From the withered world   作:鳥菊

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※彼は契約に従っています。


The twilight of disaster

 

 

 ――――竜王国、王城。

 

 

 

 突如、天を穿った黒き極光。

 鈍く鳴り響く鐘の音色。

 世界を塗り潰した赤き天蓋。

 

 そして……全ての者が嫌でも知覚させられる、魔力に近い莫大なエネルギー。

 この明確な異常は、祈りを捧げる者達を動揺させるには十二分に効果を発揮した。

 

 打ち上げられた黒き光の柱。

 その足元では小さな広場が騒然としている。広場に居座る民衆の誰もが怯えているのだ。

 

 彼らより生まれたのは……不安や恐怖。

 各々が胸の内に留めることは叶わず。瞬く間に許容量の限界に達したそれらは溢れ出でて、形を持ちつつ吐き出された。

 

 彼らが求むるは安寧。焦る気持ちが先走り、何度も何度も周囲に不安を吐露するのだが……その身に返されるは同じ不安な言葉だった。

 

 無意味さを通り越して、この場において禁止すべき事柄だ。

 これが繰り返されて、無秩序を創り出すのだ。……その後のことは目も当てられない。

 

「――皆の者!! どうか、どうか落ち着いてほしい!!」

 

 勿論、女王ドラウディロンはそれを黙して見ている訳ではない。必死に民衆へと己の叫びを投げかけた。彼女の意思に従う様に全兵士も動員され、この場を取り鎮めんと奔走する竜王国。

 

 落ち着け。

 これ以上は何も起こらない。

 悪くはならない。

 

 そう言い聞かせるのだ。

 取り乱し、涙を流し、怯える彼らと……自分自身に。

 

 

 

 ――――ただ、残酷にも拾う神は居なかった。

 

 

 

「揺れているぞ!」

 

 動乱の最中、一人の農夫が叫ぶ。

 

 皆が感じたのは小刻みな振動。

 真紅の空の下で震撼するこれは大地の叫びか、若しくは怒りか。

 

 どちらにせよ、張り裂けそうになっていた広場の秩序は人々の精神は……とうとう決壊する。

 女王と兵士達と人々の神話は、僅かな彼らの心の支えは瓦解し、崩れ去ってしまったのだ。

 

「もう無理よ……耐えられない!!」

 

「出してくれよここから!!」

 

 決して狭くはない広場の中、そこから悲鳴が火の手の如く上がり、延焼し、場の動乱を過熱させる。このままでは二次的な被害が発生してしまうだろう。

 

(何が……どうなっておる!?)

 

 熱を帯びた空気の中、決死の思いで民衆を自身に釘付けようとするドラウディロン。そんな彼女も内側は民衆と大差はなかった。言葉にこそしなかったが不安を吐き捨てる。

 

 同時に、彼女の身に流れる竜王の血脈が語り、騒ぎ始めた。

 

 凶事の象徴。

 莫大な力を放ったあの極光の下にこそ、事態の根源があるのだと。

 

 先祖の血が活路と勇気を与えてくれた。その血に感謝しながら、自分を鼓舞する。

 自分はこの国の女王である。此処で折れる訳にはいかない。少なくとも、この事態が収拾するまでは。との様に。

 

 

「ブギャッ!」

 

 しかし、それは現在降り掛かる災厄を抑え込んでくれる魔法ではない。

 鎮まる気配を見せない大地の震撼。不安定と化す足場。

 あっ。という一言と共に台座から滑り落ちた彼女は床に叩き付けられる。……顔から直撃してしまい、鼻と唇から血が出て来た。

 

「こなくそが……」

 

 ドラウディロンの耳を甲高い音が貫く。

 若干覚束ない足取りで、ゆらりゆらりと立ち上がりながら手摺りを掴む。誰か一人、支えてくれても良いだろうと悪態を付きながら。

 

 衝撃により鈍る思考。

 それを和らげるべく、息を吸う。そうすると、幾分かの冷静さが戻ってきた。

 

「奴……か」

 

 冷静な頭で考える。

 というより、初っ端から断定していた。きっと彼女だけではない。

 

 此度の天変地異。その原因の推測をすると……らしい人物が直ぐに浮かぶ。あ奴だ。

 悪魔を連れ、今思うに何処か慇懃無礼な――怪物。

 

 初対面からロクな奴ではないと思ってはいた。

 この国に降り掛かる災厄を思えば思う程に、不思議と奴の高笑いが聞こえてくる気がしてならない。後で額を揃えてきっちり弁償をしてもらう。絶対だ。

 

 

 それから、つい先程竜王の血が教えてくれた。

 黒い光が打ち上げられた箇所、間違いなくあ奴はそこにいる。だからこそ、誰かがその場へ向かって直ぐにこの馬鹿げた現象を止めさせなくてはならない。……誰が辿り着けるかは別としてだ。

 

「――宰相!」

 

 清廉さなど殴り捨てて、乱暴に血を拭ったドラウディロンは傍らに居る筈の宰相に、掴み掛る勢いで名を呼ぶ。この様な内容は一人で考えるべきではないと判断してのことだ。けれども、振り返ろうとした際に――――。

 

「陛……下」

 

 その表情(かお)は恐怖か、それとも畏敬か。膝と手を地に付けた彼が見る先の光景。それを彼女もまた見てしまった。無論、彼らだけではない。この国の誰もが見上げ……唯々、畏れるのだ。

 

 

「馬鹿、な……!!」

 

 ニグンら陽光聖典。法国の精鋭たる彼らは最低でも第三位階の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)達。推測される元凶に対し複雑な心情はあれど、今は竜王国の者達と同様に……否、それ以上にその脅威を、魔力を畏れた。

 

 精鋭としての人類の守護者としての誇り、それを糧に弱き心を押し潰す。

 冷汗を拭い、脚に力を籠める。

 

 彼らが見上げる先には……重力に逆らい浮上する瓦礫や大地。物によっては数100メートルを超える規模。そして、それに付随するは無数の怨念。この地の憎悪が亀裂と共に吹き出で、不浄の嵐と化す。

 

 それらが向かうは、赤い天蓋の中心部。恐らくは発生源。

 付近の空間は大きく歪み、黒き虚空が露呈していた。

 

 雨の如く降り注ぐ紫電。下界を見下ろす、異界の黒き海。

 暫し過ぎ、彼の海より出づるは――――等間隔に円陣を組み、白き輝きを放つ七枚の葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 異界の者の手で解き放たれた黙示録。

 その影響範囲は優に千里を越えた。

 

 荒れ狂う災厄、又は呪詛。

 その力の断片を老若男女、種族さえも問わず、その身で理解する。

 

 尤も、特に神に従する者や位階を高めし者。それらをも含め、高みに至った者達にとっては……自身の持つ力に比例して、否が応でも大災厄の本質、深淵を覗き込むことになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城

 

 

 その城は、王都の本通りを除いた舗装されぬ道とは裏腹に、湯水の如く富を投じられていた。

 外周は約1400メートル。20の塔で固められた防衛網。王都の最奥に位置し、堂々たる立ち姿であった。

 

 この国にも竜王国と同様に、鈍く響いた鐘の音と共に広がる真紅の天蓋。そして――吹き荒れる莫大なエネルギーが飛来していた。

 

「これが……力というものか、ガゼフよ」

 

「……陛下もお気づきに」

 

「何とも、不吉よな……」

 

 即位39年。

 リ・エスティーゼ国王、ランポッサ三世。

 

 吹き荒れる風に確かな力を感じつつ、目を細めた彼はそう零す。

 彼は自身の懐刀であり、王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフと何人かを連れ、バルコニーからその光景を確認していた。

 

 喧騒が増す王城。

 この異常を理解していたのは無論、この二人どころか王城の者達だけでもない。彼らの手が届く王都中……否、国中が災禍にあり、騒がしさを増していたのだ。

 

 及び、この騒がしさは良いものではない。危険さを孕んだものだ。

 その考えに至ったランポッサはガゼフに真剣な眼差しを向けた。

 

「――勅命を下す。戦士団と共に王都を見回って来てくれ」

 

「王都を……ですか」

 

「ああ、お前達の顔を見れば、民も安堵しようぞ」

 

「……御意。陛下もどうか、安全な場所で」

 

 臣下の憂慮を受け取ったランポッサ。

 彼が頷いたのを確認したガゼフは一礼をし、小走りでその場を後にした。

 

「頼んだぞ、ガゼフ」

 

 ランポッサはその広い背中を見送った後、大きく一呼吸した。これから押し寄せてくるであろう気疲れを考えてのことだった。

 

 ……この後、彼は緊急の会合をする心算だ。王国に迫る未曽有の異常に備える為の。

 但し、一体何人の貴族が集まろうか。自己保身が人一倍強い彼らである。仮に集まったとしても事態の対応に四苦八苦することは間違いない。それだけで気が参りそうになる。――――敵国とは言え、君主制の帝国が羨ましい。

 

 などと悩みながら眉間を揉むランポッサ。改めて赤い空を見ながら彼は呟く。

 

「――――何事もなく、過ぎれば良いのだが」

 

 不安と憂鬱。二つを交互に噛み締める。

 暫くそうしていた後に、彼もまたバルコニーから姿を消した。

 

 

 

 

 

 ――――王都リ・エスティーゼ、冒険者組合

 

 

 この組合を訪れるならば、直ぐにその名を耳にする羽目になる冒険者チームが存在する。

 

「これは!?」

 

「おいおいおいおい! どうなってんだぁ!?」

 

 アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇。当組合はおろか、国境を越えて他国でも通じるその名前。

王都の筆頭冒険者である彼女達の内の二人。リーダーのラキュースと前衛戦士のガガーランは組合から飛び出し、他の冒険者達と同様に真紅の空を見上げる。

 

「ヤバいこれ」

 

「ぶっちぎり」

 

 それに続く感想は、組合の屋根の上からだった。

 凄まじい力を帯びた強風に吹かれるは双子の忍者、ティアとティナ。彼女達も同じく、蒼の薔薇所属のアダマンタイト級冒険者だ。

 

 王都が香ばしい気配を纏い始める中、ガガーランがラキュースに話し掛けた。

 

「しっかしよぉ、これは何か出そうな雰囲気だな」

 

「馬鹿なこと言わないで……それよりも、イビルアイは?」

 

「うん? まだ中にいるんじゃねぇか?」

 

 異常事態に見舞われながらも、何時の雰囲気を崩さない。そんな彼女達の会話の中で『イビルアイ』という人物名が挙がる。蒼の薔薇は五人組、即ち最後の一人のメンバーである。そして、その彼女なのだが――――明確な異常事態なのに、出てこない。

 

 不思議に思ったラキュースは上にいるティアとティナにも同様に尋ねるが……知らぬ存ぜぬだ。ただ、ティアが見てくると言って姿を消した。片割れのティナはひょいと、二人の元へと着地をする。

 

「対策でも考えてくれてるんだろ。うちのちびさんは色々と知ってるしな」

 

「イビルアイ、博識」

 

「……対策ね」

 

「――まぁ、それは置いとくとしてもよ……これはもう動いてるぜラキュース。とびきり、ヤバい何かが」

 

「――ええ、分かってるわ。でも情報が足りないから色々と調べなきゃ」

 

 彼女達は歴戦の猛者。

 通常の冒険者とは、遭遇してきた修羅場の数も質も段違いである。故にこそ理解が出来た。今回、今迄の比でない脅威が動いているのだと。

 

 ただ、肝心な脅威の元凶への手掛かりが全くない状況である。

 原因は不明。これは間違いなく恐ろしいことだ。

 

 道行く人が立ち止まり、何処か怯えた様に周囲の者達と言葉を交わす。こうして騒がしくなる王都の中。その変化を実感していたラキュースはふと、空の異変に気が付く。

 

「あれは――――穴?」

 

「ああ?」

 

 異変を感じた方角は南東。

 果てしなく広がる真紅の空で目を動かすと……一つの黒穴が見える。

 

 距離はかなり離れているが……相当な大きさだ。目算でキロ単位はある。

 その穴は先が見えなく、何かがそこから何か這い出て来そうで――――。

 

「――――ッ!?」

 

「ッオイ!! 今度は何だってんだ!?」

 

「――揺れてる」

 

 彼女たちが目を向けた直後、軋み震撼する大地。勢いを増す風と……忌避すべき力。

 王都の人々もそれに驚き、慌てふためく。宥めて落ち着いた筈の馬は暴れ狂い、車体が倒れる。若しくは暴走する。

 

 何人かは気持ちを抑え、静かに暫く待ってみても……状況は改善しない。とうとう彼らも限界に達し、他の者と同様に焦り始めた。――――事態は今、悪化の一途を辿っている。疑い様もなくパニックの兆候だった。

 

「まずは、こっちからだな――――ラキュース?」

 

「――――」

 

 現状を認識したガガーランがこの場を収めるべく、リーダーであるラキュースに進言しようとする。だが、そのリーダーの様子がおかしい。彼女の見立てでは呼吸が浅く、顔色も悪くなっていた。それを見て、すぐさま駆け寄った彼女は背中を擦った。ティナも膝を突いてラキュースの様子を窺う。

 

「〈獅子の如き心(ライオンズ・ハート)〉」

 

 戦友の献身。

 それを受けるラキュースは位階魔法を詠唱した。恐怖に対する効果を発揮する魔法である。それを自分に打ち込んだ。続けて大きく呼吸をすると、呼吸と顔色も段々と改善され始めた。

 

「――――うん。もう、大丈夫」

 

「本当か? 無理はするなよ」

 

 少しして、普段通りの落ち着きを取り戻したラキュース。彼女のその様子に安心した表情をみせるガガーラン。ティナも問題なしとの判断を下した。……ただ、ラキュースの顔に余裕は戻らない。寧ろ、先程より険しさが増した。

 

「ええ。私については本当よ。……でも、もしかしたら私達が思っている以上に、良くない何かが動いているかもしれない」

 

 この一連の大規模な現象。これらはラキュースの神官戦士としての性が警鐘を鳴らし、拒絶している。現状、原因は不明と言う他ないが、正統な力に因る現象ではないことは確かだ。それも一度、アダマンタイト級の彼女がその力に呑まれてしまう程の。彼女自身、先程生まれた恐れが完全に消えた訳ではないが……この元凶を知る必要があると考え、腹を括った。

 

「でも、まずはこっちよね」

 

「そうだな」

 

「了解」

 

 けれども、物事には順序がある。

 ラキュースが行動出来なかった間にも、王都の騒ぎは拡大し、阿鼻叫喚の前段階と言っても過言ではない程に喧騒が支配していた。これ以上は命取りになる。そう考えた彼女達は他の冒険者達を連れて動き出す、この動乱を鎮める為に。

 

 

 

 

 

 蒼の薔薇の為に用意された一室。

 その中には蒼の薔薇の忍者、ティアと仮面を被る小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居た。

 

「イビルアイ。鬼ボスが心配してた」

 

「――――」

 

 ティアは仲間である彼女の名を呼ぶ。……ところが返事はない。名を呼ばれた当の本人は身に纏うローブを握りしめ、自分自身の体を抱く様に硬直している。

 

 ティアも初めて見る様子だった。

 普段ならば、本人は認めないものの意気揚々と知識を披露してるのだが。

 

「地震? ……!!」

 

 などとティアがイビルアイの反応を待っていると――――組合の外と同様に揺れ始める室内。同時に敵の力を推し量る感覚も鋭敏に感じ取った。大気を満たす力が増大する様を。

 

「――ティア」

 

 彼女がそうして感覚を尖らせていると、ふいに声がする。イビルアイのものだ。

 

「なに」

 

 ティアは一度外した視線を彼女に戻す。

 すると、ローブを握り締める手はそのままに、彼女の体が小刻みに震えていた。その震えは地震か、それとも恐れか。答えは不明瞭だが、イビルアイは少しずつ言葉を紡ぎ始める。

 

「後でラキュース達にも伝えるが――――絶対にアレには関わるな。少なくとも、私たちの手に負える存在ではない」

 

「…何となく予想はしていた。でも、その根拠を聞かせて」

 

 真剣さと覚悟。

 それらを帯びた眼差しを受けたイビルアイは少し言い淀むが……続けて語る。

 

「……一連の現象の根底は恐ろしく歪んで、穢れている。ただ……原理的には恐らく、魔法に近い筈だ」

 

 魔法も多種多様である。

 魔法強化や儀式、マジックアイテムとの併用、生まれながらの異能(タレント)等々と、一つ魔法に対して差別化をする手段や位階を上昇させる手段が多々あるのだ。この国の誰よりも生きたイビルアイでも知らない分野がある位に。

 

 最初こそ彼女は異常な混り気の多さと、その規模から此度の一件は儀式魔法に因るものであると考えた。だが、その儀式魔法である筈の力が増すに連れ、深淵に近づき……彼女の知るそれらと根本的に違うのだと殴り付けられたのだ。

 

「儀式魔法にしては無規則が過ぎる。複数人にしろマジックアイテムにしろ、発動なんて出来る筈がない」

 

「――――」

 

「確実にいる。暴れ狂う無数の力を無理やり束ねてしまう、そんな化物が」

 

「それって――」

 

「そうだ。今回の異変を引き起こしたのは、狂った力を持つ、たった一人の術者だ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――バハルス帝国、帝都アーウィンタール中央部、皇城

 

 

 皇城内部に存在する豪華絢爛とした執務室。

 室内では当国の皇帝たる、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが配下の者達に指示を飛ばし、天変地異に対応を強いられていた。

 

「各主要都市に伝達しろ、費用は惜しむな、あらゆる手で治安を維持せよと。……行け!」

 

 ジルクニフの指令を受け取った従者が、揺れる皇城の中を急ぐ。

 他国の襲撃を想定し、堅牢な設計を施された城ではあるのだが……今後事態が悪化するならば、この城を脱出することも視野に入れなくてはならない。

 

「……今は、こんなものか」

 

 執務専用の長机。そこに山積みで置いてあった書類は全て崩れ落ちた。

 額から流れる汗を粗暴に拭ったジルクニフは数人にそれらを回収させつつ、気品のある座椅子に腰を下ろす。不快な揺れで落ち着かない。全くもって災難な日だ。彼も思わず小さく溜息をついてしまう。

 

 各地より上がるは異常事態の報告。

 亀裂や断層、落雷による火災に加え、生息域より大移動を始めたモンスター達の一部が小都市や砦に迷い込む事態。此処まで来ると兵士のみならず、冒険者やワーカー達にも一仕事を依頼しなくてはなるまい。

 

 更に、取り分け異質なのは最南端の砦、及び周辺の山々の地殻変動だ。

 火急かつ報告には〈伝言(メッセージ)〉を用いている為、信用性には欠けるが――――どうやら、一部の山や砦が浮遊を始めたらしい。

 

 この馬鹿げた報告を送った者を直ぐに切り捨てたかったジルクニフ。……だが、当の彼自身も見えてしまった。無数の巨大な何かが、黒い穴の中心を取り囲むように宙を舞う様を。

 

 現在も尚続く、未曽有の異変。

 その未曾有さが故に、情報収集を行うしかない。後は報告待ちなのだ。本格的な対応はそこから始まる。今出来ることは此処までだ。

 

「しかし、参りましたね陛下。この揺れは一体、何時まで続くものか」

 

「……聞くなバジウッド。相手を選べ」

 

「そう仰られましてもね」

 

 バハルス帝国が誇る、帝国四騎士が一人。雷光のバジウッド。

 彼が鮮血帝とも称されるジルクニフに対し、砕けた口調で話し掛ける。けれども、当人も皇帝もそれに気にした素振りはない。普段通りの光景だった。

 

 そしてフランクな彼に対し、ジルクニフは向こうに聞けと言わんばかりに、クイと顎を動かす。その先には狂った様に――――いや、実際狂っているのだろう。純白のローブを身に着け、身長の半分はあるだろう白髭をたたえた老人がいた。

 

「ぉお……。おぉぉ……」

 

 小さく震えた叫び。

 その老人は感極まり、涙を流していた。

 

 最早、誰の言葉も耳に入るまい。本来であれば、この非常時において最も頼れる存在の筈なのだが……この老人の弟子どころか、ジルクニフの怒号でさえ彼には届かなかった。手の付けようがないのである。

 

「まぁ、理屈を並べて、今から勝手に出歩かれるよりはマシか」

 

「かも、しれませんな」

 

 英雄の領域を超えた逸脱者。主席宮廷魔術師のフールーダ・パラダイン。

 帝国から幾多の困難を救い、その発展に多大なる寄与をしてきた、代替の利かない偉人。

 

 彼が魔法に対し、大きな執着を持っていることは良く知っていたジルクニフ。だが、それをどうやら過小評価していたらしい。此度の騒動。強大な力が振り撒かれてからあの調子だ。……治安と言い、フールーダと言い、早くこの天変地異が収まることを祈る他ない。

 

 そうしてジルクニフが頭を悩ます中。

 フールーダはやはり魔法……視界に広がる真紅の空と巨大な虚空で頭が埋め尽くされていた。

 

(口惜しい……何と、口惜しいことか……!!) 

 

 彼にも分かる、感じ取ることが出来る。

 アレが魔法に近い現象であり、発動したのは恐らく術者一人であることを。

 

 だが、近づくことは出来ない。

 これは持てる時間全てを使い、可能な限り数多の魔法とその関連知識を得たフールーダだからこその気付きだ。

 

「――呪詛」

 

「……どうした、じぃ」

 

 通常の性質は違えど、神官職ならば薄々勘付いたかもしれない。特大の呪詛を。

 方角は――――竜王国。ならば理解出来よう。あの地には特大の憎悪が眠っている。

 

 この規模、そして魔力。

 疑う余地はない。術者の力とあの地の憎悪に、因果性が生まれた。干渉しようとも拒絶され、最悪死に至るのだろう。

 

「ああ――――」

 

 見える。

 私が望む、魔道の深淵が。

 それを断片でも覗くことが出来るのならば、己の死すらも些事だ。……だが、それすらも叶わない。こうして、帝国が災厄に包まれる中、唯一フールーダの虚しさだけが、静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ローブル聖王国、首都ホバンス

 

 

 宗教色の強いこの国において、信仰の中核を担う大聖殿。 

 此処で現聖王、カルカ・ベサーレスを筆頭とした政府関係者と神殿勢力の者達が、四大神へ向けて儀を執り行っていたが、その最中に災禍の断片が降り掛かった。

 

 

 夕陽でない赤に照らされた大聖殿の外。

 そこでは小さく揺れる足元に気を配りながらも、カルカが休憩用に整備された丘から、その大異変を目の当たりにする。聖王国の東に広がるアベリオン丘陵。そこをも越えた果ての先に、黒い虚空が出現していた。

 

「何と……恐ろしい光景なのでしょう」

 

 ローブルの至宝、聖女とも称される彼女の瞳に赤と黒の災厄が焼き付けられる。彼女の傍にはレメディオス、ケラルトから成るカストディオ姉妹。そして彼らに付き従う数名の衛兵達が居た。

 

 大聖殿内で異変を感じた直後、他国と同様に民衆の騒ぎが広がり始めた聖王国。

 儀の会場外で待機していた大臣達から報告を受け取った彼女達は直ぐに、パニックの抑止を狙って指令を飛ばした。

 

 異常こそ前以って察知は出来なかったが、皆が一丸となった素早い対応が功を成した。

 未だに異常は続き、民の不安を取り除くことは叶わなかったものの、彼女達は当初の狙いを達成する。――だがその後、カルカの平常心に大きな負荷を掛ける出来事が齎される。

 

「……本当に大丈夫なのね? ケラルト」

 

 不吉な風に悍ましい力。鈍く鳴り響く地鳴りに、轟く雷鳴。

 それらを肌と耳で感じながらも、カルカは友人であり、英雄級の神官であるケラルトに心配そうな表情を見せる。

 

 ……つい先程、急に倒れてしまった彼女。最初は敵対勢力の闇討ちを疑ったのだが、どうやらそういった理由ではないらしい。

 

 倒れた当時は顔色が悪く、呼吸が浅い様子であり、危険な兆候が見られた。しかし、幸いにも近くに彼女自身が統括する神官団の団員がおり、その者の補助を受けつつ、自分自身で治療を施し、立ち上がったのだった。

 

「見苦しい所をお見せして申し訳ございません、カルカ様。……これ以上の失態はもう二度と」

 

「ケラルト……」

 

 決して少なくない、カルカの政敵を悉く叩き潰してきたケラルト。

 そんな彼女が倒れ伏す場面などそうそう見られない。今回は南部貴族の連中が居なかったからこそ良かったのだが……彼女にとっては一生の不覚だった。自らの失態でカルカの足を引っ張ることは許せないのだろう。

 

 カルカはそんな風に自虐的な発言をしたケラルトに対し、自分を責めてはならないと言い聞かせる。

 そして話題を変えることと、彼女が倒れた原因を探ることを兼ねて、目前に広がる災厄へと顔を向けた。

 

「貴方の不調とこの赤い空、私は無関係とは思えません。一体何が起こっているの……」

 

「――原因は分かりかねます。ですが、我々が忌避すべき現象であることは間違いないかと」

 

 神官として。この身を蝕んだ力は……所謂正しい力ではない。そう判断したケラルト。

 また、この元凶の目星は付かないが、この聖王国を直接狙ったものではない可能性が高いと、カルカに伝える。

 

 ……故に、尚の事悍ましいのだ。

 先の仮定をした場合、聖王国に降り掛かるこの影響は()()出来事に過ぎないのだから。本命は恐らく酷い事態に見舞われているのかもしれない。

 

「――――カルカ様。悪魔です」

 

 その様にして、二人が災厄について考えを巡らせていると……突如として口を開く者。

 九色の内『白色』を与えられた、聖王国最強の聖騎士。名はレメディオス。ケラルトの二歳上の姉。

 

 妹と瓜二つの顔で、彼女は自信満々に断言する。此度の騒動、その原因は悪魔であるのだと。そこに自身の疑念や迷いの類は一切見受けられない。その言葉にカルカは思わず面を食らい、言葉に詰まってしまう。

 

「姉様……一体何の根拠がありまして?」

 

「この聖剣だ、ケラルト。カルカ様にも是非見ていただきたい」

 

 妹の疑問に対してレメディオスは、鞘から丁寧に一振りの剣を取り出した。

 四大聖剣の一つ、聖剣サファルリシア。普段こそ持ち歩かないのだが、先の儀で使用する為、彼女が携帯していたのだ。――――見ると、その剣は既に刀身に光を帯び、僅かに波動を放っている。また、レメディオスが天に聖剣を掲げると、輝きが一層増すのだ。

 

「伝えております……邪悪な者が動いているのだと」

 

 聖剣サファルリシアの反応より、今回の大異変には、邪悪な何かが確実にある。邪悪に関わる存在と言えば悪魔。……即ち、此度の元凶は悪魔である。イビルスレイヤーとしての勘もそう告げている。だから間違いはない。レメディオスの頭はこの結果を算出したのだ。

 

「――――成程、姉様の仰りたいことは分かりました」

 

 ……本人は真面目かもしれないが、随分とふざけた持論だ。これはしっかり伝える必要がある。そう考えたケラルトは現状の説明と姉の日頃の発言と振る舞いについての説教を行う。

 

 対するレメディオスは妹の意図が分からず仕舞い。輝きを発する聖剣を再び鞘に納めると、懸命に彼女の言葉へ耳を傾けていた。

 

 そんな姉妹の一悶着を一歩下がった場所から眺めていたカルカは思う。

 

(聖剣が反応した……。強ち、レメディオスの見解も間違いではないのかもしれません)

 

 悪魔が主犯なのかは分からないが、良くない何かが動いている可能性は十分にあり得る。聖剣のみならず、ケラルトもその理由の一つなのだから。

 

 カルカは聖剣と友人を見やった後、再び真紅の空と先の見えぬ黒き穴に目を向けた。……彼女はこの後、聖王として民の前に立ち、彼らを安心させて勇気付けなくてはならない。この赤い天蓋の下で。

 

「――誰も泣かない国を」

 

 紛れもない自分、カルカ・ベサーレスの理念。

 それを真正面から否定する、災厄。

 これは試練であるのだと考えた彼女は、それと向き合う覚悟を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……過ぎたりし力。一定周期ごとに飛来する脅威。

 それらを知る者達は必然的に結び付けてしまう。

 

 益か不利益か。

 善か悪か。

 

 賢者達は苦悩する。

 件の者は何を生み、何を汚し、何を残すか。

 その疑念は不安は天に穿ち、開けられた大穴に吞み込まれた。

 

 ――但し、少なくとも。

 此度の災厄は賢者達を嗤いながら……彼らの想定を地に貶めるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――トブの大森林東部、枯れ木の森

 

 

 赤き天蓋の下、木々を震撼させる大地震。

 人外魔境であるこの地に、無数の巨大な罅が刻み込まれ、平地が隆起し始める。……ただ、これらは全て災厄が齎した地殻変動ではなかった。

 

 幾つもの巨大な木々が生い茂る大森林の中でも、飛び切りずば抜けて巨大な樹木。それは推定で100メートルの高さを誇り、六つの触手はそれぞれ300メートルを優に超えていた。言うまでもなく、只の植物ではない。トレントの派生種であり、嘗ての十三英雄達の力で何とか触手だけを討伐出来る。それ程のまでの力を持つ存在。

 

「……ゴォォォオオオ――――!!」

 

 大口を開き、覚醒の咆哮を上げるは魔樹ザイトルクワエ。竜王(ドラゴンロード)が全盛の時代を生き、ダークエルフ達を放逐した怪物。それが不完全な封印を破り、表舞台に再度、巨体を現す。

 

 本来であれば、復活まで幾らかの時間が残されている筈だった。だが、振りまかれた災厄。その忌むべき力が魔樹を呼び起こしてしまう。

 

「――――」

 

 魔樹が体長の三倍近い触手を振るう。

 触手に触れた数多の木々が弾け、大地が吹き飛ぶ。そうして乱雑ながらも一本の道が完成した。

 

 それに満足したのか魔樹は移動を始める。そこに知性はなく、本能のみで。

 

 目的地は災厄の中心位置。

 己を呼び起こした者、その力へと無意識に惹かれた魔樹は行く道の全てを喰らい、薙ぎ払って進撃するのだ。逃げ惑う小さき者達など、目に入れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――スレイン法国深部、秘匿領域

 

 

 その場所は限られた者達が知るスレイン法国の最奥。当国の心臓部であり、他国からの干渉を退けるべくあらゆる手で守られた空間。

 

 例の空間に存在する会議室において、重なった諸事情により全員が揃っているわけではないが、最高神官長を初め、各宗派の神官長、各機関のトップが一堂に会した。

 

 如何せん火急が故、緊急で集まり始まった会議は近年で一番の紛糾具合であった。

 内容は勿論、現在も尚、法国全土……人類の生活圏以上に影響を及ぼす天変地異だ。これに関しての各地より上がる報告が事態の異常性をありありと彼らに叩き付ける。

 

「これらが全て、陽光聖典が報告した魔法詠唱者(マジック・キャスター)の仕業だと?」

 

竜王(ドラゴンロード)の線もあるが……此度の騒動を引き起こす理由があるまい。少なくとも白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)を筆頭とした者共は安寧を求めている筈だ」

 

「仮に竜王国に現れたその者が、我らが神と同郷の者であるのならば、時期的にも問題はない。……目的は確か、ビーストマンの掃討だったか? 悪魔を連れているとはいえ、戦場から人々を逃がしたとも報告にあるわ」

 

「だが、この規模に理から外れた力。これが人々の救済であるとは思えませぬ。現に、土の神殿における大儀式魔法をも退けると来た!」

 

 可能性が浮かんでは消え、浮かんでは消える。この会議室における彼らは人類の為に身を粉にして働く者達だ。会議の停滞など望んではいないのだが……議題に対する議論が進行しない。

 

 この会議はスレイン法国の頭脳と言っても過言ではない。

 此処が止まると他も動くに動けないのだ。今の会議の現状は人類にとって大きな損失になる。

 

 そんな危機的な状況の中、一人の神官長が口を開く。

 

「――兎も角、我が国が直接的に事態の安定を図るには情報が足りておりません。故にこそ、一度既存戦力の温存をしましょう。事態の好転時に動けなくては目も当てられませんので」

 

 元凶は判然としない。

 事態解決に打てる手もない。……ならば、手札を揃えておく。

 その為の行動を取るべきであると進言したのは土の神官長、レイモンであった。

 

 六つの宗派における神官長の中で最も若い彼の言葉。

 それに他の者達も多少の時間だけ、思料した後に賛同の意を示した。

 

 ……一応、対策の方針は固まった。この場の全員がそう判断し、漸く具体的な対策を講じようとする寸前。その場に耳を塞ぎたくなる様な知らせが届いてしまった。

 

「会議中、失礼致します! つい先程、エ・ランテル近郊に在中していた風花聖典より連絡が!」

 

「……何事だ」

 

「トブの大森林東部より数100メートル規模の植物系モンスターが出現!……南東へ、あの黒い大穴へ向けて直進しているとのことです!!」

 

「――――馬鹿な、このタイミングでだと!?」

 

 風の神官長の悲痛な叫びと共に、その場の全員の脳裏に過るは破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)という単語。知らせを運んできた者は続けてこうも語った。例の魔樹により、大森林から多量のモンスター達が流出し、エ・ランテル近郊はパニックも同然なのだと。――いや、問題はそれだけではない。

 

「待て、進行方向は南東と言ったな……。……!!」

 

 風の神官長、ドミニクが魔樹の予測進行方向を、手元の地図で辿る……すると、その方向には一つの小さな街『ヴァディス自由都市』の名が浮かび上がった。

 

 その街は王国と帝国が共同で作り上げた防衛拠点で、カッツエ平野のアンデッドを抑え込む役割を果たしていた。……此処が、無くなる可能性がある。

 

「近年、亡者共の数は増すばかり。此処を失えば状況次第で奴らを抑え込めなくなる……!!」

 

 連鎖し、解き放たれ、迫りかねない新たな脅威。

 これも又、間違いなく人類の危機だった。たった一報により書き上げられた最悪のシナリオ。人類の守護者たる彼らにとって見過ごせる筈がない。場が更なる焦燥感で満たされ、息苦しくなる。

 

「――先の内容は撤回します。漆黒聖典を出しましょう」

 

「そうする他あるまい。明確な危機である以上、手をこまねいている訳にもいかん」

 

 レイモンが自身の提案した戦力の温存案を、自ら撤回する。それに他の者達も同意した。

 当初、現漆黒聖典の一人である『占星千里』により予言された破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活。それに対抗するための準備は幸いにも大半が完了していたのだ。直ぐに動かせる。

 

 ……緊急事態への具体的な対策方針は固まった。

 それを認知した者達は瞠目している最高神官長を見やる。こうして会議室の大半の視線を受け取ったその者は目を見開き、側近に命じた。

 

「漆黒聖典に招集命令を下す。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の件については予定通り、神器による支配を行う。その様に伝達せよ」

 

 

 

 

 

 

 

「――――ですので、私共はこれからカッツエ平野の先にへと向かいます」

 

「……そう」

 

 会議室より伝達が飛んで直ぐ後のこと。

 青白く照らされた廊下の中、二人の会話だけが残響する。

 

 一方は黒い長髪に紅玉の瞳を持つ少年に近い青年。彼は逸脱者の領域をも超越した神人、漆黒聖典の隊長である。

 

 彼の……漆黒聖典の任務は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を神器ケイ・セケ・コゥクにより支配下に置くこと。彼はこの任務の遂行の為に、隊長である自分を始めとした漆黒聖典のメンバーに加え、神器を発動する役割を担うカイレの準備を待っている最中だ。直に出発するのだろう。

 

 そして、もう一方は白銀と漆黒の髪色と、同色で髪色とは左右逆のオッドアイを持つ少女。目の前に立つ隊長、人外領域をも超越したスレイン法国最強の存在『絶死絶命』。本名をアンティリーネ・ヘラン・フーシェ。

 

 彼女は六大神により持ち込まれたとされる玩具、ルビクキューを弄っている。その際に何を考えているのかは分からないが、職務の関係上、彼女のその姿を彼は高い頻度で目撃している。……ただ、何時もならば面を揃えようとするのだが、今は無意味に手を動かしている。少なくとも彼にはそう見えていた。

 

「今回ばかりは、駆り出されると思ったのだけれど……アレには関わらない判断をしたのね」

 

「ええ、未曽有の被害が出かねませんからね。可能な限り静観したいのは私も同意です」

 

 彼らが立つこの場所もまた、限られた者だけが許される領域。

 人類の危機に備え、頑強な作りをされており、災厄による揺れも微々たるものへと抑えている。けれども、放たれた莫大な力の片鱗までは遮断出来なかった。

 

 ……最初に気が付きその光景を目にした時には、神人たる彼も狼狽えた。休暇だったが直ぐに支給された装備で身を固め、戦いに備える位には。

 

 その様にして、つい先程までの自分の様子を思い起こす彼。

 それに対し、アンティリーネは何処か考え込んだ顔をした後に、ふと、ガチャガチャと動かしていた玩具から手を止め、彼の目を見る。

 

「そうね、それが正解かもしれない。だって、尋常じゃないもの」

 

「……」

 

「アレは禁忌よ、無暗に関われば……死ぬわ」

 

 出て来たのは『絶死絶命』らしくない言葉。

 

 真の法国の切り札たる彼女は、彼の中では鼻柱をへし折ってくれた存在であるのと同時に、良くはないのだが、たとえ自分が殉職しても彼女が控えてくれているという安心感を与えてくれる存在でもある。……きっと、彼だけではない。彼女を知る者は皆その筈だ。

 

「――――貴方であっても、ですか?」

 

 それが今、揺らごうとしている。

 だから彼は尋ねた。『絶死絶命』は災厄を――――悍ましい悪魔を連れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)を打ち破ることが出来るのかと。

 

「……」

 

 複雑な感情が入り混じった質問。それに対する彼女の答えは無かった。

 あるのは、小さく手を振って『早く任務に向かえ』と目の前の青年に促す手振りのみ。そして彼に背を向けて壁に寄り掛かり、再びルビクキューを触り始めてしまった。

 

 そんな彼女の素っ気ない態度に彼は小さく笑い、一呼吸を入れる。

 

「――では、これで失礼します」

 

 彼は一言言い残し、続けて彼女に対して丁寧に一礼をする――――やはり反応はない。だが、彼は踵を返して歩き始めた。……心なしか重さが増した槍を握り締めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――アーグランド評議国、????

 

 

 

 100年毎に飛来する強大な存在。『ぷれいやー』と長年関わり続けたその竜王(ドラゴンロード)は、此度の一件に今迄の存在とは違う、異質な力に確かな脅威を感じていた。

 

「……何が、来たんだ」

 

 微睡の中から目を覚ましてそう零したのは、アーグランド評議国永久評議員の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 

 彼が持つ、竜種の中でも特に優れた知覚能力はこう捉えた。

 今現在、遠く彼方で渦巻く力は、自身が扱う始原の魔法(ワイルド・マジック)でも無く、八欲王により齎された位階魔法でもない。……後者よりも悍ましく、穢れたモノで前例を知らない程に強大であるのだと。即ち、前例の無い何かが飛来した。今のところはそう判断せざるを得ない。

 

「そろそろ出番になってしまうかな」

 

 現状に思わず苦悩しながらもツァインドルクス……ツアーは空間の片隅を見やる。そこには彼の別名に相応しい、白金の鎧が据え付けられていた。この鎧は紛れもない彼自身の始原の魔法(ワイルド・マジック)により生み出したものだ。

 

 父たる竜帝により始まった、異界との接触。

 その大きな間違いにより発生した世界の異変に対応するべく、この鎧を何度も酷使してきた。

 

 この鎧を通してツアーが見てきたのは六大神に八欲王などの『ぷれいやー』やザイトルクワエなどの空を引き裂いて現れた化物達。……そして今、世界を文字通り揺るがす災厄。これが前者か後者か、それともまた別の存在なのか彼にも分からない。

 

「――もう直ぐ、リグリットが来るんだった」

 

 この世界を脅威から守る。そんな大きな使命を持つツアーだが、彼も一人ではない。

 彼は一呼吸をし、嘗て十三英雄〈白金〉として共に旅をした死者使いのことを思い出す。恐らく彼女も今回の一件に関して色々と考えてくれているのだろう。

 

「どう動くべきかな……」

 

 持ち得る手札。

 それらをどのタイミングで切り、脅威に対処するか。

 古い仲間がこの領域に到着するまで、ツアーはその様な思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 鐘の音と共に解き放たれた大地に眠る無数の呪詛。

 積年の果てにそれらは計り知れぬ力を帯びた。

 

 それらは同じく、世界の摂理を超越した災厄と結びつく。

 絡み合い……契りを交わす。

 

 呪いと化した彼らの望みはたった一つ、獣共の殲滅だ。

 その為に集い、姿を現した。――――最早、誰にも止められない。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴッ、ギャォォオオ!?」

 

 竜王国の地平線を埋め尽くすビーストマン達。

 人々を貪り続けた彼らは今――――喰われていた。

 

 地獄より湧き出た怨念が獣共を貫き、貪り尽くす。

 それに追撃するは荒れ狂う爆風に、大地の浮上と崩落。複数の異常が重なり合い生まれた天変地異。それに飲み込まれていくのだ。

 

 正しく黙示録の再現であり、竜王国の現状。

 ――そんなこの国に今、満ちているものは何か。恐怖か、後悔か。……確かにどちらも両者共に存在するのだが、不適当である。

 

「――歓喜だ」

 

 災厄の大悪魔は大仰に正解を口にする。

 すると、数多の怨念により形作られた大河がうねり、彼の者と共鳴し始めた。

 

 頭上には虚空より顕現せし、白き七枚の葉。

 円陣を組み、緩やかな速度で回転するそれらの内の一枚が、彼の手元へと落下する。

 

 その途中、その葉は黄金色に燃えて縮小し……大悪魔の手に収まった。

 

「序曲はこの辺り……そろそろ、山場に差し掛かる訳だ」

 

 白き葉の残骸が収まる左手。彼の者がその手に力を籠める。

 ――間もなくして、黒き葉の憎悪が手から吹き出でた。その憎悪は渦を巻き、この地の怨念と融合を開始する。それに付随する様に天上の白き葉も、その色を不気味に変えて高速に回転し、魔法陣へとその姿を変貌させる。

 

「今こそ決着を付けよう、何者でもない彼らの為に」

 

 ……悪魔は契約を破らない。

 意味ありげな言葉を付け足した、山羊の顔がニヒルな笑いを見せる。

 

 荒れ狂う憎悪は取り巻く暴風をも取り込み、一つの黒い大渦と化した。

 その渦は付近のビーストマン達を巻き上げ、灰塵に変貌させる。

 

「――――大災厄(グランドカタストロフ)。者共よ咽び泣くが良い、宿願は此処に成されるのだから」

 

 災厄の大悪魔、ウルベルト・アレイン・オードル。

 彼が左腕を獣達へ向けて振り下ろし、超火力職ワールド・ディザスターの切り札が発動する。

 

 下された行進の大号令。

 この地の黒き憎悪を帯びた大渦は、無数の思念は怨敵へ向けて唸り声を上げた。大号令と同時に渦の大きさは更に膨張し、直径はメートル単位で六桁を優に超えた。

 

 かくして世界より零れ落ちた葉の憎悪は獣共への憎悪と一つになり、大渦として解き放たれた。

 呪詛が凝縮されて生まれた純然たる破壊のエネルギーが牙を剝き、眼下の有象無象を放逐して進む。ビーストマン達も、奴らが竜王国に刻んだ歴史も、それら全てを纏めて消し去る様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …

 ……

 

 

 竜王国を起点として発生した未曽有の大災害。

 

 夕陽を塗り潰した赤き天蓋は発生してから約2時間程度維持されたが……黒き大渦が消えると共に取り払われた。この大災害の被害の全貌が見えてきたのは、黒い大渦が発生してから数日過ぎてからのこと。法国の風花聖典が本格的に調査に乗り出してからだ。

 

 まず、その大災害の規模。今回の被害を受けた国家としては竜王国のみならず、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、ローブル聖王国、スレイン法国、アーグランド評議国にカルサナス都市国家連合。そして――――ビーストマン国にまで及ぶ結果となった。

 

 各国において、国内の騒動や建造物の破損に加え、周辺区域におけるモンスターの生息域の変化、それに伴うモンスターによる被害といった二次被害が散見されている。……但し、()()()国家において特に散々たる損害を被ったのは竜王国となるのだろう。

 

 此度の大災害により竜王国ではある筈のない場所に川が流れ、山が立ち、底の見えぬ崖が出来た。地図の変更は余儀なくされる筈だ。……尤も、これは些事たる出来事になるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――竜王国の国土、その六割が消失した事実と比較するならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後は任せたぞ、デミウルゴス。
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