From the withered world   作:鳥菊

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お久しぶりです。


第五話

 

 

 理解の外側。

 未知の果てより、『彼の者』はやって来た。

 

「――――」

 

 竦む足を動かし、後退る獣達。

 僅かな言葉すら紡げぬ人類。

 

 未曽有の気配が世界を塗り潰して染め上げる。

 

 内に眠る、危険を司る本能。

 それらが引っ切り無しに警告を鳴らし続ける。

 

 その様に種族の垣根は無かった。ある種の平等、ある種の奇跡。

 見紛う事無く、憎み殺し合った二つの種族が共通した感想を抱いた。……尤も『彼の者』を敵に回した獣達の立場を省みるならば、語弊があるのだが。

 

「ギ…ゴガ…」

 

『彼の者』とその眷属を除く誰も彼もが追い付けない。だが、事態は突如として目まぐるしく変貌する。

 

 人質を取る小賢しい獣達の首。

 それらが生きた影のような悪魔に狩り飛ばされ――ふと、気が付けばそこに居た。

 

「俺はな、何も正しいコトがしたくて此処にいる訳じゃねぇ」

 

 餌食となった一体。強制的に自らの業のツケを支払うビーストマン。

 その頭蓋を掴む『それ』は――――ウルベルトは恐ろしい程の価値を感じさせる装備……あるいは衣装を身に着けていた。そんな顔も手元も見えない彼は静かに言葉を続ける。

 

「付け加えるならば……、此処にいる誰が死のうが何の感慨も湧かねぇんだ」

 

 

 

 

 ――だが、お前達の()()は目に余る。

 

 彼がそう言い切った直後。獣を掴む左手の握力が強まる。

 その力は到底、魔法詠唱者(マジックキャスター)が持ち得て良いものではない。万力の如く握られた頭部からは、メキリと。鳴るべきでない音が鳴り始めた。

 

「ギギョォ…ガァ…!」

 

 拉げ始める獣。ビーストマンの頭部。醜く捻じ曲がり、既に有効な手段で治癒せねばならない段階に入った。激痛が頭部から全身にへと駆け巡る。他の感覚は魔法的効力により遮断され、より一層増幅する。

 

 そんな、獣にとって永遠にも感じられる()()が過ぎ――――掴んでいた頭部。それが空間ごと削り取る様に消え去った。

 

「――――」

 

 後に残るは頭部無き死体。己の意を示せぬ肉塊。

 バタリと、糸が切れた人形の如く倒れ、遅れて首先から赤が流れ出る。

 

「お前等は()()()()()()。……何のことか分かるか?」

 

 ウルベルトは嘗て、頭部があったであろう空中。そこで握り拳を作っていた左手を下げた。そして一言呟いた後に、金色に鈍く輝く目が周囲の獣達を捕捉する。

 

 的を射ない質問。

 無論、それに対する彼らの返答は無い。その眼差しを酷く恐れ、怯えるか。牙を向いて威嚇するかのどちらかが大半だ。

 

 同時にウルベルトからして、予想通り結果でもある。

 ……元より、納得のいく返答など得られまい。様子を窺っていた彼は一つ、先達として後の作業の趣向を凝らすことにした。

 

「――〈麗しき凶愛の令嬢(ローザ・アモーレ)〉」

 

 位階魔法の詠唱。

 それを完了したウルベルトはマントを翻し、優雅に腕を振るう。

 すると、彼の周囲に明るく煌めく粒子が舞い上がった。

 

 その様は戦場に現れた一人の舞台俳優。血と憎悪と華麗さとで彩られた光景。

 それに人間もビーストマンも、誰も彼もが、()()()()目を奪われた。

 

 世界を彩る光と血肉のコントラスト。

 その境目を縫う様に風が、粒子を巻き込んで地獄に吹き荒れる。

 

(何だ、これは……魔法か!?)

 

 ニグン、及びこの場に居合わせた者達の感覚に叩き付けられる膨大な魔力。

 恐らくは魔法であるのだろう。但し、法国のエリート集団である陽光聖典ですら知り得ぬその名、その効力。未知さ故に、場当たり的な対処しか出来ない。

 

「では……咲かせるとしよう」

 

 美麗さか、それとも恐れか。

 結果として硬直した者達をよそに、ウルベルトは空に掲げた右手、その指を軽快に鳴らす。

 

「ギャッーー」

 

 ――パチン。と途切れる無数の断末魔。

 それらは全てビーストマン達のそれである。

 

 断末魔が途切れた理由は、何も喉を掻き切られた訳ではない。爆ぜたのだ。

 最早、元の状態が想像も付かない程に。彼が鳴らした指と同じく、軽快な音を立てて。

 

 つまるところの即死。遺言すら残せぬ獣共。彼らの爆ぜた頭部には――――麗しい黒薔薇が咲いていた。

 

 ウルベルトと人間達。彼らの周囲に咲き誇るは、黒い薔薇畑。この場の誰もが見ても確かにその光景がある。

 

「……ふむ」

 

 詠唱一つで芸術家となったウルベルト。

 彼は周囲を見渡すと、何やら納得した様相を呈し…小言を零す。

 

「花を添えてはみたが……やはりダメだな。お前等には()()()()()()

 

 

~~

 

 花園と化した戦場。

 獣達は黒薔薇の苗床と化した。

 

 人々が唖然とする中、一人の少女が小さな声で言葉を発する。豪著な黒服を纏う者。兄妹の前に立つ、ウルベルトの背に向かって。

 

「パパ……?」

 

 きっと、あの人なんだ。

 

 自分と兄を救った人物。

 少女の目からも信頼出来る顔は窺えない。身に着けていた服装も記憶とは異なる。

 

 けれども、その声は雰囲気には覚えがあった。……少々怖さはあるが。

 だからこそ、恐る恐る話しかけてみた。動けぬ大人たちをそのままに。

 

「……」

 

 それに対する返答はない。黒マントの背中は沈黙を保っている。

 そのまま彼は空中に手を伸ばすと、その手は異空間に吸い込まれた。

 

「何処に入れたか……ああ、これだ」

 

 探し物をしている。そう思わせる独り言。

 ウルベルトがボソボソと呟いた後に、一つ。赤い液体の入った小綺麗なガラス細工の瓶を取り出した。

 

「おい、こっち向け」

 

「え? …うわぁ!?」

 

 そして取り出すや否や、少女の兄に頭から振り掛ける。容赦など知らない。

 驚いた少年は思わず尻餅をつき……腹部の痛みが引いていく様を感じ取った。

 

「…あ」

 

 恐る恐る確認をする。ボロ布一枚、それを捲り上げると傷一つない自身の腹部が見えた。綺麗に治っている。それに驚く少年。

 

 ……尤も、驚いていたのは彼だけではなく、法国出身の者達も同様であったのだが。

 

「失礼、今のは――」

 

 素性の知れない怪物。だが、赤い血は流れているのかもしれない。

 隊員と顔を見合わせ、意を決したニグンが話を切り出す。頭の片隅に下賜された魔封じの水晶を思い浮かべながら。

 

「――たすけて、ください」

 

 しかしながら、彼は少女の声に阻まれてしまった。

 ウルベルトは彼を一瞬見やった後、彼女へと顔を向ける。

 

「……お前の兄貴は助けてやっただろうが」

 

 腕を組みながら、少女の兄を親指で指差す。それに首を振って答える少女。そして彼女の後方で仲間に介抱されているセラブレイトの方を向いた。彼は瀕死の状態ながらも意地が故なのか、手を振って答えてくれる。

 

 彼を治療するためのリソースが足りない。魔力も特殊技能(スキル)もマジックアイテムもだ。勿論、負傷者も彼だけはないのだが、最も死に際に近いことは確かである。仲間の手で止血等々の処置を施されているのだが――状態は悪い。仲間の顔色も良くない。

 

「お願い、します」

 

 少女はウルベルトに初々しく頭を下げる。諸事情はあれど、特に自分達兄妹を救わんと奮闘した人物だった。彼女はこの事を理解出来ない年頃ではなかった。

 

「……」

 

 一方、そんな彼女の態度を見たウルベルトは沈黙した。そして寸暇が過ぎた後にもう一つ。彼女の兄に使用したものより、一回り大型の赤いポーションを取り出す。

 

「ソイツへの恩義は生憎、持ち合わせがねぇ」

 

「…え」

 

「恩義があるのはお前だ、お前が何とかしろ」

 

 何処か諭すように、何処かはっきりとした口調で断言する。そして多少強引にポーションを少女に押し付けるウルベルト。彼女は渡された直後こそ固まってはいたが、直ぐにセラブレイトらの冒険者チーム、クリスタル・ティアにへと駆け寄っていった。

 

 少女が運んできた赤いポーション。それはクリスタル・ティアにとっても間違いなく未知のポーションであった。

 

 道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)を同じ冒険者チームの魔法詠唱者(マジックキャスター)が詠唱する。……問題は見受けられなかった。加えて、これと似た赤いポーションが少年を治癒したことは彼らも遠目で確認している。

 

「よし、使うぞ…」

 

 仲間はセラブレイトの上体を起こし、経口摂取させる――――すると、その効果は直ぐに表れた。

 

「……!! ムォォォオオオ!!」

 

 セラブレイトの生傷は即座に癒え、活力を取り戻した腕で彼はポーションの瓶に掴み掛る。少女から渡されたポーション。その中身は飲み干しているのだが、彼はその瓶を咥えて恍惚とした表情を浮かべる。どうやら元気になったらしい。彼の近場にいた者は皆、彼から数歩離れた。

 

「――さて」

 

 その奇怪な光景から視線を逸らすウルベルト。彼が向き直った先にはニグンがいた。

 

 

~~

 

 恐ろしい。

 それ程までの魔力を、気配を放った存在。魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)の精鋭集団たる彼らだからこそ、尚のこと強くそれを感じ取ってしまった。加えてその者が少年に使用し、少女に手渡したポーション。

 

「赤い、ポーション……!!」

 

 別名、神の血。

 絶対的な効力を確約する、完成されたポーション。

 

 その生成コストは高く、部隊に支給されることはまず有り得ない。加えて、その生成技術が法国に如何にして残されたかはニグンも知る由はない。だが、他国に伝承されずにいることを考慮すれば恐らくは、その始まりは――――。

 

「先程は失礼を」

 

 ニグンが頭を回転させる中。

 不快にならない程度の仰々しさでその者から彼に一言、謝罪の言葉が掛けられる。

 

「問題は…ない」

 

「ああ、それはよかった。私としても皆様方とは――――」

 

 どことない不穏さが漂いながらも、一方的に始まった会話。言うまでもなく、ニグンからしてみれば楽しいものではない。むしろ恐ろしく、そして不気味だった。

 

 彼の正直な心情として、高圧的に来るかと身構えていたのだが、それを笑うかのように一見友好的に会話が進んでいく。透かされた気分にもなる。

 

 得体の知れない相手。一方、こちらはスレイン法国の代表者。

 素性について一つや二つ尋ねることは問題ない筈だが……。

 

(止めておく、べきか)

 

 言葉を交わし続けるニグンの額に脂汗が染み出る。

 

 相手の実力の底が見えない。

 姿を現した当初の圧倒的な気配は鳴りを潜めているが、今も尚残る魔力の残骸が肌を焼き付けていた。

 

 危険であるが話の通じない相手ではない。

 長年の戦闘・指揮経験がそう判断を下す。下手に藪を突く必要はあるまい。現に今までに起こった一連の出来事は、人類に寄与するといっても誤解はない。――――だから、押されるな。自分には最高位天使が付いている。

 

「我々としても感謝致します。ただ、残りのビーストマンが――」

 

 心の支えに意識を向けながらも、ニグンはこの場の総意として感謝の意をウルベルトに伝える。心の片隅に追いやった怯えを悟られない様に。そして自分自身をまくし立てる様に、続けて彼は未だ遠方で犇めくビーストマン達の話題を振った。

 

「私共からこうして願い出るのも忍びない話ではありますが……どうか、力をお貸し頂きたい」

 

 悔しいのだがこの言葉通り、正面を切った戦闘での対抗手段はこちらに殆ど残されていない……竜王国女王の始原の魔法(ワイルド・マジック)と例のマジックアイテムを除いては。

 

「……」

 

 相手はどう出るか。承諾か。拒否か。

 ニグンは表情の見えない影で覆われた顔を、その黄金の瞳を見やった。そして暫し時間が過ぎた後、何か確認のようなものを済ませた相手は…ウルベルトは言葉を返した。

 

「――ええ、構いませんとも」

 

「左様…ですか」

 

 長い間の答えは承諾だった。

 即ちビーストマンを相手取って、こちら側に付くことを表明した訳である。

 

(これでより、あの獣共を一掃出来る可能性が高まった……)

 

 竜王国の切り札たる始原の魔法(ワイルド・マジック)。そして強大な力を持つこの者。この二つが揃えば奴らに甚大な被害を与えることが出来る筈だ。

 

 具体的には撤退戦。

 手を借りながらビーストマン達の数を減らしつつ、始原の魔法(ワイルド・マジック)の発動所定地にまで誘導。ニグンは当初の作戦から切り替え、竜王国へ向けた撤退戦の指示を陽光聖典の隊員達に下そうとする。……だが、その前にウルベルトの一言が待ったをかけた。

 

「だからこそ皆様方には――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここで退場して頂きたい。

 

 

 

「――――は?」

 

 ニグンに掛けられたのは余りにも、後味の悪い一言だった。

 彼が最後の言葉の意味を図りかねている最中、ウルベルトの背後から一体の悪魔が現れる。同時に、不幸にもこの場に連れて来られた竜王国の一般国民達が悲鳴を上げてしまった。

 

「ォ、ォォォオオオ……」

 

 病的に白く、分厚い皮膚を持った概算で3メートル以上の巨漢。

 顔のパーツは所々雑に縫われた口以外存在しない。ただ、似たような口が体中に存在し、特にでっぷりと肥えた腹回りにはチャック付きの大口が閉じられていた。その悪魔の無数の口から咆哮が発せられる。

 

「――総員、戦闘態…なぁッ!?」

 

 ニグンの怒号が響き渡る。それに答える陽光聖典の隊員達。だが、またしても彼の言葉は途中で遮られてしまった。仲間の隊員達と共に。

 

「グボアァァァァ!!」

 

 巨漢の白い悪魔。

 その腹周りの大口が突如開かれ、周囲の空間をその口に引き込んだ。……そうして、バグン。と大口が閉じられる。

 

 その異様な様を見せつけられた冒険者や竜王国の兵士達。彼らが各々の得物を構えながらも周囲を見渡すと……一連の出来事がもたらした結果が僅かながらも理解出来た。

 

「消え……た?」

 

 誰かの一言が状況を端的に示す。

 

 そう、消えていたのだ。

 丸ごと、パックリと。一人も欠けることなく揃っていた陽光聖典達が。

 

「――ッ!!」

 

 その事実がこの場を支配する緊迫感をより一層高める。

 恐らく、喰われたのだ。あの腹周りの大口に。

 

「まぁ、そうだな。俺も少しばかり手段を選ぶべきだったかもな」

 

 対するウルベルトは何事もなかったかのような風体だ。軽い足取りで、残った人々が集まる方向にへと歩みを進める。

 

「ヤバいぞ、あの悪魔」

 

 クリスタル・ティアのメンバーである軽戦士が吐き捨てるように言葉を口にする。痺れる大気。人でもなく獣でもない気配。疑う必要もなく大物だった。そしてそれを従えるあの者は……。

 

「――下がりなさい」

 

「は…い」

 

 回復したセラブレイトは兄妹達の前に一歩進み出て、ウルベルトに剣先を向けた。

 彼の背後の兄妹達は迷った後に、下がる。差し詰め今回ばかりは、彼らも恐怖を覚えてしまったのだ。

 

「その剣をどうすんだ?」

 

「……どうだろうな。そちらの出方次第といったところだ。こちらとしても一応、恩義はあるからな。一方的に仕掛けるのは少しばかり気が引ける。」

 

「――――ッ、ハハハハハ!! 生温い野郎だなお前」

 

 向けられた剣先。セラブレイトの眼光に加え彼の台詞。それらに大笑いするウルベルト。……ああ、そうだ。心底楽しい。これらは全て本物だ。仮想世界における陳腐な贋作ではないのだから。

 

「今度はこちらから幾つか質問させてもらうぞ」

 

「どうぞ。手短にな」

 

「まず一つ目だ。陽光聖典はどうなった?」

 

 セラブレイトはつい先程まで彼らが居た筈の荒れ地に目を向けた。

 

「――見ての通りだ。()()()()()()()()。これ以上の表現は出来かねるがね」

 

「そう、か」

 

 周囲が一瞬騒めく。額通り受け取るならば、恐ろしい能力だ。

 それがあの白い悪魔の固有の能力なのだろうか。

 

(いや……だからこそだ)

 

 だからこそ分からない。それが二つ目の質問に繋がる。

 

「質問は残り二つだ。――何故、俺たちを助けた?」

 

「……」

 

 返事はない。ただし、ウルベルトの堪えるような小さな笑いがその勢いと大きさを増す。

 

「――何が、おかしい」

 

「フフフ……いや、難儀な話だと思ってな。無防備な俺にあって、剣の先を向けている筈のお前に主導権がないってのは」

 

「質問に答えろ……!!」

 

「フフフハハハハハ!!」

 

 やがて、堪え切れなくなったウルベルト。

 こうして一頻り笑った彼はやがて、眉間に指を当て困り果てたような仕草をし始める。

 

「さて、質問に対する答えはこうだ。俺にとって()()()()()()()。それだけだとも」

 

「ならば――――」

 

「此処まで来たら、次の質問など容易に推測できる。十中八九、俺の正体か目的の話だ。そうだな?」

 

「……」

 

 次に黙ったのはセラブレイトだった。

 続けてウルベルトは彼にとって信じ難い言葉を告げる。

 

「俺は契約した身だ。それもドラウディロン・オーリウクルス陛下とな」

 

「契約……」

 

「そうだ。俺はその契約に従って行動しているだけだとも」

 

「ならば、陽光聖典を……俺達を消そうとする理由は……!?」

 

「何か勘違いしているようだが……二度も言わせてくれるな。俺の行動は全て契約に沿っている」

 

「彼女がそんな真似をするものか!!」

 

「ハハハハハ!! したとも!! 少女さの欠片もない態度でな!!」

 

 セラブレイトの闘気が爆発する。

 それに答える様にウルベルトは重圧感のある気配を放ち始めた。

 

「――――では時間切れだ諸君。先に行った彼らの後を追いたまえ」

 

グォォォオオオオオオッ!!

 

 間髪を入れぬ宣告。そして咆哮と共に襲い来る白い巨漢の悪魔。その悪魔が両手を振るうと両サイドの冒険者や兵士達が元より存在していなかったかの如く消え去る。

 

「いくぞ、お前たち!!」

 

「オオッ!!」

 

 その悍ましき所業を恐れることなく立ち向かう冒険者、そして兵士達。限界をとうに超えた体に活を入れ、最後の力を振り絞り立ち向かう。

 

「ズオォォォアアア!!」

 

 セラブレイトが悪魔の心臓を目掛けて切り掛かる。

 

「受け取りやがれ……!!」

 

 武技により強化された弓が降り注ぐ。

 

「動きを止めたぞ!!」

 

 魔法で生み出された蔦が、光の輪が悪魔を縛る。

 

 剣が弓が魔法が束になり力となり、その力が悪魔を打ち払わんとする。

 戦意と勇気を持ち戦う彼らのその姿。正しく勇者であった。一人、また一人と消えようとも立ち向かう。そして――――。

 

 

 

 

 

 

 

「――『そして誰もいなくなった』。俺に……いや、ビーストマンに挑んだ彼らは実に勇敢で小さな兵隊達だった。そう、思えるだろ?」

 

 怒号も悲鳴も一時の嵐が如く過ぎ去る。

 そうして、ウルベルトの他に残るは二人の兄妹と人々を飲み込んだ白い巨漢の悪魔のみであった。

 

「……」

 

 黙り込む兄妹。

 彼らの体は細く、カタカタと小刻みに震えていた。

 

 小さくため息をつくウルベルト。

 顔を覆っていた影を取り払い、取り繕った人間の顔を、彼らにとって何処か馴染み深い顔を見せる。

 

「だれ……」

 

「あ?」

 

 すると、震えながらも少女はウルベルトに尋ねた。

 

「だれなの……」

 

「誰……ってのは何だ」

 

 彼らは知っていた。否、分からない振りをしていた。

 自分達の両親はもう居なくなってしまったことを。

 

「あなた、はパパじゃない……」

 

「そうだ。漸く理解したか。後で飴でもやるよ」

 

「アメをもらったら…わたしたち、たべられちゃう……?」

 

 少女は目線を白い巨漢の悪魔に向ける――直ぐに戻した。

 目がない筈なのに、その悪魔はこちらが見えている様子だった。

 

「――食わねぇよ、それは約束してやる」

 

「……」

 

「その代わり少しの間、目を瞑ってろ」

 

 僅かだがウルベルトの語気が和らいだ。

 

 兄妹は彼の指示通りに目を瞑る。視界は暗く閉ざされた。彼の言葉に従った理由はもう、判然としない。信頼が故か、恐怖が故か。

 

(うっ……)

 

 恐い。

 少女に恐怖が重く圧し掛かる。頼れる両親も大人達も皆、遠くに行ってしまった。

 

 故に彼女は強いられる。この恐怖に打ち勝つことを。

 ただ、それに向き合うには彼女は幼すぎた。内に留めることが出来ずに溢れ出た恐怖が当てもなく、父親を呼ぼうとして――――手を握られた。

 

「……おれ、こわくない、から」

 

 瞑っている為、見えないが分かる。手の主は少女の兄なのだと。

 震えてこそいたが……そこには確かな力強さがあった。

 

 それを見たウルベルトは金の瞳を細める。何処かそれを羨むように。

 

「あばよ、ガキ共。これで本当にさよならだ――――精々、生き足掻け」

 

 そして彼の捨て台詞のような言葉の後に、兄妹の体は宙を舞う感覚に包まれた。

 

 

~~

 

 

 

「これで……片付いたか」

 

 兄妹が荒れた戦場から消え、ウルベルトと白い巨漢の悪魔――――暴食の魔将(イビルロード・グラトニー)。二人の悪魔がその場に残る。

 

「ソノ様デス。後ハ、如何様ニモ」

 

 暴食の魔将(イビルロード・グラトニー)は主に課せられた第一の任務が正しく完了したことを告げる。それにウルベルトは満足そうな態度を示した。

 

「ならば良い……。後の仕事は分かっているな。万が一の時は働いてもらうぞ」

 

「オ望ミノママニ」

 

 過剰な程の礼節。

 先程から人払いの報告をしてくる影の悪魔(シャドウ・デーモン)と同様だ。不慣れが故に、僅かながらの疲労を感じないわけではないが……不思議と悪くはない。

 

 契約上、逃がすべき対象は全て居なくなった。此処も遠方の戦場も。

 配下を連れ、上空に浮上を始めたウルベルト。彼の黄金の瞳が犇めく集団を捉える。

 

 当初、八万の数がこの国に侵入して来たそうだが、今はそれの三倍以上いるとの報告だ。加えて、纏めて撃破されることがない様、幾つかの師団に分かれて移動している。恐らく王城にいる連中は気づいていないだろう。

 

 ……此処まで来ると、滅ぼした序にそのまま住み着く勢いだ。

 現に、ビーストマン国では物資の移動が始まっている。

 

「女王に関する情報が漏れたな。予想よりは耳が良く、頭が回るらしい」

 

「主ニハ遠ク、及バナイカト」

 

「――何でもかんでも褒めれば良いってもんじゃないよ、君。……そうだな、気の利いたジョークでも言ってみたまえ」

 

 対する暴食の魔将(イビルロード・グラトニー)はこう答えた。

 

「ウルベルト様ハ、オ優シイ方デス」

 

「……良いじゃないか。傑作だとも」

 

「痛ミ入リマス」

 

 

~~

 

「キャッ!?」

 

 浮遊感が全身に行き渡る。そしてその感覚が途切れた直後に感じた床の感触。

 それに驚いた少女が声を上げると、それより幾分か年の離れた少女と見知らぬ男性の声が返って来る。

 

「またきよったぞ……」

 

「これはこれは」

 

 瞑っていた目を開けた少女は周囲を見渡してみる。

 そこは豪著とはいかずとも、一般庶民では到底住むことは叶わない、品格のある一室であった。

 

 その部屋の中には彼女の兄とニグンやセラブレイトらといった、白い巨漢の悪魔によって喰われたと思われた者達が多く揃っていた。そして、少女の目の前には足をさらけ出した服を身に纏う少女……もとい、ドラウディロン・オーリウクルス。その人が隣に宰相を連れ、見下ろしていた。

 

「そなたらに聞こう」

 

 ドラウディロンは兄妹に尋ねる。彼らが『奴』により送り出された最後の者達なのかと。

 状況を呑み込めていない彼らは言葉に詰まってしまうが、周囲の者達が助け舟を出した。

 

「恐らくはその様かと……。そうだよね、君達」

 

「……」

 

 兄妹はコクコクと小さく頷いた。

 

「――ならば、よいのだ。奴は一先ず、先に話した契約には従っているようだな」

 

「契約と言って良いかは疑問ですがね……」

 

 ドラウディロンと宰相は顔を見合わせる。お互いに複雑な表情だが、それはこの場で話を聞いていた者も同様だった。

 

 突如、王城に現れた例の存在。

 名前どころか、素性に関する情報も何一つ上がって来ない。

 

(ただ、一つだけ。分かることは……)

 

 比類無き、他を圧倒する力。

 それを持った存在であること、それだけだ。

 

 ドラウディロンは初めて対面した時の記憶を思い出す。……駄目だ。二度と相対するのは御免被る。

 

 ニグンらの話によれば、悍ましい相貌の悪魔を従え、前線にいた彼らを此処に送り飛ばしたそうだ。陽光聖典にアダマンタイト級冒険者。加えて、その他の者達を纏めて無力化することが可能。この一点だけでも警戒して然るべき相手だった。……尤も、警戒したところで意味があるかは分からないが。

 

「オーリウクルス陛下。再度確認したいのですが、今回『奴』は本当に敵ではないと?」

 

「その、筈だが……すまぬ。自信はない……」

 

 有力な冒険者に問いただされた内容に言葉尻を窄めて答えるドラウディロン。

 

 悪魔と共に持ち込まれた契約。

 達成報酬である幾分の金銭などの些事は兎も角、簡潔に述べると『ビーストマンの残滅、人々の保護を遂行する代償として、多少の損害に目を瞑って欲しい』とのことだ。一応、依頼完了までのタイムリミットは設けられている。

 

「憂慮すべき点は多々ありますが……今は、先に進みましょう。時間が惜しいものですから」

 

 宰相のその一言を最後にそれぞれが再び動き始める。少なくともこちらの段取りに『奴』が介在する余地はないのだ。利に成ればそれで良し。害に成れば手を打つ。打てるかどうかは別としてだ。

 

 ドラウディロンらはビーストマンの強襲に備え、始原の魔法(ワイルド・マジック)の発動準備の続きを。兵士や冒険者らは最後の足止めとして定位置に。そして、陽光聖典は――――。

 

 

 

 

「隊長。本国への伝達を完了致しました」

 

「ご苦労だったな、イアン」

 

 間もなくして日が傾く時刻。王城の廊下を進む二人。

 スレイン法国への伝達内容は、竜王国における戦況と正体不明の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の二点。特に後者については特筆すべき事項がある。

 

「善なる者か、それとも――――」

 

「……計りかねますな」

 

『神人』『従属神』そして『ぷれいやー』

 これらの単語が否が応でも脳裏に焼き付けられる。

 

 例の本人がそうであると考えているわけではないが、それに準ずる者の可能性は大いにある。

 少なくとも今回は我々人類に対して、猛威を振るうことはない。幾つかの事実を根拠にニグンはそう考えたいが……あの薄ら寒い気配と、配下らしき悪魔達が陰りを齎す。

 

「我々の動きに大きな変更はない。本国からの指令でもあるのだからな。後は風花か水明聖典に任せる」

 

「では、直ぐに帰還を?」

 

「無論だ。少々不安材料が多すぎる。始原の魔法(ワイルド・マジック)の発動までは待てない」

 

 イアンはニグンに了承の意を示す。

 火滅聖典も既に合流地点へ向かったそうだ。同士たる彼らを待たせるのは御法度。それに幾ばかりかの休息がこの隊にも必要だった。

 

 

~~

 

 

「――皆の者。よくぞ集まってくれた」

 

 簡素ではあるが、機能性は十分な台座。

 そこに立つは滅亡に瀕した竜王国の小さな女王。

 

「此処にいる者、その全てが知る所ではあるが……我が国には脅威が迫っている」

 

 拡声器としての役割を持つマジック・アイテムを前に、彼女は夕陽を纏い雄弁に語る。決して沈んだ内心を悟られぬ様に。彼女の眼前には広場があり、他に行き着く場を失った100万以上の者達が集まっていた。

 

「――――」

 

 彼らは各々の思いを胸に彼女の最後の言葉を傾聴する。

 諦観や絶望、迷いや覚悟。それらが混ざり、混沌を生み出す。

 

「無論、希望が潰えたわけではない。全員とは行かずとも、生き延びる為の策はある」

 

 この荒れてしまった地で生まれた子供達。竜王国が存在した証を国外に送り出す。

 先に陽光聖典を通したスレイン法国との取引により承諾を得た。彼の国が子供達を保護することを。

 

「……だが我々は、決断しなくては……ならない」

 

 彼女は問う。問わなくてはならない。

 

 法国との取引。

 子供達の保護の条件。

 

 それは始原の魔法(ワイルド・マジック)の発動。壊滅とは行かずとも、確かな有効打をビーストマンの軍勢に打ち込む必要がある。

 

「もし、我らが母国を踏み鳴らした獣の軍勢に一矢報いたい者がいるのならば……!!」

 

 スレイン法国も必死なのだ。如何に人類の国家で最大の国力を誇るとしても、竜王国に投下した戦力で子供達を救おうとしたが故に、敵に囲まれ丸ごと喪失する。その様な由々しき事態は必ずや避けなくてはならない。

 

「どうか、その命を――――私に委ねて欲しい」

 

 一国の終末を未来に繋げる。

 それを担うのが、ドラウディロン・オーリウクルス。

 

 彼女の覚悟が、問いが混沌の海に行き渡る。

 次は民がその覚悟に答える番だ。

 

 何故に生き、そして死ぬのか。

 たとえこの哲学的命題に答えを出せずとも決断を迫られる。

 

 

 

 

 

「……神の御加護を」

 

 静寂の中。

 民衆の一人の老人が祈りを捧げた。それに続いて身内の者達が同様に祈りを捧げる。

 

「御心のままに……」

 

「せめて、この地で……」

 

 一人。また一人と神への祈りが波及する。

 

 彼らの祈り……せめてもの安寧と今生への告別。

 そうしてほぼ全ての者達が祈りの姿勢となるまで、多くの時間は要さなかった。

 

 ……民衆は覚悟を決めたのだ。

 蹂躙された生涯の最後に一つの意味を持たせるのだと。

 

「――――」

 

 その光景を見るドラウディロンの眼差しに一片の迷いはない。

 迷いは彼らへの侮辱であり、この国への冒涜に他ならない。

 

「始めましょう陛下。……残り十分程度で、あの者が指定した時刻となりますが、特に音沙汰はない様で」

 

 宰相が彼女に歩み寄る。

 彼の首には聖印が掛けられていた。

 

「……そうだな」

 

 覚悟も準備も整った。

 始めよう。最後に我々は報復の光となる。各々の信仰する神と共に。

 

 長年の闘争の果てに辿り着いた一国家の終焉。

 最後に残るは偉大なる神への信仰。それだけが、彼らの心を愛撫し――――。

 

 

 

 

 

 ――――災厄の大悪魔が彼らを嘲笑うのだ。

 

 

 

 

「――――」

 

 夕陽を背に、宙に君臨する黒い影。

 眼下に犇めく者共を睥睨し……小さく鼻を鳴らす。

 

 荒れ果てた大地。竜王国の国土。

 此処で幾千もの嘆きが生まれた。幾千もの戦士の血が流れ出た。

 血では大地を潤すには足りず、戦士達の憤怒では脅威を退けるには至らない。

 

「グルォォ……」

 

 この地の彼方まで、我が物顔で埋め尽くす獣族の軍勢。

 人々の慟哭も怒りまでも、全て平らげた暴食の体現者達。次は我らを見下ろす二体の怪物を喰らわんと、天を睨み付ける。無数の息遣いが渦を巻く。

 

 暴食の獣達。

 それに相対するは暴食の名を冠する悪魔を連れた――――災厄。

 これは一枚の絵に成り得るだろうか。

 

「いや、額縁に収めるには些か印象に欠く」

 

 そう言い切ると、取り繕った人の顔を霧散させた。そして置き換わる様に、黒い濃霧の中から山羊が表に顔を出す。

 

 彼方より参上した、災厄の大悪魔。

 その(かんばせ)を晒した彼はこの地を踏みしめた時から既に理解をしていた。

 

 この国が纏うソレは肌に馴染む。

 此処は満ち満ちている。

 

 強襲され、生まれた嘆きや怒りは失意と共に地に沈み――憎悪と化していた。

 それが、彼を呼び寄せる。彼に願い出る。

 

 人の一面であり、人に非ざる無形。

 無論、神に祈る手も腕もなく。唯々、災厄の名を冠する大悪魔に我が身を捧げたのだ。

 

「故に、一筆を入れることにしよう」

 

 大悪魔は左手を天に掲げた。

 それと同時に、底冷えて重圧感のある気配を放つ。

 

「ギィッ……!!」

 

 叩き付けられた気配に蹈鞴を踏む、数多のビーストマン。

 彼らが体勢を立て直すその合間。大悪魔は膨大な魔力を身に纏い、天を穿つが如く、黒い極光を打ち出した。

 

 天に衝突した直後。

 世界に響き渡る音色は鐘の音に近い。……終末の鐘の音。幾層にも重なり、反響する。

 

「これは饗宴だ。楽しむといい」

 

 鐘の音色と共に夕空は終末の真紅へと染まり切った。

 風向きは統制を失い荒れ狂う。

 死せる大地が唸り、怨念が憎悪が湧き()でて、氾濫する。

 

 大悪魔は静かに告げた――――大災厄(グランドカタストロフ)を。

 

 

 




段々とギアが掛かってきたかな……
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