休日出勤は悪い文明。
「グヌヌヌヌ」
薄暗い部屋の中で一人の少女が複数のモニターと睨めっこをしながら懸命にキーボードを叩く。
その少女は、墨を塗ったような濃いクマを目元に拵えて眉間にしわを寄せながら、一心不乱にとある組織のサーバーにハッキングを仕掛けつづけている。
2週間近くの時間を掛け、ほぼ不眠不休でハッキングを仕掛けているのだが、優秀なハッカーである少女にしては珍しく相当苦戦しているようで、中々目当ての情報に辿り着けない。
「んん?」
あまりにも作業が進まないので一息入れようと、普段はあまり飲まないブラックのコーヒーで眠気を追い払っていると、モニターに表示されていた書きかけのソースコードが並んでいた画面に一瞬ノイズが走る。
それを皮切りに、ソースコードが書かれているエディタや開いていたブラウザが一斉に閉じられてしまう。
突然の事態に驚いている少女をよそに、モニターに十代後半の青年が映り込む。
『初めまして、佐倉双葉』
その青年は黒い外套と薄紫色の髪が特徴的で、双葉が見てきた人間の中でも屈指の整った容姿と、その身に纏う雰囲気によって常人離れした存在のようにも見えた。
『私は、峰津院ヤマト。君が血眼になって探しているヤタガラスの人間だ』
ヤマトのその言葉に双葉の目が見開かれる。
ヤタガラスという名前は、双葉がここ最近調べ続けていた組織の名前であり、彼女にとって何よりも優先すべき大切な母親の行方を見つけることが出来るかもしれない組織の名前だ。
『早速だが、君の情報はすべてこちらの手元にある』
ヤマトの手元にある書類には双葉の住所・氏名・年齢・家族構成・素行調査などが載っており、これらは全てヤタガラスの情報局が集めた情報だ。
この2週間の間に双葉がハッキングを仕掛けてきた時を見計らって逆にハッキングし返して、正体不明だったハッカーの正体を突き止めたのだ。
『失踪した母親について調べたいのであれば、雨宮蓮、いや「葛葉ライドウ」と交渉するといい。彼が穏便に済ませてほしいと口にしたから、特例でこんな回りくどい真似をしているのだからな』
『ああ、それから』
『今後は犯罪行為を控えた方がいい。今回だけは特例として見逃すが、もしもまた同じ様なことをしているようであれば、こちらも相応の対応をする』
そのセリフを最後に映像は途切れ、乗っ取られていたモニターに見慣れた背景が表示される。
まさか、これほど明確に自分たちの存在を認めて、自分に警告をしてくるとは思っていなかった双葉は、今更ながらにヤバいことに首を突っ込んでしまったことを実感する。
「おかあさんのことを調べられる可能性があるなら、や、やってやるさ」
人見知りで人と接するのが苦手でも、ここで逃げる訳にはいかないと覚悟を決めた双葉は、PCの電源を切り、手の震えを抑えながら歩き出す。
行き先は、養父が経営する喫茶店【ルブラン】だ。
ドッペルゲンガーと入れ替わることなく、店の手伝いをしていた12月下旬の昼下がりのルブラン。
ここ最近のルブランは俺の見知った顔、というかヤタガラスの構成員が頻繁に訪れるようになったことで中々に繁盛している。
とはいえ、店主の佐倉さんが売上向上に積極的な訳ではないので、客足が一旦引いたタイミングで少しばかり早い昼の休憩を取っていた。
垂れ流しにされているテレビの音声をBGMに、ヤタガラスから上がってくるメメントスの構造や遭遇したシャドウや悪魔の情報をスマホで確認しながら賄い飯のカレーを食べていると、店のドアベルの音が鳴り、誰かが店の中に入ってくる。
佐倉さんが休憩の為に席を外しているので表の看板はCloseにしていたはずだが、それを気にせず入ってきたらしい。
カウンターから入口に視線を向けると、そこに居たのは15、16歳程度の一見オレンジ色にも見える明るい茶髪と黒縁メガネが特徴的な少女だった。
「すみません。午前中の営業は終了してまして」
「雨宮蓮、いや、葛葉ライドウだな」
少女の口からライドウの名前が出てきたことで、俺の思考回路が瞬時にデビルサマナーとしてのそれに切り替わり、封魔管を収めている腰のベルトに手を当て、いつでも悪魔を召喚できるように備える。
俺の様子が一変したことに驚いたのか、若干腰が引けている少女のことをよく観察してみると、何処かで見たことがある気がしてくる。
「佐倉、双葉?」
そうだ。確か、佐倉さんの義理の娘として事前の調査書に写真付きで載っていた少女だ。
異能者だ、とか裏側を知っている人間とは報告になかったが、俺がライドウであると知ってるのであれば警戒は必要か。
「ご」
「ご?」
「ごめんなさい!」
腰を直角に曲げて渾身の謝罪をしてくる佐倉さんに呆気に取られてしまう。
何に対しての謝罪だろうか。今日が初対面のはずなのが。
「わ、わたしが、その、監視カメラとかを仕掛けた犯人、だ。…です」
若干上ずった声で謝罪しながら、深々と頭を下げている佐倉さんに、頭を上げるように言ってからカウンターに座らせて、ここ最近のルブランの手伝いで身に付けた本格的な淹れ方をしたコーヒーを出す。
暖かいコーヒーで一息ついた佐倉さんが改めての謝罪と、どうして俺に自白をしたのかという経緯を説明し始める。
「なるほどね」
多少つっかえながらも事情を話してくれた佐倉さんの言葉をまとめると、事の始まりは自分の養父の店にヤバい前歴持ちが寝泊りすると聞き、警戒したことだという。
もしも何かあった時の為にルブランに監視カメラと盗聴器を仕掛けたら、やってきた人間が分身したり銃刀法をぶっちぎったシロモノを多数所持している奴だと分かり、監視を続けていた、と。
暫く俺を監視したことで、俺がヤタガラスという組織に所属していることと、常人には見えない怪物、悪魔と呼ばれる存在が実在することを知ったのだという。
そして、自分の母親が過去に神隠しにあって失踪したことに、悪魔が関係している可能性が高いという答えに辿り着いた彼女は、情報を得るために藁にも縋る気持ちでヤタガラスにハッキングを仕掛けたのだという。
「…無謀だな」
この世界のヤタガラスは霊的な要素を高めるために旧態依然としたやり方を重視する面もある。
しかし、凄まじい速度で進化していく社会から裏側の情報を隠すために、情報系に限らず様々な技術を貪欲に取り込んでもいる組織だ。
当然、昨今の情報化社会に対応するために一流のプログラマーにスパコンを作れるレベルのハード屋といった技術者も抱え込んでいるし、何ならグレムリンを筆頭にした機械に強い悪魔を擬似的なファイアウォールとして使役しているほどだ。
俺のスマホを踏み台にしてヤタガラスにハッキングを仕掛けることが出来た彼女の技術は素晴らしいものなのだろうが、彼女と同等の天才ハッカーや悪魔が所属しているヤタガラス相手では、多勢に無勢といった状態になるのも無理はない。
そして、ものの見事にカウンターハックを受けて自身の身元が割り出されてしまい、ヤマトから警告を受けて俺に自白をしにきたという事らしい。
…どうやらヤマトは俺の言っていた通りに穏便に済ませてくれたらしい。
昔のあいつだったら背後関係を洗い出すために佐倉さんを誘拐して悪魔に記憶を暴かせるくらいはやっていただろうからな。
「盗撮とか盗聴は普通の法律でもアウトだろうから、今後はやらないように」
ここで彼女の罪を白日の下に晒して警察に突き出す気はサラサラない。SNSなんかで俺の私生活や悪魔の情報を無意味に拡散してないのだから、今回は厳重注意くらいで済ませばいいだろう。
「あ、あっさり許すんだな」
「今回は特例だよ。君が一般人なのと、俺の注意が甘かったせいで起きた事だからね」
今回は人間が大勢死んだりしていないというのが大きい。死人が出ていれば対応は確実に変わっていただろう。
「それで、その。おかあさん…『一色若葉』のことはヤタガラスに何か情報があったりしないか?」
「調べてはみるけど、正直に言えば
ここ最近は減ってきているが、悪魔やダークサマナーによる人間の誘拐や殺害事件には枚挙にいとまがない。
この世界の日本で年間発生する行方不明者数はおよそ十万人。
家出した人間や認知症の影響で徘徊している老人なんかを除いて、大体五万人くらいが悪魔関連の事件に巻き込まれている計算になると、情報局の統計として出てきている。
当然、異能が関わる行方不明者に関してはヤタガラスも総力を挙げて捜索するが、大体半数近くは発見時には死亡しているし、運よく生きていたとしても社会復帰までできた人間は五千人にも満たないはずだ
「最下級の弱い悪魔でも姿を隠して人間を一人攫う程度なら容易く出来るからな」
最下級の悪魔というとスライムや餓鬼なんかが当てはまる。
だが、弱い悪魔という評価は異能者が基準になっているので、一般人基準に換算すると『異能が絡まない攻撃が完全に無効な透明の大型の熊』くらいの評価になるか。
当然、そんな存在を普通の人間が討伐するのは不可能だ。
そんな力のある悪魔を利用して違法行為に手を染めるダークサマナーが後を絶たない理由は簡単。
この世界ではちょっとした代償、食べ物や宝石、マガツヒなんかがあれば
特別な才能が無くても悪魔の力を借りられるので、半グレや反社会的組織、大企業の人間なんかが悪魔を使ったり、逆に一定以上の知能のある悪魔がワザと自分の姿をそういった連中に見せて邪な考えを煽ったりして取引を持ち掛けたりするのだ。
そして悪魔の誘惑に負けた人間が悪魔を使って犯罪を犯したり、足のつかない殺し屋になったりするので、何度潰してもダークサマナーが雨後の筍のように湧いて出てくるのだ。
先日の
「そんなに、悪い奴が一杯いるのか?」
「この手の輩にはキリが無いからな。犯罪が無くならないのと同じように、この世から消し去るのは不可能だろう」
散々ファントムソサエティやガイアにメシアといった集団を潰してきたが、それでも奴らが絶滅していないのがいい証拠だ。
「もしかしたら、おかあさんも、そういう奴らに?」
「…可能性は、ゼロではない」
佐倉さんの話を聞く限りでは『認知訶学』という、認知世界を研究する学問の研究者という職業上、その知識を狙ったダークサマナーや権力者が手を回していたとしても不思議はない。
もしもそうだったら、十中八九ロクな事にはなっていないだろう。
「そう、か」
思い詰めたような顔をした佐倉さんが顔を伏せ、俺たちの間に重苦しい沈黙が流れる。
裏の世界には危険が満載だ。未来のある彼女自身の為に、ここで諦めてまっとうな人生を歩む道を選んでくれればいいが、そうはならないだろう。
「よし。決めた」
そういって顔を上げた彼女の瞳には、俺が予想していた通りに強い覚悟の光が宿っていた。
「何でもする。私に出来ることなら何でもする。だから、おかあさんを探すのを、手伝って、ください」
こういう眼をした人間を俺はこの世界で何度も見てきた。彼女は、もう誰が何を言っても母親を探すのをやめないだろう。
下手にここで断れば、他の霊能組織にハッキングを仕掛けるかもしれないし、その意志の強さに悪魔が目を付けて近寄ってくるかもしれない。
…仕方ない、か。
「裏の世界は死と隣りあわせだ。ひょっとしたら目的を達成できずに死ぬかもしれない。それでも」
「それでも、私はおかあさんを見つけたい。たとえそれが、どんな結果をもたらすとしても」
「…じゃあ、俺と取引をしよう。君はハッキングとプログラミング能力でヤタガラスに協力する。俺達ヤタガラスは佐倉さんの母親を探す。どうだ?」
彼女ほどのプログラマーが加われば、製作が滞っている悪魔を可視化するデバイスや異界でも稼働する電子機器の開発なんかに大きく弾みがつく可能性もある。
もしそれがダメでも、ヤタガラスと敵対しているダークサマナーの組織にハッキングを仕掛けて情報を収集して貰えばいいだけだしな。有能な技術者は沢山抱えておきたい。
「双葉」
「ん?」
「双葉でいい。おまえと私は今日から取引相手…。共犯者だからな」
「ああ。これからよろしく。双葉」
決意の宿った瞳で俺を見ながらそう言った佐倉さん、いや、『双葉』は俺が差し出した右手を取り、握手を交わす。
そして握手をした瞬間、脳内に聞き覚えのある音が俺の脳裏に響き渡る。
手を握ったまま固まった俺に不思議そうな視線を向ける双葉に、何でもない、と言いつつ苦笑いする。
世間は狭いな。どうやら、この子が二人目のコミュ相手らしい。
ペルソナ3からペルソナ4の間では真夏に雪が降る怪現象が起きて、主人公の住む世界と別世界の魔界が繋がってしまい、ボンボン版の漫画デビチル魔界世界を放浪してます。
児童誌界のベルセルクと言っても過言ではないくらい過酷な漫画の主人公「甲斐刹那」の腕が千切れたり、身体に風穴が空いたりする世界でどうにかエンディングまで走り切ってその世界との繋がりを断ち切って、怪現象を解決してます。
転生してから異世界転移ってもうわかんねぇな、これ
インタルードそろそろ終わるので他のキャラクターが主人公にどうゆう感情を向けてるか一覧欲しいですか?
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