公務員がいっちゃんええ   作:鯨油

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出てくる名有りのキャラは主人公以外みんな原作に登場するキャラです




4話

 

「栄転おめでとう、お前と働ける日を楽しみにしてた」

 

元凶がそう言った。彼らしからぬセリフを全く感情が伴っていない声色に乗せてぬけぬけと言いのけやがった。

 

「東京に推薦したのアンタだろじじい」

 

「俺はまだ50代だ」

 

「50代なんてじじいの2Pカラーだろ」

 

馬鹿の街、東京。そこに俺は居る。

何処に行くにもそこら中から湧いて出てくるアホンダラ達に押しつぶされながらようやく電車を降りるとそこにも人、人、人。

慣れない土地と人混みに疲弊しながらようやく目的のデビルハンター東京本部にたどり着いたと思ったらその入り口の側にバカアホオタンコナスの岸部が立っていた。

そして最初の一言。もうこれはあれだ、戦争の始まりはいつだってこうだ。

 

二人の会話に空白ができた。それはケンカの始まりの合図。

予備動作もなく繰り出される音速のジャブをリウシェンは最低限の動作で避ける。紙一重。首を曲げるも右の頬にかすった。避けた勢いのままに無理な体勢からその異常な筋力により強引に繰り出した右ストレートを岸部は右手を盾にし受け止める。

岸部の顔が一瞬歪んだ、リウシェンの馬鹿力は人間より悪魔のそれに近い。骨は折れていなくてもしばらくは痺れてマトモに動かせないだろう。

 

リウシェンは岸部の顔…その死んだような眼に狙いを定め唾を吐く。目つぶしは戦闘の基本なり。彼はダーティーファイトが得意だった。悪魔にはどんなに卑劣な手段も等しく正義に置き換わる。岸部も悪魔だ、何故ならヤツのせいで俺は地元を離れ東京くんだりまで転勤させられた。

 

瞬間、岸部が消えた。

正確には瞬時に身を屈めた岸部は彼の死角に紛れた。

刹那の硬直、それは彼らの間では死に等しい。

 

死角から放たれた岸部の回し蹴りはリウシェンの顎を捉えその脳を激しく揺らす。

吐き気、倦怠、痛み。回転する視覚の中で微かに見えたデビルハンター本部の窓にはこちらを見つめほほ笑んでいる赤髪の女性が見えた。

 

 

 

 

 

頭と背中が痛い。妙な浮遊感と頭部と背中の痛みに目が覚めた俺は上下逆さになった視界に困惑していた。

 

天井が動いている……いや違う、俺が移動している、と言うか引きずられてる。

足を見ると見覚えのある背中が俺の足を掴んで引きずっていた。

 

「せめて…もっと…あるだろ」

 

脳震盪の影響かまだ吐き気と倦怠に襲われているせいで上手く声が出なかった。掠れるような俺の声に反応した岸部は少しこっちに振り返ると何も言わず掴んでいる手を離した。

 

「いっで!」

 

何一つ構えておらず重力に従うまま地面に打ち付けられた足は固い床にぶつけられる。

五体が全て床に伏し仰向けの体勢で横になっていた俺を岸部はお好み焼きをヘラでひっくり返すように蹴り上げた。

 

脳が覚醒する。空中で縦方向にダブルアクセルを決めた俺はなんとか態勢を立て直し脚の裏から着地する。百点満点よぉ~リウくん頑張れとプリントされた団扇を仰ぐ謎のおばさん達を幻視した。

 

「着いたぞ」

 

そう言った岸部の隣には木製の質素な両開きのドアが一つ。俺は床の拭き掃除に使われたスーツのジャケットを脱ぐと肩にかけ身なりを整えた。

誰に会うかは知らないが多分流れ的に偉い人に会うのだろう。正直東京の偉い人は全く知らないがそんなこと彼にはどうでもよかった。

 

彼が東京に向かう新幹線の中で読んでいた求人雑誌、その民間のデビルハンターの欄を見て彼はカートゥーンアニメのようにその両目を飛び出させた。

 

公安よりも給料が高く休みも多い、しかもあんまり強い悪魔と戦わなくていいみたいだ。

なんか後ろの方に悪魔の死体横流しとか闇バイトとか書いてあるがよく分からないから見なかったことにする。

 

つまり言いたいことはただ一つ、俺は無理に公安で働かなくても良いってこと。

今までは公安が素晴らしい職場だと考えていたけど別にそんなことはないみたいだ、民間のデビルハンターの方が楽そうだし休日出勤は無いし転勤もない。

俺は仕事に縛られた生き方をしなくても生きていける、その自負だけで俺は何処までも飛べる気がしていた。

 

俺は扉を開ける。

 

岸部なんて狂人と一緒に仕事なんてしたくないし俺は京都に帰りたい。

ここで偉い人になんかごちゃごちゃ言われたら俺はもう我慢しない。

その脂汗を垂らした脂肪で膨らんだ汚い胸倉(リウシェンが考える偉い人のイメージ)掴んで退職届突き付けてやんよ。

 

 

 

 

そこは広く何もない空間だった。

入ってすぐの視界の先にある縦に長い窓からは強い日差しが差し部屋を白く照らす。

インテリアも仕事用の設備もなく、ただ入り口からちょうど向かいの位置に横に広いテーブルがぽつんと置かれていた。

自分とちょうど対角の位置、視界の先には窓からの後光を一身に受ける人影。

 

眼が慣れる。

 

いや、日差しが弱まっただけかもしれない。リウシェンは待ち人の姿を捉えた。

 

 

およそ170cmほどある身長にやや丸みを帯びた女性的なシルエット。

その顔立ちはまるで職人が美の神髄をそこに敷き詰めたかのように精巧に作られている。人間ではなくお人形さんみたいだ。深紅に染まる頭髪は血の色を連想させ、その橙色の同心円の目は吸い込まれるような錯覚を覚えさせる。

 

リウシェンは人の容姿を褒める言葉は沢山知っている、学生の時に必死に覚えたから。使うタイミングが訪れることは今のところなかったが。

しかし、本当に美しいと思える人物に出会えた時、形容する言葉は全て陳腐に感じ小さな脳みそは不規則な軌道を描く。

 

だから彼が口にした言葉は無意識からこぼれた。

 

「ぐうかわ」

 

 

 

 

 

「ぐうかわ?」

 

彼の言葉にマキマは小さく首を傾げた。

その音色は透明で清涼で脳髄の奥まで潜り込んでくる淫靡さを兼ね備えていた。

 

ふえぇ~馬鹿になりゅ~!

うおおおおおおお美人上司だりゃああぁあぁぁっぁああああ!!!!!

彼の頭はサタデーナイトカーニバル。飲めや歌えや踊り狂え、歌ってみせよう人間賛歌。

楽しく働くコツは三つある、無知なお前にも教えてやるよ。

一つは美人と働け、二つは脳をハイにさせろ、三つめはコイツで自分の頭をぶち抜くのさ…ばきゅん。

 

…ふぅ。

 

「京都公安対魔1課より赴任しました、リウシェンです。よろしくお願いします」

 

そう発するとともに背筋を伸ばし右手で伸ばし敬礼をした。

公安は別に軍隊ではないので敬礼をする必要はないがリウシェンはそれを知らない、なんかいい感じだからした。

 

マキマはそれに気が付いたがわざわざ指摘する必要はないので流した。むしろ陽気な子が来てくれて良かったとポジティブに捉える。

 

「元気そうで良かった。私はマキマ、リウシェン君が配属された公安対魔特異4課を取り仕切らせてもらってる…だから貴方の上司に当たるかな、よろしくね」

 

「よろしくお願いしまぁす!」

 

元気よく挨拶するリウシェンを見てマキマはクスリとほほ笑むと机の上に置いてあるリウシェンについての書類を手に取る。

 

そこには彼の京都での異常とも言える輝かしい経歴が書かれていた。

関西公安デビルハンター内での年間悪魔討伐数1位。

京都、いや全国の公安デビルハンターの中では彼はそれなりに有名人だ。

岸部という生きるレジェンドが居るので全国での1位こそ逃したがそれでも公安組織の上層部は彼を高く評価しており今回の転勤も確かに岸部の推薦が決定打となったが彼が東京に転属されるのは時間の問題であった。

 

「リウシェン君の活躍は聞いてるよ、凄いね。東京は京都と悪魔の質が少し違うかもしれないけど頑張って欲しいな」

 

「任せてくださぁい!」

 

「うんうん、良い返事」

 

京都公安対魔1課の長をしているスバルからの書類にマキマは目を移した。

「適当に褒めてやると命令に素直に従う」

いや、そこまで単純ではないだろうと思っていたマキマも少し彼の認識を改める。素直に言うことに従う人は好きだ。犬のように従順に命令に従ってくれればなおさら。

マキマは彼に少しだけ好感を感じている。

 

「特異4課は他の課とは違って実験的な部隊なの。他と違って人外の魔人を多く運用している所が特徴的かな。魔人とは仲良くできそう?」

 

魔人、それは人間の死体を乗っ取った悪魔の総称。特徴的な頭の形状をしておりその知性は普通の悪魔より高いとされている。

リウシェンも京都での仕事柄、魔人は何体も駆除してきた。それが今回は仲良くしなくてはならない。悪魔と仲良く…それを彼は経験したことなく考えてみても無いことであった。

 

リウシェンはう~んう~んと腕を組みながらデコに皺をよせ必死で考えるが何も出てこない。

 

「とりあえずやってみて考えます、別に魔人が暴走したり逃走したら殺してかまわないんでしょう?」

 

「うん、すぐ殺すのはやめて欲しいけど逃げたりしたら駆除していいよ。君にはそれなりの権限を与えます、実績もあるしね」

 

そうマキマが言い終わると彼女は小さくその両手を叩いて鳴らした。

 

「それとリウシェン君にはバディを組んで貰いたいの。京都だと一人だったそうだけど東京だと色々勝手が違ってくるから…書類のフォーマットも申請方法も違うからそこはバディから教えてもらって。」

 

「全然かまいませぇん!任せてください」

 

マキマ全肯定BOTと化したリウシェンはマキマの話をあまりちゃんと聞いていないが雰囲気で返答をした。モテる会話の基本は全肯定だ。

 

どしたん?話きこか?それは悪魔が悪いね、じゃあ入れるよ…コンッッッッ‼‼

これでモテるって黒瀬さんが言っていました。本当です嘘じゃないんです。黒瀬は彼をからかっただけだ。

 

「それじゃ説明はこれぐらいでいいかな、私は出張が多いからあんまりこっちにいられないけど困った事があったらいつでも言って。全部は無理だけど便宜は図ってあげられるかも」

 

マキマはそう言ってニコッと小さく笑った。

 

遥か昔、モーセは杖を空に掲げると海を割ったという。

小汚いじじいが海を割るのならば美しいパーツだけを集めて構成された女性が笑えば何が起きるのか……知っているか? 宇宙は今生まれた。

 

イイ面の女と仕事ができる以外に人生の幸福ってあるだろうか。正解は自分がよく分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと最後に…」

 

それは夕暮れに吹くぬるい風のように、枯れて落ちていく葉のように違和感なく彼の意識の外から舞い降りた。

気が付くとマキマはリウシェンの目の前にいた。音も無く、まるで初めからそこにいたように。

首を下げ彼女を見下ろした。二人の顔は近く今にも触れてしまいそうだ。見上げる彼女の同心円目にはリウシェンの姿が映った。

細い眼、男にしては長いまつ毛、どこか大陸系を感じさせる顔つき。

鏡を見るたびにどこか母親との繋がりを感じさせる自分の相貌、彼が嫌いな自分。

 

その点マキマさんの顔は綺麗だ。欠点と呼べる部分がない。まるで神様が最初から美しさだけを考えて作り出したように。

 

「リウシェンくん」

 

彼女の声を聞き逃してはならない。ゆっくりと鼓膜から聴覚神経に入り込み脳にまで浸食する彼女の湿り気を帯びた艶のある声はドロドロに溶けたコールタールのように滑らかにジワジワと彼の中に入り込んでくる。

 

「私に従いなさい」

 

マキマは笑った。先ほどの微笑とは似ても似つかない歪な笑みを浮かべ。

 

 

 

Q上司の命令は絶対か?

A社会人ならだいたいそうじゃないかな

 

組織に所属している限り理不尽な命令と言うのは少なくない。

東京に来いと言われれば文句を言いつつも行くし悪魔の巣の中に変なおっさんと二人で飛び込めと言われれば飛び込む。

先輩のグラスが空いてたら酒を注ぐしラベルは上向きにしないといけないし変な一発芸は断れないし全く興味ないのにゴルフをやらなくちゃいけない。

 

だから今日会ったばかりの優しそうで美人な上司が前触れなく豹変して恭順を求めてきても特に抵抗なく彼は承諾する。

母親とその愛人ズの影響により少しだけ性癖が歪んでいる彼はその頬を少し赤らめながら承諾した。

だからこそ承諾したのに驚愕の表情を見せた上司を見て彼は己のミスを自覚した。

 

 

 

アカン、ドン引きされてもうた。

 

 

 

多分あれはそういう内輪ネタのようなものなのだろう。

 

私に従いなさい→新人困惑→やーん、嘘、嘘、困った顔しないでよー笑い

 

みたいなノリで緊張をほぐれさせる小粋なジョークを彼は崩してしまった。

人のフリを上手に返せなかった人間の罪は重い、特に関西ではそうだった。

もしかしたらわざわざ東京に転属してくるリウシェンの為に前日に考えてきてくれたのかもしれない。

 

先ほどの光景がリフレインする。

承諾する自分。

困惑する上司。

そのまま「…へぇ」とだけ言って部屋を退出する彼女の後ろ姿は何処か寂しそうな気がした、多分、きっとそうだ…いや、やっぱ違ったかも。そんなことないかな。

 

 

 

とにかく彼はやらかした。彼の中ではそう認識された。

彼の頭の中はマキマに対してのやらかしで一杯になり思考は常に上の空。

だからその後の業務方法を教えてくれた明日には死にそうな顔をしていた優しいデビルハンターの名前も覚えてないし業務のやり方も一切記憶に残らなかった。

 

翌日の営業日に顔を青白く染め上げた彼がもう一度初日に教わった内容を聞いて回るのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 

 

白い十字架が辺り一面放射上に広がっている。

どんよりと重苦しく曇った空模様はこの場所と非常にマッチして陰気臭い。

墓、墓、墓、敗北者の末路。公安の殉職者は基本みなここで埋葬される。

 

彼は墓地が嫌いだ、死の先に待つ物は何もない。

死人の言葉に価値は無く、肉塊に魂を囚われた者達の憩いの場。

暗くて湿っていて強制的に感傷的にさせられる、ここに未来はない。

鴉の群れが上空を飛び回りその鳴き声を響かせる。

不吉な場所は不吉な生き物を呼び込む。人だってそうだ。

 

1人の女性がお墓に花束を供えていた。

怪我をしているのか頭に包帯を巻きただじっと墓を見つめている。

 

こちらに振り返った。話は通っているとここまで案内してくれた人が言っていた。

彼女の隣に立った。顔を合わせない。ただ同じ方向を見つめている。

 

「君で5人目のバディ、…他は使えない雑魚だから全員死んだ。」

 

彼女の顔は見えない。その声は平坦で何か取り繕っているような張りぼてのようだった。

 

「君は使える?」

 

彼は人を慰める術を知らない。あまり昔から悲しいことは考えないようにしてきたし思えば幼少期から悲しく泣くような経験に身に覚えがない。

 

だから黙った。

沈黙は金、雄弁は銀。

なんか申し訳なさそうな顔をして黙っていたら割と物事は上手く回る。

 

「そんな顔しないでよ。強いんでしょ、知ってる。多分私なんかよりずっと…」

 

でもやっぱりなんか喋りたい、沈黙って柄じゃないし。

暗いムードは好きじゃないし出来る事ならずっと楽しい方が好きだ。

ここは一発なんかカマシたるか。そう思って言葉を選んでるとイイのが思いついて少し笑いそうになったけど頑張って堪えた。

 

「強いよ。岸部の百倍は強い…まじで、本当に、嘘じゃない」

 

「…」

 

人はなぜ失敗をしてはいけないのか、それは取り返しがつかないからだ。

取り返しがつく失敗というのは、それはつまり真の失敗とは呼べない。

今回はどうだろうか。俺にはこれが失敗になるとは思えない、何故ならこれから取り返すからだ。

一呼吸置いた、笑いとは緊張と緩和だ。

緊張はもう十分、時代は緩和っすよ緩和。

 

「今の嘘、えーーーーーと、……一発ギャグやります」

「一発ギャグ、疑い深すぎる人―――――――『今日寒!…ドッキリか?』」

 

「……」

 

人は過ちを繰り返す。

 

 

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