地に付けながらも、止まるようにジェスチャーで促したからだ。

 

「彼女達を、解……放しろ……」

 

 敵を見据えるセラブレイト。

 動けはしないが、その眼は射殺す程に鋭さを極めた。

 

 対する答えは暴力。

 ビーストマン達が彼を襲い、攻め苛む。弾丸のように飛び交う獣共の攻勢で、一撃を食らう度に覚束ない足取りで体勢を立て直し、また一撃を食らう。その姿はこの場にいる全ての人間に痛々しく映った。

 

(どうする? このまま離脱するか、それとも……)

 

 ニグンは額に脂汗を滲ませながら思考する。彼は焦りを募らせていた。

 

 セラブレイトがアダマンタイト級冒険者であるとしても、これ以上の傷を増やすのは致命的だ。

 

 ……ただ、離脱するならこのタイミングだ。他のビーストマン達もこの享楽に興じているのだ。自分達、陽光聖典はこの期を逃す他ない筈だが……行動に移せば間違いなく人質が殺される。

 

「おのれ……」

 

 隊員の一人が言葉を漏らす。

 

 加えて、隊員達も人間だ。それも信仰の厚い。この場に居て義憤を抱かぬ訳がない。……あまり時間は掛けられない。しかし、ここで魔封じの水晶を使うのも躊躇われる。せめて、他に何か一手あれば――――。

 

「ガッ、ハァ!!」

 

 嬲られた末、吐血し倒れるセラブレイト。遂に立つことすら限界となった。仲間が心配する声を余所に、幼い少女へ顔を向け、笑みを作る。

 

「大、丈夫……。お兄さん、が。必ず君達……を」

 

「――後ろ!」

 

 倒れ伏して尚、幼き少女達を救わんとする英雄(ヒーロー)。彼の背後にはその少女の言葉通り、近づくビーストマンの影が。そしてその獣の足で踏みつけられる。

 

 鈍い音。量を増す吐血。

 幼い少女へ向けた顔は地面へと向き直る。息はあるものの痙攣する体。危険信号である。直ぐにでも治療が必要だ。 

 

「セラブレイトォ!!」

 

 彼の仲間たちの悲痛な叫びが戦場でこだまする。

 見紛う事なく、自分達を助けようとしてくれたセラブレイト。

 

 彼が地に伏す姿を見た少女は口元を震わせる。彼女の涙が眦より、ポツポツと大地を小さく叩く。

 

「……けて」

 

「何だァ? 嬢ちゃん?」

 

「……助、けて」

 

 側で声を発する少女に疑問を投げるビーストマン。それに彼女は獣達の鼓膜を破らんばかりに、声を張り上げた。

 

「――――助けて『パパ』ぁ!!」

 

~~

 

 

 ――パパ。

 その意味はビーストマン達も理解できる。きっと、この少女の父親を指す言葉であるのだろう。散々恐ろしい思いを、光景を刻み込まれて最後に出て来た言葉が…それか。

 

「――――ギャッ。……ギャハハハハハハハハハァアア!!」

 

 嗤い始めるビーストマン達。

 その後も『パパ、パパ』と泣き喚く少女を見て、更に嗤えてしまった。

 

 ……ああ、そうだ可笑しい。

 何故なら、ビーストマンにとっては血縁関係が故に、命を懸けて助けに来るなど有り得ないのだ。利が無ければ動こうとも思わないだろう。

 

 だから、可笑しい。この場で自分の父親に助けを求めることが。

 命乞いをするのならば、彼らもまた理解出来よう。……聞き入れるのは別として。

 

 ――嗚呼、なんと哀れな子だ。

 いっそのことこの場で楽にしてやるのも慈悲となろう。

 

 こうして、ビーストマンの暴虐が少女にへと向けられた。

 

「――!! ――離せよ!!」

 

 その瞬間。

 捕まりながらも、全ての力を振り絞って暴れ出す妹の兄。

 彼は見てしまった。妹を捕えていたビーストマンの目の色が変わった様を。きっと、良くないことが起こる。

 

 

 

 ……兄妹は信じていた。自分達の両親は生きているのだと。それが微かな希望であるとしてもだ。二人は死体を見ていない。だから生きている。そう自分達自身に言い聞かせないと……耐えられなかった。

 

 

 

「このガキ……!!」

 

「!? う、ぁぁぁああああああああッツ!?」

 

 妹を理不尽から救うべく、足掻いた彼女の兄。

 それを捕えていたビーストマンが彼の腹部に爪を立て、突き刺し――――絶叫。まだ小さな体から、赤い命が流れ出る。

 

 

 

 しかし彼は……いや、彼女も信じる気持ちと同じくらいに理解していた。自分達の両親はあの日、あの時に殺されてしまったのだと。

 

 

 

「――!? お兄ちゃん!? ――――パパ!! お兄ちゃんが!! お兄ちゃんが死んじゃうよ……!! パパぁぁあああ……!!」

 

 ポロポロと涙が落ちる。

 この幼い少女は今まさに両親に加えて、兄さえも忌むべき獣達の手で失う寸前にある。ここで失えば彼女は孤独となるだろう。縋る者も、自分を引き留めてくれる者も居なくなる。

 

 無慈悲。

 その言葉が形になり、獣となり、彼女の身も心も引き裂かんとしていた。

 

 

 

 ――ギチリ。

 

 空気が変わる。

 今の今まで理性が塞き止めていたものが荒れ狂いだす。

 

「――――」

 

 発生源はその痛ましい光景を見せつけられた人類。

 

 この場にいるのは同郷の民である者達、兄妹と近い年齢の子供を持つ者達、等々と背景は多数ある。しかし今、彼らの意思は共通していた。――この悪逆の獣共を断じて許すまじと。

 

 冷静な判断で部隊を率いる隊長。

 そんなニグンでさえ、無意識に魔封じの水晶を掴む。それ程までに怒りが高まっていた。しかし、今までの職務の経験が、彼の激昂を許さない。

 

 彼は息を吐いて冷静さを取り戻す。そして、陽光聖典の隊員達を見やる――――どうやら皆、上辺だけでも平常時に戻ったらしい。無論、奴らに許しなど与えないが。

 

(不味いな……!)

 

 続けてニグンは周囲を窺うと――――最早、手遅れの段階に来ていた。誰か一人でも動き出せば彼らはビーストマン達に得物を振るうことだろう。

 

 ……それでもって、陽光聖典が離脱する良いタイミングでもあった。

 ニグンは命令を飛ばす。

 

「総員! 離脱せ――――」

 

 だが、彼が言い切る寸前……()()()()()()()()

 

 

~~

 

 

 ――何かが、いる。

 

 血に飢え、暴虐の化身であるビーストマン達。

 中でもその個体達は大きな利を得るべく、人質を取った。

 

 それは大きな効果を生み出した。

 つい先程まで、下等種族たる人間を囲み、嬲り、そして嘲笑っていた。これが愉しさ。上位者たる我らの特権であるのだと、そう考えていた。

 

「ヒ、ア……」

 

 けれども何故だ。

 それなのに何故だ。

 

 何故、体の震えが止まらない。寒い……寒い。

 寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い――――!!

 

 手元の感覚が無い。

 人間の少女を捕えていた手元が。……否、全身の感覚が無い。

 

 異常を感じたビーストマンは目を動かし、情報を得ようとして――幾つか理解をした。

 

 自分と同じく人質を捕えていた同胞達。

 彼らは尽く首を撥ねられ、死んでいた。その死体の側には人質と――影をそのままを切り取ったような悪魔が佇んでいた。

 

 また、ギャラリーとしてこの饗宴を愉しんでいたビーストマン達も、憎悪と憤怒を募らせた人間達も皆、自分の方向を見て硬直している。……それもそうだろう。

 

「――オイ」

 

 そのビーストマンの頭部。愚劣な頭を掴むは一つの闇。

 豪著な黒服を身に纏い、金色の目を光らせるその者は……傍らに兄妹を連れていた。

 

「――――()()()()に何してる」

 

 

 

 

 

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