ちゅーちゅータコかいな? 作:烏の烏帽子
この世界には、怪物が居る。
相棒の目を通して世界を見ていた牛鬼は、この世界が自分の居た世界とは別の世界なのだろう、と当たりを付ける。
まず地理が違う。彼の知る地名は存在せず、代わりに在るのは聞き覚えも、馴染みも無い地名と国名。
その他にも色々と差異があり――――しかし、特に困りはしなかった。
一抹の寂しさは覚えたものの、それでもそもそもの所、人間と彼ら尾獣は生きている年月が違うのだから。
楽しい出会いもあれば、唾棄すべき出会いもある。
そして、
『おい、ヒューガ。いい加減にしろ。また遅刻すんぞ』
「うーん……ちょっと待って」
『アリの行列眺めるのは、幼稚園で卒業しとけ!』
今は、半ば保護者の様にして
今も朝の登校時間でありながら気にした様子もなく、公園の隅でアリの行列を眺めている始末。
何というか、彼は野良猫だった。気紛れに動き回り、中学校の出席日数はギリギリ。それにしたって、牛鬼が尻をひっ叩いて漸く通っている様なもの。
では勉強が出来ないのかと問われれば、それも違う。
彼は地頭が良く、興味のある事に関しては精力的に動く為、学業成績は素晴らしいとさえ言えるモノ。
「なあ、牛鬼」
『なんだ?というか、止まるな。折角歩き出したのに、その足を止めるんじゃねぇよ』
「アレって、化物だよな?」
彪雅の言葉につられて、牛鬼も彼の視線の先へと意識を向けた。
「なは、なは?」
『……そうらしいな』
眉根を寄せた牛鬼は、隠す様子もなくため息を吐く。
この世界で自意識に目覚めてから、この怪物たちは何度となく目にして、そして打倒してきた。
共通するのは、この怪物は大抵の人には見えないという点。少なくとも、彪雅と牛鬼は十年ほど前に一度だけ自分と同じように怪物を見ることが出来た制服?の様なものを着た誰かを遠目に見ただけ。
それからもう一つ。この怪物は、ただそこに存在するだけでも見えない人々にも悪影響を齎す事が多かった。
別に、彪雅もそして牛鬼もヒーロー願望の様なものは持ち合わせていない。いないが、しかしだからといって見て見ぬ振りが出来る様な薄情な性根でもなかった。
『時間がない。一発勝負だ』
「りょ~か~い」
即断即決。軽く息を吸い込んだ彪雅の頬が、ぷっくりと膨らんだ。
狙いは空中。弾数は一発。
『撃て!』
「ブッ!」
彪雅の口より放たれるのは、黒い弾丸。
その正体は墨。正確には、タコ墨だ。これを圧縮して弾丸の様に放っていた。
射程距離は、十数メートル程。奇襲程度にしか使えないが、しかし今までの経験上、今回発見した程度の怪物には十分な威力。
「なはッ!?」
まるで風船が弾けるような音共に、怪物は爆散。放ったタコ墨も一緒に虚空へと消えていく。
「な~いすショット☆」
指鉄砲で弾けて消えた怪物を撃つ真似をしつつ、彪雅は軽い足取りで通学路を駆けていく。
「アレは……」
その姿を、白いスーツ姿の男が見ていた。
*
『良いか、ヒューガ。オレの力はこの世界じゃ過分だ。ビルどころか街、国一つ簡単に滅ぼせる。その事を理解しとけよ』
「何度も聞いたよ、牛鬼。大丈夫、その辺りは俺だって分かってるってば」
屋上の貯水タンクの上に座った彪雅は、空を見る。
学校に登校してもふらりと何処かに行ってしまう事の多い彼を探すならば、基本的に屋上だ。
「ねぇ、牛鬼」
『どうした?』
「俺は結局、何をすればいいんだろうね」
『……さてな。この世界には、チャクラが無い。何つーか似たような力はあるけども。それに、オレ以外の尾獣や隠れ里、忍びも居ない。無いない尽くしだ。何でオレがここに居るのかも分からねぇ』
「嫌だった?」
『退屈はしねぇな。ビーの下手なラップも聞き慣れれば悪くないが、ヒューガ。お前を見てるのも面白れぇ』
「それは良いね。俺も、牛鬼が居ると退屈しないから楽しいよ」
『そ、そうか?……にしても、あの怪物共どうにかならねぇのか』
話題を変えるようにして牛鬼が示したのは、今まさに校庭を闊歩する巨体。
でっぷりとした肉塊に、巨大な唇を腹に引っ付けた二本足の肥満体。頭部と思われる部分はあれども、明らかに擬態か何かの副産物にしか見えない。
大きさは、目算で六メートル程か。相対すれば、一飲みにされてしまいそうな大きさだ。
それだけではなく、小鬼のような姿をしたモノやその小鬼をたっぷり太らせて腕を引っ張って伸ばしたようなモノまで。
「…………この前掃除したばっかりなんだけどなぁ」
『もっと根本的な問題があるのかもしれねぇな。この学校そのものに怪物を集める機能があるのか、或いは――――』
「学校そのものが原因か?」
『そうなるな。どうするよ、ヒューガ。オレはお前が選んだ選択肢を尊重するぞ』
「そりゃあ……しょうがないから、また掃除しようかな。それにほら、力を使う練習にもなるしさ」
『お前はかなりセンスがいいと思うけどな。小規模だが、尾獣玉も撃てるしな』
「アレ、溜め時間長くない?いや、ポンポン撃てたらそれはそれで街が無くなっちゃいそうだけど」
『元々、尾獣玉はそういうもんだ。話してやっただろ、オレ達の扱いについては』
「そうだね……でも、変だよなぁって思いもするよ」
『変?』
「ほら、俺と牛鬼はこうして話し合えてるしさ。尾獣たちと人柱力も話し合い出来たんじゃないかなって」
『………オレは、自分で言うのもアレだがレアケースだ。大抵、尾獣は人間に対して良い印象を持ってない。つーか、持てない。勝手に捕まえられた挙句、狭苦しい檻の中に閉じ込められるんだからな』
「牛鬼も出たいと思う?」
『オレが出れば、お前が死ぬぞ。そもそも、殺す気ねぇっての』
「んふふ、知ってるよ」
優しーよねぇ、と彪雅はふにゃりと笑う。
面と向かって感謝を伝えると、牛鬼の方が照れてしまうため言えないがそれでも彪雅は感謝していた。
尾骨の辺りから一本の太いタコ足を呼び出して、彪雅はその上に横になる。
ゆらゆらと揺らしているのは牛鬼だ。彼は、未だに彪雅を幼い子供か何かだと思っているらしい。
*
時は流れて、夜。
「あー……よく寝た」
『いい時間だぜ。校舎に残ってる奴は居なさそうだ』
「八時二十四分……まあ、そうだろうね」
ポケットに突っ込んでいた安物のスマホで時間を確認した彪雅は貯水タンクの上に立ち上がった。
空を見上げれば星の瞬く良い夜が広がる。雲も無く、街の明かりさえなければ良い天体観測日和となる事だろう。
美しい空の一方で、眼下を見下ろせば昼寝の前に見つけた怪物がその時と変わらず校庭を闊歩している。
幸いな点といえば、犠牲者が居ない事か。
「ん~~~~……相変わらず、牛鬼のタコ足は眠りやすくて良いね」
『尾獣の尾をそんな扱いするのはお前位だろうさ』
「いやー、それほどでも」
『褒めてねぇよ』
ケラケラと笑いながら、彪雅は貯水タンクの上から大きく跳躍して空中へと身を投げる。
月を背にして掲げるのは右手。
『派手にやり過ぎるなよ?結局、穴を埋めるのは自分なんだからな』
「分かってるって」
牛鬼からの小言に応えながら、彪雅の全身からは縁取りの黒い蒼いオーラの様なものがあふれ出す。
それは瞬く間に掲げられた右手の平に集束。人の頭ほどの大きさの球形へと圧縮され、その内部ではオーラが不規則に乱回転していた。
狙うのは、一番の大物だ。
『ぶちかませ!』
「螺旋丸ッ!!」
――――ガッ!?
彪雅の落下に気付いた怪物だったが、その大口は咆哮を発する前に汚い断末魔を零す事になった。
彼の掌に圧縮された球体は、怪物の頭部と接触した瞬間に爆発的に肥大。あっという間に三メートル程迄大きくなると怪物の巨体を螺旋状に引き潰しながら突き進み、グラウンドに着弾。
後に残ったのは、黒いぼそぼそとしたモノへと消えていく怪物の残骸と陥没したグラウンドの表面。
そのクレーターの中心に着地した彪雅を取り囲む、怪物たち。
「いやー、使い勝手が良いね螺旋丸。印?を覚えなくて良いしさ」
『まあ、これを得意技にしてた奴も使える術は一つだったしな。だが、シンプルな分応用の幅がデケェ』
「片手で発動できるのも、実に良き」
向かってくる怪物たちを、先程デカブツにぶつけた時の様に螺旋丸を丁寧に叩き込みながら、彪雅はヘラリと笑う。
牛鬼の力は凄まじいモノがある。だからこそ、常日頃からぶっ放すには大きなリスクを伴ってもいた。
その為体術を磨いてもいたのだが、端的に言おう彪雅が飽きてしまったのだ。
いや、彼自身も強くならなければ不味い、というのは分かっている。分かっているが、天才肌でもあるせいで反復練習というものがどうにも嫌いだった。
頭を悩ませた牛鬼は、そこで思い出す。かの、意外性ナンバーワンの姿を。そして彼の得意技を。
「はい、お掃除終了っと」
時間にすれば、十分と掛かっていないだろうか。グラウンドは、最初に彪雅が抉ったクレーターだけを残して綺麗サッパリ怪物どもは消え失せていた。
「それじゃあ、後片付けをしないと、かぁ」
『最初の一発を螺旋丸じゃなく、オレの腕で叩き潰す、位にしておけばよかったな』
「それはそれで、手形がぼーんと出来そうじゃない?」
『まあ、それもそうか』
「そうそう。それに、尾獣化なんてしたらそれこそグラウンドが穴だらけだよ。威力を抑えた螺旋丸位でちょうど良いんだって」
牛鬼と談笑しながら、彪雅はグラウンドの隅に盛られた整備用の土の山へと足を向ける。
土の山の前で向けられた両手は、瞬く間に大きく、つまりは牛鬼の腕へと変化すると小山をごっそり持ち上げて自分の抉ったクレーターへ。
『ここの土も無くならねぇな』
「時々、用務員の爺ちゃんが首傾げてるよ。使ったっけ?って」
『ダメじゃねぇか』
「大丈夫。監視カメラに映る様なヘマはしないからさ」
『そういう事じゃねぇよ馬鹿』
手際よくグラウンドを整備していく彪雅の内側で牛鬼のため息が響く。
綺麗サッパリ穴が塞がれ、それからトンボ掛けまで終わり彪雅は手を叩く。そして、
「それじゃあ、そこの人。そろそろ出てきてくれると嬉しいな?」
校舎の陰へと声を掛けた。
『なんだ、結局声はかけるのか』
「まあね。さっきから見られてたけど……
『そうか?』
「うん。最初にあのデカい奴を潰した時に、明らかに視線が強くなったからね」
あっけらかんと言い切った彪雅に、牛鬼は馬鹿って分からねぇという感想しか抱けない。
蜂谷彪雅は、そういう所がある。獣染みているというか、第六感とも言うべき感覚が鋭いのだ。
一方で校舎の陰、月光から隠れる様にしていた誰かは考え込んでいた。
仮称“彼”は今回仕事のためにこの街へとやって来た。
その仕事の内容が、
そして、答えに行きついた。
(……このまま敵対されるよりは良いでしょう)
しかし、逃げる訳にもいかない。経験豊富と言える彼からしても、件の少年は得体が知れなかったから。
果たして、月光の下に露になるのは白いスーツ。
「こんばんは」
「え……こんばんは?」
「はい、結構。挨拶は、社会人の基本ですからね」
そういって、彼は特徴的なサングラスを僅かに動かし位置を調整。
「私は、七海建人。この街には、呪術師としての仕事を果たすために派遣されました」
「じゅじゅ……?」
『呪術師、な』
「そう、呪術師ってなんです?」
「主に、呪いをもって呪いを祓う仕事をしている人の事を言います。私や、そして君の様に」
「俺も?」
「準1級相当の呪霊を祓ってしまいましたからね。とりあえず、今日は時間も遅い。明日、詳しい話をさせてほしいので時間を頂けますか?」
「あ、はい?」
「では、そのように。君は、中学生のようですから放課後に迎えに来ましょう」
それだけ言うと、一礼して七海は陰へと消えていった。
出会った事が無いタイプの大人を前に、珍しくも一方的だった彪雅について、牛鬼が爆笑していた事をここに記す。