公務員がいっちゃんええ   作:鯨油

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1話

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「公務員が今の時代いっちゃんええねん。不況やし」

高校3年生になり受験や就活やらを控えた同級生たちは口を揃えてそう言っていた。

 

バブル崩壊の煽りを受けて日本経済は底の見えない低迷を極めデフレが止まらないと額に汚い汗を流した偉そうなオジサン達のエンタメ性の高い大声大会をテレビは朝っぱらから流している。

 

安定した稼ぎと人並みのルックスとこの幸せになれる壺を持っている男が今の時代じゃマストで必須でスタンダード、これで貴方もモテモテ人生。コンビニで見つけた雑誌の隅の広告にそう記載されていた。

 

チンパンジーにフラッシュ暗算で負けたという嘘をクラスに流された際に誰からも嘘であると気付かれなかった俺は人生の岐路に立っていた。

大学に行く学力は無い。だからといって変なところに就職はしたくない。そんなどこまでも人生を舐めくさりインドのお菓子より甘ったれた俺は一つの選択をした。

 

 

 

______そうだ、公務員になろう。

 

念の為に母親に連絡した。放任主義で一人息子が中学に上がると同時に全寮制にぶち込み、自分は海外に高飛びし気紛れに帰ってくるとても親として不十分なダメ人間。だけどそれでも俺よりは世の中に詳しいと思ったからだ。

 

「…そう、いいんじゃない」

 

2年ぶりくらいに話した母親はわずか10字にも満たない生返事で俺の進路を肯定し、有無を言わせぬスピードで電話を切った。俺は母親に電話が繋がっていないことを3回ほど確認した後で携帯に向けて考えつく限りの罵詈雑言を浴びせた。もし母に聞かれていたら半殺しじゃ済まなかっただろう。俺は母親に教育という名の暴力をたびたび受けていた。母はその教育的暴力を偶に憂さ晴らしと呼んでいた。

 

何はともあれまずは勉強だ。どうやら公務員になるためには試験勉強と面接対策が必要らしい。俺は近くの眼鏡屋で眼鏡を購入し額に必勝の鉢巻を巻いて勉強机にかじりついた。

俺は何事も形から入る男だ。眼鏡をかけると頭が良くなった気がする。当分の目標は1日24時間勉強だ、睡眠って雑魚キャラがするもんやんな?

 

 

 

公務員試験全部落ちた日本死ね。

 

テストは鉛筆を転がし面接では面接本の暗記をしすぎて面接太郎と名乗った俺は華々しい結果と同級生からの嘲笑を全身に浴びながらこの世の全てを呪った。

月日を重ねる度にポストに溜まっていく不合格通知を数える日々が終わり無職ヒキニート予備軍として高校卒業を迎えようとしていた俺に助け船を出したのが高校の担任だった。

どうやら俺の未来を想定していた担任の先生はコッソリと伝手がある就職先に推薦状を出していたようだった。

 

京都府公安警察 デビルハンター職

 

公務員=市役所の人のイメージしかなかった俺にとって、一切マークをしていなかった公安のデビルハンターという職業は地獄に垂れてきた一本の蜘蛛の糸であり、砂漠で見つけたオアシスであり、俺は間違いなく藁をも掴む溺れる者であった。

 

 

 

 

 

2

 

「えーと、キミが新人のリウシェン君?俺がキミの教育担当になった黒瀬ユウタロウ言います。まぁ短い付き合いになるかもしれんけどよろしくなぁ」

 

「で、ウチはコイツのバディの天童ミチコ。最初は私たちと同行していって慣れたら誰かとバディ組んでやっていくと思うから、取りあえずよろしく」

 

黒瀬ユウタロウは髪型はセンターパートで鼻の上に大きな横一線の切り傷がある男だった。その当たり障りのない軽そうな雰囲気は何処となく柔和なイメージを感じさせる。

それに対して天童ミチコは女性にしては大柄で先ほど自己紹介していた黒瀬より頭一つ分大きい。黒瀬と同様の傷が彼女にも有りもしかしたら同じタイミングで負った傷なのかもしれない。こめかみから垂らした触角と後ろに縛った長髪はどこかキツそ……出来る女性って感じだ。

 

「はいぃ!先輩方に迷惑をおかけしないよう、また一日でも早く仕事を習得できるように頑張りまぁす!」

 

配属初日。俺は緊張のあまりお手本のように声が裏返った。

 

京都公安対魔1課。俺が配属された部署名の名称。

デビルハンターにはいくつかの課があり、俺はそのうちの実働部隊…つまり直接悪魔と戦う部署に配属された。まぁ推薦で入ったから初めからここに配属されることは決定されていただろうが。

 

公安のデビルハンターは普通2人1組のバディを組んで行動するが、新人はどこかの2人組に同行させてもらい仕事を行うらしく今頃同期達も俺と同じように顔合わせを行っているだろう。

 

「ほんじゃ最初は書類仕事からやっていこか。ちょうど片付ける書類がなんこかあるから教えながらやっていくわ」

「はいぃぃ!!!よろしくお願いしまぁす!」

「硬いなキミ、どうせこれから働くんやからもっと肩の力抜いてええよ」

「はい!!」

「いや、硬すぎるやろ。あれだ、天童のこと天童ちゃん呼んでええで」

「天童ちゃんさんですね!畏まりましたぁ!」

「緊張しすぎてバグってるやん、あとキモいからやめろぶち殺すぞ黒瀬」

 

 

 

 

 

 

悪魔が現れた際に封鎖した道路に関しては国土交通省。

悪魔が壊した建物に関しては法務省。

悪魔の死体に関しての処理は文部科学省。

民間のデビルハンターから流れてくる悪魔討伐の依頼の書類はあがががががががががが。

 

炙ったポップコーンのように弾けた脳のシナプスは視界を白く染め頭上にはお星さまがマイムマイムを踊っている。リウシェンの頭はどこまでも悪かった。

 

「アカン天童、リウシェン君がショート起こしてる」

「沢山教えて頭こんがらがってんやろ。もうええ時間やしお昼にしよか」

「あ、ありがとうございます」

 

そっと執務室の壁にかかっている大きな時計に目を移す。時刻は12時を少し過ぎたあたりで確か9時前に対魔1課の執務室の前に到着したのでおよそ3時間が経っていた。

 

「お昼弁当とかじゃないやろ?ご飯おごったるわ」

「ホンマ?ウチ今月厳しかってん」

「お前ちゃうわ天童、ほなリウシェン君も行こか」

「はい!」

 

今日の俺ってハイしか言えてないじゃん…リウシェンはもう仕事を辞めたくなっていた。

彼は新しい環境に対してかなり弱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家族で食べようファミリーバーガー」「パパママ大好きファミリーバーガー」「主役はハンバーグー」

 

注文が入るたびにそう店員が口上を述べる。3人は全国的に人気なハンバーガー屋さんであるファミリーバーガーに来ていた。お昼時に来たせいか店の中は混雑しているが、騒がしい店の喧騒はどこか懐かしさを感じさせリウシェンの緊張を和らげた。

 

「リウシェン君って親が中国系なん?」

 

テーブル席でリウシェンの向かいに座ってる黒瀬はそう聞く。その視線はハンバーガーに向いておりいかに手にタレが付かないように食べるか気を使っているようだった。

 

「母親が中国系ですね。父さんはわかんないですけど」

「へー、そうなんだ。じゃあ中国語できるん?」

 

黒瀬の隣に座っている天童がそう言った。天童は黒瀬とは対照的に不器用なのか手にハンバーガーのタレが付いているがあまり気に留めていないようだ。

 

「いや、自分はずっと日本なんで分かんないですね」

 

リウシェンは物心ついたときから日本に居た。日本で母親と二人で暮らしていたが母親は常に家に居るわけではなく度々家を空け、いつの間にかフラッと戻ってくるという日々を過ごしていた。

だからといって母親がいない間は常に1人だったかと言われるとそういうわけでなく、家には常に母親の愛人?と思われる女性が何人かおりその人たちにリウシェンは育てられた。

彼女らはみなリウシェンの母親にゾッコンでいかに母親がカッコよく美しいかをリウシェンに布教していたが彼にはよく分からなかった。何故なら母親は帰ってくる度に教育と称してリウシェンをボコボコに叩きのめしてくるからだ。リウシェンにとって母親は恐怖の対象であった。

 

因みに母親の愛人は徐々にメンバーチェンジしていき、最終的には人外の比率が高くなっていったがリウシェンはそこに違和感を覚えなかった。もしかしたら頭の殴られすぎで感覚がマヒしたのかもしれない。

 

「そうかぁ、しかしあれやろ。デビルハンター言うても書類仕事ばかりで想像してたんとなんかちゃうなって思ったやろ?」

「そうなぁ、ウチも最初はダルッ!って思ったわ」

 

黒瀬の言葉に天童も続く。

デビルハンターの仕事は意外と書類仕事が多い。デビルハンターの仕事は定期的に行うパトロールと悪魔が現れたなど要請があった際に直行することであり、それ以外の時間は全部書類作業であった。公安のデビルハンターとはいえ公務員であるからには書類作業から逃れられない。

 

これにはリウシェンも表情を歪める。デビルハンターの職を学校の先生から勧められ、その概要を詳しく知った彼の第一印象は「なんか楽そう」であった。

給料は高いし休みも割とあって毎日出てくる悪魔を倒すだけでお金が貰える日々を想定していたリウシェンは今日見た書類の山を見て絶望している。

 

「リウシェン君はさぁ…なんでデビルハンターなったん」

「ちょ!…あー黒瀬はこう言うてるけど、あんま言いたくなかったら言わんくてええで、個人的なこともあるしやな」

 

黒瀬のやや無神経と言うか配慮のない発言に天童が少し被せるように補足した。デビルハンターになる奴の理由は大体決まっている。

近しい人を殺された恨みか、金か。この2択だ。

前者はその通りで、特に7年ほど前に日本に現れおよそ5万人もの人々を殺害した銃の悪魔に復讐を果たすべくデビルハンターになるものは多い。

後者も、デビルハンターは常に人手不足であり学歴不問で誰でもなれるということで多くの金に困ったもう後がない人の駆け込み寺のようになっている。

まぁ理由はどうであれ結局殆どの公安所属のデビルハンターは数年で死ぬか民間に移っていく。現実は非情である。

実のところ黒瀬と天童は昔馴染みで二人とも近しい人を銃の悪魔に殺された恨みを晴らすべく公安のデビルハンターになっている。

 

リウシェンは考える、正直デビルハンター以外に行くところが無かったからと言うのは少し無神経な気がするがだからといって楽そうだからと現職の先輩方に言うのも失礼ではないか。足りない頭で必死に考えた彼はとりあえず安牌な回答を絞り出した。

 

「う~ん、やっぱ安定してるから、ですかね」

 

「「…安定?」」

二人は声を合わせ目を張った。

 

「やっぱ今不景気じゃないですか?だから安定してる職がいいなって。デビルハンターって多分無くならない職だし公安だと公務員じゃないですか。俺、頭も良くないのでいい会社とか入れないので一生やっていける職がいいなって思ったんで」

 

「それでデビルハンター?」

「安定を選んで?」

 

「そうですね」

 

当たり前のように答えたリウシェンはハンバーガーに噛みつきもきゅもきゅと咀嚼する。

特にカマしてやろうといったボケの雰囲気は無く当たり前のように答える彼に黒瀬と天童は冷や汗を流した。

デビルハンターの殉職率は異常だ。二人の同期でも現在生きているのは片手で数えられるほどしかいない。それなのにそんなデビルハンターに安定を求めてくるものなど異常者かただの馬鹿か。

どうやら自分たちに任せられた新人は一筋縄ではいかないようだ。

変わった新人の対応に思案を巡らせていた黒瀬の端末から呼び出し音が鳴る。

端末を耳に当てた黒瀬はいくつかの返答をした後それをポケットにしまった。

 

「初日なのに残念やな。悪魔が出た」

 

まだ食事を食べきっていないにもかかわらず席を立ち準備を行う二人を見てリウシェンも慌てて店を出る準備を始める。

 

まだ全部食べ切れてないのにぃ…、彼は食い意地が張っていた。

 

 

 

 

 

4

 

それは登山家の中では有名な高山であった。

その登山道を汗だくの二人と呑気に景色を楽しんでいる若い男の三人が登っている。

 

「なんで悪魔を駆除すんのに山登ってんねん俺らはぁ!」

「暑い…まだ4月なのに…もうスーツ嫌や」

「めっちゃ景色良いですねー、山登りか~初めてだなぁ」

 

なんでこんなキツイ山登りしてて汗一つかいてないねんコイツは。

そう思った二人だが口を開くことは無かった。悪魔と対峙する前に少しでも体力を使いたくなかったからだ。

 

端末からの情報ではこの登山道を登っていた民間人からの通報でキノコのような悪魔に襲われ自分は逃げられたが登山に同行していた友人を置き去りにしてしまったという内容だ。

キノコの悪魔(仮)は1mほどのキノコの姿をした怪物で足元は触手の様なものが生えておりその触手をワラワラと蠢かせて動いていたようだ。

 

二人は公安本部から持ってきた刀を杖代わりにして登山道を進む。

リウシェンも公安本部から持ってきた青龍刀を腰に巻いて携帯している。新人なので戦闘には基本参加しないが自己防衛のために本部の武器庫から取り出してきたのだ。

 

最初は二人と同じく刀を渡されたがこっちの方が慣れていると誰にも使われていなかった埃だらけの古い青龍刀を彼は持ち出した。

黒瀬は「青龍刀の方が慣れてるってなんやねん」と思ったが中国系の血が入っているからかと勝手に納得した。天童は特に気にしなかった。

 

険しい山道を抜け、休憩用の山小屋を見つけると三人はそこに立ち寄った。

管理人は悪魔出没の警報を受けすでに避難していたので事前に借りてきた鍵を使い小屋を開け黒瀬は真っ先にクーラーをつけた。

 

「生き返るわぁ~」

「悪魔と戦う前に死んでまうとこやったわぁ」

 

シャツのボタンを開けパタパタとシャツの首元を仰ぐ二人を見て…正確には天童を見てエッチすぎるだろ…と思っているリウシェンは気を紛らわせるように山小屋の中を見渡す。

勿論山小屋に入った時にベテランの二人が安全確認を行なったうえで休憩している。

 

「それにしてもリウシェン君は凄いな、汗一つかいてない」

「結構体力とかあるんや、なんか昔やってたん」

 

瞬間、リウシェンの頭の中に過去の記憶がフラッシュバックする。

母親に7回吐くまで走らされた後に腹を蹴り飛ばされ文字通り胃が空っぽになった記憶。

旅行に行こうと言われウキウキでついていったらナイアガラの滝から投げ飛ばされた記憶。

水の上を走れたら便利だと言われ、走れるようになるまで刃物を持った母親に追い掛け回された記憶。

このことを夏休みの絵日記で書いたらクラスメイトからほら吹き扱いされた記憶。

 

「…そ、そうですね。やってました…いろいろ…本当にいろいろ」

リウシェンには沢山のトラウマがある。

 

 

 

山小屋を後にし、悪魔の目撃情報がある付近まで近づいた。

そこは登山道を外れた森林の中であり、日の光が樹木に遮られているのか異様に暗くまだ4月だというのに強い湿気を感じる。

二人…黒瀬と天童は先ほどまでの疲弊した姿が嘘だったかのように神経を尖らせており、もし少しでも二人に触れればその瞬間二人が持つ刃が自分に向かってくるのではないかと思わせるほどの迫力を伴っている。

 

突然、黒瀬が指を指した。

 

「おった」

 

リウシェンは指の方角に目を向ける。

そこには周りに比べ一段と大きい二股の大樹があり、その根元に開いた大きなウロの中に何か人型のものがウロに背を預けて座っていた。

眼を凝らす。それは体中からキノコを生やした中年の男性のような姿をしている。

その男性の服装と情報が一致した。悪魔を目撃した男性の同行者であり置き去りにされた男性の親友であった。

 

「あれは…寄生されてるわ。多分もう助からんな」

そう天童が呟いた。感情が籠っていない酷く冷静な物言いだった。

 

「リウシェン君はここから見とって、俺らで倒すけどリウシェン君の方に逃げるかもしれんから油断はせんとくなよ」

今まで飄々としていた黒瀬からは想像が出来ないような低い声でそう告げた。この言葉に天童も続く。

「多分負けないけどウチらが負けたらキミは真っ先に逃げて、助けるとか考えないで早く本部に連絡に知らせて」

そう言って天童はポケットから出した連絡用の端末をリウシェンに渡す。

 

それをリウシェンは黙って受け取ると自分のポケットに入れた。

新人は最初に悪魔に対峙する時は大体冷静さを失い恐怖するか逆に高揚しているかのどちらかが多いが彼は酷く落ち着いていた。

 

コイツはアタリの新人かもしれんな、リウシェンの姿を見て黒瀬はそう思った。

 

二人は静かに背中に背負った鞘から刀を抜くと、キノコに寄生された男性が座っているウロの後ろ…男性の死角から近づくと声もかけずに長年の戦闘で培われた阿吽の呼吸で樹木越しに刀を突き刺した。

 

「いでぇぇええええええぇぇ!!!!!!」

 

そう寄生された男性が叫ぶとその場から飛び上がる。その勢いのままに刀は男性の体から抜けその刺し傷からはぽたぽたと血が垂れている。

 

「誰だぁ!いきなり刺してきやがってぇ…常識ねぇんかぁ!?」

 

「悪魔が常識語んなや」

樹に刺さった刀を引き抜いた二人は改めてキノコに寄生された男性…いやキノコの悪魔と対峙する。

 

「せっかくこの体に寄生して自由に動かせるようになったのになに傷つけてくれてんだぁ!」

 

「お前の体ちゃうやろ、はよ死ねや」

黒瀬と天童は息の合った動きで同時に襲い掛かる。キノコの悪魔は戦闘が苦手なのか成すすべもなく二人に切り刻まれていく。

 

「お前らこいつがどうなってもいいのかよ!こいつはまだ生きてるぜぇ!!」

 

そんな悪魔の言葉にも二人は動きを止めない。絶え間ない剣戟を前に隙を見せたキノコの悪魔を二人は見逃さない。

 

黒瀬や天童は最初の目撃証言を聞いたときから寄生された男性の命を諦めている。人間にとって悪魔は天敵であり捕食者被食者の関係である。望みの薄い希望に縋るほど二人は青くない。こうやって被害者を人質にとった悪魔に何人もの同業者が殺されている現実を二人は嫌と言うほど知っていた。

大きく居合の体勢で構えた天童が振り絞った斬撃を解き放つ。その鋭い一閃は空気を切り裂きながらキノコの悪魔に直撃した。キノコの悪魔の首はケーキのように綺麗に両断され肉体から離れた頭部がころころと地面を転がっていく。頭部を失ったキノコの悪魔はそのまま力なく地面に倒れ動かなくなった。

 

「…死んだか」

そう呟いた黒瀬はされど慢心することなく構えを解かない、これは天童も同じだった。

幾ばくかの時間が経ち辺りにはただ風の音だけが響く。二人はようやく警戒を解き刀を鞘に納めようとしたその瞬間であった。

 

「ぐぼぉ」「げぇ」

 

二人が同時に吐血する。体中の内臓に穴が開いたような鋭い痛みが全身に回り思わず片膝をついた。痛みによって思考が止まった二人。しかし彼らは反射的に行動した。

 

「天童、速攻や」

「分かってるわ!」

 

それは長年の経験により培われた動きであった。悪魔の行動を予測できる人間なんていない。悪魔の攻撃はいつだって唐突で理不尽で説明が付かない、だからこそそんな悪魔と相対する者達は立ち止まってはいけない。

 

実のところ二人に襲い掛かった悪魔の攻撃の正体は胞子であった。キノコの悪魔が放出した微粒の胞子は口腔や鼻腔から彼らの内臓に入り込み臓物に根を張り発芽をする。吐血はその攻撃によるものだが2人はそんなことを知る由もない。

 

黒瀬と天童は自らの左手の甲に噛みついた。加減をせずに噛んだ左手は血を流すが、それを気にも留めない二人はそのまま左手をキノコの悪魔の死体に向ける。

 

「ぎ、ぎっぇええぇややや!!!!!」

 

先ほどまで地に伏し微動だにしていなかった首のないキノコの悪魔の死体がひとりでに動き出しゴロゴロと地面に転がる。その体には黒い棘のようなものが刺さっておりどうやら体の内側から生えているようであった。

 

「くそ!やっぱり生きとったか」

「油断すんなやアホ!」

「お前も油断しとったやろデカ女!」

 

罰の悪魔。それが二人の契約している悪魔の名前だ。契約者に与えられた傷をその加害者に倍返しするといったシンプルな能力を持っているがこの力を扱える者は少ない。殆どの者は最初にダメージを食らった際にその生涯を終えてしまうからだ。つまりこの悪魔と契約し、使いこなす二人はそれだけ多くの修羅場を搔い潜ってきた歴戦のデビルハンターであった。

 

失ったはずの頭部の部分から触手のような赤黒い糸状の肉がミミズのように伸びて合わさり元の頭部の姿を形作る。のっぺらぼうのような頭部から徐々に凹凸が形成され元の寄生された男性の顔が浮き上がる。キノコの悪魔が大きく口を開いた。

 

「血吐いても攻撃してきて気持ちわりぃんだよお前らぁ!!普通もっとパニくるだろうがよおおおおおおお!!!!!」

 

「うっさいわデビルハンター舐めんなダボ!」

「死に体がなに再生しとんやさっさと死ね」

 

「うるせぇぇぇええええ!!!!死ねぇえええ!!!!」

 

そう叫ぶと大きく体を震わせたキノコの悪魔から爆発音と共に緑色の煙幕のようなものが放出される。それは小さな粒子が集まってできた霧であった。

 

思わず距離を取った二人はその選択が間違いであったと知る。

煙幕に紛れたキノコの悪魔がその姿を二人の前から消したからだ。

 

「攻撃やない、逃げる気やぞ」

「言わんでも分かっとるわ!」

 

周囲を警戒する天童の視線の先には先ほどまで戦っていた歪な人型と今日出会ったばかりの長身で細目なところ以外特に特徴がない男性の姿があった。

 

「アカン、はよ逃げろリウシェン!」

 

煙幕に紛れ逃走を図ったキノコの悪魔の行く先に遠くから観戦させていた今日配属されたばかりの新人が居たことは全くの偶然であった。

キノコの悪魔は止まらない。寄生し体を操っているキノコの悪魔は人体のリミッターを外し規格外の速度で進んでいく。

 

「邪魔だあああああああ!!!ぶち殺してやるうううう!!」

 

脳のリミッターを外され悪魔の力によって強化されたキノコの悪魔の肉体から放たれる一撃は強力だ。黒瀬と天童がキノコの悪魔と張り合えていたのは二人の息の合ったコンビネーションと長年の鍛錬からくるものだ。一年目の、まして配属初日の新人がまともに相手できるものではない。

 

二人の頭に最悪の未来が浮かぶ。

 

キノコの悪魔が振り上げた拳はまるでスローモーションのようにゆっくりとリウシェンの体に振り下ろされ……空を切った。

 

「あれぇ!?なんでぇ!?」

 

先ほどまでキノコの悪魔の視界が捉えていたリウシェンの姿はそこにない。

後方から風を切る音がした。後ろを振り返る。目の前にはついさっき自分がぶち殺そうとした男の姿。

 

「お前ぇ…なんで後ろに…?」

 

男は右手に握った青龍刀を腰に巻いた鞘にしまうとハイライトを失った切れ長の瞳がキノコの悪魔を捉えその口を開いた。

 

「死体がしゃべってる」

 

キノコの悪魔の意識はそこで途絶えた。

 




誤字脱字が多いと思いますので誤字を指摘できる便利機能を皆様が活用してくださると僕が楽できてとても良いです
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