交渉で割り当てを変えることも可能というルールが追加されたのでかなり長い事交渉してた人もいます。
ちなみに、主人公の睡眠時間として割り振られている時間は一日二時間です。
《岳羽ゆかりの場合》
「太陽が黄色く見える……」
中天に達した太陽が輝きを放っている真っ昼間にも関わらず、フラフラした足取りで都内でもトップクラスのホテルから出て、今度こそルブランに帰る為に駅に向かって歩いていく。
あの後、ミヤコに高級ホテルに連れ込まれ散々絞られてしまったが、後半は単純に体力差の影響で俺側が優勢に事を進めることが出来たのでどうにか一時間程度は睡眠時間を確保できた。
ホテルに用意されていた食べ物や飲み物の数々も滋養強壮に良いモノばかりだったので、肉体的な疲労はほぼ解消されているが、単純な眠気や精神的な疲労はどうにもならんな。
まあ、お高い異界産の精力剤を飲まされたので眠気は大分誤魔化せてはいるが、良い値段のするあの精力剤を用意したミヤコの本気具合に戦慄しはしたが。
「……そういえば、マコトさんの料理も滋養強壮に良いモノばかりだったな」
牡蠣を筆頭にウナギの蒲焼きや長芋等々、あの瞬間に効力を発揮するようなモノではなく今後の精力を持続させることを見据えたようなラインナップだったのを思い出してしまう。
というか、今後もそういう目に会うことが確定しているから精を付けておけ、みたいな意図が透けて見えるのが恐ろしい。
「まあ、そんな頻繁にああいう目に合う訳が」
「はぁい。捕まえた」
正面から歩いてきたニット帽を目深に被ってサングラスを付けている女性が、問答無用で俺の両手を握る。
いきなりの事態に驚いたが、よくよく彼女の姿を見てみるとニット帽の隙間から出ている明るめの茶色の髪と見覚えのある背格好から、彼女が誰なのかは察しがつく。
「まさか、ゆかりさん?」
俺を逃がさないように片手で俺の手を握ったまま、もう片方の手で器用にサングラスを取った事で露わになったのは、今やドラマや映画で引っ張りだこな新進気鋭の実力派女優『岳羽ゆかり』さんの笑顔だった。
「正解。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。だいぶ疲れてるみたいだから搾り取るのはまた今度にしてあげる」
今は近場の駅に向かう途中だったのでそこそこ人通りがある通りに居るため、有名人であるゆかりさんをこのままの状態にすると面倒な事になるのは間違いない。
ゆかりさんもそれは分かっているようで、すぐにサングラスを元に戻して変装すると、駅とは反対方向に俺を引き摺っていく。
「さ、ちょっと買い物に付き合ってよ」
元気一杯といった状態で俺を先導するゆかりさんについて行ってからはほぼほぼ、ゆかりさんに振り回されていた。
互いに似合いそうなトータルコーディネートを選んでプレゼントしたり、SNSで話題のスイーツを食べてみたり、ゆかりさんがここ最近行っていなかったというゲーセンやカラオケなんかに行ってみたりと、至って健全な時間を過ごしているとあっという間に時間は過ぎていく。
ついさっきまで昼間だったはずなのだが、真冬の日暮れが早いということも相まって、いつの間にか日が暮れて薄暗い夜が訪れつつある事に気付く。
「あー、久々に遊んだー」
満足げな表情を浮かべたゆかりさんと井の頭公園の湖のそばを歩く。
真冬ということもあってか公園内に人影はまるでなく、虫や動物の声も全くしないので静かなものだ。
最後に落ち着いた所に行きたいとゆかりさんが言い出したので提案したのだが、今日の井の頭公園は想定以上にリラックス出来る場所になっていてよかった。
「まあ、有名人になるとああいう普通の遊び方はし辛いですからね」
「そうそう。昔は男の子と二人きりで遊んだりしなかったし、有名になってからは尚の事ね」
実際、遊んでいる最中にゆかりさんの正体がバレそうになったタイミングが何度かあったのだが、力技で誤魔化したり悪魔の力を借りてピンチを乗り切ったりと、想像していた以上にドタバタしたデートだったのは間違いない。
「でも、楽しかった。君とこうして二人きりで遊ぶのは、実は初めてだったから」
「そういえば、そうですね」
タルタロスで初めて顔を合わせてから五年以上経つが、異界絡みの騒ぎが頻発するせいで基本的に休みなく全国各地を飛び回って事態収拾に駆り出されていたから、何だかんだで何の憂いも抱かずに誰かと遊ぶことが出来ているというのは俺からしてみてもかなり貴重な経験だ。
「もう終わり、かぁ」
沈む太陽を眺めながら、ゆかりさんがそう呟く。
段々と太陽が地平線の向こう側に沈んで公園に設置されている街灯の明かりがひとりでに灯り、物憂げな表情のゆかりさんを照らし出す。
……今日の為に買ったわけではないが、『これ』は今日渡すべきだな。
「ゆかりさん、これ」
今日のウィンドウショッピングの最中に買った包装された箱をゆかりさんに渡す。
困惑した表情のゆかりさんが包装を解いて箱から取り出したものは、俺が宝石店【ツルカメダイヤモンド】で購入した、ハート型のピンクダイヤモンドをトップに据えたネックレスだった。
「え、これ」
ピンクでハート型の宝石がペンダントトップというこのネックレスをウィンドウショッピングの最中に見掛けた時に、ゆかりさんに似合いそうだと思って来年のバースデープレゼント用に購入したのだが、来年のプレゼントはまた別の物を用意すればいいだろう。
「……蓮。暗くて良く見えないから、これ、着けてくれる?」
「? いいですけど」
少し俯いていることで表情が見えないゆかりさんの様子を気にしながら、受け取ったネックレスをゆかりさんと向き合うようにして正面から腕をまわしてネックレスを取り付ける。
暗がりに居るということもあって手元が見えず少し手間取ってしまったが、贈ったばかりのピンクの輝きが、ゆかりさんの胸元に灯る。
「やっぱり、良く似合ってる」
「……ねえ、蓮。男性が女性にアクセサリーを贈る意味って知ってる?」
「いや……」
「『あなたを独占したい』だよ」
ゆかりさんがそう言うのと同時に距離を詰めて正面から俺に抱き付く。
香水と混じりあったゆかりさんの甘い匂いと柔らかな感触に包まれたと思った次の瞬間、ゆかりさんの唇が俺の唇と重ねられる。
唇に感じる柔らかな感触と燃える様に熱いゆかりさんの頬に触れながら、口付けを交す。
一分以上はそうしていただろうか。
途中から互いに舌を入れたりしてだいぶ淫靡な雰囲気になってしまったが、そろそろお別れの時間だ。
「
「お手柔らかにお願いします」
真剣な表情でそう言うゆかりさんに対して苦笑いしながら答えて、最寄りの吉祥寺駅までゆかりさんを送る。
少し雑談をした後に電車に乗って遠ざかってくゆかりさんを見送った後、一人になった俺は後ろを振り返ることなく呟く。
「ほんとに、入れ替わり立ち替わりだな。『トキメ』」
「時間割が決まってるからね。一分、一秒も惜しむのは当然じゃないかな」
「時間割って……俺の自由時間は?」
「さあ、時間が惜しい。今年のクリスマスイブは『私達』と過ごしてもらうよ」
俺の発言は当然のように無視され、音もなくトキメの足元から広がった『夜』が俺と彼女を包み込む。
さて、今度は何が起きるやら。
『ゆかりと二人きりで過ごした……』
《汐見琴音と望月トキメの場合》
「はい、いらっしゃい。蓮君」
トキメが作り出した『夜』の闇から抜け出して次に目を開けた時に視界に入った光景は、何度も通って最早見慣れてしまった吉祥寺駅のホームではなく、見たことのない巨大な館が聳え立つ『異界』だった。
「琴音さん……とうとう、異界を自力で作れるようになったんです、か」
宇宙空間の様に全方位に散りばめられた星の光とその光に照らされるギリシャ風の館から、ハーフアップにされた赤い髪とルビーのような瞳と、白のイブニングドレスが驚くほどにマッチした着こなしをした琴音さんが出てきて俺に近づいてくる。
普段は余りしていない化粧をしっかりしていることで琴音さんの魅力が更に引き出されているようで、彼女の姿から目を離せなくなってしまう。
「綺麗だ……」
……なるほど。普段の琴音さんが化粧をするのを嫌がるわけだ。
「えへへ。作戦大成功だね。君がそんな顔を見せてくれるなら頑張った甲斐があったよ。あ、因みにこの異界は」
「
己の理性を総動員して自分の欲望を押さえつけていると、何処からともなく現れたトキメが俺の背中に抱き付く。
さっきまで着ていた私服ではなく、琴音さんと対になる様なデザインをした黒のイブニングドレスを着て、琴音さんと同じ様に化粧をしている。
「トキメも綺麗だ」
「おお。君からの直接的な賛辞は珍しいね。嬉しいよ、ライドウ」
そう言って俺から離れたトキメが琴音さんの横に並ぶと、やはり二人がよく似ていることが分かる。
顔立ちは同じだが性格が反映されているのか、パッチリとした目と朗らかな笑顔の影響で暖かさと輝きを感じさせる琴音さん。
そして切れ長の目とクールな表情のお陰で涼やかさと夜の安寧を感じさせるトキメ。例えるなら琴音さんが太陽で、トキメが月といったところだろうか。
「さあ、今日は腕によりをかけて色々と準備したから、しっかり楽しんでいってね」
琴音さんとトキメに手を引かれて館の中に入ると、『あの事件』の後、ニュクスの眷属として配下に加わっていた筈のリリムやサキュバスを筆頭とした夜魔族が忙しなく料理を運んだり、楽器を奏でたりしていて、どうやら琴音さんとトキメは本気のおもてなしを用意してくれていたらしい。
二人に案内されて館の広間に設置された大きなテーブルに座らされた俺の両側に琴音さんとトキメが座る。
そして、運ばれて来る料理に舌鼓を打ちながら二人と談笑を続ける。
昼間はしっかりとした食事を取っていなかったので、ガッツリとした肉料理がメインなのは有難い。
運ばれて来る料理を次々と口に運んで味わっていると、不意に懐かしい味を感じる。
「ん? この味」
「ど、どうかな?」
「美味しいです。そして懐かしいです。あの時に食べさせてもらったのと似てますね」
もう、五年も前の話だが、ニュクスを封印したせいで俺とアイギス以外がタルタロスに関連する出来事を忘れてしまった事があった。この出来事はニュクスが封印された事で、タルタロスと影時間が一時的に『無かった事』になってしまったのが原因だ。
その出来事の例外だったのは『黄昏の羽根』を原料にした『パピヨンハート』を心臓に持つアイギスと、
その時に、この料理を食べたのだ。
自分の事を覚えておいて欲しいという一心で、琴音さんが作ってくれたこのクリスマス用の料理の数々を。
「やっぱり、覚えててくれたんだ」
忘れるわけがない。
ほんの少しでも自分の生きた証を残そうと、一人でも誰かに覚えておいて欲しいと言わんばかりに、色々な人々と様々な思い出を残そうとする琴音さんの姿を。
だから俺は戦ったんだ。
世界を救ったのに、その報酬を得ることもなく、幸せな人生を得ることもなく、生きることを諦めてこの世から消える選択をした琴音さんを取り戻すために。
「忘れませんよ。大事な記憶ですから」
皿に盛られたターキーやローストビーフ、マッシュポテトを咀嚼しながらそう答えると、眦に涙を溜めた琴音さんが俺の肩に寄りかかる。
「やっぱり、君しかいないよ。蓮君」
涙で潤んだ瞳を俺にむけ、琴音さんが段々と顔を近付けてくる。
間近で見ると琴音さんの美しさがダイレクトに伝わってしまい、身体が硬直してしまう。あっという間に互いの吐息がかかるほどに俺と琴音さんの距離が縮まった次の瞬間。
「はい、そこまで」
白魚のような手が俺と琴音さんの間に差し込まれ、強制的に距離が離される。
その手の持ち主であるトキメがそのままスルリと俺と琴音さんの間に身体をねじ込ませ、琴音さんが座っている椅子をひっつかんで琴音さんごと部屋の奥に連れて行く。
「打ち合わせと違うんじゃないかい?」
「なんのことでしょうかね。始まってしまえば後は流れでって言ったと思うけど」
「抜け駆けは許さないから」
ギリギリ俺に聞こえないようなボリュームで暫く言い合いをしていた二人だが、どうやら決着がついたのか、夜魔族が奏でる極上の演奏を聞きながら黙々と料理を貪っていた俺の所に戻ってくる。
「ライドウ、食事はもう十分かな?」
「そうだな。もう十分かな」
朝と昼が軽食だったからガッツリと腹ごしらえは出来た。
このまま帰って暖かい布団に包まって眠れれば言う事なしなのだが、そうは問屋が卸さなさそうだ。
「じゃあ、ここからは」
琴音さんが俺の右腕をガッシリと抱き寄せて、自分の胸の谷間に埋めてしまう。
大きくて柔らかい感触は俺の心を幸せにしてくれるが、それ以上に捕食される小動物のような気持ちが心の大半を占めているのは何故だろう。
「私達が食べる番だね」
ここへ来た時と同じ様にトキメの足元から広がった『夜』が俺達を呑み込む。
若干の浮遊感と、水の中の泳ぐような不思議な感覚を暫く体験していると、不意に身体が重力に引っ張られて弾力のある床、というか肌触りだけでも高級感を感じるベッドに放り出される。
「やっぱりこういう感じか」
不意に俺が寝転んでいるベッドの右側が沈み、視線がそちらに吸い寄せられる。
そこに居たのは、胸元と背中が大きく開いた白いナイトドレスを着た琴音さんがいて、その反対側であるベッドの左側には黒いベビードールを着たトキメが居た。
薄々気付いていたとは言え、やっぱりこういう展開になるのか。
着ていた服を脱がされて、裸になった俺の上半身を二人の細い手がなぞる。
このまま好き勝手されると昨夜の二の舞になりかねん。最低限の睡眠時間は確保させて貰う!
上気した頬、潤んだ瞳。魔性といっても過言ではない二人の魅力にあえて抗わずに、俺にのしかかっている二人を力づくで逆に押し倒して、深く口づけをする。
『三人で特別な夜を過ごした……』
《桐条美鶴の場合》
「まあ、結局一睡も出来なかったんですけどね」
時間は飛んで夜が明けた次の日、12月25日。
あの後は結局、三人で熱い夜を過ごして、三人でシャワーを浴びて、三人で運動(意味深)をして、またシャワーを浴びて、というサイクルを何度か繰り返していたら時間が来たとやらで、ようやくあの異界から出ることが出来た。
夢のような幸せな時間だった事は否定しないが、流石に疲れた。
「琴音さんも凄かったが、トキメがもっとヤバかった。流石は夜の女神の化身……」
片や世界最高峰の異能者で、片や夜の女神の化身。
いや、夜の女神って言っても、シモの意味での女神という逸話はなかった筈だが、単純に生き物としての格というかそういうものが高次元にあるので、昨日の夜はどうにか優勢を保っていたものの、あの二人を同時に相手してしまったので、結局は徹夜する羽目になってしまった。
「あ、ヤバい。そろそろ時間か」
ゆかりさんとのデートで買った服や小物を一旦ルブランに戻って収納し、銭湯で汗を流してから暖かそうな布団で惰眠を貪る誘惑を振り切ってから目的地に向かう。
暫く電車に揺られて渋谷駅のロータリーに着くと同時に黒塗りの外車が俺の目の前に停まる。
運転席から降りてきた運転手さんがドアを開いて中に入るように促してきたので、言われた通りに車に乗ると、普段はあまり見ない私服姿の美鶴さんが居た。
後部座席が広くとられているこの車は、数人が向かい合わせで座る事が出来るようになっており、俺と美鶴さんが向かい合わせで座ると同時に、車が音も振動も無く動き出す。
「時間通りだな。蓮」
「おはようございます。美鶴さん」
今日は桐条家主催のクリスマスパーティーが開催されるということで、その前準備の手伝いを美鶴さんに依頼されていたのだ。
このクリスマスパーティーはパレスとメメントスの案件が一旦ケリがついたので、関係者を集めて祝勝会を兼ねた物でもある。
「今日はよろしく頼む。如何せん、こういう事に疎くてな」
「俺も詳しい訳ではないですが、何とか頑張ります」
この世界においての某一神教の最大宗派がメシア教であるせいで、奴らの所業を知っているヤタガラスに所属している古い家の人間や悪魔の事を知っている人間からしてみればそういうイベントは祝うどころか、呪ってやりたいくらいに毛嫌いされている傾向にあるから、今までそういう類のイベントを開催した事が無いというのも理解できる。
桐条家も例外では無かったという事だろう。
「とりあえず注文してたケーキの受け取りと、諸々の料理とプレゼントの準備と……」
「いや、そのあたりの手配は済んでいる。今頃、明彦と真次郎が家のメイドやヤタガラスの女性陣に振り回されながら準備していることだろう」
「? となると、特にやる事が」
クリスマスパーティーの準備を手伝って欲しいと聞いていたから、てっきり諸々の買い物の荷物持ちとして呼ばれたのかと思っていたのだが。
「どうやら互いの認識に齟齬があるらしいな。今日は
「労わる……?」
「……うん、これは重症だな」
労わるってなんでだ。そりゃあ最近はメメントスの最深部を攻略したり、一連の事件の黒幕を打倒したり、ここ数日は色々と睡眠不足が続いていたりしているが、割と良くある事だしな。
労わられるような事では無かった筈だが。
「これからの行為は私の我儘でしかない。だから、嫌ならば振り払ってくれて構わない」
対面に座っていた美鶴さんがそう言って俺の右側に座り、俺の頭を抱き寄せて自分の太腿の上に寝かせてくる。
美鶴さんの細い指が俺のくせ毛を櫛のように通り、指先が俺の頬に触れる。男の頬なんて触っても面白くないだろうに。
「目的地までは少し時間がある。ゆっくり休むといい」
今世もそうだが、前世でも頭を撫でられた記憶が殆どないので驚いてしまったが、美鶴さんのような美人に膝枕をして貰って頭まで撫でて貰えるというのは、想像以上に嬉しく思えてしまう物で、美鶴さんから発せられているバラのような匂いと一定のリズムで撫でられている感覚のお陰か、抗いがたい眠気に逆らうことが出来ず、あっさりと瞼が閉じてしまう。
「ゆっくり休んでくれ。蓮」
肌を撫でる柔らかい感触。太陽の匂いがするモフモフとした感触は、何らかの動物の冬毛だろう。
間隔の短い呼吸音と共に暖かい体温が右腕にのしかかってくる感覚で目が覚める。
「ワン!」
「……おはよう。コロマル」
何故か自分の腕に引っ付いていたコロマルの頭を撫でてから寝起きでボーっとする頭を振って意識をハッキリとさせると、今いる場所が車内ではなく、鉄筋やコンクリートの少な目な木造の建物であることに気付く。
パッと見の印象は映画なんかでよく見るログハウスとか、山奥の別荘という感じだろうか。
「意外と早く起きたな。まだ二時間も経っていないんだがな」
声のした方に振り向くと、そこに居たのは私服の上からエプロンを着けた美鶴さんだった。
少し離れた所から聞こえてくる何かを焼く音と、僅かに聞こえてくる水音から察するに、どうやら料理中だったらしい。
「理想の新妻スタイル……?」
「ふむ。君にはそういう趣味があるのか。これはいいことを聞いた」
「はっ!? 誘導尋問!?」
「いや、君が自白しただけだと思うが。……もう昼食も出来ている。ゆっくり過ごそうじゃないか」
寝ぐせのついた俺の髪を撫でてセットした事で満足気な表情をした美鶴さんは、そのまま踵を返してキッチンがあるであろう場所に戻っていく。
タイトな黒いパンツとそれに反比例するゆったりとしたデザインの白いセーターが美鶴さんのスタイルの良さを引き立たせ、その後ろ姿をついつい目で追ってしまう。
(いやいや、いかんいかん。自分からドツボに嵌ってどうする)
邪念を振り払って、眠たげなコロマルの頭を一撫でしてから美鶴さんの後を追い、料理の配膳を手伝って二人と一匹で昼食を取った後、ここ最近は東京郊外に立っている桐条家の別荘であるこの場所で過ごしているというコロマルと遊んだり、美鶴さんと最近話題の映画をみたり、二人でソファーに寝そべっていると、自分でも気づかない内に眠ってしまったようで、部屋に備え付けられていた時計は最後に見た時から一時間程経っていた。
「お、起きたのか? ま、まだ、パーティーまで時間はある。ゆっくり寝ててもいいんだぞ」
意識が覚醒して目を開けた時に、美鶴さんの顔がすぐ傍にあったので驚いたし、至近距離で目が合ったことで何故か動揺している美鶴さんの様子は気になったが、尿意を感じたので美鶴さんに断ってお手洗いに行く。
出すものを出して、トイレがタンクレスだったので洗面台に行って手を洗っていると、洗面所に置いてある鏡に写った自分の顔に違和感を感じる。
鏡に写る自分の顔をマジマジと見てみると、どうやらいつもより唇が赤いのが違和感の原因のようだ。
(これは、口紅か?)
自分の唇を親指で拭ってみると、少しの湿り気と赤いルージュが親指に付着している。
ここに来る前にルブランの近くの銭湯で汗を流してきているから、身体の色々な所に付いていた琴音さんとトキメのルージュが洗い流せていなかったということも無いだろう。
(となると)
手早く手を洗って部屋に戻ると、耳まで赤くした美鶴さんと目が合う。
さっきの動揺した様子から察するに、俺が寝ている間にキスをしたは良いものの、その後すぐに俺が目を覚ましたせいで俺の唇に付いた口紅を拭いきれなかったというところだろう。
……可愛いすぎか?
「美鶴さん」
「な、なんだ。私は何も」
「パーティーまでまだ時間ありますよね」
俺の発言に驚いたような表情をした美鶴さんの返事を待たずに彼女を横抱きにして寝室に連れて行く。
大きめのベッドに美鶴さんを横たえて、その白い首筋にキスをする。これから自分の身にどんなことが起きるのか理解した美鶴さんが顔を赤くして弱々しく抵抗するが、その抵抗がただのポーズでしかないことは分かっている。
「お、おい。落ち着け。私はそういうつもりで君をここに連れて来たわけでは……あっ」
『美鶴と特別な時間を過ごした……』
主人公の思いを知って、肌を重ねたことで更なる重力場を生み出すようになった琴音と愛(肉欲)を知ったトキメ。
癒しを与える筈が、主人公の琴線に触れる可愛さを見せてしまったことで、美味しく食べられた美鶴。
かーっ! 見んね! 卑しか女ばい!
ちなみに、原作ゲームではクリスマスイブにメメントス最深部に挑んでますが、このif世界軸だとちょっと前倒しになってます。