フロムの動物はなんであんなに強いんだ…?
グレムリン達が学園中に予告状を貼り付けた次の日。
朝早くから店で仕込みをしていた惣治郎さんから朝食をご馳走になってから、今日は帰りが遅くなると伝えて学園へと向かう。
放課後の作戦本番の為に、普段使っている通学鞄とは別に持ち出したリュックサックに各種アイテムと予備の武器を詰め込んで、最低限の備えとして制服の下にはヤタガラス謹製のアーマーベストと愛用のナイフを懐に仕込む。
危険物を満員電車に持ち込むのを避ける為にいつもより早めの電車に乗って学園の最寄り駅で竜司、杏、そして志帆と集まってから一緒に登校すると、学園の入り口付近に学生達が集まっているのが見える。
チラホラ聞こえてくる会話の内容的に、どうやら昨日の仕込みは上手くいったらしい。
「想像以上の騒ぎだな」
「そりゃあ、あんなのが学園中に貼り付けられてればね」
竜司と杏の言う通り、学園の至る所に貼り付けられている予告状を見て学生達が騒がない筈がないわけで。
時間が経つにつれて登校する学生が増えてくると、段々と騒ぎが大きくなり始め、学生だけでなく事態に気付いた教師も含めて学園全体がざわつき始める。
学園が全体的にざわついているのを眺めていると、一枚の紙が俺達の方に飛んでくる。どうやら誰かが無造作に剥ぎ取った予告状が風に流されて飛んできたらしい。
地面に落ちた予告状を拾ってその内容を確かめる。
予告状の出来映えは何度も確認したのだが、こうして改めて見るとシルクハットが特徴的なデフォルメされた人間の顔が他人を嘲笑っているような表情をしているせいで、中々に煽り性能が高いモノに仕上がっている。
こんな物を使って名指しで自分の罪を指摘されたら、今の鴨志田がどんな反応をするかは想像するまでもないな。
「誰だ! こんな物をバラ撒いた奴は!」
俺の考えを裏付けるように、顔を真っ赤にして怒鳴りながら鴨志田が現れる。そしてその両手には何処かから回収してきた何枚かの予告状を握り締めていた。
まあ、予告状は各クラスの教室にある黒板や学園内のお知らせが貼られている掲示板、その他諸々の目立つ場所にグレムリン達が貼り付けてある筈だから、多少剥がしても意味がないんだがな。
「お前か! いや、お前かぁ!」
予告状自体は単にオタカラを実体化させる為だけのモノだったのだが、先日の球技大会でプライドに大きく傷を付けられた今の鴨志田には劇薬すぎたようで、男女関係なく目についた生徒達に掴みかかっている。
そうして、暴走する鴨志田の血走った目が俺の姿を捉えたのか、こっちに近づいてきて俺の胸倉を掴み上げる。
「雨宮! お前かぁ!!」
「……何の話ですか」
「とぼけるな! あんな下らない真似をするような奴はお前と坂本くらいしかいないんだよ!」
血走った目でそう言う鴨志田の表情は怒りに染まっていて、何処からどう見ても感情を制御し切れていないのが分かる。
さて、どうしたものか。正直、予告状を出しても多少絡まれたり嫌味を言われる程度だと思っていたんだが、此処まで効果があるとはな。
感情の起伏が激しくなり、他者への攻撃性が増している鴨志田の状態は悪魔に憑りつかれた人間の典型的な反応だ。どうにも予想していたよりも鴨志田はアスモデウスの影響を受けているのかもしれない。
「この、クソガキが!」
鴨志田は俺の胸倉を掴んで散々に罵声を浴びせるが、肝心の俺が何の反応も示さないことに更にヒートアップしたのか拳を振り上げる。
胸倉を掴まれてはいるが、こんな見え透いた攻撃を態々くらってやる必要もない。更に怒らせるかもしれないが回避するか。
鴨志田が拳を振り上げたのを見て間に割って入ろうとする竜司達を手を振ってその場に居るように指示してから身構えていると、背後から大きな足音が近づいてくる。
「か、鴨志田先生! 落ち着いて下さい!」
大きな足音を立てながらやって来たのはハンプティダンプティみたいな体型をした、この学校の校長だった。
誰かからこの騒ぎを聞いて急いでやって来たのか、激しく息を切らした校長は俺と鴨志田の間へ強引に割って入って怒り狂った鴨志田を宥め始める。
「しかし、校長!」
「この様な低俗なイタズラをやった犯人は必ず見つけます。他の生徒もいますから、ここはどうか穏便に」
「ッツ……わかりました」
一応は学園の長である校長に諫められれば鴨志田も冷静にならざるをえないようで、自分の今までの行動が言い逃れ出来ないくらいにマズい行動だったことを理解したらしい。
掴んでいた俺の胸倉を突き飛ばす様に離して謝罪の言葉すらなく足早にこの場を去ろうとした次の瞬間、鴨志田の姿がブレてブーメランパンツに派手なマントと小さな王冠で着飾ったトチ狂ったシャドウとしての姿に変わる。
『盗めるものならやってみればいいさ……お前らごときに奪えるものか!』
そう言った鴨志田のシャドウは瞬きをした次の瞬間には消え、鴨志田も普通の姿に戻っている。
大勢集まっている生徒達もあの姿に関して言及していない所から察するに、他の人間にはあの姿は見えてなかったらしい。
「さあ、こんな下らない事に構ってないで教室に戻りなさい! 授業が始まりますよ!」
普通なら教師から殴られる寸前だった生徒に何らかのフォローを入れるものだろうが、問題児として認識している俺のフォローをするつもりは校長にはないらしく、俺を見てしかめっ面をした後、生徒と教師を問答無用で解散させて去っていった鴨志田を追って姿を消す。
恐らくは鴨志田のご機嫌取りに行ったのだろ。
「大丈夫か、蓮」
鴨志田に掴まれたせいで若干皺になっていた胸元を直していると、竜司達が駆け寄ってくる。
「ああ。問題ない」
「ったく。証拠もねぇのに人の事を犯人だと決めつけやがって」
確かに証拠は無いんだが、俺が犯人だという鴨志田の言葉は別に間違ってはいない。
だが、気に入らない生徒を証拠も無しに騒動の犯人だと決めつけて糾弾しようとする辺りはどうなのかと思わなくもないが。
「それよりも、これだけ印象付ければ『オタカラ』も実体化してる筈だ」
「うん。一瞬だけどシャドウの方が出て来てたよね」
「あれだけ奴の欲望と罪を強調して意識させたんだ。十中八九オタカラが実体化してる筈だぜ」
鞄の中から事態を見守っていたモルガナもそう言ってるし、認知異界の性質を考えれば予告状は想定していた効果を発揮していると見ていいだろう。
「であれば、本当に今日が決戦だな……俺達がパレスを片付けるまで志帆はなるべく一人にならない様にしてくれ。オタカラを確保するまでの間に鴨志田がどんな行動をするか予想がつかないからな」
鴨志田の執着の対象になっている杏と志帆だが、杏は霊能素養を開花させた事でペルソナという対抗手段を得たし、今回のオタカラ奪取作戦にも同行するから問題はない。
だが、志帆は霊的素養を覚醒に至る程には備えていなかったので、使用に負荷がかからない程度に効果が弱めな呪符や各種ストーン系アイテムでの属性攻撃しか身を守る手立てがない。
こっちで秘かに就けた護衛も陰から彼女を守っているから大丈夫だとは思うが、用心するに越したことはない。
「うん。みんなも、気を付けてね」
「よし。そろそろ時間だが、みんな準備は?」
学園のカリキュラムが完了し、学生が三々五々に散っていっている放課後。俺達は秀尽学園の正面に建っているビルの一室にいた。
学園中にばら撒かれた予告状は午前中に受け持ちの授業が無かった教師や、学園が雇っている清掃員さんが頑張って撤去したものの、何かにつけて予告状の件が学生達の話題に挙がっていたようで、今日一日中学園全体が色々と騒がしかった。
その辺の騒動があったのと、今日は体育の授業が無かったせいであの後の鴨志田の様子を直接見ることが出来なかったが、鴨志田の監視任務に就いているサマナーからは体育教官室に閉じ籠って出て来なくなったと報告が来ている。
であれば、鴨志田が孤立していて、もしも何らかのイレギュラーが発生しても他の人間を巻き込まない今が仕掛け時だ。
「怪盗団は準備万端だぜ」
各々の得物を片手に、制服の上からボディアーマー等の防具を装備して完全武装状態の竜司と杏。曲剣を背負い霊能素材がふんだんに使われたスカーフを装備したモルガナ。
この状態を誰かに見つかったら間違いなく通報されるだろうが、ヤタガラスのペーパーカンパニーが今回の作戦に合わせてフロアごと貸し切っているので、事情を知らない誰かが来たりすることはないのだが。
「準備は大事だが、あまりのんびりとはしてられないんだろう? さっさと突入して片付けよう」
「そう急くな、アキ。囮をやる以上、大悪魔と戦闘になる可能性が高い俺達こそ入念に準備しておくべきだ」
ヤタガラスの戦闘部隊専用の黒い戦闘装束を着込んだ真次郎さんが自身の武器である大斧と霊薬、そして俺が武見医院で購入して支給品として割り振った医薬品の状態を確認しながら、若干興奮気味の明彦さんに拳と手首を保護するバンテージと手甲を投げ渡す。
「大量のシャドウにそれを率いるパレスの主。それに加えて大罪を背負う大悪魔が相手だ。強敵を相手に出来るのは願ったり叶ったり……いや、すまん。気持ちが昂ぶり過ぎてるな」
投げ渡されたバンテージを慣れた手つきで巻いて、手甲を装備した明彦さんが昂った気持ちを落ち着かせる様にソファーに座って目を閉じる。
相変わらず強敵との戦いに飢えている明彦さんに苦笑いしながら、残りの陽動班のメンバーであるりせさんと直斗さんに近づく。
りせさんは基本的に直接戦闘へ加わらないから防御とサポート重視の装備をしているが、直斗さんは明彦さんや真次郎さんと同じく戦闘用の装束だ。
「今日は前衛に立つんですね」
「ええ。サポート要員はりせさんが居れば十分ですから。今日はアマツミカボシではなくヤマトスメラミコトで戦います」
そう言った直斗さんは分解整備と組み立てが終わったコルト・パイソンの改造銃に手早く銃弾を装填し、各種属性弾が装填されているスピードローダーを腰のポーチに入れていく。
そう。直斗さんは八十稲羽のマヨナカテレビ事件の時に発現した戦闘用のヤマトスメラミコトとサポート特化型のアマツミカボシという二つのペルソナを、自分の意志で切り替えて扱う事が出来る稀有な存在だ。
今まで何だかんだと悪魔と切った張ったをする事が多かったのと現場主義的な所のある直斗さんの性格も相まって、事件の捜査や他者のサポート力に特化しているアマツミカボシの出番はここ最近はあまり無いものの、サポート役と実力のある戦闘要員を自前で切り替えて事件に対応できるというのが、彼女の優秀さの現れだろう。
まあ、葛葉の一族に名を連ねる者として
「そういう蓮君は準備オッケー?」
「ええ。バッチリです」
決戦である今日は本気装備のライドウ衣装一式に、愛刀の『赤口葛葉』。懐にナイフと
パレスに侵入したら自動的にこの装備の上から怪盗服が重ね掛けされる。
それによって今抱えているアイテムや予備の武器も纏めて姿が消えてしまうが、あくまで見た目上消えているだけだから、アイテムも予備武器も問題なく使用できる。
むしろタルタロスやマヨナカテレビを攻略していた時の方がアイテムの所持数制限や予備武器の持ち歩きに苦労していたくらいだ。
そんな事を考えていると、りせさんが近寄ってきて俺が被っている学生帽に手を伸ばす。
「残念。帽子がちょっとズレてるよ」
この天パ気味な髪質と中々の毛量のせいで普通の帽子では収まりが悪く、俺は基本的に帽子は被らない主義だ。しかし、大戦前の謎技術で作られたこの学生帽はどんな髪型でもキッチリと被れる上に洗脳や魅了やらのデバフを弾いてくれる優れモノなのでよく被っている。
とは言え、流石に位置調整まではしてくれないので、りせさんがズレた帽子の位置を直してくれる様なのだが。
(なんか、妙に距離が近くないか?)
俺とりせさんの間にはそれなりに身長差があるので、少し背伸びしたりせさんがほぼ密着していると言っても過言ではないくらいに俺に寄り掛かって手を伸ばし、帽子の位置を直してくれる。
りせさんがほぼゼロ距離にまで近づいたことで、彼女が愛用しているベリー系や桃の香りが折り重なった香水の匂いが鼻腔を擽る。
ごく自然な手つきで俺の頬や首筋をりせさんの柔らかな手が撫で、圧倒的な美少女力を持った顔が近いせいで動悸が少し早くなり、頬も僅かに紅潮してしまっているのを自覚する。
(こうして見ると、本当に凄まじい美人なんだよな……いや、こんな事を考えている場合じゃないか。今は作戦に集中しないと)
いつもより距離感がバグっているりせさんに対して苦笑いしながら距離を取ろうとすると、突然俺の腕が引っ張られて強引にりせさんとの距離が開く。
「ほら、デレデレしてないで行くよ、ジョーカー!」
俺の腕を引っ張ったのはどうやら杏だったようで、彼女に引っ張られるがまま二歩、三歩と身体が後ろに流れて怪盗団達の輪の中に戻る。横を見れば僅かに頬を膨らませた杏が本人も何故こんな事をしたのかあまり理解できていないようで、困惑した表情を浮かべている。
「……ふぅん」
「……なるほど。
そんな杏の様子を見たりせさんと直斗さんの雰囲気がぬるりと変わる。
これはまるで、そう……美鶴さんと直斗さんが初めて会った時のような、ゆかりさんとりせさんが何故かバチバチにガンをとばし合っていた時の様な、背筋に氷柱を差し込まれたと錯覚してしまう様な冷たく、妙なプレッシャーを感じる雰囲気だ。
「蓮の奴、何人増やすつもりなんだ……本当に、そういう所だぞ」
「んん? 何故アイツらはいきなりプレッシャーを放っているんだ?」
「……逆にアキはいい歳なんだから、色々と察せ」
明彦さんはよくわかってないという表情だが、真次郎さんはやれやれとでも言いたげな若干呆れた表情をしながら俺に視線を向けている。
「こっちの準備も終わったし、何でもいいからさっさと始めろ。痴話喧嘩に巻き込まれるのは、もう御免だ」
なんか締まらないが、まあいいか。
なんにせよ準備も整ったし、大きな戦闘前ということで何処か張り詰めていた雰囲気が変わったのは間違いない。良い方か悪い方かは別として。
「よし。じゃあ行くぞ!」
俺の腕を掴んでいる杏の手をするりと解いて、ポケットに入れていたスマホを取り出して
起動と同時にブックマーク登録されているカモシダパレスへ侵入する為のワードがスマホの画面に表示され、一瞬視界が歪む。
さあ。ショータイムだ。
他の教員が居なくなった体育教官室。
そこで一人の男が椅子に座りながら腕を組み、苛立ちを隠そうともせずに激しく足を揺すって音を立てている。
「……クソ、クソ、クソ!」
怒声と共に突然立ち上がったその男───鴨志田は、手近に置いてあった他の教師用の椅子を蹴り飛ばし、教員が着替えを吊るしておく為に用意されている縦に長いロッカーの扉に拳を叩き込み、薄いアルミ製の扉をひしゃげさせる。
「あのガキ、俺に見せつけやがって! 杏と鈴井は俺が先に目を付けたんだぞ!」
鴨志田を名指しで糾弾した謎の予告状が校内にばら撒かれた事で、鴨志田は今日一日、居心地の悪い生活を送っていた。
今朝の出来事のせいでつい昨日まで鴨志田の事を尊敬の眼差しで見ていた若い教師が疑惑の視線を向けるようになり、鴨志田に纏わりついていた女生徒達があからさまに寄り付かなくなった。
それ以外にも鴨志田を目障りに思っていた男性教師から遠回しに嫌味を言われ、校長からもやんわりとだが迂闊な行動を自重するように釘を刺されてしまった。
今まであれ程チヤホヤしていた鴨志田の事を、不確かな情報が流布された程度で掌返しされた鴨志田の怒りは留まることをしらない。
「どおして、こうなるんだ!」
予告状がばら撒かれたせいで今日は部活動が全面的に中止になっており、バレーボール部も今日は休みである。
当然、鴨志田が欲望を向ける対象であり、ストレスを発散する道具でもある部員達も練習が休みになったので体育館には集まっていないし、ならばとつい先ほどトークアプリで呼び出した鈴井志帆には既読無視される始末だ。
「どいつもこいつも、舐めやがって!」
怒りに震える鴨志田が、こうなればと、志帆に直接電話を掛けて体育教官室に呼び出そうとスマホを手に取る。
「こいつの精神状態も理想的な塩梅か……そろそろ仕上げに入るか」
スマホを握り締め、志帆に何度も電話を掛ける鴨志田の右腕と重なる様に、棘だらけの赤い腕が何の前触れも無く表れてカモシダのスマホを操作する。
突如として現れた赤い腕に鴨志田は何の反応も示さずに、自分の電話に出ない志帆へ無意味な罵倒を続ける。
「哀れだな。だが、だからこそ貴様を選んだのだ」
棘だらけの赤い指が慣れた手つきで鴨志田のスマホを操作し、
「俺は金メダリストで」
「
「秀尽学園という
「さあ、その欲望、解放するといい」
「
認知が歪む。
変化は一瞬で、劇的だった。
瞬きをした程度の時間で、何処にでもある学校の風景から中世の城を思わせる風景に景色が切り替わる。
当然、発生源のスマホを持ってる鴨志田も、学園に残っていた僅かでも霊能の素養を持った人間達全員を巻き込んで。
自分のパレスに入れるのは原作のニイジマパレスでやってたので……
オラ! 自分の欲望と向き合う時間だ!
まあ、向き合ったとして必ずプラス方向に転がるとは限らないんですが。