ちゅーちゅータコかいな? 作:烏の烏帽子
時は流れ、桜舞い散る春へ。
多くの日本の学校、企業と同じく呪術高等専門学校もまた新年度を迎えていた。
「本当に、呪術師って少ないんだね。俺含めて三人だよ、三人。友達百人なんて、夢のまた夢だね」
『いや、元々お前に友達百人もいたか?』
「いないねぇ。何ならボッチだったし」
『それをハッキリ自分で言うんじゃねぇよ。聞いてる方が惨めになるだろうが』
あっはっは、と冗談めかした笑い声が木造校舎の廊下に響く。
呪術師の数は少ない。だからだろう、呪術高専では大規模な入学式などを行う事は無かったりする。
そうして牛鬼と会話を積み重ねながら廊下を進めば、辿り着く一年生の教室。
「ハッロー」
挨拶?と共に開け放たれる出入口。
そんな彼を出迎えるのは、冷えた視線だ。
「…………」
「おっ、クラスメイト?俺、蜂谷彪雅ね。シクヨロー」
冷えた視線が、面倒くさい奴を見る目に変わった。
「……伏黒恵」
「オケ。よろしく、伏黒ー」
ひらりと手を振って、彪雅は三つ横並びになっている席の内廊下側の席に腰を下ろした。
「(いやー、気難しそうな奴だね)」
『いや、明らかにお前の初対面の挨拶が悪いだろ。何だアレ』
「(最初の掴みは大切じゃない?)」
『掴む前に避けられてんだよ』
呆れる牛鬼からの苦言も、糠に釘。彪雅の意識は、木造建築として年代を感じさせる教室内へと向けられていた。
(何だコイツ)
伏黒の胸中を言い表すならば、この言葉以外にあり得ない。
どこか自分の恩師のような雰囲気を纏った同期。明らかな変人であるのは間違いなく、挨拶をしてきたかと思えば今は虚空を眺めて視線を彷徨わせている。
気にはなる、が元々コミュニケーション能力が高いとは言えない伏黒。オマケに、他人に対する興味も薄ければ声をかけるという行動にも出ない訳で。
結果、沈黙が教室内に満ちる事になる。
「――――おつかれサマンサ~……アレ?お通夜?」
集合時間から数分遅れてやって来た五条の開口一番の台詞である。
いや、こう言われるのも仕方がない。
彪雅は虚空を眺めつつ牛鬼と話しているし、伏黒は窓の方へと頬杖をついて半ば夢うつつのような状態だったのだから。
やれやれ、と五条は首を振り教壇へと上がって教卓の元へ。
「ハイハイ、ちゅうもーく。えー、まずは連絡事項からね。今回の入学は三人の予定だったけど、一人家の事情でズレ込む事になったから。という訳で、四月からの新入生は恵と彪雅の二人ね」
「他に、何かあるんですか?」
「二人とも、自己紹介はした?」
「したっすよ~」
「んじゃ、早速だけど任務に行こうか」
「……二人でですか?」
「一応、僕が引率にはついていくけど、そうだね」
伏黒の眉間に皺が寄った。言外にコイツと?という目だ。面倒事は御免被る、という目だ。
だが、
「心配しなくとも、彪雅は恵より強いよ?うん、ぶっちゃけ規定が無かったら彪雅は特級認定受けるだろうし」
「ッ、コイツが?」
伏黒の目が、彪雅へと向けられる。
「ん?なに?」
「……コイツがですか?」
「うん。呪力量は、僕よりも多いしコントロールも良い。ま、恵が心配してるような事にはならないよ。多分」
そこは断言してほしかった。伏黒の眉間に渓谷かと言われそうな皺が寄る、が最早彼にはどうする事も出来ない。
「ハァ…………」
重苦しい溜息だけが諦めと一緒に吐きだされる。
*
呪術師には等級が存在する。
上から順に、1級、準1級、2級、準2級、3級、4級といった具合に。そして、それら基準が当て嵌まらない1級以上の特級。
この等級は、呪霊にも当てはめられるが、呪術師に対するモノとは微妙にズレがあった。
というのも、呪術師の等級の場合2級ならば、2級相当の呪霊は祓えて当然、という事になるのだ。要は、当てはめられた呪術師の等級は、その段階までの呪霊を祓えなければ割り当てられる事は無いという事。
「それじゃあ二人とも、行ってらっしゃーい」
軽い調子で五条に見送られ、二人は現場へと足を踏み入れた。
そこは、随分昔に廃業した温泉宿。所謂ところのバブル景気の折りに、調子に乗って開業されバブルが弾けた後の経営が上手くいかずに倒産。
足を踏み入れた宿は、砂埃が降り積もり不良のたまり場にもなっていたのか窓ガラスが割れ、落書きまみれとなっていた。
「うっわ酷いなぁ」
割れたガラスを靴底で踏みつぶしながら、彪雅はそんな事を呟く。もっとも、その表情は特段感慨など抱いているようには見えないが。
「“玉犬”」
動いたのは、伏黒。
両手を使って影絵の犬を創り出せば、彼の影よりそれぞれ白と黒の二匹の犬が現れる。
これに彪雅は、目を輝かせた。
「おおー!犬じゃん!お手とか出来る?」
「…………行くぞ。呪霊が近づけば、玉犬が反応する」
伏黒は、無視する事を選んだ。相手をするだけ無駄だろう、と。
無視される事になった彪雅は、しかし気にした様子もなく先を行く伏黒の後をついていく。
「(怒っちゃったかな)」
『まあ、怠く絡み過ぎだな。どうした?随分と入れ込んでるじゃねぇか』
「(んー……何となく?)」
両手を頭の後ろで組み、彪雅は前を行く黒髪のツンツン頭を見やる。
何となく、気にかかるのだ。言語化する事は難しいが、見張っておかないとどこかでポッキリと折れてしまいそうな脆さを感じ取っていた。
だから、気にかかる。もしも牛鬼が居なかったら、自分もこうなっていたかもしれない、と考えてしまうから。
腐りの目立つ木目の廊下。歩く度に床板が軋む。
「!グルルルル……」
「来たか」
不意に玉犬が唸り声をあげ、姿勢を低く臨戦態勢を取った。
前方、薄ぼんやりとした暗がりの続く廊下の先。二人のモノとは違う床の軋みが徐々に徐々に近づいてくる。
「い、いいいいらっしゃっしゃいませぇ……」
「ヒュー♪それって普通、入り口で言うんじゃないの?」
口笛を吹く彪雅が茶化すが、相手は
頭が異様なほどに大きく、灰色の髪が纏められているが所々が跳ねて残念な有様。左目は白目を剥き、右目はガランドウ。オマケに左右の目の大きさはてんでバラバラ。口は左の口角が異様なほどに吊り上がり、その自然と覗く口内にはびっしりと歯のような白い物体が敷き詰められている。
そんな異常な頭部に反して、体は擦り切れているが着物姿の人の形を保っているのだから余計に質が悪い。
目を細める伏黒。
「玉犬、喰って――――」
「いらっ!?!」
良いぞ、と言い終わる前に呪霊の異様に膨れた頭部が弾け飛ぶ。
何が起きたのか。伏黒には分からなかった。
ただ、
「ほれほれ、次に行こう伏黒。まだまだここって呪霊が居そうだしさ」
(コイツ……)
彪雅が何かをしたのだろう。それだけは、分かる。
とはいえ、特別な事はしていない。
口から墨を吐いた。やった事といえば、これだけ。
ぶっちゃけると、そこら辺の呪霊ならば彪雅にとって敵にもならない。
墨を吐き、玉犬が喰らって暫く。
「おおー、広いな此処」
廊下は、大きな空間へと繋がった。
上記の通り、この旅館はバブル経済の折りに建てられた場所。だからだろう、とにかく派手で尚且つ大きい。
二人が辿り着いたのは、大浴場という名の商業プールのような広さの場所だった。
「……酷いニオイだな」
「元々源泉かけ流しだったんじゃない?誰も管理しなけりゃ、温泉だろうと腐るんでしょ」
酷いニオイの立ち込める元大浴場に、伏黒の眉間に深い皺が寄せられた。
正直な所、息をするだけでも気分が悪い場所だ。
そして、
「ォォォォオオオオオ…………」
「…………ナメクジ?」
「油断するな、来るぞ!」
鎮座する巨大な肉色のナメクジ。
二本の触覚がある頭部の真ん中程から縦に割れたような亀裂があり、鋭い牙がずらりと並んでいる。
その縦に裂けたような口から飛び出してくる白い粘液の様なもの。
躱した二人の背後の壁に着弾すれば、独特な粘性とそれからジュウジュウ何かを溶かす音と白煙を立てて壁は無惨にも朽ち果てていった。
「触れたらアウトかな」
うへぇ、と舌を出す彪雅。そしてそれは、伏黒も同意する事。
相手は鈍重だ。だが、その鈍重さを補う武器がある。
下手に防げば粘液に包み込まれて溶かされる。かといって距離を詰めようと思えば、自然と粘液が着弾するまでの時間が短くなり、相手の攻撃範囲次第では回避も難しいだろう。
(どうするか)
伏黒は考える。彼の扱う術式は、かなり特殊で希少。そしてその特性から、替えが利かない。
粘液が壁に着弾して溶かし始めた所で、伏黒は玉犬を自身の影へと戻していた。
そして、
「んっふふふふふ、当たらないねぇ?」
彪雅は迫りくる粘液を躱しながら距離を詰めていた。
不定形に吹き付けられる粘液は、イメージとしてナメクジの口を頂点とした円錐の形状で噴き出してくる。
一見、隙が無い。事実、眼前に迫った粘液の壁は視界を塞いで余りある。
だが、粘液は粘液でしかない。粘性が強くとも、液体なのだ。そして、この粘液は物理的な物は溶かすことが出来ても、呪力を溶かす訳では無い。
「螺旋丸ッ!」
粘液の壁に乱回転を封じ込めた呪力の塊が激突し、勢いよく吹き飛ばす。
彪雅の使う螺旋丸は、攻撃手段であると同時に防御手段でもある。
そもそも螺旋丸はチャクラ、この場合は呪力だがとにかく力のコントロールさえ出来るのならば
「……アレがアイツの術式か?」
ボンボン螺旋丸をぶっ放す彪雅を見て、伏黒は頭を回していた。
道中で呪霊を祓う姿は何度か見た。その過程で、彼が口から何かを吐き出しているのも。
何を吐いているのかそれとなく聞けば、墨と答えが返ってきた。
では、今彼の手で渦巻くアレは墨だろうか。伏黒には呪力の塊にしか見えない。
そこで、伏黒はとあること意を思い出していた。
(呪力のコントロール、か?)
確証はない。ないが、しかしそうとしか思えない。
戦慄を禁じ得ないというもの。
伏黒の師の話だが、彼曰く呪力は電気で術式が家電、という事らしい。
電気単体では使い勝手が悪い。だが、電気を通し手家電を使えば便利。それが、呪術師における呪力と術式の関係性。
その常識を、彪雅は壊したという事。
そうこうしている間に、彪雅と呪霊の距離はゼロだ。
「トドメと行こうか」
「ッ!」(なんつー呪力だ……!)
彪雅の右手の平に圧縮される呪力。
圧縮。圧を固めて押し固めるソレは、しかし先程までの掌に収まる程度の大きさではない。
「
それは、本来ならば片手で放つような代物ではない。
反動の大きさ、込める
この問題を解決するのは、彪雅の内に宿った牛鬼である。
今この瞬間、彼の右腕は牛鬼のソレへと変化しているのだから。九体の尾獣の中でも取り分けパワーと耐久面に優れた牛鬼の腕は人間のソレとは比べ物にならない程に強靭で堅牢。
一気に拡大していく圧縮されていた呪力の奔流。
それは肉色のナメクジを飲み込んで余りあり、この大浴場の敷地を七割程抉り天井を吹き飛ばしてしまう程の破壊力を発揮した。
「――――……やっべ」
そしてその光景を見た瞬間、彪雅は踵を返して駆け出した。
呪霊が消し飛んだことを確認して息を吐いた伏黒を肩へと担ぎ、彼の非難の声も聞かずに廊下をダッシュ。
「おい!急に何を――――」
「腐った温泉の管がぶっ壊れた!後ろ見ろ!後ろ!」
騒ぐ彪雅の言葉に、彼の肩に担がれた伏黒は後ろを見て、そして鼻を押さえた。
彪雅の大玉螺旋丸は、大浴場の床を大きく抉った。
要するに、濁った腐り水が結構な量追いかけてくる。
「何やってんだ……!」
「アッハッハッハ!逃げろー!」
大爆笑しながら駆ける彪雅の肩の上で、伏黒は呻く。
(何だコイツ……)
貴方の同期です。