ちゅーちゅータコかいな? 作:烏の烏帽子
突然だが、呪術高専において毎年恒例のとある行事というものがある。
ソレが姉妹校交流戦。
東京と京都。それぞれに置かれた呪術高専の二年生以上の生徒が対象となって行われる呪術戦だ。
一年が選ばれないのは、実戦経験などを考慮して。基本的には、一年生よりも二年生の方が強い。
基本的には。
「行っくぞー!パンダセンパーイッ!」
「よっしゃ来ーい!」
呪力による強化のみを施して駆ける彪雅を前に、常の二足歩行パンダの状態から、隆々としたゴリラの様な見た目へと変わったパンダが構える。
彪雅の戦闘スタイルは、
派手でモーションの一つ一つが大きい。しかし“魅せ”ばかりではなく、その威力は生半可な格闘術を寄せ付けない程。
「フンヌゥアッ!」
「ハッハーッ!」
挟み込む様に振るわれた剛腕を、
(むぅ……完全に
「そぉ……れっ!」
「ぶごっ!?」
考え込んだパンダの顎が、下から上へと蹴り上げられた。
仰け反る巨体。そこに、振り上げた足をそのまま踏み込みへと変えた彪雅が突っ込んでくる。
「
突き刺さるのは強力な肘打ち。
吹っ飛ぶパンダ。本来ならばここで更なる追撃に入るのだが、コレは組手だ。殺し合いではない。
「へぶぅ……!」
「はい、パンダセンパイの負けー。ジュース一本!」
「お前……真希にも棘にも、恵にも奢らせてるのに、まだ飲むのか……?」
「チッチッチッ、分かってないっすねパンダセンパイ。最初に四本も飲む訳ないでしょ」
やれやれと肩を竦める彪雅の姿はイラっとするが、しかし言い返す事も出来ない。
体術に不安のある釘崎は、まだまだ実戦段階に無く。その一方で実戦でも体術を使う四人は何れも彼に負け越しているのだから。
彪雅の扱う忍体術は、先の通りプロレスだ。そして、その戦術は実にバリエーション豊か。
打撃、投げ、極め、受け、離脱。何れも可能で、その上で何れの動作も隙無く、そして淀みなくつなぎ合わせる事が可能。
加えて、鍛え上げたフィジカルと膨大な呪力による強化を合わせればただそれだけで強者として完成する。
そんな相手との組手は結構タメになる。本気で殴り掛かっても問題ないから。
真希は、彪雅とやる時には刃を露出させた大刀を振るう。
狗巻は、常に己の術式である呪言を使えるタイミングを計る。
伏黒は、柳葉刀を振るいつつ式神を放つ。
パンダは、核の変化タイミングをより複雑化。
もっとも、彪雅の術式すら引き出せないが。
各々が実力を高める中、潰れたカエルの様にひっくり返っているのが釘崎だった。
「ぜー……ぜー……げほっ!……ぜー……」
「野薔薇もだいぶ様になってきたな」
「しゃけ」
「つっても、俺らの方もどうするか。東堂には、彪雅をぶつけるとして」
「とーどーって誰です?」
「京都校の三年。1級術師で、去年の“夜行”で1級五体と特級一体の呪霊を祓ってる」
「へぇー?」
パンダの補足に、彪雅の頭には五条や七海の様な姿が思い浮かぶ。
「強いんですか?」
「抑えとかねぇとこっちの動きが潰される程度には、な」
苦々しく言う真希だが、彼女は件の東堂の実力を知っているからこそ正当な評価を下している。
何せ、昨年度の交流戦で東堂は乙骨と戦い、負けこそしたがそれでも五体満足で生き残っている。加えて、1級五体と特級1体を祓った。呪術師として見るなら、ここまでの実績1級術師の中では上澄みも上澄み。
この
*
呪術高専は秘匿されるもの。これは、呪術的な古臭い考え、というだけではない。
人間のコミュニティというのは、異物を排除する事に躊躇いが無い。相容れない存在を叩き潰す事を躊躇しない。
これは歴史が証明してきた事実だ。
だからこそ、高専には自販機があれども、その自販機は入り口近く、そして校舎からは離れている。
結果が、コレだ。
「お前たち、どんな女がタイプだ?」
一年三人は、ちょんまげゴリラに絡まれる。
「……なんで、初対面のアンタと女の趣味を話さないといけないんですか」
「そうよ、ムッツリにはハードル高いわよ」
「だよなぁ。伏黒ってそういう話、ノリ悪そうだし」
「お前らは黙ってろ。ただでさえ意味の分からない状況で、スパイス利かせてくるな」
伏黒の眉間の皺が更に深くなってしまう。彼には、目の前のちょんまげゴリラへの当たりが付いていたからだ。
「俺は、京都校三年の東堂葵。好きなタイプは、ケツとタッパのデカい女だ!さあ、自己紹介終わり、お前たちにも語ってもらおうか」
(東堂……さっき先輩たちの言ってた奴か。噂は聞いてるが、話が通じねぇ……)
伏黒の眉間が、最早渓谷の様になる中、一歩前に出たのは彪雅だった。
「東京校一年の蜂谷彪雅っす。好きなタイプは、乳のデカい年上!よろしくお願いしまーす!」
爆弾をぶっこむ馬鹿が居た。
サムズアップで答える
「
構えを解いて腕を組んだ東堂は、朗々ろうと語る。
「女の好みには、そいつの全てが凝縮される。性癖の詰まらん奴は、人としても詰まらん!そして、俺は詰まらん輩が大嫌いだ!」
言いながら、再び構える東堂。
「交流会は血沸き肉躍る!それも、今年は俺にとって最後の年だ!そんな場所で詰まらん相手など、俺が何をするか分からんのでな?という訳で、来い蜂谷!オマエを見定めてやる」
「ほっほーう?ちょっと面白くなってきたね」
東堂につられる様にして、彪雅もまた笑みを深くした。
そして徐に肩の高さにまで持ち上げるのはのは右腕。肘の内側を相手へと向ける、言う所のラリアットのポーズ。
意図を察したのか、東堂もまた右腕を肩の高さまで持ち上げると、彪雅と同じく肘を相手へと向けた。
張りつめていく空気。一陣の風が吹き、
「「ッ!!」」
両者突進、からの激突。
その衝撃は、この自販機の設置された狭い通路を揺らして余りあるもの。
「ここは狭いな、蜂谷!広く使うとするぞ!」
言って、東堂は直ぐに彪雅の胸ぐらを左手で掴み。力任せに己の後方へとぶん投げた。
場所を変える事には同意だったのか大人しく投げられた彪雅は、危うげなく着地。した直後にその場へとしゃがみ込む。
直後に頭の上を蹴りが突き抜けていく。問答無用の後頭部への襲撃だ。
自身の上を通り抜けていく東堂の体。その背が見えた瞬間に彪雅は立ち上がりつつ、その筋骨隆々とした腰へと勢いよく腕を回す。
「ぬおっ!」
「おおっらァッ!!」
ジャーマンスープレックス。因みにバックドロップとの違いは、ホールド位置など。
頭から地面に叩きつけられる東堂。だが、直ぐに拘束を振り払うとそのままブレイクダンスの要領で足を振り回す。
すかさず離れた彪雅に、飛び起きた東堂の追撃。
互いの左前腕がぶつかり合い、獰猛な笑みがぶつかり合う。
「良いぞ!実に、良い!淀みの無い呪力の流れに、そのパワー!体術で俺と真っ向からやり合える奴はそうは居ない!」
「面白いねぇ、東堂センパイ!ゴリゴリのパワータイプかと思えば、なかなかどうして……めっちゃ頭を使うタイプじゃないですか!」
「当然だ!俺のIQは五十三万、この頭脳を活かさない手はない!」
そのまま始まるのは、知能の感じられない、しかし無駄に技術の粋を集めた殴り合い。
一方でおいて行かれた三人はというと、
「止めなくて良いんですか、禪院先輩」
「あの脳筋ゴリラが、言葉程度で止まる筈ないでしょ?……それよりも、あっちの彼は誰?東堂と正面から殴り合える一年なんて、初耳なんだけど」
「蜂谷はスカウト枠なんで」
「つーかアイツ、巨乳主義者かよ。真希さんにチクってやろ」
バカ二人に振り回された三人は、如何ともしがたい雰囲気があった。
「……で、アンタはどうするんですか。二対一でもしますか?」
「する訳ないでしょ。時間と呪力の無駄よ。情報は得たけど、良いモノでもないしね」
そう言って、禪院真依は目を細めた。
東堂の実力はよく知っている。その上で、目の前の光景は異常だ。
ぶっちゃけ、東京校の今回の交流戦の面々は東堂一人で片が付く。それほどまでに彼は強い。
そんな男と正面切って殴り合う一年もまた、怪物。
(何なのよ、あの呪力量!)
涼しい顔を保ちながら、その首筋には冷や汗が伝う。
まるで大海だ。自分に向けられていないから正気を保てるが、もし仮に呪力全開で敵対しろと言われれば恥も外聞も投げ捨てて許しを請う事だろう。
とはいえ、派手に事が起こり過ぎたというもの。
「【動くな】」
「「!」」
呪力の乗った声が響き、拳を交差せんと踏み込んでいた二人の体が不自然に硬直する。直後に、
「はい、そこまでー!」
二人の頭が真上から殴りつけられ、踏み込んで前のめりだった体勢も相まって地面へと叩きつけられる事になった。
殴ったのは白黒の巨漢。
「全く、遅いから様子見に来てみれば何やってんの揃いも揃って」
「じゃげ……」
(棘の喉が一発で枯れた。東堂もそうだが、やっぱり彪雅もヤベェな)「とにかく、楽しい殴り合いはその辺にしときなって。続きは交流戦でやれよ」
「ふん……そうだな。用事もある事だし」
「いやー、ゴリゴリのパワーファイターなんて久しぶりで、ついつい熱くなっちゃったや」
アッサリと起き上がりながら矛を収める二人。
呪術師はイカレて何ぼな部分はあれども、ここまで切り替えの早すぎるものはそう居ないだろう。
「交流会でケリを付けるとしよう、蜂谷。その折には、俺の術式を解禁する!」
「なら、こっちもちったぁ本気で行かなきゃならないっすよねぇ?」
「おいおいおいおい、交流会で校舎吹っ飛ばすみたいな事はすんなよ」
「保証は出来かねるな!乙骨は強かったが、同時に素人だった。だが、蜂谷は戦闘強者だ。磨かれた体術と、呪力操作能力。乙骨顔負けの呪力量!こいつが本気なら、校舎なんて生温い範囲で収まる筈がない」
「いやー、高評価。これは、俺も張り切らないと……」
「張り切らなくて良いから。ああ、もう。マジでストッパーに憂太欲しくなってくるな」
呪骸の俺が突っ込みかよ、と内心で呆れながらパンダは空を仰ぐ。
少し腹が立ちそうなほどの綺麗な青空と白い雲。夏の空が広がっていた。