公務員がいっちゃんええ   作:鯨油

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2話

 

配属初日から悪魔とタイマン張って細切れキノコの俺流イタリアンに調理してやったリウシェンは先輩からの質問責めと浴びるほどの称賛を受け、少し調子に乗りながらもその持ち前の謙虚さを忘れることはなかった。

 

「才能──────ですかね。いや、なんだろうな…別に体が勝手にって言うか。つーかあれ、俺また何かやっちゃいました?」

 

公安本部に戻り処理すべき書類の山を前にしたリウシェンはその長く伸びきった鼻をへし折って先輩に媚びへつらった。

黒瀬と天童はリウシェンの扱い方を配属初日にして理解した。

 

 

 

それから一か月ほどが経過し、まだ仕事に慣れてはいないものの全体の雰囲気は掴み始めやや余裕を見せ始めたリウシェンは二人…黒瀬と天童に公安本部の地下に呼ばれた。

 

本部の中に一つだけある地下に向かう特殊なリフトに乗る。ガタガタと年季の入った音を響かせながらリフトはゆっくりと地下に向かって進み始めた。

 

「地下に居るんは公安が生け捕りにした悪魔。だからリウシェン君には適当な悪魔と契約して貰いたい」

 

黒瀬の声は地下に続く空洞で良く響いた。

リフトが一段と揺れ、ガッタンと音がすると動きを止めた。どうやら地下に着いたようだ。

悪魔を閉じ込めてある地下室は刑務所をそのまま地下室に持ってきたような様相をしており、明かりが少ないせいかやけに暗い。悪魔を生け捕りにする度に増改築をしたのか壁に貼っているタイルは同じ色が続いていると思えば途中から色が変わったり模様が変化している。天井を伝うパイプは規則性がなく、ある一角ではリウシェンの体より太いパイプが乱雑に張り巡らされていたり逆に全てが壁の裏側を通り綺麗に整えられている区画もある。

 

「東京の公安はここよりもっと大きくて沢山の悪魔が生け捕りにされて収容されてるらしい。京都も他の支部に比べると大きい方だけど」

 

天童が先導し真ん中に黒瀬、最後尾にリウシェンと続き歩みを進める。

 

「あの、一つ聞いていいですか」

 

「ええよ、やっぱり契約する悪魔の事やろ?最初はキツネの悪魔とかでええと思うけど。代償も軽いし比較的人間に友好的やしな」

 

「別に無理に今日中に契約する悪魔を決める必要はないわ、生身でもリウシェン君は十分戦えてるし」

 

「むしろ俺らより生身なら強いんちゃう?」

 

「あ~、いや、そうじゃなくてですね」

 

少し咳ばらいをしたリウシェンは恐る恐るここに来た時から疑問に思っていたことを口にした。

 

「人間の恐怖心に比例して強くなる悪魔を収容しているところがなんでこんな明かりが少なかったり歪な構造してるんですか、俺ここに来てから普通に怖いんですけど」

 

リウシェンには意味が分からなかった。通路は暗くてなんかこわい。ここに来るまでで乗ってきたリフトもなんか特別感が出て怖い、もっと普通にエレベーターで良い。通路の先から吹く風はもう5月だというのに冬の風のように冷たくなんなら室内で吹く風ってなんだよ。

もっと明かりを増やしてほしい。今から契約しに行く悪魔の力を増長させる事になったら脱走とかしそうで危険じゃん。通路の壁紙もキッズルームみたいなかわいい動物さんの壁紙とかにするべきだろイカれてんのかここの施工は。

 

「…そう思えばそうやな」

「気にした事なかったなぁ」

 

「いや、普通考えたら分かるじゃないですか」

 

手を顎に置きう~んと頭を悩ませる黒瀬と特に気にしないで前を歩く天童。

二人の特に気にしていない様子を見て自分の考えすぎなのではとリウシェンは少し弱気になった。

 

 

「もしかしてリウシェン君はオバケとか苦手なん」

 

「あ~苦手っすね」

 

「ホンマに?君ならオバケも刺身に出来そうやけど」

「いや、オバケは物理攻撃効かないし」

「そういうもん?」「違いますかね」「知らんなぁ」

 

会話の切れ目と共に目的の場所までたどり着いた。リウシェンは契約する悪魔を事前に決めていた。

 

「まぁやっぱり最初はみんな狐の悪魔よな」

 

狐の悪魔。それは公安に所属する男性のデビルハンターなら殆どが契約をしているとも言われている。

男性しか契約出来ず、容姿の良さによって力は変わってくるが扱いやすく力の対価も軽い。一般的に自らの体の一部を与え狐の悪魔の部位を顕現させる。顔が良い奴が頭を使えるがそうじゃない奴は大体爪か尻尾だ。

 

黒瀬が暗証番号を打ち込むとギギギという錆びているのか立て付けの悪さが目立つ音が通路に響き扉が開く。

部屋の中は暗く室内の様子は分からない…リウシェンを除いては。

彼は夜目が利く。薄暗い部屋の中央には小さな狐が体を丸めて縮こまっていた。

毛の色は赤茶色で熟れたオレンジのようだ。顎の横や耳の裏にも目がありいくつもの瞳がぎょろぎょろと動いている。

 

「狐の悪魔の本体はここにはおらん。ここに収容されているのはその分霊のようなもんや」

「分霊だけどその力は本体と契約した場合と変わらないから心配せんでいい」

 

子狐に向かい暗闇の中を進むとこちらに気が付いた子狐は静かに立ち上がりこちらを凝視した。犬とか猫を飼いたいけど狐もありかもしれない。多眼の獣を見て少し感性が変わっているリウシェンは呑気にもそう思った。

 

「狐の悪魔よ、契約がしたい。俺は何を対価にすればいい」

 

リウシェンがそう言うと子狐の尻尾に淡い橙色の火が灯り部屋を照らす。

室内には家具や物品が一つもなくただ広い空間がそこにあるだけだ。

子狐はリウシェンに近寄るとジロジロと彼の顔を眺めてその小さい口を開いた。

 

「皮膚、髪の毛…まぁ何でもいい。その都度に適当に貰う。若い男だもの」

 

そう狐が告げるとリウシェンは自らの右腕に歯を立て皮膚を噛みちぎった。そして口に含んだ皮膚の断片を子狐に向かい優しく放った。

 

「塩とか醤油とかあった方が良いか?」

 

「……別に食べるために皮膚を欲したんじゃないし対価を得る時はわざわざ嚙みちぎらなくても勝手に持っていくわよ…」

「そうか」

 

狐の悪魔はリウシェンに少し…いやかなり引いている。ドン引きだ。

せっかく食べるなら美味しく食べてもらいたいなぁ…と思っていたリウシェンはじゃあ何目的で欲しがるんだろう、コレクション用か?とその意識をやや明後日の方向に飛ばしている。

 

「なぁ、俺はキミの力を全て使うことができるかな」

 

公安の内部では密かに狐の悪魔の審美眼が話題になる。

新人のアイツは頭部が使えるらしいぞ。そうなのね、じゃあイケメンなのかしら顔が見てみたわ。

狐の頭部を使える事はイケメンの証明であり一種のステータスになるのだ。

リウシェンは自分の顔を正直そんなに悪くないんじゃないか? と思っている。

でも自称イケメンなんてきっとこの世で一番悲しい言葉だろう、彼には他人からの評価が必要だった。

 

リウシェンにとってはとても長く実際はとても短い時間が流れる。

部屋にはリウシェンの唾を呑む音が聞こえた。

狐の悪魔はジャッジを下す。

 

「キモいから無理」

 

えぐいって。

 

 

 

 

 

放心状態で帰路に就くリウシェンに「なぁ、刀に塩を塗ればオバケでも切れるんやないの」と天童が声をかけると彼は今にも死にそうなか弱い声で「俺って気持ち悪いですかね」と聞いた。

「いや、普通」と天童が答えるとリウシェンは涙をぬぐい愛用している青龍刀に塩を塗りたくりパトロールに出かける。

 

 

彼からは海の匂いがする。

 

 

 

 

余談だが狐の悪魔の返答は契約する際の言動がキモかったので頭部を使わせたくないという趣旨の発言であり、容姿に関しては特段平凡ぐらいにしか思っていない。なので彼が頭部を使えない事には変わりない。

 

 

 

 

 

デビルハンターはバディを組んで日々の仕事をこなしていく。

リウシェンのバディとなった男はデビルハンター歴3年の男であった。

 

「お前使えるって黒瀬達から聞いたぜ。これからよろしくな」

 

その男は蟹の悪魔に胴体を真っ二つにされて死んだ。バディを組んでから2か月が過ぎた頃であった。

蟹の悪魔は硬い甲羅に守られ刃物が通らない。リウシェンは刃が折れてしまった年季の入った青龍刀を投げ捨て拳を構えその右腕を振りぬいた。

鉄と鉄がぶつかった様な鈍い音が響き彼の右腕はその堅牢な鎧をぶち抜いた。

そして蟹の体内に貫通した腕で中にあった温かくて柔らかい何かを目一杯掴むと全力で引き抜いた。

 

血、肉片、血、血、内臓、血、汚物汚物汚物。

 

深紅の花が咲いたようにあたり一面が赤く染まり海産物特有の匂いが広がる。

 

「先輩、蟹の悪魔って…まずいっすね」

彼は体中を蟹みそだらけにし、顔についた臓物をペロリと舐めると短い付き合いになったバディに向かい膝を折り顔を見つめ呟いた。

彼の表情はぶちまけられた臓物で誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

新しいバディは8年目の女性であった。

 

「ベテランは難しい任務を任せられるからそのバディにも強さが求められる。つまり少年は認められたって事だよ、おめでとう」

「オレ少年って年齢でもないですよ」

 

二人称少年の女良すぎ、彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

雷の悪魔が放った雷撃はバディを消し炭にした。タッグを組んでから季節が一巡した頃であった。

 

目撃情報などを加味し予測されていた悪魔とは違っていた。太古から多くの人間に恐れ敬われてきた自然現象の悪魔は本来たった二人で対処はしない。これは情報の行き違いなど色々の要素が合わさり起こった不幸な事故であった。

雷に打たれ全身に裂傷や火傷をおったリウシェンはそれでも立ち上がる。側には炭化した小さな肉片だけがそこにあった。

 

 

太陽のように笑う人だった。彼女からは日向の匂いがした。

 

 

 

「ゴロゴロゴロ、貴様…なぜ生きている」

 

それは生き物というより光の集合体のような姿をしていた。

綿菓子のように白くて薄い靄のような雲がそこにフワフワと浮いている。消し炭になってしまった彼女が契約していた投擲の悪魔の一撃は無残にも雷の悪魔を通り抜けた。

物理攻撃は雷の悪魔に通用しない。

 

「…しかし関係あるまい。どうせ吾輩に貴様の攻撃など通じないのだから」

「絶望して死ね。恐怖して死ね。せめてその命、吾輩の糧になれ」

 

 

先ほどまで快晴だった空はしかしその様相を暗く濁った色に染めていく。

空の端が少し光ると暗雲の隙間から一直線に光の束が降りそそいだ。

その閃光を目の前にしてリウシェンは走馬灯のように過去の記憶が蘇った。

 

 

 

 

 

 

「だからそうじゃないと言っているだろう。ヘタクソ、代われ」

そう言う母に腹部を蹴られた俺は勢いのまま壁に叩きつけられた。何かが折れる音がした。俺の肋骨とあばら骨だった。

 

「し、死ね…暴力ババア」

喉から出た声は自分が思った以上にか弱く情けのないものだった。全身が悲鳴を上げている。母親が出す無理難題を失敗する度に教育的指導改め暴力的八つ当たりが始まる。頭がおかしくなるほど痛い、本当に危機に瀕している体は悲鳴すら上げず沈黙と共にある。

 

「たかが火も斬れないのかお前は」

「火なんて…斬れるわけ…ないだろ」

 

突如海外から帰ってきた母親は「お前も概念を斬れるようになっておけ、便利だから」と海外の謎の菌で頭が変になっていないと成立しない文章を吐き出すとライターと液状のアルコール片手に俺をこの拷問に巻き込んだ。

 

口に含んだアルコールをライターに向けて吐き出すと放射状に炎が広がる。それを母が持ってきた青龍刀で斬ればいいらしい。

 

俺は斬った、もちろん斬った。何故なら母に逆らうと何が起きるか明白だからだ。

炎は斬れた。正確には青龍刀を振るった箇所の炎がその勢いで一瞬途切れるがまたすぐにその勢いを取り戻す。そして違うと言われ俺は殴られる。

大体こういう修業は蝋燭とかでやるべきだろう、なぜこの形式なんだ。

壁に打ち付けられうつ伏せに倒れていた俺はなんとか体を起こし口を開けた。

 

「正解を見せろよ。言ってることの…意味がわかんねぇ」

「…最近の若い奴は実際に見せてやらないと出来ないのか、はぁ」

 

そう言うと母は口にアルコールを含むと右手に刀、左手にライターを持ちライターにアルコールを吹きかけた。まるでキノコ雲のように広がる炎に向けて母は手に持っている刀を振るうと炎は俺の視界からその全てを消した。

 

「は?」

 

もう一度言う、放射上に広がる炎に向かい刀を軽く振っただけでその炎の全貌が消失した。

意味が分からない、物理法則から外れすぎている。殴られすぎた俺の脳みそが楽しい幻影を見せているのかもしれない、非常に悪趣味だ。

 

「な、なんで…」

 

母は小首をかしげその視線を上に傾けると次に何を話すか考えているような少しの間をおいて口を開いた。

 

「気合」

 

俺はもしかしたら母親に対してこれまでずっと大きな勘違いをしていたのかもしれない。

思いついたように一人海外を飛び回ったり事あるごとに思慮深い顔つきで俺を鍛えるのも今こうやって理不尽な暴力を俺にぶつけるのも全て理由が存在するのだと思っていた。そう思いたかった。

 

人は見たいモノを見たいように見て信じたいモノを信じたいように信じる。

今はっきりと心で理解した。

 

この人はただの狂人だ。

 

 

 

 

 

 

 

刻々と迫りくる死の光を前にしても不思議と恐怖がなかった。

心は沸騰しているように熱く今にも張り裂けてしまいそうなのに、頭の奥では冷却水をぶっかけられたように芯まで冷え切っている。

少しの倦怠感と狂おしいほどの痛み。しかし筋肉は緩み糸の切れたパペットのように脱力している。

 

息を大きく吸った。

 

裂傷と火傷による痛みで熱を持った体に少し冷えた酸素が駆け巡る。

急激な酸素の摂取は脳をスパークさせる。酸素は俺をハイにした。

 

死に瀕した今、この瞬間の全てが知覚できた。

 

万能感

あぁ、そうか

母の見ている世界とはコレなのかもしれない

 

腰に差した青龍刀を抜いた

もう1年ほど使用していた愛刀は先ほど受けた電撃により焦げつき酷く傷みとても使用できる状態ではない

 

でもそんなことは関係なかった

 

左手の平を突き出し右手に構えた青龍刀の剣先を向ける

強烈な死の塊は世界を白く染めた

もしかしたら天国はこんな景色なのかもしれない

 

右腕を振るう。

 

 

 

 

 

 

窓から差す暖かい日差しが彼の少し伸びた黒い頭髪を白く照らした。

細い瞳をより狭めベットから身を起こしたリウシェンは窓から見える景色に目を移す。

残暑は去り、乾いた空気と少し肌寒さを感じさせる風は木々からその青さを奪いその色合いを赤く染め上げる。

季節はすっかり秋になっていた。

 

コンコン

 

ドアをノックする音が聞こえた。個室の病室ではひどく響く。

 

「どうぞ」

 

建付けが悪いのかやや歪な高音と共に開いたドアの先には特徴的なアフロ頭。

 

「意外と元気そうやないの、どうや?」

「ただでさえ満身創痍なのに職場の上司なんて目にしたら致命傷です」

「そうか元気か、なら良かった」

 

そう言うとリウシェンのお見舞いに来たアフロ頭…京都公安対魔1課のスバルはベッドの脇にある椅子にドカンと雑に座り右手に抱えた手土産を差し出した。

 

「なんすかこれ」

「お見舞いの品、開けてみ」

 

綺麗に包装された正方形の包みを雑に破くと中から輿に乗ったぎょろ目の武将のフィギュア。

 

「いや、まじでなんすかこれ」

「雷斬ったって聞いてな、これ探すのめっちゃ時間かかってん。立花道雪のフィギュア」

 

立花道雪、それは戦国時代に活躍した武将であり雷を斬ったという逸話が残されている。

その雷を斬った代償に下半身不随になってしまいそれから輿に乗って戦に出向いていたという。

そして勿論、リウシェンはそんな逸話は知らないし立花道雪と聞いてもピンとこない。

 

「いやエグイ」

「本当にな、どこにも売ってないねんこれ」

 

リウシェンはフィギュアをベッドの横にある小さなテーブルに煩雑に置くとこめかみに手を置いて感情を抑えた。

彼はボケたがりなスバルの事が苦手であった。

 

「…普通に菓子折りとかでいいでしょ」

「いや…な、色んな奴らもお見舞いに来てるだろうから被ったらアカンかなって」

「お見舞いの品なんて被ってなんぼじゃないですか」

「お見舞いの品になんぼの概念ないやろ」

 

会話が途切れ少しの沈黙が流れる。

息を呑む音がした、それはスバルからだった。

 

「お前のバディの件…すまんかった」

 

頭を下げるスバルに彼は間髪入れずに答える。

 

「スバルさんは悪くないですよ。あれは事故でした、もうそれでいいじゃないですか」

 

京都公安対魔1課のエースで同じ課のメンバーだけでなく他県の公安も指導しているスバルは情報を纏めそれぞれのデビルハンター達に適切な仕事を振る管理職の様な仕事も兼任していた。

 

今回、雷の悪魔と対峙したこの任務を割り振ったのはスバルその人であった。

 

「まさか雷の悪魔が出るなんて誰も思わないですよ。誰だって…俺だってそうだ。誰にも分かるわけがない」

「でもリウシェン…お前達は」

 

続きを語ろうとするスバルに手を向け止める。

バディが…彼女が死んだ。その事実にこれ以上の肉付けしていく作業はもうこりごりだ。

 

またも重い沈黙が室内に流れる。彼はいつも底抜けに明るいスバルが苦手だったが変に罪悪感を感じ落ち込んでいるスバルを見るのも苦痛だった。

 

話を変えたのはリウシェンからだった。

 

「雷の悪魔はどうなりましたか」

「あ、あぁ…ちゃんと死体が確認された。でも一部はまだ実体化していなくて回収できずに現場に残されているが」

「死んだら体が実体化したんでしたっけ」

「ああ、と言うより生きている間は常に雷…というか光?の状態なのが信じられないぐらいだな…マジでお前どうやって倒したん?物理効かへんやろアイツ」

「気合」

「物理法則を気持ちで曲げるなよ」

 

リウシェンは自らの頬に両手を当てる。

ちょっと前まで包帯を巻いていた顔は綺麗に治り今では傷一つない自分の顔がそこにあった。

まるで何事も起きなかったのように。

 

彼の両手は徐々にスライドしていき自らの貌を覆う。

彼の声は両手に遮られ少しくぐもった。

 

「俺、昔から傷が治るの早いんです。骨とか折れても数日で元に戻るし。…今回だって最初は重傷だったはずなのに結局1週間もせずにほぼ完治してます。そうすると思うんですよ…俺って死なないんじゃないかって」

 

視界は覆われた指で隠され何も見えない。そっと目を閉じる。瞼の裏には何も映らない。

 

「…死なない人間なんていない。いないよ、リウシェン」

 

視覚を失うと他の五感が研ぎ澄まされる。とても悲しい声だった、とてもあのスバルさんの喉から出ているとは思えないほどに。てっきりあの人の喉の中には浜辺があってアホそうな奴らが常にサーフィンをしているような楽しい世界があるのだと思っていた。

 

どれくらいの時間がたったか分からない。

それほどお互い無言で部屋は何の音も響かない。

何もない時間は彼がどれだけ悲しんでも残酷に流れていく。

 

リウシェンはゆっくりと両手を開いた。

 

「スバルさん、俺にバディはいりません。一人でやらせてください」

 

「お前、それは…」

 

「足りてないでしょ、人手。俺は一人で大丈夫です。これまでの仕事でそれは証明出来ているはずです」

 

「…ダメだ。それだとお前が」

 

「スバルさん」

 

リウシェンの瞳がスバルを捉えた。

 

「俺は死にませんよ、まだ何もできませんから、まだ、なにも」

 

彼は笑った。まるで何も起きなかったかのように。無邪気な年相応の青年のように。

その瞳は夜の海のように穏やかで底が見えないほど暗い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エッチな女の先輩が死んで死ぬほど悲しいぴえん。

俺は悲しみのど真ん中にいる。

バディになった女性が殉職したからだ。

 

大企業にはしばしば特段優れているわけではない美女が顔で採用される。

それはなぜか、そこで働く男たちのモチベーションが上がるからだ。

書類を書いてパトロールして悪魔を殺してパトロールして書類を書く日々にややマンネリを抱えていた俺にとって二人称がキミで面が良い女の先輩と過ごす日々は蜜月の日々と呼んでも過言じゃなかった。

 

顔が良くて身長もそれなりにあってスタイルが良くておっぱいがデカくてそしてなによりおっぱいがデカい。

 

なにかと男所帯になりがちなデビルハンターの業界においてこれだけの逸材は今後なかなか現れないだろう。いくら幼少期に母の愛人である女性に囲まれて生活をしていたとはいえ、中高を全寮制の男子校で過ごしたリウシェンにとってバディは画面の向こう側からリアルに現れたエッチなお姉さんそのものだった。

 

悪魔を倒すと褒めてくれて何かとオシャレなお店に連れて行ってくれて何気ない日常会話すらも村上春樹の小説のように高尚で小気味良く感じさせる日々はリウシェンの人生の中で間違いなく絶頂に値した。

 

コレ最後までいけるだろ、エッチなお姉さんの甘々筆おろし確定じゃないですか。

まだ未成年の男の子にとって彼女は天使でありその蠱惑の瞳は彼の下の心を全て奪った。

 

そんな彼女が死んだ。死んだのだ。もういない、俺は二度と彼女には会えずにこれからまたむさいオジサンとバディを組んで同じような日々を繰り返す。

 

泣きたくもなるさ、悲しくもなるさ、気持ちも落ち込むさ。

俺は悲しみに暮れるダウナーボーイ。失ってから彼女(乳)の大きさに気がついたバカな男。

 

天童さんと一緒に仕事してた時はこんなじゃなかった?

いや別にあの人も顔が良いけどなんか恐いし。それに黒瀬さんとほぼセックスみたいなトーンと言うかピロートークのテンションで会話する時あったし同じところに同じ傷があってなんか匂わせみたいで違うなって言うか別にそんなんじゃなかった。

 

美人でエッチな女性がバディという大当たり確変モードを味わってしまうともう野郎と仕事なんてしたくねぇ。一人の方がマシだ。そう思いスバルさんに頼んだところ彼は了承してくれた。

 

やはり同じ男だから分かるのだろう。まだ思春期の青年にとって元バディはあまりにも劇薬過ぎた。

 

今はこの傷ついた心をただ癒したい。時間が欲しいんだ、ただ時間さえあればいい。それか彼女が欲しい。時間なんていらないから彼女が欲しい。

 

風俗ってどんな感じかな。あ、別に金あるから行っても何も問題ないのか。

アカン、わくわくしてきた。人生って夢だらけかもしれない。

 

 

彼はどこまでもデビルハンターに向いている。

 

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